連載小説
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空へ
<ボーディ、フレイム1。ボール、スリーセヴン、ビジュアルアプローチ>
<<ラジャー、フレイム1、右30フィート、スピード15マイルオーバー>>
<問題ない、フルダウン、ギア、テイルフックダウン>
油圧の駆動音と共に、機体内部に仕舞い込まれていた足とフックが
ゆっくりと姿を現す。
慣れ親しんだ工程とはいえ、“制御された墜落”は生半可な心がけでは
即、事故につながる。
酸素マスクに吐き出す呼吸音が集中する身にはやけに煩く感じられた。
<<フレイム1、速度、適正。右2度>>
<ラジャー>
ペダルを踏み、機体を僅かに右へと向ける。
初めて部隊に配属されてから一緒に飛び続けてきた相棒のエンジン音に耳を澄ませ、
徐々に出力を絞ってゆく。
そして、当たり前に近づく緊張の一瞬。
黄色と緑のミートボールが十字架を描いた。
<フレイム1、オールクリア、レディ、ランディング>
アフターバーナー・ON。
視界いっぱいに広がる鉄の板っぺらに、全力で尻を擦りつけるように突入してゆく。
直後、主脚が激しく飛行甲板を叩き、フックがアスレティングワイヤーを捕らえた。
視界がガツンと揺れる中で俺は、スロットルをアイドルに叩き込み、
息を思い切り吐き出した。
急激に減速Gがかかり、機体は一気に安定状態へ。
<<ナイスランディング、フレイム1>>
また帰ってこれた。と俺は張った背中を薄いシートに沈みこませた。



人間界に魔物、そして魔界が現れたのは、歴史の教科書に載るくらいの
遥か昔のことである。
人々は、主神を聖とする“教団”を結成し、魔界の侵略の手に対抗してきた。
しかし、敵は強大であった。人間界は混乱に陥り、かつての大国レスカティエも
今や敵の前線のはるか奥地にある。
つまり、戦線は人間界が少しずつではあるが押し込まれているということだ。
そんな魔物たちに対抗すべく、人類もあらん限りの手を尽くした。
武器の強化はその最たる例である。
一部を除く人々は魔法の杖を銃へと持ち替え、騎兵は戦車になり、船には推進装置が取り付けられ、最終的には金属製となった。
しかしそんなとき、人間は生物学的な限界にぶち当たることになる。
そう、空だ。
人は空を飛ぶことはできない。
ハーピー達に味方陣地の上空を悠々と飛行され、陣の隙を突かれて敗北する。
人間たちは悩んだ。偵察のために気球を開発し、飛ばしてみたはいいものの、
扱いが難しい上、敵地に入り込んだ気球が帰還することは決してなかった。
そんな彼らに130年ほど前、転機が訪れる。
前線にほど近い丘陵国家の片田舎で、とある天才兄弟が内燃機関を取り付けた翼で
空へと飛び立った。
程なくしてその国は陥落し、兄弟も行方不明になったが、この技術が教団に及ぼした影響は大きかった。
その翼は航空機(Air Plane)と名付けられ、急速に実用化が進んでいくことになる。
偵察機として戦場に投入されたその翼たちはハーピーよりも強く、かつ速かった。
やがて爆撃機へと姿を変え、その活躍は魔界の侵攻を完全にストップさせ、一時的な後退をもさせるまでとなった。
しかし、人間側の一方的な快進撃は長くは続かなかった。
何処からか入手された人間界の翼は魔界へと渡り、魔界産の航空機が出現するようになる。
それが後後どんな結果につながったかは今現在の状況が示しているとおりだった。



横開きに開いたキャノピーにかけられたタラップを降り、甲板に降り立つ。
「フレイム1、ナイスランディング。こう着艦が上手いとデッキクルーは楽でいい。また頼むぜ。」
「あいよ、了解だ。」
グリーン・ジャケットの一人が俺を労いつつ、次の機が降着するのを息を詰めて待っている。
その横顔は何処か殺気立った雰囲気の無表情、といった雰囲気だった。
俺も飛んでいるときはこんな顔をしているのだろうか?
食って食われての修羅場が展開していた空はもう見えない。
それともこの真っ赤な朝焼けは空に散った人々の生き血を吸って朝を迎えるのだろうか。
濛々と甲板に立ち込めるカタパルトの湯気に隙間から朝日が差し込み、
俺は思わず空を仰いだ。
12/09/14 20:59更新 / それとメルカバー
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■作者メッセージ
初投稿です!
趣味全開の小説になりそうですが、
生温い目で見ていただけたら幸いです。
魔物娘さんが出てくるのはもうちょい先になります。

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