読切小説
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一般人Aの顛末
その日も私にとって特に変わり映えしない一日のはずだった。
しかし、異変と言うものは唐突に起こるモノである。

更に言うとその発端に関わりあう人物とはほんの一握りだ。
私はそのひと握りの人間になることは叶わなかった。

それについて一切の不満は無い。
そういう核心に近い人物は大抵、苦労しがちであるからだ。

私の役割は通りすがりの一般人で構わない。
一時期は主役級の扱いを望んだこともあった。

しかし残念ながら何時でも私の役割は一般人なのである。
それも懸命な一般人ではなく、愚かな一般人だ。

今更ながら状況を説明すると場所は私の自室である。
とある大学の学生寮なのだが、その場所は町の外れ。

私がここを紹介された時、何故町から此処まで離れた場所に存在しているのかという疑問を胸中に抱いたのはしっかりと記憶されている。

しかし、今はその立地に感謝すべきかもしれない。
何せ今、町にはゾンビが蔓延っているからだ。

異変に気付いたのは偶然であった。仲の良い友人からの電話が来たのだが
応答しても聞こえるのは激しい息遣いと叫び声だけだった。

これはただ事ではないと察知した私はすぐさまテレビを点け、地域の局にチャンネルを合わせた。

其処に写っていたのは阿鼻叫喚の光景、若しくは酒池肉林であろうか。
至る所で男女が絡み合い、犯しあっている。

皆、野外であるのに裸一丁のスッポンポンである。
地上波では絶対に映らないような光景だ。

私はその光景に恐れ戦いた。
決して童貞を捨てるチャンスであると確信したわけではない。

私は玄関のカギを急いで閉めた。
だが彼女ら魔物娘を止めることはこんな薄っぺらい扉一枚では無理だろう。

しかし、剣も魔法も使えない私はこんな扉に頼る事しか出来ない。
息を殺して隠れることが精々である。

そんなことを考えていた私は突然聞こえ始めた足音にギョっとした。
ズルズルと足を引きずるような音だ。どうやら此処まで来たらしい。

恐る恐るドアの覗き穴を覗いてみる。
するとどうだろう、ゾンビが廊下を横切っている様子が見えるではないか。

確認できただけでも三体。恐らく他にもいるだろう。
正確に場所を言えば私の部屋の両隣の部屋に。

壁の薄いこの部屋は聞こうと思えば隣の電話の内容まで聞き取れる。
まぁ私にそのような不埒な趣味は無いが。

悲しいことに両隣の部屋からは嬌声が聞こえ始めていた。
非常にお楽しみなようだが全然羨ましくは無い。

私は玄関から離れ、身の回りにありそうな使えるものを探すことにした。
特に食料を重点的に探すことにする。こういう時には一番重要だろう。

ガサゴソと部屋の中を這いまわり、普段は絶対に触らないような場所も掘り返した。
その途中失くしたとばかり思っていた漫画本を見つけたので暫く読んでいたのは内緒だ。

一時間後、私の目の前にはカップ麺、板チョコレート、菓子パンが置かれていた。
これが私の所持している全食料である。

水道も電気も生きているので、カップ麺は問題なく食べられる。
だがそれにしても少ない。二日と持つことは無いだろう。

食料を補充するには当然外に出なければならない。
しかし、鈍臭い私はたちまちゾンビに囲まれ、頂かれてしまうだろう。

私とて健全な日本男児である。
目の前に発情している女性が居るのならば、据え膳の精神で事を構えよう。

だが先ほどテレビに映っていた映像には
明らかに複数人でおっぱじめている連中が映っていた。

流石に複数人でヤるのは気が引ける。
しかし、外に出ればゾンビ達はお構いなしに襲い掛かって来るはずだ。

初体験が複数人による野外プレイなんてとんでもない上級者かド変態でもない限り、
喜びはしないはずだ。私はそう信じている。

それゆえ私は外出について後ろ向きである。
だが、体力のあるうちに行動すべきなのも事実だ。

私は再び玄関の前まで行ってのぞき穴を覗いた。
何故かゾンビが一匹、扉の前にチョコンと座り込んでいる。

小さな覗き穴にはソイツだけが映っていた。
座り込んでいるならば多少の猶予はあるだろう。

そう考えた私はほんの少しだけ扉を開けた。
周りの様子を見るためであったが、賢い行為とは言えない。

だが、愚行の価値はあった。
目の前のゾンビ以外の姿は無く、ソイツだけどうにかすれば何とかなりそうである。

それが分かった瞬間、私は決意した。
必ず三日分以上の食料を持ち帰ると。

音を立てない様に扉を閉め、財布から千円を抜き取った。
部屋の中に財布を投げ、再び扉を開いた。

私は玄関を飛び出し、全速力で外に向かって走り出した。
私の部屋は一階に在るおかげで迷い無しに逃げられるのだ。

我ながら思い切りのいい判断である。
ただし、これも後先考えていない阿呆行為であり、今後反省すべき事柄だろう。

扉の前に座り込んでいたゾンビであるが、私に気づいたらしい。
それはそうだろう。目の前のドアが開いて男が勢い良く飛び出していけば嫌でも気づくだろう。

ゾンビは生まれたての小鹿の様な動作でゆっくりと立ち上がろうとしていた。
こちらが心配するレベルのガクガク具合だがこれはチャンスであろう。

この寮の近くのスーパーに行けば何かしら食べ物があるだろう。
ポケットの中の千円で買えるだけ持っていこう。

そんな事を呑気に考えていた私は今にして思えば馬鹿である。
この時点での私は大きな勘違いをしていた。

それは何か。
玄関前のゾンビについてだ。

私のゾンビ知識は大体が映画である。
それも古い作品ばかりだ。

それらの作品の中のゾンビは大抵動きが鈍い。
しかし、最近の作品はどうだろう?

最近のゾンビは……走る。

それも短距離走者も真っ青な健脚を発揮してだ。
逃げ足には自信を持っていた私だがスプリンターには勝てない。

ソイツは速かった。
例えるなら弾丸だろう。そうとしか考えられなかった。

私が悠長に後ろを振り向いて確認したとき、
既にその顔が眼前10センチまで近づいていた。

私は驚き、盛大にこけた。
ゴロゴロと転がり数メートル先で止まった。

ソイツは立ち止り、ジッと私を見据えた。
その瞳はギラギラとしたもので果てしない飢えが感じられた。

ソイツは私の身体に掴みかかり強引に服を剥ぎ取った。
私の怯える声はすぐさま激しい息遣いに塗りつぶされた。

ソイツは私の腕に齧り付いた。
痛みは無い。しかし、焼け付くような感覚が私を襲う。

私はジタバタと情けなく抵抗したが、
ソイツの的確かつ迅速な拘束はしっかりと私を制圧した。

仰向けに倒れている私にソイツは馬乗りになり、ダラリと舌を垂らした。
ベロリと私の頬を舐め、ニタリと笑った。

私は思わず口を開いた。

「ゾンビも笑うんですね」

ソイツはその瞬間、時が止まったようにガッチリと動きを止めた。

もしや、デリカシーの無い事を言ってしまったか。
そんな心配をしている私にソイツは言い放った。

「アタシ、ゾンビじゃないし。グールだし」



17/05/20 19:17更新 / 怪獣赤舌川

■作者メッセージ
読んでいただき有難うございます。

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