読切小説
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フェアリーと路地裏の占い師
「う〜む……」
私はとある国のとある街角のとある路地裏で占いを稼業に仕事をしている。百発百中とはいかずとも、十中八九位には当たると自負している。しかし今大変困った状況にある。
テーブル、いや、テーブルの下の地面には粉々に砕けたガラス片。私の商売道具、だったもの。どうしてこうなった。
それというのも今朝のこと。いつものように路地裏で開業の準備、と言っても仕事道具はちいさなテーブルと椅子と水晶玉くらいしかないのだが、
それらを並べていると、突然路地の暗闇から魔物娘が現れた。狭い通路を全力疾走する魔物娘は、私の商売道具とぶつかった。その衝撃で、私はバランスを崩して倒れてしまう。ガシャン、と嫌な音がしたので慌てて起きると、占い師の看板でもある水晶玉が、元が何だったのか分からなくなるほど粉々に砕けていた。怒鳴りつけて弁償させようと思ったが、魔物娘はもうどこにもいなかった。
これは一大事である。水晶玉なしでは明日の自分の運命も占えない。いや、占わなくとも路頭に彷徨う事になるのは明らかだった。
で、先程からどうしたものかと考えあぐねていると……
「お兄さ〜ん」
何処からか少女の声が聞こえたので顔をあげる。しかし、声の主は何処にもいない。気のせいだったのだろうか。それとも、思ったより精神的にまいっているのかもしれない。
「お兄さ〜ん」
また聞こえた。それもかなり近い場所から。しかし周りにはせいぜい蛾が一匹飛んでいる位で、人の姿は見えなかった。
「ここだよ、ここ!」
蛾から声が聞こえた。蛾が喋ったのか。いや、よく見ていると私が蛾だと思っていたものは、小さな少女だった。つぶらな瞳と目が合った。


路地裏だったのでよく見えなかったが、近くで見ると翅は蛾と言うよりは蝶の様だった。そんな翅を背中に付けた小さな小さな小人《フェアリー》は、私の前をヒラヒラと舞っていた。
どうやら私に用があるようなのだが、今は他人の事に構っていられるような心の余裕はなかった
「悪いけど他をあたってくれないか?」
「あのね、お兄さんに頼みたいことがあるんだけど」
私の話を聞いてないのか私の言葉の意味を理解できてないのか、フェアリーは話を進める。
「うーんと、えーと」
少女が手を組みうなる。話すことをまとめているのだろうか。体いっぱいに感情を表現する姿は微笑ましかった。しかし
「…………」
考えるのをやめたかと思えば、突然事切れたようにフェアリーが空中から落下した。私は慌てて両手を広げ、キャッチした。
「お、おい!今度は何なんだ!」
人差し指で頬やら胴やらをうにうにと突いてやると、ゆっくりと目を覚ました。
「……おなか、空いた……」
ベタであった。あまりにもベタすぎて手からフェアリーを落としそうになった。小さく頭を垂れる。
「おなか空いたー!」
あろうことかこの小さなフェアリーは私に食料を要求しているようだ。私が持っていた妖精の清純やら清楚というイメージが、彼女との出会いによって少しずつ塗り替えられていった。とても悪い方へ。
「といっても、私は食べ物なんて持ってないぞ」
「持ってるよ―!」
と、急に元気を取り戻したように私の懐に飛び込んできた。
「あれ、なんかあったっけ?」
そう言われると、ズボンにあめ玉の一つでも持っていたかもしれないと思ったが、フェアリーは素早い動きで私のベルトを緩め、ズボンを一気に下ろした。
「な!」
呆気にとられて驚いた拍子にバランスを崩し、後ろに倒れてしまった。
後頭部と腰に強烈な痛みが走る。受け身もろくに取れなかった。
私が痛みにもがいている間にフェアリーはトランクスをずり下ろす。私は路地裏で下半身を露わにしていた。フェアリーの視線が私のペニスに集中する。
「いただきまーす」
「ま、」
待てという間も、心の準備をする余裕も与えられず、フェアリーはペニスに口づけをする。
何度も何度も、様々な角度からキスの刺激を与えられる。初めての感覚に対応するのが精一杯で、ペニスはどんどん勃起を続ける。
「あ……く……うぅ……!」
私は、為す術もなくただ声を殺すことしか出来ないでいた。それが唯一の抵抗だった。
連続キスが100を超える頃には、私のペニスはフェアリーの前にそびえ立つかのように勃起していた。
「あは、お兄さんおっきーね」
無邪気に笑うその姿は子供同然だった。そんな小さな存在に弄ばれていて、しかも感じている自分が情けなくて恥ずかしくて、もうどうにかなってしまいそうだった。
しかし、腰を強く打ったせいなのか、指一本動かすことすら出来ず、ただ快感に耐えることしか出来ないでいた。
フェアリーは子供が木に登るように、私のペニスに抱きつくと、そのまま器用に上下に動き出した。
フェアリーの唾液と私のカウパーで彼女は滑るように動き、ペニスを扱く。まるで自慰をしているかのような錯覚に陥った。
「くっそ……!も、う……やめ……」
「やめないよーだ」
時たま力強く抱きしめられたり、または優しく擽られたりと、フェアリーはペニスと戯れるように行為を続ける。
そして、私の快感は頂に達しようとしていた。ペニスが今にも爆発しそうだ。
「あ、もうそろそろだねー」
フェアリーも感づいたのか、扱く速度を上げた。
「ほらほら出しちゃえ」
ピストン運動がどんどん激しくなっていく。甘い誘惑と痺れるような刺激に、私の我慢も極致を迎えた。
「あっ……!!!」
ペニスから子種が放たれる。仰向けの状態だったので天に向かって噴水のように精液が飛び散った。
そしてそれはシャワーの様にフェアリーに降り注いだ。全身で浴びる姿がいやらしくて、私はぼうっと眺めていた。
フェアリーは体にまとわりついたものを丁寧に舐めとり、しまいには私の尿道に残った精液まで吸いだした。
チュルチュルと卑猥な音と快感に思わず喘いだ。


「はぁ〜お腹いっぱい!」
ご満悦と言った様子でフェアリーは腹を擦り、また元気に飛び回った。
「それは良かった……」
一方私は射精の倦怠感と疲労でふらふらとした足取りになっていた。椅子に腰かけて、大きくため息を付く。
「あ、それでお願いがあるんだけど〜」
椅子から転げ落ちそうになった。先程の摂食行為はお願いではなかったようだ。
「……じゃあ早く聞かせてくれないかな」
怒る気持ちを抑え、青筋を浮かべながら少女に聞いた。
「あのね、アタシをみんなの所に連れてってほしいの!」


稚拙ながらも一生懸命に語ったフェアリーの話を自分なりにまとめてみる。
彼女は普段は森の奥にいる普通のフェアリーのようだ。ある日、ふと気づくと自分以外の妖精がいなくなっている事に気づいた。
なんとか妖精の匂いをたどってここまで来たのだが、街中の辺りで人の匂いにかき消され、わからなくなってしまったのだという。
そして自分は迷子になり、空腹を抱えてフラフラと飛んでいた。と言う事だそうだ。なぜ私に声をかけていたのかというと。
「なんとなく!」
らしい。妖精の考えることは分からない。
「もうすっごくお腹が空いて死んじゃうかと思ったんだから!」
「分かった。空腹だったのはもう分かったから」
暴走するフェアリーをどうどうとなだめた。つまり彼女のお願いというのは、自分をこの国のどこかにいるフェアリー達と会わせて欲しいということなのだ。
「さて、どうしようかな」
彼女の我儘に付き合うか?それとも、ほっといて仕事道具を探すか?頭の中で天秤にかけてみた。
ふと、昔祖母に言われたことを思い出した。『魔物には色々いるが、自分より小さな子には優しくしてやりなさい』。優しい祖母らしい教えだった。天秤は妖精の方に傾いた。
「よし、じゃあ探しに行こう!」
「本当!?やった―!!」
フェアリーは嬉しそうに私の周りくるくる回った。さっきから彼女に振り回されっぱなしだが、それも彼女の魅力なのかもしれない。
私は手際よく荷物をまとめ、マントを脱いで占い師から普通の若者の格好に戻ると、人が集まる市場へと駆り出した。


「この辺りで妖精を見かけませんでした?」
市場で店を開いている人達に片っ端から聞いて回る。人と話すのには慣れていることと、いくらか顔見知りがいることもあってこの方法にした。
しかし、思ったよりも情報は集まらず、フェアリーの群れを見かけたという証言は未だ出てこない。
「見つかりそう?」
フェアリーがシャツの胸ポケットから顔を出す。飛び回っていたら目立ってしょうがないのでしばらくは隠れてもらうことにした。
「今のところ全然。まあ、こういうのは気長に構えるものだよ」
「……うう〜……」
さっきまでの元気は何処へやらというように、フェアリーはポケットの中で消沈していた。もう少し気を使ってやるべきだったかと反省する。
周りを見渡すと、向かいの小洒落た喫茶店が目に留まった。よし、いい事を閃いた。
「なあ、少し休憩しないか?」
私はポケットにそう呼びかけると、店の中へ入っていった。


店員にコーヒーとケーキのセットを注文すると、私達は窓際の小さな席を選んだ。私が椅子に座ると、フェアリーは窓の縁に腰掛け、ふうと息をついた。
ここは魔物娘が働く喫茶店だ。魔物に対して寛容的な主人が、少々の働き口と彼女らの憩いの場を設けたいと言う思いから始めたらしい。勿論、只の人間も利用できた。
店内での性的行為は禁止されており、おしゃべりと軽食を楽しむことだけを目的としていた。人間の女性と魔物娘が世間話や色恋話に興じている光景は、主人が何より見たかったものなのかもしれない。
店の中に妖精はいないかと見回していると、店員がコーヒーといちごのショートケーキ、そして人形用のおもちゃの椅子を持ってきてくれた。
フェアリーが食べやすいように小皿にケーキと上のいちごを分けると、私はコーヒーにミルクと砂糖をいれ、ゆっくりとかき混ぜた。
「時間どのくらいかかりそう?」
フェアリーがいちごを齧りながらたずねる。
「分からないな、明日かもしれないし、1周間かかるかもしれない」
私はコーヒーを一口飲み、
「でもきっと見つかるよ。フェアリーの群れなら目立つし、誰か知っててもおかしくはない」
などとフォローしては見るが、フェアリーの気分は晴れないようだ。話題を変えてみることにした。
「そういえば、なんで一人で来ようとしたんだ?」
「ふぇ?なんでって?」
「ほら、皆いなくなったからって、いつかは帰ってくるかもしれないだろ。それに、一人でこんな所まで来るなんて、危ないじゃないか?」
「う〜んと、それは……」
言い辛いのか、フェアリーは足をブラブラとさせていた。
「一人だと、寂しかったから」
顔を俯け、つぶやくその姿はとても弱々しく感じられた。底抜けに明るい女の子だと思っていたが、それも寂しさを誤魔化すために気丈に振舞っていただけなのかもしれない。
フェアリーという生き物は全て陽気で楽観的な性格をしていると思っていた。だが中には目の前の女の子の様に繊細で、それを隠して生きている者もいるのかもしれない。
祖母の言っていた事をまた思い出す。あの人も出会ったのだろうか。こんな小さくて、でも私達よりも強く生きる妖精たちと。
「よし、じゃあ占ってやろう」
「?」
きょとんとした顔で、フェアリーが私を見た。
「私の職業は占い師。水晶が無くたって手相で占えるのさ!」
フェアリーは私の顔をしばらくじっと見ていた。おそらく尊敬の眼差しというやつなのだろう。生まれて初めて浴びた。
「お兄さんすごーい!!」
そしてまた、満面の笑みを私に見せてくれた。つられて私も笑顔になってしまった。
「さあ、お手を出して」
差し出されたふぁありーの小さな手を、私は凝視した。
……小さすぎて手のしわがよく分からない。目は悪いわけではないのだが、さすがに限度があった。こんなことなら星座占いにでもすればよかったか。
「ふむふむ……ああ、これはこれは。とてもいい手相だ。待ち人が飛んで来る位いい手相だ」
などと、適当なことを言ってしまった。いくらバカでも怪しまれてしまうだろう。
「本当!?やったー!!」
フェアリーはテーブルの上でピョンピョン跳ねていた。よかった、かなりバカで。
わんぱくに跳ね回っているフェアリーを見て、私はある事を思いついてしまった。
「なあ」
もし、見つからなかったら、私と暮らさないか?と言いかけたのを、すんでのところで止めた。妖精たちは絶対に見つけるし、そうなれば彼女とも別れなければならない。言うだけ辛くなるだけだと思った。
せっかく励ましたというのに、私は何をやっているんだろう。
「なにー?」
フェアリーが怪訝そうに私を見つめる。
「いや、なんでも。あ、口汚れてるぞ。拭いてやろう」
持っていたハンカチで口の周りに着いたクリームを優しく拭ってやる。ウグウグと少し苦しそうにしているのが子供っぽくて可愛かった。
そのまま取り留めのない話をして、元気を取り戻した私達はまた街へと足を運ぶのだった。


それから翌日。昨日と同じく市場を聞きまわっていると。
「あんたかい?妖精を探してるってのは」
後ろから聞き覚えのない男の声がした。振り向くと、つばの長い帽子、釣り上がった狐のような目、長く伸ばした口ひげと、なんとも怪しい雰囲気の男だった。どうやら私に声をかけたようで間違いないらしい。
「あ、ああ。それは確かに私の事だが」
それを聞くと、つり目の男はニヤリと笑った。
「ついてきな」
そう言うと男は人混みをかき分け住宅区の方へ歩き出した。私は見失わないように注意を払いながら後をついて行った。


住宅区の奥までくると、市場のにぎわいが嘘のように閑散としていた。
男はなおも歩き続ける。どこへ行くのかと聞いても、男は何も答えない。
薄汚れた小さ目の倉庫の前でようやく男が立ち止まった。
「入りなよ」男は軋むドアを開け、中へ入って行った。
「どうするの?」
フェアリーは不安そうに私を見る。確かに、男が私を騙している可能性は捨てきれないでした。
「安心しなよ」
私の心中を察したかのように、男は小屋の中から言った。
「別に取って食ったりなんかしねえよ。俺は商売がしたいだけだからな」
男が本当のことを言っているのかなんて私には分からない。ただ、取られるほどの金も持ってないし、危険なんてものはどんな事にも付いてまわるものだと思った。私は覚悟を決めて、小屋の中へ足を踏み入れた。
私は埃っぽい小屋の中をさっと確認する。とはいっても窓にカーテンがしてあり中の様子はよく分からない。小屋は二階建てになっていて、さらに地下室もあるらしく、薄暗い階段の先には何も見えなかった。
男は地下へと続く階段を降りる。転ばないよう足元に注意しながら、私もそれに続く。
地下室の扉は玄関のそれよりも頑丈そうで、その仰々しさはまるで何かを保存する為、或は何かを閉じ込めおく為にあるようだった。そう、中の何かを絶対に外に出さないように。
男はノブに手をかけて、ゆっくりと開いていく。引きずるような音を立てて、扉が開いていく。
「さあ、ごらんよ」
男はまた私を招き入れる。私は頷き、迷うことなく部屋へ入り込んだ。


部屋の中は薄暗く蝋燭の僅かな灯りしかなかったが、暗がりに目が慣れたのか部屋の状態を把握できた。ぐるりと見渡す。
そこは牢屋だった。錆びついた鉄の棒の間に金網が張り巡らされ、ネズミ一匹も出入りする隙間はなかった。
「私に見せたかったのはこの牢屋か?」
男はクックと喉を鳴らす。勿論、そんなわけではないのだろう。
「もっとよく見てごらんよ」
そういわれ私は牢屋に近づく。よく見ると中で何かがひらひらと飛んでいる。蛾だろうか?しかし、その蛾のようなものには小さな小人がくっついていた。これはそう……
「妖精だよ」
男は言った。
「とある森の奥で捕まえたんだ。これだけの量を確保するのには苦労したよ。さあ旦那、好きなのを選んでくれ」
見ると、牢屋の中にはかなりの数の妖精たちがひしめきあっていた。森の妖精丸ごとかき集めたのではないかというほどである。
「これはすごいな……」
世の中には魔物を捕まえ無力化し、奴隷や鑑賞用として売りさばく連中が度胸のあるやつがいると聞いてはいたが、実在するとは思いもしなかった。
「そうでしょうそうでしょう」
男は自信気に頷く。
「確かにフェアリーならほかの魔物より襲われにくいし、小さいおかげでそれほどの場所も必要ない。こんな民家でも容易に取引できるってわけだ」
「そうなんですよ。しかも買うほうもお手軽だから、結構いけると思うんですわ。旦那が初めての客なんですがね、その記念といっちゃなんですが今回は特別に……」
「こんなものを野放しにしておけない」
私は冷たく言い放った。
「旦那、今なんとおっしゃいました?」
「公表するといったんだ。こんな非道な所業。見過ごすわけにはいかない。このことは今すぐ街の守衛にでもに報告させてもらう」
私は早足で出口へ向かう。
「ま、待ってくださいよ旦那!」
男が進行を遮るように私の前に立った。
「だって、旦那はフェアリーを探してたんでしょう?」
「そうだよ?でも買いたかったわけじゃないんだ」
男は口をパクパクと開いて呆然としている。なんだか騙したような感じになってしまったが、相手が悪いことをしてるので罪悪感は微塵も無かった。
しかし、私の目的は男をとらえることではない。
「まあ私も事を荒立てたくない。おとなしく妖精たちを解放したら、今回の所は勘弁してやろう」
「……冗談じゃねえ」
男は額に青筋を浮かべながら震えていた。早く逃げろと私の直感が囁く。こういう悪い予感に関していえば、私の占いは百発百中なのだ。
私は男に振り払い、扉を乱暴にこじ開けて階段を駆け上ろうと踏み込む。
「そう簡単に帰すわけねえだろうが!」
男が声を上げると、階段からぞろぞろと屈強そうな男たちが降りてくる。おそらく上の階に潜んでいたのだろう。私は為す術もなく押し返され、元の部屋に戻ってしまった。
「妖精達の餌はどうしてたと思うよ?え?」
なるほど、そこまでは考えが及んでいなかった。私は瞬く間に男たちに囲まれてしまった。もう逃げる道は残されていたなかった。
「さあて、フェアリーの牢屋に閉じ込めて、精根尽きるまで絞られてもらおうかな?」
男がニヤリと笑う。私は今二択の選択肢に迫られていた。男どもに殺されるか。フェアリーに絞られるか。
「おい、お前だけでも逃げるんだ」
私は小声でフェアリーに囁いたが、何故か全く反応がない。
不思議に思い、胸ポケットを軽くたたいたが、そこには何もいなかった。
「!?」
思わず驚き、辺りを見る。フェアリーは牢屋の前にいた。いつくすねたのか、牢屋のカギを抱えていた。
フェアリーは器用に飛んで、鍵穴にそれを差し込むと、体ごと思い切りひねった。
カチャリ、と音がすると、ようやく男達も異変に気づいた。
「あ、こいつ!なんで……」
男はフェアリーを捕まえようと飛び込む。しかし、フェアリーは鍵を引き抜くと急上昇して男をすり抜けた。そして
「みんなー!!出てきてー!!」
合図を、送った。
それと同時に一匹の黒い龍が牢屋のドアを突き破り飛び出した。しかしそれは龍ではなく、密集したフェアリーたちの姿だった。一体一体なら可愛らしい彼女たちだが、一つの塊となったそれは、別の生き物のようで、不気味だった。
激しい轟音を立てながら、フェアリーたちはぐるぐると部屋の中を旋回する。男達は突然のアクシデントに戸惑い、呆然と立ちつくすばかりだった。何か嫌な予感がした私は身をかがめ、四つん這いで足の間を縫うように動いて男達の中から脱出した。
妖精の群れはやがて一つの大きな輪になり、男たちを取り囲む。男達も危険を察知したようだが、もう逃げる事は不可能だった。
やがてまばゆく輝き、大きな光の輪になったかと思うと、爆発のような閃光が私たちを襲った。
「う、うわああああああああああああああああああああ!!!!」
男たちがけたたましい叫び声をあげた。まるで恐ろしい何かを見ているかのように。
私は、恐怖と混乱が絶頂に達してそのショックで気絶し、深い眠りに落ちてしまった。


「大丈夫ー?」
「おーい、おきてー」
意識を取り戻すと、フェアリーたちが私を取り囲むように飛んでいた。男たちの姿はどこにもなかった。
フェアリーサークル。妖精たちが作り出す謎の光輪。その中に入ったものは、妖精の国に連れて行かれるという。
男達はそこへ行ってしまったのだろう。そして、もう二度と帰ってこれない。遠くで男の嬌声が聞こえたような気がした。


それからそれから。私はいつもの様に路地裏で占い屋を開いていた。
結局、あの日起こった事は誰にも話せずにいた。加害者がどこかへ行ってしまったし、妖精達の証言も当てにならない。というか、本人たちはもうどうでもいい様子。それならば第三者の私は何も言うことはない。といった次第であった。
ただ、妖精たちから助けた謝礼としてちょっとしたプレゼントを貰った。それは綺麗な22枚の絵札、つまりタロットカードだった。
金色に縁どられたそのカードにはそれぞれ魔物娘たちが華やかに描かれていた。妖精たちもこれを使って占いをするのだろうか。
デザインがえらく気に入ったので、水晶からタロット占いに路線を変更して使わせてもらうことにした。
開店の準備を終えると、早速一人のお客が席に着いた。眉を八の字に曲げた、いかにも悩みを持っていそうな男性だ。
「何を占いましょうか?」
私がそう聞くと、男はためらいがちに口を開いた。
「最近、仕事が上手くいかないんです。どうしたらいいか教えてください」
「ふむ……」
私はカードをシャッフルし、一枚引く。
テーブルに様々な道具を並べた男の隣で、妖精がほほ笑んでいる。〈魔術師〉のカードだった。
「何かを始めるといいと出ていますね。新しい趣味を見つけていては?」
「たとえば、なんでしょうか?」
そんなの自分で決めろ、と言いたくなるが、それを提示やるのが仕事なんだからしょうがない。
「そうですね……」
私がまたカードをきっていると、何か柔らかくて、小さい物が私の股間を刺激した。
「うひぃ!」
「うひ?うひとはなんですか?」
「あ、いや、それは……」
私は言い淀んで。
「海へ行けと言おうとしたんですよ。海にいけばいいことがあると占いには出てました」
「……そうですか。ありがとうございました」
男はどこか腑に落ちないという顔をしたが、料金を払うと港の方へと歩いて行った。
「おい!仕事中はダメって言ったろ!」
私が股間に向かって怒鳴ると、ズボンのポケットからフェアリーが飛び出した。
「むー、だってー」
フェアリーは頬を姫林檎のように膨らませた。
「だってじゃない!」
そう。仲間は無事に戻ってきたというのに、フェアリーは森に帰らずに私と共に暮らしていた。
どうやら私が気に入ったらしい。本当に私なのか、それとも私の息子が目当てなのかはあえて聞かなかった。
陰湿な路地裏でも彼女たちは陽気に笑い、私の周りをひらひらと舞う。それを見ていると私の気分も晴れてくる。悪戯を働くのが玉に瑕だが、おかげで退屈な時間が無くなった。占い稼業をしながらフェアリーの我儘に付き合わされる生活に、私は結構満足していた。
「遊ぶのは仕事が終わってから。お前は椅子にでも座ってなさい」
「はーい」
手のひらでフェアリーの頭を優しく撫でた。フェアリーはこそばゆそうに笑った。


とある国のとある街角のとある路地裏で私は店を開いている。テーブルには水晶玉に代わり、金縁のタロットとちょこんと座ったフェアリー。
しがない商売ではあるが、今日も静かに客を待つ。
14/03/30 18:54更新 / 牛みかん

■作者メッセージ
読んでいただきありがとうございました。作中にあった魔物娘の喫茶店、あったらいいですね。
ところで、書いてる途中でフェアリーの大きさってどれくらいなんだろうと考えてしまいました。人によってまちまちだと思うのですが、私は10〜15p位をイメージして書きました。

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