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えろい子の絵本 2冊目
むかしむかし。

あるところにそれはそれは美しい娘がいました。
その子は幼いころに母親を亡くし、貴族の父親と二人で暮らしていましたが、父親はやがて寂しくなったのか子供を一人連れた未亡人と再婚しました。
その未亡人……いえ、結婚したのだから継母と呼びましょう。

その継母は父がいたあいだは娘にもそれなりに優しくしてくれたのですが、父が事故で亡くなり気が触れてしまったのか、急に娘に辛くあたる様になったのです。
継母の連れ子の義姉は元から自分より美しい娘に嫉妬していたのか、これ幸いと母親と共に義妹をいじめるようになりました。
娘はぼろい服を着させられ、食事も二人の残り物、使用人どころか奴隷のような扱いにされました。


さて、この国の王子さまもそろそろいい歳です。
お妃さまを見つけようと城下町の大きなお屋敷で(※王城はどんちゃん騒ぎをするところではないのです)、
貴族から豪商まで上流階級の男女が集まる舞踏会が開かれることになりました。
ちなみに王子様のためだけでもないので男の人も参加します。王子様がそういう趣味というわけではありません。
娘の義姉も、自分が王子様の心を射止めて見せると意気込んで舞踏会へ参加します。

娘は自分も行きたいと必死で頼みましたが、当然そんなことが許されるわけありません。
「あんたなんか王子さまどころか、木っ端貴族の目に止まらないわよ。あんたを連れていったら私まで見て見ぬふりされるに決まってるわ。
 あんたは、その服に相応しく家でゴミ捨て穴でも掘ってなさい」
義姉はそう言い捨てて継母と二人で舞踏会へ行ってしまいました。

二人が舞踏会で楽しく談笑しているだろう頃。
娘は義姉に言いつけられたとおり、スコップで裏庭にゴミを捨てるための穴を掘っていました。
ろくに手入れもできず髪はボサボサ、肌はガサガサ、様々な雑用でタコができ、手のひら全部が硬くなっています。
そんな姿で月明かりの下、一人さびしく土にまみれて穴掘りをしている娘は、もう自分がとても惨めに思えて涙が止まりませんでした。

一体どこにこんな貴族の娘がいるというのでしょう。もし舞踏会の門番が自分を見たら田舎娘は村へ帰れ! と蹴り飛ばされるに違いありません。
それでも泣きながら娘は穴を掘り続けます。嫌になったからといって放り出してしまえば帰ってきた二人に罵倒されひどい目に会わされるのですから。
もう現実を見たくない娘は楽しかったころ、母親がまだ生きていたころを思い返しながらスコップの土を放り投げます。

(私が小さかったころ、種を植えるー! なんて言って穴を掘った憶えがある。お母さまは服を汚してなんて叱ったけど、やれやれって笑っていたかしら。
 結局芽は出なくて、私が泣いていたらお母さまが慰めてくれたのよね。もう一度種を植えましょう、今度は自分も育ててみようかって言って……)
そこまで思い返して娘は気付きました。
母親が一緒に植えた種。
あれはどう見ても植物の種ではありませんでした。娘の植え直した種の横に埋めたのは、装飾品を入れるような美しい小箱。
そして植えたあと母親はこう言ったのです。

(あなたが大人になった時、困ったことがあったらきっとこの種が実らせる果実が助けてくれるでしょう。お母さまはたしかにそう言った……!)
娘は自分が掘っていた穴から抜け出して、表の庭園へ駆け出しました。
そこには子供のころ植えた種が、そこそこの大きさの木になって葉を茂らせています。
そして娘はその木の南側、母親が小箱を埋めたところを掘り返しはじめます。

ザック、ザックとゴミ捨て穴とは比べ物にならないスピードで娘は穴を掘ります。
やがてスコップから土と一緒に小箱が放り投げられました。
(あった! お母さま、あなたの埋めた箱が見つかりました!)
娘はスコップを放り出して、地面に膝をつき手箱を手に取ります。

土を落とし、そっと開くと白い布に包まれた指輪やイヤリングなどの装飾品。
数はありませんでしたが、売ればそれだけで一財産になるであろう最上級の品々です。
(これを売ればドレス一式全部買える! この体も魔法で綺麗にすることができる! きっと次の舞踏会に出ることも……!)
娘は母親への感謝と未来への希望に初めて嬉し涙を流しました。


それはもうあまりにも嬉しくて―――近づいてくる足音にも気付きません。
「あんた、なにやってるの?」
背後から聞こえてきたのは、ぞっとするように冷たい義姉の声。


持ち上げて落とされるとはこのことでしょうか。
娘は母親が遺してくれた品々をすべて取り上げられ、さんざん罵倒され叩かれました。
あげくの果てに罰だと言って頭から水を浴びせられ、屋敷の外に閉め出されたのです。
季節は深秋。凍死するようなことはないでしょうが、娘は一晩中寒さにブルブル震えて過ごしました。

夜が明けると二人はやっと許してくれたのか、雑用人がいないと困るのか屋敷の中へ入れてくれました。
一晩中濡れた体で夜風に吹かれていた娘は、熱を出し足元もふらふらとおぼつかなかったのですが、そんなことで休ませてなどもらえません。

朝はいつものとおり階段の掃き掃除です。
サッサッと掃いて一段下がる。サッサッと掃いて一段下がる。サッサッと掃いて……。

「あっ……!」
ふらふらだった娘は階段を踏み外して転げ落ちました。
肩を打って、ひざを打って、顔も打って、最後は石造りの床に思い切り頭を打ちつけます。

転げ落ちた音を聞きつけて義姉がやってきました。
「ちょっとあんた! そんな大きな音たてて一体なに、を……?」


数日後。
娘の葬式がひそやかに行われました。
参列者などほとんどいない、とても寂しい葬式です。

娘は買い物へ行くとき以外は屋敷で働かされていたので、家の外に親しい人などいようはずもありません。
そもそも葬式自体が、一応やらないといけないから、という程度の質素を通り越して粗末なものです。
手入れもされていない薄気味悪い墓地に、棺桶と呼ぶのもためらわれる長い木の箱が埋められ土が被されました。

聖職者が短く祈りの言葉を唱え、それでお終い。
これで使用人を雇わないといけない、まったく死んでまで迷惑をかける奴だ、などと継母と義姉は最後まで娘の悪口を言いながら屋敷へと帰って行きました。

そんな二人の背中を木陰から見つめる影。いやまあ、元から透明なので地面に影など落ちていないのですが。
「………………」
影はたった今埋葬されたばかりの墓の前へと、のろのろ進みます。
墓標をながめるその影の姿は、土の中に埋まっているはずの娘そっくり。
いえ、娘そのものです。

(なんで私、ここに居るんだろう……)
自分の葬式がいま終わったことはわかっています。
ならこの考えている自分はきっと幽霊か何かなんだろう。
このぐらいはすぐに分かりましたが、なぜ未練もないのに残っているのか、心当たりがありません。
(……これからどうしよう)
幽霊になってしまった娘はもう屋敷へ帰る必要も理由も意味もありません。
娘はどこへともなく墓地を離れていきました。


さて、ちょっと話は変わりますがこの国の王子さま、文武両道、眉目秀麗、さらにとても優しく美しい心を持っているという、絵にかいたような立派な王子さまでした。
ところがこの王子さま、様々な女性から求婚されているというのに、一つも受けようとせずいまだに独身。
心の清い王子さまは、自分が心の底から愛せないなら結婚相手に不誠実だと考え、愛せる女性が現れるまで縁談を断り続けていたのです。
父親の王さまは愛のない政略結婚をした人なので、息子にはどうか愛する人と結ばれてほしいと願っていましたが、それでもそろそろ家庭を持たなければならない歳。
王子さまが決められないというのならば、強引にでも誰かと娶わせなければならないかと考えはじめていました。


(……あれ? どうして私はこんなところに?)
どこへともなくさまよっていた娘……ここからは幽霊と呼びましょう。
さまよっていた幽霊は気が付くと王城の城下町へとたどり着いていました。

(うわあ……城下町って夜になってもこんなに人が出歩いてるんだ……)
幽霊が生前買い出しに出かけていた町はそんなに大きくなく、この城下町と比べれば大人と子供。
ふわふわと宙を移動しながら幽霊は物珍しそうに町を見物します。

(ここが酒場なのかしら。レストランとは全然違うのね。ずいぶん騒がしくて、お客は男性ばかり……女性禁止? でも給仕はおばさんだし……)
仕事帰りの男たちが集う大衆酒場を覗いてみたり。

(何なのかしらサイコロを転がして……えっ!? なんであの人服を脱がされてるの!?)
サイコロ賭博で身ぐるみはがされる男を目撃したり。

(ここはずいぶん粗末なホテルなのね。恋人同士ならもっといいところに泊まればいいのに。
 いきなり服を脱いで…ああっ、ごめんなさいすぐ出ていきます! ――え、こっちの部屋も!?)
いかがわしい宿屋で恋人同士がいちゃつくところに続けて遭遇したり。

実は幽霊が見物していたのは夜もにぎやかな歓楽街。
見るもの聞くものすべて初めてで好奇心をそそりましたが、ずっと歩き続けたので(足はありませんが)そろそろ静かなところで休もうと明りの少ない方へと向かいました。


(ふう……私って何も知らなかったのね。死んでからそんなことに気付くなんて)
知らなかったというより、知る必要が無い、知らない方がいいことばかりだったのですが幽霊はいまさらになって生前への未練を憶えました。
一息ついて、さあ次はどこへ向かおうかと幽霊が頭を上げたとき、王城が目にとまりました。

(あそこが王城…。きっといまごろ王子さまもあの中で寝ているのね。舞踏会、私も行きたかったな……)
幽霊は王子さまの姿など見たことはありませんでしたが、舞踏会前の継母と義姉の会話からそれはそれはすてきな男性だと想像が付いていたのです。

(…………顔、見てみようかな)
いまの自分は透明で誰にも気付かれないのです。
正門から堂々と入っていっても、咎められることなどないでしょう。


(迷った。どうしましょう)
一応不法侵入なのでこそこそと正門から入った幽霊ですが、案内の看板があるわけありません。
使用人は道を覚えていますし、客人には案内人が付くのですから。

(……一度外にでましょうか)
幽霊はそう考えて壁をすり抜けて移動しはじめました。

壁を一枚抜けると粗末な使用人室。
壁を二枚抜けると綺麗に整えられた客室。
壁を三枚抜けると――。

(あら、ずいぶんと豪華なお部屋。生活感もあるし……まさか!)
幽霊がベッドを見ると、そこは膨れて静かに上下していました。
(寝ている人がいる! もしかして、もしかして…!)
寝ている人物の枕元をのぞき込むと、そこには若い男性の顔。
(やっぱり! この人が王子さまなんだわ! なんて綺麗な顔なのかしら!)

幽霊が見た王子さまの顔はかっこいいというより美しいという感じでした。
その素晴らしさは心の美しさがそのまま表われているのではないと思うくらい。

(ああ、こんな王子さまといっしょに踊りたかった! 私も舞踏会に行けていたら……!)
幽霊は舞踏会に行けなかったことを、いま最大に後悔していました。
(私が行けていたら王子さまと踊って、話して、仲良くなって、そのまま一晩……は自信ないわね)
いかがわしい宿屋をのぞいた影響か、ハレンチな考えをしてしまったと幽霊は赤くなります。

(できればこの人に触れたいけど、そんなことできないわよね……)
幽霊の体はあらゆるものをすり抜けてしまうので、王子さまの毛布を直してあげたり顔にに触れたりはできないのです。
それでもと幽霊が王子さまの髪を撫でようとしたとき、王子さまの頭の中が入りこんできました。

(え? なにこれ?)
幽霊の触れた手を通して王子さまの見ている夢が入りこんできたのです。
その夢の中で王子さまはもう王さまになっていて、お妃さまと談笑したり、口づけを交わしたりと幸せそうにしていました。
幽霊は羨ましがってもよさそうなのですが、そうはなりませんでした。
なぜなら。

(このお妃さま、顔がない?)
王子さまのお相手のお妃さまの顔はとてもぼやけていて目鼻の位置さえ分かりません。
いえ、顔どころか、髪も、服も、背の高ささえぼやけて、そのときどきで変わっています。
(王子さまはボヤボヤお化けが好きなのかしら? まさかそんなことないわよね)
これは王子さまの誰かを心から愛したいが、その愛を捧げられる女性がいないという悩みが形となって表われたものなのです。

(私がこのお妃さまだったらいいのに。夢の中だけでいいから王子さまといっしょに過ごしたいな……)
幽霊がそう思ったとたん。
ボケていたお妃さまの姿がピントが合ったように、はっきりと見えるようになりました。
(夢が変わった!? お妃さまが私の姿になってる! どういうこと!?)
夢の中の王子さまは驚いていましたが、幽霊自身も驚きました。
(もしかして私の願いで変わったの? だったら……)
幽霊はためしにと、舞踏会で踊っている景色をイメージしました。
すると夢の世界はたちまち変わり、王子さまと幽霊の二人が息を合わせて踊る姿を、会場中の人々がうっとりと眺めている光景が現れました。
(本物だわ! 王子さまの夢が私の思うようになる!)
自分の力を自覚した幽霊はもう止まりません。一晩中王子さまと楽しい夢を共有したのでした。

夜明け。
陽の光に照らされると、実体のない幽霊は消滅してしまいます。
うっすらとですがそれを理解していた幽霊は後ろ髪を引かれつつも、陽が昇る前に城を出て城下町の影の中に潜みました。

朝。
いつもの起床時刻に、使用人が来て王子さまは目を覚ましました。
夢の中なのでぼやけているところもありましたが、幽霊の顔ははっきりと覚えています。
夢の存在とはいえ、いままで誰とも知れなかった自分の愛すべき女性が姿をとったのですから、王子さまはとても喜びました。


その夜。
またも幽霊は王子さまの部屋へやってきました。

「王子さま、どうか私と踊って頂けませんか?」
そう言って手を差し伸べる幽霊の誘いを断れるわけありません。
いえ、王子さまは断ろうとも思いません。

幽霊と王子さまは前の日のように周りの人々が見とれるほど見事な踊りを披露します。
しかし。
「あっ!」
曲が終わりに差し掛かろうかというとき、幽霊は足を引っ掛けて転んでしまったのです。
王子さまは幽霊を支えようとしますが、羽のように軽いはずの幽霊に引っ張られてそのまま押し倒すように倒れこんでしまいました。

「も、申しわけありません王子さま……無様な姿を。王子さまにまで恥をかかせてしまって…」
謝るものの王子さまはすぐ目の前にある幽霊の顔に見とれてしまい、その言葉はまったく耳に入りません。
「……王子さま?」
王子さまの顔は吸い寄せられるように幽霊の顔の一点へ近づいていき――。
「あの、おうじさ………んっ」
言葉を封じるように幽霊の唇を奪います。

(きゃーっ! 王子さまっ! 顔に似つかわずなんて男らしいのっ!)
もちろん今までの出来事は夢の中の話です。
普段の王子さまなら、たとえ愛する相手でも衆人環視の中で唇を奪ったりなどするわけありません。
夢の中で聡明な頭も働かず、幽霊の夢操作の影響もあってこれほどに接近することができたのです。

「おうじ、さま…。い、いまのは……」
現実だけでなく夢の中の幽霊も顔が真っ赤です。
その顔を見て王子さまはいままで覚えなかった欲求がむくむくと盛り上がってきました。
いままで愛する女性がいなかったというだけで、王子さまは女嫌いでもなんでもないのです。
現実感の薄さもあり、蓋をされていた性欲がシャンパンを開けたように飛び出してきました。

幽霊の胸をドレスの上からそっと触れます。
「あ、王子さま…その、私は構わないのですがここで、ですか?」
二人が転んだのはダンスホールのど真ん中。大勢の来客が自分たちの姿を見ているのです。

(うーん、やっぱり初めては二人だけでしたいわね。みなさんにはお帰りいただきましょう)
幽霊が念じるとまるで幻だったかのように、来客の姿は無くなりました。
ダンスホールの明りも消え、ステンドグラスを通して差し込む月光だけが二人を照らします。

幽霊は脱いだドレスに横たわり、王子様を誘います。
「王子さま…どうか、あなたさまの愛を私に注いで下さいませ…」
愛する女性にこうまで言われた王子さまは、もはや紳士という名の拘束衣を破り捨て、本能のままに幽霊の肉体に貪りつくのでした。

(うわあ、王子さまのおちんぽなんて立派なの! これで童貞なんて、ずいぶん寂しい思いをしていたのね…。
 今夜は私がたっぷり愛して差し上げますからっ!)

生前と比べてずいぶん色ボケになったと思うかもしれませんが、魔物になればこんなものです。
むしろ初日でここまで関係を進められなかった幽霊は奥手すぎるといえるでしょう。

さて、毎夜毎夜王子さまといちゃエロついていた幽霊ですが、そのうち自分の体に力が溜まってきているのが分かりました。
(なんだろう…? 私の体が濃くなっている?)
濃くなるといっても透明度が下がるというものでなく、存在感が上がるといった感じでしょうか。
(もしかしてこのまま濃くなっていけば、物に触れるようになる? だとすれば現実で王子さまと……!)
夢の中でなく実際に王子さまと抱き合える。存在が強固になって陽光に照らされても消えたりしなくなる。
このことに気付いた幽霊は実体化するべく、よりいっそう王子さまとの睦みあいに励むのでした。


さて、現在進行形でいちゃエロついてる二人はしばらくカーテンの向こうがわに置いておくとして、将来王子さまのものになるであろうこの国の話をすこし。
実はこの国、教団の本拠地から遠く、人々の信仰心もあまり強くはないのです。
もちろん名目上は反魔物国家ですから堂々と魔物が街をうろつくなどということはありませんが、
人間に化けられる者たちはいくらか住んでいますし、親魔物国家との国交もこっそりと行っています。

そんな裏切り者予備軍とも言える国ですから、教団の本拠地からときおり偉い聖職者が、祝福のための訪問という名の視察に来ることもあるのです。
もちろん偉い聖職者さまですから、王さまと一緒に王子さまも祝福の儀礼に参加しなければなりません。

そして訪れた聖職者は王子さまを見るなり言いました。
王子は悪しきものに取り付かれている。このままでは王子だけでなく、この国すべてに大きな災いが降りかかるだろう、と。
王子さまはすぐに心当たりに気付きましたが、なにも知らない、気付いていないと言いました。
実際に何の害も起きていませんし、愛する女性を悪しきものと言う聖職者に嫌悪を抱いたからです。

とはいえ悪しきものを除くため清めの水晶玉を王子の部屋に安置する、という聖職者の言葉に反発することは流石にできませんでした。
そんなことを言ってしまえば主神の祝福を拒む異端者、魔物の手先などと報告されることはわかっていたからです。

王子さまの部屋に安置された水晶玉は霊験あらたかなもので、王子さまの部屋だけでなく城全体を清めるほどの力がありました。
サキュバスなどの上級魔族ならともかく、肉体さえ持たないゴーストにはまさに要塞。
突破することなどまずできません。


(うふふ、あと一回! あと一回! 今夜を過ぎれば明日には……!)
王子さまとずっといちゃエロしてきたこの幽霊。
どんどん力を溜めこんで、あと一晩過ごせばもう実体化できるというところまできていました。

(さあ、王子さま。楽しい夢は今夜で終わり。明日からはもっと幸せな現実が待っていますよ!)
鼻歌など歌いながら城にやってきた幽霊ですが、いつものように壁をすり抜けようとしたら壁の途中でゴムのような感触に跳ね返されました。
(え? なんで通れないの?)
何度もすり抜けようと試した幽霊でしたが、無理とわかると正門へ回ってそこから入ろうとします。
(一体どうしたのかしら? まあ、正面から入れば問題ないけど……)
胸騒ぎを覚えつつ正門へやってきた幽霊は絶句しました。

(な、なんなのこれ!?)
人間の目には見えませんが幽霊の目には開いた正門、いえ、それだけでなく窓や張り出したバルコニーまで光の膜で覆われているのが分かりました。
きっとこれが自分を押し返したものだろう。
幽霊はそれを理解するとなんとかして光の膜を抜けようとさまざまな手を使いました。

単純に体当たり。
ステルス性を上昇させてこっそり侵入。
魔物の魔力で作ったオノでかち割り。

まったく効果がありません。
体当たりしても弾かれるだけで、姿を薄くしても魔力が感知され引っかかるし、オノを振り下ろしたところで切れ目一つ付きません。
その他にも思いつくあらゆる手を使いましたが、どれも成功しません。

(そんな…ここまできたのに……。今夜を過ぎれば王子さまと触れあえるのに……)
もう打つ手がなくなって、王子さまの部屋の辺りを見ながら幽霊は泣くことしかできませんでした。
(おうじさまぁ……。あいたいですよぉ……)
泣き続けたところで奇跡は起きたりしません。
幽霊は光の膜の前にずっといましたが、やがて陽が昇る前に町へと帰っていきました。

幽霊は嘆き悲しみましたが、それは王子さまも同じこと。
毎晩愛し合っていた女性が、ある日から突然現れ無くなってしまったのですから。
そんな沈んでいる王子さまについに王さまが最後通牒を突きつけました。

一月後、国中の淑女を集めた王子のためだけの舞踏会を開く。
これで結婚相手を決められなかったなら、自分が選んだ相手と結婚するように、と。

この最後の舞踏会の知らせは国中に伝えられ、街角ではどこもかしこも、お妃さまは誰になるのかとの話ばかり。
影の中にひっそりと隠れている幽霊の耳にも当然入ってきます。

(王子さまが他の人と結婚する? そんなの嫌! ああ、この体が肉を持っていたなら……!)
自分はもう王子さまとの強い愛で結ばれている。
肉体さえあれば、王子さまと何の憂いもなく結婚することができるというのに。

(舞踏会に出さえすれば、王子さまはきっと一目で私を見つけてくれる……。王子さまが見てさえくれれば……)
考えに沈んでいた幽霊は何か思いついたのか、顔を上げました。
(そうだ、この手ならきっと……ううん、これしかない!)
大勢の人に迷惑をかけることになりますが、背に腹はかえられません。
幽霊は罪悪感を感じつつも、自分の考えた策を実行するのでした。

その夜から、幽霊は毎夜訊ねていた王城の前に現れることはなくなりました。
その代わり城下町で奇妙な事件が起きるようになったのです。

一晩のうちにみずみずしかった野菜が水気を失いパサパサになり、綺麗に咲き誇っていた花が萎れてしまうという怪現象です。
花屋さんや八百屋さんは困りましたが、一度起きれば次は起きないので、運が悪かったと思い花や野菜を処分しました。


王さまの最後通牒から一月後。
ついに舞踏会の日がやってきました。

屋敷のダンスホールには国中から美しく着飾った女性たちが勢ぞろい。
淑女たちは次々と王子さまと踊りますが、誰も感触は良くありません。
踊っている最中ずっと、王子さまは心ここにあらずといった顔だからです。

しかし、夜も更けてもう少しで舞踏会もお開きかというという時間、最後の女性が訪れました。
その女性を見た瞬間、王子さまは頭を殴られたようなショックを受けました。
なにしろ夢の中にしかいないと思っていた愛する人が現実で会いに来てくれたのですから。

幽霊は呆けたように固まっている王子さまに近づき手を差し出します。
「王子さま、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」
王子さまは気を取り戻し、幽霊の手を優しく取って踊りはじめました。

二人の踊りはぴったり息が合って見事なものでした。
なにしろ夢の中で何度も何度も繰り返していたことなのですから。
これを見ていた周りの淑女たちは、王子様を射止めるのを諦めてパラパラと帰っていきました。
踊る王子さまの心底嬉しそうな顔を見て、これは勝てないと悟ったからです。

踊り終わった王子さまは、夢のように現実でもと、幽霊を屋敷の部屋へ連れて行こうとしましたが、幽霊はそれを拒みました。
「申しわけありません王子さま、私にはもう時間が無いのです。私の言うことをよく聞いて下さい。
 最近王城で何か変わったことがあったはずです。私が王子さまに会えなかったのはその何かのせいなのです。
 どうか原因を見つけてください。その何かが除かれれば、私はすぐにでもあなたさまに会いに行きますから」
言うなり幽霊の姿はすうっと透き通って見えなくなってしまいました。

幽霊が舞踏会に参加するために考えた策。
それは、王子さまにもらえなかった分の精気を花や果物、野菜などから奪って実体化しようというものでした。
とはいえそれは簡単な事ではありません。
王子さまからもらえる精気と比べれば、花から得られる精気などスズメの涙。
町中の果物や野菜を食べ尽くしても、まだ足りないぐらいなのです。
舞踏会に来た幽霊の体はハリボテのようなもので、すこしの時間踊っただけで消えてしまうほど脆いものなのでした。

愛する人が目の前で消えた王子さまは、すぐさま馬車を出させて王城へと帰りました。
城へ帰るともう夜更けなのに起きている王さまが声をかけてきます。
どうだった? いい娘に出会えたか? これを訊ねるためにわざわざ王さまは玄関ホールで待っていたのでした。

どうか一晩考えさせてください、そう一言だけ答え王子さまは自分の部屋へと向かいます。
王さまはそれを聞き、そうかそうか、一晩悩むほどの素晴らしい女性たちに出会えたのかと勝手に満足して寝るために部屋へ帰っていきました。

早足で自分の部屋まで帰ってきた王子さま。
安置してある水晶玉をにらむと、壁にかけてあった剣を取り一刀両断。
台座ごと真っ二つになった水晶玉が床に転がるのを見届けると、剣を放り出し、ベッドに潜ってしまいました。


おそらく最後になるであろう、夢の中での交わり合い。
「あぁっ! すごい良いです、あなたぁっ!」
すでに結婚してお妃さまとなった幽霊が、王になった王子さまと愛し合っています。
「もっと激しくしても大丈夫ですからっ…! 遠慮しないでもっと奥まで入れてくださいっ…!」
幽霊は四つん這いになって後ろから王子さまに責められています。
「なんなら子宮まで押し込んでもいいんですよ? あなたの子供を産むのも私の仕事なんですから…、しっかり奥で出して種つけしてくださらないと……っ!」
そうまで言われたところで射精してしまう王子さま。
「あっ……出しちゃったんですか……。いえ、いいんですよあなた。時間はたっぷりあるんですから、何度もすればいいんです」
王子さまは幽霊を満足させられなかったかと思いましたが、その言葉に気を取り直して再び励むのでした。


夢の中は時間の早さが違うとはいえ、やがて現実に朝はやって来ます。
瞼を貫く光で目が覚めた王子さま。
窓からは眩い朝日が差し込み、どこかで小鳥がちゅんちゅん鳴いています。
そしてすぐ横に寝ている誰か。

王子さまが首を傾けると、そこには朝日を浴びて微笑む幽霊。
「おはようございます、王子さま」
幽霊は夢ではないと言うかのように、王子さまに抱きつき熱い口づけを交わすのでした。


「――と、こうして、幽霊は苦難の末に王子さまと無事結ばれたのでした。めでたし、めでたし」

ここは親魔物国家の学校兼堕落神の教会。ダークプリーストがまだ小さい魔物娘たちに本を読んで聞かせています。

「いいなあ…わたしもこのごほんみたいにおうじさまとむすばれたいなあ…」
自分が本の主人公になった妄想でもしているのか、話を聞いていたゴーストの娘はぽわわんといった顔をしています。

「はーい、せんせー!」
ゴーストとはまた種族の違う魔物娘が手をあげ質問をしました。
「せいしょくしゃがいってた“おおきなわざわい”ってなんだったんですかー?」
いっとき二人が幸せになっても、その後国が滅んだりしたら手放しでは喜べません。
「んー、それは先生もわからないわね。たぶん聖職者の脅しだったんじゃないかしら」
魔物娘は納得していないようでしたが、先生も分からないというのではどうしようもありません。
「はい、今日はここまで! あしたはお休みだから間違ってこないように注意してくださいね」


あしたは建国記念日。
気が早い家はもう国旗を屋根に掲げています。

―――剣に人魂が絡むこの国の旗を。
11/10/15 11:07更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
なんかエロと本文がうまく繋がっていない気もします。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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