連載小説
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『グラディエーター』
薄暗い部屋で私は一人ベンチに腰をかけている。暇つぶしが出来る様な物などなく、それどころかテーブルすら置かれていない。或る物とすれば、天上からぶら下がる小さなランプくらいだ。

  『闘技場 ―第三控室―』 

 そう書かれたカードが貼られているここには、外の音も光も入ってこない。 第三控室はギャラの少ない選手を適当に詰め込む『只の控室』とは違い、選手達の精神統一を促すと同時に、闘志や緊張感を高める特別な部屋なのだ。

 外界の干渉が一切無いこの部屋ではプレッシャーを紛らわす事すら出来ない為、選手のメンタルも必然的に試される。この部屋で待機した選手の多くが試合を目の前にして病院に担ぎ込まれたり自ら棄権を申し出る程、重圧感が漂う空間なのだ。

 普通の選手達は第三控室に入る為に努力をする。第三控室に入れるという事は、グラディエーターとしての地位を確立した事を意味するからだ。そう成ればギャラは入り放題だし、強者達と戦える機会も増える。闘技好きな者にとっては願っても無い地位だ。

 しかし、そこから無事出てくる事が出来なければ真にグラディエーターとは呼ぶことは出来ない。私こと「ロア・シヴィナ」は赤い尾を揺らしながら愛剣の刀身を指でなぞった。旧友のサイクロプスの創ってくれた幅広の片刃剣である。滑らかな滑り心地は武器に使うのがもったいない程だった。この控室に入るのはこれで三度目。三回も体験していると雰囲気になじむもので、最初の時よりも違和感なくこの部屋で集中する事が出来た。

 わたしは立ち上がると2、3回剣を腕ならしする様に振ってみた。空気を切る音がまるで獣のうなり声の様に部屋に響き、頭上のランプが不安定に揺れる。うなり声が壁に吸い込まれていくと、先ほどよりも一層部屋の空気が張りつめた。わたしは、剣を握る拳に力を込め、張りつめた見えない空気の糸を断ち切ろうと力任せに剣を振った。
 
 剣の獣は雄叫びを上げ、その刃は頭上のランプをとらえた。辺りが暗くになり、先ほどとは違う空気が何処からとなく流れ込む。唯一の光源は背後で燃え盛る炎だけだ。私は愛剣を鞘に納めると、控室のドアを開けた。出番がいつかは分からない。まだまだ先かも分からない。しかし、戦士の直感がわたしを呼んでいる者の元へと導いていた。



―闘技場ー


 『さぁーさぁー!!!!いよいよメインイベントです!!!!
  天下無双のこの男!!その拳は鉄をも砕く!!まさに人間最強の戦士!!!百戦中九十七勝三引き分け!ガーダ・バルドイ!!!!
  対するは!!史上最速でグラディエーターの座を手にした!!詳細不明の風来戦士!!!サラマンダーのロア・シヴィナ!!!』



 司会のハーピーの声が耳に刺さる。やはりわたしの直感は正しかった。扉を開けた直後、門の先からわたしを紹介する声が響いてきたのだ。この闘技場は、中央へ向うのに門を2つ通らなければば成らない。1つは軽い(といっても百キロある)防音用の門だ。ソレをこしても響くハーピーの声を直に聞く観客達の耳が心配になるが、闘技場の声援はあの門を開けっ放しにしていると控室まで聞こえてくるだけでなく、地響きを起こし通路が崩れそうになる程ばかでかい。どちらも負けず劣らずの大音声だ。

 そして、もう一つは演出の為の門。こちら側は相当重い。何せ縦30メートル、幅45メートルの巨大な門だ。その上材質はミスリルと来ている。ミスリルというのは金よりも重く更に、魔力を吸収する効果を持っている希少鉱物だ。つまり、魔力の助けを借りて門を開けようとしたのであれば、たちまち吸収されてしまい戦える状態ではなくなってしまう。魔力の欠乏は魔物娘にとって死活問題だ。それを誘発させるこの門の存在は、このコロシアムがたてられた時代が未だ魔物との戦争が激しかった事を意味する。

 わたしはゆっくりと通路を歩き、第一の門の前で立ち止まった。ここは簡単に空く。問題は次だ。わたしは出来る限り魔力の放出をおさえると、第一の門を押し開いた。ドッっと観客達の声が響いてくる。後ろを振り返らず、すぐさま門を閉める。顔を上げると、そこには巨大な「壁」が立ちはだかっていた。

 後から後からわき上がってくる唾液を飲み込むと、渾身の力を込めて門を両手で押した。目を固くつむり、歯が擦れ削れていく音を聞きながら噛み締める。腕に血が集まり、ふくれあがっているのが分かる。骨が悲鳴を上げ、これ以上続ければ確実に両腕共使い物に成らなくなるだろうと思った瞬間、扉がゆっくりと開き始めた。開き始めれば後は慣性によって或る程度は開いてくれる。

 わたしはそのわずかに開いた隙間から闘技場の中心、フィールドに足を踏み入れた。

 何度入っても、この感覚は新鮮で気持ちがいい。顔を上げると眩しい照明が影をつくらせまいという勢いで私を照らす。罵声と歓声の入り交じった声は観客席から怒濤のごとく押し寄せ、わたしを揺さぶった。最高に気持ちがいい。

 しかし、そんな気持ちに浸っていられるのはほんの一瞬だ。既に対戦者は門をくぐっていたようで、岩の様に各部が隆起したその体を暇そうに動かしていた。どうやらこの男は素手で戦うつもりらしく、剣やナックルといったものは身につけていなかった。

 『さぁ!両選手とも、準備はよろしいですか!!!』

 ハーピーの問いかけが会場に響いた瞬間、辺りは静かになった。戦士達はそれぞれ、戦闘の『構え』に入る事でソレに応える。相手の巨漢は左半身を全体的に前に出し、拳の高さを自分の顎辺りで構えた。腰を少しかがめ重心を落とした上で半身を切る。まずはわたしの出方を見るつもりなのだろう、バランスのとれた構えだ。

 本来ならば、素手の相手に武器を取り出す様な事はしない。しかしこの巨漢の拳は、刃を持つ獲物より驚異的。自分自身の肉体を完全な武器に仕上げている相手に、遠慮は逆に失礼であろう。大小問わず無数についた傷が、ソレを物語っている。わたしは右手で鞘から剣を抜き取り、低く腰を落とすと左手に盾を持っている様なイメージで前面に構えた。防御性には欠けるが「攻め」を重視した構えだ。

 様子を見守っていた観客は、次の瞬間ハーピーの声を聞き再び会場を震わせた。

 『始めッ!!!』

 先に動き出したのはわたしだった。持ち前の脚力を活かし、一気に間合いをつめる。左手と体を使い、右手に持つ剣の軌道を隠すと同時に間合いを掴みづらくする。相手は詰めよるわたしを見ながらも顔色ひとつかえず、微動だにしなかった。このままいけば確実にとらえる事が出来る。

 しかし誤算があった。剣を持つ分素手よりもリーチは長いはずだが、相手の体格は間近で見るとわたしよりも随分でかい。しまった、と自分の軽率さに舌打ちをする。躊躇のあまり自分の間合いが狂い、苦し紛れに突き出した右の剣をわずかなグライディングでかわされる。かわす動作に会わせながら男は奇麗に左拳を打ってきた。顔面に強い衝撃を受けぐらつくがバランスは崩れない。

 そのまま右足で踏ん張り、軸に変えるとすぐさま切り返しの剣を見舞う。しかし男はソレを予想していたのか、左手でわたしの腕をつかみ制した。わたしは負けじと残った左拳を男の顎に打ち付けた。ぐらっと倒れかけた男に更に追い打ちをと、ボディと顎に一発ずつ入れる。

 しかし男も倒れる事は無く、相変わらず右腕を握ったまま離さない。わたしは右腕で男を引っ張るとソレに会わせて左拳を顎へと向けた。と、その瞬間わたしの視界がぐらついた。吐き気がして、気持ちが悪い。くらつく頭を抑えながら前を見ると男も同じ様にふらついている。

 「カウンターか…」

 わたしは独り言の様に呟くと、頭を振った。ベタな戦い方ではあるが破壊力は抜群の大技だ。わたしの尾の炎が少し勢いを増した。脳を揺さぶられるのはたとえ魔物娘であってもダメージが大きい。剣を掲げ、振り下ろすとわたしは眼前の敵をにらんだ。男の方も構えを取り直し、鋭い目つきでわたしを睨む。

 仕切り直された戦闘の空気は、先ほどより一段とヒートアップしていた。観客の声も聞こえなくなり、周りのいらないものが目に入らなくなる。聞こえるのはお互いの息づかいだけ。見えるのは相手の動きだけ。わたしと男の呼吸があった瞬間、戦いの火種は再び切られた。先ほどとは段違いの速さで動く男に、わたしはリードされる様にして付いていく。相手の動きを先読みする訳でもなく、その瞬間瞬間で判断し、動く。尾の炎は最高潮に達する勢いで燃え盛った。

 楽しい…久々に味わった感覚だった。流石は負け知らずの強豪。卑怯な小細工を一切使わずフェアな戦いをしてのける。動きも体格からは想像できない程柔軟だ。今まで素手の相手に遠慮なく剣を振う事が出来るなど考えてもみなかった。しかし男はわたしの刃を紙一重でかわし続ける。

 男の攻撃は軌道が読めてもよけられない技が多かった。特に厄介なのが直線的な拳と相対して時折挟んで来る蹴り技だった。膝から足首にかけてのスナップで大きく軌道も速度も変わる蹴り技はこの男が使うとまさに凶器となった。脅威的な速度と破壊力。その2つを兼ね備えた上で繰り出す。仕方なしにソレを受け止めれば、衝撃に体が硬直する。そこにあわせて男は次いで拳の攻撃を仕掛けてくるのだ。拳の攻撃はよけ易いもののまともに食らえば意識が飛ぶ事は明白だ。
 
 しかし強力な技を持っているが故の弱点がある。空振りした時の消耗度合いだ。わたしは寸での所で蹴りをかわし拳を受け流しながら間合いをつめた。その間に何度か打撃を受けたが致命的なダメージには至っていない。重点的に腿を狙ってくる辺り、わたしの作戦に勘づいているのだろう。

 間合いを詰めてからは更に、相手の動きに対応できる様になっていた。どうしても避けられない攻撃だけは剣の峰で弾く。その度に持つ右手が衝撃を殺しきれず呻いていた。

 やがて、それぞれが有効打の打てる間合いに落ち着いたとき、わたしの尾の炎は最高潮に達した。ここからはお互い一歩も引かない勝負が出来る。それに小さい分わたしの方が有利だ。
 
 男の蹴り技を踏み込む事で封じ、苦し紛れに打ってくる拳を上半身を傾ける動作だけで避ける。そして鋼の様なボディに腰を入れたパンチをねじ込ませる。クリィーンヒット。男はよろめきながら後退した。ふらついた直後は追い打ちを駆けたい気分にかられるが、男も素人ではない。それを可能とさせる隙は見つけられなかった。

 私はそれと似た動作を繰り返しやがて、わたしが男の速さをこえると男の方に敗色が濃くなってきた。わたしは勝勢に乗じて更に動きを速める。今まで使わなかったミドルキックをいれ、相手の動きが止まると更に打った足を軸にし回し蹴りを見舞う。

 深い追いはせず、男の攻撃が入りそうになればバックステップで間合いを取るか、剣で受け止めるのだ。ヒット&ウェイを繰り返すこの戦法はスタミナを消耗し続けた男に勝ち目を一切与えなかった。

 勝敗の決した今、燃え盛った尾の炎もいつしか萎えていき緩やかにわたしの動きにあわせて揺らいでいた。わたしは剣を鞘にしまうと最初に男が取った構えを真似た。

 屈辱に顔を歪める男だが、既に勝利の糸口は無い。それを悟った上で男も同じ構えを取った。そして再び息があったとき、わたしの拳が奇麗に男の顎をとらえていた。そのまま首を刈り取るかのように吹き飛ばすと、男は地面に大きな体を揺らしながら倒れ込んだ。


 『しょ、勝者!!!ロア・シヴィナ!!!!』

 ハーピーの声が会場の声援を更に沸き立たせる。わたしは予想を覆された観客の罵声と、懸けに勝った観客の賞賛を背中に聴きながら闘技場を後にした。
12/07/12 20:21更新 / ライリアの騎士兵団
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■作者メッセージ
 初めての投稿なのでお手柔らかにお願いしますorz
連載小説という形なのですが、不定期連載ですのであしからず…!
バトルの描写など、分かりづらい点があればコメント等で指摘していただけると天上に頭打つくらい飛び跳ねて喜びます。
それではよろしくお願いします!

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