連載小説
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プロローグ
人混みでごった返し、大変な賑わいを見せる中央街から、少し離れた隣街の一角。
人気の感じられない路地裏に、三人の男性とそれらに取り囲まれた一人の青年が在った。

「おう兄ちゃん、やっと堪忍したか」
「随分すばしっこく逃げてくれたな。ったく手間取らせやがって」
「なぁに、痛いのはほんの一瞬だ。へっへっへ」

男達は何とも小物らしい口調で、左から、正面から、右から、三方向から一人ずつ青年を取り囲んでおり、どいつもこいつも屈強な体つきで、腰には体格に見合った大きな剣を帯している。
対して、壁を背に、逃げ場を無くした青年はやや小柄。
インバネスコートを羽織っている以外は全体的に軽装な服装をしており、他に身に付けている物と言えば、腰に巻き付けているポーチバッグ、両手に装着されている鈍色と瑠璃色に光る籠手以外に無い。
戦力差的に、どちらが有利でどちらが不利か。顔を俯かせている青年と喧嘩腰な男を第三者が客観的に比べてみたら、間違いなく男達の方に軍配が上がるだろう。
当事者である男達も、力の差を想定しての強気な態度だ。

「俺達の商売を聴いちまうなんて、お前も運が悪いな」
「魔物攫いは教会のお触れに引っかかっちまうってんで、バレたら容赦すんなって取引先から言われてんだ」
「そーゆーことだから、お前にはここで消えてもらうぜ」

言うや早いか、男達はスラリと帯刀していた三日月型の剣を抜き放ち、逃げる素振りも怯える様子も見せない青年に詰め寄った。
どうしてこんな状況が訪れていたのか、それはこの男達の仕事内容に問題が有った。
この男共は魔物を捕まえては売り捌くという、人攫いならぬ魔物攫いを生業としている。何とも人道に非した行為だろうか。
そんな彼らが、次の密売を何時にしようか取引相手と空き家で商談をしているところに、運悪く青年が迷い込んでしまい、結果こうなった次第だ。

青年は、最初の方こそ入り込んだ細い路地で逃げ回っていたものの、遂に行き止まりの壁にぶち当たってしまい、壁を背に顔を俯かせていた。
端から見れば、もう逃げるのは無理だと諦めた様に見えるだろう。

「運が悪いっつーかよぉ、俺にとっちゃ運が良いんだが……」

強がりとも取れる台詞とは裏腹に、男達に聞こえるか聞こえないか消え入りそうな声で青年は呟き、ごつごつした籠手付の両手をホールドアップして「参った」とポーズをとる。
が、それでも男達は抜いた剣を収めようとせず、ジリジリと迫ってくる。降参しようがしまいが、聞かれた以上は斬り殺す予定だったらしい。
ならばと、青年は伏せていた顔を上げて、自分から見て右手の路地の空中に目線を泳がせ、男達の背中の通路を指さした。

「ん……おい、あれ……」

男達は三人ともそれに釣られ、青年が指さした先を見ようとして首を捻る。
たった一瞬、男達は全員が青年から注意を逸らしてしまった。

その一瞬が、彼らの、人としての最期だった。

ぐしゃっと何かが拉げた嫌な音がして、青年の右側に立っていた男が宙を舞いながら飛んでいき、乱雑に置かれた木箱へと派手に頭から突っ込んでいったのだ。
殴られた男は天を仰いだまま動かなくなり、大の字に寝ころんでピクピクと痙攣して起きあがらない。一発KOだ。

「全員釣られるとかバカ丸出しな」

先ほどまで、男達に取り囲まれても顔色一つ変えなかった青年は一転し、自分よりも大柄な男を殴った右手を握握して、小馬鹿にした不適な笑みを浮かべていた。
残った二人は、何が起きたのか一瞬だけ脳が追いつかず、殴られた男を見て、ただただ『何かが起こったんだ』という事しか理解できなかった。
しかし、流石は危険な商売をしている人間なだけあり、戸惑ったのは僅か1秒にも充たぬ時間で、すぐさま我に返りました。

「てめぇよくも――――」

正面に立っていた男は、怒気を帯びた声を上げて顔向きを青年に戻し、臨戦態勢を取ろうとしたが、時既に遅し。
青年は身を低く屈めると、俊敏な動きで瞬く間に懐へ潜り込んでいたのだ。

「なっ……!」

青年は男の話を中断させるように、腕力に速度を乗せたボディーブローを男の臍の上にめり込ませる。

「ぐっ……カハッ……」

人体の急所の一つである鳩尾にモロにパンチを食らった男は剣を地面に落とし、唸り声を上げながら目尻に涙を浮かべ、腹を抱えて蹲ってしまった。
歯を食いしばって吐瀉を堪えてはいるものの、蹲ったのが拙かった。男の顔が丁度、青年の膝の位置にあったのだ。
青年は流れるような仕草で、さもそれをするのが当たり前の様に右膝を鋭く前に突き出し、男の鼻っ面をへし折って、さっき殴り飛ばした男に近くまで蹴り飛ばした。

「オラァ!」

最後の男は、仲間二人が圧倒される現実を目の当たりにするも、不気味な青年に気圧される事無く、勇を奮い立たせて切りかかってきた。
長い剱を陽に綺羅つかせた袈裟切りだ。
しかし、これにも青年は動じずに無言でファイティングポーズを取ると、軽やかなステップで体を反らし、ヒョイと軌道から避ける。
かと思えば、男が振り下ろした刀身の中心部付近に、籠手を装備していた右手の甲をそっと添えた。

ギャリギャリギャリと、籠手と剣は金属と金属が擦れ合わせる音を出しながら火花を散らしつつ、男の力任せに振り下ろされた剣は勢いを落とすこと無く固く舗装された地面へと吸い込まれ――――切っ先がバキリと折れてしまった。

男はギョッとして目を見開く。
いくらか剣の扱いに慣れているであろう男は、青年の手の甲で去なされながらも、剣の勢いを殺して一旦身を引こうとしていた。
しかし、剣が青年と振れるとコントロールが効かなくなってしまい、実際、振り下ろした時以上の勢いのままに地面をノックしてしまっている。

つまり青年は、剣を去なす所か腕に力を込めて、地面衝突までのスピードを増幅させていたのだ。
剣が折れたのを確認した青年は「よし」と一言呟き、去なしていた右掌をクルッとひっくり返して握り拳を作ると、割れた剣の衝撃で蹌踉めく男の、横っ腹、顔面、後頭部と、次々にジャブをお見舞いし、次いで腹を数発殴ったところで男は音を立てずに倒れてしまった。
3:1もの数的優位だったにも関わらず、見た目的に弱かったはずの青年によって、犯罪者三人が完封負けを喫した瞬間だった。

「ふぅ……」

青年は一息吐き、手をパッパとズボンで払うと、ポーチから取り出したる縄で、男三人を纏めて締め上げながら頭を振った。

「こっちは降参したポーズ取ったってのに、助かるチャンス潰しちゃうんだもんなぁ……」



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―――――


しばらくすると、迷路の様に入り組んだ路地から、カツッカツッと、舗装された道を蹄が鳴らす音が聞こえてくる。
木箱に腰を下ろしていた青年が音のする方に顔を上げると、湾曲した角の生えた半裸の少女が、手を束ねて青年に歩み寄ってきた。

「ご苦労じゃった」

小さな少女から上から目線の労いの言葉を青年に投げかける。青年は、それがさも当たり前かの様に嫌な顔一つせず、軽く会釈をしてから無愛想な表情で言葉を綴った。

「そんなに苦労しなかったすよ。こいつら、三人だけでやってた癖に脇が甘かったですもん」

と言って、青年は縄で巻いた一人を足の先で小突く。小突かれた男は「うっ」と呻き声をあげるが、一向に目を覚ます気配は無い。

「それで、本命の商談相手はどうなりました?」
「うむ、儂の優秀な部下が現在追跡中じゃ。時期に牢屋へぶち込まれるじゃろう」
「ならさっさと帰りましょうよ。昨日から張ってた所為で、眠くて眠くて……」

青年は大きく伸びをすると、欠伸を一つはき出した。

「安心せい、今日はこちらで寝床を用意しておる。ゆっくり疲れをとるが良い」
「うわぁ……逆に疲れが溜まりそう――――」
「イーディ様!」

今度は上空から箒に跨った少女が、イーディと呼んだ半裸角の少女の側に、隕石の如く墜ちるようにして着陸した。
その風体は奇抜で、真っ赤なつばの大きな三角帽子を目深に被り、跨っている箒の先端には湾曲した角を持った髑髏があしらわれていた。
しかし彼女は急いできたのか、箒に乗っていた癖に肩で息をしており、頬から滲む脂汗を拭おうともせず、跨っていた箒を両手で持ち直すと半裸の少女の言葉を煽ぎ始めた。

「エルナか。奴はどうした」

エルナと名を呼ばれた少女は、姿勢を正して報告をする。

「我々が捉えた男ですが、イーディ様の仰っていた通り、隣国の宝石商売を営んでいた『エメリヒ・アードラー』と判明しました」
「やはりか。隣国の馬鹿王子が好き放題やってくれているお陰で、こちらの国の警備網は――――」

早々に政治の話しに着いていけず、置いてけぼりとなった青年は、もう一度大きな欠伸をして、手に装着していました籠手をポーチバッグにしまい、男達が目を覚まして逃げ出さぬよう見張り番を始めた。

それから数分後、エルナが何度か頷き、男達を縛り上げていたロープを箒に括り付けると、これっぽっちの重さを感じさせないバランスを保ち、箒に跨って飛び去って行く。

「待たせたの」
「待ちましたよ。早く帰りましょう」
「のう、ジンダイよ。そろそろ所帯を持って腰を据えてみてはどうじゃ?差し当たって儂が伴侶となってだな」
「まーたその話しですか、こっちゃ疲れてんすよ。さっさと報酬寄越してくださいよ、報酬」

『ジンダイ』と呼ばれた青年は、ほらほら、と報酬金を催促する。

この悪人にはとことん容赦の無い青年の名を『サクマ・ジンダイ』。
ジンダイは教会から発注されますクエストをこなして報酬を受け取る、謂わば『冒険者』と呼ばれる職種である。

「やれやれ、釣れん奴じゃ。そこがまた良いのじゃが」

ポッと頬を染め、恥じらう半裸の少女。
彼女の名は『イーディ』。この国の防衛機関を担っている教会、もといサバトを統べるバフォメットだ。

「ところで、さっき連れて行かれたあいつらどうなるんですかね」
「知り合いのサキュバスが顎で使える僕を欲しがっておってのう」
「あーインキュバスになんのね……。犯罪者に対しては温情な末路だなぁ……」
14/06/10 10:07更新 / 慶之
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■作者メッセージ
―― メ モ ――

カルウェア国

ここは、人間と魔物の入り交じった国。
契りを交わして共に店を営んだり、或いは調子の合った者同士で海へ山へと奔走する冒険者となったり・・・・・・。
他国からは比較的治安の良い国と評判な国ではあるものの、街の一部は治安の悪化が懸念されている。
その治安を保っているのが、『教団』とは別に成り立った組織、首都・レーヴェンに位置する『教会』の働きにあった。
バフォメットのイーディを頭とした異教徒集団『サバト』が、方々から発注される仕事の仲介役、或いは教徒自身が『冒険者』となり、目的を達成する事で各地の信頼を得、国が所有している力の誇示とコネ作りを両立させていた。

しかし、教会はその裏で人間の女性を誘惑しては魔女に仕立て上げているという噂も絶えないが……。

それ以外の黒い噂が皆無であるのは、流石と言えるだろう。

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