連載小説
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竜無し竜騎士のある一日
「うう・・・痛い、いたぃよ・・・」

泣き声が山脈に響く。運が悪いにもほどがあった。
山の脅威についてもある程度分かっていたし、慎重に行動することも頭に入れていた。万全だと思っていた。
その一瞬を付いて、足を滑らし、落ちた先が岩石軍でなければ、までの話だったのだが。

「あ、っぐ・・・」

足を動かそうとして、激しい痛みが襲う。おそらく何箇所か折れている。

「だれか・・・いないの・・・」

涙を浮かべながら、虚空に向かって叫び続ける。
だが、落ちたところには目の前もろくに見えないほどに暗い。
これでは声が聞こえたとしてもどこにいるのか皆目見当も付かない。
いや、この山にはおそらく誰もいない。声すら聞こえる者も、いないのだ。

「だれか・・・たす・・・」

ひどくなる痛みと一人だけという精神的苦痛に顔を歪めながら、―――彼女は、ついに意識を無くした。









「第一空挺部隊、離陸開始!」

隊長のドラゴンが声を上げ、飛び立つのと同時に、後続のドラゴン、ワイバーンが次々と飛び立ってゆく。
彼女達が行く先は多岐に渡る。この国―――竜皇国ドラゴニアの領内を手分けして、ローテーションしながら、国の治安を守っているのだ。


「はぁ〜、かっこいいなぁ・・・!!」

オレの隣に座る男、ライルがその光景を窓越しにうっとりしながら見ている。

「いつ見てもかっこいい・・・そう思わないかトマ!?」

ライルは息を荒げながら隣に座るトマ・・・オレに声を掛けてくる。
オレは軽く舌打ちする。

「あー、そうだな。かっこいいよな」
「おい、何で投げやりで棒読みなんだ! かっこいいならもっと心をこめて言おうぜ」

無茶言うんじゃねェよこの状況で。

「・・・まず声を収めろ、じゃねえと教官が」
『コホンッ』

ほらきた。
座学の本を注視しながら横目ですっと正面を見る。・・・教官こっちずっとみてる。バレテルシ。

「・・・ライル・タッカー、トマ・ヤシロ。課業を受ける気がないなら出て行ってもらっても構わんぞ?」








「なんでオレまで書かなきゃならんのだ」
「いやほんとごめんて。あとでドランドンでなんかおごるからさぁ」

手で合掌をするライルと、それをため息で返答するオレ。
講義室の机を並べて対面しあうオレ達の前には、反省文と書かれた紙が転がっている。今日の野外訓練終了後までに提出しなければならないものだ。
・・・入団してからこの光景が何回続いたことだろう。

「ドランドンって・・・また竜丼か。ここ最近そればっかじゃないか?」

ドランドンというのは、ドラゴニアにある竜丼専門店の一つだ。でもってライルの行きつけの店でもある。

「む、なにおいうかトマ君、あの味の病み付きのなさが分からぬというのか?」
「いや、確かにうまいけどよ、栄養偏るぞ」
「いやでもあれ食べないと体がついていかないって言うか、一日が始まらないというか」

一日一食食べんといかんのかお前は。あの副作用がやばそうな代物を。
たまにならいいかもだが、オレはとても毎日食べる気にはなれんぞ。


そんなことを駄弁っていたときだった。





「・・・二人でお勉強? 仲良いね」

その声に男二人が顔を向ければ、講義室の入り口に一人の女性がいた。
彼女からのぞく―――鳶色の鱗。腕はなく、肩口から生える翼―――ワイバーン。

「レニア? どうしてここに?」

オレの目の前にいる『彼女の相棒』が声を掛ける。
レニア、と呼ばれたワイバーンはやれやれ、といった感じである。

「教官がグチグチ言ってたから、もしやと思って」
「げッ! そっちにも話、行ってんの!?」
「おかげさまでね。これで何度目なの? もう恥ずかしくて恥ずかしくて」
「・・・ごめんなさい」

ため息交じりの怒りの声に、肩をすくめるライル。

「それで? 今度は男二人で何計画してるの?」

計画ってそんな。オレも共犯者扱いかよ。

「見ての通り反省書書きだよ。今日中に提出しろとのご命令です」
「ふーん。それはいいけど、午後課業どうするの? もう時間過ぎてるけど」
「・・・あ!!」

午後課業という言葉を聴いてバッと顔を勢いよく上げるライル。その顔はあまり良い表情ではないが。

「ど、どどどどうしよう・・・教官もういるよね?」
「さっきからずーっと入り口で待ってる。周りのオーラがすごいことになってた」

レニアの話を聞いてあわわわ、と震えだすライル。・・・そういえばライルの午後課業はフィールドワークだったか。
教官がつくということは野外演習のための訓練か戦闘訓練だろう。このまま遅れると厄介そうだ。
オレは頭をかく。

「あー、分かった。お前の分は書いておくから、行って来い」

その言葉に驚きの表情をみせ、次第に目をらんらんと輝かせ始めるライル。

「・・・いいの?」
「オレの気分が変わらんうちにな。さっさといかねぇとおごりの分上乗せさせるぞ」
「ありがとう心の友よ!!!」

ライルは俺の手をぐわしっ、とつかんで何度も礼をした。・・・お前の中の心の友ってどういう存在になっているんだ?
それを終えるとライルは一目散に講義室を飛び出し、教官の下へと走り去っていってしまった。

「・・・なんか、大変だね」
「慣れてしまった自分が恐ろしいよ」

その光景を見ていたレニアは同情のような目線をオレに向ける。・・・この娘も苦労しているようだ。

「そういえば、トマは午後課業でないの?」

レニアが聞いてきた疑問に、オレは口を開く。



「今日の午後は騎竜との訓練だろ? ならオレが行っても意味無いよ」



「あー、その・・・」

とたんにレニアの歯切れが悪くなる。
しまった。オレは何の解釈もなしに言ったつもりだったのだが。
しかしこの場で取り繕うとも彼女達には余り時間が無いのも事実。

「ほら。早く行けよ。お前の相棒が待ってるぞ」
「あ、う、うん」

微妙な雰囲気のままレニアはライルを追っていった。









「はぁー・・・」

やってしまった。オレは頭を抱えてながらかぶりを振る。
オレ自身今の状況は昔に比べれば慣れてしまったようなもので、特に思うことは無いのだが。
レニアのような一部の輩には"そういう目"で見られている。"そういう風に思っている"のでは、と思われているみたいだ。
・・・参った。

「・・・。」

俺はオレの分の反省書を書き終えると、ライルの分の反省書を取る。少し書いた形跡はあるが白紙同然だった。
オレの文と似たようにならないように照らし合わせながら、ライルの文体を真似しながら書いていく。

「・・・。」

書きながら、オレは先ほどのライルとレニアの会話を思う。
ライルがトラブルを巻き込んで、レニアがそれに苦労している、といった具合だろうか。
レニアは口調ではうんざり、といった形ではあったが、彼女自身の心はそうは思ってはいないと思う。

座学ではからっきしのライルだが、レニアとの―――竜騎士としての戦闘訓練では上位をキープしているという。
オレも一度彼らともう一組の竜騎士候補生との模擬戦を見たことがあったが、相手を常に圧倒しながら詰めていくスタイルは目を見張るものがあった。
よほどパートナーを信頼していないと出来ない戦い方だった。それだけ心を預けあっているということなのだろう。

「・・・。」

反省書を書いているペン先が、止まる。

「パートナー、か。」

妄想にふける。

「・・・オレにも、そんな奴がいたら、ああなれたのかな」

















「竜が、いない?」

オレが聞くと、俺の周りの男達がざわつき始める。
目の前にいる騎士団の一人と思わしき白銀の鎧を着たドラゴンが「諸君、あー、そのー」といいながら頭を欠いている。

「その、なん、だ。本来はありえないことなんだが・・・」

歯切れを悪くしながらそのドラゴンは語る。

本来ドラゴニア竜騎士団では竜騎士になる男を随時募集している。軽い式を終えた後、いよいよ竜たちとの対面があるわけなのだが。
どういうわけか、オレ達が騎士候補生の扉を叩いたときには、その男達の人数が多かったのだ。それはもう、竜達が足りなくなるほどに。

「慢性的な男性不足を補おうと、いろんな国に広報飛ばしまくったせいかな・・・候補生がこんなに多いとは思わなくてな」

あははー、と空笑いするドラゴン。・・・眉が引きつっているぞ。

「ってことは・・・俺達は候補生になれないってことですか?」

軽く手を上げるオレの隣の男。――――オレと同じ故郷からここまで出てきた、幼馴染のライル。

「いやそう言うことは無い」

ライルの質問に、ドラゴンは真面目な顔に切り替えて答えた。

「こうなったのは此方の責任でもある。君達全員、騎士候補生であることをここに宣言しよう。
 先ほど各国から騎士候補の竜が派遣されているという知らせが入った。順次君たちに会わせよう」

そう言ってそのドラゴンは踵を返すと、別の教官のドラゴンに後を任せ、どこかへと去っていってしまった。
そして教官のドラゴンに連れられ、施設の案内をされていく。

「・・・俺ら、竜騎士になれるのかな。トマ」

そんな中、横を歩いていたライルが心配そうな声で話しかけてきた。

「・・・わからん」

オレは先をも見えぬ将来に頭を悩ませていた。












それから程なくして。
各国から騎竜の補充が行われ、一人、また一人と竜と交流を深める騎士候補生が増えていった。
その中に、ライルも入っていった。レニアと初めて会ったときのあいつの慌てふためきようは笑うものがあった。
そんな中でも、あいつはレニアとの―――竜との絆を深めていった。

オレは、まだ決まっていない。

竜がいない候補生はオレだけではないが、オレが入ったときと比べると格段に減っていた。
先ほどの午前講義の中でも、竜がいない候補生はオレだけという具合に。
一度教官に、「まだこないのか」と詰め寄ったことがある。が、「騎竜はその候補生との相性を見て決める」とのことらしい。
「待っていればそのうち来る」とも言われた。

以来、ずっと待っているのだが、一向に来る気配が無いまま、半年以上が過ぎてしまった。

「・・・。」

窓の外を眺めた。薄い雲に隠れているが、ここからでもドラゴニアの町並みが見える。

今朝、また候補生の一人が辞めたという知らせを聞いたことを思い出す。
そいつも俺と同じ竜がいない候補生であった。竜がいなくて何が竜騎士だ、と彼は悔しながらにそう言ったという。
また、というのはこのところ、そういう奴が増えているのだ。

気持ちは分からなくもない。彼らの多くは竜騎士に憧れ、竜が好きで、竜と一緒に夢を持とうとした者達なのだ。
その先がこんな状態では、希望が薄れてしまう者がいても不思議じゃない。

「・・・。」

実のところオレは竜に対して、憧れや好意とか、そういうものをもってはいない。
実際ここにきたのは、ライルに誘われてであり、オレもその時何もすることが無かったからついてきたという具合だ。



・・・だからなんだろうか。

竜が一向にオレの前に来ないのも。止めることも無くぼうっとした将来を見据えて、この場にとどまっているのは。











「・・・出来た」

ライルの分の反省書を書き終える。文体を似せるのにかなり時間を使ってしまったが、どうにか書き終えることができた。
そのまま教官に提出し、やることがなくなったので帰ろうと外に出てみると、空は夕暮れに染まっていた。ちょっと長く居過ぎたか。

「どうすっかなぁ」

オレはどうやって自分の寄宿舎に帰るか考えていた。
竜騎士ならば訓練生、候補生問わず専用の宿舎の一部屋が本部の近くに宛がわれるのだが、先ほどの通り、人数が多かったこともあって、俺の宿舎は本部から結構離れたところにあった。
ここからだとメインストリート―――竜翼通りを通ればすぐなのだが、この時間は宿屋の客引きが出張ってくる時間だ。あまり面倒は起こしたくない。

「仕方ない」

ちょっと遠回りしていこう。心の中でそう決めた。












「ずいぶん暗くなったなぁ」

山の中を歩きながらオレは呟く。
ドラゴニアからちょっと離れた山にオレはいる。

つまるところ、遠回りというのはこれである。宿舎への道は二つあった。
一つが竜翼通り。近道だが夜に使えない。
二つ目が今通っている山道。辺りが暗く足場も悪い。宿舎へは遠いが、誰にも会うことは無い。
今のところ、この道を使って宿舎に帰っている方法を知るのはオレだけである、ということだ。

「もう冬が近いんだな」

辺りが暗くなるのが早くなっていることに気がつき、空を眺める。光はまだあるが、太陽は完全に沈んでいた。
少し急いだ方がいいかもしれない。夜目はきく方ではあるが、もし脚を踏み外したら大変なことになる。
ここは誰も通らないし、暗くなってからでは誰も助けに来ない。町からは離れているから声も届かないだろう。

「そうと分かればとっとと


―――不意に、何かが聞こえた気がした。


「・・・?」

その場にとどまる。耳に神経を集中させる。

「・・・声?」

聞こえてきたのはか細い声である。山の下手の方から聞こえてくる。

「・・・魔物か?」

だが、ずっとこの道を使ってきたからわかるが、ここには虫はいれど、魔物はいなかったハズだ。



『―――いの・・・』


「!!」

今度ははっきりと聞こえた。か細い声ではあるが、明らかに人の声である。

「・・・行ってみるか」

オレは周りに気を配りながら、ゆっくりとその声の場所に向かっていった。




17/04/16 00:12更新 / キンロク
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■作者メッセージ
こちらでは初投稿になります。
不定期更新の予定です。
終わりは・・・ちゃんと出来るのだろうか(汗

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