連載小説
[TOP][目次]
第1話 「霧楼泊」での日常
霧の大地の奥深く、人里離れた山奥、切り立った崖の上に、とある屋敷があった。その外見は豪勢ではないが、質素というわけでもなく、威厳高いという印象が強い。敷地はジャイアントアントの作る巣のように広く、所々にひびも見えるが、その塀は龍の腹のように長く、中の様子は外からでは一切見えない。時折、中から何かを割るような音や、金属を打ち付け合うような音、誰かが叫ぶ声も聞こえ、ただならぬ雰囲気を放ち、近寄りがたい印象を覚える。実際、人里のものはその屋敷を恐れ、滅多に近寄らない。そして、巨人でも出入りしているかのように大きな門の横には、「霧楼泊」と達筆に書かれた小さな看板が静かにかけられていた。これだけを見れば、厳しく、格の高い道場に思える。ただし、その横に、

「来たれ!最強の愛弟子!」

と、書かれた(しかも可愛らしい字で)場違いな看板が立てかけられていることを除けばの話だが。
そして今、この風変わりな道場の前に、1人の少年が立っていた。

「はっ…はー…はー…っ…」
息を整えながら、額に浮かぶ汗を拭う。
修行の一つと言われ、山二つを越えた先にある人里に買い物を押し付け…もとい頼まれ、しかも半日で戻ってこいなどという師匠たちの無茶振りを聞かされたときには驚かされたが、なんとか門限の前に戻ってこれた。
「…ふーっ…本番はこっからなんだけどな…」
独り呟いて覚悟を決めるように息をひと吐きし、この重たく、大きい門を見据えた。ゆっくりと手をかけて、力の限り押す。
「ぐぬぬぬぬ…」
だんだんと重たい門が開いていく、全身の筋肉を使って、ようやくひと一人が通れるようになった瞬間、
「チェンルーーーーーン♡♡」
白と黒の柔らかそうな毛に包まれたパンダもどき…もといレンシュンマオの鈴玉(リンユー)が飛びかかってきた。すかさずこれを避けて、倒れこむように塀の中に入る。
「ふんっ!」
全力疾走である。目指すは入って10m先にある屋敷の玄関!
「あー!避けられた!もー!」
一方、飛びかかってきたリンユー師匠は、宙で体を巧みに捻り、門の外の木を蹴って再び襲いかかってくる。
「こんどこそ!」
だがそれは初めてのことでは無い。
「おりゃ!」
屋敷の玄関に駆け込み、間一髪で扉を閉める。
「わわわ!ふぎゅ!」
空中で勢いを殺せずに、リンユー師匠が扉に頭から突っ込んだ。
「ちょっとー!痛いじゃなーい!」
「飛びかかってくる師匠が悪いんだよ!」
文句に軽口を返しながらまた廊下を走る。
道場に帰ると毎度、こうして盛った師匠が襲いかかってくる。もちろん、「そんなこと」をしにこの道場に入ったわけではないので、毎日のようにこのような修行(?)をしている。いや、美人に追いかけられるのが嬉しくないわけではないが。
「今のところ、奇跡的に無事だけど…」
「それじゃあ今日が運命の日かな?」
独り言を呟いた途端に、数多に並ぶ扉のうち1つが開き、茶色く染まった尻尾がこの体に巻き付こうと飛び出てきた。
「喰らうか!」
「ざーんねーん♡」
「ぬわあ!?」
尻尾を手で振り払うと、部屋の中から出てきた手が素早く腕を掴み、そのまま中に体を引き摺り込まれる。
「甘い甘〜い♡シャオエン姉ちゃんに勝とうなんざ、10年は早いのさ、少年♡」
「…っ!」
赤く頬を染めたカク猿…曉燕(シャオエン)にマウントを完全に取られた。手足は絡め取られ、身動きが取れない。かくなる上は…
「さ、一緒に激しく…」
「あっ!柿が落ちてる!」
「嘘!どこ!?…って、あ!」
奥の手、だまし討ち。シャオエン師匠が柿に目がないのを知っていてよかった。力を緩めた隙を逃さず、体を捻って抜け出し、そのまま入ってきた場所とは違う扉を開けてまた走り出す。
「逃すかー!」
「待てー!」
パンダに猿が加わり、ひと並外れた速さでこちらに向かってくる。直線的に逃げても勝ち目はない、部屋から部屋へ、扉から扉へと逃げる。
「くそ!どこ行ったー!」
「もー!逃げないでよチェンルーン!」
「…ふぅ」
逃走を繰り返すこと数分、どうやら見失ったくれたようだ。あとはどうやって自分の部屋に戻るかだが…
「なにやら騒がしいと思ったら、帰ったのかチェンルン」
「うひゃぁあ!?」
振り向くとそこには白澤…静麗(ジンリー)が座って書を開いていた。どんな部屋かよく見ていなかった…。
「なにもそこまで驚くことはないだろう…」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、あの2人に追いかけられれば無理もないか…」
帰ってきてようやく道場の常識人に出会えた安心感に、ほっと胸をなでおろす。
「ところで…」
しかし、がらりと声調を変えたジンリー師匠の言葉に、背筋が再び冷たくなる。
「この前、出した課題についてだが何だこの出来は?確かにまだ未熟なのはわかるがこの前教えたところがまるでできていないぞ?私の教え方が悪いのか?ん?そしてなんだこの雑な字は?これならまだ鈴玉(リンユー)が書いた字の方が読めるレベルだぞ?それに加えてこの詩はなんなんだ?全くお前は…」
「お邪魔しましたー!」
「あ!こら!」
適当にやった課題がここで仇になるとは思いもしなかった。次回からは真面目にやろうと決意しながら部屋を抜け出し、走り出す。
「あ!いたー!」
「待てよ少年ー!」
「ちくしょー!」
運の悪いことにあの二人がいる廊下に出てしまった。追走者が三人に増えて、息も絶え絶え、身体はへとへとだが走り続ける。長い廊下を抜けて、振り切ろうと角を曲がったとき、
「わー」
「おわっ!」
誰かとぶつかり倒れこんだ。柔らかい感触が顔にあたる。これは…
「あー、チェンルンじゃん。おかえりー」
キョンシーの美帆(メイファン)だ。気の抜けた優しい声と、その死体とは思えない柔らかい二つの宝玉にやさしく包まれて思わず体の力が抜けていく…このままゆっくりと眠りたい…
「ってそんな場合じゃない!ごめん、急いでるから!」
焦って立ち上がる。しかし、なんと運命のいたずらか、手が札に引っかかってしまった。
「「あ」」
二人の声が重なる。額のお札がヒラヒラと宙を舞って床に落ちる。メイファン師匠は武術を極めるために、キョンシーながら自分の男性に対する欲求を抑える特別な札を付けている…いつもは大人しいが、それが取れれば…
「…えーと、し、失礼しまーす!」
「ニ ガ サ ナ イ」
再び逃げる、逃げる。もはや自分が息をしているのかもわからないほど必死に逃げる。しかし、この先はひらけた中庭であることに気がつく。逃げるには追手側にずっと有利だ。まずい。何か手を考えなければ…そう思ったとき、身体が急に軽くなったかと思えば宙に浮いていた。
「おわわわわ!?!」
そのまま屋根に体を打ちつける。とても痛い。
「いっ…ってー…」
「む、すまない。力加減を間違えた」
「ズーウェイ師匠…」
なにが起こったか分からず、目を開けると、この道場にいるもう一人の比較的常識人、人虎の紫薇(ズーウェイ)が立っていた。どうやら屋根に避難させてくれたようだ。
「ありがとうございます、助けてくれて…」
「ああ、さすがに見ていられなくてな」
「もうダメかと思った…ズーウェイ師匠が優しくて本当に助かった…」
「…っ…う、うむ」
お礼を言うと顔を赤らめ、少しだけモジモジと体を動かした。いつもは普通に受け取るだけだが、何かおかしい…。
「…チェンルン。病気について詳しいか?」
「え?」
「なんだか、こう、胸のあたりが苦しくなって腹が妙に疼くんだが…ああ、痛いと言う意味ではなくてな?こう…むず痒くなるというか…♡」
だんだんと熱を帯びてくる声に、じわじわと冷や汗が出てくる。まずい。ズーウェイ師匠は自分が人虎だとわかっていながら、発情期というものがあるのを知らない…。
四つん這いになってにじり寄ってくる妖艶な動きに目を奪われながら、これから起こるであろうことを想像して後ずさる。
「じ、静麗(ジンリー)先生に聞けば…白澤だから詳しいでしょ…?」
「いや…お前でなくてはダメなのだ!!!」
「う、うわぁあ!」
まさに虎の如き跳躍を紙一重でかわして、中庭に背中から落ちた。
肺に溜まった空気がすべて吐き出される。
逃げ延びたのはいいものの、呼吸ができず思考がまとまらない。
体も言うことをきかない。
立つのがやっとだ。
気がつけば、五人の猛獣たちが目の前に迫っていた。
「やっとおいついたー!」
「手間かけさせやがって…」
「さあ、大人しくしなさい」
「イ マ ス グ」
「捕まえてやるぞ…♡」
いい人生だった。もはや尽くす手はない。墓には気に入っている詩があるから彫っておいて欲しい。
「ダメだこりゃ」
自分が声を発したのを合図に、猛獣たちが一斉に飛びかかってきた。ああ、さよなら僕の貞操。
だが、
「貴様らは全くもって度し難いな!」
その瞬間、頭上を赤い影が目にも留まらぬ速さで通過していった。
「きゃっ!」
「ぐはっ!」
「うわ!」
「…っ!」
「ぎゃ!」
あっという間に五人の魔物娘が叩き伏せられ、地に堕ちる。赤い影はそのままくるりと着地し、五人全員を見据えた。とりあえずは戦う意志がないのを確認すると、大きく息を吸い込み、眉間に皺を寄せて怒鳴った。
「全く…弟子が可愛いのはわかるが、恥を知れ!!買い物から帰ってきたチェンルンを大勢で追いかけるなど、師匠として情けないと思わんのか!?各々自制がなっとらん!!それでも霧楼泊の一員か!」
五人がよろよろと立ち上がり、赤々と怒りの炎を上げる火鼠…紅花(ホンファ)を見つめた。ホンファ師匠はこの道場の主人であり、武術において他の師匠たちに引けを取ることなく、「霧楼泊」をまとめあげているすごい人だ。
「どいつもこいつも口を開けばシェンルン、シェンルン…む?」
全員が苦い顔で説教をしているホンファ師匠の方を向いている。だが、その眼差しが、反省というよりは、気まずそうな眼差しでこちらを見ていることに、ホンファ師匠は気がついた。
「…なんださっきからこちらをそんな目で見て…」
「いや、ホンファ…あしもと」
静麗(ジンリー)がホンファの足下を指差す。下を向いてみれば、そこには、腹にとどめ(着地)を喰らって完全にのびている「霧楼泊」における唯一の人間の弟子…陳龍(チェンルン)が倒れていた。
「…」
この場にいる全員が沈黙に沈む。
「ち、チェンルーーーーン!!!!」
ホンファ師匠の悲鳴が山々にこだました。
これがこの道場の日常、霧の大陸を猛者を集めた「霧楼泊」の日常である。
果たしてこの魔境の中で、自分は生き残れるのだろうか…。
チェンルンは遠のく意識の中、誰にも知られることなく、独り思った。
17/09/18 19:25更新 / 零点零一mm
戻る 次へ

■作者メッセージ
最後まで読んでいただきありがとうございます。
稚拙な文章でしたが、とりあえず第1話、楽しんでいただけでしょうか。もし楽しんでいただけたら幸いです。感想、アドバイス、書いていただけると作者が全身から涙を出して喜びます。
強い女の人が好きで好きで、パロ元の女の子とかすごい好きです。そして霧の大陸の魔物娘がドンピシャすぎてもう堪らず書いてしまいました。2話からはどんどんエロエロな雰囲気にしていきたいと思います。いっぱいエッチなのがかけるといいな。
第2話も読んでいただけるのを願って、またお会いしましょう。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33