連載小説
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前編
ゴツゴツとした町並みによってできた地平線に太陽が沈みかけている。
西に沈む夕日が、窓ガラスから学校の教室を茜色に照らしていた。
その教室には二人の男女が佇んでいる。
二人の姿を見比べてみると、一人はまだあどけなさの残る少年であり、中肉中背の体格にぴったりとした大きさの学ランを着込んでいる、どうやらここの学生なのだろう。
対する女は顔は美しく、特徴的な短く切り揃えた金色の髪とトンボ玉の様に、鮮やかに透き通る蒼い目をもった西洋風の少女である。
少女はセーラー服を着ていて、これまたここの学生だというのが伺える。
二人は一見、普通の人間の様に見える。
だが、少女の体をよく見ると驚くべきことに彼女の頭部には白い角が生えており、また下半身は彼女の角と同様の純白の馬体を持っていた。
半人半馬の彼女の体は美しい彼女の顔と相まって異様な雰囲気とはまた別に、神々しさが溢れでている。

二人はお互い向きあっていて、少年の方は照れ臭そうにソワソワしている。

「あ、あの小百合先輩。お、俺、小百合先輩の事が好き……です」

どうやら少年は今この場で少女に告白を試みているらしい。
少年は向きあっている美しい半馬の少女に自分の気持ちを伝えた。

「ありがとう、嬉しいわ……」

彼女の馬体についている尻尾が微かに揺れる。

向き合う少女は俯きながら少年の告白に感謝の言葉を口にした。
少女はその美しい顔を僅かに微笑ませ少年を見つめ返す。

「ほ、ほんとですかッ」

その言葉を聞いた少年はとても嬉しそうに笑った。自分の気持ちが彼女に受け入れられたと感じ、天にも舞い上がるような気持ちを表情に表すように……だが。

「ええ……でも、ごめんなさい私は貴方の想いに答えられないわ……」

「えっ……」

その言葉に少年の表情が固まる。

「私も色々と忙しいし……私達友人のままでいましょ……その、ごめんなさい」

少女の口から告げられたのは少年の告白に応えるものではなく。その逆、想いの拒絶であった。

少年の胸にどこからか痛みが込み上げてくる。
「そ、そっか〜……こ、こっちこそすいません……」

胸の痛みはどんどん激しくなる。少年は苦悶の表情を出さないように歯をぐっと噛み締めた。

「じ、じゃあまた明日」

少しばかりして、少年が叫ぶように声を絞り出す。
少年はどうしていいかわからなくなり苦しみから、少女から逃げるように教室から飛び出した。

「あ、白野君……」





「はぁ〜……」

俺の名前は白野幸太、人魔共学園に通う男子高校生だ。
人魔共学園とは何か、と簡単に説明すると。
数十年前、現代日本に突如として現れた魔物娘たちと日本は国交を結んだ。
当時の日本は丁度少子高齢化が進んでおり、渡りに船として計り知れない彼女らの力を借りて下がってしまった国内の労働力を確保した。
今も日本の様々な所で魔物娘達は活躍している。
だが、暫くして問題が起きた。
彼女達は淫乱であり日本の公序良俗に対しての理解が低かった。
理解の低さから、魔物娘による強姦等の性犯罪が多発したため日本政府は特例として彼女達に日本の社会的規範を学習させるために、彼女達へ日本国民同様の国内での学習の権利を与えたのだ。
この学校はそういった背景で、最初に来た魔物娘達が日本で産んだ第二世代の魔物娘達の為、また人類側の日本人が彼女達に慣れる為に作られた学校の一つである。

話を戻すが、俺は今とても憂鬱な気持ちで机に突っ伏している。
なぜ、と簡潔に答えると昨日、俺は想い人である 角田 小百合 に対して告白に失敗し、フラれてしまったのだ。
人生経験を積んだ大人からしたら失恋の一つや二つで落ち込むのは滑稽かもしれない。
だが、俺からしたら初めての告白であったし、今まで漠然とした好意はもった事はあるが明確な恋心を胸に刻んで挑んだ初めての告白であった。一世一代の大博打に敗れたといってもいい心境である。

「はぁ……」

後悔と悲しみの念で自然と溜め息が溢れる。

俺はまだ小百合先輩を好きでいる。
行き場を失った彼女への愛情が胸の中で暴れている感じがした。

「おいおい元気ねぇな白野、どうしたんだ」

悶々と机にため息を吹き掛けていると、後ろから元気のよい声が平手打ちと、共に飛び込んできた。

「ぐぇっ、な、なんだ草野か……脅かすなよ……」

背中の痛みに驚き、後ろを見るとそこにはがっしりした体つきの男がいた。

「いやぁ朝から机で突っ伏しているし何処か体調が悪いのかと思ってな。」

ハキハキと喋るこいつの名前は草野六郎、俺の小学校からの幼なじみである。高校ではクラスが違うのだが律儀に俺のクラスまで来てこの朝の時間に僕と談笑をしてくれている。性格は友達思いで真面目で、顔は彫りが深く体格は柔道部に所属しているためかまるでゴリラのように筋肉質だ。

「ああ大丈夫だ、いつも通り元気だよ」

ふられたなんてあまり人に言いたくないので何となく嘘をついてみる。実際は昨日家に帰ったあと、夜遅くまで泣きじゃくっていたため寝不足で体が怠い。

「本当かよ、その割には目が赤いし隈も酷いぞ、何があったんだ」

俺が本当は元気がないのを気付いているのか、草野は俺の目を見つめ問いかける。
隠し通せそうもないと判断した俺は昨日の出来事を話すことにした。

「はぁ、実はな俺、昨日の放課後告白したんだよ」

「え……放課後、誰に告白したんだ」

何故か草野は放課後という単語に反応し驚いている。

「小百合先輩だよ」

「……」

草野は小百合先輩と言う言葉を聞いて急に押し黙る。

「どうしたんだ」

「……小百合先輩って三年のユニコーンの小百合先輩か」

「ああ、そうだよ」

なんだか草野の様子がおかしい、何時もの快活な彼の姿とは打って変わって彼は何か言いたげな様子でこちらを見ている。

「……そういえば小百合先輩っておめぇと同じ部活だったよな、きまずくねぇか」

草野が言ったとおり、小百合先輩は俺と同じ美術部に所属している。
美術部の部員は全部で五名いるのだが、誠に遺憾なことに、その中で積極的に活動しているのは僕を含めてたった三名だけなのだ。活動人数が少ないので必然的に僕は小百合先輩達と、喋る状況になってしまう。

「そうなんだよなぁ…断られた手前いままで通りってのは無理だよな……」

「まぁ気にしてもどちらにせよ部活には行くんだろ。覚悟決めて、いつも通りに接するしかないわな」

「はぁ……ですよねぇ……」

ため息をつけば晴れるというわけではないのだが、放課後の部活の事を考えるとやはり頭が痛い。
だが、小百合先輩にもう一度告白するか、いつも通りの関係に戻るためにはまずは普段通り話すことが重要だ、部活に行く以外に道はない。

「じゃあ、俺はもうホームルーム始まるから戻るぞ。頑張れよ」

「おう、ありがとう、またな」

俺達は互いに軽く挨拶をし、草野は教室から出ていった。





窓の外の日が少し傾いて来た時、気づくと担任の教師が帰りのホームルームを開いていた。
なんだかいつも長く感じていた授業もこういう日に限っては短く感じる。

ホームルームが終わり、いよいよクラスの皆が各々の部活に行きはじめている。
胸になんだか重さを感じながら、俺も椅子から腰を上げてクラスから廊下へ出ていった。

「白野君」

俺が部室でどうやって小百合先輩に話しかけようかと、思案していると後ろから聞き覚えのある大人しそうな声が聞こえてきた。

「白野君、小百合先輩の話はどうなりましたか」

赤い目をもつ白髪の少女がこちらをみつめていた。
その少女の下半身は彼女の頭髪同様、白く滑らかな蛇体を引きずっている。

「ああ、紅坂さんか……」

彼女の名前は 紅坂 静香、僕と同級生で、美術部にちゃんと参加してくれている部員の一人だ。
彼女もまた、この学校にいる魔物娘の生徒のうちの一人である。
なぜ彼女が告白のことについて知っているかというと、実は昨日の告白に際して彼女に小百合先輩への好意を相談したのだ。
告白自体は失敗してしまったが、その時に彼女にはとても真摯に相談に乗って貰ったので感謝している。

紅坂さんには色々と手伝って貰ったし、昨日の事を聞く権利くらいはあるよな……。

俺は昨日の出来事を包み隠さず彼女に伝えた。

「そうですか……その、ごめんなさい……」

彼女は顔を附せ、申し訳なさそうに謝った。
彼女の白い蛇体も力なくその場でとぐろを巻きはじめる。

「いやいや、紅坂さんが謝る所なんてないよ。逆にここまで手伝ってくれて本当にありがとう」

「はい……」

「と、とりあえず一緒に部活に行こう」

俺がそう言うと、紅坂さんは黙って下半身の蛇体を這わせながらこちらに来た。





俺と紅坂さんは部室に向かっている。
最初は少し落ち込んでいるようだった紅坂さんも今は普段通りの彼女に戻っている。
だが俺は彼女と、とりとめもない話をしながら、なんだか照れ臭い気持ちになっていた。
先程までは、小百合先輩対して悩んでいたために気付かなかったが、思えば俺は部室の外で彼女と話した事がなかった。
もともと紅坂さんは綺麗だったが、新鮮な気持ちで、いつもと違う場所で見る彼女は普段と違った美しさが垣間見える。
そして隣に寄り添って歩く為なのか彼女が普段よりも物理的に距離が近いので、妙に意識してしまう。

そうこうと考えているうちに俺達は部室のドアの前に到着した。俺達の部室は教室がある所とは少し離れている美術室で、普段は授業に使われている。
俺は照れているのを隠すように、素早くノックをしてからドアの取っ手に手をかけた。
だが取っ手を引っ張ってもドアはびくともしなかった。

「あれ、小百合先輩、今日はまだ来てないのか」

いつもなら小百合先輩がいち早く来て鍵を開けてくれるのだが、施錠された扉からして彼女は、まだ来ていないようだった。
早く小百合先輩と話したいと思っていた反面、彼女がまだ来ていない事に対する安心感が胸の中に広がる。

「心配ありませんよ、鍵はあらかじめ職員室からもってきました」

紅坂さんが後ろから美術室の鍵をそっと僕の手に握らせてきた。不意に触れた彼女の手はほんのりと冷たく、俺は少しだけ驚いてしまった。
冷たく、しっとりとした彼女の手が俺の手を撫でるように触る。

「あ……もってきてくれてたんだ。ありがとう」

「ええ」

ドキドキと心臓の脈動が早くなるのを感じる。
小百合先輩にフラれてすぐ、別の人に気が向いてしまう自分を嫌悪しながら俺は美術室のドアを開けた。
扉を開けると明かりは着いておらず、やはり美術室には誰もいなかった。

「珍しいですね、小百合先輩がまだ来てないなんて……」

「……」

昨日の告白のせいで小百合先輩も気まずくなっているのかもしれない。
だが、彼女は休むときはなにかしら連絡が必ずあるので、無断で休むという事は考えにくい。

何かあったのだろうか

「紅坂さん、先に部活始めておこうか」

考えても事実はわからない。
きっと、なにかしら用事があり遅れているだけなのだと俺は、自分を納得させ先に活動を始める事にした。

「……はい」







結局、小百合先輩は部活には来なかった。
彼女に告白した時と同じように部室が茜色に染まっている。
俺達はただ、黙々と絵を描いていた。

「今日は小百合先輩来なかったですね」

「そうだね……俺たちも、そろそろ帰ろうか」


きっと、まったく関係ない事なのだろうけど俺のせいなのだろうかと不安と罪悪感に頭を俯かせる。

俺を嫌ってしまったのではなかろうか……顔も見たくないのではないか……。

目の前を見ると紅坂さんが筆についた絵の具を雑巾で拭っている。
様々な色が混じりあい、黒っぽく濁った雑巾がまるで自分の今の心情を表しているように思えた。

「白野君……」

俺の手に冷たい何かがそっと触れる。

「……白野君は、まだ小百合先輩のことが好きなんですか」

気づくと、絵や画材を片付けていたはずの紅坂さんが、俺の隣の椅子に腰かけていた。
彼女が俺の手を握っている。

「どうしたんだい、急に」

「いえ、白野君が寂しそうな顔をしていたので」

俺を見つめる、彼女の真っ赤な瞳と下半身の白い鱗が窓から差し込む陽光によってより、鮮やかに照らされる。
彼女のその顔と体があいまってか、紅坂さんからは神々しさが感じられた。

「今日も夕焼けが綺麗ですね」

窓の外を見る。
確かに綺麗だ、沈みかける太陽は昨日と同じように輝いている。
この風景と同じように俺の心もまったく変わりはない。
少しばかり夕陽に眺めていると、彼女はよりかかるように俺に抱きついてきた。同時に体を絡めるように下半身の蛇体が俺の体に巻き付く。

「ッ……」

「……少しこのままにして良いですか」

俺の体に巻き付いた彼女の蛇体は柔らかく、俺の体を締め付ける。
若干、身の危険を感じたが握ったままの彼女の手から少しだけ震えが伝わってきた。

俺は彼女の問いに黙って首を縦にふった。

「白野君は私のこと好きですか」

彼女が俺を見つめる。
不安げで、儚げな、みたこともない表情だ。
だからわかる、彼女が何を言いたいのかを。

「好きだよ……紅坂さんよりも仲のいい女子なんて俺にはいない」

俺は彼女瞳を見つめながらそう言った。
紅坂さんの俺を握る手と巻き付いた体がしゅるしゅると蠢く。

「私もです、私も……白野君のことが好きなんです……」

紅坂さんは少しだけ悲しそうな表情をした。
俺を包む蛇体が力なくほどけていく。

「でも、友達としてなんかじゃありません……」

誰が悪いというわけではない、誰かを好きになることは自由だ。

「……そうか」

だけど、だからこそ、紅坂さんに揺らいだ気持ちもあった事がとても恥ずかしくなった。
紅坂さんには返しきれない恩もある。
だが、好きな人に振られて、別の人をすぐに好きになる豪胆さなど俺にはない。
それに、やはり自分の本当の気持ちに嘘はつけない。

「まだ……まだ、俺は小百合先輩を愛してるから……」

俺は勇気を振り絞り、自分の気持ちを伝えた。

「だから……」

「……」

そっと俺を包んでいた蛇体と手が完全に解かれる。

「紅坂さん……」

紅坂さんの表情を見ると、彼女は憑き物が落ちたように微笑んでいた。
俺や小百合先輩と談笑するときと変わらないいつもの笑顔だ。

「そうですか、わかりました……」

「ごめん……」

俺はやはり小百合先輩が好きだ、彼女以外のことなど考えることなんて出来ない。

「大丈夫ですよ、わかってましたから」

強がりを見せているのだろうか、彼女の笑顔の意味を俺は知ることはできない。
ただ、彼女のその表情が俺の胸に突き刺さる。

「白野君は小百合先輩にまた告白するつもりなんですか」

「……そのつもりではいるけど」

紅坂さんの気持ちを袖にした手前、再び告白をしないという選択肢はない。
だが、小百合先輩に対してもう一度告白するにしても、俺はどういった方法で先輩に話しかけるかさえも考えついていなかった。

「では、白野君は告白する前に知らないといけないことがありますね」

俺がこれからどうやって再び告白しようかと考えていると、微笑んだままの紅坂さんが囁いた。
なんだろうか、普段の彼女と一切変わらない笑顔なのだけれど、とても不気味な雰囲気を感じる。

「知らないといけないこと……紅坂さんは何を……」

彼女は手をそっと上げ、指をさした。

「それは、あちらの部屋に移ってから白野君にお話しますから……ついてきてください」

彼女の指の先には古ぼけた扉が見える。その扉はなんなのか俺は知っている、美術準備室だ。
日中は授業の準備のために教員達に用いられている。古ぼけた扉をみてわかるがかなり古い作りになっていて、他の準備室とは違い、廊下から入れなくなっていて教員達からは非常に使いにくいと言われている。

何故そんな所で……

「……」

彼女は準備室の扉に近づき、どこからか取り出した鍵を少し錆びついたドアノブの鍵穴にさしこんだ。

不審な紅坂さんの言動もそうだが、それとは違う不安感を扉の向こうに感じる。
しかし、彼女の言う知らなければならない事が気になる。
話の流れからして、小百合先輩への告白に関してのことだろう、ならば俺はここで引くわけにはいかない。

扉をくぐると中には、古ぼけた壁に掃除はしてあるがかなり使い込まれた机や美術道具が並んでいた。部屋の窓から見える外の景色は夕焼けから夜中へと変わり始め、部屋の中はうす暗い。
準備室中を見回していると、俺の後ろの入り口からガチャリと鍵が閉まる音がした。振り返ると紅坂さんがとても嬉しそうにこちらを見つめている。

「……これで邪魔は入りませんね」

彼女の下半身の蛇体もまた嬉しそうに、白く細い尻尾を床に叩き、弾ませている。

「早速だけど教えてくれないか紅坂さん」

彼女の嬉々とした態度と反比例して俺の胸のうちには焦燥感が渦巻いていた。
非常に言い表しがたいがこの準備室に入る前からなぜだか気分が落ち着かない。

「なにを急いでいるのですか」

撫でるような声が耳に木霊する。
いつの間にか紅坂さんは俺の懐まで近づき、両肩を掴んでいた。

「い、いや、とくに急ぐことなんてないけど……」

咄嗟のことに俺は驚き、彼女から顔を背ける。
だが、紅坂さんは逃さないとでも言うように俺を掴む手を肩から首へ、首から頬へ、肌を撫でるように動かした。
頬を包む両手が無理やり俺を彼女の顔に向き合わせる。

「本当でしょうか……」

日が沈みかけているからだろうか、再び向き合った彼女の瞳は鈍く濁った血のような色つきである。その瞳のなかに俺の姿が見える。
瞳の中の俺は何かに怯えるように困惑していた。

怖い、恐ろしい、俺の焦燥感の原因はこの部屋の雰囲気ではなく彼女自身であったのだ。

思えば彼女の告白を振った時、彼女の雰囲気は既に変わっていた。だが、今までの彼女の誠実さや負い目から俺は気づかないふりをしていたのかもしれない。彼女の普段どおりの筈の微笑えみのなかで瞳だけが今のようにずっと暗く淀んでいたことに。

「か、からかうのはやめてくれッ」

俺は自身の頬を包む紅坂さんの手を掴み返し、振り払おうとした。だが、彼女の手はまるで石の彫刻のようにびくとも動かない。
手だけではなく身をよじり、全身を使って彼女の手を離れさせようとすると、今度は体中に彼女の蛇体が巻き付いてきた。
身体の体制が崩れ地面に転ぶ。先ほどの紅坂さんが告白をしてきた時の締め付けとは全く違い、ずっしりと重く体が捻れるようにきつく巻き付かれ、俺は一切の体の自由を失ってしまった。

「ッ……」

完全に抵抗する術を失ってしまい狼狽していると不意に口をなにかに塞がれる。
柔らかく湿ったそれは紅坂さんの唇だった。
薄く、小ぶりな花弁の様な唇だ。
その彼女の唇が俺の唇を嫐るようにしゃぶる。やがて彼女の細く長いぬらぬらとした舌が俺の歯茎をなめ始めた。俺をねぶる彼女の舌が段々と激しさを増す。
恐怖心からか俺は条件反射的に唇と歯を固く閉ざす。

「抵抗しても無駄ですよ……白野君」

だがそんな抵抗もむなしく彼女の舌はその細長い見た目に反し万力のごとく俺の唇を難なくこじ開ける。そして、最後の砦である噛み締めた歯の城壁も頬をおさえる手の圧力により、いとも簡単に瓦解した。剥き出しになった俺の舌が彼女の舌に、螺旋状にみっちりと隙間なく絡む。
彼女はまるで味わうように音をたてて俺の口内を蹂躙した。

「もがッ……」

彼女の舌はとどまることを知らず俺の舌をからめながら食道にまでその手を伸ばした。紅坂さんの舌を伝って彼女の唾液が直接胃に注がれる。

「ゴフッ…ゴホォッ」

唾液の一部が気管に入りむせる。

苦しい……怖い……

彼女は俺の口内を一通り蹂躙し終えると俺の舌を繋がる唇から彼女の口内に引きずりこんだ。完全に絡めとられ自由を失った舌は口内で甘噛され、吸われ、ねちっこく虐められる。
そのようなことが繰返し数分間続き、呼吸が乱れ意識が朦朧とする。酸欠からか体から力が失われ始めたのだ。


「……フゥ」

紅坂さんがゆっくりと唇を離した。
彼女は力なくその場に拘束されている俺を見おろしている。

「ハァ…ハァッ……」

彼女は微笑む。だが、そこには今までの彼女の清廉さはなくただ淫靡で邪な感情を剥き出しにした一匹の魔物がいた。
体を拘束する蛇体の力が緩む。だが、最早俺の体は萎えて逃げることはおろか、まともに体を動かすことも難しくなっていた。

「ハァ…ハァ…俺に嘘をついたのか紅坂さん……」

「フフ……嘘なんかついてませんよ」

彼女の目は已然として俺をとらえて放さない。先程の激しい接吻など全くなかったかのように息一つ乱さず言葉を並べる。魔物と人間の単純な力の差を改めて痛感させられた。普段大人しい紅坂さん達の振舞いに騙されていたが彼女もやはり魔物であったのだ。この密室ではおかしくなってしまった彼女から逃げることも抗うこともできない。

「なら……なんでこんなことを」

「なんと言いましょうかね、簡単に言うならほんのつまみ食いですよ」

恐ろしい。逃れる事のできない力の前に俺はただ怯える事しかできない。

「先程の続きをしたいところですけどその前に約束を果たさなければいけませんね」

そういって彼女は俺の体を持ち上げた。
巻き付いた蛇体がしっかりと俺の体を宙で支える。

「ヒッ……」

ただ紅坂さんの意のままに動かされる。俺をその下半身で抱えながら、彼女はここと美術室を隔てる扉の前に立った。

「ここを覗いて貰えますか」

ドアはかなり傷んでいて所々に小さな穴が空いていた。紅坂さんはその中の一つの穴を指でさし示した。

「な、何があるんだよ」

「見ればわかりますよ」

どうせ逆らったとしても録な事にはなりそうもないので俺は黙って彼女の指示に従う事にした。
情けないが今の俺は完全に紅坂さんに屈服せざるをえなかった。

「……」

ドアに開いた穴を覗きこむ。
もうとっくに日は沈んでいて美術室の中はわずかばかりの月明かりでしか見えない。
一体何なのだと見回していると視界の端に人影が見えた。そこにはよく見知った人がたっていた。

「なんで小百合先輩がッ……」

見間違える訳もない。
月の薄明かりでもわかるくらい白く艶のある馬の下半身を持っているのは、この学校でも彼女だけだ。
だがなぜ小百合先輩がここにいるのだろうか。

「静かにしてください。男女の逢瀬に水をさすものではありませんよ」

驚く俺を止めるように紅坂さんの手が俺の口を塞いだ。
17/05/07 22:37更新 / 単3
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