読切小説
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月明かりの下で
私は上司命令にてとある山の中にある新しいカントリークラブへゴルフ接待のために来ていた。
「ナイスショット!!いや〜うまいものですねぇ。僕なんてまったくボールに当たらないのに」
「君も社会人なのだからゴルフを身に付けておいた方がいい!上への受けもその方がいいぞ?」
「そうですねー。課長!今度の昇進は間違いないですね!!」
「ああこの前のゴルフ大会ではここぞとばかりにアピールと持ちあげをしておいたからな。わが部署は優先的に予算がつくぞ!!」
「そうなれば、ますます課長の株も上がるわけですね?いやぁさすがです!!」
「そうだろう!!そうだろう!これであの公共事業がまとまれば、うちの部署も安泰だ!!」

接待で上司の機嫌取りをしている私は、佐藤勇次。建設会社のごくごく一般的なサラリーマンだ。
土曜日曜は会社の接待のため、ゴルフや野球、釣り等ありとあらゆるところに連れ回される。
今日は公共事業でとある建物を造るプロジェクトのため現地視察を行ったところだ。
その帰りに近くの新設ゴルフ場にやってきたわけだが、初夏の気候は清清しく空気もうまい。

「では、私は今日はこれで!君はもう少し腕を磨いたほうがいいぞ!!ハッ!ハッ!ハッ!」
「そうですねぇ。僕も負けてはいられません。暇があるうちに練習するとします」
「その意気だ!では月曜日に会おう!!」
「お疲れ様でした〜!」

一人コース上に残される私。
「・・・何が“君はもう少し腕を磨いたほうがいいぞ”だ!土日関係なくこんなところまで連れ回しやがって!!」
「ふざけんな!!」
“スパァン”
「・・・また、OBかよ!どう打ちゃいいんだよ!!」
まったく上達しない我が運動神経に呆れながらコースを刻む(いや穴を掘ると言ったほうがいいのか?)。相変わらず打った球は明後日の方角に飛び込み、イライラからかすぐに息が上がってしまった。
仕方がないので球を拾いにいく傍らどこか休憩できそうな所を探すことにした。

コース脇の林に入っていくと、涼しい風とともに水の音が聞こえてきた。
「水辺があるのか…。休憩にはもってこいだな」
水の音に誘われて歩いていくと、渓流にでた。休憩によさそうな場所を求めて歩く。
すると小さな滝があった。大きな岩があり丁度そこは木陰になっていて一休みにうってつけ。さっそくそこに座る。
疲れからか、いつしかうとうとと眠りに入っていた。



“…………”
“………!”
“………し!”
“……もし!”
“もし!!”

いつのまにか眠ってしまっていたらしい。何度か呼びかけられて、やっと気付く。
「…はっ!?」
「気付かれましたか?」
目の前に心配そうにこちらを伺っている和服姿の女性がいた。
辺りはもう夕暮れなのか、夕日がやさしく輝いている。
「…私は?そうだ休憩場所を探して座り込んだまま寝ちゃったんだっけ?」
「汗を掻いたままにしておくと風邪をひきますよ?さっどうぞ」
と、手を出して起こしてくれた
「すみません。慣れない運動をして疲れてしまったようです」
「そうですか。大事なくよかったです」
その人は若い女性で後で髪を結び、藍色の上品な着物で身を包んでいた。
あまりの美しさに見惚れそうになったがあまりジロジロと見るのも失礼だと思い直し、周りに視線を移した。
「あれ?」
「いかがされました?」
「…確か渓流の小さな滝のところで休憩したと思ったのですが?」
辺りにはどこまでも水田が続いている。その一角に大きな木がある…どうやら楠らしい。小さな祠が木の根に押されるように傾いていた。
私はその大きな楠の下におり、背後には緑の絨毯を敷き詰めたような棚田が広がっている。夕暮れ時の涼しい風が頬を掠めていく。
「…? 私が来たときには貴方様はここにいらっしゃいましたよ?」
「え???まぁいいか。それより僕は佐藤勇次と言います。起こして下さってありがとうございます」
「いいえとんでもない。私は桔梗。楠 桔梗と申します」
「桔梗さん。良い名ですね」
「ありがとうございます」
「それでですね、えーとゴルフ場はどこでしょうか?」
「はい。あの山の向こうの里のほうになります」
「あそこですか?結構歩いたんだなぁ。こりゃぁ疲れるよなぁ」
向こうに見える山。距離がかなりあるように見える
「この棚田は近くの湧き水から水を引いています。その湧き水はあちらの里のほうに向かって流れているのです」
「あのつかぬ事をお聞きしますが、ここらにバス停はありますでしょうか?それか公衆電話は?」
「申し訳ありません。この辺り一体にはまだ来ていないのです」
「はぁ。しかたがない。じゃあ、歩いて帰るか…」
あの距離をまた歩くのかと思うと気が滅入る…

「あのっ!今晩はうちへ来てはどうでしょうか?」
「は?!貴方の家にですか!?」
突然の誘いにびっくりとしてしまった
「あっ。驚かしてしまったようですね。しかし、今からでは日も落ちてしまいますし、外灯のないこの辺りでは夜道は危険です。」
「はぁ。しかし本当によろしいのですか?」
「かまいませんよ。遠慮なさらずに」
「……では、ご厄介になります」
「はい。では参りましょう」

“リンッ”

鈴でも持っているのか時々鈴の音がする。
彼女の後に続き棚田を抜けると大きな萱葺き屋根の家が見えてきた。
傍らには赤い鳥居の社が見える
「さあ、どうぞ中へ」
「お邪魔します」
明かりを灯すと内部は広く、黒光りした内装がその古さを物語りなんともいえない風情を醸している。
都会では珍しいランプのやさしい明かり…
「この家に住んでいるのは私だけなのでどうぞお寛ぎなさってください」
「こんな大きな家に貴方一人だなんて」
「はい。ですから時々人恋しくなってしまうこともあるんですよ?」
「そうでしょうね。都会暮らしの私には耐えられそうもないな」
「さあ、夕餉の支度をしますので、先にお風呂にでも入っていてください。この家のお風呂は近くに沸いています湯を引いておりますのできっと疲れも癒えるでしょう」
「温泉ですか良いですね。ではお言葉に甘えてお先に失礼します」
と、浴室の場所を教えてもらい風呂に入る
「五右衛門風呂か。今のご時世にこんな家が残っているなんてすごいな。しかもあの人一人で住んでいるなんて。僕には到底まねできない」
ランプのオレンジ色の光。揺らめく影
別世界に来たようなそんな風情に羽を伸ばした
「ふぃ〜極楽、極楽〜!。……桔梗さんかぁ。美人だし、清楚だしなんというかこう…気品?を感じさせるような…正に大和撫子と言うやつだよなぁ……ブクブク……」
外からは虫虫の音
時々、羽虫が飛んできてランプの明かりにまた影を作り出す。

どのぐらいそうしていたか…戸の外で足音が聞こえた。
「勇次さん。夕餉の支度が整いましたのでどうぞ、いらしてください」
「あっ。はいわかりました。すぐ行きます」
「着替え。籠に入れておきますので、それを着てください」
「え?あ、はい。ありがとうございます」
丁度、空腹を覚えていたのですぐに風呂を出る。

「湯加減はいかがでしたか?」
「はいちょうど良い湯でした。おかげさまで疲れも取れました」
「それは良かったです。浴衣は小さくありませんか?」
「はい。ちょうど良いです」
「それは良かったです。さぁ、ご飯にしましょう」
囲炉裏には串魚があり、焼ける良い匂いが鼻を突く。
「何もないですがこの辺りの山の幸です」
「これは…!とてもおいしそうだ」
「ふふふ。まずは一献」
曇り硝子のお燗
その涼しげなお酒
差し出された猪口を受け取ると、注いでくれた
トクトクッ という小気味良い音が耳に届く
「いただきます!!」
「召し上がれ」
喉を通る冷ややかな酒
隣には、そんな様子をやさしく微笑みながら見守る桔梗さん

山の幸や地酒だと言う銘酒を頂き、なんともいえない満足感に浸った。

「勇次さんはもうご結婚なさっているのですか?」
「え?ああいませんよ。地方から都会に憧れて出てきたばかりのおのぼりさんですから、そんな良い人はいません」
「私も…。こんな山奥でしょう?皆、都会に出て行ってしまうのです」
「桔梗さんのように気立てもよく美しい人なら、誰でも喜んで来ると思うのですが?」
「勇次さんもですか?。…ぁ………ごめんなさい。貴方には都会での暮らしがあるのでしたね」
「…ッ!」
胸がチクリと痛んだ
「…忘れてください…」
場が気まずくなり、どう話かけようか迷った。
「…ご馳走様でした。とてもおいしかった」
「お粗末さまでした。…明日には帰ってしまわれるんですよね…。……そちらの部屋にお布団を用意しましたので使ってください…」
「……ありがとうございます」
「おやすみなさい…」


布団に入ってもいつまでも寝付けない。
「眠れない…。さっきの桔梗さんの“勇次さんもですか?”あの一声。どうして私は・・・」
外からは、月明かりが差し込んでいた
蚊帳の向こう側に見える風景
時折、やさしく風が吹き込んでくる
開いている障子には月の光を通してぼぅっと光っている。

“シャンッ”

囲炉裏部屋の灯りが消えてだいぶたった頃、鈴の音が聞こえた。

“シャンッ・・・シャンッ・・・”

「鈴の音?こんな時間になんだろう???」

部屋をでて音を立てないように進む。外から聞こえてくるようだ。
外にでると蛍なのか光が漂っている。そして家と鳥居の前の場には、扇子と鈴を持って舞っている桔梗さんがいた。

「……美しい…」
月明かりと蛍雪の中、舞う姿は美しく、まばゆく見えた。
白い浴衣でも着ているのか青白く光っているようだ
場が舞台となり、神楽を舞っているかのように雄大に…繊細に…

「勇次さん?」
どのくらいそうしていたかは分からないが、ふと声をかけられた。
「桔梗さん…。その…その舞は?」
「この辺りの古くから伝わる舞です」
「…とても美しかった」
「ありがとうございます…」
「………」
「………」
「…都会での生活にひと段落したらここへ来たいと思います。それまで…それまで待っていてくれますか?」
「…勇次さん。よろしいのですか?……いえ…いつまででもお待ちします」
「よかった。さっきのことを考えているなんだか胸が苦しくて…なかなか寝付けなかったのです」
「私も、気になってしまって気を紛らわせるために舞を…」

僕は桔梗さんを抱きしめ、そして口付けをした。
やわらかく温かな彼女…心が落ち着く。
こんな気持ちになるなんて、なんだか魅入られてしまったような戸惑いもあったが、これが幸せというのだろうか。


そうして夜も更けていった


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なんだか鼻がむずむずする
そっと目を覚ますとトンボの目玉が目の前にあった。
「うわっち!!っっっ!!いてぇ!!」
取り乱しどうも後の岩に強かに頭を打ったらしい。
「…つぅ!!!痛い!!」
「…あれ???」
気付くと横に小さな滝があり、後ろを見上げると大きな岩がある。
あの休憩した場だった
「…私は…???…夢???…か?」
「あーなんだか、いい夢みたなー」
グゥゥゥゥ
腹が盛大になった
「あーもう1時かよ。あー昼飯何食うかなぁ」
ポケットに入れておいた時計を見るとそんな時間だった


ゴルフ場の建物ではバフェをしているらしく好きなものだけを食べて、帰りの支度をしていると老職員?がやってきた。
「おめぇさん。林の中さ入っていったなぁ。####さまの社には行ってねぇだんべなぁ」
「林?暑いから休憩していただけですよ?えーと##…さま?やしろ?そんなの知らないし見かけてもいないですよ?」
「よそ者が近づいていいところじゃねぇ。あそこには近づくんじゃねぇぞ!!さもないと常闇さ曳き攣り込まれるぞ!!」
「とこやみ??…ひきづり込まれたらどうなるんです?」
聞いた事もない言葉に疑問が浮かぶ
「こん馬鹿が!!!なーんも知らんと!。曳き攣り込まれたら二度とこの世さ戻ってこれなくなるべ!!」
「……」
「いいが?忠告はしたがね!!近づくんでねぇぞ!!」
爺さんはそう言うと肩をいからせて去っていった。
「…#…さま?何者???」


ゴルフ場出入り口カウンターにて
「佐藤様お楽しみいただけましたでしょうか?」
「ああはい…。僕は運動音痴なのでまたご厄介になりそうです」
「そうですか。ありがとうございます。またのお越しを」
「お疲れ様でした〜。ああそうだこの辺りに棚田ってあるのでしょうか?」
「・・・棚田ですか?わたくしには分かりませんね。広報の者を呼んできましょう」
「すみません」


「えーと棚田でしたか?お客様は隠し田のことをお聞きになったのでしょうか?」
郷土史にくわしいという広報の人がやってきて教えてくれた
「隠し田とはなんですか?」
「この辺りには昔、独特の宗教がありまして、稲荷だかオオカミさまだか分かりませんがそれを奉った社があったのです」
「神社ですか」
「はい。それでですね、その神様にお供えするためにお酒を造るのです。しかし、普通の場所で作るとここいら一帯を納めていた藩の年貢の取立てにあってしまうし、神聖なお酒を造っているということから、世間に知られないように隠し田が作られ、近年までその存在がまったく知られていなかったのです」
「どうして、知られるようになったのですか?」
「砂防ダム計画が持ち上がりまして。それでそこが隠し田であることが知られるようになったのです」
「では、信者たちは反対したのでしょうね」
「いいえ。この街に新しく出来た幹線道路や隣町の新幹線のおかげでここいらも過疎化が深刻になっているのです。ですが公共事業かなにかで人の流れが活発になる物が出来ればまた再び人も戻ってくるようになるでしょうけど・・・」
「・・・日本改造計画ですか・・・建設業に携わるものとして少し耳が痛いですね」
「いえ。・・・話を元に戻しますが、それで棚田があるのを知っていたのは古くから住んでいる人々のみでして、林業の衰退で山の手入れがされていない等々のことで砂防ダムができてしまったのです」
「だからか。では棚田はもうないと。じゃぁ、えっとそのお社は今は?」
「どこだったかな?確か、この近くに移されたなんて話を小耳に聞いたのだけども」
「ああ。いいのですよ。そんな話を聞いただけなので興味本位にお尋ねしたのです」
「そうですか。くわしいと言われていますが、私も地元と言えどまだまだわからないことは多いのです。生まれ育った街なのにね。都会がもてはやされていることに疑問を持ち始めて調べ始めた所なんですよ…」
「そうなんですか。でも私なんておのぼりさんですから、生まれた故郷の話をしろといわれても何があるのか良く分かりません。都会への興味の方が強かったから」
「悲しいことなのでしょうね」
「たぶん。でもこれからまたいろいろと変わってきますよ。では、ありがとうございました」
「はい。では失礼いたします」


あのことを思い出す。心落ち着く風景。すべてを投げ出して居ついてしまいたくなる家。そして、桔梗さん…
「やっぱり、あのことは幻か。しかし、いい夢だったなぁ」


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そうして、またいつもどおりの日常が始まっていった。
会社に行き、視察に行き、休日は接待。目まぐるしく変わっていく世の中。
折りしも世の中は、のちに言う“バブル時代”に突入していった。

「課長昇進おめでとうございます。ああ、もう部長とお呼びした方が良いですね!」
「ああ!!ありがとう。そういえば最近の君もえらく評判がいいらしいな。この前も駅前のインテリジェントビル(オフィスビル)をまとめたらしいじゃないか」
「運が良かったのですよ。それよりも部長、昇進祝いです」
「お!用意が良いな」
「それとお子さんにこれを」
「これは?」
「ファミリーコンピューターです。あといくつかのソフトも」
「ああ最近話題になっているテレビでする遊びか。なになに?ドラゴンクエスト?マリオブラザーズ?面白いのかねこれは」
「はい。最近の子供たちの間でファミリーコンピューターは話題騒然のゲームですよ」
「なるほど、そうなのか。流行については疎いのでね。子供たちも喜ぶだろう!。いや、さすがだな!!」
「ありがとうございます」
「今度、新しいプロジェクトに君を推挙しよう」
「はい。そのときは全力で今まで以上に頑張ります!」

すべてが順調だった。景気は右肩上がり。それを背景に動産・不動産はどんどん金が動く。金がなければ土地を担保に金を借りて、またビルや公共事業の仕事を取る。
仕事以外では、見合い結婚もまとまり広い家も新築した。高級車を乗り別荘も買う。

高度成長期万歳だ!!

“♪♪〜〜〜24時間戦ーえますか♪ビジネスマーン!ビジネスマーン!ジャパニーズビジネスマーン!!”
テレビから流れる景気のいいコマーシャル
「ビジネスマーン!ビジネスマーン!ジャパニーズビジネスマーン!とくらぁ〜♪」
「佐藤!今度はODAの仕事が来たぞ!!」
「ついに海外ですか!!さすがですね」
「祝い酒だ。今日もみんなを集めて宴会だ」
「幹事なら私が!」
「ではよろしくな」
急遽、屋形船を手配し大宴会。そんな毎日がずっと続くかと思っていた・・・

そんな毎日の中それは起こった。
大蔵省発表・土地関連融資総量規制だ。行き過ぎた不動産価値高騰を沈静化させる目的を持った規制。
これにより消費低迷、倒産増加、さらにはメインバンクまでつぶれた。
うちの会社もただではすまなく、負債を抱えて倒産。残ったのは多大な不良債権…


気が付けばすべてが変わっていた・・・
株は紙くず。別荘も車も新築だった家もすでに人手に渡り、売った金は離婚届けを突きつけた妻が慰謝料の名目ですべて持っていった。
残されたのはわずかな貯金と趣味用と買ったオフロードバイク


“隠しきれない移り香が〜いつしか貴方に染み付いた〜〜♪ 誰かに盗られるくらいなら〜あなたを殺していいですか〜〜♪・・・天城〜越え〜〜♪”
借家で私はラジオから響く曲を虚ろに聞いていた
「………はっははははははは!!一体僕は何がしたかったのだろう」
再就職もままならず、ぼうっとする日々
「あの頑張りも、汗水垂らしたあの時間もすべて彼方に消え去った。まさに栄枯盛衰かよ畜生!っっ!!」


……………………………………………………


“リン!”

!!!

耳の奥で何かが鳴ったような気がした。
「そうだ。あそこは今どうなっているんだろう。どうせすることないし行ってみよう」
翌日、バイクを繰り出してあの懐かしいゴルフ場へ行くことにした。
かつてあったカントリークラブの看板がなくなっている
「バブルの傷跡は都会よりも地方の方が深刻なのだなぁ」
ゴルフ場はフェンスに囲まれ中に入れないようになっていたが、それは建物だけでコースの方は入れるようだった
「…完全に草むらだな。見る影もない…」

“リン!”

「しかし、懐かしいな。思えばあのころから順調にことが回りだしたんだっけ・・・」
あの頃を思い出しながら、かつてコースだったところを進む
どこかで見たような林が見えてきた
「そういえば、向こう側に渓谷があったんだっけ?」
バイクのまま林に入り坂を下る。そして例の滝に来た
「はぁ…ここまで来たのはいいけれど…。何をしたかったのか……?」
後で考えたら、導かれていたのだろう…

リン!!

鈴の音がはっきりと耳に聞こえた
振り向くと岩の陰に何かポッカリ穴のような空間があり中に入れるようだ。
「洞窟か?奥になんかあるのかなぁ?」

バイクでは入っていけそうもないので歩いていく…
奥に入っていくと見覚えがあるような気がした
洞窟の中に入ったはずなのにいつの間にか月明かりがさし、蛍漂う棚田を歩いていた。
「…どうなっている??いつ外に出たんだ?…あ…!!」
棚田の上に大きな木の影を見つけた
「あれは…まさか…楠なのか?…じゃぁまさか!!」
気が付けば木の元へと駆けていた
「…はぁはぁはぁっっ!」

リン!!


「お待ち申しておりました」
「!!」
木の後から懐かしい声とともに人影が…
「…桔梗さん…」
何かが少し違って見えた。身なりは会ったときと同じ?…???…いや、しっぽだ。そして頭には狐のような耳…!
「お気づきになられたようですね。私は稲荷。この地方で奉られていた化生。あやかしとも呼ばれることもありますが」
「…お稲荷さま…?」
「世にいう稲荷とは違います。私はこの隠世と現世を見守る者」
「隠世(かくりょ)?」
「この土地では隠世。一般的に隠れ里と言います」
隠れ里。それは何の憂いもなく平和な世界。普通の者は辿りつけないが、善良な者には垣間見る機会があるらしい場所。鹿島信仰の常世の国など海の向こうや、深山幽谷にあるとされている所。
「まさか常闇って…」
かつて、誰かが言っていた言葉がすっと出ていた
「常闇とは人が名づけたこちらの世界のこと。私たち化生が人を招いたその世。あなたの世界とは違う先、こちらの世ではジパングと呼ばれている場所です」
「戻って来られなくとも聞きますが?」
「そんなことはありません。しかし、この世とあの世、理が違うのです。こちらに移って来た人々にとってここは居心地の良いようです。ですから戻れなくなると伝わっているのでしょう。興味本位で隠世を探しに来る方もおります。発見され人々の関心を集めてしまうといろいろな摩擦も起こります。故に我々は入ってしまった者や近寄った者の記憶を消したりするのが我々の掟なのです」
「掟…」
「はい。ある時、膨大な力を持ってこちらとあちらをつなげた稲荷がおりました。繋がった二つの世界…故にその後、ここを受け継いだわたし達が見守ることとなったのです」
「では、僕が貴方を拒んだ場合、記憶を消されてしまう。…ということですか?」
「………」
桔梗さんは感情を押し殺しているようなそんな表情で沈黙した。
「…っはは。心配要りません。私は何もかも失ってしまった。それにあの時、“都会での生活にひと段落したらここへ来たい”と言ったでしょう?もはや未練など何も…何もありません」
すべてをなくした私にはもう思い残すことなどなかった

「それでは…!!」
笑いかけると、喜んだように声が明るくなった

「桔梗さんお待たせしました」
「桔梗と呼んでください」

彼女をかたく抱きしめる。もう離すものか!

「桔梗。貴方とずっと一緒に暮らしていきたい」
「私もずっとあなたと…」

どちらともなく交わされた口づけ…
月明かりの下、いつまでも…いつまでも、そうしていた…



その後彼らがどうなったか、知るものはいない・・・
11/04/29 17:50更新 / 茶の頃

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