連載小説
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次元越着
 彼、トーマ・フェンデルの耳には、コォォ…コォォ…と言う籠った自分の息遣いが聞こえていた。
 狭い室内を薄明るく照らすのは様々な計器類と思わしき小さめのディスプレイ。そして壁と一体化した大きなスクリーンには、真っ暗な闇の中に小さな白い光が無数に映し出されていた。

「定時通信…2230(ふたふたさんまる)…こちらUGMF−X38、応答どうぞ…」

 彼は左手側のボタンを押して言った。

『通信確認。報告せよ…』

「デルタ宙域航行中、座標X15、Y98、Z74…リンケージイオン濃度、正常…マキシマエンジン臨界…現在出力48パーセント…システムグリーン、異常なし」

『了解、予定通りテスト航行を続行せよ』

「了解…」

 他愛もない言葉で通信は終了した。
 今彼がいるのは只っ広い宇宙空間を進む小型宇宙航行挺『UGMF-X38グリントPT』のコックピットだ。PTはプロトタイプ、つまりは試作機ということ。
 トーマはそのグリントPTのテストパイロットに選出されていた。軍事利用ひいては要人船護衛に用いられるであろうその機体のデータ収集のため、今は長距離航行試験の最中なのである。
 すでに3時間が経過していたが、トーマはもう慣れたものであった。。

 機体の外見を少し説明すると、上から見れば中央に白いラインの入った三角形に近い形をした鉄の塊である。後方には薄い長方形の形の光量子ブースターが水平に4基設置され、機体各所にはスムーズな運動性能を実現するために小型スラスターが74基に設置されている。
また、コックピットに外部映像を映すための高解像度カメラが前後左右に二か所ずつ設置されており、遠近感のある投影を可能にしていた。
 外部装甲はスペースデブリや隕石片にも耐えられる素材が使われ、防御面に秀でている。攻撃用として25ミリ口径機銃二基、左右スタビライザー上には三連装ホーミングミサイルが各一基ずつ搭載されていた。ちなみに機関砲の弾頭は真空において一定時間経過後分子レベルまで分解される特殊弾頭であり、その理由は真空では発車された弾が延々と進み続けてしまう現象を解決するためである。
 その他レーダー、センサー類等も高品質高スペック。PTならではとしてコックピット後ろの扉一枚隔てて簡易式トイレと小さな携帯食の入ったコンテナがあった。

 数分後レーダーに反応があった。表示では小さな隕石群だ。

「前方に隕石群…回避困難時での兵装使用許可を申請…」

『申請確認…承諾、使用を許可する』

「了解」

 トーマが駆るグリントPTは隕石群に突入した。彼の巧みな操縦技術と機体の運動性能が相まってか、滑らかに隕石の間を通り抜けていく。さらにマルチロックオンからのミサイル攻撃で回避が難しい隕石を破壊した。
その破片が機体に当たったことを表面センサーが感知し、ダメージと箇所をモニタに映し出していたが、これといった影響はほとんどない。

「隕石群を突破、機体損傷率0.94パーセント…航行を継続―(ピピピッ…ピピピッ)

 隕石群を抜けたと思った瞬間、センサーが異常な反応を検知し、アラームがメットのスピーカーを通して鳴った。

『どうした?!』

「…センサーが異常なエネルギー反応を感知! …なんだ、あれはッ―!?」

 彼は正面のカメラ映像に映る巨大な光の刻印を目の当たりにした。

「前方に謎の光がッ―吸い寄せられるッ?! くそッ、機体反転ッ―、高速離脱ッ―、出力最大ッ―!!」

 光量子ブースターが眩しく輝き、引力から逃れようとする。だが機体は確実に光の刻印に近づいていた。そしてとうとう力の均衡は崩れ、機体は回転しながら刻印に飲み込まれた。

「がぁああああぁぁぁッ―」


 飲み込まれたと思った瞬間、彼は体に重力を感じ、あらゆるモニタを確認して混乱した頭を目の前の現実だけに向けた。スクリーンはノイズを少々混じらせながらも眼下に広がる雲と地表を映し、スピーカは強風が吹いているような騒音を伝えていた。

(高度が落ちているッ―?! 重力下光量子スタビライザーはッ…?!)
「くそッ、システムダウンか!―だったら両舷1、2、6、25、29、32、37番スラスター噴射ッ!」

 彼が挙げたスラスターは全て前方に向けて付いたものだった。彼はこれらを用いて落下速度を少しでも軽減しようと考えたのである。
 速度を落とした機体に、後方から直径1メートルから数メートル程の隕石が迫る。直撃されれば機体の姿勢が崩れて助かる確率が大幅に減ってしまうため、トーマは生きているカメラとセンサーを頼りにスラスターのみのよる機体制御で巧みにそれらを回避していった。
 その間にも迫る地表。

(隕石群は抜けたっ…高度は―140…130…120ッ…)
「今ッ!」

 タイミングを図って操縦桿を一気に引き上げた。機体前方のスラスターが噴射し、機体は地表に向けていた頭を上げ、空気抵抗を受けて滑空するように落下していく。そして激しい衝撃が機体と彼を襲ったのである。


「うっ…うぐっ…」

 トーマが目を覚ますとコックピットは暗闇、無音だった。体の節々に痛みが走り、しばらく体を動かせずにいた。
 どのくらいそうしていたか、やっと体が動くようになり、ヘルメットに内蔵されたLEDライトを点灯させた。最初に気づいたのはヘルメットのウインドーが破損していたことだ。顔の痛みはその破片で切ったらしい。
 コックピット内はどうやら目立った損傷はないようだったので、彼は一まず安堵した。

「…メイン動力が落ちたか…」

 彼は右操縦桿の下に収められていたキーボードを引き出していろいろ試した。だが反応はなく、思わずため息をついた。
 シートベルトを外し、コックピットの座席後ろの扉を手動で開き中へ入った。やはり重力化らしく、床の上にはコンテナから飛び出た携帯食や備品類が散乱していた。

 その中にスペアのヘルメットを見つけ、無事だと確認すると今着けているヘルメットを脱ぎ捨てた。
 茶色のショートシャギーが一瞬なびく。パイロットスーツの左手首内側には防護された鏡が付いている。トーマは脱いだヘルメットのライトが照らす中その鏡を使い、頬から流れた血を治療キットから取り出したウェットシートで拭って大きめの絆創膏を貼った。そしてすぐスペアのヘルメットを装着する。
 コックピット上のハッチを手動で開けると、辺りを警戒しつつ機体の上に出た。機体は土を被り、地表に鎮座していた。

 ヘルメット左側のボタンを押すと、バイザーにディスプレイが表示された。

「重力は0.8G、体が軽いのはそのせいか…大気濃度は地球より酸素が少し多い程度…有害物質はなし、か…」

 ディスプレイを非表示にしてウィンドウを開けると、清々しく澄んだ空気が流れ込んだ。

「フォートシックス、応答せよ…こちら機動部隊第四隊トーマ・フェンデル少尉、フォートシックス、応答せよッ…」

 通信を試みては見たものの、スピーカーからはノイズ音が聞こえてくるばかりだった。

「だめか…に、してもここはどこだ…」
(草木…緑がある、ということは水もあるな…だが、あの宙域付近でこんな星があるとは聞いていない…)

 トーマはコックピット後ろのコンテナから装備一式を取り出し、パイロットスーツのウエストの留め具にホルスターを着けた。装備は9ミリ口径自動小銃、7ミリ口径サブマシンガン、ナイフ、スコープカメラの以上4つである。

 ハンドガンとナイフはそれぞれ腰のホルスターに、サブマシンガンはスリングで斜めに掛ける。スコープや医療キットはガンケースの専用スペースに収めた。
 トーマは地上へ降り立った。
 周りは青々とした背の高い草が目線の上までを隠しており、

 辺りを見回して様子を伺っていた、その時。
(何か来る…?!)
 気配を感じて近くの茂みの裏へ身を隠した。一応ヘルメットのバイザーも閉じておく。数秒も経たず姿を現した生物を見て、トーマは驚いた。

(…なんだっ?!)

 緑色の鱗をまとった手足、腰あたりから延びる尻尾、側頭部の鰭。顔や大まかなシルエット、素肌の色こそ人に似通っているものの明らかに人とは思えない。そしてそのあとから来た者にも彼は驚かされる。
 美しい女性、なのは腰から上だけ。下半身が明らかに馬のそれであった。

「………」

 爬虫類っぽい方が何かを喋っているのがかすかに聞こえる。半人半馬の方も返事をして、機体を興味深そうに見ていた。
 ふと爬虫類っぽい女性の顔がこちらを向いた。

(気取られたっ…!)

 トーマは息を飲んだ。
 彼女は腰の剣に手をかけながら、トーマのいる方を見据えゆっくりと近づいてくる。
 動くべきか動かざるべきか。
 ほんの2秒程考えた末、トーマが行動に移ろうとした時だった。

「動くなッ!」
「!」

 女はそう叫ぶと共に素早く踏み込み、驚くべき速さでトーマに剣を振るった。

「くっ―!」

 ガンケースで咄嗟にガードする。半ばまで剣が食い込んだそれを離し相手の剣を逸らせると、ナイフを振るう。刃は相手の腕を掠り、その鱗に傷をつけた。
 大きく距離をとる暇もなく、鋭い突きが女から放たれた。間一髪見切ったトーマは、彼女の手首を掴んで捻りあげるとそのまま背負い投げで投げ倒し、馬乗りになり左腕で相手の顎を抑え、ナイフを相手の喉元に構えた。

「ぐっ…貴様ッ…教会の手先かッ?!」
「…教会?悪いが違うな、俺は…待て、お前たち、俺の言葉がわかるのか?」
「何をおかしなことを言うかッ…」

 彼女はそう言うと隙をついてトーマを押し飛ばし、綺麗なバク転を決めながら体を起こした。素早く剣を拾うと、その切先を目前の男に向けた。

「まさか、私たちが魔物だから言葉も通じないとバカにしているのか?」

 彼女はそう言いながらトーマを睨みつける。

「魔物…か。…いや、そういうことじゃない。なんにせよ言葉が通じるなら重畳だ…俺が危害を加える気はないと言ったら?」
「…信用はしきれないが、話くらいは聞いてやる」
「分かった」
「まず貴様は何者だ、人間。見慣れない格好だが?」
「そうだな、どう説明すればいいか…待て、今『人間』と言ったか?!」
「ああ、そうだが?」
「ここには俺と同じ、人間がいるのか?」
「何を言ってる?さっきからおかしな事ばかり言うな…」

 トーマは混乱していた。同じ言葉を話す奇怪な生物と、自分と同じ人間がこの星にいるという事実に。

「…ねぇあなた、これはあなたの物かしら?」

 それまで様子を伺っていたもう一人が口を開いた。グリントPTを見上げ、怪訝な顔をしている。

「ああ、俺が乗ってきたものだ…」
「乗ってきた?じゃあ、これは乗り物なの?」
「ああ、小型の宇宙航行挺…と言って伝わるか?」
「…言葉の意味自体は、ね。詳しく話してもらえるかしら?私たちの仲間に人間もいるから、案内するわ」
「すまないが、俺も君たちを手放しに信じる訳にはいかないな」

 お互いの素性が分からない以上、罠の可能性は十二分にある。トーマのそれは当然の反応といえた。

「それはそうだけど、いつまでもここにいる訳にはいかないのではなくて?
 こちらにはやましい事はないし、そうね…何なら後ろを少し離れて付いて来てもらっていいわ」

 相手に背後を取らせる、その点でもってある程度信用してもらいたいということであった。
 そして、同時に背後を取られていてもおいそれと遅れは取らないということでもあるかも、とトーマは思ったが。

「…分かった」

 結局、トーマは2人に付いて行くことにした。

 

「ミラ、こいつを本当に連れてきていいのか?」
「あなたの言うこともわかるわ。でも私は多分大丈夫だと思うのよ。勘だけどね」
「勘ね…。まぁもしおかしな真似をしても私たちで何とかすればいいだけだな」
「最悪はね」


 前を行く2人の会話が微かに聞こえてきた。
 しばらく進むと草の背が徐々に低くなっていき、草原が広がっていた。僅かに傾斜がかかっていて、トーマはここが丘の上だったことに気づく。
 眼下の遠くの方に道のようなものが見え、ヘルメットのカメラで拡大してみると、その道の脇で男が1人石の上に座っていた。

(あの男が仲間だとすれば、一応騙されてないことにはなるが…)

 
 十数分後、やはり男は彼女らの仲間だったようで、彼は3人を出迎えた。

「二人とも、どうだった…って、そっちの変な兜を被ってるのはどちらさん?」

 兜、まあヘルメットの事だろう。

「見に行った先で会ったんだ。変な奴でな、言葉がわかるのか、とか、人間がいるのか、とかおかしなこと言うのさ」
「それに、空から落ちてきたのは彼の乗り物だそうよ」
「乗り物?!空でも飛んでたってのか?」
「いいえ、宇宙ですって」
「宇宙?!空よりも上にあるっていうあの?」

 男はとても驚いた様子だった。トーマは男を観察した。どうも一見するだけでは元の世界の人間と変わらないようで、彼は少しボサっとした黒髪でセミロング程の長さのそれを後ろで束ねている。薄く無精髭があり、青い目をしていた。

「ひとまず、話を聞こうと思って連れて来たのよ」
「そうか…じゃあ、話してくれるか?えっと…」
「トーマだ。トーマ・フェンデル」
「そうか、俺はノルヴィ・リックマンだ。よろしく、トーマ」

 ノルヴィは握手を求めて手を差し出した。トーマはそれに答えたと同時に、習慣も共通の可能性が高いと思い至る。

「私はミラ・チルッチ。彼女は…」
「トレアだ。貴公はなかなか腕が立つらしいな?」

 ミラは自らをケンタウロス、トレアはリザードマンだと付け加えた。

「ま、自己紹介も終わったところで、話してもらおうか?」

 トーマは信じられないと思うが、という言葉で初め、自分の出身や身分、どういう経緯でここに居るのか、を話した。そして、3人からもここについての情報を得たが、それはどれもトーマの常識には当てはまらなかった。
 一つはこの星、いやこの世界には『魔物』がいるということ。その魔物を巡って、親魔物派、反魔物派に分かれているということ。さらに素養のある者は『魔法』が使えるということだ。

「魔法…か。にわかには信じがたいが…」

 トーマは腕を組んで、考え込んだ。

「それはこっちも同じよ。まさか魔法のない世界があって、宇宙を生活の場においているなんて…」

3人も難しい顔をしてる。

「だが、近年俺のいた世界の科学者が、平行世界の可能性を強く示唆するようになっていた。それに実際こうしているんだ、受け止めるしかないだろう…」
「ま、そういうことね。…で、トーマはこれからどうすんだい?」

ノルヴィはコーヒーを啜りながら訊ねた。

「出来れば元の世界に変える方法を探したいが…」
「確か、トーマは魔法陣を見たと言ったわね?」

 ミラが口を開いた。

「あれが魔法陣というのかはわからないが、恐らくな」
「もしそれが魔法なら、空間転移の魔法よ。空間転移の魔法は、普通に考えれば術者から遠くても平面位置で1キロ内の所が入口、もしくは出口が開く限界よ」
「つまり、俺がこっちに出てきたところから半径1キロあたりを探せば、運が良ければ術者に会えるということか…」
「それに、空間転移はかなりの高等魔術なの。それだけの技を使える魔術師はほとんどが町に研究所を置いて、遠出をすることも少ないわ」
「ならその範囲の町を探せばいいんだな?」
「ええ、望みはあるわ」

 とはいえ、現状から推察できる情報は少なかった。彼は一直線に落ちてきたのではなく、隕石を回避するためにある程度上下左右に機体を振っていた。方角こそそれほどズレていない実感はあったが、落下角度や距離に関しては分からない。
 詰まるところでいえば、東の1000メートル以上の高度から落ちてきた以外分からなかったのである。

「東なら、ちょうど俺たちの向かう方角だな。ただ、町がいくつもあるから、そこを全部当たってみないことにはな」
「ならトーマにとっては好都合ね。魔導師を探す間の生活場所がいるなら、私たちが用意できるわ。それにいくらか手も貸せるでしょうし」
「どうする?」
 3人はもう答えを知っているかのような顔で返答を待った。答えはもちろん。

「頼めるか?」
「ああ、もちろん!」

 ノルヴィは快く受け入れた。ほかの2人も無言だが、笑顔で頷いた。

「と、なるとまずは服装だな。その何とかスーツじゃ目立ちすぎるだろ?」
「ああ、そうだな」

 確かにこの世界でトーマのパイロットスーツは確実に目を引く特異な格好だ。
ノルヴィが平均的な服装をしているとすれば、革のベストにワイシャツ、チノパンに革の靴となる。

「町の外で待っててくれれば、適当に服を見繕ってやるよ。大体背格好も同じくらいだからな」
「すまない、助かる」
「なんにせよ、まず町へ行かないと話にならないからな、行こう」


 そうしてトーマは彼、彼女らと共に最初の町『ベネール』に向かったのだった。

21/09/08 12:54更新 / アバロン3
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■作者メッセージ
投稿当時のと結構加筆修正しています。
自分で読んでてえぇ…ってなりました…

2021/09/08:トーマの落下中のシーン、どこからこの世界に現れたのか探るシーンを訂正しました。

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