連載小説
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出会い
暗い路地裏、数多の下卑た嗤い声が響く。間を縫って怯えた息遣いも起こっているが周りに聞こえる者はいないだろう。否、聞こえていても足を止めようとはしないだろう。

男達は流れ者のゴロツキであった。これまで多くの街や村を襲い、金品を奪い、女をマワした。
夜になって薄汚い欲望が煮えたぎり手頃な娘がいたので"これ"を"使おう"という魂胆だったのだ。

ぱっと見、未熟さを感じさせる短いマントがついたローブからして娘は魔導学校の生徒であることが見受けられた。くすんだ灰色の髪。恐怖を湛えた緑のまるい瞳。震える細い脚。なまじ整った容姿故に不幸にも彼らの目に止まってしまったのだ。

「怖いか? あ? おら嬢ちゃん、得意の魔法で俺らを黒焦げにしてみろよ。魔法使いってやつなんだろぉ」
「バーカ。こんな汚ねえ男に捕まるうすのろだぞ? 火のひとつだって出せやしねえ落ちこぼれに決まってんだろがよ!」
「それもそうか! なら嬢ちゃんは俺らのとこに嫁に来るしかねえ! たーだーし、一晩の、な……」

ああ、もう逃げられない。世を知らない自分でも分かる。散々弄ばれてその辺に転がされるか口封じに殺されるのがおちだ。でも私は落ちこぼれなんかじゃない。優秀な人たちには及ばないけれど自分を守るくらいならできる……できる、筈なのに……!

リーダー格の男がローブを裂こうと手をかけた。恐怖と悔しさから娘の目尻を涙が落ちる。
──その時だった。

「女を泣かしていいのはプロポーズとベッドの中だけだぜ! 兄ちゃん達よお!」

勇ましい叫びが轟いた瞬間。男の手がまるで力を無くしたようにぽろりと離れた。
何が起きたのだろう。娘は視線を離してはいけないと知りながらも周りを見回した。それは相手も同じくらしく手首を掴みぎょろぎょろ辺りを探っている。

「おっと、分かんねえか? オレはここだ」

声は下の方から聞こえてくる。目線を下げると、不思議なことにはっきりと姿を捉えることができた。
言葉遣いからして少年か、いや──。

「来な」

男達に向き合い、くいくい指先を曲げて挑発するのは異国の衣を纏った少女だった。まさかこんな小さな子どもがひとまわりやふたまわりではきかないぐらい大きな暴漢たちを、それも複数人を相手取るというのだろうか。
あまりにも無茶だ。と、娘は思い込んでいた。

だが男達の様子がおかしい。普段の彼らであれば笑い飛ばして返り討ちにできる筈だというのに、構えこそ取るものの気圧されているのかぐっと息を飲んで動かず、まるで弱い犬が虚勢を張るように威嚇の睨みを向けていた。

「来ないのか。逃げんなら今だぜ。幾ら悪人だろうがオレだって人を傷つけるのは嫌だからな」

『人を傷つけるのは嫌だ』。少女の目は男達を許さないと言っているが、同時にその言葉は心の底からの願いのように聞こえた。

「舐めやがって小娘風情が!!!」

沈黙を破り手下の一人が躍り出た。
少女が軽く舌打ちをする。身体が動く。瞬きのうちに小さな掌底が軽く顎を打った。
次の瞬間、手下の膝が不自然に折れて力なく倒れた。
刹那の出来事に娘が目を見開く。つい先程まで危険にさらされていたことも忘れ、少女と男達を交互に見比べた。

「ディアダ!? おいガキ、何をした!」
「淫魔法の応用で身体の中の精をちょいと引っこ抜かせてもらったぜ。いきなり魔力が減って気絶しているだけだ。そのうち目を覚ますだろ」

ま、オレの好みじゃねえから食ってないけどな、と小さな女の子はからから呵呵大笑する。似合わないといえばこれ以上のミスマッチはない。だがどうしてか娘はえも言われぬ魅力を感じざるを得なかった。

「クソっ……こいつ魔物かよ」
「ああそうだ。どうする、尻尾をまいて逃げるか? オレとしちゃあそっちを勧めるぜ。勇敢な奴は嫌いじゃあないが脅しで倒れたお仲間さんが可哀想だと思わないか」
「うるせえ!!」

リーダー格の拳が少女の顔面を狙った。素早い、がしかし普通の人間に目視することが適わなかったさっきの魔技と比べれば赤子のようなものである。
紙一重のところで避けられ逆に手首を掴まれてしまった。

「ふうん」
「うっ……離せ! この!」
「えいっ」

掴んだ手首を引いて相手の体勢を崩す。少女が選んだとどめはなんとデコピンだ。
それだけで、男の瞼がおりて倒れた。

「うわぁーっ!」
「リーダーがやられただと!? おい、撤収だ撤収! ディアダとリーダーを運んでこのガキから逃げるんだ!」
「こ、このバケモンが! 覚えていやがれ!」

群れの長がやられてすっかり威勢を失ったゴロツキどもはあっという間に街の外の方へと消えていった。
その間に少女は娘に寄り添うよう近づく。最後の一人が見えなくなるまで、守ってくれるかのように。

「──行ったか。もう安心していいぜ」
「……はい。あ、あの! 危ないところを助けていただいてありがとうございます」
「どういたしまして。つっても、街の治安維持は活動の一環だし、こう面と向かってお礼を言われると照れるな……」

少女の柔らかそうな頬が林檎のように真っ赤になる。
ぶっきらぼうな口調がかえって愛らしい。

「魔物さん、なんですよね」
「そうだな。バフォメットだ」
「えっ」

立て続けに娘は驚く。バフォメットといえば高い身体能力を持つもののそれ以上に膨大な魔力でもって優れた魔法を扱う種族、という印象を抱いていた。
それがどうだろう。彼女は話に聞くバフォメットの通り小さな女の子の姿だが、纏う雰囲気はまるで武闘家のものだ。詰襟に袖のない風変わりな衣服が娘の中の魔法使いというイメージに合わないのである。
本当にバフォメットなのか、そんな疑わしげな顔色を見たのだろう。魔山羊を名乗る少女は人化の術を解いた。

銀髪と同じ銀のふわふわとした獣の耳。やはり肌触りの良さそうな四肢を包む獣毛。頭の双角は確かに山羊である。

「本当にバフォメットなんだ……!」
「自分でも変わり者のバフォメットだって自覚はあるし、仕方ねーよな。名乗るのが遅れた。オレはレイリ。レイリ・ナ・ムーシャ。この街にあるサバトの長を務めてるんだ」
「私はソラウです。孤児なので姓はありません。あの、レイリ様」

娘──ソラウは真剣な表情で言った。

「図々しいお願いなのは分かっています。私を貴女様のサバトに入れさせてください。さっきみたいにいいようにされる自分なんて嫌、レイリ様みたいに強くなりたいんです」

快活としていたレイリの表情が曇る。

「気持ちはありがたい。でも、オレのサバトは先に言った通り普通の古式魔法とかの研鑽をするサバトじゃないんだ。魔王軍のみたいな正統派じゃなくて、有り体にいえば魔法を使った武芸を磨くことに趣を置いてる。ソラウは見たところこの街の魔導学校の生徒みたいだし……」

ゴロツキを退散させたあの時の堂々とした顔はどこへやら、一転してたじろぎ始めるレイリの手を握ってソラウはこう口にした。

「私の専攻は、身体強化の魔法なんですよ」





「即決」

「なんだよこれ、運命の出会いじゃないのか? いや、その言葉は愛しの兄貴のために取っておきたいけど! よっっっしゃ……! 自分のサバトを立ち上げて半年、これでうちにも魔女が……!」

感極まったバフォメットはぴょんぴょん飛び跳ね、嬉しくて堪らない感情を全身で表現した。
これがサバトの謳う幼体の魅力。実物はやはり聞きしに勝る。先程の格好良さがスパイスとなって愛くるしくて仕方ない。

「丁度帰るところだったからそこですぐ魔女になるか? いや、ソラウにもこれまでの生活があるだろうし身辺を整えてからでも構わないぞ」
「大丈夫です。大した持ち物もないしどうとでもなりますから魔女にしてください。レイリ様」
「様はいらない。オレは誰にでもレイリって呼び捨てさせてるからな!」

路地裏からまた路地裏へ。ひょこひょこ歩くレイリの後を追って歩くと、僅かな魔力を感じられた。
異界を作っているのか。普通の魔法は専門ではないといいつつできないというわけではないらしい。

「ここがオレ達の本拠地だ。歓迎するぜ、ソラウ」


ようこそ、われらがサバトへ!






18/08/23 14:33更新 / へびねおじむ
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■作者メッセージ
初投稿です。サバトグリモワールがあまりにも面白く暇さえあれば読みふけっています。こんなサバトもありじゃない?の精神。

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