読切小説
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龍神様への生贄
「まずいな」
俺こと海浦 仙理(みうら せんり)は、山道で車を運転中、困ったことになっていた。
エンジンの調子がおかしいのだ。異音を発してパワーが安定しない。
今乗っているステーションワゴンは、大学卒業後、就職を機に中古で買ったものだ。中古と言ってもディーラーのメンテナンスは行き届いており、買ってから丸一年以上経つが、一度のトラブルも起こしたことはなかった。
それが突然異常を起こしてしまった。まだ完全にエンストはしていないが、それも時間の問題だろう。
「ついてない……」
車内で1人、ハンドルを必死に操作しながら愚痴をこぼす。今この山道を走っているのは、会社の用事で出張した帰りなのだが、そもそもこの出張というのが、貧乏くじを引いてのものだった。

俺はK県にある中堅の機械メーカーに勤めている。生まれも育ちもその県だ。
そしてそのK県は、一般に反魔物領と呼ばれる地域に属している。住民の多くが魔物に対して恐怖感、嫌悪感を抱いており、自治体、教育、マスコミもその傾向が強い。結果、県内に魔物はほとんど居住していなかった。
俺自身はどうかと言うと、『魔物は人間を好んで食べる』とか、『魔物が人間を襲って嬲り殺しにするのを見た』とかいう見出しの新聞を読んで育ったため、小さい頃は魔物が恐ろしくてたまらなかった。だが大人になると、魔物と人間が共存する地域もあると情報が入ってくるので、さすがに魔物全部が人間に害を為すとは思えなくなり、新聞の記事も割り引いて読むようになった。
とは言え、みんなが恐ろしい恐ろしいと言う存在に進んで近寄りたいと思うほどの物好きでもない。遭遇した魔物が、たまたま人間を殺す性質を持っていたら一巻の終わりだ。なので、魔物がいる地域には、なるべく行かないに越したことはないと思っていた。

ところがである。俺は今あろうことか、親魔物領と言われるS県の山奥で立ち往生の危機に瀕している。
俺がなぜS県に来たのかというと、勤めている機械メーカーの重要な得意先が、どうした訳か本社を急にS県に移転させたからである。最近K県の景気は悪化しつつあり、うちの会社の業績も思わしくないとあっては取引を打ち切るわけにも行かず、打ち合わせのために社員を派遣せざるを得なくなった。
至る所に魔物が巣食うS県への出張を、誰もが嫌がった。俺の直属の上司や先輩は次々と急病で会社を休み、たらい回しの果てに、何と入社二年目の下っ端である俺が押し付けられる形で送り出されたのである。
ステーションワゴンを走らせS県へ。途中で魔物に襲われることもなく得意先に着いた俺は、どうにか打ち合わせを終えた。(ちなみに、打ち合わせが終わった後の雑談で、俺は何故S県に本社を移転したのか得意先の担当者から聞き出そうとしたが、何も知らない様子だった)

昼過ぎに、俺は得意先を出た。暑かったので、車内で背広からTシャツ、ハーフパンツというラフな格好に着替え、眠気覚ましにカフェインの錠剤をかじりながら帰路に付く。そこまではよかったが、山道を走っている途中で上に書いた通りのありさまである。
今走っているのは、2台がすれ違えるかどうかの細い道だ。このまま停止しては、他の車の邪魔になるだろう。俺は停車できるスペースを探して、騙し騙し運転を続けた。
「どこか空いている場所は……あ!」
いよいよエンジンの異音が酷くなったとき、周囲が突然開け、田んぼや人家が見えた。山間の村に差し掛かったようだ。さらに進むと、ようやく空地が見つかった。おそらく誰かの私有地なのだろうが、状況が状況である。俺が已む無くその空き地に進入したところで、とうとうエンジンが完全停止した。
「ふう……」
とりあえず、道路を通せんぼだけはしないで済んだ。俺は異常を知らせる赤い三角表示板を出すために車を降りる。道路上で停車しているわけではないので、別に出さなくてもいいのだろうが、違法駐車ではないことをアピールするために出すことにした。
トランクから三角表示板を出して組み立てていると、農作業中と思しき50代くらいのおじさんが現れて話しかけてきた。隣の畑で作業中、俺の車が停まったのに気付いたようだ。
「あの、どうかしましたか?」
「あ、すみません。急に車が故障してしまいまして……」
話してみると、この空地はおじさんの地所ということであった。そこで俺は、駐車料金を払うので、修理業者が来るまでここに車を置かせてもらえないかと交渉してみた。
おじさんは笑って言った。
「そういうことなら、何にも使ってない場所ですから、置いといてもらって大丈夫ですよ。料金なんかいりません」
「あ、ありがとうございます!」
「それよりも、もうすぐ日が暮れますよ。泊まるところはあるんですか?」
「えっとそれは……」
俺は口ごもった。確かに陽が暮れかけていて、もうじき夜になりそうである。増して、言っては何だがかなり辺鄙な場所だ。今から修理業者を呼んでも、来てもらえるのは明日以降になる可能性が高い。
最悪、車の中で一泊だが、何と言ってもここは親魔物領である。車の中で寝ている間に、魔物に襲われないとも限らないと不安に思った。
考え込んでいると、おじさんが口を開いた。
「よかったら、この先に民宿がありますから、そこに泊まっていきませんか? 安く泊まれるように話してみますよ」
「本当ですか? 助かります」
正直、おじさんの申し出はかなりありがたかった。民宿なら車の中にいるよりずっと安全だ。好意に甘えることにする。

その後俺は、修理業者に連絡を取り(案の定、来てくれるのは翌日になった)、おじさんの紹介してくれた民宿に向かった。
宿泊の料金は異様なほど安かったが、それ相応のボロ宿なんてことはなかった。部屋は申し分なく、温泉も立派で、ゆっくり汗を流すことができた。
部屋に戻ると、とても背の高い仲居さんが食事を運んできた。彼女の姿を見て、俺は一瞬ドキっとする。こんな山奥にいるのは違和感があるような美人だったからだ。
「うお……」
さらに料理を見て、思わず声を上げてしまった。山の幸をふんだんに使った豪勢なもので、明らかに原価割れしてるんじゃないかと心配になったほどだ。
「失礼いたします」
食事が終わると、膳を下げにさっきの仲居さんが入ってきた。
「御馳走様でした……あの、すみません」
「はい。何でしょうか?」
「ここの仕事で、何かお手伝いできることはないですか?」
安すぎる料金が気になっていた俺は、仲居さんに聞いてみた。追加で金を払うのも失礼だろうから、力仕事でもやらせてもらおうと思ったのだが……
「ありますよ。お客様にしかできない仕事が」
「え?」
意味のよく分からない答え。そしてそのとき、俺は猛烈な眠気に襲われた。
「……?」
仲居さんが、薄く笑ったような気がした。一体何が起きたのか、俺は考える暇もなく畳に突っ伏して、意識を手放してしまった。

…………………………………………
………………………………
……………………
…………

「ん……?」
どれくらい時間が経ったのか、俺は目を覚ました。自分が仰向けに横たわっているのが分かる。
背中や尻の感触から、布団や畳の上ではないことを知った。木の床だ。明かりが何もないのか、目を開けても何も見えない。
体を起こそうとしたら、頭が何かにぶつかった。
「痛っ」
どれだけ天井が低いのか。周囲を手で探ってみる。
体の左右、すぐ横に木の壁があった。いや、これは壁ではない。
「棺だ……」
自分が棺のようなものに入れられていると、俺は確信した。頭と足の方は調べていないが、おそらくふさがっているだろう。
「やられた」
落胆と後悔の念に襲われる。詳しい状況は分からないが、民宿に宿泊したと思ったら棺の中に入れられていたのだ。何かの罠にかけられたのは間違いないだろう。
もしも……棺が地中に埋められていたり、蓋を釘で打ち付けられていたりしたら……生還はかなり難しくなる。全身から冷汗が噴き出す。動悸も速くなった。
とは言え、絶望するにはまだ早い。俺はとりあえず両手を伸ばし、半ば駄目元で棺の蓋を押し上げてみた。
すると蓋は、意外にもあっさりと開いた。そのまま横に落して、体を起こす。
棺の外も暗かったが、完全な闇ではなかった。周囲を見渡すと、ここは屋内のようだ。障子のようなものから月明かりらしい光が入ってきている。
木造の部屋だ。広さは10メートル四方ぐらいか。板張りの床。そして障子の反対側、すなわち部屋の奥の方には祭壇がしつらえてあった。
「神社の拝殿か……?」
初詣や何かの祈願で参拝した神社の建物の中に、構造が似ているような気がした。
次の瞬間、嫌な連想が頭をよぎる。
神社の拝殿。そこに納められた棺。棺の中には生きた人間。
“生贄”という単語にたどり着くまで、時間はかからなかった。
今更ながら思い出す。ここは親魔物領だ。この村では、旅人を魔物に捧げる風習があるのではないか。そして、たまたま車の故障で村に泊まった俺に目が付けられたとしたら……
ここにいては危ない。俺は急いで棺を出て障子に駆け寄り、開けようとした。
開かない。緊急事態なので壊そうとしたが、蹴っても体当たりしても破れなかった。相当頑丈に作っているらしい。
素手では駄目だ。何か道具はないだろうか。部屋の中を探そうとしたとき、どこからか声がした。
「お目覚めになったようですね」
女性の声だ。そして祭壇の横の扉が、きしみながら開き始めた。
「!?」
俺は驚いて扉の方を見た。扉の向こうに誰かがいる。
その誰かは、音もなく滑るように拝殿の中へと入ってきた。
一見すると、長い髪をした人間の女性のようなシルエットであった。緑色の着物を、いくぶん着崩している。
だがすぐに、人間ではないと分かる。
その外見を、俺は知っていた。
頭には、枝分かれした角が一対。
下半身は人間のそれでなく、巨大な蛇のように、鱗を持った太く長い胴体になっている。
恐竜を思わせる、頑丈そうな腕。
実物を見るのは初めてでも、知っていた。
“龍”だ。
ジパング地方の魔物の中でも、最高位に近い力を持つ存在。
人々に生贄を強要し、捧げられた人間を貪り喰らう、極めて恐ろしい魔物だとK県では言われていた。
「くそっ……」
俺は、生還がほぼ絶望的になったことを悟った。このまま朝を迎えることなく、骨まで食い尽くされるのだろうか。引っ込みかけた冷汗が、また滝のように流れ出した。
いつでも仕留められるという余裕からか、龍はすぐには襲ってこなかった。暗いので表情までは分からないが、俺をじっと見ているようだ。
「…………」
「…………」
距離をおいて対峙する。数秒の間そうしていると、若干落ち着きが戻ってきた。
最後は死ぬにしても、やるだけのことはやって死のう。
そう思った俺は、この状態から助かるにはどうしたらいいか考えた。
まず、逃げる。
向こうとこっちの力の差を考えたら一番いい方法だが、道具を探して障子を壊すまで龍が待っていてくれるはずがなかった。もう一つの出口である木の扉の前には龍が陣取っているから、そこも無理だろう。
となると、戦うしかない。
戦うと言っても、退治する必要はない。数十秒間失神させれば木の扉から飛び出して身を隠せるだろう。
もう一度、龍の姿を見る。下半身と両腕は怪獣のように堅固で禍々しい。おそらく人間技ではダメージを与えられないだろう。
だが、それ以外の部分は人間の女性と変わらない。特に着物の襟元から見えている首は細かった。首筋を側面から打てば、脳を揺らせるかも知れない。あるいは頸動脈を絞めて、眠らせるという方法もある。

方針を決めた俺は、少しでも成功の確率を上げるため、龍に隙を作らせることにした。なるべく声が震えないように気を付けながら、話しかける。
「あの……」
「はい」
「1つ、聞きたいことがあるんだけど……」
「何でしょうか?」
幸い、龍は問答に応じてきた。何気なく足を動かし、数センチ単位で間合いを詰めながら、会話を続ける。俺の身長は160センチちょっとでリーチがないため、できるだけ近づいてから攻撃しないといけない。
「……俺は、お前に捧げられた生贄ということでいいのか?」
「ええ。そうですよ」
「そうか……人間を生贄に捧げられる魔物って、龍ぐらいじゃないのか?」
会話に飽きたら、その時点で龍は襲ってくるだろう。俺は必死に言葉をつないだ。
「龍だけ、ということはないと思いますけど……」
「でも、龍以外はあまり聞かないな。龍がジパングで一番高位の魔物だからか……」
狙いを悟られないよう、龍から少しだけ視線を外しながら、さらに接近していく。もう少しだ。
「だけど……」
「?」
「そうなるとちょっと、おかしいことがある」
「何がですか?」
「あそこに……」
俺は龍の背後、龍が出てきた扉の向こうを見て指さした。もちろんそこには何もない。
だが、龍は俺の視線に釣られ、気持ち後ろを振り返った。
今だ。
俺は勢いよく右足を龍の方に踏み出した。同時に右手を出し、手刀を龍の首めがけて飛ばす。
だが目標には当たらなかった。龍は俺から目線を切ったまま、右の掌で俺の手を止めた。
「!!」
「何をするのですか?」
隙を突いて放った攻撃が止められたが、ショックを受けている暇はない。右手で龍の右手を掴み返すと、死に物狂いで引き寄せた。左手で着物を掴み、龍の背中にしがみ付く。
右手を龍の右肩越しに伸ばし、着物の左襟を掴んだ。そして渾身の力で右手を引き絞る。これで頸動脈が絞まるはずだ。
「うおお!」
「今度はなんですか?」
頼むから失神してくれ。そう思ったとき、ビリッという音と共に、急に右手の手ごたえがなくなった。そして床に体が投げ出される。龍が自分で着物を破き、絞め技から脱出したのだと気付いた。
「やばっ……」
立ち上がるのと同時に、龍の尾が横薙ぎに飛んできた。一度目はトンボを切って躱す。だが着地した瞬間に振り戻ってきて、巻き付かれてしまった。
「ぐあっ!」
「さあ捕まえましたよ。これでもうおイタはできませんね」
命懸けで仕掛けた俺の攻撃は、龍からしたらおイタ程度にしか感じられなかったらしい。振り解こうとしても、太い胴はびくともしなかった。逆に締め付けられて呼吸が苦しくなる。
このままでは窒息死だ。何か脱出する手立てはないか。俺は必死に考えた。
使えるものがないか、ハーフパンツのポケットを探った。大したものは入っていない。ポケットティッシュにミニタオル、カフェインの錠剤を入れたプラスチックのケース……
カフェインの錠剤か。これで行こう。
どうにか呼吸を整え、龍に話しかける。
「お前、このままここにいたら、死ぬぞ……」
「はい?」
「親魔物領の人間なら、全員が親魔物だと思うか……?」
「どういう意味ですか?」
胴締めがわずかに緩む。ケースを手で隠しながらカフェインの錠剤を取り出し、龍に見せた。
「これが何だか分かるか……?」
「?」
顔を近づけて錠剤を見た龍が、怪訝そうな表情をした。俺はゆっくりと言う。
「粒状の、エマルション爆薬だ」
「爆薬?」
「そうだ……同じものがこの建物にぎっしりと仕掛けられている……」
龍が目を見開いたような気がした。さらに俺は出まかせを続ける。
「この村に、お前を排除したい奴がいる。そいつに金で雇われた……偽の生贄になって、お前をここに誘き寄せるためにな……お前を気絶させて俺が逃げてから、建物ごとお前を爆破する手筈だった……」
「……でも、しくじりましたね」
「ああ……でも計画は終わりじゃない……もし俺が殺されたら、2人まとめて吹っ飛ばすと言われている」
「ふーん」
「だが、俺も命が惜しい。先にここを出てくれ。後から俺が出て計画は中止だって言う。それで二人とも助かる……」
ブラフをかまし終えて、俺は龍の目をじっと見た。
「…………」
龍は何も言わない。考えているのだろう。
もっともだ。村に反魔物派が急に現れて爆薬を仕掛けたとか、そう簡単に信じられるはずがない。
だが俺は、龍が話に乗ってくる可能性はそれなりにあると思っていた。
龍の視点で考える。仮に俺の話が嘘で(実際嘘だが)、騙されて俺に逃げられたところで、新しい生贄を村人に要求すればいいだけである。それほどの実害ではない。逆に俺の話が本当だったときの危険を考えれば、とりあえず大事を取るのはあり得ない選択ではないはずだ。
さあ、俺を放してここから出ろ。俺は心の中で龍に念じた。解放されたら即刻SNSでこの村の危険性を大規模拡散して、生贄なんか誰も来ないようにするけどな。
「…………」
しばらく考えていた龍は、何も言わないまま俺に向かって手を差し出した。粒をよく見せろということだろうか。
「口に入れるなよ。中毒を起こすぞ」
もっともらしく忠告しながら、錠剤を龍の手に乗せてやる。ところが、龍は少しの間錠剤を眺めた後、自分の口に放り込んでしまった。
「あっ!」
俺は慌てた。爆薬ではないとばれているのか。
「どうして……?」
「何が爆薬ですか。あなたが持っているのはこれでしょう?」
そう言って龍は、プラスチックのケースを俺に見せた。俺のポケットにあるのと同じものだ。
「!?」
「寝ている間に生贄の身体検査をしないとでも思ったのですか? それにあなたを生贄にするように命じたのはこの私です。あなたの嘘は全部種が割れています。諦めなさい」
厳しい表情で龍が言う。
終わった。俺の人生は……
俺は龍の胴体に巻かれたまま、がっくりとうなだれた。この体勢では玉砕覚悟で殴りかかることもできない。万事休すだ。
「もう、好きにしてくれ……」
「観念しましたか?」
「ああ……やることはやった。悔いはない」
「そうですか。では……」
龍の両手が、俺の頭を挟む。首をもぎ取る気か。
だが、龍の攻撃は、意外なものだった。
チュ……
目の前に、瞼を閉じた龍の顔がある。互いの唇が触れ合っていた。
なんで……?
驚いた俺は、自由になっている右手で龍の肩を遠ざけようとした。だがびくともしない。
そして、脳が蕩けるような快感が流れ込んでくる。
今まで女性と付き合ったことがないので知らなかったが、口を合わせるだけでここまで気持ちよくなるものなのか。
次第に気が遠くなる感じがした。
まずい。また失神する。
体をつねって意識を覚醒させようとしたが、もう遅かった。

…………

気が付いたとき、俺は拝殿の床に仰向けに倒れていた。服を全て脱がされており、腰から下だけが龍の胴体に巻かれていた。
龍も着物を脱いで全裸になっていた。その上半身は俺の上半身に覆いかぶさり、両手は俺の両腕を押さえている。
ゆうに大人の頭ほどはある乳房が2つ、垂れ下がって俺の胸板に接触し、その形を歪めていた。着物が着崩れていた原因はこれだったらしい。
「放せ……」
まだぼんやりする頭のまま、俺は龍の手を振り解こうとしたが、全く歯が立たなかった。胴体だけでなく、腕の力も人間の比ではないようだ。
「俺を、どうするつもりだ……?」
龍に問いかける。ここまで有利な体勢に持ち込んでおいて、俺を仕留めに来ない理由が分からなかった。別に殺されたいわけではないが、殺すなら一思いにやってほしい。
龍が答える。
「やはり、誤解をなさっているようですね」
「誤解……?」
「私に殺されると思っているでしょう?」
「違うのか……?」
「違いますよ。魔物が人を殺すことなどありえません」
「え!? でもさっき、生贄だって……」
「魔物にとって“生贄”とは夫となる男性という意味ですよ」
「え……?」
頭が混乱した。俺の知っている生贄とは違う。
担がれているのかとも思ったが、龍が俺を騙すメリットがなかった。完全に押さえ付けた相手を油断させて何になるのか。
しかし、龍の言うことが本当だとすると、K県で聞いていた話はなんだったのか。龍が人間を貪り喰らうというのは根拠のないデマだったとうことか。
「最初に説明をしなくて申し訳有りませんでした。そう言えば仙理様は、反魔物領からお越しになった方だったのですよね……誤解なさっても無理ありません」
「いや、ちょっと待ってくれよ……」
頭の整理が付かないうちに話しかけられ、俺はパニックになりかけていた。
「私の差し上げた食事、お口に合いましたか?」
「……え?」
ずい、と龍が顔を近づけてくる。その時になって、俺はようやく思い出した。
「民宿の仲居さん……」
「ようやく思い出してくださいましたね……仙理様」
龍が微笑み、両腕で抱き付いてきた。もう振り解く気も起こらなくなっていた俺は、腕をだらしなく広げて彼女の抱擁を甘受する。
「仙理様がこの村に近づいて来られたとき、私の伴侶はこの方しかいないと感じました。それで申し訳ないとは思いましたが、私の力でお車に細工を……」
耳元でささやかれる。あの故障は龍の仕業だったのか。後は聞かなくても想像が付く。民宿を紹介してくれたおじさんもグルだったのだろう。
「仙理様、私を妻にしていただけますね? 嫌と仰っても無駄ですが」
「そ、その前に確認したいことが……」
「また私の気を逸らせようというのですか? その手はもう……」
「いや、ほんと大事なことだから……」
俺はK県で聞かされてきた、人間を殺害する魔物の話をかいつまんで龍に聞かせた。
「全部嘘ですね」
龍が即答する。さすがに俺は衝撃を受けた。
「ぜ、全部?」
「はい。全部です。魔物が殿方を慕うあまり、強引に関係を結ぶことはあっても、傷害や、増して殺害などありえません。先程も申し上げましたが」
「…………」
返事をする気力もなくした俺は、茫然と天井を見上げた。俺だって魔物のネガティブな情報を頭から信じていたわけではないが、半分割引けばちょうどいいぐらいに思っていた。まさか100パーセント割り引く必要があったとは。
そう考えると、殺されると勝手に勘違いして、龍に襲いかかったのが急に申し訳なくなってきた。
「すいませんでした……」
「何がですか?」
「その、打ちかかったり首絞めたりして、すいませんでした……」
龍の目を見て謝る。全身をガッチリと固められているので、土下座はできなかったが。
龍は優しく笑って言った。
「もういいのですよ。気にしないでください」
「俺、K県に帰ったら、魔物のことみんなに伝えます。これ以上誤解が広がらないように……」
「駄目です」
「……え?」
急に龍の口調が厳しくなり、俺は戸惑った。
「仙理様は私の夫なのですよ。当然この村に引っ越していただきます」
「え? でもそんな急に……」
「大体、先程仙理様は仰ったではないですか」
「なんて……?」
「私に向かって、『好きにしてくれ』と」
「あ、あれは殺される前提で……」
「神の前で我が身を投げ出したのですから、もう取り消しはできません。仙理様の残りの人生は全て私のものです」
「そ、そんな……」
強引に話を進める龍。打ちかかった負い目もあって、俺は反論もろくにできなかった。
「では、夫婦の契りを結びましょう。いざ」
「ひっ……」
また、唇が触れ合った。今度は舌まで侵入してきて、口の中をほじくられる。
「うぐっ……」
「んんっ……」
失神はしなかったが、快感で頭がくらくらした。唇が離れると、今度は俺の口に龍の胸の突起が突き付けられた。
「仙理様、おっぱいはお好きですか? 私のおっぱい、しゃぶっていいですよ」
「あ……あ……」
「私のおっぱい、しゃぶっていいですよ」
重ねて出される“許可”。抗う気力もない俺は、舌を出して馬鹿でかい乳房の先端を舐める。すでに硬く尖っているのが分かった。
「あっ、あんっ……気持ちいい……」
龍の口から、艶っぽい声が漏れ始めた。そのまま舐めたり吸ったりを続ける。
「ああ……んっ……おっぱい、片方空いてますよ……」
言われて俺は、龍のもう片方の乳房を手で揉んだ。ずっしりと重い肉の感触が伝わってくる。
「ああ……仙理様、もう準備はよろしいようですね……」
「え……?」
股間を撫でられて、俺ははっとした。いつの間にか硬直してしまっている。
「ご覧ください……」
体を起こした龍が、人間の部分と魔物の部分の境界を俺の顔に近づける。そこには肉の裂け目があり、異形の生き物の口のようにヒクヒクと蠢いていた。その異形の口は大量の粘液を垂れ流して月の光を反射し、上端の突起はひきつったように隆起している。
「うお……」
殺されると勘違いしていたときとは、また別の恐怖が俺の中で頭をもたげ始めた。あの中に入ってしまったら自分はどうなるのだろうか。未知な体験だけに、何が起こるか予想ができない。
「一切我慢なさらなくて結構です。好きなだけ私の中に放ってください」
「ちょ、ちょっと待……」
「失礼いたします」
龍は俺の制止を無視して、互いの局部を接触させてしまった。そしてぬるりとした感触。
「「ああああああああああああああっ!!」」
挿入。俺と龍は同時に叫び声を上げた。自慰とは比較にならない、異常とも言える快感を叩き付けられ、俺は一瞬で龍の中に放ってしまっていた。
「ああ……仙理様、私の膣で感じてくださったのですね。精がいっぱい……嬉しい……」
「あ……あ……」
「もう一度しましょう」
「ひ……」
これ以上搾られたら、頭がどうにかなってしまいそうだった。俺は必死で龍の体を掌で叩き、降参の意志を伝えたが、全く聞き入れてもらえなかった。
「溜まっている精、全部私にお恵みください……」

…………………………………………
………………………………
……………………
…………

長い夜が明けた。
文字通り精根尽き果てた俺は、拝殿の床に仰向けに横たわっていた。そして俺の体には、龍がぐるぐる巻きに絡みついている。
「大丈夫ですか? 仙理様」
「あ……あ……」
「少し張り切り過ぎたでしょうか……申し訳有りません。初夜ですので加減が分からず……」
龍は俺を、その豊かな胸に抱き締める。俺はもう口を開く体力もなく、一言だけ言った。
「……寝かせて」
「はい。お休みなさいませ。村の人達が支度をしてくれていますので、お目覚めになったら祝言を……」
龍の言葉を最後まで聞くことなく、俺は意識を失った。

…………

こうして俺は会社を辞め、龍の夫になった。前の暮らしに未練が全くないという訳ではないが、逃げ出す意思も気力も完全に削り取られていた。

新しい労働場所は、俺が龍に捧げられた神社だ。給料なし、休日なし、長時間残業ありとブラック企業も裸足で逃げ出す労働環境だが、その内容はというと……
「ああああん! 仙理様! もっと! もっと突いて犯してください!! 気持ちいい!」
龍に精を差し出すことだった。昼間は参拝客もいるというのに、社務所や本殿に肉のぶつかる音が響き渡る。
参拝客に祝福を与え、かつ地域の天候を管理するために、龍は大量の精が必要としていた。彼女は魔物の姿のほか、仲居さんに化けていたように、身長180センチほどの人間の女性の姿にもなれる。魔物の姿のときは前から、人間の姿のときは後ろから交わり、一日を過ごすのが俺と龍の日課になった。

「み、海浦先輩、お久しぶりです……ひっ、ひっ」
「お、お前まで……」
龍と暮らし始めて1か月後。元いた会社での後輩がウシオニに抱えられて村に現れた。ウシオニは後輩と交わった状態で神社の境内を闊歩する。
どういうことか聞いてみると、俺がいなくなったので、今度は彼が得意先との打ち合わせを押し付けられてS県に来た。そこで突然道路に飛び出してきたウシオニに車をひっくり返されてこの状態になったらしい。2人はこの神社で結婚式を挙げた。

後輩夫婦の結婚式を終えて、俺と龍は人気のない、夕焼けの境内に佇んでいた。
龍曰く、今K県の男が次々と魔物に襲われ、親魔物派へと堕ちていっているのだそうだ。そこで得意先が突然K県からS県に移転した話をしてみると、
「それは間違いなく、社長さんが魔物に犯されて、親魔物側に鞍替えしていますね」
と言われた。
一見無抵抗で反魔物派に迫害されているように見える魔物達だが、実際はしっかりと反撃していたのだ。今、K県の人材は1人、また1人とS県に流れ、次第にK県では生産活動が立ち行かなくなりつつあるらしい。景気が悪いのは知っていたが、そんな真相だったとは。
「間もなく、K県の人々は選択を迫られるでしょう。反魔物政策の放棄と引き換えにS県の支援を受けるか、飢え死にするか……」
「う、飢え死になんて……」
何と言ってもK県は故郷で、知り合いも家族もいる。俺は慌てた。
「御心配には及びません。仙理様。K県の上層部の人達は、今どんどんクノイチに“暗殺”されていますから、K県はきっと親魔物領になりますよ」
「そ、そうか。それなら……」
俺は安心した。
「そのときは……」
龍は俺の腕を抱きかかえ、夕日に輝く、美しい笑顔で言った。
「仙理様の御両親に、結婚の御挨拶に参りましょうね」
15/08/23 16:37更新 / 水仙鳥

■作者メッセージ
4年ぶりの投稿になります。前回のは投げっぱなしになってしまいました(汗)
久しぶりにどうしても書きたくなって投稿です。前より少しはよく書けているといいのですが。

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