読切小説
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Last elf
-放課後 学校屋上-

「うん、17:00となった。
本日も定刻通りお茶会を始めようか」

 放課後の空に茶会主催者の声が響き渡る。
 声の主であるマッドハッターの野迚 茉莉(のとて まり)は何時もの無闇に楽しそうな調子で茶と菓子を用意し始める。
 ある日ふらっと身一つでこの世界に来て以来、こいつは一貫してこのキャラだ。長い付き合いだが未だに付いていけない事が多い。この暑いのに冬季用男子ブレザーを着ている辺り、一生分かり合えることは無いだろう。

「定刻も何も、その懐中時計は四六時中 5時じゃない」

 少し機嫌が悪い私は茉莉の言葉に答えてしまう。それと同時に、茉莉の言葉に反応してしたことを後悔するがもう遅い。私の苛立ちを察した茉莉は忌々しくもニタついた笑みを浮かばせる。

「この時計は他の物と違い時間に優しいのさ、紗々。
 刺したり刻むのではなく待つ、そんな時計があっても良いじゃない」

 もう何度目になるかわからないやりとりを「ハイハイ」と流し茶を口に含む。媚薬効果の入った茶の使用を校内では固く禁じたため、今日も普通のおいしい紅茶だ。銘柄は知らないが、暑くなってきた季節に合う清涼感を感じる。
 茶のリラックス効果とやらで荒れた心が静まるのを期待しつつ、同席者が茉莉であるためにそんな効能は得られないだろうとため息をつく。
 茉莉はこちらを煽り、その反応を楽しんでる所があるため返事をするのは餌を投げているようなものなのだから。
 いつもの私ならば、茉莉の煽りや素っ頓狂な言動は流すか適当に済ませるのだが、心中穏やかでない時はどうにもそれに乗ってしまう。
 何故私は唯でさえ嫌いな魔物の中でよりにもよってこいつと親交を持ってしまったのかと、何も考えてなかった幼い私を恨む。

「やはり決まった時間に事を始められるというのは気分がいいね。
お茶もこの時間に合う物を淹れてみました。
知ってるかい?毎日同じ時間に同じ事をするのは脳内物質の分泌が活性化されて・・・・」

 こちらの様子を気にすることなく延々と定刻だかの素晴らしさを語る茉莉に私は呆れ、
「時間が違えば、違うで何時もと違って良いとか言うくせに。気楽でいいよ」
と聞こえないように呟く。聞かれれば更に話が長くなる。

「それにしてもこの会が毎度つつがなく開けるのもひとえに彼の手腕の賜物といわざるを得ない。君の情人も手馴れたものだね」

 さっきの呟きも聞こえていたらしく、気を良くした茉莉はピンボールをこちらに投げてくる。
 反応するだけ無駄だと理性が告げるが、胸のモヤつきが膨れ上がるのを止める事ができない。

「誰のことそれって。私はこの学校を侵し、他者を脅かす下種を追い払おうとしているだけ。あの男を情人にする奴なんて・・・・」

 もういい、こちらが抑えているものを掘り起こそうとするこいつが悪いんだ。しばらくは湧き上がる不満の捌け口になって貰おう。それにしても何で愚痴を聞くのにこいつはニヤけた顔をするんだ。


 私ことエルフの錦 紗々(にしき ささ)は人魔共学の高等学校に所属している。
 入学以来何度か魔物と騒動を起こしたため、誰も話しかけてこない快適な授業環境を築けている。茉莉を除けば。
 そこに新任教師 知宮 光(しるく ひかり)が入ってきたのが今年の4月。何の因果か私のクラスの担任となった。新人にクラスを担当させるなんて学校とは随分と世間ズレした場所だと思う。
 年のころは若いが、顔たちはやや老けている感じだった。年上の男ともなれば、初日から相手のいない魔物の的となったが、知宮はこの時代によくもと言いたくなるような固い態度で対応していた。
 だが、私には分かる。男とはこのように複数の異性から言い寄られることを夢に持つものがいるという。奴はまさしくそれだ、そうでなければこんな職業につくものか。別に魔物が奴の餌食になるのは構わない。しかし、奴の願望が具現化されるのは単純に気持ち悪い。
 それ以来、放課後に私は淫行教師の元に出向き犯罪者と糾弾している。始めは池の鯉のように奴に群がっていた魔物達も、私の苛烈な攻めで目を覚ましたのか一人一人といなくなった。
 ざまあみろ淫行教師。

 しかし、ここからが上手くいかなくなった。
 一対一の対話においては如何せん相手のほうが上手であり徐々に丸め込まれてしまっている。始めは 1時間と続いた糾弾時間が日々減少していき、今日は 10分で決着が付いてしまった。
 このため、私の不満は増すばかりだ。どうにも納得できない価値観が常識となるこの世の中で、目の前に絶対悪の性犯罪者がいるのにそれを撃退することもままならない。歯がゆさにどうにかなりそうで、最近は弓訓練の的を拡大した奴の写真でやっている。
 このときばかりは無理を言って1人暮らしにしてよかったと心から思う。実家であれば、あの色情魔の母親が勘違いして酷く絡んでくるだろう。


 私の淫行教師への不満は延々と続き、冷静になってみると 30分もの時間が経過していた。煽ったのは茉莉だが、冷えた頭で考えるとこんな愚痴に付き合わせてしまった事を申し訳なく思う。
 何か別の話題はないかと頭を巡らせ、先日見かけた光景を話す。

「そういえば 4組の吸血鬼が、この間茶会に向かう私達を羨ましそうに柱の影から見ていた。あれは壁が冷たくて恍惚としてたか、そうじゃないなら茶会に参加したいんじゃないか」

 茉莉はわざとらしく周りを見て自分に話しかけられた事を確認する素振りを見せる。
 そんな真似をするからこちらの申し訳なさが泡と消える。

「 4組の吸血鬼・・・・。
たしかツェラー・クロイツナッハって名前だったかな。
紗々が話題の転換とはいえ他の魔物の話をするなんて珍しいじゃない。恋仲というのは互いに似てくるという。分泌液を与え合うような交尾をすればなおさらだね。やはり魔物娘にとって愛する者との言葉の交換は体液の交換と同義なんだね」

 茉莉は私が魔物の話題を出したことに少し驚くが、直ぐにからかう方向に話を逸らす。
 たしかに学校はおろか私生活でも魔物と男とは可能ならば口をきかない生活をしているが、それでは最近の私はこいつと淫行教師に影響を受けた人格をしていることになる。
 馬鹿らしい、論外だ。

「その話はもういい、今日は何を言われても反応しない」
 
 そういうと私はティーカップに口をつけて話題の拒否を示す。この冷めた茶と同じで淫行教師への怒りも一旦冷めた以上、不満を蒸し返す気持ちは湧き上がらない。

「彼女は、たしか学校には来てはいるものの、夜型のため寝ている事が多いという話を聞いたことがあるよ。茶会に呼べばさしずめこの学校版のドーマウスといったところだね。そうなれば後は猫が居つくのを待つだけか・・」

 意外な言葉が茉莉から出ることに驚きを隠しえなかった。物心付いてからこれまで、お互いしか親交のある人物はいなかったため、茶会のメンバーを増やすつもりなど無いのだと思っていた。

「ああ、一応茶会の面子は意識してたんだ。茶会発足以来 2人だけだったからそんなの考えてないと思った。
・・・・
うん?その2人が揃っても茶会のメンバーは完成しないんじゃないか?」

 茉莉の話を聞いた私は首を傾げる。幼いころ茉莉と不思議の国を調べた記憶では、確かアリスとマーチヘアーが茶会のメンバーだったはず。アリスは客人で勘定にいれないとしてもマーチヘアーが居る必要があるのではないか。

「それがねぇ、現代社会での生活が長い私にはマーチヘアーの生態が共感しづらくて。彼女達を迎えるにはキャパオーバーって感じさ」

 茉莉は渋い顔をして天を仰ぎながら答えた。何時も謎の余裕に満ち溢れている茉莉だけにそんな動作は珍しかった。
 不思議の国から逸れ、この世界に来た茉莉は確かに向うの一般的なマッドハッターとは違うのだろう。そういえば、そんな風に 1人で生きる彼女の姿勢 "には" 憧れと共感を得たものだった。
 しかし実際は、望郷の念と共にあちらとのズレに引け目が彼女にはあるのだろう。茉莉が故郷へ一度も足を運んでいないのはそれが理由なのかもしれない。
 こんな時に私は茉莉に対してなんと声をかけて良いか分からない。別居しているとはいえ両親が同じ市内にいる私が「私も 1人だ」なんて言っても白々しいし傷の舐めあいにしかならない。適切な言葉が浮かばないため、結局何時ものように相槌を打つに留まってしまう。

「そんなものか。まあ向こうの住人がそう簡単に見つかるとも思えないし良いんじゃないか」

 茉莉のほうもあまり考えたくない話題なのか、体を机に前のめり突っ伏して話を続ける。

「ドーマウスと同じくこの学校から有望な人間を募ろうかと・・・・。
とっくに目は付けてるんだけどね。本人に自覚が無いのをどうしたものか考え中ってとこさ。

 
・・・・


ああ、ところで紗々カメラはもういいのかい」

 茉莉は突然顔を上げて話を変えてきた。目をつけていると言う言葉が引っかかるが、今は借りた物などの返却が先だ。貸し借りはどんな仲であろうとも最優先で清算しなければならない。

「もう十分だ、ありがとう。これで奴の弱みは性癖から狙いそうなターゲットの傾向まで掌握した。
それと、合鍵キノコ、盗聴器、興奮剤、ビタミンE、亜鉛、エビオスの残りも渡すよ。今回は本当に世話になった。私に出来ることなら手伝うよ。茶会のメンバーも探してみよう」

 正直これ以上魔物との接触は抵抗があるが、今日のような茉莉の姿を見てしまってはそうも言ってられない。
 良いエルフは変化を嫌っても研鑽は怠ってはならない。例え多くの魔物と関わろうとも、自身が確立されていれば影響など受けようはずも無い。ただ否定するだけではなく、変化による逆境を糧としなければ。
 淫行教師の件もそうだ、言葉で罵るだけでは効果がない。私が出した箱には淫行教師の弱みを握るためレンタルや2人で共同購入した道具、薬品が大量に入っている。

 私は作戦を変更することにした。
 今まで問い詰めても成果が無かったのは証拠が無いからだ。無いならば作ればいい。奴の部屋にカメラと盗聴器をしかけた。だがそれだけでは手緩い、私は木の様にじっと待つことは得意だが被害者が出てからでは遅い。
 そこでそういった証拠を出しやすいようサプリメントや興奮剤を奴の自宅の食品に混ぜておいた。更に学校でもそれらの入った飲み物を差し入れとして渡している。
 効果はテキメンであり、奴の好み、性癖、好きなシチュエーションを把握した。これを実行すれば奴は必ず私に襲い掛かってくる。年が離れていようと、方や堕落した人間、方や自然に身を置き常に訓練しているエルフどちらが勝つかは明白だ。
 その時こそあの淫行教師が縄にかかるときとなるだろう。
 私は計画の成功を確信し、今から笑みを隠すことが出来なかった。


side 茉莉

 不適にニヘラニヘラと笑う紗々に対し、私は必死に笑みを隠す。今までも面白かったが知宮着任後の紗々は見ていて飽きない。何せ彼の言葉一つ一つに面白い反応をしてくれる。
 
 紗々の武器所持を注意すれば、
「抵抗できない所を襲う気だろう淫行教師! 」
 
 両親との仲を気に掛けられれば、
「魔物の価値観を受け入れてお前相手に腰を振れと言うのか淫行教師! 」

 気をつけて下校しろと呼びかけられれば、
「危険性を煽った所で車での送迎を申し出、そのまま襲うんだろう淫行教師! 」
 
 最近茶会で出る話題は彼の話ばかりだ。紗々から見れば、知宮が挨拶をしてくるだけでセクハラとなるのだろう。
 嫌ならば避ければ良いのに、彼女は毎日熱心に彼の元に通っている。逆に彼が病欠した時の不機嫌さときたら何時ものそれとは比べ物にならなかった。

「本当、マーチヘアだけは居るんだよね最初から。
本人に自覚無しでよくここまで出来るよ。
いや、自覚が無いからこそなのかな」
16/07/03 17:36更新 / ボンベイ

■作者メッセージ
エルフが現代社会にいたらまず男性教員に食ってかかるんじゃないかって考えたんですよ。
んで、唯一話が出来る攻撃対象に依存していったらいいんじゃないかと思うんですよ。

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