読切小説
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Monster Girl Surprised You
 暗い室内を蝋燭の小さな灯りが照らしている。
「……」
 部屋の中央には裾を絞ったローブのような暗緑色の服を見に纏った男が立っており、その足元には――――

「……」
 首の無い騎士の死体が横たわっていた。

 十角七尾の冒涜的な獣の紋章が刻まれた鎧は良く見れば女性用の物であり、華美な装飾から実戦を行う兵士ではなく指揮官の鎧である事が見て取れる。
 しかも外見のみならず機能性や実用性も追及されており、間接の可動部に用いられているパーツの数などから考えて貴族が特注で作った鎧である事は間違いなかった。

「……」
 ジジッと蝋燭が揺れ、男は死体の検分を終えてしゃがみ込む。胴体の横に膝を突き、女騎士の亡骸から鎧を剥がし始めた。
 まず腰に巻かれた革のベルトを外し、貫頭衣状のサーコートを脱がせる。そして露わになった鎧の接合部に指先を伸ばし、それぞれのパーツを結び付けている紐や鋲を取り去った。

「……」
 そのまま蟹の殻を剥くように装甲をバラバラにして行く。肩当て(ポールドロン)、喉当て(ゴルゲット)、胸甲(キュイラス)、腕甲(ヴァンブレイス)、篭手(ガントレット)、草擦り(キュレット)。

「……すぅ」
 瞬く間に男は鎧下(ギャンベソン)まで辿り着くと、そこで一度手を止めて息を吸う。蝋燭に練り込まれた麝香(ムスク)の香りが鼻の奥まで届き、男は嗜虐的な笑みを浮かべた。

「く、はは」
 微かに笑い声を上げながら何重にも重ねられた亜麻布(リネン)の服に手を掛け、力を篭める。すると驚異的な事に指先の力だけでビリビリと服が裂け、その下に隠されていた柔肌がさらけ出された。
 ぴったりと身体のラインに沿う形で造られていた胸甲からも分かっていた事だがその双丘は体躯に見合わぬ大きさであり、窮屈で堅い布の拘束から解き放たれた事によりその弾力性を遺憾なく発揮して男の眼前にまろび出る。

「……ふ」
 男は腰帯を外して上半身の衣服を脱ぎ去った。暗闇の中に現れたその肉体は一分の隙もなく鍛え上げられており、鋼の如き威容を誇っている。
 灰色の髪に鳶色の瞳、約6フィート(約180cm)の身長、その男は名をロー・アダムス]V世と言った。

「……」
 アダムスは死体の肌を舌でなぞり、柔らかな胸を両手に収める。掌の中でムニュムニュと形を変える冷たい乳房の感触を楽しみ、その先端を口の中に含み転がした。
 仄かに甘い香りを喉で感じながら淡く色付いた乳輪をねぶり、唇だけで乳首を挟んでは弾くと言う動作を繰り返す。もう片方の乳首は厳しい修練で堅く筋張った指の間に挟み、擦り合わせるようにして愛撫していた。

「……っは」
 アダムスは女の胸から顔を離すと、今度は下半身へと手を伸ばす。鎧下と同様に馬乗袴(キュロット)も引き裂かれ、ムチムチとした太腿が絨毯の上で蝋燭の灯りに照らされた。

「……」
 残された黒のショーツと血の気のない青白い肌とのコントラストが薄暗い部屋の中でくっきりと浮かび上がる。脚甲(グリーブ)と鉄靴(ソルレット)を残したまま片足からスルスルとショーツを下ろし、秘処を外気へとさらけ出した。
 恥毛のない処女地めいたそこは瞼のようにぴったりと閉じられており、豊かに発達した肢体とのアンバランスな少女性は見る者の劣情を掻き立てる。

「……」
 アダムスは小さな皮袋を取り出すと、袋の口を開けて中に入れていた透明な液体を手の上に垂らした。
 透明な液体の正体は植物由来のローションであり、そのままでは濡れる事のない死体を辱める為の潤滑液である。

 ヌルヌルとしたそれを指に絡め、まずは秘貝の入り口をなぞる。綺麗な割れ目を武骨な人差し指で丹念に擦り上げ、頃合を見て膣内へと侵入を果たした。
 意外な程に容易く指を受け入れた肉洞へと追加で中指、そして薬指までもが押し入る。鍛える過程で拳ダコの出来たアダムスの指は凹凸に富み、僅かなストロークで膣肉を柔らかく解き解した。

「……」
 アダムスは腰紐を緩めて自身の剛直を抜き放ち、ローションをまぶす。指を引き抜けばすぐまた元の一本筋へと戻ってしまう秘肉を二本の指で押し広げ、鋼鉄製の棍を想起させる程に張り詰めたそれを構えた。
 クチュリと粘液が音を立て、男根がヌルリと女陰へと飲み込まれる。
 冷えた肉の間を掻き分けて進むペニスには生きた人間相手では味わえない感触が纏わり付き、生々しい死と生の入り混じった悦楽が襲い掛かった。

「ぐッ……!」
 アダムスの視界が赤く色付く。死の記憶。闘争の記憶。周囲は血溜まりになり、鼻孔には鉄錆の臭いが感じられる。全身の血流が勢いを増し、脳内ではアドレナリンが分泌された。

「――がぁぁあ!!」
 獣の咆哮にも似た声を上げながらアダムスは荒々しく抽送運動を行い、死体を掻き抱いてその狂おしい熱情を目の前の肉へと叩き付ける。
 ともすれば華奢な亡骸から骨の折れる音が聞こえそうな程の勢いであったが、騎士としての姿が伊達ではなかった事を示すようにアダムスの動きを見事に受け止めていた。

「はッ……はッ……はッ……!」
 胸の谷間に顔を埋めながらアダムスは腰を杭撃ち機の如く突く。長さも太さも一致した膣内は一往復ごとにペニスを襞で撫で擦り、無機質に艶かしいゾワゾワとした快感を送り込んで来ていた。

 ズチュズチュと湿った摩擦音が響く室内で、アダムスの熱を受け取って死体の肌から雌の体臭が匂い立つ。麝香の扇情的な芳香に加えて血の臭いと雌の匂いが混じり、異様な興奮がアダムスを包んだ。
 グイと背中に手を回して持ち上げ、対面座位の形に抱き変える。鍛え抜いた男の膂力によって死体は軽々と持ち上げられた。ほんの僅かな高さだがアダムスが手を離せば当然下に落ち、その中心部へ肉茎が深々と突き刺さる。

「くッ……」
 腰が密着して音を立てた瞬間、その衝撃により子宮口が鈴口へと吸い付いた。暴力的な快楽にアダムスは精を漏らし掛けるが、強靭な精神力で堪えて同じ動きを繰り返す。
 ドチュッと言う肉が潰れるような音が何度も響き、蓄積された快感が限界へと近付いて行った。脳の血管が切れそうになる程の昂りの中で、持ち上げた腰を掴んだまま引き落とす。

「ぐッ!」
 アダムスは何もかもを引き摺り込まれるような快感の中心へ吐精した。同時に膣が脈動し、子宮と言わず全ての部位が精液を一滴残らず吸い上げようとペニスへと食らい付いて、ドクドクと流し込まれる牡汁に震えて歓喜しながら飲み干す。

「…………かッ、はぁ……、はぁ……!」
 凶悪なまでの快楽を十数秒間味わい、アダムスは止めていた呼吸を再開した。流れ出た汗が密着していた部分を伝って女の肌を濡らす。

「……シャーロット」
 アダムスがポツリと呟いた。すると部屋の棚に置かれていた箱の蓋が開き、中から何かが、いや、生首が浮かび上がる。
 シニョンを編み込んだ朱色の長い髪、すっと通った鼻筋に血色の薄い唇。美しい細面は宙をフワフワと舞い、自身の身体へと戻った。

「……アダムス、良いのですか?」
 首を取り戻した騎士は翠の瞳で自身の身体を陵辱していた男に問う。ビスクドールめいた無表情に近い美貌だが、その声には慈愛が溢れていた。

「ああ、十分だ。俺が楽しませて貰った分、今度は君を悦ばせてやらなくちゃな」
 そう言うとアダムスはシャーロットの背に手を回し、ゆっくりと引き寄せる。
「ん、私も悦ばせて貰って、んぅ、いるのですが……」
 啄ばむように唇を重ねながら、シャーロットは抗おうとはせずに呟いた。

「遠慮するな。まだまだ夜は長いぞ」
 そう言うとアダムスの男性器が再び硬度を増し始め、シャーロットはじわりと胎内に疼きを感じて眉をキュッと寄せる。

「ふぁ……、ん、そうです、ね。なら、ご厚意に甘えて……」
「ああ、たっぷりとな……」
 佳麗な美女の表情が蕩ける様に劣情を刺激され、アダムスは殊更に口付けを落としながらシャーロットの全身を愛撫した。

 そして二人の長い夜が始まる。

§――――――――§

「……そう言えば」
「ん?」
 結局合計で六戦した二人はベッドへと行き、他愛の無い会話を交わしていた。

「この前にシェオル様の夜会に出席しましたよね。覚えていますか?」
「夜会……、ワイト達の社交界か。一週間前の事なんだから忘れちゃいないとも」
「そこでまだ若いリッチと会ったのですが、彼女の恋人も貴方と同じ様に異世界から来たそうです」
「へえ、そりゃ珍しい。何処から来たのかは聞いたか?」
 アダムスはグラスに注がれたウィスキーを飲みながら相槌を打つ。

「確か、ニホンとか言っていた様な……。すみません、聞き慣れない言葉だったので良く覚えていません」
「いや、気にしなくて良い。別にリルガミンだったとしても俺には関係の無い話だしな」
「……それで彼女は召喚術、と言うより転移術に熟達しており、恋人も物を召喚する際に偶然此方の世界に呼び寄せてしまったのが出逢いだとか。その辺りは貴方とは違いますね」
「まぁな。俺はシャーロットに召喚された訳ではないし」
 アダムスの言葉にシャーロットは一瞬きょとんとし、次いで顔を赤らめた。

「そ、その……私達は恋人、と言う事で良いのでしょうか……」
 この世界のアンデッドは本当に死んで心臓が止まっているのだろうか、などと思いながらアダムスは吹き出す。

「でなかったら一体どんな関係だ。それとも俺はペットだったか? 可愛い番犬だとでも?」
「ふふ、首輪が欲しいのは私の方ですよ。人前で取れたら困りますから」
 冗談めかして言うシャーロットは自分の頭をヒョイと持ち上げ、片手に乗せたままウィンクをして見せた。
(……それに、貴方の物と言う証を刻み付けて欲しい)
 彼女は心の中でそう付け足して頭を元の位置へと戻す。

 アダムスはその内心には気付かず、元の話へと戻した。
「にしても転移術か。俺がこっちに来たのもそれが原因だったが、こっちの世界のはどんな物なんだ? 俺の所だと一日に数回少人数を運べると言う程度で、失敗すれば石の中に居る≠ニかで即死の危険性も有ったが……」
 苦い経験を思い出しながら、アダムスは空になったグラスへ水を注いで飲み干す事で洗い流す。

「そうですね、此方の常識としては失敗した場合にはそもそも発動しませんし、重なる様に転移は出来ない筈です。一部の魔物娘には自然と出来る種も居ますが、矢張り高位魔術なので一般的には使える者も限られており輸送量も少ないかと」
「成程」

「ですが私が会ったリッチは一度に荷車十台を運べると言っていましたね。もしも本当なら大した物ですし、パトロンになる事にしました。ひょっとしたら彼女は金の卵を産んでくれるかもしれませんよ」
 シャーロットが姿勢を変えてうつ伏せになると、体重の掛けられた双丘が形を歪ませてその柔らかさを強調した。

 アダムスはグラスを片付けながらシャーロットの言葉に返事をする。
「……そうか。まぁ好きにしろ、君のやる事にケチを付ける気は無い。俺は君を守るだけだ、シャーロット」

 その言葉にシャーロットは一瞬表情を曇らせたが、後ろを向いていたアダムスが気付く事はなかった。

§――――――――§

「……」
 翌日、アダムスは割り与えられている自室に居た。
 伽の疲れから休んでいた訳ではない、身体を衰えさせない為の日課を行っていたのだ。

 彼の姿を見た人が居たとすれば逆様で浮遊していると勘違いするかもしれない。驚くべき事にアダムスは小指一本で自分の体重を支え、宙に胡坐を掻いてピタリと停止していた。

(異世界、か……)
 天地を逆にした状態のままアダムスは瞑想する。

 ロー・アダムス]V世は異世界の忍者である。忍者とは装備も無しに鋼鉄の装甲板並みの防御力と素手で敵の首を刎ねる攻撃力を持ち合わせた恐るべき存在の事だ。
 彼はリルガミンと言う名の土地で冒険者をしていたが、テレポーターの誤作動によりこの世界へと迷い込み、友好的なデュラハン≠フシャーロットと出逢った。それが始まりであり、彼女に気に入られたアダムスは食客として屋敷の一室に住まわせて貰っている。

(モンスターが女の姿をしている世界とはな。いや、あちらにも居ない事は無かったが)
 汗が髪を伝って床に落ちる。だが汗が水溜りを作る程長時間逆さになったとしても、強靭な心肺機能も持ち合わせたアダムスが頭に血が上って倒れると言う事は有り得無い。

 シャーロットことシャーロット・モセア・バロネスはこのモセア領の女性領主だ。日中は領主として治世に励み、夜間は魔物娘としてアダムスと交合に励んでいる。
 セックスの内容にはややアブノーマルな部分も含むが、少し特殊なイメージプレイの一種だ。そのイメージプレイが死姦なのが少々問題ではあるが。

(魔物だろうと何だろうと、この性癖に付き合える相手なら何でも良い。……いや、あの極上の身体を知った後では何でも良いなどとは言えないな)
 自分がシャーロットの魅力に溺れている事を自覚してアダムスは僅かに頬を歪ませた。

 現魔王の影響を受けた魔物娘の肉体は常に愛する男性の為に最適化される。アダムスと幾度と無く交わったシャーロットは生まれながらの資質をより磨き上げ、今ではアダムス専用の名器となっていた。
 また、彼女が特別なのはその体質にも有る。首が身体と離れても精が漏れる事も無ければ理性の箍が外れる事も無く、愛撫され男性器を挿入されても自身の生理的反応を制御出来ると言う特異な能力が疑似死姦を可能としているのである。

(名うての冒険者が今や女の虜になって衣食住まで世話されているとは……。リルガミンの連中に知られたら良い笑い者だろう。)
 鋼の如き筋肉で覆われた上体が汗で濡れ、アダムスの私室にはむっと熱気が篭っている。彼が指一本での逆立ちを始めてから優に十分以上が経過していた。

(だが、悪くない。好いた女が守れる範囲に居るのだから……)
 アダムスの脳裏に最早顔も思い出せなくなった元恋人の亡骸を抱えて慟哭した記憶が蘇る。
 だが、もう涙を流す事は無かった。

(差し当たっての問題点としては何時までも頼り切りの生活は情けないと言う事と、プロポーズする為に必要な功績が無いと言う事だ。シャーロットが狙われでもしてそれを防ぐなどすれば面目は立つが、そんな悠長な考えをする気は無い。第一、シャーロットが危機に陥る事を俺が許せるか)
 命を賭して生きていたアダムスにとって、自身の力は美点である。それを発揮する事無く庇護の下ただ安穏と暮らすのは矜持に反する。

(……とは言え、何か良いアイデアが思い付く訳でも無し。こんな時は――)
 アダムスは肘を曲げて一度地面に顔を近付けると、ヒョイと片腕の力で跳び上がり宙返りをして着地した。

「――酒でも呑むか」
 床の滴りへ雑に布を放り投げ、アダムスは服を着て部屋の窓を開ける。爽やかな風が室内の空気を入れ替えるのを感じると共に、彼は窓の外へと身を投げ出した。

§――――――――§

「はぁ……」
 手元の書類を眺めながらシャーロットは物憂げに溜息を吐く。
 当然その理由は目の前の執務……ではなく愛しい人の事だ。彼女の実務能力は折り紙付きであり、だからこそ狭い土地とは言え領地を任されているのである。

「守るだけ、か……」
 数時間前に言われた言葉を反芻し、シャーロットは自身の感情に悩む。
 嬉しくない訳ではない。好きな男にお前を守ると宣言されたのは彼女の価値観的にとても子宮にクる出来事だった。が、しかし不思議とそこには落胆も有った。

「私は欲張りなのでしょうか。守るだけでなく支配して欲しいなどと思うのは」
「……いやいや、その欲望は素晴らしいよ。誇りたまえ、この私が君の欲を肯定しよう」
 シャーロットの独り言に尊大で無責任な相槌が打たれる。
 その魅惑的で扇情的な甘い声に驚きすらせず、シャーロットは再び溜息を吐いた。

「……ニーア、部屋に入る時はノックしてと何時も言ってますよね?」
 シャーロットの苦言にニーアと呼ばれた存在はくつくつと笑う。
「いやぁ、忘れていた。済まないね。許しておくれ、ロッティー」
 ニーアは腰掛けていた窓から降り、シャーロットの机に寄り掛かった。

 褐色の肌にすらりとした肢体、腰から生えた翼と尻尾に側頭部の角はサキュバス然としている。だが露出の少ないタイトな礼服はらしくなく、彼女はモノクルを着けて紳士の様な振る舞いを見せていた。

「全く……。それで何か新しい話でも仕入れたのですか、『情報屋』?」
「これと言って目ぼしい物は特に。……ああ、そう睨まないでくれたまえ。契約上の仕事はちゃーんとこなしているとも、デイム・シャーロット。今日は仕事ではなく友人として立ち寄ったんだ。何せ君は幸せを追い払わんばかりに溜息を吐いていたからね。原因は手元の書類かな?」
 薄紫の髪を掻き上げ、ニーアは饒舌に喋る。

 デイムとは女性騎士の敬称だ。モセアは人間領に近い為、領主であるシャーロットも爵位を持つ。女男爵である彼女はレディと呼ぶのが通例ではあるが、授爵以前から彼女の事を知るニーアは仕事の場では親愛の意を篭めてデイム・シャーロットと呼んでいる。

「盗み見はマナー違反ですよ。……まぁ、相談に乗って貰えるのは有り難いですが」
「おお! 何たる寛大さか! 我が友の慈悲深さは堕落神の敬虔な信徒にも匹敵する事だろう!」
 自称サキュバスは指を組んで舞台の上の役者染みた語りで友人の許しに感謝した。

 シャーロットは癖の強い友人に一々構うのも疲れるので軽く流す。
「茶化さないで下さい。それと、これも悩みの種の一つでは有りますが別の事ですよ」
 そう言って羊皮紙の表をニーアに見せた。そこには細かな文字で主神教への感謝と周辺の治安を守るレスカティエ教国への寄進をするように求める文言が書かれている。

「うわぁ、幾ら人間領とは言えこんな離れた所まで金を巻き上げに来るんだね。勇者を笠に神官が武力で恫喝とは見っとも無いなぁ」
「最近ではスパイも入って来ているらしくて……。私が人間ではないと知られたら事でしょうね、ってそんな事はどうでも良いんですよ」
「ハハハ、戦争に繋がりそうな事をサラッと流す君が好きだよ。まぁ良いや、話を聞こう」
「それでですね、相談と言うのは……」
 そしてアダムスとの関係と自分の気持ちについてニーアへ説明をした。

「ふむふむ……、惚気話ご馳走様。女性の恋の悩みと言うのは多分、五割位は単に自分が彼とどれだけ愛し合ってるかを話したいだけだよね」
「割りと真剣に相談したのですけれどひょっとして喧嘩売ってます?」
 身も蓋もないニーアの発言にシャーロットが冷たい視線を向ける。

「ジョークさ、ジョーク。まぁでもどう言う理由で悩んでいるかは分かったよ。その原因もね」
「……本当ですか?」
 若干の疑いが篭った目でニーアを見るが、彼女と長い付き合いのシャーロットにはその発言が恐らく本当であると言う事が分かっていた。

「ああ、とても簡単な話さ。根は深いがね。……君が不安に感じる理由は実の所、アダムス氏の愛を信じる事が出来ていないのさ」
 ニーアはまるで何て事はないように挑発にも似た助言を言ってのける。シャーロットはそれを聞いて激昂し掛けた。

「なッ……! ……いえ、構いません。続けて下さい」
 愛情を否定されたと感じたのは一瞬。理性が怒りに打ち克ったのはニーアが根拠のない推測を立てる筈がないと言う確信が有ったからである。

「まず一点、君もアダムス氏もお互いに愛し合っているのは間違い無い。そこは安心したまえ。問題なのはアダムス氏が掛値無しに自分を愛していると信じ切れない君の方だよ、ロッティー」
 ニーアは執務机から身体を離し、部屋の中を歩き回りながら自分の考えを述べる。

「……私が、彼を信用出来ていないと?」
「それは無いだろうね。用心深く聡明な君の事だ、単にタイプの男性だったからと言うだけで惚れたり純潔を捧げたりはしない。聞く限り、誠実かは兎も角としてストイックで義を重んじる武人タイプ。恩義も有って身体を重ねた女性を裏切る事は出来ない、十分に信用出来ると君の理性は判断していると思うよ」

「では何故、私が彼からの愛を信用していないと考えるのですか?」
「だって君、根っからの騎士じゃないか。家系的に父親もそうだし、幼い頃からの夢だったんだろ? 君の価値観に愛や忠誠は捧げる物ってインプットされているのさ。だから、独立心が強く他人に仕えられる事を求めていないアダムス氏には一歩引いてしまっている」
「……ッ!」
 ニーアの言葉にシャーロットは息を呑んだ。

「君は上の立場の相手を愛したいんだよ。いや、正確には愛した相手を上に置きたいかな。支配されたいと言う欲求もそこから来ている。なのに一歩引いてるから嫌われるのが怖くて、『貴方専用の雌奴隷にして下さい』の一言も言えない」
 理性的と言うか臆病と言うか……、と呆れ顔でニーアは続ける。

「くっ、確かにその通りかもしれませんけどその台詞はどうなんですか……!?」
 情報屋をやっているだけは有る流石のプロファイリング能力に内心舌を巻きつつ、何も言い返せないのも悔しくてシャーロットはどうにか言葉を捻り出した。

「親の代から魔物娘の癖して何言ってんだか。と言うか疑似死姦プレイとかアブノーマル過ぎて私でも引くよ。それと比べれば奴隷宣言位どうって事無いし、何なら君、恋人扱いで恥ずかしがってるって事は夫婦にもなってないって事だろ? 『私は貴方の妻です。責任取って下さい』と言う顔をしたまえよ。首が取れても我慢なんてしてるからプロポーズして貰えないんじゃないかい?」
 だが口の上手さで敵う相手ではない。一を言えば十返って来る辺り、シャーロットに勝ち目は無かった。

「あ、貴女、言って良い事と悪い事が有りますからね! 幾ら自分が旦那様と結婚一年目で幸せ絶頂期だからって未婚女性を馬鹿にしたら許されませんよ!」
「いやーごめんね、先にゴールインしちゃって。ハハハ。まぁロッティーも結婚出来るよ、多分」
「多分とか付け足さないで下さいます!?」

 二人の姦しい声が執務室に響く。女性同士のお喋りはその後も続いた。

§――――――――§

「ご注文お待たせしました! シュークルートとスタウトです!」
「ああ」
 アダムスは料理が置かれるとウェイターのワーキャットにチップを渡した。ここは領主のお膝元、食客と言う事になっている彼がケチ臭い真似をする訳には行かない。

 頼んだのは塩漬けキャベツをソーセージと豚の腿肉と一緒に蒸し煮した物、それと焦がした麦芽で作った黒ビールである。
 肉の旨味をたっぷりと吸ったザワークラウトを大きさや風味の違うソーセージと食べると、非常に濃厚な黒ビールがより味わい深く感じられる。

「よう、お待たせしたかな?」
 料理を粗方片付け、二杯目のスタウトを注文した所で一人の男がアダムスの対面に腰掛けた。
「然程は。何か注文するか?」
「んー、飯はもう食ったからなぁ。あ、お姉さん、ラガー一つ」
 店員に声を掛けると、男は懐から手巻き煙草を取り出して火を点ける。

「……珍しい香りだな。何処産の葉だ?」
「ウンガイとか言う森に住むアマゾネスから買い付けた物らしい。うちの嫁のお気に入りなんだ」
 男はスパイシーな甘い芳香の煙を吐き出し、灰皿に灰を落とした。

 男の名前はハワード・ランドルフ、元冒険家で現在は情報屋を営んでいる。些細な事からアダムスと知り合い、気が合った事から友人となった。
 余り領主舘から離れられないアダムスはハワードから情報を仕入れており、今回はプロポーズに使えそうな物が無いかを聞く為に呼んだのである。

 ちょっとした雑談をしている間にハワードの頼んだラガーが届き、煙草の火を消して二人は乾杯する。
「さて、結婚を切り出す為のプレゼントねぇ……」
「何か無いか? 行商人に顔が聞くお前なら名品珍品の当ても有るだろう」

「本職には及ばないけどな。まぁ指輪とかならサイズさえ分かればオススメの店に注文しておくとかも出来るぜ」
 酒を呷りながらハワードが提案するが、アダムスは渋面を浮かべる。
「指輪か……確かに悪くないが、生憎と大金は出せない。出来れば何処其処の洞窟にお宝が眠っているだとかそう言う方向性で頼めないか?」

「おっ、元冒険家の俺にそう言う事聞いちゃう? そうだな、腕に自信が有るならとっておきが有る。そう、お宝を求めるのならこれ以上無い奴がね……」
 ハワードはニヤリと笑い、声を潜めた。
「……聞こう」
 アダムスはグイとジョッキを傾けて空にし、怪しい情報屋の方に顔を寄せる。

「南へ川二つ越えた向こうにドラゴンの住む山が有る。余りに強過ぎてレスカティエ教国も手を出さない激ヤバの超危険物件だ。だが、そこのドラゴンは古くから溜め込んだ財宝を来訪者に分け与える事が有るらしい。根城の山に登るのも大変で、会えるかも分からず、財宝が貰える条件は不明。……どうよ?」
「最高だな。遣り甲斐の有る話じゃないか」
 即断で行くと決めたアダムスにハワードが口笛を吹いた。

「流石だぜ兄弟! オーケー、地図と馬車は用意しておこう。他には一週間分の食料、水、登攀具……」
 必要な装備を挙げて行くハワードにアダムスが待ったを出す。
「地図だけで良い。他は要らん」
 アダムスの発言にハワードは目を瞬かせた。

「……馬も食い物も要らないって、シャーロットさんに用意して貰うのか?」
「真逆。必要無いだけだ、全て自分で賄える」
「……馬も、登攀具も?」
「当然、この五体で」

 袖を捲くったアダムスが腕に力を篭める。その瞬間、まるで周囲の空間がギュウッと目の前の男に向かって引き寄せて圧縮されるような感覚をハワードは覚えた。
 理屈ではない肉体信仰。そして戦士でなくとも分かるただの力自慢とは一線を隔す存在感がそこには有る。
「ッッ〜〜……!」
 言葉に出来ない説得力に気圧されてハワードは何も言えず唾を飲んだ。

「早めに用意しておいてくれ。余りシャーロットを待たせたくない」
「あ、ああ。地図だけなら今日の内に用意出来る。だが、他に何か必要だと思ったら言ってくれよ。アンタに死なれちゃうちの嫁さんに死ぬ程叱られるだろうからな」
 ハワードの軽口にアダムスが苦笑する。

 その晩、地図と幾つかの装備を手に入れたアダムスはシャーロットの寝室のドアを叩いた。

§――――――――§

 儀式めいた死を模した交わりを終え、貪るような睦み合いの後にアダムス達は身体を寄せて語らう。
「はぁ……♥ どうしたのですか? 今日はとても……、私の事を求めてくれましたが」
「ああ、実は少し出掛ける用事が出来た。その間、この身体に触れられないのが惜しくてな」

 アダムスの手が触れるシャーロットの肢体は媚熱の余韻で、生きた人間と同じ温もりを持っていた。そして大きな胸や良く張った尻はひんやりと冷たく、その気にさせない程度にはつい触ってしまう。

「用事……? それは一体……?」
「……済まん、理由は言えない。駄目か?」
「い、いえ。大丈夫です。ただ、貴方にしては珍しいな、と」
 アダムスの問いにシャーロットは慌てて肯定した。
 同時に脳裏では昼間友人と話していた事が思い出される。自分は一歩引いてしまっており、だから彼の愛を信じられないのだと。

(と、とは言え、『貴方専用の雌奴隷にして下さい』なんて恥ずかしくて言えませんが……!)
 内心で思い浮かべただけで頬が紅潮してしまうが、幸いと言うべきか不幸と言うべきかアダムスはその時シャーロットの顔色を見てはいなかった。

「まぁ大切な事だからな。恐らく、俺でなければならない」
「……?」
「気にしなくて良い。男の詰まらん意地と言う奴だ」
 その言葉にシャーロットは曖昧に相槌を打つ。言葉の意味は理解出来なかったが、覚悟を決めた様子のアダムスの精悍な横顔はハッと息を呑む程に美しく見えた。

「その、アダムス。一つ聞きたいのですが」
「何だ?」
 愛しい男に見惚れて、シャーロットの口からポロリと心に留めていた言葉が零れる。

「私を貴方の妻にして下さいますか?」

 アダムスの喉が一瞬空気を吸い込み、危うく是と返しそうになったが彼は歯を食い縛って耐えた。
「……それを今答える訳には行かない」

 シャーロットはアダムスの言葉にああ、そうなのか、と頷く。自分の言った事も相手の返事も理解せず、ただ彼に答えて貰えた事を嬉しく感じた。
「……」
「今はこの口付けしか送れないが、どうか待っていてくれ」
 そう言ってアダムスがシャーロットの唇にキスを落とした瞬間、シャーロットは後頭部に衝撃を感じてフッと意識を失う。

 目が覚めると、シャーロットの隣にアダムスは居なかった。

§――――――――§

[多分、君を驚かせてしまっただろうが、心配しないで欲しい。だがもしも俺が一ヶ月以上帰らなかったとしたら、その時は忘れてしまってくれ。君の事を愛するアダムスより
追伸、どうか俺が居ない間は身体に気を付けて。]

「……」
 シャーロットはベッドに寝転んだまま、蝋燭の灯りに透かすようにじっと手紙を見詰める。こちらの世界の言葉に慣れていないその文字はとても綺麗とは言い難かったが、角張って筆圧の強い簡潔な文章はアダムスの性格を表しているようだった。

「……」
 誰かが部屋の扉をコンコンスココンと軽快な調子でノックする。しかしシャーロットは眼差し一つくれてやらず、ただ手紙を見ていた。

「……」
 先程よりもやや強く、コンッコンッと慎重に扉がノックされる。だがシャーロットは微動だにせず、アダムスが書いた文字をひたすらに目で追っていた。

「……」
 ドンドンと叩き付けると言う評価が正しい勢いで扉がノックされる。けれどもシャーロットは穴が空く程に手紙を凝視するだけだった。

「――――出て来いこの処女脳姫騎士系デュラハン!!」
 ドガッと扉が蹴り開けられ、室内に誰かが踏み入る。その声の持ち主は常であれば同姓異性関わらず他者を翻弄する魅惑的な声色の持ち主であったが、この時に限っては心臓を掴むような荒々しく威圧的な声のトーンだった。

「……」
「って、うわっ! 虚ろな瞳に血の気の無い肌……! し、死んでる……!! ってアンデッド型なんだから当然じゃないかーい!」
 仰向けのままピクリとも動かないシャーロットを見てニーアが一人芝居を打つが、シャーロットは瞼の震え一つ起こさない。

「……」
 異常と言う他無い様子を見て、流石のニーアも若干引いた。部屋のドアからこっそり覗き込んでいた魔物娘のメイド達も、主の見てはいけない姿を見てしまったと言う表情で蹴り開けられた扉を閉めて仕事場へと逃げ去る。
「こ、これは重症だね……。様子がおかしいと聞いたから駆け付けたけど、まさかこれ程とは……」

 本人に状況を聞こうにも死後硬直でも起こしてるのかと思う程にシャーロットが動かない為、その手に握られている手紙を読もうとニーアは身体を傾けた。
「……」
 それに合わせてシャーロットはスイと腕を動かして読まれないようにする。

「……」
 ニーアが逆側に回りこんで覗き込んだ。
「……」
 シャーロットが腕の位置を元に戻す。
 ニーアはキレた。

「あああ!! そんな子供染みた事するならちゃんと話したまえよ!」
「……!!」
 手紙を掴んでニーアが引っ張るがシャーロットは離そうとしない。
「私達の力で引っ張り合ったら手紙が破れるよ! それで良いのかい!?」
「う……」
 シャーロットの力が鈍り、ニーアは素早く手紙を奪った。

「何々……。ふむ、至って普通の置き手紙じゃないか。微妙に不穏な事が書いてあるけど……」
 内容に目を通したニーアは首を捻り、引っ張り合いで上体を起こしたシャーロットの方を見る。すると、無表情のまま大きな翠の瞳一杯に涙を湛える可憐な相貌が目に映った。

「――ニーア、私、アダムス様に嫌われてしまいました」
 途端にシャーロットの目尻から湖水が溢れ始め、わっと感情の堰が崩れ出す。
「……ロッティー!」
 ニーアがシャーロットをその胸に抱き締めた。

「あああああ! あぁあああああ!!」
 赤子の如く泣きじゃくる親友の背と頭を撫で、ニーアは優しく声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫だ。私が居るとも。君の悲しみを私も知り、君の苦しみを私も感じよう。このニーア・ラ=ティープが居る限り、シャーロット・モセア・バロネスは一人じゃない」
 ニーアの額が赫く瞬き、シャーロットの身体から澱んだ何かが滲み出て吸い込まれた。

§――――――――§

 暫くしてシャーロットが落ち着いた頃、一度ニーアが別の部屋へと移動してそれぞれ服を着替えて化粧を整える。その間に、朝食も昼食も食べていなかったシャーロットへ軽食と紅茶の準備もさせた。
 そうしてやっとベッドから出て来たシャーロットとニーアは向かい合い、テーブルを挟んで会話の姿勢を取る。

「……その、お恥ずかしい所を見せました。済みません」
 頬を赤らめたシャーロットがまず謝罪から入った。
「いやいや、気にしなくて良いよ。珍しい物を見せて貰った。今後十年はオモチャに出来ると考えるとこっちが感謝したい位さ」
 カップを手に取り、ニーアは性悪な笑みを浮かべる。

「全く、貴方と言う人は……。いえ、本当に有難う御座いました。不思議とニーアに抱き締められた時はとても落ち着きました。お陰で随分楽になった」
「それは良かった。で、何が有ったか話してくれるかい? アダムス氏と……いや、もうアダムスと呼んだ方が良いのかな。私の大切な友人を泣かせてくれた男の事は」
 俄かにニーアの目に剣呑な光が宿った。それを見たシャーロットが慌てる。

「ま、待って下さい! 彼は別に悪くありませんから!」
「おっと駄目男を庇う恋人ムーブ。推定有罪プラス十年」
「何ですかそれ!?」
 ニーアが何処から取り出したのか謎な数字の書かれた棒を掲げ、シャーロットがそれにツッコミを入れた。

「と言うかさっきアダムス様≠チて呼んでたよね。私と一緒の時は呼び捨てか彼呼びだったけど、ひょっとして二人きりだと君に様付けさせてるのかい?」
 ズズイッと迫るニーアからシャーロットは目を逸らす。
「い、いえ、私がついそう呼んでしまうだけで……。彼には嫌がられたので頑張って呼び捨てにしていたのですが……」

「……まぁ良いや。ロッティーが泣いていた訳を聞こうじゃないか」
 微妙な顔でニーアは微笑み、話を本題に戻す事にした。
 それまで何とか明るく保っていたシャーロットだったが再び表情が曇る。
「そうですね、何から話せば良いでしょうか……」

 ふむ、と唇に指を当ててニーアはどう聞くべきか考えた。
「昨日、私が帰った後に何が有ったのかな?」
「昨日の夜は……夕食の後にアダムスが帰って来て、それから彼が私の寝室に来ました」

「帰宅が遅かったと。アダムスから君をセックスに誘う事は多いの?」
「……分からないです。彼が来てからは多分毎晩してましたけど、初日以降は特に取り決めはしてなかったので。でも彼はインキュバスではないから遅くに帰って来たら疲れているからしないと思っていたので、昨日は少し驚きました」
 ニーアは思わず耳を疑った。

 彼女が知る限り、シャーロットとアダムスが出会ったのは一ヶ月以上前である。魔物でも指折りの武闘派のデュラハン、しかも古く力有るエキドナから生まれて亜種とも言える程に特殊なシャーロットと魔界寄りの地域で一ヶ月毎日交わって人間のままだとすれば超人的な精力だと言わざるを得ない。
 自らの首から精を漏らさないシャーロットは最低限の精で事足りるとは言え、騎士学校時代から同種の中でも桁違いの魔力量を誇っていた彼女では並みのデュラハンと比べても誤差。男の精を直接受けてからの成長具合を考えれば、普通ならインキュバスにならなければ量が足りないだろう。

「いや、それ出会う前からインキュバスだったのでは?」
「多分ですけど、違うと思います。サキュバスの魔力が混じっても何故か排出してしまう様に感じられたので。一度にもっと魔力を吸収したら違ったと思いますけど……」
 自信の力不足を恥じるようにシャーロットが俯いた。

「ま、まぁそんな人間も居るよね。きっと。……えーと、それでアダムスは何時も通り君を犯しに来た訳だ。多分、何か有ったとすればそこだろう?」
「……アダムスは何時もより激しく私を求めてくれて、理由を聞いたら『出掛ける用事が出来たから』と」
「ふんふん」
「詳しい事は教えてくれなかったけど、決意を秘めた目をしていて……とても雄々しく勇壮で、彼の表情を見て私の胸は高鳴りました」
「……然様で」

「だから聞いてしまったんです。『私を貴方の妻にして下さいますか』と」
「ほう」
「そうしたらアダムスは『それを今答える訳には行かない。今はこの口付けしか送れないが、どうか待っていてくれ』と言って私にキスを落としました。……どうして私は重荷になるような事を言ってしまったんでしょう。あんな事を聞かなければ彼は今もここに居たかもしれないのに……!」
「はーん」

 最初は熱心に相槌を打っていたニーアだったが、今や焼き菓子をポリポリと食べながら適当な言葉を吐き出す始末である。
 しかしシャーロットはそれに気付かず熱弁を振るう。

「所詮私では彼の妻になるには値しなかったのかもしれません。それでも私はアダムスの幸福を祈ります。勿論、彼の妻となる方が美しく立派で……うぅ、彼の事を支える良き伴侶である事を……」
「はいはい、そこら辺でストップね。で、キスされたらどうなったのかな」
 悪い方向に思考が逸れて行くシャーロットへ歯止めを掛け、ニーアは口の中のザラザラ感を紅茶で流し込んだ。

「……何故かそこで記憶が途切れて、朝になって気付いたらこの手紙が残されていたと言う訳です。……と言うかそれが人の話を聞く姿勢ですか。聞いておいて貰って偉そうな事は言えませんが融け掛けたスライムみたいですよ貴女」
 正気に戻ったシャーロットの口振りにニーアは自分の米噛みがヒク付くのを感じたが、辛うじて怒りを抑え込む事に成功する。

 恋は盲目である。理性的に行動するシャーロットだからこそ、恋愛感情によって客観的な視点を見失った時に頓珍漢な思考をする物だ。
「何と言うかもう、笑えて来るね。今後十年と言ったけどこれは百年先まで弄れるネタだよ」
「どう言う事ですか?」
 遠い目をしたニーアをシャーロットが不思議そうに見詰めた。

「いや、今のロッティーに言っても無駄だろうし、私以外にも心労を味わう必要が有ると思うから説明しない。でもアダムス氏が何処に行ったのかは教えるよ」
「え!? 何処ですか!? そして何故ニーアが知って……?」
「私の夫が彼の友人だから。昨日は昼間から仕事と言って出掛けて夜に帰って来たからアダムス氏と一緒に居たんだろう。夫が趣味で集めてる各地の財宝の情報ストックを見たら、丁度『金剛竜の巣』って所の地図が無くなってたから多分そこだ」
 椅子に座り直したニーアはすらりと伸びた脚を組み、妖艶な笑みを浮かべて答える。

「ドラゴン……! 成程、彼に並び立てる存在と言えばドラゴン位しか居ないかもしれません……」
 対してシャーロットは真剣な表情でアダムスが別の女性の下へ去った事を考えていた。
「……それで、ロッティーはどうしたい? 仮にアダムス氏が君から逃げ出したのだとしたら、追い掛けて捕まえるのかい? 彼が手紙に書いたように忘れると言う手段も有るし、それなら私も微力ながら手伝うけど」
 そう言ってニーアは微笑み、爛々と輝く悍ましい紅玉をテーブルの下で作り出す。

「……私は……、私は彼の幸福を祈ります。ですが祈る以上に、私自身がアダムスを幸せにして上げたい。私に至らない部分が有ったのだとすれば全て変えて見せます。絶対に私を好きになって貰います。必ず!」
 シャーロットの宣言を聞き、ニーアはにんまりと笑って拍手した。
「その欲望、実に素晴らしいよ。流石は我が友、それでこそ魔物娘だ」

 決意したシャーロットが鎧を身に付けて愛馬に跨り、アダムスの後を追い始めたのはそれから三十分後の事だった。

§――――――――§

 所変わってモセア領の南へ九十マイル(約百五十キロメートル)程行き、アウグスティア川とティベリア川を越えてウィミナリサス山の麓。そこにはマゴグ団と呼ばれる山賊達が拠点を持っていた。
 しかし、それもこの晩までの事であった。

「さっ、刺さらねぇ! どうなってんだこいつの身体は!?」
 革鎧を着た粗野な男が短剣を握り締めたまま悲鳴を上げる。男の前には暗緑色のフードを被った怪物が居た。

「無駄な足掻きは済んだか? 生憎と俺も暇ではない。大人しく投降しないのであれば容赦はしない」
 闇の中に沈み込むような声が発せられる。
 その声は正しく今朝方にモセア領主舘を出たアダムスの物である。

「あ、暗殺者か!? 俺達を始末しに送り込まれたのかテメェは!?」
「違うな、ならず者を無害化する慈善活動の一環だ」
「慈善活動だぁ!? ふっ、ふざけんな! そんなんで殺されてたまるか!!」
「安心しろ、この短刀は魔界銀で出来ている。俺の手と違ってこれはお前の首を落とす物ではない」

 アダムスの両手に握られた黒い短刀がヌラリと薄桃色の光を反射した。その背後に野盗達がジリジリと近寄り、襲い掛かるタイミングを見計らう。
「っぶっ殺してやる!!」
 アダムスと向かい合っていた山賊が叫びながら突撃したのと同時に、周りの山賊もアダムスへと同時に武器を突き出した。

「――――破ァッッ!!」
 強靭な横隔膜から発せられる声が衝撃波を起こす。訓練されていない野盗の同時攻撃は忍者の動きを捉えるどころか、近付く事すら出来ずに吹き飛んだ。

「がっ!」
「ぐふっ!」
「なぁっ!?」
 ビリビリと鼓膜を震わせる大音声に驚くと共に、仲間が弾き飛ばされるのを見て無事な者達が呆然とする。

「……良かろう。見窄らしい男(ローグ)°、、掛かって来い。来ないのであれば……俺から行くぞ」
 ユラリとアダムスの姿が霞んだ。誰もそれに反応する事が出来ず、目の前に居た筈の暗殺者は闇に融ける。

「どっ、どこだ!? 奴はどこ行きやがった!?」
「クソッ! 落ち着け、円陣を組んで背中を守るんだ! このままじゃ……」
 周りよりも落ち着いて状況を見ていた者が突然黙り、ドタッと音を立てて倒れた。

 続けてあちらこちらから人が倒れる音が響く。いまだ意識を保っている男達の首筋を冷や汗がブワリと噴き出した。
「おかしいだろ……! 敵は一人じゃなかったのか……!?」
「畜生、畜生ッ! だからドラゴンの住む山なんて止めとけつったんだ! こんな化け物が出てくるなんて……」

 収穫期の稲穂を刈り取るように素早く、断末魔の悲鳴すら上げさせずにアダムスは山賊団を壊滅させて行く。
 そして最後の一人を魔界銀の短刀で斬り付けて気絶させ、彼らが奪い集めた物から宝石や高価な装飾品の類を集めた。

「真逆、宝物を交換で良いとはな。それにこうして近場に手頃な獲物が居たのは幸運だった」
 そう言ってアダムスは懐から巻き煙草を取り出して焚き火の中に放り込む。白い煙が立ち昇ると共に奇妙な香りが周りに撒き散らされ、野盗達が使っていた魔物避けの臭いが掻き消されて行った。

「まぁお前達も幸運だったろう。これは番の居ない男の臭いに混じると魔物娘を引き寄せるらしいからな。精々良い女に捕まえられて更生する事だ」
 早速、周囲がざわめき始めたのを感じながらアダムスは軽く身体を慣らす。

 目的の場所までは残り二マイル(約三キロ)も無い。忍者の肉体を以ってすれば、ノンストップで走り抜けて五分も掛からないだろう。
 アダムスが前傾姿勢を取った。独特な呼吸法が全身に力を漲らせる。

「吸ゥ……、吐ァ……。……フッ!」
 ドガンと爆発音にも似た音を立てて忍者が走り出した。
 目指すは『金剛竜の巣』、愛しき人の為に最高速度でアダムスは闇夜を駆け抜けた。

§――――――――§

 アダムスが山賊団を解体してから三時間後、魔界獣の幻馬に乗ったシャーロットが同じ場所まで辿り着いた。
 魔物娘の嗅覚を刺激する臭いにシャーロットは僅かに顔を顰める。既に特定の相手が居るシャーロットにとって煙の香りは心地良い物でなく、また他人の交わいにも興味が無かったからだ。

「魔女達のサバトでも有ったのでしょうか? いえ、居るのはこの周辺の森に住んでいる魔物娘のようですね。ならこの臭いは……?」
 シャーロットは油断なく周囲を見渡し、その中で一瞬覚えの有る匂いに気付いた。

「……アダムス!? 間違い無い、彼は此処に居た! 僅かな時間かもしれませんが、通ったのは確かですね。なら矢張り、目指すはドラゴン……!」
 手綱を握り締め、シャーロットは山の奥を睨む。竜を崇める者達が参拝の為に作った道を幻馬に跨ったまま走り、先を急いだ。

 山道を抜けて山腹にぽっかりと空いた洞窟へと辿り着き、シャーロットは下馬する。奥からひしひしと伝わる強大な気配を前に愛馬の足が鈍ったからである。
「貴方は此処で待っていなさい」
 轡を外して草を食めるようにしてやり、シャーロットはここまで走ってくれた愛馬の背を撫でた。

 洞窟の中はヒンヤリと冷たく、日が落ちた事で魔物娘の目でも無ければ足元が見えない程に暗い。
 松明も持たずに進んでいくとやがて広間へと出て、その中央には何かが横たわっていた。

 シャーロットが広間に入るとその何かはパチリと目を覚まし、同時に壁の彫像群が握る松明に火が灯る。
 部屋が明るくなる事で中央の存在の姿がはっきりと見えるようになった。

 透けるように白い髪、カットされた宝石の如く煌く虹の眼、滑らかな褐色の肌に白銀の鱗を纏った女が起き上がってシャーロットを見詰める。
「……貴女が、此処の主であるドラゴンですね」
 尋常ならざるプレッシャーの中でシャーロットは静かに確認した。

「如何にも。我が居城へようこそ、来訪者よ。予め言っておこう。汝が何を求むるかは知っているが、与える事は出来ない」
「……ほう、アダムスを返す気は無いと。私は彼と話したいだけです。貴女が許可を出す、出さないに関わらず」

「ふ、話を聞かぬ頑固者め。だがその非礼を許そう。そして、与える事が出来ないと知りながらも我に剣を向けると言うのであれば、その力を見てやろう」
「その傲慢さ、後悔しない事ですね……」
 シャーロットが鞘から剣を抜き、盾と共に構える。
 オーソドックスな騎士の戦闘スタイルだ。このスタイルは守りに優れ、鎧と組み合わせる事で相手の攻撃を受けつつ反撃を返す事が可能である。

「――――『KHAAA』!」
 しかしそれは常道の戦法が通じる相手に限った話。こと地上の覇者と恐れられるドラゴンに生半な防御など……。

「――――ハァアアア!!」
 ドラゴンの口から放たれたブレスをシャーロットは盾に莫大な魔力を篭めて防いだ。
 常識外の選択である。通常の判断であれば回避こそが最善、真正面から受け止めるのは悪手だ。それを選んだのは経験が足りなかったからではない、騎士の矜持である。

「カカカ! 面白い! 手加減したとは言え我の息で吹き飛ばぬか!」
 喜悦を浮かべるドラゴンとは対照的に、ただの一撃でシャーロットの体力は大きく削られて額に汗を浮かべる。
「ハァ、ハァ……。こんな、物ですか。なら、次は私の番です……!」
 そう言って地を蹴ったシャーロットの姿が瞬く間にドラゴンの目の前へ現れた。

「――ハ!」
「――ッセイ!」
 金切り声を上げてドラゴンの爪がシャーロットの剣を受け止める。だが一撃では終わらず、シャーロットは足捌きも巧みに回り込みながら幾度も剣撃を放ち続けた。

 狙うのは眼、逆鱗の有る首元、太い血管が通っており鱗の無い腕や腿の内側。実戦寄りの弱点を狙う戦法は元騎士の父親から教えられた物だ。
 物質的なダメージではなく魔力を傷付ける魔界銀と言えど、何処を斬っても効果が変わらない訳ではない。重要な箇所は魔力の通りが良いと言う事は多くの相手に共通して言える。故に、戦場剣法は魔力の多い相手にこそ使う意味が有るのである。

「シャッ!」
「フッ!」
 返礼とでも言うように隙を突いて竜爪が放たれるが、騎士はそれを強化した盾で受け止めてシールドバッシュで体勢を崩そうとする。だが全身鎧に盾と剣を合わせた重量であっても、ドラゴンを動かすにはまだ足りなかった。

「カカッ! サイズが足りんなデュラハン!」
「クッ、アァアア!!」
 シャーロットの剣に光が宿る。
 しかし魔力抵抗の高いドラゴン相手に魔術を併用したとしても効果は薄い。我武者羅な力押しか? 否、シャーロットは理性的な騎士だ。これまでも彼女は才に溺れず努力を重ねて来た。だからこそ為し得る選択が有る。

「ハッ! 手温いぞ!」
 ドラゴンが手の甲で剣の腹を叩き、渾身の一閃を弾いた。
「――――シッ!!」
 瞬間、剣から衝撃波が放たれて剣を振る運動エネルギーを相殺する。或いは手首を返して二度目の剣閃を放つに利するだけの余剰分を乗せて、一度は避けられた剣がドラゴンに襲い掛かった。

 騎士の剣はドラゴンの首へと届く。
 一撃離脱でシャーロットは後ろへ距離を取った。

「――カッ! カカカッ!! 此奴、我に剣を届かせおったか!」
 洞窟の入り口側を背にしてドラゴンは嬉しそうに牙を剥く。シャーロットの手応えとしては首を浅くなぞったと言う所だったが、逆鱗を外したのかドラゴンが何ら痛痒を感じたようには見えなかった。

「ハァ……、ハァッ……!」
 騎士は呼吸を整えながら対手を睨み付ける。
 攻撃する為の魔術を当てる為だけに使うと言う秘剣ですら半分避けられると言う始末。彼我にどれ程の実力差が有るのかシャーロットには検討も付かなかった。

 されど、それは諦めるには足りない。
 騎士の矜持に賭けて。女の意地に賭けて。魔物娘の愛に賭けて。勝てないから好きな男を諦めるなどと言う事は有り得ない。

「もう息切れか? そんな調子で次を受け切れるか?」
 嘲るようにドラゴンが言い、威圧的にブレスを溜める。
「……言ってなさい。私はまだ立っています、地に伏せるまでこの剣が折れる事は有りません」
 シャーロットの挑発を受けてドラゴンは目を細めた。

「……往くぞ。『KHAAAAA』!!」
 竜の顎(あぎと)から魔力の奔流が放たれる。
「ハァ……!」
 鉄が引き裂かれるような音と共に盾を構えたシャーロットの姿が光条に呑まれた。

 迸る光が消えると、ブレスによって崩れた壁の石像の上にボロボロの金属盾が落ちて重い音を立てる。
「……!」
 騎士を倒し損ねた事を悟り、竜の瞳孔が細まった。

 何故シャーロットは竜の吐息を避ける事が出来たのか?
 一つには一度目のブレスを真正面から受け止めた事に有る。避けない≠ニドラゴンに思わせていた事がまず最初の分岐点だ。それ自体は考えて打った布石ではなかったが、油断を招いた事は大きかった。
 二つにはドラゴンがブレスを溜めた事に有る。閃光を伴うブレスは使用者の視界を制限する。溜めた事でその時間が延びて、下方への注意が妨げられたのである。
 そして最後に、盾を捨てた事で回避の条件が整う。重い金属盾と言う枷を外す事によりシャーロットの走行速度は大きく上昇し、魔力を用いた爆発的な加速が鎧を着た騎士とは思えぬ動きを可能とした。

「――――我が剣を受けよッ!」
 ドラゴンの後ろを取ったシャーロットが剣を八双に構えて吼える。
 回避も出来ず、受け流す事も出来ず、防御も出来ないタイミングと位置取り。両手で振るう事により剣速を増した一撃がドラゴンの首に吸い込まれた。

 バギン、と無慈悲な破砕音が響く。
「……馬鹿な」
 嘆息にも似た掠れ声がシャーロットの喉から漏れた。

「残念だったな。これがドラゴン≠セ」
 ドラゴンの腕が拳を作り、振り向き様にシャーロットの腹を殴り抜ける。
「ごはっ……!」
 バキバキと音を立てて鎧が砕け、そのまま彼女は数フィート程も吹き飛ばされた。

「いやいや、悪くなかった。剣の格と修行が足りなかったが、その若さで此処までやれるのならば見込みが有る」
 ドラゴンは首の鱗に刺さった剣先を抓み、握り締めて砕いて見せる。
 先程までは露出していた首筋は白銀の鱗で覆われており、魔界銀製とは言え並の域を超えぬ剣ではその堅牢な防御を超えられなかったのも道理であった。

「お褒めに預かり、ハァ……、恐悦です、……とでも言えば、ハァ……、宜しいの、ですか?」
 折れた剣を支えにしてもう無理だと悲鳴を上げる身体に鞭を打って立ち上がったシャーロットは荒く呼吸しながら皮肉を飛ばす。
「カカカ! 我を倒したくば後百年は経験を積む事だな。……ふむ、頃合か。では最後にこれを受けよ」
 チラリとシャーロットの後ろに意識を向け、ドラゴンは再びブレスを溜めた。

(もう立つのもやっとですね……。とても敵う相手ではありませんでしたか。それでも、もう一度だけ)
「アダムス、貴方に会いたかった……」
 ポツリとシャーロットは願いを呟く。

「『KHAAAAA』!!」
 咆哮と共にドラゴンのブレスが放たれた。目の前に光の束が迫る光景をシャーロットはただジッと見詰める。

「――――雄雄雄雄ォォ嗚嗚嗚!!!」
 瞬間、シャーロットの背後から影が飛び出し、代わりにブレスを受け止めた。
 足を八の字に開いて重心を落とし、両肘を引いて脇を締める。呼吸のコントロールと共に完成するその型は三戦(サンチン)に他ならない。
 素手を武器とする格闘技の型で魔力の奔流を浴びた男の上体から緑褐色のローブが千切れ飛ぶ。だがその身体は僅かに押されただけであり、見事に最後まで耐え切った。

 生身で竜の吐息を防御(うけ)ると言う暴挙を為し得るのは極限まで鍛えた肉体のみ。当然、シャーロットを庇ったのは――
「――アダムス……?」
 シャーロットの震える声が問うた。

「待たせてしまって済まない、シャーロット。……アルマースよ、説明して貰おうか。何故彼女が此処に居て、お前と戦っている?」
 アダムスはシャーロットに掛けた声とはまるで違う地獄の底から響くような声でドラゴンに質問する。それを見ながらアルマースと呼ばれたドラゴンはニヤニヤと笑った。

「それは汝の連れ添いに聞くべきだな、カカカ! まぁ千里眼の持ち主である我が教えてやると、汝に捨てられたと思い込んで此処まで追い掛けて来て、我に勝負を仕掛けたと言った所か。全く、退屈凌ぎとしては実に粋な計らいだったな」
「……えっ」
 アルマースの言葉を聞いて間の抜けた驚きの声をシャーロットが上げる。

「……最初から分かっていたのであれば何故言わなかった」
「汝にか? それとも其処の猪突猛進騎士にか? ハッ、勿論言ったとも。『急いで帰らず此処でゆっくりして行った方が良い』とな。騎士の方には『汝が何を求むるか知っているが与える事は出来ない』と忠告してやったぞ」

「分かるように言え……! クソッ、遊ばれただけか。もう良い、俺達は帰らせて貰う」
 苦虫を噛み潰した表情でアダムスは文句を言う事を諦め、シャーロットに輝く衣を羽織らせた。
「これは……?」
 ダメージを受けていた身体が暖かな力により僅かに癒されるのを感じて、シャーロットは驚きに満ちた目でアダムスを見詰めた。

「其処の性悪な竜から買い取った品だ。俺の世界から流れ着いた物で、回復の祝福が掛かっている。……後で渡そうと思っていたんだがな」
 苦笑を浮かべつつ、アダムスはシャーロットの膝裏に手を当てて抱き上げる。
「あ、アダムス様!?」
「帰るぞ。その傷で歩かせる訳には行かない」

 徐々に回復しているから大丈夫だと主張するシャーロットの意見には耳を貸さず、アダムスは洞窟の入り口に向かって歩き出した。
「待たれよ、その騎士にはまだ用が有る」
 アルマースが声を掛けてその足はピタリと止まり、不機嫌そうな顔で振り向く。

「……何だ」
「力試しは合格だ。『十角七尾のセリオン』が子、シャーロットよ」
 シャーロットは予想外の名前に目を瞬かせた。
「……何故、私の母の名を?」

 アルマースはフッと笑い、広間の端に有る財宝の山へ手を翳して一つの箱を浮き上がらせる。
「古き友の娘に会えるとは望外の喜び。受け取れ、結婚の前祝いにこれをくれてやる」
 小さな箱はシャーロットの手の中にフワリと落ちて来た。

「何だこれは?」
「魔宝石の原石だ。高純度の代物よ、汝らでも使えるだろう。我には器が足りんから持て余しておった」
 アダムスは今一理解出来ていない様子でシャーロットの顔を見る。
「……何か凄い物なのか?」
「端的に言えば、そうです。個人の魔力に反応して見た目が変化する宝石で、結婚指輪に用いられたりもします」

「……ほう、成程。アルマースよ、感謝する。これまでの非礼を詫びよう」
「要らぬ。全く、途端に態度を変えおって……。では達者でな」
 面倒臭そうにそう言うと、アルマースは広間の中央に戻って再び眠り始めた。
 それを見てアダムスは肩を竦め、シャーロットはクスリと笑う。

 翌朝、二人はモセア領の領主舘へと帰って来た。

§――――――――§

「ふう……」
 館に戻り身体を清めたアダムスはダラリとベッドに寝転がる。
 さしもの忍者と言えど、往復百八十マイルに加えてシャーロットを追い掛けて全速力で来た道を戻り、その上山賊退治をしてドラゴンのブレスを受けるなどした疲労が全身に重く圧し掛かっていた。

「ん……?」
 アダムスの部屋の扉を誰かがノックする。食事の用意が出来たとメイドが伝えにでも来たのかと思ったアダムスだったが、そのまま扉が開かれて外に居た人物が侵入した。

「……お疲れの所、お邪魔します」
 スルリと入って来たシャーロットは後ろ手に部屋の鍵を閉める。彼女は外出でもするかのようにローブを羽織っていた。
「シャーロット、君がこの部屋に来るとは珍しいな。それにそんな格好も」
 記憶に有る限り、シャーロットがアダムスの部屋に来たのは最初の案内の時だけだ。

「どうやら今回は私の思い違いでアダムスに大変な迷惑を掛けてしまったようで、お詫びの言葉も見付かりません。本当に、申し訳有りません」
「いや、君を不安にさせた俺も悪かった。謝る必要なんて無い。此方こそ済まなかった」
 アダムスは決まり悪そうに言って頬を掻く。一日で行って帰って来るつもりだったので碌に説明をしなかったが、却ってそれが仇となった。

「……貴方に頂いた『君主の聖衣』ですが、鎧の上に着るマントのようですね。残念ながらアルマース殿との戦いで鎧が壊れてしまったので本来の着方は出来ませんが……」
 そう言ってシャーロットはローブのボタンを外して脱ぎ捨てる。それを見てアダムスがハッと息を呑んだ。

「……シャーロット、その格好は……」
 真っ白なドレスの上に絢爛なサーコートを纏ったシャーロットが微かに頬を赤らめる。
「ど、どうでしょうか? 似合っていますか?」
 花嫁装束と騎士の要素は奇妙に調和していた。不可侵な神聖性も尊ぶべき高潔さも兼ね備えたその姿は儚く気高い。

「……勿論だ。君は世界中の誰よりも美しい。鎧を着た君も凛々しくて美しいが、ドレスに身を包んだ君は死よりも甘美で愛おしい」
 すっくと立ち上がったアダムスはシャーロットの腰に手を回し、顎をくいと持ち上げた。

「ん……」
 シャーロットはされるがままにキスを受け入れ、舌を絡める。
 艶かしく動き回る感覚器は唾液を交換し、ヌルヌルと口腔を貪り合った。

「ッはぁ。……このままするぞ、良いな?」
 アダムスは低く囁き、答えを待たずにフリルスカートの中へと手を伸ばす。柔らかな尻たぶに指を沈み込ませ、ショーツの端に指を掛けた。

「待って下さ……」
「待たん」
 シャーロットの抑止は聞き流し、ショーツを太股までずり下げる。すかさず外気で冷えてしまう前に秘処を手で覆ってやった。
 アダムスは既にジワリと液体が漏れ出ているそこに指を馴染ませ、表面を擦り上げる。

「んっ♥ 待って♥ 何時もの、アレはしなくて、良いのですか?♥」
 アダムスの強引な様子に欲情しながら、前戯の如く夜伽の初めに行っていた擬死をしなくて良いのかとシャーロットは聞いた。
「必要無い。今はただ君と愛し合いたい」
 先程まで感じていた疲労など綺麗さっぱり忘れ、アダムスは急速に込み上げて来る獣欲を必死に制御しながらシャーロットと見詰め合う。

「――アダムス様♥♥」
 肉体的快楽とは別の快感がシャーロットの背骨を伝った。
 アダムスはシャーロットを抱き上げ、ベッドへと運ぶ。無造作に上半身の肌着を破り捨て、均整の取れた鋼の如き肉体を目の前の雌に晒した。

 そこには今から起きる情事の内容が暗示されている。
 即ち、陵辱と略奪だ。
 シャーロットは目の前の雄が自分を支配しようとしていると理解した。

「俺は本当の君が見たい。だから、俺に狂ってくれ、シャーロット」
 アダムスは仰向けに寝るシャーロットの腰を膝で挟むようにして立ち、右手を構える。
 ヒュ、と不可視の速度で放たれた手刀がシャーロットの首を断った。

「あ――――」
 美しい白い肌に一筋の線が走り、パカリと割断される。
 そして血の代わりに青白い煙が溢れ出し、まるで風船から空気が抜けるような勢いでシャーロットの溜め込んでいた精気は吐き出された。

「あ♥ あ♥ アダムス様!♥♥ 駄目です、こんな事したら……!♥ 私、もう♥ もう……♥」
 みるみるシャーロットは耳まで赤く染め、その表情を熱に蕩かす。
 首を蓋として身体に精気を溜める事が出来るデュラハンの中で、シャーロットは首の表面に魔力で蓋を作り首が外れても理性を失う事がなかった。
 だがアダムスは魔力で作った蓋を削ぎ落としたのである。そうなれば他のデュラハン同様、精に飢えて魔物娘としての本性を晒さざるを得ない。

「何が欲しい? 何でもくれてやる。その代わりに俺の妻となれ」
「〜〜下さい♥ アダムス様を下さい♥ 私を愛して下さい♥♥ 私の夫になって下さい♥♥」
 シャーロットはアダムスの服を脱がし、自身のスカートを捲り上げて桜貝を露わにした。
 アダムスはしとどに濡れそぼった秘肉へ怒張を押し当ててその体温を亀頭に感じる。

「勿論だ。全てやる。死んでも愛す。……結婚しよう、シャーロット」
「嬉し、い――♥♥♥」
 鉄杭の如き男根がシャーロットの淫肉を抉った。歓喜の悲鳴を上げ、法悦に達したシャーロットの膣内がアダムスの陰茎をキュウキュウと締め付ける。

「この淫乱騎士め、物欲しそうにマンコが吸い付いて来ているぞ」
「だって、だって♥ 我慢なんて出来ませんっ!♥ 好きです♥ 愛してます♥♥」
 激しく女陰を穿たれながらシャーロットはアダムスへの愛を叫んだ。
「俺もだ。俺もお前の事を愛している」
「……!!♥♥」
 シャーロットのクレバスがギュッと縮まり、尚更に肉の抱擁を強める。

「ぐッ、刻み付けてやる! お前は俺の物だと!」
「はい♥ 来て♥ 私の子宮に主を教えて下さい♥♥」
 獣の如くガツガツと腰を振るアダムスにシャーロットは脚を絡め、その耳元で囁いた。

「……奥に、射精すぞ」
「はい♥♥」
 宣言した通りにアダムスは一際深く腰を押し付け、シャーロットの最奥にて熱の塊を迸らせる。
「射精る……!」
 ビュルビュルと勢い良く放たれる白濁液は一滴も残さず子宮口に飲み干され、シャーロットは胎の底を叩かれて再び絶頂した。
「あ♥ あああああ♥♥♥ 感じます♥♥ 私の中が蹂躙されてる♥♥♥」

「はッ、はッ、はぁッ……!」
 脳が沸騰する程の疼きは収まらず、アダムスは位置を変えて後背位でシャーロットへと挿入する。
「んん♥ 深、い……♥♥」
 シャーロットの首の継ぎ目を舐め、ドレスをずらしてタプタプと揺れる柔乳を掌でこねた。

 細い腰の下に有る尻はむっちりと肉が詰まっており、ピストン運動で密着する度にパンパンと小気味良い音が鳴る。細く白い背中の上には玉の如く汗が浮かんでいて、後ろから眺める光景は絶景と言わざるを得ない。
 アダムスは一頻り獣のような体位を楽しんだ後、シャーロットの身体をグイと引き起こして背面座位に変えた。

「お前の髪は良い匂いがするな。雌の匂いだ。犯してくれと俺に囁いて来る」
 膝の上に乗せたシャーロットの朱色の髪を嗅いで、小さく形の良い耳を甘噛みする。
「んぅ♥ 駄目です♥ 同時に弄られながら突かれたらっ♥♥ すぐ、イっちゃ、うっ♥♥♥」
 シャーロットはそう言って乳首と淫核を摘む指先に触れるが、それは抑止ではなく固定にしかなっていなかった。

「イけ。何度でも。俺もそろそろ射精すぞ」
「は、い……♥♥♥ 膣内にたっぷり射精して下さい、ね♥」
 艶めいて微笑むシャーロットの首筋に吸い痕を付け、両手の動きを加速させる。ズチュズチュとうねるような腰使いで求められ、臍の奥で熱い昂りが出口を求めて移動し出した。

「吸ゥ……吐ァ……」
 呼吸によって射精欲求を抑えるが幾度となく交わったシャーロットの肉壷は最早アダムスの為の物に作り変わっており、油断すれば即座に搾り取られる程の快感を与えて来る。
 その中でアダムスはシャーロットの様子を見極め、胸とクリトリスへの刺激を調節した。
「来る……♥ 来る……♥♥ 凄いのが来ます……!♥♥」
 大きな快楽の波を予期してシャーロットの身体が震える。

「射精るぞッ……! イってしまえ! シャーロット!」
「胸もクリもアソコも……!♥ あ、あ、あああ!!!♥♥♥」
 シャーロットの三重絶頂とアダムスの射精が重なり、吐き出された精液を子宮がゴクゴクと飲み干した。

「はぁ……、はぁ……」
 無理に吐精をコントロールしたせいで体力の削れたアダムスは腕の中にシャーロットを抱いたまま身体を休める。
「……」
 だがシャーロットはアダムスの腕を解くと、黙ったまま振り返ってアダムスを押し倒した。

「シャーロット……?」
 突然の行動に驚いたアダムスの目の前で、シャーロットのシニョンが解けて朱色の髪が腰まで垂れる。その翠の瞳は金色を帯びており、情欲に溺れた淫らな笑みを浮かべていた。
「アダムス様ばかり……ズルいですよ♥ だから、次は私の番です♥♥」
 そう言ってシャーロットはアダムスに口付けすると、そのまま息を流し込む。

「んぐッ!?」
 呼吸が乱れていたアダムスは濃い魔力の篭った吐息を吸ってしまった。
 常在戦場の忍者らしからぬ不覚。魔物娘のフェロモンを間近で浴びていた事が油断に繋がり、それは現魔王の影響を受けると言う事に繋がる。
 また、丸一日肉体を酷使し続けた事でアダムスの身体は生命エネルギーが減っており、その分魔物の魔力を受け入れ易くなっていた。詰まり、シャーロットのキスによってアダムスはインキュバスへ急速に変化して行ったのである。

「ふぅ♥ 元気出て来ましたか?♥」
 唇と唇の間に糸を垂らして、シャーロットは淫靡に微笑む。
「くッ、並の精力剤より凄いな、これは……!」
 インキュバスに近付いた事と淫気を浴びた事で精力が高まり、射精直後のアダムスのペニスは驚異的な速度で射精前の硬度を取り戻した。

「それじゃあ行きますよ♥ んっ♥♥」
 騎乗位でシャーロットがゆっくりと腰を持ち上げる。鞘に収まっていたアダムスの剛直はズロロッと膣口まで引き摺りだされた。
「くぉぉッ!?」
 思わず声を漏らしてしまう程の快感がアダムスの背骨に走る。
 十二分に解れたシャーロットの膣肉は柔軟性と収縮性を兼ね備えており、その形を確かめるようなペースで動く事で感度の増した肉茎に無慈悲なまでの快楽を与えていた。

「はぁあ♥♥ 気持ち良いですか?♥ 何時でも射精して下さいね♥♥」
 ゆっくりと引き抜き、ゆっくりと挿入する。丁寧なストロークは注射器で吸い上げているのかと思う程に劇的な速度で精液を再装填させた。
「待てシャーロット、これではすぐに……ぐッ」
「待ちません♥ さっきのお返しです♥ イって下さい♥ たっぷり射精して♥ お腹一杯にして下さい♥♥」

 シャーロットがゆっくりとカリ首まで出して、ゆっくりと子宮口まで銜え込む。ゾリゾリと肉襞が男性器を擦り上げた。
 シャーロットの動きを止めようとするが上手く身体が動かず、アダムスはただ与えられる暴力的なまでの快感を受け入れるしかない。
「〜〜〜〜ッッ!!」
 堪らずビュグビュグと精液が放たれ、搾精器と化したシャーロットの淫穴が受け止めた。

「っあああ♥♥♥ 美味しい♥♥ 凄い♥ 見て下さい、アダムス様♥ ほら、量が多くて零れちゃってますよ♥♥」
 アダムスに跨ったまま、シャーロットはそっとスカートを捲り上げて結合部を見せ付ける。少女めいた無垢な陰裂は凶悪な肉槍を飲み込んだまま、トロトロと白濁した体液を漏らしていた。

「はッ……、はッ……、むぐッ!」
「ん〜〜♥♥ ふぅ♥ もーっと魔力を吸ってインキュバスになっちゃいましょうね♥♥」
 隙を突いてシャーロットはアダムスに魔力を口移しし、萎えさせる事を許さない。
 アダムスとしては別にそれは構わないのだが、やられっ放しと言うのも性に合わない。何とかしてただ搾り取られると言う状況から脱するかを考える。

「……まだだッ!」
 アダムスはシャーロットの腰を掴み、グラインドに自分の力を加えた。
「ぁんっ♥♥ 魅了されてても動けるなんて流石です♥ でも、もう動かさせませんよ♥♥」
 金緑色の瞳がアダムスの目を見詰め、辛うじて動いていた身体の自由が利かなくなる。

「くッ!?」
「あら、持ち上がらなくなってしまいました♥ なら、次はこうですね♥ ふふ♥♥」
 腰を掴んでいた腕まで動かなくなった為、上下の運動は止まった。しかしそれは円を描く新たな動きへと変わり、先程までとは違う刺激が男性器に襲い掛かる。

 もうシャーロットが気紛れを起こすか終わるまで待つかしか状況を変化させる方法はないのか。
 否。身体が動かなくなろうと、その内側までは魅了の術中にない。

「吸ゥ……、吐ァ……」
 アダムスは精神を集中させ、体内の精を練った。イメージを濃くし、両腕に廻らせる。
「何をなさってるのですか?♥」
 グルグルと腰を捻りながらシャーロットが不思議そうにした。

 アダムスの掌の間に挟まれているのはシャーロットの胴体、そしてその中心には子宮が有る。シャーロットは魔力を持っており、子宮の中にはアダムスの精が詰まっている。
 男性の魔力である精と魔物の魔力はプラスとマイナスの関係であり、互いに影響し合う。その為、少し渦を作ってやれば動かざるを得ない。

「最初に言っただろう、『俺に狂ってくれ』と。……イキ狂え、シャーロット」
 ギュルリとうねりが起きた。
「――――っあああああ!!!???♥♥♥」
 シャーロットの子宮内で想定外の快楽が生まれ、断末魔の悲鳴にも似た嬌声を上げる。

「――ッくぁああ!!」
 その余波はアダムスにも訪れた。連続で絶頂するシャーロットの膣内は理性から解き放たれた蠢きでもって怒張を貪る。
 その上、魔力の影響を受けているアダムス自身にも小規模ながら快楽の渦は生じており、意識が飛び兼ねない状態になっていた。

「あああ!!♥♥♥ んっ♥♥♥」
「むッ……!」
 シャーロットがアダムスの口に舌をねじ込み、魔力を流し込む。偶然ではあったが、それはアダムスに精を廻らせる事を止めさせようとするには最善の行動だった。
 それでもアダムスが止めなかったのは魅了が解けていなかったからであり、他に為しようがなかったからだ。

「死ぬ、死ぬ、死んじゃいます♥♥♥ アダムス!♥♥ アダムス!!♥♥♥」
「ぐぅッッ!! 膣内射精だ! 孕め! 孕め、シャーロット!!」
 二人の限界が迫り、狂乱に近い言葉を叫びながら求め合う。
 アダムスの手がシャーロットの腰を引き寄せ、一際深く結び付いた瞬間に快感が爆発した。

「イ、くぅうう!!!♥♥♥」
「雄雄雄ッッ!!!」
 ドプドプとバルブの壊れた蛇口の如くアダムスの男根から精液が迸り、シャーロットの胎に流れ込んで妊婦の如く膨らませる。
 強烈な快感が閃光のように視界を白く染め上げ、そして視界が戻って来ると愛しい人の顔が目の前に有った。

「ハァ……♥ ハァ……♥ ハァ……♥♥」
「ぜッ、はッ、はぁッ……」
 荒い呼吸の中でアダムスとシャーロットは見詰め合い、口付けを交わす。

 二人の交わりは一日中続き、翌日の朝になるまで部屋から出る事はなかった。

§――――――――§

「――シャーロット、君は結構負けず嫌いだったんだな」
 とろりとした桃色の水で喉を潤しながらアダムスがにやりと笑う。
「あの、あれはその、おかしくなっていたと言いますか……。いえ、確かに、そう言った一面が有るのは確かです。しかしあれは貴方が悪い! 私とて、ああもやり込められたら意趣返しの一つ位はしたくなります!」
 シャーロットは昨夜の自分を思い返して赤面した。

「あれはあれで良かった。理性的な君も好きだが、俺は本能的な君も好きだよ」
「そ、そうですか。なら良いです。……たまになら、もう一度しても良いかもしれません」
 恥ずかしさ以上に、いや恥ずかしさも含めて気持ち良かったのかシャーロットは期待するような視線をアダムスへ送る。
 アダムスはそれに苦笑で返して、杯の中の水を空にした。

「……改めて聞こうか。君は俺に何を求める? 俺は腕っ節位しか取り柄の無い男だ。君に与えられるのは力と愛情と精しか無い」
 伽の中で聞いた事をもう一度聞く。今度は愛の囁きではなく実利的な話だ。

「フフ、私達は後の二つだけでも十分なんですけどね。でも私もアダムスの格好良い所は見たいです。だから、力を貸して頂けませんか?」
「何なりと、我が主(マイロード)」
 舞台上の役者のように恭しくアダムスが頭を下げた。

「防諜組織を設立します。サキュバスを軸にした、丁度ジパングのクノイチを真似た物ですね。貴方にはひとまず臨時顧問と部隊長になって貰います。宜しいですか?」
「……成程、そう来たか。てっきり軍事教練にでも使われるかと思ったが、スパイを捕まえる方とはな」
「戦争に備える事よりも戦争を起こさせない事の方が重要です。情報は大切ですからね、私も痛感しました」
 シャーロットの言葉にアダムスはくつくつと笑う。互いに事の顛末を確認する過程で分かった擦れ違いは何とも馬鹿らしくなる話だった。

「了解したとも。何処までやれるかは分からないが謹んでお受けしよう」
 グラスを机の上に置いたアダムスの隣にシャーロットは寄り添い、指を絡める。
「そして一番重要な仕事は、私を愛する事。……宜しくお願いしますね、旦那様?」
 アダムスは此方こそ、と答えて微笑む妻とキスを交わした。

 〜fin〜
16/06/14 23:09更新 / 苑太一

■作者メッセージ
名前はマザハから取ったのに騎士王の方ですよねこれ。しかもリリィ。胸は乳上の方だけど。
エロシーンで相手の呼び方変わるとか良いんじゃないかなぁと思って書きました。

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