連載小説
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転移勇者Lv0 導入の長い作品てどうなん?
「えーと…履歴を読ませていただきましたが、あなたは3年前に大学を中退したと書かれていますよね? なぜ大学を中退したのか、そしてやめてからの三年間何をしていたか教えていただけますか?」

「はい、大学を中退した理由は個人的な理由で色々とやる気を失い、色々と嫌になってやめてしまいました。大学を辞めてからの3年間はフリーターとしてバイトに専念しておりました」

「バイトはどんなことを?」

「交通整備や家庭教師、飲食店や居酒屋での裏方とか接客とかをしていました」

「なるほど、色々やっていたのですね。では…」





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「はい、これで面接は終わります。お疲れさまでした」

「はい、ありがとうございました」

 言葉を合図に立ち上がり礼をする。そのまま姿勢よく扉に向かい、最後に面接官達にもう一度だけ礼をしてから退室する。聞きかじりの合ってるかどうかもわからないマナーだが、やったところで別に悪くはないだろうといままでやってきた。

 しかし、何度やっても相手は特に何の反応を示さないのでこれの効果はいまだにてんでわからない。まぁ、顔に出ないだけでもしかしたら大きな意味があるかもしれないので、とりあえずこれからもしていこうとは思っている。

 とりあえず今日のメインイベントは終わったので目の前の事務の方に出口まで案内してもらおうと声をかける直前、後ろのドアから先ほど面接官の声が聞こえてきた。

「さっきの人はちょっとないですよね、大学中退してしかも三年間も無駄にしてきたんですから!」

「中島君、先ほどの人に……聞こえるかも………」

「でも部長、流石にあれは一緒に働くの怖いですって! バイトと違うんですようちは、大学を辞めた時みたいに急に休まれたり、やめられたら迷惑ですし、バイトの話も聞く限り長続きしてないみたいじゃないですか!」

「まぁ、それ……かもしれない…」

 小さな声はあまりよく聞こえないが、大きな声ははっきり聞こえてくる。ふと目の前の事務の方を見ると困ったような、もしくは申し訳なさそうな顔でこちらを見ていた。その顔は今までに何度も見たことがあったので、対応は簡単だった。

「出口まで案内してもらって大丈夫ですか?」

「あ、はい、わかりました…」

 困ったときは事務的にやるのが一番だよね。




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 家の帰り道、お日様はまだ天高くあった。

 昼飯は牛丼チェーン店にいった。紅ショウガに着色料使ってないほう。過去に大学で合成着色料は発がん性物質と言われてから今日まで、とりあえずそれ系は避ける様に生きてきた。

 先ほどの面接官の声から察するに、今回も落ちたのは確定かもしれない。何度も面接を繰り返しているが落ちた時の軽い絶望感は何度やっても辛いものだ。落ちるたび、自分はなんてダメなんだろうという思いが溢れて止まらない。

 面接からの帰り道、買い物帰りだろうか、ママチャリに買い物袋をかごに入れたご婦人が隣を通っていく。彼女はまだ日も高いのに、このよれよれのスーツ姿をした何も持っていない哀れな男をどう思うのだろうか。

 無色、ニート、社会のごみ、穀潰し。もちろんそんなこと思っていない、それどころかそもそも視界にすら入っていないだろう。もちろんわかっているがどうしても人の視線に対しネガティブなり、蔑まれているのではないかと妄想してしまう。

 色々と居心地が悪くなり足早に家に帰る。人と視線を合わせず、ただ一直線に帰る。

 そんなわけでそこまで時間をかけずに家に帰ることに成功した。木造の一軒家の二階建て。耐震工事もしているので大きな地震が来ても大丈夫な立派な家。しかし、あまりに大きいため持て余している感は大きい。

 玄関に入りこれからのことを考える。これで何度面接に落ちたのだろう正直考えたくもないが、この調子ならきっとこれから何度やっても無駄だろう。しかし、社会復帰を目指した以上考えなければいけない。

 これからどうするかは二つ考えられる。一つ目は今より低いレベルのところに行く、ブラックの気配が強く悪い噂しかかすかに聞こえるが、もはやなりふり構わない時期に来たのかもしれない。

 二つ目は再度フリーターにとして過ごし、働くのに有効な資格を取っていき良い企業にもう一度アタックすることだ。懸念点としてはたして自分がまともに勉強できるのかどうか、信頼できないところだろう。

 やろうとしては辞めてを繰り返してきたため、自己評価最低を突っ切ったままいまだ戻っていない。きっとこれからもそうなんだろうという信頼もある。昔ほど苦行でないにしろ、ずっと勉強できる自信が今の自分にないのだ。

 とりあえず、二つ目の路線で行くと考え、はて就職に役立つ資格は何ぞやと、調べるためにパソコンにある居間に移動することにした。

 するとそこには大きなテーブルが真っ二つに割れ、その中心には禍々しくも分厚い本が直立していた。そして、その下には粉々になった液晶があり、英語が書かれた黒い粒があちこち散乱していた。どうやらテーブルと同じくパソコンもお釈迦になってしまったようだ。

「20万したんだけどなぁ…」

 これ面接落ちた以上に辛いかもしれない。




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 正直この本に対し自分がどうすればいいのかわからない。この本について何も知らないし、買った覚えもない。黒く表紙に紫の紋様が幾何学的に巻かれており、なんなら不気味かっこいいとすら思える。

 しかし、由来不明の本ではあるため、碌でもないものの可能性がある。読んだら死ぬほん、呪いがかけられる本、何かが封印された本などこういった手合いはたいていろくなものではないだろう。ネットの海で得られた知識は伊達ではないのだ。

「いや、むしろ面白いのでは」

 ここまで考えてふと、別に問題ないのではと思いつく。むしろ明らかに現実ではありえないだろう展開に興味をそそられるかもしれない。そう思うとこの本を読んでみたいという欲がムクムクとわいてくる。

 とりあえず試しに手を取ってみる。六法全書ほどあったのでかなり重いかと思ったが、見た目に反し軽く持ち上げられた。見た目が本の入れ物かと思ったがページが綴られているで本なのは間違いないようだ。

 題目は正直なところ読めなかった。日本語とも英語とも違う、それどころかドイツ語、中国語、アラビア語とも違う。文字であるとはわかるのだが、自分の知識では何語かわからなかった。スマホで翻訳してみるとフランス語とタジク語が交互に出てくる。つまり読む事はできないようだ。

 だんだん心配になってくるがとりあえず試しに最初のページを開いてみる。そこには背表紙のタイトルが大きく書かれていた。しかし特に目を引く点は紙のいたるところに黒く濁った跡があるところだ。

 それはタイトルにまでしみ込んでおり、一部が読めなくなっていた。恐らくこれは血なのかもしれない。紙にしみ込んだ跡がノートに鼻血を垂らした時の色と似ているため間違いないだろう。

 事件に巻き込まれたのか、それとも何か事故でも起きたのだろう。筆者に何かあったのか、それとも読んだ人に何かあったのかそれはわからないが、この本がいわくつきの本なのは間違いないだろう。

 次のページを開くとショッキングな絵が描かれていた。なんと鎧を着こんだ男が巨大な植物に捕らえられ、食べられようとする姿が描かれていた。兜をかぶっているためその表情は分からないが、恐らく脱出しようと必死なのだろう。

 化け物の姿は巨大で大きな口の中はドロドロとしていて、一度入れば逃げられないかもしれないと思ってしまうほどの闇が描かれている。これほど醜悪な化け物の絵はそうそう見たことがなかった。

 その下には謎言語の文字列が連なっている。恐らくシーンの説明かこの絵の化物の解説かと考えたところで、不思議な感覚を覚える。文字が読めないはずなのに、文字の意味やイメージが何となく分かってしまうのだ。

 ここで閃いたのが恐らくこの本は読んだものに知識を与える魔本の類なのかもしれない。知識チート系の小説でよくある、無理やり知識を詰め込んで無双させるためのマジックアイテムなのだろう。正直、読めないとどうしようと思っていたので割と助かった。

 どうやらこの化物、作者が書くには魔物らしいが、はアルラウネという種族であり、植物に擬態し近づく生き物すべてを飲み込むらしい。ゲームとかでいそうだが、リアルに描くとこんな存在になるのかと改めて眺めてみる。

 恐ろしく醜悪な化け物と何もできずにつかまっている人間の対比は化物の存在感を際立たせている。恐らく、自分がこの化物に出会えば何もできずに食われるだろう。

 ここまで読んでなんとなくわかったがこれは創作化物集もしくは本当にいる化物の図鑑かもしれない。設定資料集は割と好きなほうなので読んでみたい気持ちがあるが、今日の面接のことが頭をちらつく。

 しかし、どうせ結果は分かり切っているのだし、だったら今はこちらのほうが重要だ。フリーターに逆戻りなのは確定だし、今日はこの本を読んでまた明日から頑張ることにしよう。

 そうと決まればと茶を沸かし、戸棚の羊羹を取り出す。座布団を敷き、クッションを用意して寝転ぶ。そして、ペラペラと次のページを読み進めた。




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 本を閉じ、息を吐く。窓を見ると外は白んでいた。きっと自分は飯も食べず、寝ることもせずこの本を読み続けたのだろう。それほどまでに自分はこの本にのめりこんでいたのだろう。

 結論から言ってこの本は注意喚起本である。魔物に対する解説に加え、出会った時にどうすればいいのか、苦手なものや好きなもの、安全な行動や危険な行動、食性や生息地に至るまで事細かく書かれていた。

 恐らくこの本があればこの魔物たちがいる世界に行っても、生き残ることができるかもしれないと思うほどにはよく書かれていた。そして、この本が書かれた根底にはどうしようもないほどの想いと絶望、そして狂気が感じられた。

 作者がこの本に対して込めた想いは、魔物に対する憎しみと自身の無力感だろう。文章の節々にどうにかしたいのにどうにもできない、助けたいのに助けられないといったやりきれない、そういった気持ちが伝わってきた。

 次に多分なのだが図鑑に描かれた絵は作者が見たものなのだろう。どの絵も醜悪で恐ろしい姿であり、そのどれもがみな人間に対し残虐な行いをしていた。食われるのはましなほうで、知恵ある魔物は人間に対しおもちゃのような扱いをしているのがほとんどであった。

 作者はきっと何度もそんな経験をし、幸か不幸か生き延びてしまったのであろう。いつしか、その無力感から魔物をまとめ知識を伝えることを使命にし、こうしてまとめあげたのだろう。この魔本の特性もきっと確実に伝えたかったからこそのものだろう。

 この本を読んでみて面白いは面白かったのだが割とかなり憂鬱になってしまった自覚がある。気持ちとしてはギャグエロゲーだと思ってプレイしてみたら、鬱リョナゲーで誰も救われないエンドが正規ルートだった時の気分だ。面白い作品なのは間違いないし、面白かったんだけどしばらくは見たくないかな、とか考えてしまうあの感じだ。

 ふぅ、とため息を吐く。ひとまず今は眠ってこの気持ちを静めよう。一回寝れば気持ちも落ち着くはずだと、手に持った本を置こうとして、ふと違和感を感じた。手の本が離れない。

 引っ張ってもダメ、振り回してもダメ、破こうとしてもダメ、叩きつけても引っ付くように手から本が全く離れなかった。心がざわめき、額から嫌な汗が出始めているのがわかった。なんとかしよう、なんとかしなくちゃと考え始めたころ、本からまばゆい光が放たれた。

 その光は途切れることなく輝いており、目を開けられないほどまぶしく光っていた。いつしか足や腕の力が失われ思わず床に倒れこむ。しかし、立ち上がるための力を籠めることはできなかった。いつしか、瞼の重みにすら勝てなくなり目を閉じると、そこで自分の意識は失った。

 




 
 
22/06/28 17:29更新 / LV0
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■作者メッセージ
数日後に合格通知がポストに入れられていたとさ。

最初、転生勇者Lv0というタイトルでしたが、読み返してみると転生ではなく転移ですね。この場をもって謝罪させていただきます。

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