連載小説
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第一章
「待てぇぇぇ――!」

 ちょろちょろと流れる川の岸で、私は大声で叫んだ。
 その目には、白く輝く長い尾を持った蛇が映っていた。
 それもただの白蛇ではなく、上半身が人間の娘で――つまりは魔物ということだ。
 彼女は走って近づく私から、かれこれ数十分は逃げ回っているだろうか。

「待ってくれ! 何故逃げるのだ!」
「こっちに来ないで! こっ、怖い!」

 白蛇はとてつもない速度で進み、距離を離していく。
 何故だ。本来ならば、あちらから近づいて来るのではないのか? 彼女も最初は私に好意を持っていたはず……なのに何故?

「せめて話を聞いてくれ!」
「嫌っ、来ないで――来んな!」
「がふっ?」

 突然爆走していた白蛇が止まり、振り向いたと思った瞬間、その長い尻尾を鞭のように美しく撓らせ、私の脇腹に打ちつけた。
 とてつもない衝撃が服の上から伝わり、軽く吐き気を催す。
 更に速度もかなりのもので、私の体は呆気なく横に吹っ飛ばされ、川の中へ沈んだ。
 水面へ出ようともがくが上がわからず、大量に水を飲み込み、じきに意識が遠のいた。

     ◇◇◇◇

 私は、ジパングより遠く離れた地の街で生まれた。
 詳しいことはわからないが、その街は反魔物領という中のひとつだったため、私は幼くして魔物がいかに恐ろしい存在かを教えられ、もしものために剣を握らされ、気づけば街にある城の騎士団長となっていた。
 団長になってからは、毎日戦場に出ている気分だった。
 あるいは敵国と、あるいは群れ、単独の魔物と――何故一匹相手に十数人も必要なのか、王の考えがわからないこともあった。

「騎士長様、いつもお疲れ様です」
「いや……私は別に」

 王女にやたらとかまわれ、正直うんざりだった。
 見た目も性格も街の娘に比べれば美しかったが、どうしても人間の女≠ノは興味が持てなかった。
 どちらかといえば、異種である魔物に惹かれていたが、立場が立場、嫌々戦わされた。
 時には突然敵の首が取れそれがしゃべり全力後退。時には馬の体を持つ者達に大群で轢かれそこら中を骨折。時には翼を持った者が侵入し連れ去られそうになり、もがいてみたところ落下。高所は嫌いだ。
 その後も魔物達に立ち向かったが、その度彼女達に惹かれ、あの日私はとうとう叫んだ。

「もう我慢出来ん! 私は騎士をやめるぞ!」
「団長!? 突然なにを言い出すんですか!」
「何故私は彼女達と戦っている? この際だから言おう、私は彼女達が好きだ――!」
「団長が壊れた! みんな押さえつけろ!」
「無理」

 そうして私は城と家から荷物一式と親の金を持ち出し、街を出た。
 外の世界は戦っている時に思ったよりも広く、多種多様の魔物がおり、それぞれが個性的な生活をしていた。
 魔物と共存している村に訪ねたり、どの地方にどんな魔物が住んでいるかを聞き、ついに私はある種に目をつけた。
 その姿は大蛇のようで、髪から尾までがまるで雪のように白い、純白の魔物。
 私の住んでいた地方では見ることが叶わぬというその魔物を目指し、私は早速船に乗り込み、ソレの住んでいるジパングへと向かった。
 異国の言葉は幼少期に嫌というほど叩き込まれたので苦労こそしなかったが、見つけるまでが長かった。
 とにかく水辺にいるという情報だけを頼りに人里離れた山に入り、数週間迷って別の魔物に追いかけられた。
 やっとの思いで見つけても逃げられ、川に沈められる始末……。
 まぁ、白蛇にやられたのなら、逆に本望だな。

     ◇◇◇◇

「……ぐぅ」

 恐らく自分の口から出たであろう奇妙な声に、意識が引き戻される。
 ズキズキと痛む頭を軽く振り、うっすらと目を開く。雲ひとつない青空が目の前にある。
 ここは天国か。いや、体中が痛い。感覚があるなら多分まだ生きているのだろう。

「……ああ、川の中に沈められたのか。よく生きているな」

 自分で自分の頑丈さに感嘆して上半身を起こし、ふと、気づいてしまった。
 目の前、川の側に生えた木々の中の一本に、人影があった。

「……お前が助けてくれたのか?」

 驚かさぬよう小さい声で尋ねると、人影――いや、白蛇が顔を見せた。
 さて、どうしたものか。かなり警戒している。
 しばらく考えた末、私は頭を深く下げ、両手を地面にぴったりとくっつけた。
 確か、土下座と言ったかな?

「さっきは驚かせてすまなかった。私は異国から来た者で、お前を探していたんだ。私の国にはいない種族だったため、珍しくてつい……気分を害したのなら、謝る。
 お前が望むのなら、なんでもひとつ、叶えよう。そうしたら、二度と私はお前の前には現れない。私に出来る唯一の謝罪だ」

 なんでもすると言った手前、もう前言撤回も敵前逃亡もしない。

「……」
「さあ、好きにするといい。私は拒否などしない」

 しばらく返事を待っていると、頭になにか柔らかい物が触れた。

「なんでも……って言ったわね」
「ああ」

 ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前に白蛇がいた。
 まだ少し、私に対して恐怖を抱いているようだが、目を逸らそうとも逃げようともしない。
 そして、その艶やかな唇が言葉を紡いだ。

「なら、あたしを貴方の行く場所へ連れて行って」
「も、もちろん! どこへでも!」

 私は即答するなり、身を乗り出して白蛇の両手を握った。

「行きたい場所があるのなら、どこへでも連れて行こう!」
「う、うん……」
「どこへ行きたい? 私はお前を探すためだけにここまで来た。だから、次はお前の行きたい場所へ、私は行きたい!」

 早口で尋ねると、白蛇は数秒うつむいた後、はっきりと告げた。

「海の向こうに行きたいわ。貴方も知らない場所よ」
「……わかった。共に行こう、白蛇――いや、シロ」
「シロ?」
「お前の名前がわからないから、私はそう呼ぶ。嫌か?」

 シロはまた数秒、今度は恥じらったようにうつむき、

「……いいえ、全然!」

 満面の笑みを浮かべ、白く美しい尾を私の体に巻きつけた。
 抱擁するように身を寄せるシロを、私は自由な両腕で抱きしめ返した。
13/10/18 19:31更新 / らーそ
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■作者メッセージ
初投稿から長文で申し訳にぃ(・ω・`)
ここまで読んでくれて嬉しかです

基本不定期で上げていくので、よろしくお願いします

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