1:出会い
ある夏の昼下がり。俺は趣味である写真撮影のために郊外にある森の中を歩いていた。
今日は何だか蒸し暑い。それでも雲行きが怪しくなってきたところを見ると、間も無く夕立が降るだろう。今日は傘を持っていないしこの辺で切り上げるとしよう。
所詮趣味で投稿コミュニティサイトに貼るためだけの写真だ。本気になる必要もない。
だが、切り上げる間も無く雨が降ってきた。遠くで雷も聞こえる。
これは早急に雨宿りを出来る場所を探さなければ。
焦りすぎたせいか、ぬかるみに気づかず足を取られ転倒してしまった。地面が柔らかいおかげで痛くはなかったが、左手に持っていたはずのケータイが無くなっていた。
「は?あれ?」
まず足元を見渡すが前後左右どこにも見当たらない。ならばと少し視野を広げる。すると、近くにある急な坂、その下に黒く光る物体が見えた。
ここから歩いて行くには危険過ぎる程の坂。しかもケータイのすぐ側には川が流れている。落ちたら助からないかもしれない。
だが、あのケータイには電話やメールはもちろんのこと、さっき撮ったばかりの写真、思い出の画像、見られるわけにいかないポエム、おかz…いやとにかく命くらい大切な物が詰まっている。命にかえても取りにいく。
僕はゆっくりと、足元を確かめながら坂を降りてゆく。落ち葉がある下の土はどんな状態なのか分からない。できれば土が見えている所を踏みながら進んだ。
だが、この判断が間違いだった。
考えてみれば当たり前で、見事にヌルッと滑り、空、地面、空、地面と交互に切り替わる世界を見ながら冷たい川へと落ちていったのだった。
■
少しずつ体に暖かな感覚が感じられてくる。
聴覚も目覚め、朝起きる時のあの感覚を取り戻していた。
そうだ、俺は自分の分身と歴史の結晶というかケータイを取りにいって…
きっともう、この目を開く時、俺は見た事のない世界の住人になっているのだろう。父さん母さん、立派な職業につけなくてごめんなさい。
「あ!ねぇアリスちゃん!この人寝ながら涙流してるよ?」
唐突に女の子の声が聞こえてきた。だが俺の知ってる女の子にはこんなに透明感のある声はいない。
「じゃあそろそろ意識が戻ったのかな?良かったぁ」
別の女の子の声が聞こえてきた。先ほどよりはやや落ち着いた女の子、といった印象か。
「でも、なかなか目を開けないよ〜」
「ちゅーしたらビックリして起きるかもしれないよ」
「面白そう!やってみるね!」
「うほっ!?」
突然訪れた身の危険(?)に驚いて奇声を上げてしまった。何が「うほっ」だ。
「あ、起きたよアリスちゃん!」
体を起こすと、目の前に手のひら程の大きさしかない人…のような生き物が浮遊していた。
「え……何これ……」
見たところ、空想生物図鑑みたいな本でよく見かける妖精のような出で立ちだが……
目に入ったとき、先ほど聞こえてきた2人の少女のイタズラか何かだと思った。しかしよく見ると、どこか糸で操ってるわけでもなく、間違いなく自分の背中の羽で浮いている。声の発生源もこのあたりだった。そこから考えられることは……
「ほん……もの?」
「ん、どうしたの〜?」
「……はいいいいいいいい!?」
思わず叫んでしまった。奥でティーセットで何か飲んでいる女の子が楽しそうにこっちを向いた。
「リャナンシーちゃん、この人きっと私たちみたいな魔物を見たことないんだよ」
「そっか〜、それなら仕方ないよね」
魔物?
このリャナンシーと呼ばれた妖精と、おそらくアリスと呼ばれている少女が魔物ということなのだろうか。
俺は今、たぶん違う世界に来ているが、天使とか閻魔とかではなく、魔物のいる世界に来てしまったのか。てかそれは天国なのか地獄なのか。
「ねぇねぇお兄ちゃん!お兄ちゃんの名前は?」
いつの間にか隣に来ていたティーセットの少女……アリスが覗くように聞いてきた。
「の……オリオン」
とっさに仮の名前を答えてしまった。
オリオンというのは俺の本名じゃない。画像投稿コミュニティサイトでのハンドルネームである。本名はアキマノリオ。ローマ字で並び変えたら出来上がった名前なのだ。
「おりおん?こっちの世界じゃ珍しい名前だね」
「こっちの世界……じゃあ、この辺で普通の名前はどんな物があるんだ?」
「えーっとね、田中さんとか、鈴木さんとか、山田太郎とか!」
……。
あれ?おかしいな?
確かに俺は転落してお亡くなりになって、天国とも地獄ともつかない世界の住人になったはずだけどな。とても馴染み深い名前な気がする。
「聞いていいかな?ここが何ていう場所かわかる?」
「私たちの間だとジパングって呼ばれてる地方だよ」
うん、確定した。
俺はどうやらまだどこにも旅立っていなかったようだ。
おそらくジパングってのは日本で間違いないだろう。
「ねぇねぇお兄ちゃん!どうして川から流れて来たの?もしかしてこの地方にいるっていう河童さん!?」
アリスという名の少女が目をキラキラさせながらグイッと顔を近寄せて来た。メッチャ近い。そして可愛い。
だが、この可愛い少女が魔物である事を信じざるを得ない物が見えてしまった。
この娘……角が生えている。
それだけではない。ただ単に服の一部だと思っていたが、よく見ると腰の辺りに蝙蝠のような翼が生えており、尻尾まである。
わずかに恐怖を感じたが、目の前の可愛いらしい瞳を見るとそんな感情はどこかへ消えてしまった。それどころか愛おしく思えて来た。
と、そんな少女に質問をされていたのだった。答えてあげないと。
「俺は河童じゃないよ。大事な物を川に落としちゃって……あ」
そこまで言って思い出した。俺はケータイをどこへやったんだ。
慌てて周りを見渡す。
「まずいっ……!どこだ……」
ポケットに手を突っ込んでも、自分に掛かってる布団を取っ払っても、枕を持ち上げても見つからない。
「お、お兄ちゃん?どうしたの?」
「お……俺のケータイが……」
「ケータイ?それってあれの事かな?」
アリスがテーブルの方に目を向けた。その先にはいつの間にかそこにいたリャナンシーと、彼女にソファ代りにされている俺のケータイがあった。
今日は何だか蒸し暑い。それでも雲行きが怪しくなってきたところを見ると、間も無く夕立が降るだろう。今日は傘を持っていないしこの辺で切り上げるとしよう。
所詮趣味で投稿コミュニティサイトに貼るためだけの写真だ。本気になる必要もない。
だが、切り上げる間も無く雨が降ってきた。遠くで雷も聞こえる。
これは早急に雨宿りを出来る場所を探さなければ。
焦りすぎたせいか、ぬかるみに気づかず足を取られ転倒してしまった。地面が柔らかいおかげで痛くはなかったが、左手に持っていたはずのケータイが無くなっていた。
「は?あれ?」
まず足元を見渡すが前後左右どこにも見当たらない。ならばと少し視野を広げる。すると、近くにある急な坂、その下に黒く光る物体が見えた。
ここから歩いて行くには危険過ぎる程の坂。しかもケータイのすぐ側には川が流れている。落ちたら助からないかもしれない。
だが、あのケータイには電話やメールはもちろんのこと、さっき撮ったばかりの写真、思い出の画像、見られるわけにいかないポエム、おかz…いやとにかく命くらい大切な物が詰まっている。命にかえても取りにいく。
僕はゆっくりと、足元を確かめながら坂を降りてゆく。落ち葉がある下の土はどんな状態なのか分からない。できれば土が見えている所を踏みながら進んだ。
だが、この判断が間違いだった。
考えてみれば当たり前で、見事にヌルッと滑り、空、地面、空、地面と交互に切り替わる世界を見ながら冷たい川へと落ちていったのだった。
■
少しずつ体に暖かな感覚が感じられてくる。
聴覚も目覚め、朝起きる時のあの感覚を取り戻していた。
そうだ、俺は自分の分身と歴史の結晶というかケータイを取りにいって…
きっともう、この目を開く時、俺は見た事のない世界の住人になっているのだろう。父さん母さん、立派な職業につけなくてごめんなさい。
「あ!ねぇアリスちゃん!この人寝ながら涙流してるよ?」
唐突に女の子の声が聞こえてきた。だが俺の知ってる女の子にはこんなに透明感のある声はいない。
「じゃあそろそろ意識が戻ったのかな?良かったぁ」
別の女の子の声が聞こえてきた。先ほどよりはやや落ち着いた女の子、といった印象か。
「でも、なかなか目を開けないよ〜」
「ちゅーしたらビックリして起きるかもしれないよ」
「面白そう!やってみるね!」
「うほっ!?」
突然訪れた身の危険(?)に驚いて奇声を上げてしまった。何が「うほっ」だ。
「あ、起きたよアリスちゃん!」
体を起こすと、目の前に手のひら程の大きさしかない人…のような生き物が浮遊していた。
「え……何これ……」
見たところ、空想生物図鑑みたいな本でよく見かける妖精のような出で立ちだが……
目に入ったとき、先ほど聞こえてきた2人の少女のイタズラか何かだと思った。しかしよく見ると、どこか糸で操ってるわけでもなく、間違いなく自分の背中の羽で浮いている。声の発生源もこのあたりだった。そこから考えられることは……
「ほん……もの?」
「ん、どうしたの〜?」
「……はいいいいいいいい!?」
思わず叫んでしまった。奥でティーセットで何か飲んでいる女の子が楽しそうにこっちを向いた。
「リャナンシーちゃん、この人きっと私たちみたいな魔物を見たことないんだよ」
「そっか〜、それなら仕方ないよね」
魔物?
このリャナンシーと呼ばれた妖精と、おそらくアリスと呼ばれている少女が魔物ということなのだろうか。
俺は今、たぶん違う世界に来ているが、天使とか閻魔とかではなく、魔物のいる世界に来てしまったのか。てかそれは天国なのか地獄なのか。
「ねぇねぇお兄ちゃん!お兄ちゃんの名前は?」
いつの間にか隣に来ていたティーセットの少女……アリスが覗くように聞いてきた。
「の……オリオン」
とっさに仮の名前を答えてしまった。
オリオンというのは俺の本名じゃない。画像投稿コミュニティサイトでのハンドルネームである。本名はアキマノリオ。ローマ字で並び変えたら出来上がった名前なのだ。
「おりおん?こっちの世界じゃ珍しい名前だね」
「こっちの世界……じゃあ、この辺で普通の名前はどんな物があるんだ?」
「えーっとね、田中さんとか、鈴木さんとか、山田太郎とか!」
……。
あれ?おかしいな?
確かに俺は転落してお亡くなりになって、天国とも地獄ともつかない世界の住人になったはずだけどな。とても馴染み深い名前な気がする。
「聞いていいかな?ここが何ていう場所かわかる?」
「私たちの間だとジパングって呼ばれてる地方だよ」
うん、確定した。
俺はどうやらまだどこにも旅立っていなかったようだ。
おそらくジパングってのは日本で間違いないだろう。
「ねぇねぇお兄ちゃん!どうして川から流れて来たの?もしかしてこの地方にいるっていう河童さん!?」
アリスという名の少女が目をキラキラさせながらグイッと顔を近寄せて来た。メッチャ近い。そして可愛い。
だが、この可愛い少女が魔物である事を信じざるを得ない物が見えてしまった。
この娘……角が生えている。
それだけではない。ただ単に服の一部だと思っていたが、よく見ると腰の辺りに蝙蝠のような翼が生えており、尻尾まである。
わずかに恐怖を感じたが、目の前の可愛いらしい瞳を見るとそんな感情はどこかへ消えてしまった。それどころか愛おしく思えて来た。
と、そんな少女に質問をされていたのだった。答えてあげないと。
「俺は河童じゃないよ。大事な物を川に落としちゃって……あ」
そこまで言って思い出した。俺はケータイをどこへやったんだ。
慌てて周りを見渡す。
「まずいっ……!どこだ……」
ポケットに手を突っ込んでも、自分に掛かってる布団を取っ払っても、枕を持ち上げても見つからない。
「お、お兄ちゃん?どうしたの?」
「お……俺のケータイが……」
「ケータイ?それってあれの事かな?」
アリスがテーブルの方に目を向けた。その先にはいつの間にかそこにいたリャナンシーと、彼女にソファ代りにされている俺のケータイがあった。
13/06/17 02:02更新 / シジマ
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