読切小説
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リザードマンと剣士とおチビさんと大騒動
「リザードマンと黒衣の剣士とおチビさんと大騒動」

 それは暑い夏の盛りのことであった。
「とーちゃん! 起きて!」
「ん、んああ」
 アディレをそのまま小さくしたような少女が、強く父親を揺さぶっていた。ヴェルンは頭をゆすぶられて、現実と夢の中がごっちゃになり、呼吸が乱れた。
 アディレとヴェルンの一人娘、クーディレは栗色の髪の毛を腰まで伸ばした女の子で、優しげな琥珀色の瞳はトカゲに似ている。ぐいぐいと服を引っ張るその手は、鱗に覆われていた。トカゲみたいな裸足の足を踏み鳴らしている。
 もう寝間着から着替えており、汚れの目立たない藍色の、ちっちゃな農作業着を着ている。ズボンとシャツのツーピースで、ちゃんと尻尾穴もあいている。
 ヴェルンとアディレは娘のクーディレを挟んで川の字になって寝ている。両親の間は八歳の娘の特等席だ。娘はいまだに一人で寝たいとは思わないらしく、両親も促さないので好きなようにしている。
 けっきょくのところ、各人一人で寝るのがさみしいので、べったりとしているのだ。娘はいつの間にか二人の腕から抜け出たらしい。
 そういうわけなので、娘がいる間、家の中でエッチはできない。もっと幼いころはごまかしごまかしで、隣に預けたり寝ている間にとしてみたが、落ち着いてすることはほとんどできなかった。娘がすごく幼い時に見られてしまった時もあり、肝が冷えたものだ。
 わりと前からは娘が村の学校に通い始めたので、どうにか落ち着いて出来るようになった。朝のうちに愛し合うことを済ませてしまうのである。ヴェルンとアディレは互いの技量に熟達してきたが、ここのところ、もうひと刺激欲しいと思っていた。単に時間が足りないだけかもしれないが。
 ほかの家庭のように、こっそりできる場所を作ったり、姿を隠して堂々と畑の真ん中で営んだり、見られたので子どもにすでに全部話してしまっているという家庭もあるが、うちはうちのやりかたでいくつもりだった。
 昨日は村の休日だったので、娘に夜遅くまで本を読むことをせがまれた。娘はほっとくと一日中元気である。ヴェルンはいくら妻の影響で体が若返っているとはいえ、率先してきつい農作業をこなしたあとに娘の相手をするのは大変だ。
 もっとも、娘や妻と憩うのは最大の幸せである。大変でも、ヴェルンは文句を言わなかったし、言うつもりもなかった。
 とはいえ、たまに娘をうらやましいと思うことがある。ヴェルンは両親の顔を知らず、物心ついたころから孤児だったので、自分と伴侶の間ですやすやと幸せに眠っている娘がうらやましい。自分もそういう経験がしたかった。
 アディレも似たようなことを考えているようだ。彼女の一族はどうも散り散りになってしまったらしく。ときどき家族のことを思い出しては切ながる。
 ぼんやりそんなことを考えていると、クーディレにゆすられた。
「とーちゃん。今日は魚釣りに行く約束だろ。起きろー」
「ま、待て。あと、あと30数えるまで待ってくれ」
 クーディレが間延びした声で数え上げているうちに、ヴェルンは呼吸を整えて、体を起こした。となりではアディレがまだ眠っていたが、彼女ももぞもぞと動き出した。
「アディレを起こせば、飯を作ってくれただろ」
「今日はとーちゃんと飯をつくりたいのだ」
 それなら仕方ない。ヴェルンはすぐに折れた。娘におねだりされて断れない親がいるだろうか。だから、愛すべきダメ親と隣近所でいわれるのだろうが。
「クーディレ。おれが火を入れるから、ほかの用意をしてくれ」
「えー、あたしが火を入れたいよう」
 火事になると危ないので、火の扱いに関しては徹底的にしつけてある。
「いいぞ。じゃあ、クーディレが火を入れてくれよ。おれは用意するから」
 まあ、まだ段取りが決まっているわけでもない。アディレもむにゃむにゃと半分目が覚めている。クーディレは先に厨房に行ってしまった。
 ヴェルンは作業着に着替えた。服装は家族でおそろいである。アディレが布から縫い上げた品物だ。
 それから、ヴェルンは外の様子を見た。娘がすでに板窓を開けており、涼しい朝の空気が入ってきている。部屋の中には三人の体の匂いと、虫よけの香料が香っている。
 ヴェルンはアディレをゆすって起こし、耳元でささやいた。
「もうすこし遅れてきてもいいぞ。おれたちは料理するから」
 アディレはヴェルンの顔を覗き込み、微笑んだ。アディレはすっかり髪が伸びて、印象が変わっている。奥さん、といった風情だ。しゃべり方も変わった。武人言葉をやめてしまったのだ。ヴェルンはあのきっぷのいい話しかたが気に入っていたのだが。
 二人は誘い込まれるようにして軽く口づけた。互いの唇がとても甘く感じる。キスなら何十回でもできるが、そんなことをしていると娘に引きはがされるので、名残惜しくアディレから離れる。
 そのまま、ヴェルンはその場を辞し、厨房へ向かった。作業部屋や客間のある廊下を通り抜けてゆく。
 厨房は外からつながっている土間にある。クーディレが、水桶を手に待ち構えていた。
「水、汲みに行こう?」
「あいよ。まったくこいつは骨が折れるな」
 水汲みは重労働である。いちおうこの村は、村の各地にある井戸に向けて山から水を引いており、いつでも清水が使える。
しかし、自宅に持って帰るのは人力だ。このあたりの地盤からくみ上げた水は、渋みが強くて大量の飲用に適さない。だから山の水を使っている。
 ててて、と走っていった娘のあとについて行った。走っていることに怒りはしなかった。こければ、それは親が怒っていないからこけたわけではない。こけるのは自分の責任である。そう思って、大けがしたりさせたりしないかぎり叱るつもりはなかった。いちおう、ときおり注意はしているが。
「待てって。とーちゃんは眠いんだ」
「ご近所さんが集まっているぞ!」
 たしかに集まっていた。井戸端に集まっているのは老若男女いろいろである。若い女性と若く見える男性が多い。もっとも、魔族の村の宿命で、村の男性人口は少ないが。
 帝国ではこんな光景はないな、と改めて思った。帝国では水汲みは女性や子供の仕事だとされている。男性はその間、雑事をしてふんぞり返っているそうだ。しかも、下層民にいたるまで男が威張っている。ヴェルンは家庭の内情についてはさほどくわしく知らないが、あまりいい雰囲気ではなかった。
「ああ、ヴェルン! 元気かい?」
 フレイド=クリストが声をかけてきた。いまやヴェルンの親友だった。かの老夫婦に変装していた夫婦の旦那の方である。じつは、ヴェルンより年下だった。金髪碧眼の優男で、村で学校の先生をつとめている。共和国大学を優秀な成績で卒業しており、地方を調査して農学を広めることを任務としていた。そのため、ときおり留守にしている。
 彼はよく本を貸してくれるため、たいへん助かっていた。印刷本があるとはいえ、本は高価なものである。
 そういえば、昔なぜ変装していたかというと、学者として各地を回る都合上、帝国に行くこともあり、変装の練習をふだんからしているという。
「むろん最高さ。フレイド。今日も嫁さんに指図されて水汲みか?」
 この水汲み場にはそれぞれの家庭の力関係が現われる。ドロドロしている家庭は一軒もないが、分析してみると意外と面白い。
「ああ、ぼくは運動不足のようでね。妻に尻を蹴られて水を汲まされているわけだ」
 その場に笑いがさざめきのように広がる。実際に蹴飛ばされているわけではない。
「こないだの本は面白かったよ。娘が喜んでいた」
 フレイドはにっこり笑い、嬉しそうだった。
「そうだろう? 街の方で有名な童話でね。ところでヴェルン。嫁さんは元気?」
 人間の国だったら、「嫁さんは元気」なんて社交辞令としては失礼にあたるのだろうが、このへんではべつに、男性の社交辞令として珍しくもない。
「ああ、元気だよ。朝は起こしたけど、いくらか休むように言った。昨日は根をつめていたからな」
 さいきんアディレは針仕事にも興味を持って、習い覚えている。クーディレの服にも、リザードマンをデフォルメしたアップリケがくっついていた。
 農村では早起きしないとあとでつらくなるので起こしたのだが、ほんとうはもっと寝かせてやりたい。
「そうかい。そんなに針仕事が気に入ったなら、ぼくの妻も喜ぶよ。あんなに熱心に妻が教えて、そして彼女は教わっていたからね。ところで、今日は親子で一緒なんだね。クーディレちゃん。元気?」
「元気だぞ! 今日はとーちゃんと釣りに行くの!」
「そっか。たくさん釣れるといいね」
 リザードマンというやつはどうしてこんなに釣りが好きなんだろうか。やはり成果が関係しているのだろうか。リザードマンは魚が好きだ。肉食的な意味で。
 クーディレが水を汲む順番を待っている間、ヴェルンは声を潜めてフレイドに言った。
「例の不審な人影は?」
「いや、見つかっていない。巧妙に隠された野営地跡は見つかったけどね」
 村に狩人の一家が住んでいるのだが、その家族が見つけたのである。痕跡の消し方は巧妙で、火を焚いておらず、自然物をほぼ利用しないで野営しているようだ。
「最初に森小屋の管理人が見て、村向こうの猟師の一家が見て以来、だれも見ていないな。いったいだれなんだか」
「うぅむ。敵意はなさそうなんだよ。さっと隠れてしまったっていうし」
 ヴェルンは考え込んだ。最近、村の周辺で謎の人影が目撃されている。村に住んでいる人間でも、知り合いでもないらしい。なにかが村をうかがっているのだろうか?
「わからん。とりあえず、今日の釣りには短剣を持っていく」
 ただの釣りに短剣は必要ない。短剣とは人間用の武器だからだ。ふつうなら猟刀や仕事用のナイフを用いる。
「気を付けて。なにかあったら協力するから、すぐに言うんだよ」
 ヴェルンはうなずくと、友達とおしゃべりしていたクーディレが叫んだ。
「順番来たよ! 先生、ほら!」
「ああ、はいはい。次がヴェルンたちだね。じゃあぼくはこれで」
「フレイド、例の件についてはたのむ」
「ああわかった。来客ね。よく了解しているよ」
 彼は水を汲むと、水をこぼさないようによろよろと歩いて行った。前から考えているが、彼に筋力トレーニングの極意を教えようかと思っている。次に言おう。
 ヴェルンたちも水を汲み、自宅を目指した。
 戻ってくると、アディレが厨房であちこち用意していた。庭で摘んできた野菜がかごに盛られている。中身はナスとサヤインゲンマメだ。それと、庭で育てている草イチゴ。すでに井戸水で洗ってある。振り向いた彼女が二人に笑いかける。
「寝てなくていいのか?」
「そんなわけにはいかないよ。あ。お水汲んできてくれたんだね。水がめにお願いしてもいい?」
 ヴェルンは古い水を流しに捨ててから、新しい水を水がめに満たした。古い水が庭の裏手に流れていく。クーディレもそれに習い、水を入れる。ヴェルンはアディレに言った。
「飯なんにする?」
「うーん、やっぱりさっぱりしたものがいいよね。おなかいっぱいだと釣りの時に差し障るでしょ?」
「そうだな」
 アディレはちょっと考え込んでから、決断した。
「麦がゆに、んー、卵でしょ。豆醤〈みそ〉でスープを作って、果物をつけようか。お漬物も出してと」
「あいよ、手伝う」
「じゃ、スープを作ってくれる?」
「あたし、あたしが火を入れる!」
 火を入れるのはクーディレに任せた。農家の子どもなら、かまどに火を入れるなど朝飯前だ。かまどの灰に埋めておいた埋め火を使い、木っ端に火を移して火を大きくする。彼女の尻尾が楽しそうに左右に揺れているのを見た。
「尻尾焦がすなよ。黒焼きになっちまうから」
「へーきへーき!」
 あっというまに火がついた。ヴェルンはその間、サヤインゲン豆を一口大に切り分け、ナスのヘタを切り落とした。もともとヴェルンは料理をするほうだ。彼の師匠は人使いが荒い上に料理ができず、たまに思い付きで厨房に入ってくるととんでもないものを作り、しかも不機嫌になった。なので料理はヴェルンと妹で分担していた。
 そういえば、妹とは長い事会っていない。血がつながっていない妹で、おなじ孤児の境遇だったのだが、師匠のおかげで妹は大学に行った。いま、共和国大学で教鞭をとっているはずだ。
 ヴェルンは学問に興味はあったが、自分は妹のように賢いと思っていなかったので、仕事をして妹に仕送りをするにとどめた。不自由をさせたくなかったからだ。妹も、苦学生時代にはアルバイトをして、だいぶ自分でも生活を支えたようだが。
 考えがそれた。ヴェルンはナスを一口大に割り、水でアクを抜いた。独特で鮮やかな紫色が汁に出るので、皮はむかない。皮を剥くのはもったいない。
 アディレが鍋にたっぷり水を入れて、火にかけた。湯を沸かしておくと重宝する。
「クーディレ、鍋を使うから、母ちゃんを手伝ってくれ」
「あーい」
「クーちゃん。お漬物をとって盛り付けていいよ」
 アディレが漬物壺を下ろし、あとはクーディレに任せた。
 クーディレがまじめな顔で、大皿に漬物を並べていた。麦がゆによく合う菜物の漬物である。けっこうしょっぱいが、午後の運動のために塩気をとるのはよいだろう。
 その間、ヴェルンは煮えた鍋に野菜を投入し、魚の乾物でだしをとった。東方風スープである。アディレは順調に麦がゆを煮ており、ぷつぷつと煮える音がしてきた。
 野菜が煮えたので、味噌を投入した。西方ヒラ豆という品種から作った、淡い味わいのミソだ。東方からの輸入品である味噌よりはっきり言ってコクが足りないが、それでもなかなかの味わいである。これは自家製だ。
 くるりとみそを溶いているうちに、麦がゆが煮えた。
 次に、アディレがフライパンを取り出して、卵を割って目玉焼きを作り始めた。たらりと鉄のフライパンに油を垂らし、ふたをして短時間でこんがりと焼きあげる。焼き加減はやや半熟だ。ヴェルンはその間、配膳の用意を進め、クーディレには果物の盛り付けを頼んだ。
 彼女は草イチゴを物欲しそうに見つめたが、ちゃんと我慢した。
 と思ったら、やっぱり我慢できなかったらしく、一つパクリと食べてしまった。
「甘ーい」
 彼女の口の中に、強い芳香を伴った甘い香りが満ちる。まるで夢心地になれそうな味わいだ。
「こら、つまみ食いなんかしたら、虫入りにあたっちゃうんだから」
 ヴェルンは苦笑した。虫入りキイチゴというものは恐るべき物体だ。あれを噛み潰したときの衝撃は、親子共に共有されている。一時期、庭のキイチゴが虫にやられたことがあるのだ。食べたときの残念な気持ちは夢を見るどころではない。
 卵が焼けたのと、一通り配膳が終わったのが同時だった。目玉焼きを盛りつけ、調理器具の後始末を軽く終えて、それぞれお盆を持って食卓へ向かった。食堂は居間である。
 机について、かるく手を合わせて祈りをささげた。ヴェルンはとくに信仰心はない。だが、この食卓につくまでの奇跡に感謝しているつもりだ。神と言うものは信じていなかった。もしいるのなら、神と言うものは残酷なものだと思う。
泥水をすすらされるような配役も、満ち足りた人生を歩める配役もし、それぞれが関わり合うように星を配置するのだから。
 アディレは祖先を信仰しているらしい。魔族は血のつながりを大事にするので、めずらしくない信仰心だ。彼女らは大地と自らのつながりを愛し、感謝するようにと信じている。クーディレはまだ信仰とはよくわかっていないが、食事前に感謝が必要なことくらいはわかっている。
「いただきます」
「いただきまーす」
 クーディレはすぐ卵に飛びついた。卵が大好きなのだ。やや半熟気味の卵にかぶりつくと、黄身が弾けて、白身へと滴った。アディレが粥に匙を運びながらつぶやいた。
「ところで、釣りってどこまで行くの?」
 釣りは午前中を使って家族で遠出する。単なる遊びではないので、それなりに気合が入っている。いちおう、ヴェルンが先に沢まで行って、わなを仕掛けてある。
「いつもの沢筋だよ。今日は客が来るからな。豪勢にせにゃならん」
 今日は妹の一家を家に招いている。妹は独り身で、息子が一人いる。
 じつは、かなり長い事会っておらず、手紙を送った時も悩んだ。しかし、返事が来たときは喜んだ。今日会いに来てくれるという。
「妹さんって、学者さんなんだよね」
「ああ、帝国の歴史を、たしか。魔術師でもあるがな」
「息子さんって、あたしのイトコなんだよね? 会いたいな!」
 クーディレはみそ汁をすすった。だしがよく出ていて、野菜がちゃんと煮えている。みそ汁を食べ終えた後は、漬物を食べてしまったので、麦がゆにたっぷりキイチゴを入れて食べ始めた。
「妹とも息子とも血のつながりはないから、ちょっと違うけどな。今年で、何歳だ? あー、たしか、帝国の内乱で国を出たのがおれが25の時で、30歳の時に妹が息子を拾ったから、おれがいま43だろ? 13か。もうそれなりの男だな」
 アディレは驚いた。
「拾ったって、血のつながりがないの?」
「ああ、ある日、妹の住む小さな借り家の前に捨てられていたのさ。話さなかったっけ?」
「初耳。妹さんのことだって、最近知ったのに」
「そうだな。あのころは帝国からの難民が多かったんだ。いま帝国は国境を締め上げていて、とてもこちらには来れないが。妹の養い子は帝国人の特徴が強いから、たぶん難民が希望を託して捨ててったんだろう」
 クーディレが珍しくむずかしい顔をしている。
「どうして、子どもを捨てたりするの?」
「おれも捨て子だったさ。帝国は教会の教義を採択しているが、堕胎などの不妊手段が禁止されているんだ。それはこっちも同じだけど、向こうの国では多少意味合いが違う」
 子供を持たないという選択肢はある。子どもを持つことがときに負担となることもある。それをよく考えずに、帝国は富国強兵のため出産を奨励している。だが、育てられない子供を持つことは、おそらく親子双方にとって不幸だ。
 ヴェルンたちは子宝を授かり、幸せに暮らしているが、それは奇跡のようなことなのだ。
「とーちゃん、難しくてよくわかんない」
「べつにわかんなくていいさ。まあ、向こうの国だと、子どもを産むのに人々の意識は前向きだが、あとのことをちゃんと考えない傾向があるな」
「子供が幸せを運んでくるって、教会の人は言うよね?」
 アディレの言葉に、ヴェルンは重々しくうなずいた。
「あれは詐欺だな。幸せを欲しがっているのは子供だ。親は責任を持つべき立場だ。子どもはおおよそ無限大の愛を欲しがるのに、親が幸せばかり願ってどうする。いざってとき、なにができるっていうんだ」
 アディレはじっとヴェルンを見ていた。彼の心の中には怒りがあることを知っている。親に捨てられたという恨みだ。この言葉は、ヴェルンの信念だろう。
「とーちゃん、とーちゃん。顔が怖いよ」
 熱が入ったことにヴェルンは気づき、自嘲して笑った。
「悪い。とーちゃんはむかし嫌なことがあったんでな」
「帝国なんて、いつかあたしがやっつけてやるぞ」
「よせよせ。あんな政府と関わる方がばかばかしいや。クーディレは自分の好きなことをやりなさい」
 三人は食事を終えると、さっさと片付けた。片付けはいつも三人でやることにしている。
 それから、外出の準備をした。送った書簡には、クリスト家がしばらく世話をしてくれると書いておいたので、根回しもしたし、フレイドたちが応対してくれるだろう。
 釣り道具を仕立て、三人は農作業着のまま出発した。今回の釣果しだいでもてなしの格式が決まる。責任重大だった。
 クーディレとアディレの尻尾が揺れるのを見ながら、ヴェルンはしんがりをつとめた。
「足元に気をつけろよ。おとといの小雨のせいで濡れているから」
「平気だよ。リザードマンの足裏は滑らないもん。それより、ヴェルンこそこけないでね」
 たしかに、ヴェルンのほうが歩くのは大変だった。軽くて分厚いブーツを履いてきたのだが、靴裏に鋲を打っているにもかかわらずに滑る。
「うらやましいよ。そんな便利な足でな」
「そお? でも、この足じゃ足元のおしゃれは限られるし」
 リボンや足輪で飾るおしゃれしかできない。それは身体部位が獣の物となっている魔物たちのひそかな悩みだった。
「おれはお前の足が好きだよ」
「ありがと」
「むー、後ろの方でなんかいちゃいちゃしてる」
 クーディレが蚊帳の外にされてむくれている。ヴェルンは娘の後ろからこう言った。
「おっ、沢の音が聞こえないか? そろそろだぞ」
 話題逸らしは成功した。クーディレは早足で釣り場に向かった。早足と言っても、ちゃんとした山歩きの足の運び方で、いたずらにいそいでいるわけではない。
 沢が見えて来た。人の使う道を横断するようにして水が流れている。かなり大きな沢で、村の近くもこれが流れていた。こちら側に橋はなく、向こう側にはけもの道と森しかない。
 白い泡を立てながら、川は流れていく。この川はやがて大河へと合流する。
「よーし。釣りをするか。ちょっと、その前に罠を見てくる」
 罠が流されていないか、確認だけしておくつもりだ。
「とーちゃん、どっちがたくさん釣れるか競争ね!」
「はいはい。淀みに落っこちるなよ。この水量じゃ、お前の体重じゃ足を持ってかれる」
 罠がすべて設置位置にあったので、ヴェルンは引き返し、釣りをすでに始めている二人に混じって、竿を手に取った。あまり近くで釣りをやると危ないので、距離を取る。
 エサは昨日のうちに用意しておいた虫である。家の裏手に生えている植物の蔓には虫こぶがあるのだが、その中に入っている虫だ。食いつきのいい餌である。
 最初のアタリはアディレがさらった。竿がしなったかと思うと、虫に食いついてきた渓流魚が空中に体を躍らせる。アディレは網で掬い取ると、魚籠のなかに手際よく入れた。
「わたしが最初」
「ずるーい、母ちゃん!」
「ずるくないもん」
 だが、次はクーディレがアタリをとらえた。母よりも小さな魚だったが、彼女は満足げに自分の魚籠にしまい込む。
 どういうわけか、ヴェルンの竿にはアタリがこない。娘と妻は釣りに天性の才能があったが、自分もそれなりに自信がある。だが、娘と妻はすでに三匹も釣り上げている。ヴェルンはちょっと焦った。これで罠しか成果が無いのは沽券にかかわる。
 二人より下流にいるのがよくないようだ。ヴェルンは作戦を変えた。
「おれ、上流のよどみに行ってくる。アディレ。クーディレを頼むぞ」
「とーちゃん、釣れないからむくれているんだ」
「うっさい。大物をとってきてやるからな!」
 ムキになって返事し、二人から離れると、笑い声が背中から追いかけてきた。振り返ると、心配性の父親がいないことをいいことに、川の石をひっくり返して虫を捕まえている。川虫のほうが餌としては食いつきがいいのだ。
 ヴェルンは苦労して急な沢道を登り、滝へと至った。
 上流は小さな滝になっており、深い淵となっている。ここは水が渦巻いていて危険なので、クーディレには立ち入りを禁じている。
 ここは支流が合流しており、近場の沼からも魚が来るため、ときおりとんでもない大物が釣れることで有名だった。
 ボウズから一発逆転なるか。ヴェルンは蔓虫を針につけると、水の中に投げ込んだ。
 都合のいいことに、かなり重いアタリが竿先にきた。これはいいぞと竿を引くと、なぜか水底からすごい泡が立ってきた。
「な、なんだ?」
 ばしゃっと水の中から何かが出てきた。
「痛いじゃないか!」
 半裸の女性だ。腰に縄でかたく布を巻き付けているほかに、服を着ていない。尻から延びるサキュバスの尻尾と翼からみて、魔族だとわかる。かなりの数の刀傷が体中にあり、日焼けして筋骨隆々とした肉体が艶めかしい。黒髪はぼさぼさだが、その黒い瞳には強い生命力があふれていた。
 ヴェルンは慌てて竿を下げた。糸のせいで持ち上がっていた女の尻尾が垂れる。
「す、すみません。人がいると知らなかったんで。手当てします」
 女は尻尾に突き刺さった針を抜いた。返しが無かったのでよかった。
「いい。こんなもの、カに刺された程度だ」
 そのとき、ヴェルンは女性の顔に見覚えがあることに気づいた。いや、見覚えどころの話ではない。この人は。
「し、師匠?」
「ん? ああ、おまえ。わたしの坊やではないか。この失礼、どう詫びてくれるつもりだ? うん?」
 女性は近づいてくると、ぐりぐりと絡んできた。大きな乳房がヴェルンの体に当たって柔らかに形を変える。
 ヴェルンが赤面しつつどうにか師匠を引き離すと、彼女はむっとした。
「坊や。妻を得たと聞き、師匠がみやげを用意していたというのに、さっそくこのような狼藉を働くとは、お仕置きが必要なようだな?」
 師匠がやらしい手つきで触ってこようとしたので、逃げた。
「勘弁してください! ああそうだ、妻と娘が向こうにいるんですが、会いませんか? あと、今日の釣果でごちそうしますから」
 師匠はちょっと機嫌を直し、にやりと笑った。
「いいだろう。じつは、お前の家庭は影に隠れてうかがっていたんだが、仲睦まじそうで何よりだ」
 それから、ぼそりと師匠はつぶやいた。
「そんなに近くにいるなら、手は出せないな」
 なんだかいやらしいことをつぶやいている気がする。
「なんですって? え。最近出ている不審者って、師匠だったんですか?」
「だれが不審者だ。まあ、この近辺で隠れていたのはあたししかいない」
「それで、なんでうちの村のことを?」
「おまえの妹から聞いたに決まっているだろう」
 ああ。失念した。しかし、師匠とは生き別れになったきりだったのだが。
「師匠、どうやってあの時生き延びたんですか?」
「帝都での内戦か? たいしたことはない、あの程度で死ぬと思ったか?」
 思ってない。
「それじゃ行きましょう。それより、そんな恰好じゃカゼひきますよ」
「べつにどうってことない」
「おれが困ります。胸丸出しで、妻にどう説明しろというんですか」
 師匠が隠してある荷物を探り当て、体を拭いてしぶしぶ服を着ている間、ヴェルンは道具を片付けた。今日の釣りの結果は、師匠一匹だけのようだ。
 旅装をまとった師匠は、むかしとほとんど変わりなかった。腰には剣を下げており、剣は恐ろしく使い込まれている様子だ。こちらは師匠の愛剣だったと思う。
「あ、そうだ。これがみやげだ」
 師匠は沈めてあった巨大な魚籠をとりだした。中にはくねる大きなウナギが五匹と、巨大なナマズが二匹入っている。とんでもない釣果だ。さすが師匠。
「さっき、でかいナマズを捕まえられそうだったんだが、お前のせいで逃げられた」
「すみません」
 あとが怖いので陳謝する。
「構わん。おまえのことだから、釣れなかった時のために罠でも仕掛けているんだろう。早く行くぞ。ほらほら」
 師匠に急き立てられ、ヴェルンは二人のところへ戻った。

 ヴェルンは罠を引き上げた。中には渓流魚が数匹と、かなりの数のエビが入っていた。よかった。釣果が師匠だけでは、物笑いの種である。
 向こうの方では、アディレとクーディレが無邪気に師匠と話をしている。余計なことを吹き込まれていないといいが。
 罠を抱えて戻っていくと、師匠のスヴェチカが笑った。
「わたししか釣れなかったようだな、ヴェルン?」
「いい拾い物だと思っていますよ。ウナギとナマズはありがとうございます」
「うなぎ! 今回はどうやって食べるの?」
 クーディレが、くねくね動いているウナギを眺めながら、そう言った。ヴェルンが返事する。
「これはタレをつけて焼くに限る。そういえば、南方米があったな。丼にするか。あ、クーディレ、ウナギにさわっちゃだめだ。血に毒がある。だいじょうぶだと思うが、あんまり触るな」
 クーディレが手を引っ込めた。ウナギの体には毒があるのだ。どういうわけか、加熱すると大丈夫になる。
「なに、タレ焼きだと? ぜいたくな奴め。用意は一そろいあるんだろうな?」
「あります。師匠、まるで昔からウチにいるような調子ですね」
 皮肉るヴェルンを意に介さず、師匠はこうやり返した。
「おお、なんて他人行儀な弟子だ。育ててやった恩を忘れたか」
「忘れちゃいません」
 師匠がいなければ、自分の命運はとっくの昔に尽きていた。感謝してもしつくせない。
 だが、なぜだろう、ヘンな胸騒ぎがする。師匠をこのまま家に連れ帰っていいものか。
「ところで、ナマズもウナギも泥を吐かせてあるから、すぐ食えるぞ。クーディレといったな。何匹釣れた。ん?」
「六匹!」
「ほう、すごいじゃないか。才覚があるな」
 むかしの師匠は子供に対して手厳しかったので、このような師匠を見ていると奇妙な感じになる。子どもに厳しい親が孫には甘いのと同じ心理だろうか。
「クーディレ、つまるところ、この人がお前のばあちゃんだぞ」
「へー、そうなの」
「おばあちゃんではない。スヴェチカと呼びなさい。呼び捨てでいいから」
 じろっと師匠ににらまれたので、ヴェルンは唇を突き出してそっぽを向いた。アディレが仲を取り持つように間に入り、言った。
「スヴェチカさん。こんなにたくさんの物をありがとうございます」
「うむ。おまえさんもこんな朴念仁が相手では疲れるだろう。今日は宴会のようだし、わたしも相伴にあずかって、土産話をしてやろう」
 師匠は健啖家である。はたして師匠のみやげは、うちの食料倉庫と釣り合うのだろうか。
「スヴェチカはどんな話をしてくれるんだ?」
 クーディレの言葉に、師匠は人の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、いろいろだな。武勇伝、剣の話、艶笑譚」
 クーディレは首を傾げた、えんしょうたんの意味が分からないのだろう。
「娘に余計なことを吹き込まないでください」
「なんだ? まだ娘にちゃんと教育を施していないのか?」
「うちでやりますから師匠は口出ししないでください。ほらほら、帰りましょう。立っていたらウナギが死にます」
 一行はそれぞれ荷物を持って、沢から去った。
 
 家に帰ると、庭の箒が逆向きに立てられていた。フレイドからの合図だ。
 ひとまず魚を用意しておいた桶に活けると、ヴェルンは言った。
「お、妹が来たようだ。おれが呼んでくるから、アディレとクーディレは用意してくれ。師匠。厨房には入らないでください。上席を用意しますから」
「ふん、おまえに酌をする名誉をくれてやろう。わたしは昼寝して待つ」
 そう言うと、勝手に家に上がり込み始めたので、ヴェルンはアディレにいった。
「あの人の機嫌を損ねないように。悪い人じゃないんだが、なにぶん自分勝手でな」
「そう? そのへんはまかせておいて。妹さんを迎えに行ったら?」
「うむ」
 ヴェルンは隣家へと向かった。この村では、隣家は生け垣と畑、水路を挟んで立地している。しばらく歩くと、フレイドとジャンヌの家が見えてきた。
 人の話し声が聞こえる。聞き覚えのあるやさしい声だ。
 家の門を開けて堂々と入り込むと、玄関先で妹がクリスト夫婦と会話していた。妹の隣では、恐縮した様子で少年が立っている。
「よう、ソチア」
 ヴェルンがあいさつすると、妹が振り返った。
 顔はヴェルンとまったく似ていない。かわいらしい顔だちで、背丈もそれほどない。金色の髪に青い瞳で、白い肌とあいまって人形のようだ。おしゃれでカラフルな学者ローブに身を包み、足回りは頑丈なブーツを履いているが、靴下や手袋などは趣味がいい。ほかに、宝石をはめ込んだ魔法の杖を持っている。
 少年の方はアレクという名前で、前回会った時は五歳だった。かなり成長したものだ。勉強好きそうな雰囲気と、物柔らかな雰囲気が、親友に似ていると思った。母親よりずっと地味な旅行服を着ていた。
妹は共和国支部のサバトに所属している魔女だ。
サバトは学術組織としての顔もあるため、歴史学を探究する部門に属しているのだ。サバトの裏の顔に関わっているかは知らない。
 妹はヴェルンにつかつかと歩み寄ると、まくしたてた。
「あっ、兄さん! もう、八年近く連絡もなかったかと思ったら、こんなところで結婚してて、驚いたよ!」
「手紙でだいたいのことは書いたが」
「肺を病んだなら、私のところに来れば治してあげたのに!」
「すまん、病んでから帰って来るまで時間がかかったし、間に合わないと思ったんだ。伝染性で、人に移すと困るしな」
 妹はとんがり帽子をかぶりなおすと、べしとヴェルンの腰を叩いた。
「だから、剣客稼業なんてやめて、ウチで暮らせばよかったのに!」
 ヴェルンは悪びれなかった。
「そりゃ困るな。いまの嫁さんに会えないじゃないか」
 ソチアはようやく笑うと、ややあってクリスト夫婦に頭を下げた。
「いつぞやは兄がお世話になりました。いえ、今も厄介になっているようですね。これ、おみやげです。兄さんにも」
 おみやげは箱に入っているなにかだ。中身を聞くと、妹は口に手を当ててこういった。
「ないしょ」
 フレイドは笑うと、ソチアに言った。
「いや、ぼくたちも楽しくお付き合いさせていただいていますよ。ねえ、ジャンヌ?」
「そうだよ。ソチアさん。まあ、あのときはたまげたけれど、いまは八方丸く収まってよかったのさ」
 そう言って、ジャンヌは笑った。彼女はこの農村出身で、地方を回っているフレイドと大恋愛の末に結婚した。田舎の女性といったしゃべり方をする、気のいい人である。この二人の夫婦の悩みは、なかなか子供ができないことだった。
「そう? 兄さん、剣闘で死のうとしたんでしょ? この人は昔から融通が利かなくて、迷惑をかけていませんか?」
「いえ、いたって誠実な人です。ただ、同じことは繰り返さないように言い含めましたが」
 ヴェルンは肩をすくめ、こう言った。
「フレイド、そのへんでよしてくれよ。そういや、ソチア、師匠が来ているんだが、おまえはそのことを知っているのか?」
 ソチアは口元を覆うと、あわててこう言った。
「し、知らない。義母さんが来てるの?」
「ああ、いまごろアディレたちを悩ませているに違いない」
 師匠の面倒くささをよく知っているソチアの物分かりはよかった。
「すみません。義母は自由な人なので、ちょっと会ってきます」
「はい。ところでヴェルン、ぼくらもごちそうしてもらえるんだよね?」
 夫婦は期待するように見て来たので、ヴェルンは言った。
「わかってるよ。それより、おれの師匠が退屈しないように見張っていてくれ」
 それから、さっきからヴェルンを見ている義理の甥に、ヴェルンは声をかけた。
「よう、元気か?」
 アレクはうなずくと、複雑な表情を浮かべた。おじのことはよく母から好意的に聞いている。会えてうれしかった。しかし、母を悲しませているのは納得できない。
「お久しぶりです。おじさん。母が心配していましたよ」
「悪い。と、とにかくだ。おまえ、師匠のことは知っているか?」
「え、ええ。話で聞いています」
 母から聞いたのは、とんでもない話ばかりだったが。
「それなら話は早い。ちょっと師匠の相手をしていてくれ。おれは料理をしないといけないから。ジャンヌさん、料理を手伝ってもらってもいいですか? アディレとあなた、三人がかりでも時間がかかりそうなので」
 ジャンヌは胸を叩くと、快諾してくれた。
「それはいいけど、そのお師匠様っていまどこにいるのさ?」
「うちの客間にでもいるでしょうね。急がないと」
 ヴェルンのあとに、ソチアが付いて行ってしまったので、夫婦は顔を見合わせた。アレクが置いて行かれまいと走って行く。
「どうにも大変な人みたいだね」
「そうだね。こりゃ骨が折れそうだね」
 そのとき、10時ごろの時を告げる鐘が鳴った。

「アディレ! 師匠はどうだ?」
「スヴェチカさんはクーディレと遊んでくれてるよ」
「そうか、応援を連れて来た。早速取り掛かろう。おまえが指示してくれ」
「うん、帰り道に相談した通りにするね」
 なんとなく心配になって客間を覗くと、師匠がクーディレと札遊びをしていた。共和国では珍しくないカード遊びの絵札である。
「クーディレ、これからイカサマの方法を教えてやるから、おまえのとーちゃんに使ってやるといい」
「うん!」
「師匠。おかしなことを教えないでくださいよ」
 師匠はヴェルンのほうをみて、あからさまに舌打ちした。
「なんだお前か、料理はまだか?」
「妹が来たので、顔でも見せたらどうです?」
「おととし共和国学園でとっぷり話した。それより娘に関しては、前にはあれほど世話したじゃないか、あれは若作りだが、もう子供じゃない。クーディレは、スヴェチカと遊ぶ方が楽しいだろう? 私と居たいだろう?」
 よく言う。
「うん、スヴェチカ、いろいろ知ってるんだな!」
「師匠、変なことを教えたら、今度は剣闘で決着をつけましょう」
「言ったな。わたしに剣の勝負を挑むとは。尻の毛まで毟ってやるから覚悟しておけ」
 これ以上師匠に関わるのは時間の無駄だ。ヴェルンは引き返すと、厨房でうろうろしている妹とアレクを捕まえた。
「ソチア、アレクはどっちの戦力になる?」
「え、そのぉ。厨房、だけど」
「よしソチア。おまえは師匠のところに行け」
「いやよ!」
「じゃあ、アレクを送り込んでもいいか?」
 妹はだいぶ決断に時間がかかったが、やがて言った。
「アレク、クーディレちゃんに会いたいでしょ? むこうで遊んでいるから、行ってもいいよ?」
「え、母さん。料理を手伝うの?」
 見るからに不安そうな顔をするアレクにヴェルンは同情した。ソチアは師匠ほど壊滅的ではないが、あまり料理が上手ではない。
「いいんだ、おまえの母さんはこっちでうまいこと使うから。おお、フレイド! ちょうどよかった。アレク一人を師匠のもとに送り込むとかわいそうだから、お前も行ってくれ」
 おくれてやってきたフレイドは肩をすくめると、アレクの肩をつかんでこう言った。
「アレクくん。きみとはけっこう学問について話すことができそうだ。行こうか」
 アレクは嬉しそうだった。まだ勉強が好きなんだなとヴェルンは思った。
 二人を見送って、厨房へとヴェルンも入った。
「アディレ、どうだ?」
「どうもこうも、これからだよ。役回りはどうする?」
 ジャンヌが水桶の中を覗き込んで、感心した。
「お、これはいいウナギだね。ナマズもいい体している。かば焼きにするんだろ?」
「ええ。すみませんが、炊飯を頼んでいいですか?」
 ジャンヌはこの一帯では料理上手で知られている。彼女は腕まくりすると、笑顔を浮かべた。
「よしよし、お米はどこにあるの?」
「こっちだよジャンヌ。そこの食糧庫。ソチアさん。わたしを手伝ってください。魚を捌きます」
 アディレが指示したのは、どこの家にもある地下の倉庫だ。
「了解」
 ヴェルンはアディレとともに魚を捌くことにした。アディレにウナギをまかせ、ヴェルンはまな板にナマズを乗せる。ぬかりなく泥抜きしてあるらしく、水桶の水は澄んでいた。
 そのとき、クーディレが走ってきた。めんどうくさそうに師匠がてくてく歩いてくる。
「師匠。アレクは? フレイドは?」
「つまらん議論を楽しそうにしているよ」
「とーちゃん! あたしが捌きたい!」
「ん、だめ。ウナギは毒があるし、こいつを捌くのは骨が折れる」
「やりたいよぅ!」
「やらせてやれ、ヴェルン。何事も経験だろう?」
 師匠。ヴェルンは頭を抱えそうになった。
「師匠、自分がやったことないから、どれだけ大変かわからないんです」
「むぅ? ひどい言いようだな?」
「クーディレ。川魚を捌いてくれ」
 師匠を無視してクーディレに言う。クーディレは嫌そうだ。
「やだー」
「じゃ、手伝ってくれ。こいつに目打ちする」
 ヴェルンは折れた。ナマズの腹びれには鋭いとげが生えており、できれば娘には触らせたくない。
「気をつけろ。腹びれに巨大なとげがある。こいつだ」
 クーディレが目を丸くしてとげを見ている。ナマズは逃げたいようで、身をくねらそうとしたが、荒縄を手に巻いたヴェルンに把握され、逃げられない。
「こいつの目を、いま母ちゃんがウナギにやっているみたいに、目打ちで刺し貫く」
「痛そう!」
 後ろでアディレが両手を血まみれにして笑った。自分も昔、同じように思ったことがある。相手が魚でも、殺すのは心が痛むものだ。アディレは要領よくウナギを捌き、食用箇所を取り分けていた。
「クーディレ、ナマズに手を指されないように押さえろ。そうだ」
 ヴェルンは思い切りよく目打ちでナマズの頭を貫いた。
「クーディレ、こいつを背中から捌く。見ていろ。手は離せ。師匠、洗浄用の水くらい持ってきてくださいよ」
「ちっ、人使いが荒いな」
 使っていない。
 ヴェルンが手際よく背開きにし、内臓を引きずり出して、食べられない部分を全部捨てた。肉は脂がのっており、うまそうだ。
「クーディレ、よく見たか? これで、あとは骨を引きはがす。アラは焼いてみそ汁の出汁にするか」
 あっという間に捌き終えて、ヴェルンは肉を洗ったあと、安全なまな板の上に乗せた。
「おーい、ヴェルン。水を汲んできてやったぞ。喜ぶがいい」
「そこにおいてください」
 ヴェルンはクーディレに包丁を渡した。
「やるか?」
「やる!」
 次のナマズもヴェルンが目打ちして、捌くのは娘に任した。
「そうそう。あんま深く切るなよ。内臓を破る」
 それなりにきれいに捌けたので、娘はご満悦だった。
「できたぞ!」
「すごいな、さすがだ」
「さすがだなぁ。ほらみろ、やらせてよかっただろう」
「そーですね」
 そのとき、アレクとフレイドが戻ってきた。
「ジャンヌ。なにかすることある?」
 フレイドが妻に言うと、妻は大急ぎでこう言った。
「それじゃ、七輪に火を入れて?」
 ヴェルンたちは七輪に火を入れた。ジャンヌに釜を任せ、焼きにかかる。カマドで魚を焼けるように網を敷いたところでナマズと渓流魚とエビ、ウナギの残りを焼く。むろん炭火だ。
 さきに捌き終えていたアディレがタレを作ってくれたので、みそ汁はアディレに任せ、アレクとクーディレ、フレイドとともに七輪とカマドで魚を焼き始めた。アディレはソチアに指図して渓流魚を調味し、みそ汁を用意している。
 タレを塗っては魚をひっくり返し、また焼く。たれは甘い果実酒とヒラ豆醤油と砂糖を混ぜた独特なものである。東方の島国の料理に迫れるだろうか。
 ふと見ると、師匠が退屈そうにしている。危険だ。なにをしでかすかわからない。
「師匠」
「んー、なんだ?」
「ちょうどいい頃合いなので、お酌をします」
 ヴェルンはすばやくアレクに耳打ちした。
「おまえさんに任せる。困ったらアディレに聞け」
 師匠は興が乗って来たらしく、機嫌がよくなった。
「お前たちをサカナに酒を飲みたくなった。持ってこい」
 逆らうと面倒くさいので、ヴェルンは客用のリンゴ酒を取り出した。
「あっ、スリドネ農園のリンゴ酒じゃないか! ずいぶんいい酒だね」
 この村の近郊にある農園のものだ。酒のわかる男であるフレイドが目ざとく見つけ、こう言った。残念だが親友の口には一滴も入らないだろう。フレイドに飲んでもらう予定だったのだが。
「師匠、大事に飲んでくださいよ」
「ふうん? これはそこらの馬の小便〈ビール、安酒のこと〉とは違うようだな。よし、注げ」
 師匠のコップになみなみと注いだ。師匠はちびちびとやりながら、さらに機嫌がよくなった。
「うまい。へえ、口の中で弾けるこの淡い味。これは極上だ」
「これ、きゅうりの酢漬けです」
 すかさず機嫌をとる。もう慣れたものだ。
「気が利くな」
「それじゃ、おれは焼きに戻ります」
 師匠は気分良く送り出してくれたので、そつなく作業に戻れた。アレクとクーディレがすぐにアディレに質問したので、調理は問題なく進んでいる。
 フレイドは残念そうにしている。自分の口に入らないことを鋭く察したのだろう。
「すまん、あれはお前のだ」
「だろうね」
 親友はあきらめてくれた。
 やがて調理は終わった。ナマズとウナギはタレの香り高く、非常にうまそうだ。渓流魚やエビはハーブをちりばめてかりっと塩焼きにしてある。アラ汁もでき、ご飯も炊けた。南方米は体の細い米で、ややぱらぱらとした食感である。
 ふだんは使わない大きな食卓を取り出してきて、食堂の机にくっつけた。料理を並べ、食事前の祈りをささげた後、思い思いに食事を開始する。
 ヴェルンはおひつからご飯を山盛りに盛り、上にウナギを乗せた。ほかの人もそれに習う。アディレが給仕を買って出て、クーディレとアレクにご飯をよそってやっていた。
 ウナギを食べつつさじで口に飯を掻きこむ。これが東方流の食べ方だそうだ。掻き込まない食べ方はきどった食べ方だ。まあ、西方でも格の低い居酒屋では似たようなものである。タレが効いていて非常にうまい。
 師匠は酒を離そうとせず、機嫌よく勝手にナマズを切り分け、むしゃむしゃ食べている。クーディレとアレク、フレイドはもくもくと食事していた。アディレとソチア、ジャンヌはそれぞれ盛んにおしゃべりしながら食事をとっている。それでいてむしゃむしゃと食べているので魚の減りが速い。
 うかつにしていると食いっぱぐれるので、食事は早いペースで進んだ。
 やがて、魚もご飯もなくなってたので、アラ汁をたしなみながらキュウリの酢漬けをつまむ。師匠は一滴も他人に酒を分けなかった。
「ソチア。街での暮らしはどうだ?」
「せわしないよ。学校もサバトも忙しいし」
「サバトね。おれはよく内情を知らないが」
 そう言って眉を上げる。内情に興味はないが、おかしな策略に巻き込まれていると困る。
「大丈夫だよ、兄さん。わたし、中枢からは距離を取っているの。そういう会員も多いし、魔女って束縛を嫌うから」
「そうか。おまえの息子はどうなんだ?」
 アレクが顔をあげた。自分の話題になったからだ。
「勉強を頑張っているよ。ハタから見ていて心配になるくらい」
「だいじょうぶだよ。義母さん、息抜きしながらやってるから」
「息抜きって読書じゃないの。もう、剣術道場は休み休みだし」
「ん。剣術をやっているのか?」
「兄さんのところも?」
「やってるよ! とーちゃんが教えてくれるんだ! アレクは、剣術はきらいなのか?」
 クーディレは筋がいい。このまま続ければ、ヴェルンやアディレより優れた剣士になるだろう。それが不安だった。剣で身を立てると、なにかと争いに巻き込まれるものだからだ。身を護るための剣しか教えていないが、技が高度になればそうとばかりいってられないだろう。
「あー、いや。ぼくは学問の方が好きなんだ。剣術が嫌いってわけじゃないけど、どうにも相手と戦うってのは好きじゃなくて」
 ヴェルンはソチアを見た。ソチアはちょっと不満そうだ。文武両道を目指してほしいのだろう。様子を見るに、ちょっと無理な注文だと思うが。
「べつに、そういう男も多いさ。なにも剣だけが身を立てる手段じゃないしな」
「そうだよ。話してみたところ、アレクくんは学問向きの頭を持っている。アレクくん、あとでぼくの家に来ないかい? 本を見せてあげるよ」
 アレクはうれしそうにうなずいた。すっかりフレイドと親しくなったようだ。
「そのまえに、だ」
 スヴェチカが口を開いた。ヴェルンはヤな予感がして、師匠を見た。
「おい、アレクとやら、わたしが稽古をつけてやろう」
「よしてください、師匠。アレクを傷物にするつもりですか」
「馬鹿を言うな。この少年はおまえよりいい男じゃないか。おまえの傷は、お前が唐変木のブ男だからつけてやったんだ。男前が上がっただろう?」
 腹が立つ。ヴェルンはムキになっていった。
「ひさびさに勝負しましょうか、師匠」
「いいだろう。そのまえに、腹ごなしに札遊びはどうだ?」
「イカサマなしですよ」
「よし。クーディレ、アレク。わたしより得点が多ければ駄賃をやろう」
 ヴェルンは背筋が寒くなった。まずい、師匠が本気だ。ソチアがスヴェチカをなだめすかす。
「義母さん、大人げないよ」
「やかましい。ここのところ骨のあるやつがいなくて面白くないんだ。ほらほら」
 一同は車座になって、昼休みに興じた。師匠は一時期、腕前一つで賭場荒らしをしたこともある凄腕である。いつぞやとおなじように、クーディレとアレクには丁寧にルールを教えている。
「そういうわけで、わたしよりもうまくヴェルンたちをやっつけたら駄賃をやろう、皆の衆、ゲームは〈剣と宝玉〉でいいな?」
 アレクとクーディレは喜んだが、ヴェルンは頭を抱えた。師匠の得意なゲームだ。
 
 アレクとクーディレがお駄賃を数えている。二人にとって大金がもらえて、うれしいらしい。ヴェルンから見れば、安い本二冊分くらいのカネだ。こどもにとっては大金だろう。
 ヴェルンとスヴェチカは、円を描いて庭を回っていた。師匠の目からはふざけた調子が消えている。ヴェルンは竹刀を握った手に、嫌な汗がしみだすのを感じた。
「勝負はいつもと同じだ。わたしから一本を取るか、おまえが三本取られれば決着だ」
 ヴェルンはうなずいた。師匠のすさまじい気迫のせいで、気分が悪くなる。本気でやらないと、ヴェルンは叩きのめされてしまうだろう。
 娘の前でそのような失態を演じたくないが、相手は師匠である。
「がんばって、兄さん!」
「ヴェルン! がんばって!」
「がんばれとーちゃん」
 師匠はわずかにむっとした。自分に声援が無いのが気に障ったのだろう。すかさず、フレイドが言った。
「スヴェチカさん。どうかお手柔らかに!」
 スヴェチカはわずかに眉を上げ、機嫌を直した。
「行くぞ、好きなようにかかってこい」
「参る!」
 ヴェルンはまず愚直に突進し、師匠と激しく切り結んだ。スヴェチカは面白がってこれに応えた。一瞬だけ均衡した力は、師匠によって曲げられた。師匠は力技でヴェルンを押しのけると、あまりの腕力に足元がおろそかになって、構えが乱れたヴェルンの籠手を払った。ヴェルンは師匠の容赦ない籠手打ちを防げず、そのまま一本取られた。
「おおー、とーちゃんなにやってんだ!」
「うわあ、すごい。ヴェルンを押しのけちゃうんだ」
 一同は固唾をのんで見守っている。ヴェルンは仕切りなおした。手がびりびりする。
「なにやってるヴェルン。のろのろしてたら次は叩きのめすぞ」
 ヴェルンは慎重に勝負を仕掛けた。かすかに剣先を動かして師匠の攻撃を誘った。師匠は大胆に構えを変えて、ゆったりと上段に構えた。隙だらけだが、師匠のことだから油断できない。
 師匠をぶちのめすつもりでヴェルンはすばやく踏み込み、師匠の籠手を下から突きあげようとした。
「いい気合いだ」
 師匠の構えが変化した。ゆっくり構えを降ろし、ヴェルンの竹刀を受け止めた。ヴェルンはすばやく竹刀を取って返し、師匠の面を取るつもりで振りぬいた。
 だが、次の瞬間には師匠が横合いに踏み込みつつヴェルンの攻撃を外していた。信じられなかった。ヴェルンの攻撃をはるかに前から感知していたのだ。
 ヴェルンはそのまま、首の古傷をなぞるように突かれた。首の皮をすりむいて、かすかな痛みが生じる。
「くっ」
「師匠からの駄賃だ。次は自殺などしないようにな」
 ヴェルンは二本とられ、あとが無かった。師匠の余裕が憎たらしい。
「まったく、勝たせてくれてもいいのにな」
「そんなことしたらつまらんだろう。次は本気で行く。油断するなよ」
 冗談言わないでください。
 ヴェルンは師匠をじっと見た。次の瞬間、師匠の方から踏み込んできた。なんとも言えない不気味な足さばきで近づいてくる。これに、手も足も出ずに切られた剣客を何人も見ている。
 これに対する対抗法は一つしかない。ヴェルンは動きをマネしながら間合いを外しつつ、きわめて慎重に距離を取った。次の一撃はかすり傷じゃ済まないだろう。
 やがて、ヴェルンはここだと思った瞬間、こちらから踏み込んだ。師匠がニヤつく。
「好」〈よし〉
 剣闘しながらしゃべるなんて問題だが、師匠にとっては造作もない。
 ヴェルンは師匠と切り結んだ。師匠が珍しく後手に回っている。だがヴェルンは押し切れるとは思っていなかった。師匠とは倍近く剣客としての経験の差があるからだ。
 ヴェルンは間合いぎりぎりから剣先で師匠の技を探りつつ、師匠の剣をそらした。そのまま剣を振り上げると、横合いから師匠に打ち込んだ。
 師匠は間合いの外だが、ヴェルンの攻撃は入る。はやくも師匠はゆっくりかがんでかわしたが、ヴェルンはすかさず剣を頭上から叩き落とし、師匠の面を狙った。
 師匠の剣が下から延びてきて、ヴェルンの一撃を跳ね上げた。間合いを外す用意をしつつ、ヴェルンは剣をねじり、師匠の喉を狙った。確実に先に入る一撃だった。
 しかし、一撃は師匠の引いた竹刀で押し上げられた。すさまじい腕力で軌道を曲げたかと思うと、跳ね返るようにしてヴェルンの側頭部を竹刀が襲った。
 ヴェルンは一歩下がって間合いを外し、師匠の一撃を竹刀の根元で受けた。こんどこそ力学的にはるかに優位だった。師匠はそのままヴェルンの喉を突こうとした。残像が見えるほど恐ろしい速度で迫る突きをそらし、、横合いに踏み込みながら師匠の面を思いきり打って、残心をとった。
「あうっ」
「一本!」
 アディレがうれしそうに叫んだ。師匠は額をこすった。全力でたたいたのにちっとも痛そうじゃない。師匠は魔力を操る気功に通じているので、殴られたくらいじゃ屁でもないのだ。
「あー、やられてしまった。これで、おまえは10本目の一本だな。ずいぶん貯めたもんだ。まったく粘り強い男だ」
 ヴェルンはへたりこんだ。ひどく神経を使う戦いだった。
「疲れました」
「そうだろう。あとで礼をしてやる。ほら、クーディレにアレク、わたしのもとに来い、稽古をつけてやろう。いまは負けたが、三本勝負ならまだヴェルンに負けるつもりはない。
 たしかに、二本先取されたので、そういう意味ではヴェルンの負けである。
 クーディレは喜んで稽古を受ける用意をした。アレクは気が進まなさそうだ。
 師匠はヴェルンを鍛えたときとは比べ物にならないほどやさしく稽古をつけた。なぜだ、なぜここまで違うのだ。
「師匠、なんでおれのときとは違う稽古の仕方なんです?」
「おまえは、わたしに剣士にしてくれと頼んだだろう? この子たちは違う」
 確かにそうだ。とはいえ、微妙に納得がいかない。
 ヴェルンはかつて、師匠に顔を斬られたことがある。剣士としての覚悟を試すためだ。ヴェルンはその時、師匠の太刀筋があまりにも流麗だったので、見惚れてしまった。それを、師匠に見込まれたらしい。
 必死に稽古にはげむクーディレと、スヴェチカに励まされてついていくアレクを見て、ヴェルンは世代が変わりつつあることを感じた。

「ヴェルン、ちょっといいか?」
 作業部屋に師匠がにゅっと顔を出した。ヴェルンは鎌を研いでいたのだが、鎌を置いて返事した。
「なんです?」
「おまえに見せたいものがある。アディレ、旦那を借りていくぞ」
「いいですけど、どれくらいかかりますか?」
 アディレはいたってのんきに返事した。
「夕飯までには帰ってくる」
 ヴェルンは肩をすくめ、アディレに言った。
「行ってくる。もう三時ごろだな。おまえらは作業しててくれ」
 作業部屋ではヴェルン、アレク、スヴェチカ、ソチア、クーディレ、アディレがいる。アレクは隅っこでフレイドから借りた本を読んでおり、ソチアはこの家にある簡素な魔法の道具の整備をただで引き受けてくれていた。
 クーディレとアディレは、明日の農作業に備えて道具を整備している。
 師匠といっしょに家を出ると、師匠はずんずんと山へと歩いて行った。
「師匠、どこに行くんですか? おれ、今夜は読書でもしようと思うんですけど」
「すぐすぐ。わたしとおまえならすぐだ」
 やがて、家の裏手にあるキノコ農園を通り過ぎて、すっかり山の奥になった。
 しばらく行くと、森が開け、小さな花畑があった。可憐な夏の花が重そうに花房を垂らしている。
「花畑?」
「うむ。このまわりはヤブだが、ここだけ開けている。わたしはここに隠れていた」
「なるほど」
 これならだれにも見つからないだろう。ヴェルンは花を眺めた。花はどれも踏み荒らされることなく、すっくと立っている。師匠はこう見えて花が好きだ。
「どこで寝ていたんですか?」
「あすこだ。あそこのコケの上に寝床を作っていた」
 樹が崩れ落ちた後にふかふかとできているコケの上に、獣が寝たような跡があった。ここに寝床を作って寝ていたのだろう。
「体、濡れなかったんですか?」
 コケは思いのほかに水を含んでいる。そのまま寝ると体を濡らしてしまう。
「寝床があったからな」
「ところで、師匠。なんでこんなところに連れて来たんですか? ここに貴重な草でも生えているんですか?」
「いいや、ヴェルン。ちょっとこっちに来い」
 ヴェルンは師匠にコケのところまで導かれた。ヴェルンはなんとなく予感を感じ、かといって逃げることができなかった。
「ヴェルン、八年もわたしの前から姿を消して、さびしかったぞ」
「ごめんなさい」
「ヴェルン、おまえを男にしたときは、もうすこし小汚い宿でのことだったな」
 ヴェルンはうなずいた。あるていどは合意の上で師匠に童貞を奪われたときは、帝都の安宿でのことだった。刺客に追われるような、ひときわ厳しい仕事を終えた後でのことだ。
 その宿は男女のあいびきに使われるようないかがわしい場所で、隣の部屋から嬌声が聞こえてくるような場所だった。
 そこで、ヴェルンは15歳の時、師匠と性交した。師匠いわく、〈童貞のまま剣闘に倒れたらかわいそうだから〉と言って、ヴェルンをもてあそんだ。自分はされるがままで、何度も師匠の中に精を放った。
「あそこはロマンの無い場所でしたね」
「帝都の剣士が、女によって男にしてもらうのに、あれほど面白い場所はないと思うがな」
 師匠が距離を詰めて来たので、ヴェルンは逃れようとした。
「だめです。師匠」
「ヴェルン。あれ以来、何度もしたな? なんども愛し合った。わたしはこの八年、おまえのことばかり考えている自分に気づいて、嫌悪したものだ。〈麗剣のスヴェチカ〉とあろうものが、男に心を奪われるなど」
「師匠なんて願い下げですよ。もう、おれは結婚しているんです」
「わたしとておまえを旦那さまぁと呼ぶなんて願い下げだ。おまえは永遠にわたしの子分のようなものだからな。わたしを妻と呼んで束縛するなど千年早いわ」
 むかしはしもべ扱いされていたので、やや昇格したのだろうか。
「師匠、よしてください。おれ、怖いです」
「わたしとすることで、妻との関係が壊れるのが怖いか? ふん、いまさらだな」
「いまやったら、意味合いが違ってきますよ。それに妻には話していないんです。師匠とかとの関係は」
 スヴェチカは無視して、ヴェルンの唇を奪った。やさしく頭を抱き寄せるスヴェチカの手があまりにも心地よくて、ヴェルンはぼうっとした。
 なんどか唇を食んだあと、スヴェチカは離れた。
「そらみろ、おまえはわたしのものでもあるのだ」
「師匠に逆らえないことくらい、よくわかっているでしょう」
「なに言ってる。それでもチンチンついているのか? そんなに自分の我を通したいなら、死ぬ気であらがってみろ」
 ヴェルンはスヴェチカを急に押して、コケの生えた地面に押し倒した。柔らかく受け止めて師匠が頭を打たないようにすると、師匠が間の抜けた声を出した。
「ふぁ?」
「泣きを見ますよ、師匠」
 ヴェルンはスヴェチカを抱え上げると、激しく唇を奪った。スヴェチカも負けじと舌を絡めて来るが、心なしか押されている。
 リードするつもりでいたのに、ヴェルンに主導権を取られてスヴェチカは自分に憤慨したが、とろけるようなキスがあまりにも甘やかで、次第にヴェルンの舌をむさぼるのに夢中になった。
「いい顔ですね、師匠。おれのことを欲しがっている」
「ヴェ、ヴェルン。いつもと違うぞ」
「おれはね、前から師匠にこんなふうにしたかったんですよ」
 ヴェルンはやさしい手つきでスヴェチカの服を脱がしてゆく。上着を脱がされ、シャツを脱がされ、気づけばズボンも脱がされて、簡素な下着姿にされた。豊満でいっさいのたるみのない胸に、さらしを巻き付けてある。ヴェルンはさわっとスヴェチカの股間を触った。下履きがすっかり濡れている。
「師匠、ずっとやらしいことを考えていたんですね、なにを考えていたんですか?」
 師匠のほっぺたを引っ張りながら、師匠の性器をいじくってやる。下着越しのもどかしさにスヴェチカは震えた。
「ヴェルン、なあ、優しくして、ふえっ!」
 ぐいぐいとスヴェチカの頬を引っ張った。やがて離すと、彼女の頬に赤みがのこった。ヴェルンはもう一度師匠の頬をひっぱった。
「痛いですか?」
「そんなに痛くない、けど」
「おれが師匠に叩きのめされたときは、ずいぶんと痛いのを我慢しましたよ。でも、おれは師匠のことを愛しています。なので、痛くするつもりはありません。でも、こんなふうにするのは、師匠だけですよ。お仕置きしてあげます」
 ヴェルンはスヴェチカの性器への刺激をやめず、片方の手で器用にさらしをほどいた。さらしが取れて、かすかに日焼けした胸があらわになる。
 ヴェルンは彼女の胸にむしゃぶりつきながら、もう片方の手で胸を優しく揉んだ。
 スヴェチカはヴェルンの頭を抱いて、喘ぎ声をあげた。
「あああ、ヴェルンに、ヴェルンに食べられちゃうよ」
 師匠は性行の時に、機嫌がよくなると口調が柔らかくなる。
 スヴェチカの性器の刺激を止めなかったので、やがて師匠は腰を引いて逃げようとした。イきそうになったのだ。ヴェルンはがっちりと師匠を抱き留めると、こう言った。
「自分でやってください、師匠」
「え?」
「おれにイく姿を見せてください。イくときは大声を出すんですよ」
 ヴェルンは呆けている師匠を放っておいて、自分の服を脱いで裸になった。しゃがんで男性器を師匠の前に誇示しながら、師匠の下着を脱がした。
 するんと取れた下着を、ヴェルンは乾くように畳んだ。二人の服がきれいに並んでいる。
「どうしたんですか? もし一人でイけたら、ご褒美をあげますよ。師匠の大好きな精液です。飲みたいでしょう? 量、かなり多くなったんですよ」
 師匠が動かないので、ヴェルンは師匠に近づき、男性器で口を叩いた。
「ふああ!」
「しゃぶってください。好きでしょう? しゃぶるのは好きなんでしょう?」
 我慢できなくなったスヴェチカが、男性器にむしゃぶりついてきた。同時に、自分の片手で胸を揉みしだき、自分の性器に激しく指を出し入れする。
「んんん! んーっ!」
 ヴェルンは師匠が窒息しないように、彼女の口の中で動かした。師匠の柔らかい舌のせいで、すぐにでも発射しそうだ。
 こんなところ、人に見られたら大変だが、ヴェルンは止められなかった。師匠がしおらしくなっている姿にどうしようもなく興奮している自分が滑稽だった。
 やがて、師匠がのどもとですごい叫び声をあげたが、声はヴェルンの男性器のせいで押し殺された。ヴェルンは巻き付いて搾り取ろうとする師匠の舌に応え、激しく射精した。
 師匠が自分の女性器に指を入れたまま、喉元で叫んでいる。ヴェルンは充分に射精しきったあと、師匠に言った。
「全部吸い出してください」
 師匠は応えてくれた。ヴェルンの尿道にいたるまで精液を吸い出し、うっとりとした顔で飲み込んだ。
「えへへ、おいしいよぉ」
「それでこそ師匠です」
 もう何を言ってるんだか自分でもわからなくなったが、ヴェルンは最後までやる決心をした。最後までやらないと師匠が付け上がりそうだ。
 ヴェルンは師匠の肩をつかみ、精液の味がする口にキスした。たっぷりとむさぼってやると、師匠はうれしそうに喉で声を上げる。抱きしめられて、スヴェチカは未知の感覚が自分の中に広がるのを感じた。
 この男は、いつしか自分と対等の男になっていたのだ。それはまだ先のことだと思っていた。
 ヴェルンの男性器は衰えを知らなかった。師匠の様子を見て、イく波が収まったのを見て、言った。
「入れますよ、師匠」
「えっ、待って! イったばかりなの! おかしくなっちゃうよ!」
 無視して、腰使いだけはやさしく師匠に挿入した。師匠がヴェルンの名前を叫ぶ。
「ヴェルン! ああっ、そんな。変になるぅ!」
「どうぞ変になってください。泣き叫んでもいいですよ!」
 師匠は涙をこぼした。歓喜の涙だった。
 ヴェルンは後ろから師匠の腰をつかみ、激しく腰を叩きつけた。相手は師匠なので遠慮することは無い。バックの姿勢だ。
 よく知っている師匠の弱いところや、そうでもないところを突きまくると、横合いから見える師匠の表情がアヤしくなってきた。今にも意識が飛びそうだ。
 ヴェルンははやくも射精したくなった。師匠の中はじつによく締まる。ヴェルンは師匠がイったのを感じ取り、うごめく膣内に精を放った。
 射精しながら、ヴェルンは師匠の頭を撫でた。
「あ、ああ」
「師匠、とてもかわいらしいですよ」
 珍しく、師匠は娘っ子のような顔でされるがままになっている。
 ヴェルンの男性器はまだ萎えなかった。再び師匠を突くと、師匠は叫んだ。
「やめへぇ! 変になる、変になるよぉ! 赤ちゃんできちゃう!」
「子育てなら経験済みでしょう? きちんと責任取りますから」
二人の情事は、はてしなく続いて行くように思えた。

ヴェルンはきっちり夕食時に帰って来た。スヴェチカの視線が泳いでいて、帰ったとたんにこう言った。
「風呂に入れろ、ヴェルン」
 スヴェチカはものすごく恥ずかしい気持ちになっていて、すぐにでも風呂に入りたかった。ヴェルンも、やりすぎたことを認めて謝ったが、どうやら許してくれなさそうだ。
「すみません、師匠」
「おまえ、奥さんにもあんな風にしているのか?」
「そんなわけないでしょう。あれは師匠をお仕置きするためのものです」
 アディレにあんなことをやったら、どんな目に遭わされるかわからん。ああ見えて、アディレは根に持つタイプだ。
 帰ってくると、家の裏手でソチアとアレクとクーディレが鶏に餌をやっていた。鶏が野菜くずをつつくのを、クーディレは面白そうに見ている。
「あ、兄さん。どこ行ってたの?」
「師匠が、負けた腹いせに続きを申し込んできた」
「もう、義母さん! ヴェルンを振り回さないって、手紙で約束したのに!」
 スヴェチカはいつもの調子が戻ってこないので、こう言っただけだった。
「わたしは寝る」
 スヴェチカはさっさと歩いて行ってしまった。普通だったらふらふらしてもおかしくないのに、さすがは武人である。
「あれ、義母さん。変なの」
「おれがわざと負けたのに感づかれた」
「ええ? あとで機嫌が悪くなったらどうするの」
 ヴェルンは肩をすくめると、風呂の用意を始めた。

「くっくっく、いい体をしているじゃないか、アレク」
「おじさん、変なこと言ってると怒りますよ」
 やせっぽちの甥の体に湯をかけてやりながら、ヴェルンは笑った。
 師匠とソチアが入った後の風呂には、どこか甘い香りがするような気がした。二人とも湯の扱いを心得ているので、風呂の中は汚れていない。
 クーディレがヴェルンと入りたいと言ったので、嫌がるアレクもついでに風呂に入れてしまうことにした。
 アレクはうろちょろするクーディレを見ないようにしている。クーディレは真っ裸なので、眼に毒なのだろう。
「アレク、はやくしろ、お風呂に入れないだろ」
「待ってよ、クーディレ。そんなに目の前をうろうろしないで」
「なんで?」
「だって、君は裸じゃないか」
「アレクの裸なんて、とーちゃんと比べればぜんぜんだぞ」
 ヴェルンは肩を落としたアレクの背中を叩いた。
「体も多少は鍛えるんだな」
「はい」
 次にクーディレの体に湯をかけてから、三人で並んで体をヌカ袋で洗った。これでこするとたいていの汚れは落ちる。石鹸だといい匂いがするが、どうにも水が汚れる。
 たいして無い垢を落してから、三人は風呂に入った。ヴェルンが大きいので、風呂は一杯である。
 アレクはクーディレに押しのけられて、隅っこで窮屈そうにしていた。
「あっ、父ちゃん! 窓から見えるぞ、お星さまがきれいだぞ!」
 クーディレが急に立ち上がったので、ヴェルンとクーディレを眺めていたアレクは、まともにクーディレの股の間を見てしまった。
「わああ!」
「こら、動くな。風呂をひっくり返す気か」
 外からは笑い声が聞こえる。アディレの声だ。彼女は風呂の火力調整をしている。
「にぎやかだね、お母さんも一緒に入りたい」
「入ったらどうだ?」
「だめです! これ以上女性が増えたら、ぼくが耐えられません!」
 クーディレを含め、一同は笑ったのだった。

 ヴェルンは厠に立って、手を洗った後、部屋に戻ろうとした、まだ読書の続きがある。今日は休日と決めていたので、ゆっくりするつもりだった。明日からはまた農作業である。
「兄さん」
「うん?」
 妹が少し離れたところで手招きしている。
「なんだ?」
「兄さんとちょっと話ししたくて」
 ヴェルンは妹の隣に立った。
「どうした? 他じゃ相談できないことか? アレクのことか?」
「ううん。アレクはもう立派だもの。ね、兄さん。わたし、兄さんに会えてよかったよ」
「ええ? いきなりなんだよ?」
「兄さん、孤児だったころのことを覚えている?」
「忘れるわけないさ」
 二人は帝都でゴミ拾いの仕事をしていた。身寄りのない子どもにできる仕事は、それだけだった。ゴミ拾いの元締めに理由もなく殴られることなどしょっちゅうだった。
 あるとき、貴族の喧嘩を目撃してしまい、それから派生した孤児殺し事件に巻き込まれ、危うく殺されるところだった。そのとき、師匠に拾ってもらったのだ。師匠は帝都の代行人である。その師匠の下で育った。
「もし、兄さんと出会えなければ、わたし、野垂れ死んでたかも」
「まあ、そう言うなよ。どうにかなったさ」
「ううん、ねえ、兄さん。わたしはいまも兄さんのものだよね?」
 妹がすり寄って来た。ぎくりとしてヴェルンは妹の頭に手を乗せた。
「そんなこと言うなよ。おまえはおまえだ」
「この八年間、わたし、泣かない日はなかったよ? それなのに、兄さんはのんきに子育てしてて」
「すまん」
「いいよ、許す。けどね、兄さん。ちょっと、今日、まずいことになりそうだよ」
「へ?」
「アレクが、クーディレちゃんに引きずり回されているから、助けてくるね」
 妹は意味深に笑うと、家の方へ歩いて行った。ヴェルンは首をひねった。
「なんだ?」

 子供たちが眠っている。クーディレはアレクと眠ると言ってきかなかったので、奥の部屋に布団を敷いて寝かせた。
 アレクはクーディレに足で押しのけられている。あれじゃ悪い夢を見そうだ。
 部屋に戻ると、師匠がじっとヴェルンを見ていた。部屋はいまヴェルンをのぞいて女三人である。
「今夜は静かですね、師匠」
 そのとき、師匠がぽつっと言った。
「ちょうどいいな」
「は?」
「ヴェルン、じつはおまえの奥方に、ばれてしまったのだ」
 ヴェルンは一瞬固まった。それからアディレの方を見る。
 アディレはにこやかだが、瞳の奥に嫉妬の炎が燃えているのが見えた。
「わたし、忙しいからここ三日はしていないのに」
「おい、落ち着け。師匠、なぜです?」
「いや、わたしの下着を見られて、問い詰められて」
 ああ。ヴェルンは目を覆った。アディレがねっとりとした声で言った。ソチアはなぜか落ち着いている。
 ヴェルンは考えた。ふつう、ソチアは師匠の醜態を隠したがる。今回は隠さなかった。
 まさか、妹はこれを織り込み済み?
「ヴェルン? わたし考えたんだ。そういえば、ヴェルンはどうしてあんなにエッチするとき上手なんだろうって。それで二人に聞いたの」
「き、聞いてしまったのか?」
「そしたらね、二人ともヴェルンと関係があるって言うじゃない? しかも深い仲だって」
 妹とも、彼女がサバトに入った時から関係があった。師匠と同じで彼女の方から行為をせがまれたのだが。
「お、落ち着け」
「決めたの。わたしたち、今日は満足するまでヴェルンを離さないから」
 ふと見ると、師匠は控えめだが飢えた目でヴェルンを見つめており、妹も性的に凶暴な目でヴェルンをにらんでいる。アディレに至っては口元がにやけ、目つきは黒々と淀んでいる。あ、やばい、死んだかも。
 ヴェルンは人生最速の勢いで逃げ出した。
「バインド!」
 魔法が飛んできて、ヴェルンの足を縛った。即座にアディレがヴェルンを支えて激突を避けたかと思うと、師匠がゆっくりとのしかかってきた。
「ヴェルン? さっきはよくもやったな?」
「ひ、卑怯だぞ師匠。と言うかお前ら、利害が一致したから納得ずくでやってるだろ!」
 みんなうなずいた。憎たらしいことこの上ない。
 ヴェルンはあおむけにされたあと、三人が見せつけるように服を脱ぎ始めた。
 アディレの引き締まった体、スヴェチカの豊満で筋肉質な体、ソチアの肉付きがよくほっそりした体を見て、ヴェルンはかつてなく股間が熱くなるのを感じた。
「よ、よせ!」
 三人の手が伸びてきて、あっというまに裸にされる。足の束縛は解除されたが、うまく力が入らなかった。
 ヴェルンはアディレに口づけされたが、同時にソチアがヴェルンの男性器を口にした。べろべろと舐めあげられると同時に、スヴェチカがヴェルンの乳首を弄り回す。そして、背後からヴェルンの耳を舐めた。
 ようやく離れたアディレは、にたりと笑った。
「ねえ、ソチアさんに教えてもらったの。だから、気持ちよくなってね?」
「な、なにを!?」
 アディレは瓶を取り出し、中身をたらりと滴らせた。油のようだが、ちょっと違うようだ。ヴェルンはすべてを察した。
「む、むりむり! ムリ!」
「ヴェルン、その顔、女の子みたい!」
 アディレが悪魔みたいな顔をしている。ああ、師匠をいじめたからバチが当たったのだ。アディレはヴェルンの肛門にゆっくりとローションを擦り付けた、すさまじい心地よさが腰から広がってくる。クスリとは違うが、これはやばいやつだ。
「じゃ、ほぐすよー?」
「や、やめてくれ! おまえら、こんなおっさんをいじめて楽しいか!?」
 アディレは無視した。ヴェルンは顔を覆った。自分の顔を見られたくなかった。
「楽しいよ?」
 アディレの声が恐ろしかった。
「んふふ、兄さん。これすっごいやつなの。試してよ?」
「弟子よ。怖がることは無い。この道はすでに誰かが通った道だ」
 むちゃくちゃ言う。ヴェルンは力を抜き、すべてに屈した。
 アディレの指がするすると入ってくる。アディレは慎重に、おしりを痛めないようにやさしく肛門をほぐした。ついに、中指の根元まで入るようになった。
「行くよ、ヴェルン」
 ぐりっとヴェルンの前立腺を刺激した瞬間、ソチアが笑った。
「あっ、お汁でてきた」
「いけない子だね、ヴェルン。もう妹ちゃんにおもらししちゃったの?」 
 ソチアは口淫をやめた、射精すると困るからだ。
 その代り、ヴェルンの腹にのしかかると、口づけをした。
 ヴェルンはあちこちから犯されて、気が変になりそうだった。これほどの快楽は経験したことが無い。しかも、ふつうだったら感じない異質なものだ。
 ヴェルンは思考を放棄した。ただ、犯されるがままになる。
「ヴェルン、だめだよー? はい、息を吸って、吐いてー」
 そういえば、アディレが出産したときも似たような感じで彼女に声をかけた。ヴェルンは声に忠実に従った。
 次第に、幸福な感情が胸にせりあがって来た。ああ、イくのだと思った。これが、彼女らが感じる感覚か。
「ほらほら、ヴェルン。おしりを引き締めて、ほら、ぐぐっと奥を締めて?」
 すぐそばにあるアディレの顔は、けっしてキスをしてこない。彼女とキスをしたかった。
 そして、こみ上げる快楽が頭の中で爆発した瞬間、ヴェルンは腰を突き上げてがくがくと揺れた。女性たちは笑い、にやついた。
「かーわいい」
 それから、ヴェルンは変わりばんこに犯された。ヴェルンは力を振り絞り、彼女たちに返礼する。すごい嬌声のせいで部屋の中が反響したが、どうやら妹が作った結界のせいで音は漏れないらしい。
 ヴェルンは精を放った。ソチアの幼い体に、スヴェチカの大きな体に、アディレの親しみなれた体に。
 いつまでも宴は続く。ヴェルンは、寝転がって股から精液と愛液を流して微笑む三人を眺め、気を失った。三人は、そんなヴェルンを抱きしめた。

 それからのことを記そう。
 スヴェチカはすぐに旅に出てしまった。しばらくヴェルンの顔など見たくないという。どこまでが本音なのやら。
 旅立つ前に、彼女はヴェルンとアディレに金貨一枚を渡した。結婚祝いだという。農業の道具でも買えと言い残し、彼女は去った。こんどはいつ来るだろうか。どうせ、気が向けば来るだろう。
 ソチアもアレクを連れて、首都へと帰っていった。さんざんお小言を言い残し、ソチアはアレクを連れていった。アレクはすっかりクーディレと仲良くなっていたので、名残惜しそうだった。
 ソチアのおみやげは、クーディレへの本だった。童話だったので、クーディレは大喜びした。クリスト夫婦には、なにやら学術書を送ったらしく、喜ばれたようだ。
 いまは、前と同じ暮らしが戻った。あれ以来、性的におかしなことをしているわけでもない。アディレは嫉妬の炎が収まったので、前と同じようになった。もっとも、以前より大胆になってきたが。
 ある日、クーディレが学校に行っている間、アディレと夫婦の営みをしていると、彼女は急に体調を崩した。
「お、おい、だいじょうぶか?」
「ん、これ、覚えがある。赤ちゃんができたんだ」
 ヴェルンは微笑み、彼女の背中をさすった。
「ごめんな」
「どうして謝るの?」
「いや、こんな不貞を働く夫で申し訳ない」
 自分がどうしようもないと思ってると、アディレが背中を撫でてくれた。
「ヴェルンは、すくなくとも不誠実であったためしはないでしょ? 謝らないで」
 アディレはおなかをさすって笑うと、こう言った。
「今度は、どんな名前にしようか?」
                              fin
18/09/30 15:11更新 / ひさかた ゆい

■作者メッセージ
あとがきから読んでもだいじょうぶなあとがき。
ご都合主義な展開ですが、どうにか完結しました。
リザードマンと黒衣の剣士の続編で、後日談に当たります。書きたいので趣味で書きました。そのため、微妙な点が多々あります。ご容赦ください。
前作に回収できなかったネタを微妙に回収しています。実は、この作品のほかに、超シリアスな展開のやつがあって、そっちにヴェルンとソチア、スヴェチカの詳しい過去が出て来るし、アレクももっと男前なんですが、残酷すぎるのでお蔵入りになってしまいました。
ヴェルンさん、おおい! みたいな突っ込みはナシで。ハーレムですか?
引き続きオチなし意味なしな展開ですが、雰囲気を楽しんでいただければ。
次の作品からは、テーマ性も織り込みたいなと思ってます。
それにしても、30000字ちかくあるので、お暇なときに。
だらだらした作品ですが、まあ、好きで書いたもんなので、適当に楽しんでください。

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