読切小説
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遺書
あなたは「蟲の家」と呼ばれる廃墟にいる。
名前の由来は単純に、巨大な蛹や糸が大量にあるからだと、あなたは知っている。
あなたは雨の中、迷ってしまい、仕方なくこの廃墟で雨宿りをしている。
あなたは比較的前向きなのか、それとも不気味な気分を誤魔化す為か、
廃墟を探索することにした。
あなたはまず雨漏りしていない天井の下を歩くことにした。
そうして歩く内に、あなたはひとつの扉の前に着いた。
あなたの身長より少し大きい位の質素な木の扉は何も言わずにあなたを見つめ返している。
あなたはまずこの部屋を見ようと扉に触れ、押し開けた。
扉の先を見たあなたは絶句した。
その部屋には穴だらけの繭や、蛹だったと思われるナニカでひしめいていて、
その穴が顔や、真っ黒な眼窩に見えたからだ。
あなたは深呼吸をして、落ち着こうと試みる。
「そう、あれは只の繭、虫たちが、或いはそれに似たナニカが作った蛹でしかない」と。
それは実際正しい。
穴は風化によって空けられたものだし、顔に見えるのも影のせい。
部屋全体も薄暗く、廃墟という場所のせいで余計に怖くなっているだけ。
あなたは気を取り直して、探索を再開した。
そしてあなたはまた、別の扉の前に着いた。
前と同じ質素な木の扉、何故か、それはあなたを睨んでいるように感じた。
あなたは、「私はこの部屋に歓迎されていないな」と感じた。が、あなたは好奇心か、或いはうっかりか、その扉を開けた。
そこにあったのは、何の変哲もない普通の部屋だった。
そう、天井から輪を作られた不吉なロープがぶら下がっている事以外は。
だが、あなたはそのロープに恐怖する事はなかった。
何故か、それは、あなたの目は既に別のものに引き寄せられていたから。
その先には、きれいな机と椅子、そして机の上には紙があった。
綺麗に積まれたいくつかの紙切れ。
あなたは見てはいけない、と思いながら、ついついその近くに来てしまった。
そしてあなたは、それを読み始めてしまった。





「遺書」
誰かがこれを読んでいる頃、きっと私は生きてはいないだろう。
今になると何故こうなったのか、全く見当つかない。
生まれてすぐはまだ良かった。
泣いて、与えられるものを消費して、気の向くまま生きていれば良かった
だけど、成長していくにつれてそれは変わっていった。
当たり前の事だけど、自分を抑え、周りを気にしなければならなくなった
きっと他の人ならもっと上手くやれただろう。少なくとも私よりは上手くやれている
だが、私は失敗した。
いつか誰かが言っていた事を鵜呑みにしてしまった私は
他の人のようになあなあで周りと付き合い、自分を抑えなくても多少許される。
そんなものになる事が出来なかった。
人当たりの良い真面目な自分で本当の自分を覆って、人に投げかける優しい言葉は自分を縛り付けて押さえつける。
苦しむ自分を晒す方法も無くして、涙さえ覆われた中で溜まり、私の呼吸を邪魔する。
あぁ、あぁ、と私はその中で喘ぐしかないのだ。
なんでこうなったか、そんな後悔や、もっと、もっと上手くやれたはずだと何度も考えた。その度に私は失敗を再確認して、戻れないかと後ろを見つめるのだ。後ろには絶望を秘め続けた過去の私しかいないのに、愚かでどうしようもない「わたし」を私は何度見つめたか、最早それすら分からない。今の私も過去のわたしも苦悶を浮かべ、どうしていれば良かったか、どうなれば良いのか、そんな事を呟き続ける。いつまで見てればいいのか、いやきっと私は目をそらす方法が分からなくなったのだ分からなくなっているのだと。何度も自分に言い聞かせる。でも、それになんの意味があるのだろう?
自分を律し、誠実であろうと考え、寛容さを大事にし、他人を許し続ける。
要求に答えられるだけ答え、苦しみを沈め笑顔を浮かべ、感情を殺し理性を生かす。
人に迷惑をかけないように努力し、許しを乞い、人の前では自分の内側を閉じ込めて。
一人で閉じこもっている時に内側を開いて、そして出てくるのは苦悶、苦痛、怒り、失望、失意、後悔、自戒、悲しみ、そして絶望。最早私では支えきれないそれらから溢れた負は血となって目から流れ落ち、私の体を焦がす。
なにが間違いなのかも分からず、ただ自分を責め続ける。
そんな生き方に価値はあるだろうか?
私は…
価値がないと想う
だからこそこれを書いた。
断つために、負を断ち、命を断ち、未来を断つために。
だから、これを読んでいる人、いや、人でなくてもいい。
この紙は、永遠にここに残していて欲しい。
私の生きた証。
そして。
「あなた」を殺した証拠として。











遺書はここで終わっていて、読んでしまったあなたは背後から視線を感じた。
いや、すでに感じていた事をあなたは知っている。
遺書を読んでいる途中から。
見られているとあなたは知っている。
おそるおそるあなたは後ろを振り向く。
でも、そこには何もいないしなにもない。
何故か?
それは。

「上にいるからだよ?」
あなたはその声に反応そ、振り向くと共に迫ってくるナニカに押さえつけられた。
「あっはは♪まさかこんな所にも人間が来るなんてね♪」
ソレはあなたを押さえつけながら笑顔で、楽しそうに言った。
「私の遺書も全部見てくれてたし、正しければこのまま逝けるハズ!」
正しければ?
逝ける?
あなたはそれを理解出来ず、困惑する。
「この遺書はねー♪ある呪文なんだよ!」
「ワタシが遺した希望!」
「パンデモニウムへの道を開く呪文!」
パンデモニウム?とあなたは考える。
いや、思い出そうとする。
それをあなたは知っている。
どんな場所なのか、
コレがなにをしようとしているのか、
あなたは知っている。
コレは、ゴーストに成った者だ。
遺書を書いた張本人。
不吉なロープを使ったであろう者。
「会ったばかりで色々すっぽかしたけど、まぁいいよね!ワタシはずうぅぅぅぅうぅぅぅっと我慢してきたんだもん!それにぃ♪時間はいくらでもある!」
ソレは、蕩けた笑顔で唇を重ねてきた。
それはまさにドレインキッス。
あなたの未来を吸い取り、ひとつに確定させる。
頭の中に爛れ切った、蕩けきった記憶が流れ込む。
彼女の希望、願い、願望、欲望。
それはあなたの思考を呑み込み、卑猥なものへと作り替えてゆく。
あなたは酷く興奮する。
彼女の背後に禍々しいなにかが見える。
きっと、あれがパンデモニウムへの道。
万魔殿、楽園へと続く三途の川。
彼女は振り向き、実に、実に嬉しそうに呟く。
「はぁ…♪長かったぁ♪やっと、やぁっと、救われるんだァ♪」
あなたの意識は、彼女と共に道の中へと引きずりこまれた。













「今日のニュースです。
〇〇市の〇〇さんが行方不明になりました。
近所の人達にも聞き込みを行いましたが、情報は得られませんでした。」





「今日のニュースです。
先日行方不明になった〇〇さんですが、〇〇市の近辺にある森林付近で姿を見かけたとの情報がありました。警察は未だ捜索中です。今後、さらなる情報提供を求めています。」












































「今日のニュースです。
行方不明になった〇〇さんですが、先日、警察が死亡したとして捜索を打ち切りました。」
18/12/26 22:11更新 / 甘党(遅筆)

■作者メッセージ
お久しぶりですСладкоежкамです。
今回はダークな感じの作品を語りかけるように書いてみました。
自分で読み返して暗いと感じるような作品でしたが、楽しんでいただければ幸いです。
感想や意見、質問などがあれば是非お送り頂けると嬉しいです。
遺言も受け付けております(ボソッ)

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