連載小説
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彼の者の名は
彼がこの村に来たのはちょうど三日前のことだった。
大きくはなく、高い税を収めるために裕福ではない開拓村。
彼がここに現れたとき、村は軽い騒動を起こした。

身につけている軽鎧。
無数の傷を残しながらも、全く頑丈さを損なわれていない。
見るだけで、いくつもの戦闘を経験したことを如実に表している。
この村、否、この国では珍しい漆黒の髪。
軽鎧以外の服はいかにも戦闘跡のような破れ方。
しかし大きなものは一つもなく、紙一重で回避したものばかり。
その証に彼自身に真新しい傷は見かけられない。

見るからに歴戦の戦士―――あるいは勇者かもしれない―――を前に、緊張する村人たち。
彼は言う、「数日この村にに泊めて欲しい」と。
対価として出された貨幣は非常識なほど高くはないが、しかしこの村で数日過ごすには不釣合いな金額。
それでは足りないだろうと彼は滞在する間、手伝えることがないかと提案までした。
決して裕福ではない村人たちはこれを快諾した。
この出会いをくれた神と、彼自身に感謝しながら。





――――――――――





「見つからないなぁ」
狩人の息子、テイルは周辺の森を探索していた。
ここらの野生動物は豊富だ。
森がある程度手入れされているのもあり、人が入りやすく地理と魔力の関係上魔物の類も見かけない。
そのため、野生動物の肉と革を確保できる狩人は村に数人いる。
裕福ではないが、貧乏にはならない理由がここにある。
だかいつもならばいる野生動物たちは今日に限ってとんと姿を見かけない。
森に入るようになって数年。
短い期間ではあるがそんなわけでも僅かながらに鍛えられた狩人としての勘が警鐘を鳴らしていた。

(ひっ!?)
咄嗟に大声を出そうとして、なんとかそれを抑えたているの視線の先にそれはいた。
大型の肉食獣。
野生動物が豊富であるがゆえに、こういった動物たちも少数ながら存在する。
こういった動物を狩るのはいかに経験豊富な狩人でも危険を伴う。
それが森に出て数年の新米ならなおさらである。

(は、早く村のみんなに知らせないと)

パキッ!!

「っ!?」

ギョロッ!?

凶暴な獣の眼光が身を刺す。
それがまるで本当に刺され、縫い付けられているように動けない。

GULULULULU……。

「あっ、ぅあ。」

巨獣は理性を失っていた。
ここいら一体に生えていない、幻覚作用のあるキノコを食べて凶暴化した流れ者の獣だからである。
ゆえに、たとえテイルが恐怖を振り切っていたとしても、経験を積んだベテランであったとしても、この巨獣を前に無事でいられる事はない。

GLUAAAAAAAAAAAAAA!!

「わあああああああああぁぁ!?」

そんなこと、テイルは知るはずもなく。





ドスッ





知る必要もなかった。

「ぅえ?えっ!?」

一撃。一撃でその凶暴な獣は絶命していた。
背後からの刺突、それだけで心臓を貫かれて。
それをした当人はこちらを向き……



(ニコッ)



こちらへ向かって微笑んでいた。
しかしそれは事態が好転したとは

「まっ……!」

少なくとも、テイル本人はそう思っていなかった。
目の前の、凶暴な獣を軽く絶命させられるワーウルフの少女を前に。





――――――――――





「魔物が来たああぁぁぁ!?」
「襲われるぞ!!」
「嫌だ!喰われたくない!」

村は少ししてワーウルフの群れに襲われた。
そこで行われているのは正真正銘、オオカミ達による狩りだ。
皮肉なことに、狩人の村が狩られている。
悲鳴と歓喜、所々の嬌声。
女は仲間に、男は夫に。
村はみるみるうちに半分が狩られていった。
あと、たった半分。オオカミの群れはそう思っていた。

「止まって」

群れを率いる長の静止。
ただ命令がなくとも、群れの仲間は誰ひとり地面の一線を越えようとするものはいない。



「………」



その先にいる、静かな戦意を纏う男を前に。



「……あいつ、やばいね」

魔物は総じて基礎体力が高い。
それに加えて寿命が長く、若き肉体と老獪さを兼ね備えることは珍しくない。
群れを率いる長もまたその個体である。
それゆえに、今までの豊富な経験から目の前の男が警戒すべき強者であることを見抜いていた。

群れより少し前に出て、線の前に長は立つ。

「魔王軍所属、クルの森のワーウルフ、代表リーン。あなたに一対一の真剣勝負を申し込む。」

一対一の決闘。これがリーンの出した最も血を流しにくい方法だ。
目の前の人物は明らかに強者。おそらくは上級勇者クラス、否、そのものでもおかしくはないだろう。
そうだとしても、人海戦術によるゴリ押しなら十中八九負けないだろう。
だが、そうした場合必ず数人の死者が出る。
ならば群れ最強である自分が打って出る。
一対一ならば仲間を守りながら戦うこともなく、相手に集中できる。
この集中とは、いかに自分と相手を死に至らしめないように立ち回っていくかという意味である。
そうするだけの力と経験、自信があり。



「いいだろう」



また、相手がのってくるという確信があった。
魔物は人を見る目がいい。
夫とする人間を見つけるため、その人物の美点を見つけるのに長けている。
目の前の人物が誠実を是とする者と見抜けるように。





――――――――――





一線を超えたとき。それが決闘開始の合図だった。

「シッ」

低い体勢での突進。移動と攻撃を共にしたワーウルフにとって基本的な一手だ。
四足歩行へと切り替えることで、人間ではありえない速度と低い体勢による的の縮小を同時に行う。
対人、対人型魔物に慣れているものほど虚を突かれやすい。

「ハァッ!」

だが、当然のように迎撃される。
リーンもまた当然のように、その一撃から後退する。
定石であるがゆえに看過されやすい。
だが、あくまでワーウルフにとっての定石だ。
そのため、これで彼が人型以外との戦闘経験があると知れる。

ザッ

すぐさまクロスレンジに入る。
今の一撃はいわば猫だまし。
決まっても決まらなくてもどっちでもいい。
相手を推し量るための試しである。
しかし、ここからはそうはいかない。
相手は強者、あるいは勇者。
自身の武器はツメとキバ。
対して相手は両手剣。
リーチに差がある以上、より間合いの近くに潜り込まなければこちらが不利。

ギィン!

「っかったいわねぇ!」

ワーウルフの武器は見た目だけでは測れない。
当人の魔力によって大きく変化するためである。
ただ、一般的なワーウルフでもそこいらの鋳造品などとは比べ物にならないほど強固だ。
ましてやそれを率いる長。しいては夫持ちで豊富な魔力を持つリーンをして硬いと言わせる剣。
明らかに名剣、聖剣の類であろう。

ガィン、キィン!

迫るは鋭きツメの暴風雨。
ワーウルフ特有の―――その中でもさらに優れた―――速度の連撃。

タッ、シュッ!

「くっ!」

迎え討つは剣撃の結界。
大きく攻めてくることはない。だが、彼の間合いに踏み込むことはどうしてもできない。
攻めるより、守ることに特化した剣。
実に勇者らしいとリーンは思う。

(でも、負けてられないのよねぇ)

彼女の中で、彼は勇者だと既に確信していた。
これまでの戦い方と村人を守る高潔さ。
そしてなにより、軽鎧に刻まれたレスカティエの紋章がそれを肯定していた。



一進一退の攻防。
と言うよりも、両者がせめぎあった上での膠着状態と言えるだろう。
リーンは剣の結界を越えられず、相手もまたこちらへ深く攻めてこない。
こちらのほうが激しく動き回っているが、この程度でスタミナが切れるほどやわではない。
相手もまた同様だろう。
互いにスタミナの底は見えず、均衡は続く。

(測られている、かな)

この均衡は相手によって作られたもの。
リーンはそう予測していた。
勇者は主神より力を受け、その豊富な聖(魔物にとっては精)の魔力を存分に振るう。
そう、この勇者は未だ剣技のみで自身と拮抗しているのだ。
どちらかといえばスピードよりだが、身体能力的に優れたワーウルフに対して剣技(にくたい)のみで太刀打ちする。
しかも、極端な身体強化の魔術は見受けられない。
魔力を完全解放された場合、おそらく自分が圧倒的に不利。

(だからといって、強さと勝利は別物よ!)

「ガッゥ!」

相手の目前で体勢を変えての足技攻撃。
これまで牙を含めた上半身による攻撃から一転、下半身(後ろ足というべきか)によるトリッキーな一撃。
だがトリッキーゆえに、その隙も大きい。

ザッ!

(かかった!)

だがそれこそが誘い。
相手の結界に隙はない。
ならばこちらが意図的に隙を作り、そこに打ち込ませる大技に対してのカウンターを狙う。

(いらっしゃ〜い)

一文字に振られる両手剣。
“それ”を狙うは百戦錬磨のオオカミ。

キィン!

金属音が響く。
脇腹に打たれたその一撃を、尻尾に仕込まれた対刃装備が逸らす。

(もらった!)

受けた一撃を利用し、回転して放たれるハンドクロウ。
その一撃は今までのどの一撃よりも速い。



「甘い」



一撃は決まらない。手首を掴まれてはそのツメは届かない。
作られた隙は読まれていた。先ほどの両手剣も、途中から力が抜かれていた。
途中に片手に持ち替えることで、剣の一撃ではなく片手の防御に専念するよう切り替えていたのである。



「だと思った」



リーンは微塵も動揺しない。
今の一撃を決められれば勝っていただろう。
その可能性も十分にあった。
だが、“相手ならばこのくらいのことはするだろう”と直感に近い確信があった。



「これでおわりよ!」



軸足を逆回転させての強引な回転方向の変換。
負荷は大きいが、虚を突いた正真正銘最後の攻撃。
掴まれていない逆の腕による刺突攻撃。
剣と手首によって両手は塞がれており、足技では間に合わない。

詰み。

リーンも、この戦闘を知覚できている群れのものもそう確信した。



ぐぉん。



「えっ?」



世界が回る。
視界がおかしい。
いや、違う。

“回っているのは自分の方だ”

ドスッ!!

「かっ、は」

背中を強打する。呼吸がうまくできない。

(何、が)

回転方向の変換は負荷がかかるだけでなく、当然隙が生まれる要因にもなる。
その一瞬の隙。その隙に相手もまた、“逆方向への軸足による体重移動”を行っていたのである。
リーンの最後の一撃とほぼ同時に、リーンを掴んだままに逆回転で地面に叩きつけたのである。
無論、一瞬でも遅れれば先に傷ついたのは勇者の方だ。
だがしかし、先ほどのように一瞬でも送れないためには“相手の隙と全く同時に行動を開始する”必要がある。
そんなもの、たとえ勇者でも反射のみでは反応できない。

リーンの最後の攻撃まで読みきった。

それが勇者の勝因でもある。





――――――――――





「まいったわ」

地面に叩きつけられた自分に向かれている剣。
それを見て、遅ればせながら自分が敗北したとリーンは自覚した。

「わたしを、わたしたちをどうする気?」

相手の強さは最低限解った。
おそらく、相手は“単独でこの群れを相手取れる程度に最低限強い”ことがわかった。
ならば、生殺与奪の権利は相手にある。抵抗は無意味。
願わくば、自分たちを殺さない勇者であって欲しいと思う。

チャキ

「むやみめったらに人を襲うな」

剣をしまい、勇者は言う。

「最初に逃げられようと、怖がられようと、まずは話そうという姿勢を見せろ」

まるで、物事を知らない子供に教える先生のように。

「村の人と仲良くしたいなら、俺が取り持つ」

ああやっぱり。

「だから、挨拶からでも始めてみろ」

彼はとても誠実だった。





――――――――――





「もう行くんですか?」

「ああ、元々数日っていう約束だったからな」

ワーウルフ強襲事件から数日。
村長と族長。村人とオオカミ達は互いに話し合い、共存の道を決めた。
まだおっかなびっくりな部分もあるが、ワーウルフ側が積極的なこともあってうまくいきそうだ。
既にカップル、あるいは夫婦ができたところもある。
テイルもまたその一人。ワーウルフのミーニャと昨日カップルとなった。
彼を見送る今も、テイルのすぐ後ろにいる。

「それじゃあ失礼する。“村のみんな”がうまくいくことを願っているからな」

「……はい!お元気で」



勇者は旅立つ。
既にここは彼の出る幕ではない。
ここの舞台は既にひとつのハッピーエンドを迎えた。
この村における次の幕も、おそらく始まりから幸せがあるだろう。
狩人の村。まさに彼らにうってつけな呼び方だ。

彼らの心は、これからもあの村にある。
そうひとり思う。
羨ましく、思う。





「さよーなら!!また来てください!!」





「“セーヤさん”!!」
16/03/11 00:37更新 / チーズ
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