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『オーガなキミに恋をして―――続』
『オーガなキミに恋をして―――続』

「そんで、あたしに話ってのは何だ?」
「え、えっとですね………」

その頃、オーガにお姫様抱っこされたアレスは魔物達が居た場所から100m程離れた場所まで連れて来られ、そこで漸く彼女に解放されていた。
辺りを照らしてくれる光は頭上から降り注ぐ月光のみ。もしアレスだけがこの場に残されたら、真夜中の森の暗闇によって心細さを感じたり、とてつもない不安に襲われていただろう。だが、目の前に居るオーガのおかげで心細さは無くなっていた。後者の不安は……別の意味で膨れ上がっていたが。

 それはさておき、オーガに此処に来た目的を問われたのでアレスは素直に答えた。目的は勿論のこと、そして彼女達に何を求めているかを。

 全てを聞き終えた彼女はオーク姉妹のように笑ったり、馬鹿にしたりはしなかった。只、その表情は興味も大して無い様子でもあった。やがて全てを話し終えると、オーガは話を纏めて聞き返した。

「要するに……あたし達にあんたの街に来るなって事だな?」
「は、はい。申し訳ありませんが、街の人々は貴方達を恐れています」
「ふーん……何で?」
「何で……と言われましても……」

 そこで彼の口が止まった。何でと言われても答えは一つしかない。いや、それ以前にその答えは太古の昔から今に至るまで変わっていないのだ。その答えとは―――

「あたし達が魔物だからか?」
「…………」

 口を閉ざしてしまった“人間”のアレスの代わりに、“魔物”であるオーガが口を開いて答えた。それに対してアレスは沈黙してしまう。そう、彼女の言葉は正に正解であった。

 太古の昔から魔物と人間は交り合う事無く、戦いに明け暮れる関係であった。例え魔王が変わってもそれは続くものだと―――アレスはそう思っていた。彼だけではない、他の人間も同じ事を考えているだろう。

 だが、次の言葉にアレスは思わず呆けてしまったに違いない。

「お前、魔物が人間を必要としているって知らないのか?」
「……………え?」

 正直この瞬間、この魔物は一体何を言っているのだと思ってしまった。魔物が人間を必要としている……そんな馬鹿な話があるのだろうか。それでは今までの歴史が何だったのだと逆に聞きたくなってくる。否、流石のアレスも聞かずにはいられなかった。

「あの……魔物が人間を必要としているってどういう意味ですか」
「ああん? 本当に知らないのか? 口で説明すんのも面倒だから……とりあえず来い」
「え、来いって……うわ!?」

 またしても持ち上げられたと思いきや再びお姫様抱っこでオーガの胸の中にポスンと収まるアレス。恥ずかしいが、自分が何を言っても無駄だろうなと何となく分かっていたので下ろすように訴えはしなかった。知らずと己の顔が赤くなってしまうのは生理的に仕方がないと言えよう。

「しっかり歯を食い縛ってろよ。舌噛むかもしれないんだからな」
「はい……」

 オーガの有難い助言を耳にしつつ、アレスは自分を抱えて走り出した彼女の体にそっと己の体を預けてみた。
 体全身に伝わってくるのは彼女の温もり、そして力強い心臓の鼓動。それらは人間と大して変わらぬ生きている証しであり、生命を持った生き物である事を教えてくれていた。

 それを肌身で体験し、彼は思った。どうしてこのような温かな魔物と人間は争い合う関係にあるのだろうかと……。

(もし争いが無ければ自分はきっと彼女に―――)

 そこで抱いた想いは胸の奥底に仕舞い込んだ。今はまだ明らかにする事は出来ない。言ってしまえば彼女に拒絶されそうな気がして……。何より先程の言葉が彼の心の中に突き刺さっていた。

(あたし達が魔物だからか?)

 あの時、どういう言葉を返したら良かったのかアレスは分からなかった。しかし、彼女の口に言わせてしまったその一言が彼の中で大きい後悔となっていた。

 彼女達を恐れなければ、あの言葉を強く拒否していれば……こんな苦しい思いをしなかっただろうか?

それでも過ぎてしまった時間は取り戻せず、彼の中に後悔の念ともしかしたらという淡い想いは燻り続けていた。





オーガが連れて来た場所は先程の魔物達が屯していた場所だ。未だに松明の炎は灯されており、松明の近くからは人間と魔物の声が聞こえていた。

そう、声である。会話ではなく単なる声―――それも極上の“甘い声”が。

「あはぁ……気持ちいいよぉ!」
「凄い! あなたのおちんちん凄く良いぃぃ!」
「ふぁぁぁ……とろけるぅ……子供チンポがお尻とマンコにぃ……」

 魔物達が屯していた場所は最早森の中と呼ぶには程遠く、肉欲が渦巻く乱交の場と変わり果てていた。
 ワーウルフの少女は青年の上に跨り腰を振り下ろす度に甘い悲鳴を上げ、小柄なゴブリンは筋骨隆々の巨漢の逞しい性器をバックから突かれる度によがれ狂い、スライムの少女は年端もいかぬ子供二人の性器をそれぞれお尻の穴と己の性器に嵌めては快楽の波に溺れていた。

「なっ、あたしの言った通りだろ? 魔物には人間が必要だって」
「……………」

それを少し離れた場所から眺めていたアレスは赤面を通り越し、トマトのように顔を赤くさせて目の前の光景に絶句した。対するオーガは……豪快な笑みを顔に張り付けてニヤニヤと。互いに対照的な反応である。

「あの……これは一体……」
「んーとだな。あたし達魔物は人間の精液が大好物なんだよ。つーか、生きる糧でもあるな」
「そ、そうなんですか。知らなかった……」
「まっ、そんな風になったのは少し前だけどな」
「へ? どういう意味ですか?」

魔物について無知であるアレスもオーガから教えられる事実に目をまるくするばかり。だが、何より一番驚いたのは魔物達が人間の精液を求めるようになったのは最近であると言い放った事だ。

「あたしも詳しくは知らないというか、興味ないから大して覚えちゃいないけどよ。何でも魔物を統括していた魔王が少し前に世代交代したらしくってな、サキュバスが今の魔物達のボスらしいぞ」
「それが今の魔物とどう関係あるんですか?」
「………お前、今の魔物達を見て気付かないか?」
「気付くって……何をですか?」

正直、昔の魔物も知らないので今の魔物をどうこう言われてもアレスが気付ける筈がない。結局アレスが分からず仕舞いで居ると、オーガは軽く溜息を吐いて答えを教えてくれた。

「魔王がサキュバスになった途端に魔物達は全員女に変わっちまった……“魔物娘”になっちまったのさ」
「魔物娘!?」

 聞いた事の無い言葉に思わず声を少し強めてしまったが、確かにそう言われればオーガの言う通りだ。あの乱交の場には人間の女性は居ない。全てが魔物の女性……言わば魔物娘だらけであり、彼女達は人間の男性と性行為を楽しんでいる。

「しかもな、サキュバスの影響もあるんだろうけど……魔物娘達は皆、人間の男と交尾する事を望んでいる。受け身な奴も居るし、強引な奴も居るがな」
「あ、そう言われると無理矢理跨っている子も居ますも…ん……ね…………」

 そこまでは普通に会話していたアレスだが、突然ある事に気付いて言葉の語尾が今にも消えてしまいそうなぐらいに小さくなった。
 魔物が人間の精液を必要としているのは目の前の乱交で十分に理解出来た。


 ならば―――自分の目の前に居るオーガはどうなのだろうかと……。


 その考えに辿り着いて質問するべきか否か迷っていた時だ。

ぐにゅっ

「!!??」
「おお? 華奢な体付きの割にはココは結構な物を持っているじゃねーか」

 悲しい事に彼の予感は的中してしまったらしい。何時の間にか自分に近付いていたオーガ――それも彼女の吐息が自分の顔に掛かるぐらいに―――がアレスの性器を服越しから鷲掴みにしたのだ。
 
「お、オーガさん!? 何をするんですか!?」
「あん? 何ってそりゃ勿論ナニをする訳で……お前だって目の前のアレを見ればその後どうなるか大体分かるだろう?」
「そ、そりゃ予想は出来ていましたけど――――!!」
「あ、やっぱり予想してたんだ。清楚で可愛い面して考える事はエロいなぁ」
「違います!!」

 必死になって否定するが、女性にアソコを触られている体は素直に反応してしまう。徐々にアレスの性器はぐんぐんと硬くなり、鎌首をもたげていた亀頭は瞬く間に天を突き刺さんばかりに立ち上がった。否、勃ち上がった。

 それを服越しから楽しんでいたオーガだが、やはり魔物娘の血が騒ぐのだろうか。最早我慢出来んと言わんばかりの厭らしい笑みを浮かべて彼のズボンに手を掛けた。

「てい!」
「あっ!」

ズボンに手を掛けるや否や、オーガ自慢の腕力によってアレスのズボンはズルンとあっさり脱がされてしまう。そして明らかとなった彼の下半身にオーガの視線が突き刺さる。
それはオーガが今まで見てきた男のモノの中で最高のモノであった。太さは標準からやや大きい程度だが、長さは軽く30センチを超えている。立派な一物を見てオーガは頬を薄ら赤く染めつつゴクリと唾液を飲み込む。

「おお……こりゃすげぇな!」
「ちょ! そんなに見詰めないで下さい!」

 一物を見ながら今の台詞、どこのエロい親父だと突っ込みたくなるのも山々だが、オーガにそれを言っても仕方がないだろう。
初心なアレスが顔を赤くしながら恥ずかしがって下半身を必死に隠そうとするが、オーガが彼の両手を掴んでそのまま上へ。そして彼の手を頭上でクロスさせた後に自分の服(?)に使用していた頑丈な縄で彼の両腕を縛り、あっという間に両腕の自由を奪ってしまった。

「おい、隠すなよ。折角こんなイイ物を持っているのにさ」
「普通は隠しますよ! というか何でいきなりこんな事を!?」
「当然だろ。あたしは魔物だぜ? 自分の欲望には忠実なんだよ。更にオーガって種族は男を犯す事に喜びを覚える魔物なんだ」
「そ、そんな……」
「安心しな、昔ならいざ知らずだけど今の魔物達は人間を殺しはしねーから。只、加減は分からないから気を付けろよー」
「気を付けるってどうやってー!!?」

 ぺろりと唇を舐めるオーガを見てアレスは思う。“人間を食い殺す凶暴な魔物”という長年に渡って信じ込まれていたイメージは過ちであり、今の魔物……魔物娘達は人間を殺めたりはしない。
 
 その代わり―――彼女達は生きていく上で必要となる(もしくは個人的な好物として)人間の精液を求める魔物に変わり果てていた。これは人間から見て吉なのか、凶なのかはアレスには分からない。

只、分かっているのは……己が彼女に性的な意味で“食べられる”という事のみだ。

「じゃ、いただきまーす」
「あっ……!」

オーガの口が、柔らかく張りのある唇がアレスの唇を塞ぐ。想像以上に柔らかさと温かさに彼の体がビクンと跳ね上がるが、これはまだ序の口だ。

「ん……ぶ……うむ……」
「んむ…! ふぁ…!」

 口付けで重なり合った唇から相手の舌が侵入し、アレスの口内を存分に犯し尽くす。オーガの舌が、オーガの唾液が自分の口に侵入してくる。そして逆に自分の唾液が吸われて相手の口の中へと略奪される。
初体験となるディープキスの感触に彼は成す術も無く、彼女の舌に口内を蹂躙される。

そして漸く口が離された時にはアレスは息絶え絶えになっており、オーガは余裕の表情ながらも興奮しているのか頬が少なからず朱色に染まっていた。

「ははっ、こういうのは初めてだったか?」
「はぁ…はぁ…はい」

 最初は嫌がっていたが、彼女に無理矢理唇を奪われて興奮の余りに頭が働かないのか、もしくは彼女に………とにかく先程に比べて素直になっていた。キスしている間にもうどうでもいいやと諦めていたかもしれないし、先程の人間と魔物娘の乱交を見た時から諦めていたのかもしれない。
 
 どちらにせよ大人しくなった彼を見て、彼の唇を奪い舌を弄んだ口に笑みを張り付けたままアレスの下半身にある性器へと己の顔を近付ける。彼女の生温かい吐息が性器へ当たるだけで快感が生まれ、背中にゾクゾクとした心地よい電気が駆け巡る。
その快感に酔い痴れて思わず声が漏れ出そうになるが、すぐ近くに他の魔物娘や人間達も居る事を咄嗟に思い出し、慌てて口をつむんで声を出さないよう我慢した。そんな彼の頑張る姿にオーガは『愛おしい何か』を見るかのような目で見詰めていた。

「ふふ、可愛いねぇ。あたしの吐息に感じているのに、周りの奴らに聞かれるのが恥ずかしいから声を我慢するだなんてさ」
「ふーっ、ふーっ」
「快楽に抵抗するのに精一杯で会話すら出来ないかい? 安心しなよ、こうすりゃきっと―――」

ぐちゅっ

「!!? ふぁああああ!?」
「ふひひひひ、もっほ(もっと)いくぞー」

 性器に吐息をかけられるだけでもギリギリ危なかったのに、今度は口に勃起した性器を咥え込んだのだ。神経が集中する上に勃起して周囲の刺激に敏感な性器は瞬く間にオーガの口内と舌遣いによって快楽に支配され、声を出すのを我慢していたアレスも思わず情けない喘ぎ声を出してしまう。

 オーガの頬肉と唇の極上の二段締め付け、更に口内で性器を根元から先端に至るまで舐め尽す太いナメクジ舌。それらが絡み合って生み出される快楽は無限と言っても過言ではないだろう。
今まで女性との絡みなど一切ない初心なアレスは当然この無限の快楽に抗う術を持ち合わせていなかった。只、快楽の波に揉まれて押し流されるばかりだ。

「あ、あああ! うあっ! はぁぁ! ひうっ!」
「んぶっ! ぶぷっ! ちゅぶっ! ぶはっ! じゅちゅぅぅぅぅ!」
「あぁぁぁ!!」

時に激しく肉棒に吸い付き、時に優しくねっとりと裏筋を舐め上げ、時に上下の前歯で亀頭を軽く甘噛みして虐める。これの繰り返しでオーガはアレスを責め立て、一分もしない内にアレスは何も考えられなくなる。

 そこには既に一国を守ろうとする王子の姿は無かった。あるのは肉欲に溺れる初心な青年のみ。どんな肩書きを持った人間であろうと、何かに溺れてしまえば単なる弱い人だという事を物語っているかのようだ。

そして遂に―――

「ああ! で、出ちゃう!」
「!!」

―――その叫びから間を置かずして、アレスの肉棒の先から大量の精液が吐き出される。瞬く間にオーガの口の中は生臭い白濁液で満たされるが、彼女はそれを暫し口に含んでじっくりと味わった後……ゆっくりと“ゴクンッ”と音を立てて飲み干した。

「ぷはっ、ごっそーさん」
「はぁ…はぁ……へ!? ま、まさか……飲んだんですか!?」
「ああ、美味しく頂きました」

 彼女の口の中へ出してしまった事、そして自分の精液を自慢げに飲み干した彼女の姿に恥ずかしさの余りアレスの顔は赤みを増す。それと同時に思考も瞬時に元に戻ったらしく、何時も通りの彼の口調が出始めた。

「き、汚いですよ! そんなものを飲むなんて!」
「そうかぁ? 好きな奴は好きだけどなぁ、にしし」

お子様には分かるまいと言わんばかりの笑みを浮かべてみせるが、当のアレスはそんな大人の味を理解しようとはハナから思っていない。
だが、そこで一つの興味……と言うよりも個人的に気になる事が頭に過る。彼女は精液を普通に飲んでいると言う事は恐らく精液が好き派の一人なのだろう。

ならば、彼女は自分以外の人間の精液を飲んでいるのだろうか? そう考えた時、何故か心の中がモヤモヤしてしまい、やがて聞かずにはいられない気分にさせられた。

「オーガさん、もしかして……他の男の人の精液とかも飲んだりしているんですか?」
「んー? まぁ、男を捕まえたら絶対に飲むなぁ。味見として」
「じゃあ、やっぱり他の男性ともこういう……その……性交を?」
「おう、当然だろ。あたしは魔物なんだからよ」

 あれだけ男性器の扱いが上手いのだ。男の一人や二人以上は抱いているだろうとアレスも薄々予想はしていたが……。

ズキンッ

実際に彼女の口から他の男と体を交わせたと聞いて心が痛む。どうしようもなく辛い、どうしようもなく苦しく……どうしようもなく苛立ってしまう。
何故に自分がこのような気持ちを抱いてしまうのかはアレス自身がよく分かっている。

 一目惚れしてしまったのだ、目の前に居る魔物……人を襲うと言われるオーガに。

 しかし、その気持ちに気付いたのは質問を終えた後だった。それ故に今彼の胸中には激しい後悔が渦巻いていた。聞かなければ良かった、聞かなければ楽でいられただろうに……と。

 だが、直後に彼は耳を疑うような思わぬ言葉を聞かされる。

「あっ、でも精液の味や一物の大きさでは現時点でお前が一番好きだ」
「え!?」
「濃厚だし太いし、それにイケ面だし。どれを取ってもあたし好みだ」
「そ、そんな……」

 それは予期せぬ不意打ちと言っても良いだろう。数多くの男と交わってきたオーガが、その中でもアレスのモノと味が一番いいと褒め称えてくれたのだ。褒められた途端に後悔は一転し、これ以上ない恥ずかしさに襲われる。
しかし、それは決して嫌な恥ずかしさではない。嬉しさから来る恥ずかしさだ。

「けれど、お前も変わっているね。あたしに散々一方的に犯されてるってのに嫌な顔一つしねぇじゃないか」
「え? そ、そうですか?」
「ああ、そうだよ。交わる前と後じゃ反応が正反対だぜ」

 オーガにそう言われて思い返してみれば、確かにその通りであった。やる前は人道的・道徳的などの意味で性交を嫌がっていたが、いざ交わってしまえば快楽に押し流されてしまい……結果アレスはその快楽の虜となってしまっていた。
 それを改めて指摘されると、今度は純粋な恥ずかしさが彼の顔を更に赤く染める。いや、既に赤いのだから更に病的な赤さに染まっている。
 けれど、気持ち良かったのは事実だ。事実だからこそ素直に自分の心の内をオーガに伝える事が出来た。

「それは多分……気持ち良かったから……ですかね。それに―――」
「それに……何だ?」

 台詞の途中で言葉に詰まったが、今更になってこれ以上恥ずかしい事などあるかと彼は腹を括った。
いや、腹を括って決意したのはそれだけじゃない。今まで教えられた人間と魔物の関係を覆す覚悟もだ。例えアレスが他人からどのように蔑まされようとも……最早この気持ちは誰にも変えられないだろう。

 それほどに硬く……熱い意思だった。

「貴方の事が……好きだから」
「…………はっ?」

 今まで黙っていたアレスの次なる言葉をまだかまだかと期待していたオーガは、漸く出て来たその一言を聞いた瞬間に固まった。そして頭の中で何度も確認する。

今何て言った? 誰が好きだと? 目の前に居るのは自分だけだろ? と言う事は………。 何度も何度も言葉を繰り返し、漸く自分が告白されたのだと気付いた途端にオーガの顔が真っ赤に染まる。
緑色の頬が赤くなって温度が上がり、額に汗が滲み出す。今さっきまで強気にアレスを責め立てていたオーガと同一人物とは思えぬぐらいに可愛らしかった。間近でその表情を垣間見たアレスは思わずポツリと呟いてしまう。

「あはは、焦った顔…可愛いですね」
「はぁ!? て、手前!! ああああたしが可愛いだとぉぉぉ!?」
「はい、可愛いです。そして大好きです」
「んなっ!?」

 恥ずかしさを隠そうとして激怒する素振りを見せるが、それが返って逆効果を呼んでしまい、照れ隠した自分が可愛いと再びアレスに褒められてしまう。そして恥ずかしくなって言葉に詰まってしまう。気付けば主導権はどちらが握っているのか分からなくなっていた。

 言葉のやり取りではアレスに勝てない……そう悟ったオーガは再び彼の唇を無理矢理塞ぐ。しかし、先程のように一方的にはいかなかった。信じられない事にたった一回のディープキスで慣れたのか、今度は自分からオーガの舌を絡めてきたのだ

「んぶっ、んん!?」
「んっ、んぐ…んはぁ……」

舌を絡め合うやらしいキスは三十秒ほどで終わり、互いに一旦口を離して両者見詰め合う。どちらもキスを終えたばかりだからか、呼吸が荒い。しかし、その間も両者の瞳から放たれる視線は絡み合い、瞳は鏡の如く真剣に見詰め合う己の顔をハッキリと映し出している。

 微動だにしないアレスを見てオーガも彼の気持ちが生半可なものではないと理解し、軽く唇の端を釣り上げて笑みを浮かべた。

「どうやら本気みたいだな」
「はい、本気です」
「……正直、今まであたしとヤッた男達は皆あたしを恐れていたよ。魔物だ、オーガだ、化け物だって口々に言ってね。中には謝罪してあたしとヤるのを逃れようとする腰抜けも居た。忠誠を誓いますなんて見え透いた嘘を言う奴も居たな。まぁ、結局そいつらは絞るだけ絞って後は適当にポイッとしちまったけどな」
「………」

何故、好きだと言った後に自分の凶暴性を、自分を貶すような事を赤裸々に語るのか。その理由はアレスも手に取るように分かった。試しているのだ、こんな自分でも本当に恐れないかどうかを。
ここでアレスが怯えたり、拒絶の姿勢を示したらオーガは何も言わずに再び力尽くの逆レイプ紛いの性交を始めるだろう。だが、その心配は杞憂で終わった。

 オーガがどんな事を話そうとも……アレスは一切視線を背けず、彼女を見続けてくれた。先程の『大好きです』と言った時と変わらぬ優しい目で。

「……こんな凶暴な魔物なんだぞ、あたしは。それでもあんたはあたしの事が好きなのかい?」
「はい、好きです。正直言いますと……僕の一目惚れでした」
「……一目惚れ?」
「はい、初めて見た瞬間に綺麗だって思ってしまいました。そして話したり、こうやってしている内にその……オーガさんの事が好きになっちゃいました」

 初めて出会った瞬間に一目惚れし、そのまま恋に落ちていた。そう話す彼の姿を見て最初はポカンとしていたオーガだが、やがて腹の底から堪え切れない何かが込み上がってきた。そして遂に――――

「あっはっはっはっはっは!!!」

 ――盛大に笑った。森中に響き渡りそうな大きな声で無邪気な笑い声を上げたのだ。突然の笑い声に今度はアレスがポカンとしてしまった。

「あの……何か変でしたか?」
「ははははは! いやいや、お前みたいな奴初めてだからよ。そんな単純な理由であたしを好きになったのかよ! あはははは!」
「わ、笑わないで下さい! こっちは真剣なんですから!」
「はははは! 悪い悪い…! でも、本当にあんたみたいな奴初めてだからな。どうすれば良いのか分からなかった。けど、今の話を聞いてあたしも決めた」

 そう言うと今までアレスの自由を封じていた両腕に縛った縄を解き、彼を動けるようにした。
漸く自由となったアレスの手だが、その手を自らの意思で動かしたりするよりも先にオーガが彼の体を思い切り抱き締めていた。

そして耳元で囁くのだ。彼に負けぬぐらいの告白を―――

「あたしもあんたに惚れた」
「えっ…」
「人間の男に告白されるなんて正直夢にも思わなかったけど、いざ告白されるとこんなに嬉しいもんだって実感したよ。それにあたし好みだってさっきも言ったしな」
「あ、有難うございます! オーガさ――!」

 互いに想いが伝わり、その喜びを伝えようとしたが……直後にオーガに唇を人差し指で軽く押さえ付けられてしまう。まるで『お静かに』と言わんばかりに……。
 この行動に首を捻って『何故?』と動きで訴えかけると、オーガは一言だけ呟いた。

「ミネルバ」
「……え?」
「あたしの名前だよ。皆オーガの姐御とか種族名で呼ぶけど、本当のあたしの名前はミネルバって言うんだ。因みに他の皆は知らないけど、あんたはあたしが惚れた男だからな。名前ぐらい覚えとけ」
「あ…はい! ミネルバさん!」

 本当の名前を教えて貰っただけなのにアレスは今までにない高揚感を感じていた。きっとそれは彼女の名前を教えて貰えた喜びや、自分だけが知っているという優越感によってテンションが上がっているのだろう。
 対するミネルバもまたアレスに自分の名前を教えただけなのに、底知れない興奮を感じていた。自分に愛を告白してくれた異性から自分の名を呼ばれる度に、背筋がゾクゾクするのだ。まるで全身の細胞がアレスに名前を呼んで貰って歓喜しているようだ。

そして二人は再び軽く口付けを交わし、中断していた性交を再開させる。だが、ここで一つ問題があるとミネルバから問題を提示された。

「だけどな、オーガって魔物はさっきも言ったように男を無理矢理犯す魔物だ。他の魔物娘達みたいに普通に愛し合うっていうのはちと無理だ。だから……まー、頑張れ」

 ほぼ投げやりと言っても過言ではない問題提示であった。以前のアレスなら『そんなぁ!』と泣き言の一つも入れていただろうが、ミネルバに告白してからは彼もそれぐらいの覚悟は出来ていた。

「ええっと……自信は無いですけど、頑張ってミネルバさんを受け止めます。だから、遠慮せず来てください」
「ひひひ、良い心掛けだ。それじゃ……行くぜ、アレス」
「はい…」

 互いに合意した上でアレスの上に跨るミネルバ。既に熱り立っているアレスの肉棒を軽く掴み、その先端を己の肉壷の入口へと狙いを定める。肉棒の先と肉壷の入口が触れ合うのを肌で感じ取ると、一気に腰を下ろしアレスを自分の中へと導き入れる。

「うああっ…! ミネルバさんの中……凄い……!」
「へへへ、あたしの膣の締め付けは強力だぜ。だけど、まだまだこれからだ!」

 入っただけで凄まじい快感だというのに、これ以上の快感を与えられたら自分は壊れてしまうのではないだろうか……そんな不安を考えたが、彼のモノを咥え込んでいるミネルバは彼の心境など露知らず。彼が言った通りに遠慮せず、腰を上下に激しく動かし、且つ膣を締め上げてアレスを更なる快楽へと誘う。

「うあああ……凄いです……。ミネルバさんの中、ぐにゅぐにゅして……」
「お前もすげぇよ。太くて長いお前の肉棒があたしの奥をゴンゴン突いてきやがる。堪んねぇよ……」

 ミネルバはオーガの本能に従うがままに男を……アレスを犯しているつもりであった。しかし、ふと彼女は思う。このように互いに会話が成り立ったまま体を交わせた事があっただろうか? いや、そもそも人間の男性とまともに言葉を交わした記憶など彼女の中では殆ど無い。
自分が出会った男達の大半は自分の姿に怯え、萎縮し切っていた。中には悲鳴を上げながら涙と鼻水を流す最低な男も居たし、憎悪に満ちた目でこちらを睨んで『殺してやる』と罵る男も居た。

しかし今……無理矢理犯す事しか知らぬ自分を受け入れ、愛を囁いてくれる人間が目の前に居る自体に彼女は夢を見ているかのような気分にさせられる。

 誰かに愛される喜びを彼女は今――――知った。

ごちゅんっ! ぶびゅるるるるるっ!

「うぁ!!」
「ぐっ!」

 その喜びに夢中になり何度か腰を下ろした時だ。アレスの肉棒が彼女の子宮を貫き、更に一番奥深くに当たった瞬間、アレスの性器が精液を盛大に吐き出した。
二度目だというのに凄まじい勢いで放出された精液はミネルバの膣を満タンにし、それでもまだ出てくる残りの精液は二人の結合部の僅かな隙間から零れ落ちていく。

「うはぁ……溢れてくるぜ……。お前の……アレスの精液が……あたしの膣から溢れちまう……」
「ぼ、僕もこんなに出るとは思いませんでした……」

 互いに満足そうな笑顔を浮かべ、再び甘い口付けを交わす―――が、ここでミネルバは違和感を感じてしまう。

(あれ、あたしが思っていた男とのセックスってこんなんだっけか?)

 今さっき自分は確かに無理矢理な性交しか出来ないと断言した筈だった。しかし、今のこれはどうだ。自分が相手を一方的に犯しているつもりだったが、現にその相手はこちらに微笑み掛けており、自分もその笑顔に釣られて笑ってしまう。

 これが男を犯すオーガ流の性交か……そう問われればきっと彼女自身が否と応えるだろう。そして性交の変化に驚いているのは他ならぬ彼女自身である。

(ははっ、何てこったい……。愛ある性交を知らないなんて言いながら、今あたしがヤっているのは愛ある性交そのものじゃないか……)

 他のオーガから見ればミネルバの性交は正に本末転倒とも言えるかもしれないが、それでも彼女は構わなかった。

 アレスと……自分を愛してくれる男と体と体と重ねるのがこれ程までに気持ちいい事なのだと気付いてしまったのだから。
すると彼女の下に居たアレスが何かを思い付いたかのように突如彼女に声を掛けて来た。

「ミネルバさん、今度は僕から動いても良いですか?」
「へ? お前から?……っておわ!」

 オーガという大柄な魔物の下敷きでありながらもアレスは華奢な体付きからは想像も付かない力を発揮して彼女を押し返し、彼女と繋がった格好のまま上下逆転させてしまう。あっという間に彼に押し倒されたミネルバは男に押し倒された悔しさ半分、アレスの力を見直した半分が混ざった微妙な笑顔を作るしかなかった。

「へっ、侮っていたぜ。まさかこんなに力があるだなんてな、ひ弱そうだと見縊っていたあたしが馬鹿だったよ」
「ごめんなさい、でも僕もミネルバさんを気持ちよくさせたいんです」
「……あたしを押し倒してそんな台詞まで言うんだ。あたしを失望させんなよ?」
「はい!」

 彼女の口元がニヤリと不敵な笑みを浮かべる。それはアレスの意思に文句はない事を物語っていた。彼もそれを悟り、元気よく返事をして挿入の準備をする。

「じゃあ、いきますね。ミネルバさん」
「おう、来い。今度はあたしがアレスを受け止めてやる」

 それを合図にアレスは激しく腰を振り始め、彼女への挿入を開始する。最初は単純に深く入れたり膣の出口ギリギリまで戻したりの激しい上下の動きだけだったが、少しして慣れてくると腰を上下の動きから彼女の膣内を掻き回すかのように円を描く動きをしてみたりと様々な動きをしてみせた。

「くぅ…! 激しい腰使いしやがって……! お前とんでもない野郎だな!」
「あっ、すいません! 気持ち良くさせたかったんですけど……痛かったですか?」

 少し怒ったような声色にビクリと体を震わし、性交に夢中だったアレスは体をピタリと止める。もしかしたら激しいのが好むだろうかと考えてやっていたつもりだが、逆に彼女を怒らせてしまっただろうかと不安げな気持ちになったが……そんな気持ちはニヤリと口の両端を釣り上げる彼女の笑みを見て吹っ飛んだ。

「いや、その逆だ。すっげー気持ちいい、あんたに惚れ直しそうだよ」
「ミネルバさん……」

 本音を言うとアレスの緩急激しい腰使いにミネルバも軽くイキそうになったが、その雰囲気を見せもせずにケロリと『気持ちいい』と言ってのけるのはオーガとしての意地なのだろう。
 性交の経験が遥かに上である彼女に褒められた事でアレスの腰使いも益々ヒートアップし、それから先は人間的な性交ではなく野生味溢れる激しい性交へと発展する。

 どちらも遠慮せずに相手を求め、性欲を貪り……時には優しい口付けをして愛の確認をする。

 だが、いよいよアレスにも限界がやってきた。ゾワゾワとする感触が背中を駆け巡り、下半身に熱が籠る。それは今日だけでアレスが何度も体験した感触であり、これが何を意味するかは既に分かり切っている。

「ミネルバさん! い、イキます!! 出しますよ!」
「ああ、来い! アレスの精液をあたしの中にブチ撒けろ!!」

 それを合図にしてアレスは腰を深く沈めて彼女の秘部と密着し、ミネルバも逞しい両脚で彼の腰をガッチリ挟んで逃げ出せないようにする。まるで両者ともに相手を待ち望んでいたかのようだ。

 そしてついに―――

ドビュルルルルルッ!

「うあああああ!」
「はあああああ!」

アレスの肉棒から性欲の塊のような大量の精液が吐き出され、全てミネルバの膣へと送られる。しかも、肉棒の先端……つまり亀頭は子宮の中に入り込んでいた為、射精する度に精液がビシャビシャと音を立てて子宮の壁にぶつかっていく。
子宮に直接射精される感触にミネルバはあっさりとイってしまうが、アレスはそれには気付かず寧ろまだ射精し足りないと言わんばかりに腰を数度振って自分の性器に残っている精液を全て吐き出そうとする。

「ご、ごめんなさい! 腰が……止まりません! あっ、また出る……!!」
「お、お前どんだけ出せば……! ひう!! ちょ、待…! うあああ!?」

 それは宛ら決壊したダムのようであった。一度出たら最後、中の水が無くなるまで放出し続ける……。
そんな光景と同じように、アレスもまた一度射精してしまったら二度と止まらぬ勢いでそのままミネルバの中へ三回、いや五回ほど射精を立て続けに行った。しかも、どれもが大量の精液で…だ。

無論、こんな大量の中出しがあろうとはミネルバも予想していなかった。射精される度に古い精液が膣の隙間から外へ漏れ出てしまい、射精されたばかりの新しい精液は既に満タンになった子宮の中へゴプンゴプンとポンプで水を送るような音を立てて次々と送り込まれていく。
精液を受け入れられないミネルバの子宮は水風船のように膨れ上がり、外から見るとまるで妊娠したかのように下腹部がポコンと小さく膨らんでいたが、それでも彼女は両脚を彼の腰から離そうとはしなかった。

子宮に直に射精される快感が、圧倒的な大量の精液で中を埋め尽くされる快楽が、そして愛しい人に愛される喜びが彼を手離さそうとさせなかった。

最終的にアレスの大量射精は十回連続で行われ、その時にはミネルバの意識は完全に吹っ飛んでおり目が白目を向いていた。そしてアレス自身も体力が尽き果て、最後の一発を放った途端に目の前が暗くなっていくのを感じた。

やがて目の前の景色……愛しいミネルバの姿も見えなくなり、そこで彼の意識と思考はプツンと途切れた。





「う……」

 セックスの最中で意識を失ったアレスが再び目を覚ましたのは翌日の朝であった。最初は『どうしてこんな場所で?』と自分がこの場で寝ていた事を不思議がっていたが、すぐに目の前で未だに目を閉じているミネルバの姿を見てすぐに理解する。

「そうか、昨日ミネルバさんとしている途中に……」

 昨晩の出来事を思い出して納得するのと同時に、昨晩の激しい性交も一緒に思い出して赤面する。女性と体を重ねたのは初めてだが、初めてだからこそ自分の中にある獣の一面を知ってしまった。

(まさかあんなにも激しくしちゃうだなんて……ミネルバさん、怒ってないかな?)

 チラリと彼女の方を見たが相変わらず目を閉じてスヤスヤと眠りこけている。しかし、本当に寝ているのだろうかと顔を近付けて彼女の頬に手を触れてみる。

(温かい……)

 自分の手を通して伝わってくるのは人のそれと何ら変わらぬ温かみだ。そして……チラリと視線を横に送れば、そこにあるのはミネルバの柔らかそうな唇。今までは女性の唇を見ても何とも思わなかったが、昨日の今日という事もあってか思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 そして昨日あれだけ激しく燃えながらも、今また腹の奥底に秘められた性欲が蝋燭の火のようにほんの僅かに燃え上がる。

(キスぐらいなら……良いかな?)

キスぐらいならば大丈夫……そう自分に言い聞かし、アレスはそっと彼女の顔を両手で包み込むと―――彼女の唇に優しい口付けを交わした。

 口付けはほんの数秒ほどで終わった。流石にそれ以上するとバレてしまう恐れがあるし、何より眠っている彼女の邪魔をしては悪い。そういった思い遣りで彼女から離れようとした矢先だ。

「もう終わりかよ?」
「え!?」

口付けを終えて顔を話した途端、聞き慣れた声がアレスの耳に入ってくる。パッとミネルバの顔を見ると、閉じていた筈の目はしっかりと見開いており、こちらをジッと見詰めていた。

「お、起きてたんですか?」
「お前が目を覚ますちょっと前ぐらいにな。本当は性交終わって少しして意識取り戻したんだけど……お前寝ちまったからよ、あたしもこの際寝ちゃおうって思ってな」
「そ、そうだったんですか……へー……」
「……そんで、キスはもうしないのか? 別に舌を入れたって構わなかったんだけどな〜?」
「も、もう今ので十分ですので!」

 今さっきの行動が全部ミネルバに筒抜けであった事にアレスは只々赤面するばかり。本音を言うともっとキスはしたいが、昨日の今日という事もあって気恥ずかしさが先にきてしまい本音を出せないのだ。
 だが、その点についてはミネルバの方はあっさりと割り切っていた。

「じゃ、あたしがしたいからするぞ」
「え!? ちょっと―――」

 心の準備が……と言いたいところであったが、もう既に彼女は動き出していた。台詞の途中であろうがお構いなしにアレスの口を自分の唇で塞ぎ、そのまま彼の舌を味わうかの如くミネルバの舌が入ってくる。

 ピチャッ クチュッ クチャッ

 厭らしい音が聴覚に響き渡り、脳内が妖しい色に染め上がる。最早先程まで言っていた心の準備なんて何処へやら。やがて口付けから解放されると大人の色気を漂わせたミネルバがニコリと微笑み掛けて一言。

「おはよう」
「……おはようございます」

 いきなりキスをしてきた事に文句の一つでも言おうかと思ったが、彼女の笑顔を見てそんな気も薄れてしまった。そして彼女におはようと言われてから彼は気付いた。

 未だに己の性器と彼女の秘部が連結している事を―――

「わああああ! すいません! すぐ抜きますー!!」
「あ?………ああ、これの事か。あたしとしては別にこのままでも良いけどな」
「僕はよくありませんー!!」

 その後、抜き取ったら彼女の秘部から大量のアレスの精液が漏れ出て色々と大変だったそうな……。




「それでお前はこれからどうするんだ? あっちの国ってところに帰るのか?」
「そうですね……」

 暫くして落ち着き、互いに服を着終えた所でミネルバが不意にそんな質問を投げ掛けた。そこでアレスは忘れていた自分の目標を思い出し、どのように答えるべきか迷った。
 和平を成功させて国に戻っても、あの伯父上がアレスの帰還を喜んで迎えてくれるとは到底考えられない。魔物と手を組んだ裏切り者と言って消しに掛かるかもしれないし、或るいは魔物達のスパイだと濡れ衣を着せて教団に突き出すかもしれない。

 ならば、このまま彼女達と一緒に居ようか。彼女達……魔物娘が人間にとって恐ろしい脅威ではないと分かった今ならば彼女と末永く幸せに暮らせる筈だ。
 しかし、本当にそれで良いのだろうか。自分だけが彼女達は無害だと分かっていても、周りの人間はそうだとは思わないだろう。いや、絶対に信じないだろう。

そもそも今回の魔物の侵略と言うのも人間の一方的な勘違いで起ったようなものだ。話し合いの際にミネルバから聞かされたのだが、彼女達は教団と対立する魔物軍と何ら関わりを持たない野生の魔物達同士で結成された旅団だそうだ。
行動の範囲を広げようと偶々隣国の近くを通り掛かっただけで襲撃しに来たと誤解されてしまい、隣国の人間達から攻撃を受けたのだ。これによりミネルバ達も自己防衛の為に攻撃をせざるを得ず、結果的に隣国を足早に切り抜けて今この場所に辿り着いたという事だ。
因みに魔物達と一緒に居た人間達は隣国の人ではなく、色々と事情があって彼女達と共に生きるのを望む人間達である。

 とにかく、彼女達……魔物の事を理解されない限り、彼女達は人間の手で迫害される。そして上みたいな誤解による戦いが各地で繰り広げられ、それが長年続けば再び大きな争いの火種へと発展するだろう。

 それだけは―――何としてでも避けないといけない。

「一度国に戻ります。そして貴方達…魔物の存在が決して悪ではない事を人々に伝えます。きっと最初は誰も信じてくれないかもしれませんけど、昨日のきっかけで僕は確信しました。魔物も人のように恋したり、手を取り合えるのだと……」

 もしそれが実現出来たらこの世界はきっと良くなる。そして世界はもっと明るくなる筈だとアレスは確信していた。何故ならミネルバを知った今の彼は今までにないぐらいの幸せを覚えていたからだ。

「そして何時の日か、人と魔物の共存する社会を築き上げたいです」
「……そうか、だったらあたしもアレスと一緒に行くぜ」
「え!? ミネルバさんもですか!?」

 一瞬ではあるがアレスは『この人は僕の話を聞いていただろうか』と疑いたくなった。人間は魔物を恐れるとつい昨晩も言った筈なのに、何故に敢えて付いて来るのだろうかと。最悪の場合、ミネルバがバラント王国に入った途端に攻撃される事だって十分に有り得るのだ。それだけは何としてでも避けたい。

「危ないですってば! 僕が一旦国の人達に話して了承を得てから……!」
「嫌だ。あたしも一緒に行く。それに襲って来ようこようものなら逆に返り討ちにしてやるよ」
「もっとややこしくなるから駄目です!」
「えー、何だよそれー。……じゃあ、他の人間に手出ししないって事なら良いか?」
「手出ししなくてもミネルバさんの身に何かあったら大変ですよ」
「こっちだってあんたの身に何かあったら嫌なんだよ」

 アレスとしてはオーガであるミネルバを守りたいが為に、ミネルバとしては自分のせいでアレスを危険な目に遭わせたくないが為に。どちらも相手を思っている故にそう簡単に頷かず、譲らずのまま会話は平行線へ。

「僕は大丈夫ですよ。あっちの国の人間なんですから」
「だけど、魔物と親しいって分かった途端に掌返されるかのように酷い目に遭わされるかもしれないんだぞ?」
「……それは覚悟しています」
「だったらあたしも覚悟は出来ている。だから連れて行け」
「どうしてそんなに行きたがるんですか!? 昨日は僕の国にそんなに興味無さそうだったのに!」
「……ああ、そうだよ。国なんて興味ねぇ、興味あるのはアレスの事だけだよ!」
「え?」

 怒りに触れたのか、それとも何かのスイッチが入って暴走したのか。突然そんな事を言い出したかと思いきや、次の瞬間アレスの体はミネルバの巨体に抱き締められていた。最初は戸惑った抱擁ではあるが、今では何処か心地よく感じられる。

「あたしは興味なんて今まで抱いた事は無かった。国どころか食べ物だってそうだよ。男とのセックスもあたしからすれば単なる本能によるものだよ、この間までは。けれど、アレスを知ってからあたしはあんたに興味を抱いちまった。もっとアレスと一緒に居たい、もっとアレスと交わりたい、もっとアレスを愛したい、もっとアレスを知りたい! そしてあんたが守ろうとしているものをあたしも見たいんだ!」
「ミネルバさん……」

それは彼女の本音であった。彼を守りたいだけじゃない、彼がしようとしている事が何なのかを間近で見たくなったのだ。こんなにも華奢な体をした青年が必死に守ろうとしているのは一体何なのか……。
そして出来る事ならば自分も彼の力になりたい。アレスの盾になって彼を守りたいと強く願うようになっていた。こんな風に変わってしまったのもまた愛の成す業だと気付くのはかなり後であるが。

 ミネルバの叫びを聞いてアレスは最早何も言わなかった。自分の体を抱きしめる彼女の背中をポンポンと優しく叩き、彼女の胸の中で何度も頷いた。

「分かりました。ミネルバさんがそこまで言うのでしたら……」
「では、早速行きましょう。恐らく皆さん待っていますから」
「そうだな、さっさと……ん?」

 二人だけだった筈の会話の中に見知らぬ声が割り込んでいた事に気付き、ミネルバとアレスの動きが固まる。そして両者の首がブリキ人形のようにゆっくりと声のする方へ振り返れば――――

「アレス様、ご無事で何よりです」
「ヨハネさん!」
「アレスと一緒に居た男か」

 そこに居たのはアレスと一緒にやって来ていたヨハネであった。魔物達によって離れ離れになっていた事をすっかり忘れており、今再びヨハネに無事再会出来た事を喜んだ。
が、すぐにアレスは気付いてしまう。今オーガであるミネルバに抱き付いている自分を見てヨハネはどう思うだろうか? 嫌悪、差別、卑下……人ならば誰もが持ち得る負の感情をぶつけてくるだろうか。

 長年一緒だっただけに、こういう親しい人からそのような扱いを受けるかもしれないと思うだけで少なからず恐怖した。だが、その恐怖に怖気付くよりも、ミネルバを認めてほしいという気持ちが勝った。

「ヨハネさん、実は僕―――」
「ああ、言わなくっても大丈夫ですよ。さっきの話は殆ど聞いていましたから」
「え……殆ど!?」
「ああ、どうりであたし達が抱き合っているのを見ても涼しい顔している訳だ」

 一世一代のカミングアウトをするつもりだったのに、そのカミングアウトを先回りした台詞で全てがオジャンとなった。明らかにするつもりだっただけに余計に恥ずかしく感じられ顔を赤くするが、ミネルバの方は肝が据わり切っており平然とした表情のままだ。

「ヨハネさん、あの……改めて言うけど僕はミネルバさんが好きなんだ。ミネルバさんも僕みたいな人間を好きだと言ってくれた。だから、魔物と手を取り合えるのも可能だと思うんだ。それを国の皆に伝えたい」
「アレス様がお好きだと言うのです。誰に好意を抱こうとも、それは各々の自由です。私が口を挟む事ではありません。それに……実を言うと私もアレス様の事を言える立場ではないのです」
「え、それってどういう―――」

「「ヨハネさま〜ん」」

 ヨハネの言葉の真意を尋ねようとした矢先だ。彼の背後から聞き慣れた二人の女性の声が聞こえ、そちらへ視線を送ると……そこには昨晩自分達を発見したオーク姉妹の姿があった。
しかし、その表情は昨晩みたいな獲物を見付けたような鋭いものではない。まるで骨抜きにされて腑抜けてしまったかのような、もしくは相手に惚れ込んでしまいデレデレしたものとなっていた。

「ヨハネ様〜、あたし達も一緒に連れて行って下さ〜い」
「あたしも〜、ヨハネ様無しじゃお姉ちゃんもあたしも生きていられません〜」
「はいはい、分かりました。ですが、今は大事な話をしていますので少々お待ちを」
「「は〜い」」

 つい昨晩まであった強気なオークの姿は何処へやら。たった一晩の内にヨハネをご主人として崇める従順な僕(しもべ)と化している。いや、僕と言うよりもご主人に構って貰いたいペットのようにも見える。
どちらにせよ余りの変貌っぷりにアレスは只唖然とするばかりだ。昨晩の間に一体何があったのかと……。

「やるじゃないか、あの二人をセックスで堕とすなんてよ。あんた中々の手練だな?」
「いやいや、褒められる程ではありません。体を重ねる以上、相手の女性を愛するのは当然でしょう? ですが、正直あんな風になってしまうだなんて私も想像もしていませんでした」
「ははは、違いねぇや!」

 どうやらミネルバはオーク姉妹が変貌した理由を理解しているらしく、二人を自分の物にしたヨハネを褒め称える。しかし、ヨハネはミネルバの評価をそのまま受け止めず謙虚に答えるのみ。そしてアレスは二人の会話に付いて行けず頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

「えーっと………話が見えないんですけど……」
「ああ、説明してなかったな。オークの性格は相手のセックスの上手さや強さで決まるんだ」
「せ、セックスの上手さと強さ?」
「そう、相手がセックス下手で何度もイカされる弱い奴だったら高圧的な性格になる。だが、逆に相手が上手かったり強い奴だと今みたいに従順な下僕のような性格になる」
「じゃあ、ヨハネさんは………あのオークさん達を性交で従わせたって事ですか?」
「ああ、それも二匹同時にだ。中々のもんだぜ」
「いえいえ、褒められても何にも出ませんよ」

 最初は離れ離れになってどうなるかと思ったが、予想を遥かに超える想定外の結果で帰ってくるとは誰にも予測出来なかったであろう。そもそも、肉欲溢れる魔物娘をあっさり下僕のようにしてしまうヨハネという人間が凄いのかもしれないが……。

(ヨハネさんは凄い人だって思っていたけど……ここまで来ると少し怖い気もするなぁ)
「アレス様、私の顔に何か付いていますか?」
「え!? う、ううん! 何でもないよ!!」

色んな意味で凄いヨハネの顔を知らず知らずジッと見詰めてしまい、彼の方から何かと尋ねられてアレスは慌てて顔を背ける。
だが、ヨハネもまた『アレスの事をどうこう言える立場ではない』と言っている所を見る限り、あの二匹を愛している事に間違いはなさそうだ。これで憂いは無くなった。後は勇気を持って国に帰るだけだ。

「じゃあ、帰りましょう! 僕達の国に!」





 その後、ミネルバやオーク姉妹以外の魔物達と彼女達を愛する人間達はこの場に今暫く残って貰う了承を得てからアレス達は出発した。僅か一日しか経っていないが、早く街に帰りたいという気持ちがあった。
 それは任務を終えたからという理由ではない。寧ろ、その任務の中で出会った愛を皆に教えたい気持ちがあったからだ。

 道中でアレスはミネルバに魔物のことを聞き、ミネルバはアレスに人間のことを聞いて互いの理解を深めながら順調に街へ進んでいく。

 そして数時間掛けて漸く街に到着すると……意外な光景が目の前に広がっていた。

「アレス様だ! アレス様が帰ってきたぞ!」
「おおー! アレス様ー!!」
「見ろ! アレス様の馬に一緒に乗っているのは魔物じゃないのか!?」
「ヨハネさんも前後に魔物を一匹乗せているぞ!」

 街の入り口付近にはまるでアレス達の帰りを今か今かと待ち構えるバラント王国の民達の姿があった。それも10人や20人なんて数ではない。百人、いや千人を超えているかもしれないぐらいの大規模だ。
 無論、彼等はアレスが帰ってくる姿を見て大興奮だ。中には魔物娘を危険視する者も居たが、アレスと一緒ならば大丈夫だろうと判断した町民達は恐れる事無くアレス達の所へと駆け寄って行く。
その駆け寄って行く人々の中にはアレスの身を案じてくれた大臣達の姿もあり、彼等は五体満足のアレスを見て喜んだ。中にはオイオイと泣いて喜ぶ者も居る有様だ。

「アレス様、よくぞご無事で……。魔物に食われてしまったかと思いましたぞ」
「ご心配お掛けしました。それとこちらは僕の……その……こ、恋人のミネルバさんです」
「な、何と!? 恋人ですと!?」

 アレスの言葉に間近に来ていた大臣のみならず、その場に居た誰もが一瞬シンと静かになった。何せあの頭脳明晰で知られるアレス王子が魔物を自分の“恋人”として紹介したのだ。最初は冗談かと誰もが思ったが、頬を赤く染めるアレスを見ると、とてもそんな風には思えない。
 
……だとすれば魔物達に何かされたのではと疑う気持ちも湧き上がるというものだ。しかし、それを先回りするかのようにアレスは即座に否定した。

「先に言っておきます。僕は彼女に何もされていません。僕は僕の意思で彼女を好きになり、彼女を愛したのです。そして彼女も僕が好きだと言ってくれました」
「ですが王子、魔物に恋をするなど前代未聞ですぞ!?」
「ええ、ですがこの気持ちは本物です。変えようがありません。それと僕は魔物達と出会って知りました。魔物が人を襲い、人を喰らうのは単なる迷信であると」

 ついこの間まで人々の間では常識とさえ言われた魔物の生態について堂々と否定するアレスの姿に驚愕する者は殆どだ。だが、彼等の様子を気にする事無くアレスは言葉を続ける。

「確かに魔物は凄まじい生命力と凶暴な性格で知られています。けれど魔物は人の言葉を理解し、人と会話する事だって出来ます。それが可能ならば人間と手と手を取り合える筈です」
「し、しかし……魔物と手を取り合うなどしたら諸外国から何と言われるか……」
「……多分、何か言われるでしょう。けれど、人と魔物が手を取り合って幸せになれるのだという事実を見せれば、それはそれで世界に送るメッセージになる筈です。僕は全世界に反発するつもりはありません。魔物と手を取るのも一つの答えなのだと……知ってもらいたいのです」

 そこでアレスは一旦言葉を止め、周りを見て人々の反応を窺う。誰もが無言、反論も、ざわめきすらない。見事なまでの沈黙が形成されていた。そして一呼吸置いた後、再び口を開いた。

「もし僕の意見に反対の人は遠慮せず出て来て下さい。反対する人が居たら僕はミネルバさんと一緒にこの国を出て行きますので」

 それは脅しでも冗談でもない、彼の本音である。また魔物を嫌う人間の傍に無理して一緒に居させるつもりは毛頭ないという意思表示でもある。魔物を嫌う人間の傍に魔物を置けば、その魔物に被害が及ぶかもしれないからだ。

 そういった確認のつもりで上の台詞を言ったが………反論者は無し、だが賛成する声も上がらない。不安な静寂さが周りを包み込み、アレスの緊張が高まる。

 その時だ。勇気を振り絞った大臣の一人……大臣達の中でも一番の高齢である老大臣がアレスの前へゆっくり足を運んだのは。

「アレス様……私は貴方様のお父上と共に長年この国を見守ってきました。国の行く末も、民の成長も、我が子同然にね。しかし、私もご覧の通り年です。老い先は短いと見て間違いないでしょう」
「………」
「ですので、最後のアドバイスとして敢えて言わせて貰います。この国は平和だから人が幸せになるのではない。人が幸せだからこそ国が平和になるのだ……常に民の幸せを目指し、彼等の幸せに感謝していた貴方様のお父上が口癖のように言っていたお言葉です」
「父が……ですか」
「まぁ、私が何を言いたいかと言いますと……“民”であろうと“魔物”であろうと幸せな平和を目指す事ならば大賛成という事でございますよ」

 ニコリと老人らしい笑顔を浮かべて最後の言葉を締め括った。要するにこの老大臣はアレスの意見に賛成するという事だ。すると、この老人に続くかのように他の人々からも怒涛の如く賛成の言葉が噴出した。

「俺も賛成だ! この国がアレス様の手によって平和になるし、魔物って奴が良い奴なら仲良くなれそうだ!」
「そうね、アレス様のようなお方が認めたんだもの。私達も彼等を認める事は出来る筈よ」
「俺だって! アレス様のような可愛い魔物ちゃんを嫁にしたいぞー!」
「いや、それは無理だろう」
「何だとー!?」

 次々と湧き出てくる賛成の声、声、声……。どれもが明るく、どれもが活気に沸いている。そして何よりアレスと彼の亡父が大好きな民の笑顔がそこには充満していた。
皆が自分の為に協力し、共に平和と幸せを望んでいる。それが只管に嬉しく思え、彼は思わず涙ぐむ。そして目尻に溜まった涙を拭い取り、彼は深々と民にお辞儀した。

「皆さん! 有難う!!」

 その直後にワッと激しい歓声が巻き起こり、周囲を激しい空気の振動で揺さ振る。
それを間近で見ていたミネルバは背筋がゾクゾクする感触に襲われた。それは性交の時みたいな快楽ではない。人間が持つ爆発的なパワーに圧倒され、そのパワーを一身で受け止めるアレスの姿に彼女は惚れたのだ。

「凄いな……。やっぱりアレスって凄いな…」
「ええ、あれがアレス様の力なのです。民の為に頑張るその姿勢が民を惹き付け、やがてそれは国を動かす大きな力となるのです」
「そうか……」

 ヨハネの言葉に納得しつつ、彼女は思う。やはりアレスを好きになって良かったと……。

 その当のアレスは国民達の声援を受けて照れながらも嬉しそうに手を振って応えるが、その最中に彼は重要な事を思い出す。

「あ、そう言えば伯父上にこの件を話さないと……」

 そう、この国で一番の嫌われ者と言っても過言ではないアレスの伯父ボロスに魔物との和平に成功した事を伝えなければならない。伯父上の事だから断固として反対するだろうが、それにこちらも断固として立ち向かうつもりだった。

 だが、その固く誓った意思は水の泡で終わった。

「その事についてですがアレス様……ボロスはもう居ません」
「………居ない!?」
「はい、今日の明朝荷物を纏めて国から逃げ出しました。簡単に言えば国を捨てました」
「ど、どうして!?」

 立て続けに明かされる事実にアレスは只々目を丸くするばかりだ。今頃は教団の力をバックに酒を片手に寛いでいるのだろうと思っていただけに、アレスの驚きは尋常ではなかった。
そもそもあれだけ国の王座に執着していた伯父が、どうしてこうもあっさりと国を捨てて逃げてしまったのだろうか。その答えは老大臣が懐から出した手紙にあった。

「そのお答えはこの手紙を見れば分かるでしょう」
「これは……教団からの手紙?」

 それはボロスが教団に宛てた救援要請に対する返信が綴られた手紙であった。手紙を徐に開き、その内容に目を通すと―――。

『………現在我々は魔王軍の領地である魔界への侵攻に向けて大規模準備の最中である。よって救援は困難である事を伝える』

―――文章のごく一部を抜粋したものであるが、これだけで教団が何を言いたいかは理解出来る。どうやら自分達の作戦準備に忙しいから、そちらへは手を回せないと言いたいらしい。要するに自分達だけでどうにかしろと言っているみたいなものだ。
 ボロスはこの手紙……救援が来ないと知って愕然とし、慌てふためいたのだろう。王の地位よりも、民の安全よりも先に自分の安全を優先して、すぐさま国を脱出したのだ。

 だが、ボロスの想像とは大きく異なりアレスは無事に帰って来た。しかも魔物達との和平を成功させて……。

 そしてボロスが居ない今、王の地位に就く権利があるのはアレスだ。皮肉にもボロスの提案によってアレスは王の地位を得られたという事だ。

「アレス様、民を導けるのはやはり貴方様以外に居りませぬ」
「ボロスの政治でこの国は滅茶苦茶になりました。貴方の手で再びこの国を幸せの溢れる国に戻してください!」

誰も彼もがアレスが王になる事を望んでおり、誰も彼もが元の懐かしき平和溢れるバラント王国に戻る事を切実に願っていた。

民達は国の平和と個人の幸せを望み、自分がそれを果たしてくれると信じ、頼ってくれているのだ。断る理由などアレスにはない。寧ろ、人々の望みこそが自分の望みであり、魔物との共存も自分が王になって進めれば、より早く彼等をこの世界の一員であると世界へ発信する事が出来る。

そういった考えや想いを持った上で……アレスは深々と頷いた。

「……分かりました。父のような王になれるかどうかは分かりませんが、国民に認められる王になれるよう努力します」

 アレスが王の座に座る事を受け入れた直後、周囲が爆発的な歓喜の渦に包まれる。それもその筈、国民が待ち焦がれていた人物が漸く王になるのだ。そして至る所から歓声とアレスを称える声が湧き上がる。

アレス王万歳! バララント王国に栄光あれ! 

 国民達の声にアレスが手を振って応えると歓声がまた湧き起こる。本人からすれば手を振っただけなのに……と思うが、やはりそれだけ期待が高いという意味の裏付けでもある。

 その歓声に少しばかり緊張していると突然ポンとアレスの肩にミネルバの手が乗せられた。彼女の手だと気付くと、何だろうかと思いながら警戒もせず普通に後ろを振り返る。


 振り返った直後――――アレスの唇にミネルバの柔らかい唇が触れていた。とどのつまりキスされていたのだ。


 濃厚ではないものの、民衆の目の前で堂々とキスをされたのだ。これでアレスが赤くならない訳がない。そして民衆達も魔物と人間の禁断だと思えたキスが目前で行われた事で益々歓声が、いや黄色い悲鳴がヒートアップする。中にはアレスの唇を奪われた事にショックを受ける本物の悲鳴も混ざっていたが……。
 無論、アレスもこの不意打ちのキスには納得していない。少し怒った表情で彼女を見るが、ミネルバはニヤニヤとご満悦の表情を浮かべていた。

「……ミネルバさん、いきなり何するんですか」
「んー? お前さんの大好きな国民に見せ付けただけだよ」


「あんたの恋人はあたしだってね!」


 どうやらアレスに対して色目を使う女性たちに対し、彼は自分の物であると明らかにしたかったようだ。だが、今のキスはそういった女性だけでなく他の人々の目にも明らかとなったが。
 
 姐御肌の強いミネルバらしい理由であり、魔物娘のオーガに相応しい独占欲だ。だが、こういった所も全て何もかもアレスは好きになり、恋してしまったのだ。だから彼女が今したキスについては水に流す事に決めた。

 そして――――今度は彼の方から彼女の頬へ柔らかな口付けを落とした。これには彼女も予想出来ず、思わず目を丸くして彼の顔を見てしまう。そこには子供のように無邪気な笑顔を浮かべるアレスの顔があった。

「これでお互い様です。今度から突然のキスは禁止ですよ。あと人前でのキスも」
「………全く、お前には敵わないな。はいはい、分かったよ」

 最後の逆転の不意打ちにやられたのか、それともアレスに惚れた弱みなのか、あっさりとミネルバは負けを認めて照れたような笑顔を浮かべるのであった。

 そして二人は手を取り合い民達の方へと歩み寄って行くと、民達は二人に祝福の拍手を届けた。

 ここからが二人のスタートであり、幸せの始まりであった……。




その後、バラント王国はアレス王の政治手腕の下で名を馳せた頃以上の賑わいと温かさを持つ国へと発展しました。勿論、王の意向で魔物達もバラント王国に積極的に迎え入れるようにしております。
王国に住まう魔物達は人間と何ら変わらぬ平和な暮らしを送っており、おかげで人との交流も益々深まり互いの理解に貢献しています。更に国の噂を聞いてやってくる魔物もまだまだ居ますので、この国が更に大きくなるのは時間の問題でしょう。

そこに住まう人々は勿論、魔物達も幸せと平和に包まれながら楽しく過ごし、何時しかバラント王国は『絶対幸福の王国』と呼ばれる程の誰もが羨む国になったのでした。

特に幸せな日々を過ごしているのは……言うまでも無くアレス王とミネルバ姫、そして二人の間に出来たアイナ姫でございます。今も三人は仲睦まじく楽しく平和な一時を、幸せの中で過ごしているでしょう……。

めでたし、めでたし………。





因みに―――――国を捨てて逃げ出したボロスはと言うと………

「ひぃぃぃぃ!!! 誰か! 誰か助けてくれー!!」
「そっちに逃げだぞー!」
「あははは! まるで豚を追い掛け回しているみたいだ!」
「待て待てー! 女王様の貢物になれー!」
「い、嫌じゃあああああああ!!!」

逃げる途中でホーネットの大群に出会ったのが運の尽き。彼女達に格好の的として見られてしまい、今も何処かで心休まらぬ鬼ごっこを続けておりましたとさ。
11/08/14 00:03更新 / ババ
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■作者メッセージ
漸く完結しました〜。長い時間を掛けてしまい申し訳ございませんでした。
他にも色々と考えているのですが、今は少し疲れたのでまた間を置いてから書いてみたいと思います。
では、また何時の日かお会い出来たら宜しくお願いします〜

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