連載小説
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南海狸会談 その1
大きな陸と陸に挟まれたとある海峡、その中ほどには小山のような小さな島が鎮座している。
そしてその周囲には巨大な渦潮がいくつも渦巻き、
小型の船などはとても近づくことが出来ぬ様相を呈していた。
そして空には金皿のような明るい満月が顔を見せ、
弾ける飛沫にその淡い光を反射させながら海面を白と蒼に染め分けている。

その海峡の片側に一人の人影が通りかかる。
地元の漁師が家路の途中で通る道がここなのであった。
漁師は灯りを手に夜道を歩き、何気なくその顔を海の方へと向けた。
すると大きな影が渦潮を掻き分けて海を行く様が目に留まった。

「なんじゃあ?こったら夜中に・・・」

それは渦潮すらものともしない大きな船であった。
その大きさと形状から漁師はそれが漁に使う船ではないことを察する。

「軍船っちゅうやつじゃろか、どこぞの大名様が乗っ取るんかいの?」

その船は滑るように島に近づいていく、
そして島の付近まで移動したかと思うと、
まるでろうそくの火が吹き消された様に唐突にその姿を消してしまう。

男は目を皿の様にして船が消えた辺りを見つめるが、
当然それで消えた船がまた見えるようになるわけではなかった。

「怪(あやかし)もんじゃろうかの?しっかし、船の姿をした怪もんなんて聞いたこともないが。」

漁師は首を捻りつつも、向き直って欠伸をしながら家路を再開した。

ここはジパング、古来より人と人ならざるものが存在し、
その共存の歴史はそれなりに長い。
都など人の多い場所ならいざ知らず、こんな片田舎ではそれらを見かけることも
けして珍しいことではないのだ。



所変わって、ここは先程謎の船が接岸した小島の中心近く。
森で覆われたこの島の真ん中に多少開けた空間があり、
そこに一つの灯りが燈っていた。
ときおり木のはぜる音を響かせながら、焚き火を囲む二つの人影。
両方ともだいぶ小柄なようだが、
その中でも特に小さいほうがもう一人に話しかける。

「先程の気配、皆様参られたようですね。」
「そのようね、それにしても遠く北の地にまでいってたナジムは兎も角、
他のみんなは遅すぎじゃない?」
「みなさまそれなりに立場のあるお方ですから、色々あるんだと思いますよヤオノ様。」
「アマヅメはほんとやさしいわよね。狸にしては珍しく。」

小柄な女性二人がそこにはいた。
ヤオノと呼ばれた方は、肩口のでた着物のような物を着て、
下は丸く膨らんだ袴のような物を履いていた。
髪は肩のチョイ上あたりで少し広がっているセミロングである。
顔立ちはクリクリと大きな目玉をして、
きれいというよりはかわいいと形容される部類のそれである。

アマヅメは似たような服装ながら一回り小柄で、
髪型はきっちりとしたおかっぱ、
顔立ちはヤオノと比較してより中性的だ。
少年だと言われても十分通る。

そして二人に共通したもっとも大きな特徴、
それは耳と尻尾である。
二人の頭頂部には二つの大きな三角の耳がトンと付き、
臀部からはなまずの様な形状のしましまの尾がモフッと生えていた。

二人は人間ではない。
広義では魔物、この国の慣例に従って呼ぶなら妖怪ということになる。
しかもその頼りない外見に反し、ここら一帯の土地を統べる狸属の妖怪で、
さらにその中でも名のある者達である。


「遅れて悪いの二人とも。」
「言っとくけど遅れたのは私とランには責任ないわよ。
脚役のウロブサ様が何時までも寝所から離れなくってね。」
「だってのう、あの人に今夜はもう会えないのか?
って目を見つめながら言われちゃったらの〜。」
「まーった始まったよこの婆さんののろけが・・・船の上で散々聞いたからそれ。」


新たに3人がその場に合流する。
ヤオノやアマヅメ同様の耳と尻尾、彼女達も名のある狸の妖怪である。

そのうちの二人が先程から軽口を叩き合い、
残ったもう一人は我関せずとばかりにヤオノ達に向かってひらひらと手を振っている。

アマヅメはそちらに向き直ると深々とお辞儀をしながら
「ご無沙汰していますラン様、御変わり無いようで。」

ランと呼ばれた女性は、にっこりと微笑みながら
お辞儀をしたアマヅメの頭をいい子いい子と撫で摩る。

その服装は二人に比べ露出が多くだいぶセクシャルだ。
肩口や胸元の切れ込みも深く、袴には深くスリットが入っている。
背丈や顔立ちも二人よりも大人びていて、目はややたれ目で細長い。
髪型はおでこを出したロングヘアーで、肩の下辺りで切りそろえられている。

何時までもアマヅメの頭を撫でているランに対し、ヤオノはその手を軽く掴み。
「その辺にしてあげてラン、一度頭を上げさせてあげないと。」

残念そうに一瞬口をへの字に曲げるが、
もっともだと思ったのかランも素直にヤオノの言に従う。
そうこうしてるうちに、後ろで話していた二人もようやく話が済んだのか、
こっちに近づいてくる。

片方はアマヅメよりもさらに一回り小さく、
年齢一桁の幼女といってよい風貌だが、
体のサイズに反し尻尾は全員の中でもっとも大きくアンバランスなくらいだ。
髪は超ロングヘアーで、膝の辺りまで伸びており。
左右のもみ上げ辺りの髪は括って両脇に垂らしてある。

もう一人は女性にしてはだいぶ上背のある体格で、
顔も精悍な顔つきをしている。切れ長の目と通った鼻筋で
他の面子がかわいい系なのに対して美人系といった顔立ちだ。
髪型はぼさっとしたポニーテールを腰の辺りまで垂らしている。
ただし体格に対しどうにも胸元の起伏は残念なようですらっとしている。


ロリの方が前に出ると大仰な口調で喋りだす。
「久しぶりじゃな二人とも、相変わらずちっこいのうアマヅメ、
それと元気そうで何よりじゃヤオノ。」
「そちらもお元気そうで何よりですウロブサ様。
それにしても相変わらず幼いですねえ。」

畏まりながらヤオノが言う。

「まあの、生えてないのが好い、そっちの方が興奮するなどといいよるもんじゃなからな。
夫とくっついて以来だいたいこっちの姿でおるよ。」
ウロブサはカカと笑いながらそう答える。

それに対し背の高い女性はフンと鼻を鳴らす。
「この中でもぶっちぎりで年長なのにな、年を考えろと言いたい。」

その言に対しウロブサは据えた目をして返す。
「聞き捨てならんなシュカよ。
ワシの姿を愚弄するということはあの人の嗜好を愚弄するということじゃ。
だいたい、前々から思っとったが御主、目上に対する態度がなっておらんの。」

それに対し、シュカと呼ばれた女性もしっかりと視線を交えながら
「教育でもしようってんですか?いいですよ。久しぶりに見たいと思ってたんですよ。
あなたの一族でも随一と言われる術のさえ、秘術:源平合戦をねっ。」

言うが早いか大きく振り上げられ打ち下ろされるシュカの脚。
弧を描くように繰り出されたそれは、軌道上で瞬時に鉄に変化する。
高速で繰り出される重く硬い鉄の一撃、
だがそれは、まったく同じ軌道で繰り出された脚の一撃で相殺される。
何時の間にか二人の間に割って入ったランが、
鏡写しのようにシュカと同様の蹴りを繰り出し空中で受け止めていた。
彼女の足も鉄になっている。

蹴りを受け止めた後、ランは無表情を崩さずに言った。
「喧嘩っぱやいのはあなたの悪い癖よシュカ、
そんなんだから相手の方とも喧嘩が絶えないのよ。
あとウロブサ様、御気持ちはお察ししますが、
年長者ならもう少し思慮深くなられて下さい。」

きょとんとした顔でウロブサはランに問う。
「何をじゃ?この阿呆の何を察せと?」
向き直るとランは屈んでウロブサに何やら耳打ちする。
「ふんふん、喧嘩中?あの坊主とか・・・ああ・・うん・・あぁ〜〜」

決まりが悪そうに頭を掻きつつウロブサはシュカに軽く謝罪した。
「すまんのぅ、少々のろけすぎたようじゃわい。
わしKYじゃったな、知らなかったこととはいえ許せ、シュカ。」

謝罪を受けてシュカも決まり悪そうに術を解く。
「こちらこそ、あなたなら奴当たりしても平気だろうなどと短慮でした。
今夜の主役は我々ではないのに、私が会談そのものをぶち壊すところでした。
申し訳ありません。」

ランはシュカに寄り添い
「飲みましょう。愚痴なら私が聞いて上げるから。」
「・・・うん」
「アマヅメ、お酒はタンとあるのでしょ?」
事態を静観していたアマヅメだったが、そうランに問われて返事をする。
「ハイ、ナジム様に強力してもらい、
米所を中心に全国津々浦々の銘酒を取りよせ。
その中でも僕が実際に味を確かめて合格したものを
タンと取り寄せてあります。」
「アマヅメが監修したのなら間違いないわね。それじゃシュカあっちへ行きましょう。」

そういうと焚き火を回り込んで酒とつまみのところへ行き、一足先にちびちびとやり始める二人。
その二人を脇目にウロブサがヤオノに話しかける。
「そう言えばナジムの姿が見えんのう。あの出世頭はまだ来とらんのか?」
「ええ、南海周辺を根城にしている我々と違ってナジムは北陸にまで出張っていますから。
来るのに多少遅れるのも仕方ないかと・・・」
「ワシらの多くは商人や金貸しをやっとるが、
恐らく金貸しで一番成功したのがあやつじゃろうからなあ。」
「なんでも質のいい金山を見つけたらしく、
そこら周辺を根城にしていた妖狐連中を計略を駆使して追い出したとか。」
「ま、男を絡めて一手撃てば楽勝じゃな。
稲荷の連中は兎も角、妖狐の奴らは男が絡むと抑えの効かんパープリンじゃからの。」
「昔から術は凡庸でしたが、銭勘定や化かし合いは抜きん出ていましたからねえ。
正直一族で一番敵にまわしたくないのはウロブサ様よりナジム様ですね。」
「いいよるわい、じゃがまあ正しいの。
昔と違い人の世も発展し大きくなってきておる。
今の世ではあいつのようなタイプが大きな力になる。」

そうやって話し込んでいると二人に影が落ちる。
見上げると、木々の合間から見える満月に大きな黒い影がかかっていた。
うねりを上げながら天を駆ける一筋の大きな影、
それが月を横切りUターンしてもう一度ヤオノ達の上空を通過する。
あっというまに行ってしまった大きく細長い影、
それが過ぎ去った後、満月に一つの黒い点のような物が現れ。
それはどんどん大きくなっていく、こちらに落下してくる何か。
3mはあろうかという大きな岩のような球形のそれがすぐ近くへと落下する。
弾力があるようでそれはスーパーボールのように目まぐるしく反射する。
木々へとぶつかりながらコースを変えるそれは、
やがてすでに出来上がりかけてるシュカのところまで飛んでいく。

飛んでくる得体の知れない物体に眉根を寄せガンを飛ばすシュカ
「・・・やろっってんのおかあ、こんのおんどれえぇぇ!」
呂律も怪しいシュカが両手の平を合わせ目を閉じる。
すると彼女の姿がたちまち変化し、
大きな茶釜に狸の頭と脚と尻尾が生えた状態になる。
後ろ足を立て、体を斜めにするシュカ、
茶釜の蓋は開いており、そこにゴムマリが飛び込んだ瞬間がっちり蓋が落ちる。
中でも反射しているようで、鈍い音がしばらくシュカの体内で続いていたが、
それもやがては止む、シュカは一度ぶるるっと体を揺らすと元の姿に戻った。
そんな彼女の傍らには動きを止めた謎のゴムマリが鎮座している。

よく見るとそれは大きな葉を張り合わせて作ったような代物であった。
そして葉が一枚ずつひらりひらりと剥けていく。
葉は剥けていった先から溶けるように消えていき、
やがて全ての葉が消え去ると、中から一人の女性が姿を現した。

その女性はヤオノ似たような背格好と服装をしていたが、
一団の中ではふくよかな体系をしていて、
まあるい顔には縁の無い眼鏡をかけている。
髪型と長さはヤオノに近いが彼女よりだいぶくせっ毛でピンピン跳ねている。
当然その頭と尻には耳と尻尾、最後の参加者、出世頭のナジムである。

ナジムは手に持った扇子で口元を隠しながら、
もう片方の手で自分の額をぴしゃりとやりつつ
「いやあ、遅れました遅れました。えろうすんません皆様方。」

シュカは相手がナジムだと判ると興味を無くしたのか、
再びランとアマヅメの所へ行きちびりちびりとやり始める。

ウロブサはカカと笑いながら
「重役出勤じゃのうナジム、よほど商いが忙しいと見えるの。」
「許しておくんなはれ、予定ではとっくに着いてるはずやったんやけど。
出発の直前になって外せない商談が舞い込みましてな。」
「それで龍の背にのって参じたというわけか。」
「ええ、わいの店(たな)がある土地の南の方に住んどる龍でしてな、
雨降り名人として地元では寺が三つも作られて祀られてるんだとか。」
「なんと!ワシより寺の数が多い・・・しかしよくそんな奴の手を借りられたの。
基本あいつらあの姿になることを嫌うじゃろ。人を怖がらせるからな。」
「まあそこはギブアンドテイクちゅうやつでしてな、
いくら龍が強力な妖怪ゆうても広域にずっと雨を降らすんわしんどいんですわ。
せやからそれには大量の精がいりますやろ?」
「ふんふん、なるほどの、男がらみの何かで恩を売った見返りと?」
「さいです。わいが金を貸しつけとる仲間のつてで西の国から直輸入した
新鮮なホルスタウロスの乳を始めマンドラゴラから作った魔女謹製の秘薬、
他にもメロウの血やギルタブリルの毒から精製した血清などetc。
夫持ちの妖怪にとっては垂涎の品々をセットにして送ったったんですわ。
そしたら心よ〜く送ってもらえましたで。何か飛んでる最中も鼻息荒かったですけどな。」
「そりゃあのお・・・それで礼儀正しいあいつらが挨拶もせずに飛んで帰ったわけか。」

二人の会話が一段落をしたのを見て取ったヤオノは、
拍手を打ちみなの注目を集めた上で告げた。
「それではみなさま揃いましたところで不肖、このヤオノが音頭を取らせて頂きまして、
南海狸会談の始まりと致したいと思います。」
アマヅメは無言でみなに御猪口を配り酒を注いで行く。
アマヅメを含め、みなに酒が行き渡ったことを確認したヤオノは酒を持った手を満月にかざす。
みなもそれに倣う様に酒を頭上の満月にかざす。
そしてヤオノの一声にみなが続く。

「ぽんぽこぽんの!」   「「 ポーン!!」」


かくして、ここに南海狸会談が始まりましたのでございます。
12/10/11 00:32更新 / 430
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■作者メッセージ
前振りが長くってもうしわけない。
でも正直全体で見てもエロシーンは少なめなのよね・・・

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