ルージュ街の唄えない鳥 after
仕事を終えた後、俺は大抵バーへ向かう。だが今は早く帰らねばならないときだ。商売道具のギターを背負い、折り詰めにしてもらったシチューを揺らさないよう、家へと急ぐ。人と魔物が共存する都市では、魔力による街灯が普及しており、夜道も明るい。やってきたばかりの移民たちが街灯の明かりをじっと眺めている光景も目にする。かと思えば酔っ払いの歌も聞こえてくる。
「ヤってやる ヤってやる ヤ〜ってやるよ〜 好きなアイツを……」
へべれけになったグリズリーが千鳥足で、壁だの街灯だのにぶつかりながら歩いている。かなり強くぶつけているようで、いくら魔物でもそのうち包帯だらけになるのではと心配になった。だがすぐに近くの家から旦那らしき男が飛び出し、無事保護したようだ。
かと思えば、そのずっと後ろから「ヤロォ、ブッコロシテヤァ！」という怒鳴り声が聞こえてきた。今しがた立ち寄った大衆食堂のシェフだ。おそらく食い逃げでもあったのだろう。まあ加勢なんてしなくても、あいつならすぐにとっ捕まえられるはずだ。完全武装の教団兵を麺棒と唐辛子で倒すような料理人なのだから。
やがて、俺も住んでいるアパートに着く。金は溜まってきたが、住み慣れているこの小さなアパートを離れる気はない。二階の部屋に灯りがついているのを確認すると、外の階段を上っていく。夜風は包帯越しに顔へ吹きつけてくる。焼け爛れて痛みも感じなくなった俺の皮膚は、風の感触を辛うじて知ることができた。これでも昔は美男子と言われていたが、今や素顔をさらして外を出歩けない。
だが、人生とは分からないものだ。そんな顔になっても、今の方が幸せなのだから。
「リウレナ、今帰ったぞ」
ドアを開けると、俺の妻が迎えてくれた。嬉しそうな笑みを浮かべ、一抱えほどある球体を翼で抱きながら。おかえり、と口が動いた。本来なら魔性の美声を発するセイレーンの喉だが、それを失った彼女は唇の動きとボディランゲージで意思を伝えるしかない。だが俺とリウレナは言葉がなくても、もはや意思疎通に困らなくなっていた。
戸を閉めて、彼女が大事に抱える卵にそっと触れる。茶色い斑のある殻はすべすべとした感触で、とても温かい。もうすぐこの殻を破って生まれてくることだろう。俺とリウレナの娘が。
魔物は出生率が低く、結婚して何十年経っても子供ができないこともある。俺とリウレナはかなり早い方だろう。ハーピー種は鳥の魔物なので卵生であり、先日リウレナは産卵を終え、こうして卵を温めている。優しい笑みを浮かべ、青い羽毛で大切に抱卵する母親の姿はとても美しく、侵し難い神聖さを宿していた。魔物は今でも穢れた存在だと主張する連中も、この光景を見れば間違いに気づくだろう。
「コルバのシチューだ。食べよう」
土産をテーブルに置くと、リウレナは嬉々として準備を始めた。ベッドの隣に鳥の巣状の籠が置いてあり、そこへ卵をすっぽりとはめる。魔力の宿った布で適度な温度を保ってくれる代物だ。魔物の住む町ではこのような品も多く売られている。
シェフが缶に二人前入れてくれたシチューはまだ温かい。皿に移すとまろやかな香りが部屋に広がった。多様な薬草に上質な肉、そしてホルスタウロスの母乳で作られたこの一杯のために、遥か遠くから転送魔法でやってくる旅人もいる。薬草によって母乳を出やすくする効果があり、リウレナにも丁度良い。
リウレナは使い込んだスプーンを手に、人さじすくって口に運ぶ。セイレーンの腕は翼になっているが、その翼の中程が人間でいう掌にあたり、そこに小さな爪がある。羽毛に隠れていて普段見えないが、スプーンで食事をするなどの器用さはあるのだ。
幸せそうな笑顔を浮かべる彼女を見ながら、俺も温かなシチューを噛みしめる。鴨肉の歯ごたえといい、ホルスタウロス乳によるまろやかで濃厚な味わいといい、絶品だ。これを作ったシェフとはこの町へ移住した頃からの付き合いで、あいつが亡命してきたときの武勇伝は町の語り草となっている。この町は「ワケあり」が集まる場所でもあるのだ。顔を失った俺や、声を失ったリウレナのような……。
「今日は教会で、子供たちにギターを教えてきたよ。アプサラスの子がお前の踊りを見たがってたな」
食べながら言うと、彼女は唇の動きで答えた。生まれたら、赤ちゃんも連れて教会へ行こう、と。
「そうだな。教会で少し預かってもらえば、近くで演奏もできるしな」
これが俺たちの会話だ。喉を切られて声を失った彼女だが、それでもセイレーンらしい生き方をしている。歌えなくても音楽を愛する種族の本能が、彼女を『踊り』という新たな道へと導いた。俺がギターを弾けば、曲のリズム全てがリウレナの体へ流れ込む。そして旋律をそのまま形にするかのように、華麗に舞うのだ。
しかし今はもうすぐ子供が生まれるという時期。卵を持ち歩いて踊るわけにもいかない。俺のギター演奏だけでもそれなりに稼げるが、リウレナとセットでなくては催しへ呼ばれることもない。だから人に教える方が確実な儲けになる。魔物と夫婦でいれば、働かなくても生きて行くことはできる。だが俺は顔に火傷を負ったために故郷を離れ、彼女に会うまで『信じられるのは自分の腕だけ』という暮らしをしてきた。ギターを弾くのを怠ければ、それはそれで大切なものを失ってしまう。
だから毎日一人で仕事へ行き、卵を温めている彼女へ美味い物を買って帰る。一緒にいられない時間は寂しいが、一緒にいる時間をより濃い物にすればいいのだ。
食事が終わり、食器を片付けていると、リウレナがベッドの側でうずくまっていた。籠に入れた卵をじっと見つめ、何やら複雑そうな表情をしている。何となく、何を考えているのか見当がついた。
俺は皿をしまって、彼女の近くへ寄る。鮮やかなブルーの髪を撫でてやると、リウレナはぴくりと震えた。
「生まれてくる子の育て方で、悩んでいるのか？」
彼女はこくりと頷いた。やっぱり分かるんだね、と唇で答えながら。
セイレーンという魔物の成長は、常に歌と共にある。赤ん坊の頃に聞く子守唄に始まり、母親は子育てのあらゆるところで歌を教える。空の飛び方でさえ歌声を通じて、羽ばたきのリズムや、風を掴むタイミングを教えるという。そうやって育ち、セイレーンは魔性の歌い手となるのだ。
しかし、リウレナには声がない。魔物の医療技術は高度で、声帯を再生させる方法もなくはないという。だが彼女の喉を切ったのは教団の兵士で、主神の祝福（この言い方をするのは誠に忌々しいが）を受けたナイフを使ったらしい。そのせいで仮に声帯を治せたとしても、セイレーンの美声まで蘇るかは分からないそうだ。リウレナにそんな呪われた傷を負わせた兵士は、彼女の故郷であるエスクーレ海で行方不明になったらしいが、そんな奴のことはどうでもいい。
彼女は娘に歌を教えることはできない。かといって、踊りを教えることもできない。リウレナのダンスは彼女特有のセンスによってリズムを具現化する、即興のものなのだ。言い換えれば俺のギターの音色がマリオネットの糸となり、リウレナの体を操っているようなもの。教えたくても教えようがない。
自分が立派な母親になれるか、リウレナは不安なのだ。しかし俺の方は大して心配していなかった。
「お前は辛いことにめげず、立派に今まで生きてきた。そしてこれからもそうやって生きていく」
リウレナは青い目でじっと俺を見つめ、にこりと微笑んだ。あなたもね、と声なき声で言いながら。
「そうだ。そんな俺たち二人の背中を見て、子供は育つ。それで上手くいくさ。俺たちは親としても、最高のパートナーになれる」
語りかけながら彼女を抱き寄せた。その体は一見華奢に見え、それでいて程よい筋肉がついている。無駄のない綺麗な手足と、鋭い形状の青い風切羽。何度見ても飽きない、美しい伴侶の体だ。
「それに、俺たちの娘にはあらゆる未来と可能性がある。ここはルージュ・シティだからな」
リウレナは答えなかった。代わりに、顔をそっと近づけてくる。小さな唇が、俺の口に触れた。柔らかな唇の隙間から舌が出てくると、俺はそれを受け入れ、舌を絡め合う。
こうしてキスを交わすとき、俺は大抵リウレナにされるがままにしている。彼女の舌の動きや息遣いなどに音楽的なリズムがあるからだ。喉を失ったセイレーンが歌えないというのは間違いだった。口の中で唾液を絡ませてくる舌の動き、吹き込まれる甘い吐息、それらの成す微かな音。これがリウレナの歌声なのだ。魔物の性質上、彼女が他の男に唇を捧げることはあり得ない。つまりこの歌を聞く権利を有するのは世界中で俺だけであり、俺のためだけの『特別な歌』ということだ。
しばらく歌を楽しみ、リウレナの体をぐっと抱き上げる。ハーピー種は空を飛ぶため体重が軽い。大人しく抱かれ、ベッドに寝かされたリウレナは、潤んだ瞳でじっと俺を見つめてくる。口元には何かを期待するような……いや、何を望んでいるのかは分かっている。思わせぶりな表現は止そう。彼女は発情した雌の息遣いをしながら、頬を緩めていた。
ミニスカートの裾をつまんで中を覗くと、彼女はさらに笑みを深くして頬を赤らめ、白いふとももを擦り合わせた。その動きで股間が卑猥な水音を奏でている。すでに下着を侵食した愛液が、ふとももに川を描き始めていた。一緒に暮らし、交わりを重ねるにつれ、この女性器は次第に濡れやすくなってきた。卵がまだ体内にあるときは我が子に精を供給すべく、そこからひっきりなしに潤滑液が溢れ、挿入を欲していたくらいだ。
黒いレース付きの下着は沼に浮かべたベールのごとく、愛液でぐっしょりと湿っている。触れると指先にじわりと滲み出て、リウレナの体がぴくりと反応する。透けて見える割れ目を指でなぞってやると、もぞもぞと身をよじった。
「……んぅ……♥」
くぐもった声が聞こえた。彼女が出せるのはこのような、短いうめき声だけだ。
顔を見ると、恍惚とした表情を浮かべながら、舌を出して視線を送ってくる。要望に応え、俺もズボンを下ろしてそれを露出させた。妻の痴態にいきり立った肉棒。それを見て、リウレナは嬉しそうに羽でベッドを叩いた。
彼女の横へそっと、添い寝する。今度はリウレナが立ち上がって、俺の上に乗ってきた。頭と足を互い違いに、シックスナインの体制になる。目の前に彼女のお尻と青い尾羽が現れ、蜜まみれの股間が口に密着してくる。そして俺のペニスには、くすぐったい吐息が当たっていた。だがリウレナはそれ以上何もしてこない。ただ俺の目の前で臀部を揺らして愛液を垂れ流し、ペニスを見つめて息を吐きかけるのみだ。
踊りのときもそうだが、彼女は俺に主導権を握らせたがる。ギターに操られて踊るように、俺からの快楽に操られて淫らになるのが好きなのだ。
下着の上から、神聖なところへ舌を這わせる。するとリウレナもそれに応え、ペニスへ愛おしそうにキスをしてくれた。唾液で湿った唇が亀頭にソフトな刺激を与えてくる。
「ちゅ……♥」
ゆっくりと、肉棒が口に飲み込まれた。口腔内はとても温かで、包まれる感触だけで達してしまいそうだ。俺の方もリウレナの股から、汁まみれの下着をずらしてソコを露わにする。つるりとした小さな割れ目が見えた。ここからあの卵が出てきたとは思えないほど、慎ましやかにぴったり閉じている。にも関わらず、その僅かな隙間からは止め処なく愛液が溢れていた。
それを舐めとり、割れ目の奥まで舌を押し込む。リウレナが俺のものをしゃぶりながら、くぐもった声を上げた。舌がますます念入りに肉棒を刺激し、羽毛で玉袋をくすぐられる。俺が激しく女性器を舐め立てれば、彼女もより一層熱を込めて奉仕してくれた。
そうやって互いに性器を愛で、やがて二人とも高まってきた。妻の愛液が包帯に染み込んでくる。後で取り替える必要がありそうだ。
ふくらんだ陰核を舐めたとき、彼女の体が大きく震え、顔に大量の汁が降り注ぐ。感極まった彼女は、肉棒が強く吸い立ててきた。
「出すぞ……！」
どくり、どくりと、多量の精液が溢れていった。強烈な快感と共に、声を失った喉へ飲み込まれていく。
絶頂の余韻に身を震わせながら、リウレナは貪欲に精を飲み干していった。脈打ちが終わった後も、しばらく肉棒を舐めて掃除している。可愛らしいお尻を撫でながら、俺もまた余韻に浸っていた。
そのままの姿勢で、しばらくただ抱き合っていた。部屋に雌の匂いが立ち込め、その中で妻の体を抱きしめるだけで心地よい。
だがすでにインキュバスとなった俺の体はすぐに、性欲が戻ってくる。ゆっくりと頭をもたげた肉棒を見てか、リウレナも体を起こした。そのまま尻を俺の下半身へ持っていくと、こちらを振り返ってにこりと笑った。焼け崩れた俺の顔は笑顔を作れないが、それでもリウレナには俺の表情が分かる。俺に彼女の言葉が分かるように。
「しよう、リウレナ」
そう言ってやると、彼女は嬉しそうに頷いて、ゆっくりと腰を下ろしてきた。綺麗な背中をこちらに向けたまま。蜜壺の入り口に、亀頭がぴたりと触れる。そのまま腰を沈められ、肉棒がずぶずぶと音を立てて飲み込まれた。
「ぅ……」
「ン……♥」
互いに小さな声が漏れる。彼女の中はとても暖かく、優しく肉棒を包み込んでくる。何度もこうやって繋がり、互いを味わっても、それに飽きることはない。他の魔物と交わった経験はないが、俺が思うにリウレナの膣が取り立てて名器というわけではないのだろう。彼女も大勢いるセイレーンの一人にすぎないのだ。
では何故、こんなに気持ち良いのか。それは生涯のパートナーだからだ。物理的な刺激だけではそこまでの快感は得られまい。死ぬまで添い遂げる相手と信じているからこそ、交わりも充実するというものだ。
最初はゆっくりと、次第に速く、リウレナは腰を動かす。膣の奥に肉棒の先が当たり、その度に彼女は翼をはためかせてよがる。まるで踊っているかのように。
汗が弾け、結合部から卑猥な水音が響く。甘い匂いが部屋中に広がっていた。彼女がつけているオーダーメイドの香水と相まって、なんとも言えず官能的な匂いとなっている。時折その匂いが強まっては、膣がぎゅっと締め付けてくる。度々小さな絶頂を迎えているようだ。
やがて俺の肉棒からも、どくどくと精液が漏れ出した。その間もリウレナは腰を止めない。結合部から溢れた白濁が粘り、綺麗ななふとももに付着して糸を引く。彼女は俺を顧みて、妖艶な笑みを浮かべた。快楽に蕩けた表情がより一層情欲を掻き立てる。下から突き上げると、傷の残る喉から微かな嬌声が聞こえた。
こうして俺たちの夜は更けていく。リウレナの尻が俺の上で弾み、溢れ出た精液がそこにまとわりつく。彼女もまた何度も何度も絶頂し、蕩けきった顔でよがる。インキュバスの精力は常にパートナーに合わせられるようになっており、リウレナがどれほど貪欲に搾取しようと耐えられた。それどころかこちらから腰を使い、これでもかというくらい中に出してやれた。
それでもやがて、睡魔はやってくる。膣からペニスがぬるりと抜けたとき、リウレナはとろんとした目で俺を見つめ、もたれかかってきた。細い体を受け止め、その下腹部を撫でてやる。
今晩はどれほど出しただろうか。この腹の中で新たな命が生まれてくるのだ。一見華奢なこの体で、リウレナは苦しみを耐え抜いて幸せを掴んだ。この細い手足も、スレンダーな体も、母親となるに相応しい強さをしっかりと持っている。そんな彼女の娘に、何の不安を感じることがあるだろう。
いっそのこと、もう一人くらい……
「……ん？」
パキリ、と妙な音がした。そちらを振り向き、まどろみかけていた目を見開いた。ゆりかごに置かれた卵に、小さな亀裂が入っていたのだ。
「リウレナ！ 生まれるぞ！」
呼びかけると、彼女もはっと飛び起き、卵へぐっと近寄った。亀裂は徐々に広がり、隙間から小さな爪が殻を突き破った。
リウレナの目から大粒の涙が溢れた。俺も同じだ。そっと抱きしめ、二人で見守る。
やがて、新たな家族の産声が聞こえた。
ーーfinーー
「ヤってやる ヤってやる ヤ〜ってやるよ〜 好きなアイツを……」
へべれけになったグリズリーが千鳥足で、壁だの街灯だのにぶつかりながら歩いている。かなり強くぶつけているようで、いくら魔物でもそのうち包帯だらけになるのではと心配になった。だがすぐに近くの家から旦那らしき男が飛び出し、無事保護したようだ。
かと思えば、そのずっと後ろから「ヤロォ、ブッコロシテヤァ！」という怒鳴り声が聞こえてきた。今しがた立ち寄った大衆食堂のシェフだ。おそらく食い逃げでもあったのだろう。まあ加勢なんてしなくても、あいつならすぐにとっ捕まえられるはずだ。完全武装の教団兵を麺棒と唐辛子で倒すような料理人なのだから。
やがて、俺も住んでいるアパートに着く。金は溜まってきたが、住み慣れているこの小さなアパートを離れる気はない。二階の部屋に灯りがついているのを確認すると、外の階段を上っていく。夜風は包帯越しに顔へ吹きつけてくる。焼け爛れて痛みも感じなくなった俺の皮膚は、風の感触を辛うじて知ることができた。これでも昔は美男子と言われていたが、今や素顔をさらして外を出歩けない。
だが、人生とは分からないものだ。そんな顔になっても、今の方が幸せなのだから。
「リウレナ、今帰ったぞ」
ドアを開けると、俺の妻が迎えてくれた。嬉しそうな笑みを浮かべ、一抱えほどある球体を翼で抱きながら。おかえり、と口が動いた。本来なら魔性の美声を発するセイレーンの喉だが、それを失った彼女は唇の動きとボディランゲージで意思を伝えるしかない。だが俺とリウレナは言葉がなくても、もはや意思疎通に困らなくなっていた。
戸を閉めて、彼女が大事に抱える卵にそっと触れる。茶色い斑のある殻はすべすべとした感触で、とても温かい。もうすぐこの殻を破って生まれてくることだろう。俺とリウレナの娘が。
魔物は出生率が低く、結婚して何十年経っても子供ができないこともある。俺とリウレナはかなり早い方だろう。ハーピー種は鳥の魔物なので卵生であり、先日リウレナは産卵を終え、こうして卵を温めている。優しい笑みを浮かべ、青い羽毛で大切に抱卵する母親の姿はとても美しく、侵し難い神聖さを宿していた。魔物は今でも穢れた存在だと主張する連中も、この光景を見れば間違いに気づくだろう。
「コルバのシチューだ。食べよう」
土産をテーブルに置くと、リウレナは嬉々として準備を始めた。ベッドの隣に鳥の巣状の籠が置いてあり、そこへ卵をすっぽりとはめる。魔力の宿った布で適度な温度を保ってくれる代物だ。魔物の住む町ではこのような品も多く売られている。
シェフが缶に二人前入れてくれたシチューはまだ温かい。皿に移すとまろやかな香りが部屋に広がった。多様な薬草に上質な肉、そしてホルスタウロスの母乳で作られたこの一杯のために、遥か遠くから転送魔法でやってくる旅人もいる。薬草によって母乳を出やすくする効果があり、リウレナにも丁度良い。
リウレナは使い込んだスプーンを手に、人さじすくって口に運ぶ。セイレーンの腕は翼になっているが、その翼の中程が人間でいう掌にあたり、そこに小さな爪がある。羽毛に隠れていて普段見えないが、スプーンで食事をするなどの器用さはあるのだ。
幸せそうな笑顔を浮かべる彼女を見ながら、俺も温かなシチューを噛みしめる。鴨肉の歯ごたえといい、ホルスタウロス乳によるまろやかで濃厚な味わいといい、絶品だ。これを作ったシェフとはこの町へ移住した頃からの付き合いで、あいつが亡命してきたときの武勇伝は町の語り草となっている。この町は「ワケあり」が集まる場所でもあるのだ。顔を失った俺や、声を失ったリウレナのような……。
「今日は教会で、子供たちにギターを教えてきたよ。アプサラスの子がお前の踊りを見たがってたな」
食べながら言うと、彼女は唇の動きで答えた。生まれたら、赤ちゃんも連れて教会へ行こう、と。
「そうだな。教会で少し預かってもらえば、近くで演奏もできるしな」
これが俺たちの会話だ。喉を切られて声を失った彼女だが、それでもセイレーンらしい生き方をしている。歌えなくても音楽を愛する種族の本能が、彼女を『踊り』という新たな道へと導いた。俺がギターを弾けば、曲のリズム全てがリウレナの体へ流れ込む。そして旋律をそのまま形にするかのように、華麗に舞うのだ。
しかし今はもうすぐ子供が生まれるという時期。卵を持ち歩いて踊るわけにもいかない。俺のギター演奏だけでもそれなりに稼げるが、リウレナとセットでなくては催しへ呼ばれることもない。だから人に教える方が確実な儲けになる。魔物と夫婦でいれば、働かなくても生きて行くことはできる。だが俺は顔に火傷を負ったために故郷を離れ、彼女に会うまで『信じられるのは自分の腕だけ』という暮らしをしてきた。ギターを弾くのを怠ければ、それはそれで大切なものを失ってしまう。
だから毎日一人で仕事へ行き、卵を温めている彼女へ美味い物を買って帰る。一緒にいられない時間は寂しいが、一緒にいる時間をより濃い物にすればいいのだ。
食事が終わり、食器を片付けていると、リウレナがベッドの側でうずくまっていた。籠に入れた卵をじっと見つめ、何やら複雑そうな表情をしている。何となく、何を考えているのか見当がついた。
俺は皿をしまって、彼女の近くへ寄る。鮮やかなブルーの髪を撫でてやると、リウレナはぴくりと震えた。
「生まれてくる子の育て方で、悩んでいるのか？」
彼女はこくりと頷いた。やっぱり分かるんだね、と唇で答えながら。
セイレーンという魔物の成長は、常に歌と共にある。赤ん坊の頃に聞く子守唄に始まり、母親は子育てのあらゆるところで歌を教える。空の飛び方でさえ歌声を通じて、羽ばたきのリズムや、風を掴むタイミングを教えるという。そうやって育ち、セイレーンは魔性の歌い手となるのだ。
しかし、リウレナには声がない。魔物の医療技術は高度で、声帯を再生させる方法もなくはないという。だが彼女の喉を切ったのは教団の兵士で、主神の祝福（この言い方をするのは誠に忌々しいが）を受けたナイフを使ったらしい。そのせいで仮に声帯を治せたとしても、セイレーンの美声まで蘇るかは分からないそうだ。リウレナにそんな呪われた傷を負わせた兵士は、彼女の故郷であるエスクーレ海で行方不明になったらしいが、そんな奴のことはどうでもいい。
彼女は娘に歌を教えることはできない。かといって、踊りを教えることもできない。リウレナのダンスは彼女特有のセンスによってリズムを具現化する、即興のものなのだ。言い換えれば俺のギターの音色がマリオネットの糸となり、リウレナの体を操っているようなもの。教えたくても教えようがない。
自分が立派な母親になれるか、リウレナは不安なのだ。しかし俺の方は大して心配していなかった。
「お前は辛いことにめげず、立派に今まで生きてきた。そしてこれからもそうやって生きていく」
リウレナは青い目でじっと俺を見つめ、にこりと微笑んだ。あなたもね、と声なき声で言いながら。
「そうだ。そんな俺たち二人の背中を見て、子供は育つ。それで上手くいくさ。俺たちは親としても、最高のパートナーになれる」
語りかけながら彼女を抱き寄せた。その体は一見華奢に見え、それでいて程よい筋肉がついている。無駄のない綺麗な手足と、鋭い形状の青い風切羽。何度見ても飽きない、美しい伴侶の体だ。
「それに、俺たちの娘にはあらゆる未来と可能性がある。ここはルージュ・シティだからな」
リウレナは答えなかった。代わりに、顔をそっと近づけてくる。小さな唇が、俺の口に触れた。柔らかな唇の隙間から舌が出てくると、俺はそれを受け入れ、舌を絡め合う。
こうしてキスを交わすとき、俺は大抵リウレナにされるがままにしている。彼女の舌の動きや息遣いなどに音楽的なリズムがあるからだ。喉を失ったセイレーンが歌えないというのは間違いだった。口の中で唾液を絡ませてくる舌の動き、吹き込まれる甘い吐息、それらの成す微かな音。これがリウレナの歌声なのだ。魔物の性質上、彼女が他の男に唇を捧げることはあり得ない。つまりこの歌を聞く権利を有するのは世界中で俺だけであり、俺のためだけの『特別な歌』ということだ。
しばらく歌を楽しみ、リウレナの体をぐっと抱き上げる。ハーピー種は空を飛ぶため体重が軽い。大人しく抱かれ、ベッドに寝かされたリウレナは、潤んだ瞳でじっと俺を見つめてくる。口元には何かを期待するような……いや、何を望んでいるのかは分かっている。思わせぶりな表現は止そう。彼女は発情した雌の息遣いをしながら、頬を緩めていた。
ミニスカートの裾をつまんで中を覗くと、彼女はさらに笑みを深くして頬を赤らめ、白いふとももを擦り合わせた。その動きで股間が卑猥な水音を奏でている。すでに下着を侵食した愛液が、ふとももに川を描き始めていた。一緒に暮らし、交わりを重ねるにつれ、この女性器は次第に濡れやすくなってきた。卵がまだ体内にあるときは我が子に精を供給すべく、そこからひっきりなしに潤滑液が溢れ、挿入を欲していたくらいだ。
黒いレース付きの下着は沼に浮かべたベールのごとく、愛液でぐっしょりと湿っている。触れると指先にじわりと滲み出て、リウレナの体がぴくりと反応する。透けて見える割れ目を指でなぞってやると、もぞもぞと身をよじった。
「……んぅ……♥」
くぐもった声が聞こえた。彼女が出せるのはこのような、短いうめき声だけだ。
顔を見ると、恍惚とした表情を浮かべながら、舌を出して視線を送ってくる。要望に応え、俺もズボンを下ろしてそれを露出させた。妻の痴態にいきり立った肉棒。それを見て、リウレナは嬉しそうに羽でベッドを叩いた。
彼女の横へそっと、添い寝する。今度はリウレナが立ち上がって、俺の上に乗ってきた。頭と足を互い違いに、シックスナインの体制になる。目の前に彼女のお尻と青い尾羽が現れ、蜜まみれの股間が口に密着してくる。そして俺のペニスには、くすぐったい吐息が当たっていた。だがリウレナはそれ以上何もしてこない。ただ俺の目の前で臀部を揺らして愛液を垂れ流し、ペニスを見つめて息を吐きかけるのみだ。
踊りのときもそうだが、彼女は俺に主導権を握らせたがる。ギターに操られて踊るように、俺からの快楽に操られて淫らになるのが好きなのだ。
下着の上から、神聖なところへ舌を這わせる。するとリウレナもそれに応え、ペニスへ愛おしそうにキスをしてくれた。唾液で湿った唇が亀頭にソフトな刺激を与えてくる。
「ちゅ……♥」
ゆっくりと、肉棒が口に飲み込まれた。口腔内はとても温かで、包まれる感触だけで達してしまいそうだ。俺の方もリウレナの股から、汁まみれの下着をずらしてソコを露わにする。つるりとした小さな割れ目が見えた。ここからあの卵が出てきたとは思えないほど、慎ましやかにぴったり閉じている。にも関わらず、その僅かな隙間からは止め処なく愛液が溢れていた。
それを舐めとり、割れ目の奥まで舌を押し込む。リウレナが俺のものをしゃぶりながら、くぐもった声を上げた。舌がますます念入りに肉棒を刺激し、羽毛で玉袋をくすぐられる。俺が激しく女性器を舐め立てれば、彼女もより一層熱を込めて奉仕してくれた。
そうやって互いに性器を愛で、やがて二人とも高まってきた。妻の愛液が包帯に染み込んでくる。後で取り替える必要がありそうだ。
ふくらんだ陰核を舐めたとき、彼女の体が大きく震え、顔に大量の汁が降り注ぐ。感極まった彼女は、肉棒が強く吸い立ててきた。
「出すぞ……！」
どくり、どくりと、多量の精液が溢れていった。強烈な快感と共に、声を失った喉へ飲み込まれていく。
絶頂の余韻に身を震わせながら、リウレナは貪欲に精を飲み干していった。脈打ちが終わった後も、しばらく肉棒を舐めて掃除している。可愛らしいお尻を撫でながら、俺もまた余韻に浸っていた。
そのままの姿勢で、しばらくただ抱き合っていた。部屋に雌の匂いが立ち込め、その中で妻の体を抱きしめるだけで心地よい。
だがすでにインキュバスとなった俺の体はすぐに、性欲が戻ってくる。ゆっくりと頭をもたげた肉棒を見てか、リウレナも体を起こした。そのまま尻を俺の下半身へ持っていくと、こちらを振り返ってにこりと笑った。焼け崩れた俺の顔は笑顔を作れないが、それでもリウレナには俺の表情が分かる。俺に彼女の言葉が分かるように。
「しよう、リウレナ」
そう言ってやると、彼女は嬉しそうに頷いて、ゆっくりと腰を下ろしてきた。綺麗な背中をこちらに向けたまま。蜜壺の入り口に、亀頭がぴたりと触れる。そのまま腰を沈められ、肉棒がずぶずぶと音を立てて飲み込まれた。
「ぅ……」
「ン……♥」
互いに小さな声が漏れる。彼女の中はとても暖かく、優しく肉棒を包み込んでくる。何度もこうやって繋がり、互いを味わっても、それに飽きることはない。他の魔物と交わった経験はないが、俺が思うにリウレナの膣が取り立てて名器というわけではないのだろう。彼女も大勢いるセイレーンの一人にすぎないのだ。
では何故、こんなに気持ち良いのか。それは生涯のパートナーだからだ。物理的な刺激だけではそこまでの快感は得られまい。死ぬまで添い遂げる相手と信じているからこそ、交わりも充実するというものだ。
最初はゆっくりと、次第に速く、リウレナは腰を動かす。膣の奥に肉棒の先が当たり、その度に彼女は翼をはためかせてよがる。まるで踊っているかのように。
汗が弾け、結合部から卑猥な水音が響く。甘い匂いが部屋中に広がっていた。彼女がつけているオーダーメイドの香水と相まって、なんとも言えず官能的な匂いとなっている。時折その匂いが強まっては、膣がぎゅっと締め付けてくる。度々小さな絶頂を迎えているようだ。
やがて俺の肉棒からも、どくどくと精液が漏れ出した。その間もリウレナは腰を止めない。結合部から溢れた白濁が粘り、綺麗ななふとももに付着して糸を引く。彼女は俺を顧みて、妖艶な笑みを浮かべた。快楽に蕩けた表情がより一層情欲を掻き立てる。下から突き上げると、傷の残る喉から微かな嬌声が聞こえた。
こうして俺たちの夜は更けていく。リウレナの尻が俺の上で弾み、溢れ出た精液がそこにまとわりつく。彼女もまた何度も何度も絶頂し、蕩けきった顔でよがる。インキュバスの精力は常にパートナーに合わせられるようになっており、リウレナがどれほど貪欲に搾取しようと耐えられた。それどころかこちらから腰を使い、これでもかというくらい中に出してやれた。
それでもやがて、睡魔はやってくる。膣からペニスがぬるりと抜けたとき、リウレナはとろんとした目で俺を見つめ、もたれかかってきた。細い体を受け止め、その下腹部を撫でてやる。
今晩はどれほど出しただろうか。この腹の中で新たな命が生まれてくるのだ。一見華奢なこの体で、リウレナは苦しみを耐え抜いて幸せを掴んだ。この細い手足も、スレンダーな体も、母親となるに相応しい強さをしっかりと持っている。そんな彼女の娘に、何の不安を感じることがあるだろう。
いっそのこと、もう一人くらい……
「……ん？」
パキリ、と妙な音がした。そちらを振り向き、まどろみかけていた目を見開いた。ゆりかごに置かれた卵に、小さな亀裂が入っていたのだ。
「リウレナ！ 生まれるぞ！」
呼びかけると、彼女もはっと飛び起き、卵へぐっと近寄った。亀裂は徐々に広がり、隙間から小さな爪が殻を突き破った。
リウレナの目から大粒の涙が溢れた。俺も同じだ。そっと抱きしめ、二人で見守る。
やがて、新たな家族の産声が聞こえた。
ーーfinーー
15/12/18 21:30更新 / 空き缶号