連載小説
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其の五/怪物屋敷
「こいつ、一番短いはずなのに一番濃い時間過ごしてるにゃ……」
「あれ? なんかこれ凄い有利取られてる?」

 ヒスイの話を聞いた二人は、一様に戦慄した。男と過ごした密度で言えば、目の前のクノイチが最もスコアを稼いでいたからだ。
 
「な、なんか悔しいにゃ。私の知らない所で知らない奴が一番好感度稼いでたにゃ……!」
「そこまで悲観することではなかろう。実際に結果が伴った訳ではないのだからな」

 しかし当のヒスイは、自分のしたことがそこまで大事であるとは認識していなかった。楓と涼香がなぜそこまで悔しがるのかすらわからずにいた。
 
「確かに我は、あの時彼と親しい時間を過ごした。だがそれが今後の展開でプラスに働くとは限らんだろう。向こうは当に我のことを忘れているかもしれないし、彼にしてみても、我との関係は一夜の気まぐれに過ぎぬのかもしれん。だからこの程度で浮かれることなど、我には到底できん」

 ヒスイはどこまでも慎重だった。心配性とも言えた。しかしそんな油断も慢心も見せない彼女の姿は、余計にネコマタとアオオニの焦燥感を煽ることになった。
 
「その余裕、なんだか腹立つにゃ……!」
「ぐぬぬ……!」
「だからどうしてそこまでムキになるのだ? まだ本番が控えているというのに」

 ヒスイはそう言って、ムキになる二人を尻目に件の家に目を向けた。残り二人もそれに続いて家の方に視線を寄越し、その中でヒスイが言葉を投げかける。
 
「大切なのはこれからだろう。我々がここにいる理由を思い出すのだ」
「そ、それは……」
「言われてみれば……」

 そこまで言われて、楓と涼香は改めて自分達がここに何をしに来たのかを思い出した。そうだ、自分達はあの男に気持ちを伝えるためにここに来たのだ。
 
「本当の意味で心が伝わらなければ意味がない。真の戦いはこれからなのだ」

 ヒスイが目を細め、覚悟を秘めた表情で告げる。楓と涼香もそれに続いて、表情を引き締め口を開く。
 
「そうだにゃ。今までの過程なんてどうでもいいにゃ。今ここで、アイツに気持ちをぶつけれられればいいんだにゃ」
「過去を振り返っても今は変わらない。なら、今全力を尽くすべきですよね」

 楓が目を光らせ、涼香が眼鏡の奥で瞳を細める。ヒスイも二人の言葉に頷き、全身からやる気を漲らせる。今ここに、三人は確固たる決意を固めた。
 やることはただの夜這いであるが。
 
「それで、どうしますか? 一人ずつ順番にあの家に入るので?」

 そうして冷静さを取り戻した涼香が、改まった態度で二人に疑問を投げかける。一人ずつ男に告白するべきか、否か。彼女は同じ目的の元に集まった者達に対し、言外にそう尋ねていた。
 それに対し、真っ先に反応したのは楓だった。三人の中で最も背の低かったネコマタは、首を横に振りながらアオオニの問いかけに答えた。
 
「正直まどろっこしいにゃ。もういっそのこと、三人同時に突撃しちゃった方がいいと思うにゃ」
「なに?」
「むしろ三人一緒にお嫁さんになるのはどうにゃ?」
「はあ?」

 楓の提案に、涼香とヒスイが目を剥いて驚く。お構いなしに楓が続ける。
 
「二人が私と同じくらいアイツを好きになってたっていうのは、よくわかったにゃ。かと言って、私もアイツを諦めることなんて出来ないにゃ。だから誰か一人に独占されるくらいなら、皆の旦那さんにしてしまった方が、結果的にみんな幸せになれるんじゃにゃいかにゃ?」
「……」

 涼香とヒスイは、揃って神妙な面持ちを浮かべて楓の持論に耳を傾けた。そして彼女が口を閉ざした後、表立ってそれを非難することもしなかった。
 端的に言って、その提案はとても魅力的なものだったからだ。他者とうまく折り合いを付けつつ、自分の愛を存分にぶつけることが出来る。一夫多妻に全く抵抗を持たない彼女達にとって、それはまさに天啓であった。
 
「このまま誰がアイツの本妻になるかで争ってても、虚しいだけにゃ。いくら愛のためと言っても悲しいにゃ。だったらもう最初から、三人まとめてアイツの本妻になったほうがずっと平和的にゃ」

 トドメとばかりに、楓が追い打ちをかける。アオオニとクノイチは共に呆然とした表情のまま、その場に立ち尽くした。
 しかし彼女達の顔も、次第に腹を括ったような引き締まったものへ変わっていく。そして最初にヒスイが、次に涼香が、それぞれ楓を見ながら口を開いた。
 
「確かに。そなたの言う事にも一理あるな」
「言われてみれば、私達の間で無理に一番を決める必要もないんですよね。むしろ決めつけるだけ無駄なことです」

 二人は共に、楓のハーレム案に賛同の姿勢を見せた。誰が本妻で誰が側室か、妻同士で優劣を決めて泥沼の争いに興じるのは人間だけである。
 
「よし、乗りましょう。私達全員であの人の元に嫁ぐんです」
「美人の嫁を一挙に三人も手に入れられるのだ。彼もさぞ喜ぶことだろう」

 力強く決意表明する涼香の横で、ヒスイが自画自賛気味に台詞を吐いて悦に浸る。そして楓は、そのように自分の提案に乗ってくれた二人の魔物娘を見て、嬉しさと頼もしさが同時に心の底から湧き上がってくるのを感じた。気の置けない同志と共にいられることの、なんと心強いことか。
 
「よし、そうと決まれば早速突撃にゃ! 今夜決着をつけてやるにゃ!」
 
 楓はその精神の昂りのままに、目的地である男の家に視線を向けた。涼香とヒスイもまた、それに続いて男の生家を視界に捉える。
 ここに来るまでに随分と時間を食ってしまった気がする。しかし回り道もこれで終わり。ついに来るべき時が来たのだ。
 恐れるべきものは何もない。
 
「行くにゃ!」
「応!」

 心を一つにした色情狂三人は、掛け声をあげると同時にその家へ駆けよった。迷いのない、軽快な足取りだった。
 家主の男からすれば、まったくいい迷惑であった。
 
 
 
 
 入口である戸の鍵はかかっていなかった。不用心な奴め。楓はそんなことを考えながら、静かに戸を開けて中に侵入した。
 玄関の先には縦に伸びた廊下があり、その廊下の両側に、それぞれの部屋に繋がる扉や襖が据えられていた。
 彼女達の目指す寝室に繋がる襖は、その廊下の一番奥、そこの左側にあった。
 
「ここだ。ここで彼はいつも就寝している」
「どうしてそんなことがわかるにゃ?」
「彼のことは事前に調査済みだ。一日の生活習慣や好きなもの、住処の見取りまで、全て頭の中に叩き込んである。本番前に標的の情報を隅々まで調べ上げるのは、クノイチとして当然のことだ」

 ヒスイが自信満々に言ってのける。そして彼女の言葉通り、その襖の奥からは男の苦しげな声が聞こえてきた。
 当たりだ。楓たちは声を出すことなく、心の中で舌なめずりした。そして楓が先頭に立ち、彼女が襖に手をかける。
 そこで一度動きを止める。楓が後ろを向いて頷き、後ろの二人が頷き返す。
 緊張の瞬間。一拍間を置いた後、手に力を込める。
 
「にゃーっ!」

 勢いよく声を上げながら、楓が襖を開け放つ。彼女を先頭に、三人の魔物娘が部屋の中になだれ込む。
 ヒスイの言葉通り、そこは男の寝室となっていた。大して広くない室内には白い布団が一つだけ置かれ、その上に男が胡坐をかいて座っていた。
 
「覚悟するにゃ! お前の童貞、私達でうばっ……て……」
 
 しかし彼女達にとって予想外だったのは、そこにいたのが男だけではなかったことだった。
 
「えっ、いきなりなんですか!?」
「なんだお前ら! 今いいとこなんだから、邪魔すんじゃねえよ!」
「新手かしら? まったく騒々しいわね……」

 胡坐をかいて困り顔を浮かべる男の左右と背後から、それぞれ三人の魔物娘がひっついていたのだった。
 まず楓たちから見て右側にアカオニ、左側にサキュバスがいた。彼女達はそれぞれ男の腕に抱きつき、その肩に甘えるように自分の頭を載せていた。そして背後からは毛娼妓が男の首に両手を回し、背中にのしかかるように抱き着いていた。
 
「なっ……!」
「まあ!」
「げっ、お前は!?」

 そしてそのように男に引っ付いていた魔物娘三人を見た楓たちは、それぞれがそれぞれ違う魔物娘を見つめて等しく驚愕した。ヒスイは純粋に驚いて目を見開き、涼香はどこか楽しそうに顔を輝かせ、楓は嫌そうに顔をしかめた。
 
「御嬢様、ここで何を?」
「ヒスイこそ、こんなところで何をしてるの? まさかあなたも……!」
「……なるほど。御嬢様も彼が目当てということですか」

 ヒスイは男にひっついていたサキュバスを見ながら、一人納得したように頷いた。一方でヒスイと相対していたサキュバスは顔を赤く染め、居心地悪そうに顔を逸らした。
 
「なんだ、やっぱり気になってたんじゃない。俺は男なんか興味ない、とか言ってたくせに」
「う、うるせえ! お前が毎日こいつの話ばっかするから、ちょっと顔見ようと思っただけだ!」
「それで一目見て気に入っちゃった、ってところかしら? いくらなんでもチョロすぎないかしら?」

 涼香はサキュバスの反対側にいたアカオニに向かって、親しげな口調で煽ってみせた。挑発されたアカオニはバツの悪そうな顔を見せながらも更に男にくっつき、これは自分のものだというアピールを言外に示した。
 
「お、お前! ここにいるにゃ! まさか私をつけ回していたのかにゃ!?」
「そんなわけないでしょ。私はただ、この人とえっちしたくてここに来ているだけなの。でもまさか、楓ちゃんまでこの人に惚れてるとは思わなかったけどね」
「あっ、そういえばお前、ここの女郎屋に住んでるとか言ってたっけ……それが縁でそいつと知り合ったのかにゃ!?」
「そういうことになるわね。この前もこの人のお背中を流してあげたりしたっけ。この人ね、結構がっしりしてて逞しいのよ?」

 そして渋い顔を見せる楓に、毛娼妓がにこやかに笑ってマイペースに言い返す。それを見たアオオニが彼女の方を向き、怪訝な顔でネコマタに尋ねる。
 
「お知り合いですか?」
「ただのストーカーにゃ。ずっと前から私と一緒に暮らさないかって言い寄って来る、はた迷惑な奴だにゃ。私は一人の方が性に合ってるって何度も言ってるのに、しつこく同棲しようって言って聞かないのにゃ」
「別にいいじゃない、それくらい。そんなに私と一緒に暮らすのが嫌なの?」
「だから何度も言わせるんじゃにゃい! 私は女郎屋にも興味にゃいし、知らない女と同衾する趣味もないにゃ! 一緒に暮らすんにゃら、せめて好きな男としたいにゃ!」

 アオオニに対して軽く説明するネコマタに毛娼妓が横槍を入れ、それに楓がムキになって言い返す。言われた毛娼妓は口元を手で隠して上品に笑い、それから男により一層しなだれかかりながら楓に言った。
 
「でも、これからはもうそんなことで喧嘩する必要も無いわね。だって私もこの人と結婚するんだし、楓ちゃんもこの人と一緒になるんでしょ? つまり私と楓ちゃんも、この人の家で一緒に暮らせる。まさに最良の結果ね」
「なんかその言い方気持ち悪いにゃ。別に私、百合とかそのケはにゃいからね?」
「私だってそんな気は無いわよ。ただペットの子猫ちゃんを愛でたいとか、そんな感じよ」
「それはそれで複雑にゃ。ていうかやっぱり、そっちも夜這いの気でここにいたのかにゃ」

 楓からの問いかけに、毛娼妓は悠然と頷いた。それから彼女は左右にいたサキュバスとアカオニをそれぞれ一瞥し、その後楓を見ながら口を開いた。
 
「もちろん、この二人もね。私達はこの寝室でばったり出会って、それから誰が最初にこの人とえっちするかで今まで議論してきたところなの」
「議論? あなたが話し合いで物事を解決するのって珍しいわね」
「当たり前だろ。こいつの目の前で喧嘩とか出来るかよ」

 毛娼妓の返答にヒスイがアカオニの方を見つつ、感心した声を出す。同胞にそう言われたアカオニは気まずい顔で、今にも消え入りそうな声でぽつぽつ言い返した。なおこの時、ヒスイはサキュバスの真横に近づき、そこで男の腕に抱きついたままのサキュバスと何事か話し合っていた。
 
「なるほど、そちらはそのような関係で行くことになったのですね」
「はい。醜く取り合うよりも全員で愛を共有したほうが、結果的に大きな利となる。我々はそう考え、三人一緒に求婚することにしました」
「素晴らしい考えです。実を言うと私達は今まで、誰が最初に彼とえっちをするかで睨み合っていたんです。三人の中で一人だけが妻になり、残り二人がここを去る。それが私達の間で当たり前の認識になっていたんです」
「我が言えた義理ではありませんが、それは視野狭窄というものです。魔物娘が愛を妥協するなど、あってはならないことなのです」
「言われてみればその通り。ではそれに私達が加わっても、特に問題はありませんね?」

 そしてそこまで話した時、不意にサキュバスの御嬢様はヒスイにそう言った。それから御嬢様はヒスイの反応を待たずに立ち上がり、ここにいた他五名を見渡しながら続けて言い放った。
 
「独占はいけません。六人一緒に結婚しましょう」
「へっ?」
「まあ」

 真っ先に反応したのはアカオニと毛娼妓だった。前者は突然の提案に呆気に取られ、後者は続きが気になるように目を輝かせて立ち上がったサキュバスを見上げた。ネコマタとアオオニは「そっちもその結論になったのか」と比較的冷静にそれを受け入れ、そしてクノイチは彼女の傍に座りながら「素晴らしいお考えです」とそれに同意した。
 やがてアカオニが口を開く。
 
「お前、それ本気で言ってるのかよ」
「もちろん私は本気ですよ? 人間の世界がどうかはわかりませんが、複数の魔物娘が一人の男と同時に関係を持ってはいけないというルールはどこにはありません。むしろ魔物娘が一夫一妻という狭苦しい慣習に縛られるのは滑稽というものです」

 淫魔の代表であるサキュバスはそう言って、次に男を見下ろした。男は半分諦めたような、力のない表情を見せてサキュバスを見つめ返していた。
 そんな男を見ながら舌なめずりをする。幼いサキュバスは母から受け継いだ淫らな本性を露わにしつつ、優しい口調で男に問いかける。
 
「それで構いませんよね? 大丈夫、ちゃんと六人であなたを幸せにしてみせますから」

 男の額から冷や汗が流れ落ちる。
 次の瞬間、男は全方位から同じ殺気を感じ取った。
 
「確かに、一夫多妻というのも素敵な発想ですね」
「俺は別に、お前と一緒になれるんなら何でもいいぜ? それこそ重婚でもな」

 それまで自分を軸に睨み合っていた毛娼妓とアカオニが、今ではすっかりその気になっていた。愛ゆえにサキュバスの魂胆を高速理解した二人は、共に頬を紅色に染め、熱く潤んだ瞳でこちらを見つめて来ていた。
 
「もちろん私達もハーレムは歓迎ですよ。最初からその気でいましたしね」
「そういうことにゃ。ちょっとハードかもしれないけど、頑張ってほしいにゃ」

 そして新たに入ってきたアオオニとネコマタも、同じように目を光らせながらこちらに近づいて来ていた。その眼は完全に捕食者のそれであった。
 
「申し訳ないが、我らの肚はとうに決まっている。そなたも覚悟を決めてほしい」
「これからたくさん、愛してあげますからね。旦那様♪」

 とどめとばかりに、クノイチとサキュバスが同時に淫猥な笑みをこちらに見せる。六人から一斉に愛欲と獣欲をぶつけられた男は、もはや今の自分には弁解の余地がないことに気づいた。
 
「お、お手柔らかにお願いします……」

 そして観念したように、体から力を抜いて静かに呟いた。その点この男は潔かった。
 
 
 
 
 その一週間後、一人の男が六人の魔物娘と結婚した。そうしてなし崩しに生まれた七人の夫婦は、それでも大きな喧嘩もせず、末永く幸せに過ごしたという。
 そして男はその功績を讃えられ、町一番の勇者として一部の間で有名人となった。さらに彼の家は多くの魔物娘が屯することから「怪物屋敷」と呼ばれ、その家の前で一拍一礼をすると婚期が早まるという妙な噂まで立ち始めた。
 
「これも全部、私達の愛の結果だにゃ」
「これ喜んでいいのかな?」

 しかし夫とその妻たちは、そんな周りからの風評など歯牙にもかけず、一心に愛を育み続けた。
 モンスターハウスは、今日も淫らで平和だった。
16/10/22 19:24更新 / 黒尻尾
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