読切小説
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奴隷市場
「おお、来たか」
久しぶりに知り合いの悪友に呼び出された。何の用だというんだ。
「実は、いいモノを手に入れてな……」
悪友はコソコソと小さな声で喋る。
「お前、“オークション”行ってみないか?」

オークション。この国ではその言葉に特別な意味がある。
簡単に言うと魔物専門の奴隷市場だ。
この国は人間の奴隷を認めてはいないが、人外の魔物はそこに含まれない。
一部の商人たちは、何処からかさらってきた魔物をそれこそ奴隷のように金銭で売買しているのだ。
教団も奴隷として人間に奉仕することで、罪深い魔物も神の赦しが得られるだのなんだのと言って、いい顔はしないがその存在を認めている。

しかし白昼堂々と奴隷の競りを行うというのは気が引ける者も多いのか、
オークションは基本的に人目から隠れるように廃屋などでこっそりと行われる。
さらに奴隷は高価なこともあって、限られた者にだけしかオークションの開催は知らされない。

「オレの友人の知り合いの親のイトコの……まあ、遠い知り合いが招待状貰ったらしくてさ。
 自分は行かないが見てみたらどうだって、たらい回しにされた券がオレまで回ってきたんだ。
 一枚で二人まで入れるからいっしょにどう?」

……オークション。どんなものか興味が無いとは言わない。
それにまっとうに生きていれば、招待されることなどないまずだろう。
金など無いが見物がてらに行ってみるか。


招待状に書かれた日。指定された潰れた劇場へ悪友と向かう。

「本日はようこそいらっしゃいました。招待状はお持ちですか?」
受付の女が入場の資格があるかを訊ねる。悪友は懐から一枚の紙を取り出し彼女に提示した。
「はい、確認いたしました。では、始まるまで中でお待ちください」
扉を開き中に入る。一瞬本人がいないとダメと言われるかとも心配したが別にかまわないらしい。

暗い会場。ズラリと並んだ客席には、様々な人間が座っていた。
若い者、老いた者、一見して富豪と分かる者、ちょっと背伸びした小金持ちの様な者。
ただし全員に共通点があった。

それは男性であること。

場違い感を感じつつ悪友と指定された席へ着きしばし待つ。
やがて司会が壇上に現れ、オークションの開催を宣言した。
「皆さま、お忙しい中ご足労いただき誠にありがとうございます!
 では早速、一匹目! セイレーンでございます!」

司会の言葉とともに檻に入れられたセイレーンが台車に乗せられ運ばれてきた。
「あら! わたしっていつの間にアイドルデビュー!?
 初コンサートにこんなに集まってくれるなんて! みんなありがと―!
 さっそく、一曲目―――フガッ!」
大きい声でペラペラ喋り出したセイレーンに猿ぐつわが噛まされる。

「えー、見てのとおりちょっとばかりお喋りで元気が余っていますが、
 いい声で歌うことは折り紙付きです! プロデュースするもよし、子を産ませて合唱団を作るもよし。
 このセイレーンは600から始めたいと思います! さあ、お声をどうぞっ!」
暗い客席から声が飛ぶ。640、690、750――。

「850! 他にはありませんかっ!? んんんっ……無しっ! セイレーンは850で落札されましたっ!
 落札者の方、楽屋へおいで下さいっ!」
セイレーンを競り落とした男が席を立ちあがり、ステージ脇の扉へ姿を消した。



楽屋裏。落札者がセイレーンの檻の前で下男と金のやり取りをする。
「はい、確かにいただきやした。―――おら、お前のご主人様だ! しっかりご挨拶しろ!」
表はそれらしく見せても、所詮は奴隷商。一皮むけばならず者。
乱暴に主人の前へひったてられるセイレーン。

「初めまして! あなたがわたしのご主人さま? これからよろしくねー!」
自分が金銭で売買されたにもかかわらず、セイレーンは陽気な声で話す。
落札した男もただの奴隷として扱う気はないのか普通に挨拶をする。

こちらこそよろしく。いきなりな話ですまないがウチには既に2匹のセイレーンがいるんだ。
君には彼女らと組んでアイドルになるためのレッスンを受けてもらいたい。
「うはっ、ご主人さま話がわかるぅー! よーし、頑張ってトップアイドル目指すぞー!」
相変わらず騒がしいままセイレーンは男に連れられて去っていった。



裏で金のやりとりが行われている間もオークションは続いていく。

「お次の商品はユニコーン! どうです、この純白の美しい毛並み!
 撫でるだけでも心が癒されること間違いなし! さらにその角には治癒の魔力!
 緊急時に備えてぜひ家に一頭飼っておきたいところですねっ!
 ユニコーンは1000からの開始ですっ! さあどうぞっ!」



「―――はい、確かに。おい、出てこい!」
コツコツと蹄の音を立てて表われたユニコーンが見たのは顔色の悪い痩せた男。
「あなたが……私の落札者?」
その一言に下男が怒鳴りつける。
「ご主人様、だろうがっ! 何度言わせやがんだテメェはっ!」
会場へ来る前ならムチの一つも打たれただろうが、もうすでに買われてしまった身。
客の物を勝手に傷付けることなどできない。

さらに青筋立てて怒鳴りつけようとする下男を痩せた男は制止する。
いえ、かまいません。自分は彼女の世話になる身ですから……ゴホゴホ。
「あなた、大丈夫?」
目の前の男を気遣うユニコーン。
ああ、大丈夫……でもないか。実は自分は持病持ちでね。
ユニコーンの治癒の力を知って君を求めに来たんだ。
「大変ねえ。…ところで一つ訊ねたいのだけど、あなたは純潔かしら?」
純潔? まあ、女とベッドの上でやり合うほどの気力は無いよ。
「そう……わかったわ。あなたの傍についててあげる。
 元気な体にしてあげるから、安心して」
ユニコーンは痩せた男を背に乗せ、裏口から出ていった。



「さあ、ここで本日の目玉商品! 捕獲難易度超A級の魔物、ドッペルゲンガーだぁー!」
黒い服を着た少女が檻に入れられたまま運ばれてきた。
少女は会場中の視線を受け怯えたように縮こまる。
「一応皆さまにご説明を。ドッペルゲンガーは人間の女性に変身する魔物です。
 そしてその変身は男性の頭の中を読み取ってその対象に化けるとのこと。
 つまりっ! こいつがいればあの子やこの子と色々し放題というわけですねっ!
 さらにドッペルゲンガーは大抵男付きで、単独のものは通常捕まりません。
 これが捕獲難易度超A級の理由なわけです。ところが――」
司会はドッペルゲンガーの入った檻をバシバシ叩く。
「ところがこいつは会場近くを一人でうろついていて、スタッフに捕まったというマヌケ!
 さあ皆さん笑ってやってください!」
会場のあちこちから小さな笑い声が漏れる。
それに顔を赤くしながら、少女は誰かを探すように目を走らせる。
「ではこいつは3000からのスタートとなります!
 さあどうぞ―――え? 50000ですかっ!?」
いきなり桁違いの数字を提示した男を会場中が注目する。
いかにも金を持っていそうな老紳士。
彼は視線を集めていることなど意にも解さず楽屋へと向かう。



口の汚い下男にはした金を握らせ黙らせた老紳士。
檻の中のドッペルゲンガーへ語りかける。

自分がお前を買った。お前はもう自分の所有物だ。自分が望むように振る舞え。
「はい……ご主人さま」
細い声でドッペルゲンガーは答える。
その様子に頷くと下男へ質問する。

どうすればこいつは変身させられるのか?
「へ、へえ……。詳しいことは知りませんが男の味を覚えさせればすぐにでも化けるって話です」
祖父と孫娘ほどに離れた年齢。しかしやってやれないことはない。

老紳士はドッペルゲンガーを檻から出し、歩きながら考える。
……屋敷へ戻ったら妻の部屋を掃除させねば。




オークションは進みやがて昼になった。司会が午前の部は終わりとアナウンスする。
「―――はい! 以上をもちまして午前の部は終了となります!
 午後は各小会場での競売となりますので、お品書きをよく御覧になりお目当ての物を逃さないようお気をつけください!
 では、昼休憩と参りましょう!」
司会の挨拶とともに舞台のカーテンが閉まっていく。

外の空気を吸うために劇場を出る。
固まった体を伸ばしていたら受付の女と目が合った。

「いかがでしょうか、我々の商品は?」
いくらなんでも高すぎる。
「午前の部は高額商品の競売となっておりますので、予算と見合わない方も大勢いらっしゃいますね。
 午後の部はお手頃価格の商品が出品されますので、そちらの一考をどうかお願いいたします」
笑顔ではきはきと喋る受付。

こんな所へ来た自分が言えることでもないが、魔物とはいえ同じ女が売買されていることに何か感じないのだろうか。
「商品に対して情を持つようでは奴隷商はできませんよ」
もっともな言い分だ。少し外を歩き回り劇場の中へ戻る。
流石は招待までされる身。中々いい昼食が出る。


午後の部は小会場でのオークション。
各部屋の前には紙のリストに紹介順で魔物の名が連なっている。

「――次の商品はホルスタウロスです。
 ホルスタウロスのミルクは栄養満点で、これを飲むだけで生きていけるというシロモノ。
 健康のために毎朝一杯のホルスタウロスミルク。いかがでしょう。
 では300から開始です! 320、350、380―――」
ホルスタウロスはアルラウネと一緒に買われていった。
落札者は菓子屋らしくこれでより美味しいケーキが作れると呟いていた。


「――こいつは小悪魔、インプです。
 大した力はありませんが丁稚奉公に一匹いかがでしょうか?
 こいつは200から開始です。230、250―――」



競売は進み商品はどんどん売れていく。
人手が足りなくなったのか受付の女も司会として、競売進行を行う。
「―――では次はマンドラゴラ! 精力剤に魔法薬に夜のお供にと用途は多様!
 これは220からのスタートです! 250! 270! 270、他にはいらっしゃいませんか!?
 はい、では270で落札といたします! お客様は楽屋へどうぞっ!」

ほとんどの落札者は目当ての物を買うとすぐ帰ってしまい、劇場の人数は次々と減っていく。
自分と同じ貧乏人の悪友は出品された赤っぽいゴーレムを気にいったらしく先に競り落として帰った。

本人いわく。
「通常の三倍とか見逃す手はないだろjk」
わけのわからない言葉。あいつまた借金増やす気か? 自分はもう貸さないぞ。

やがて客は自分ともう一人だけになり、その一人もフェアリーを落札しいなくなった。
もう会場に残っているのは自分と受付の二人だけ。


「これにて本日の品書きは全て完売となりました。
 皆様、本日はどうもありがとうございましたー!」
一人しかいない会場に女の声が響き渡る。

……終わったか。じゃあ帰ろう。
そう思い席を立ったところで受付が近づいてきた。

「あなた様は競りに参加いたしませんでしたね。
 お気に召す物がございませんでしたか」

気に召すも何も自分は貧乏な学生。この懐じゃお手頃品にも手は届かない。
そもそも興味本位で来てみただけだけだし、初めから買う気などない。

「うーん、そうですか。では一つ耳寄りな情報を」
バサリッと音がして受付の腰から翼が広がる。
……こいつも魔物だったのか。

「品書きにはありませんが実はわたくしも商品なのですよ。
 そしてお客様はもう一人だけ。余り物の処分価格で―――」

受付はピンと指を一本立てる。

「銅一枚。いかがでしょう、お買い得だと思いますよ?」
11/11/28 17:31更新 / 古い目覚まし

■作者メッセージ
やはり学生周りは現代臭さが抜けません。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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