読切小説
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提灯の夜
祖父が亡くなった。通夜と、葬儀・告別式は家族だけでひっそりと行われた。布張りの棺の中には、祖父の好きな煙草を入れてあげた。祖父は、パチンコをしている途中、心臓発作で亡くなったのだが、棺から中を覗くと、祖父は穏やかな表情を浮かべていた。祭壇に飾られた遺影の写真の中で祖父は大好きな煙草を咥え、にっこりと笑っていた。

祖父は、いつも静かに笑っている人だった。安楽椅子に座って、煙草を吹かしながら、同じ小説を何度も読んでいた。父から聞いた話によると、農村地帯に生まれ、青年時代は徴兵されて、戦地に赴いたらしい。そこで生き地獄を見たという。そして、近所に住んでいた祖母と結婚し、父が生まれた。

祖父は僕がどんなことをしても大抵見逃してくれたが、許してくれないことがあった。それは、物を粗末にすること、食べ物を残すことの二つだ。小さい頃などは、寡黙な祖父が僕を正座させて、説経をした。僕はたまらなくそれが怖く、絶対にその二つは守ろうと心に決めた。

それから年月が経ち、僕は高校生になった。祖父は以前よりもずっと寡黙になった。安楽椅子に座り、もの想いに窓から空の景色を見ている様子はまるで、遠い日の記憶を思い出しているようだった。僕はそんな祖父が近寄りがたくもあったし、どこか畏敬の念を抱いていた。

そして、僕が大学2年生の時、祖父は亡くなった。僕は東京のアパートから急いで駆け付けた。その時には祖父は息を引き取った後だった。病室で、父は涙を見せなかったが、目を伏せ、肩を小刻みに揺らしていた。その後、祖父を自宅に安置し、葬儀屋と打ち合わせに入った。



葬儀が終わって一週間が経った。僕は未だ実家にいた。祖父の遺品を整理するためである。祖父は、物を捨てられない性分だったので、整理は大変だった。特に、母屋の脇にある倉庫には時代を超えたガラクタが山のように積まれていた。早朝から掃除を始めて、もう夕方である。僕は、叩きで埃を落としながら、遺品の整理をしていた。すると、積み重なった本の上に何か見つけた。それは赤い提灯だった。

古ぼけた紙はところどころ虫に食われている。だが、それは丁寧に畳まれていた。「へぇ、いまどき提灯ねぇ」と僕はそれを手に取って見ていた。倉庫は電気もなく薄暗かったので、持っていたライターで、提灯の蝋燭に明かりをつけてみた。すると、暖かな光が倉庫を照らした。蛇腹の和紙を広げると、倉庫の壁に、「祭り」の文字が浮かび上がった。

『清吉様、お呼びですか?』

どこからか声がした。僕は倉庫を見渡す。が、誰もいない。

『ここですよ、ここ』

僕が声の方を見ると、提灯を置いていたところに、少女の姿があった。栗色の髪の毛、山吹色の着物。お腹と、足先には明るい光が灯っていた。

『清吉様、ずいぶん、来てくれないから、私、心配したんですよ』

彼女は炎を揺らめかせ、僕の周りを自由自在に飛び回る。どうやら、妖怪らしい。とはいえ、危害を与えるつもりはないようなので、驚きながらも、僕は彼女に尋ねた。

「君は一体?」
『もう。忘れちゃったんですか?八幡神社のお祭りで出会った提灯おばけですよ!』

清吉とは、祖父の名前である。僕は突然現れたこの提灯おばけの話を聞いて見たくなった。彼女は祖父について、語りだした。

八幡神社は、実家のある地区の北にあった。そこで一年に一度、祭りが開かれる。もともとは、村の豊作を祈る祭りだったらしい。提灯おばけの話によると、祖父は小さいころ、祭りの準備の手伝いをしていたそうだ。

祖父の仕事は、祭りの度に破れた個所に新しい和紙を貼る事だった。応急処置でしかないが、それで何年かやり過ごしていたらしい。そして、損傷の激しいものは、処分する。祖父の仕事は丁寧だったそうだが、それでも、長年使っていれば、いずれ使い物にならなくなる。祖父はそんな提灯を家に持ち帰り、蔵の中に隠したという。そうして、長い年月を経て、私達は魂を持ったのだ。彼女はそういった。よく見ると、段ボール箱の中に、使い古された提灯がいくつも畳まれていた。

『もしかして、本当に清吉様ではないのですか?』
「ああ、残念ながら、僕はおじいちゃんの孫だ」

彼女が僕の姿をまじまじと見つめる。僕も見つめ返すと、彼女の提灯はつぎはぎだらけだった。彼女が懐かしいような、寂しいような表情で僕を見つめる。僕は居たたまれなくなった。

『清吉様はどちらへ』
「…………」

重苦しい沈黙が暫く流れた。いつの間にか夜になっていたらしい。開けっ放しにした倉庫の入り口から冷たい風が入り込んだ。

「なぁ、火を、灯してくれるかい?おじいちゃんの為に」
『…はい。喜んで、清吉様に届くように』

すると、倉庫の奥から、ぼんやりとしたいくつもの光が迸った。それが、倉庫から次々と飛び出していく。それらの蛍のような光は、倉庫を囲むと、楽しそうにぐるぐると飛び回った。

気のせいだろうか、僕はその時、確かに祭囃子を聞いた気がした。
12/05/05 00:32更新 / やまなし

■作者メッセージ
箸休めに短編を書いてみました。

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