連載小説
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俺のためのけじめ〜私のためのけじめ
私の生まれは、竜騎士の大尉の娘……だったらしい。

らしいって言うのは、私が覚えていないから。私の自我がはっきりしたときには既に私は孤児だった。
両親は、いまは親魔物領になっている国との戦いの時に殉死したらしい。大砲の弾を夫婦庇い合いながら直撃したんだそうだ。愛し合っていたんだなぁ。

私は戦争が終結して、いっぱい生まれた孤児の一人だった。いくら魔物でも、あれほどの戦争のあとに自分の知り合いでもなんでもない孤児に優しさを配るだけの余裕はなかった。もちろん、厳しかったわけでもないし、むしろ、魔物のいない国でのそれよりはよっぽど暖かい世界だったと思う。

だけど、孤児が生きるためにはそれなりに頭を使っていかなければならない。だから私は底抜けに明るくすることにした。端から見れば、すこしアホの子のように見えたかもしれない。でも、明るくすることは人の優しさに触れやすいことだと、私は思った。

だけど、それは人が思うよりも厳しいいばらの道だったんじゃないかな。悲しくても、限界まで顔には出さない、楽しくなくても私の顔は笑顔になる。多分、なれるまでは歪だったかもしれない。

そういう生活を送っていた。

私が十七才の時、私は旅に出ることにした。いろんな国を見て回ろうと思ったんだ。

その旅の途中でも私は底抜けに明るくしていた。明るくしていると、いろんな人も笑顔になって親切にしてくれた。私の処世術って言うのは間違っていなかった。
その人たちを裏切るようで悪いけど、上手く利用させてもらっていた。多分、ずっとこういう生活を続けるんだろうな……って、ある夜に私は自己嫌悪で独りで泣いてしまった。

でも、それがガラッと変わる瞬間がその次の日にやって来た。

ドレイク。ドレイク=フォン=バレッタ。最近教えてもらった彼のフルネーム。

彼は私が泣き腫らした夜の明くる日に、私の目の前を飛んでいた。

一瞬私は目を疑うことになった。そりゃそうだ。お隣の世界にいる魔王様はまだ隣の世界の主神にも、こっちの世界の神様にも勝っていないのに、男の魔物が生まれるわけがない。

多分最初は興味本意。そして、自己嫌悪した次の日にも関わらず、また利用してやろうと言う気持ち……だったとおもう。それで彼に話しかけた。

そしたら、彼はうじうじと、私の境遇にどこか共通するような、寂しそうな自己嫌悪を私に吐き出した。それが、私につい重なってしまって、大声で怒鳴ってしまった。

彼は気づいてないと思うけど、あのとき私は内心焦っていた。他人に本心をそのままぶちまけたのは初めてだったから。

だけど彼はそのあと、私のことを拒絶しなかった。そのまま一ヶ月も私と一緒にいてくれた。

彼には言えてないけど、私はとっても感謝してるんだよ。私がバカのふりをしなくていいようになったのは、あなたのお陰。私はあなたと一緒いるだけで、満足できるんだよ?







だから……だから……







だから私は真っ先に近くにいた人を全員、翼を使って投げ飛ばした。ドラゴン族の膂力をもってすれば、それぐらいは容易い……と思ったけど、欲張るんじゃなかった。固まってしまったワームの女の子を投げ飛ばしたとき、肩の方で嫌な音がした。うん。動かないや。

私は空を見上げる。そこには青空なんてなくて、大きな拳が迫ってきていた。プレデティアのゴーレムだ。私はできる限り遠退こうとしたけど、だめだ。拳を広げて平手で潰しに来ちゃった。もう、逃げられない。虫みたいにぺしゃんこになるのかな……

あはは……虫けらみたいな私の人生はこれにて終了……なんて、最後に思ったことがそんな後ろ向きなことなんて……私らしいかな。


諦めて目をつぶる。





ぐしゃりと肉のつぶれた音が響いた。




私の耳に。





私の耳……?


目を開ける。そこにいたのは、

「よぉ、ニーナ……元気かよ?」



両腕がゴーレムによって引きちぎられてもなお、笑顔でいた私だけのヒーローだった。






        


「よぉ、ニーナ……元気かよ?」

粉塵が立ち上るなか、俺はカッコつけてそんなことを言ってみた。

「ど、ドレイク……う、腕が……腕……」

ニーナはいまにも泣きそうな顔で、俺の腕がつぶれたことを心配している。ばか野郎。お前の方こそ、今しがた死にかけてたじゃねえかよ。

「ハァーッハッハッハッ!愚かだな!化け物ぉ!それが狙いだとわかっていながら、わざわざ飛び込んでいくとはなぁ!」

不愉快な不協和音が耳に聞こえる。うぜぇ。

「ドレイク、なんで……私のために……腕……」
「なんでって……そりゃお前……」
「私なんか、助けたっていいことないのに、私なんてほっといて他の人を助けたらよかったのに」

少しカチンときた。だからこのまま勢いで言ってやった。

「お前が好きだからだよ、言わせんな恥ずかしい」
「ふぇ……?」

さて、ここからどうするか……腕もない、翼もゴーレムの掌の下にある。

「ねえ、今なんて言ったの?ねえ、ドレイク。もしかして今好きって言ってくれたの?ねえ」
「うるせえな!好きだっつってんだろ!大好きだよバカ野郎!」
「こんな馬鹿野郎扱いされて告白されたのって私が世界初だと思う……」

ニーナが少し拗ねたように何か言ってるが、今は置いておこう。

って待てよ。いくらなんでもオレ、余裕を持ち過ぎていないか?仮にも腕が両方なくなってんだぞ。もう少し喪失感とか、失血した感じとかないのか?

そう思って、つぶれてひしゃげた腕を見る。肩からごっそり引きちぎられているが……

「血が……出てない……?」

強いて言うなら俺の首の皮が巻き込まれてちょっと切れたところからジワリと血がにじんでるくらいだ。

「ふん……化け物同士で仲のいいことだ。それなら、今度はもっと全力で殴りつぶしてやる」

うるせえな、あのクソ野郎。俺は今考え事してるんだよバカ野郎。

と、ゴーレムの腕がどいて、改めて俺の腕がしっかり見えるようになった。

「これ……は……」

俺の腕に……今初めて知った、両親からの贈り物があった。
そして理解した。俺のこれまでの人生が何のためにあったのか……

「さて、クソ野郎。たった今お前をしばき倒す手段が見つかったぞ」
「は?何を言っているんだ化け物。お前の攻撃はこのゴーレムには効かないぞ?腕を失った衝撃で記憶障害でも出たのか?おぉ、哀れな。今ぐしゃぐしゃにして楽にしてやるぞ」

戯言を無視して立ち上がる。オレは今、何も怖くない。

『優しい私たちの息子。貴方はとても大きな力を持っている』
『優しい私たちの息子。お前はその力で何でも壊すことができる』

俺の肩の傷口から膨大なエネルギーがあふれる。

『優しい私たちの息子。だけど貴方は誰も傷つけない』
『優しい私たちの息子。お前はその力を傷つけるために振るわない』
『『だって、貴方は優しいから』』

そのエネルギーは流動的で直線的。そのエネルギーは俺の腕を形作っていく。

『だけど、貴方が守りたいものが、どうしようもない脅威に晒された時』
『お前の大切なものを守りたいとき』

「な、なんだそれは!なんだその力は!そんな力、あいつのデータにはなかったぞ!!」

『貴方はその刀を引き抜きなさい』
『鞘から抜いて構えなさい』
『『貴方の大切なものをそれで守りなさい』』

完成した。これが俺の本当の『狩りの爪』。地平線の彼方まで、真っ黒なエネルギーが伸びる。思えば、狩りの爪の飛距離も最大これぐらいだっけ。

「化け物め。だが、そんなこけおどしなど私たちには効かぬぞ!」

ゴーレムがこぶしを振るってくる。俺はそれを、爪から派生させた枝で握りつぶした。

「なにぃ!?」

一瞬で砕け散ったゴーレムの腕。だが、それも物理法則を無視するように宙に浮き、形を取り戻していく。やっぱり……

「お前を殺すしかないのか」
「ヒィ!な……何をするつもりだ……ッ!」

両方の爪を交差させる。それだけで、ゴーレムの巨体はXの字に切れた。

「ぎゃあああああああああああ!!」

その交差させた先には、プレデティアの男もいる。あいつごと切ってやった。

「うぐ……ご……だが、私も……それ相応の自己治癒能力を手にしている……この程度……効かな……がっ!?」

まだ終わらせない。一度切ったところにすでに爪を潜り込ませている。その爪を、縦横無尽に走らせる。

終わらせなければいけない。罪もないのに殺されて、命をもてあそばれて、歪な存在にさせられたゴーレムの命も、終わらせてあげなければいけない。

「やめろ!壊すな!やめろやめろやめろ!!!」

そして、爪を、エネルギーを拡散させるように解放する。

一瞬ののち、ゴーレムは静かに崩れ始める。優しく、そっと崩れ始めた。

プレデティアの男もまとめて切り刻んだ。多分、これでゴーレムの命も終わらせることができたと思う。


粉塵が舞う。ゴーレムは再び動くことはなかった。瓦礫と化したまま動かない。

しかし、少しするとその瓦礫の一部ががらがらと崩れて中から何かが這いずり出てきた。

「ぐ……く……くははは。どうした化け物ぉ……私はまだ死んでいないぞ……うん?どうした。やはり口先だけか?」

どうやらプレデティアのやつらしい。

「だが、私も損傷が激しい……一度撤退してやる。そうしたら今度はもっと大群できてやるからな化け物共!」

だが、それは無理だろう。

「俺の力はどうやら最後の最後まで人を殺そうとしないらしい。爪を使ってよくわかったよ」
「なにを……」
「だったら、別のものを使って、あんたを殺すことにした」
「貴様……本当になにをいっているんだ」
「自分の姿を見てみろよ」
「……?…………ッ!」

「俺はあんたの体を根本的に変えてやった。具体的に言うと、性別を変えてやった」
「あ……あ……ッ!きさ……ま……ッ!」
「そして、残りの爪で空気中に漂ってる、魔王の魔力を全力で注いでやった。そうしたらどうなる?この世界でそれはなにを示す」
「嫌だ……私が魔物だなんて……嫌だッ!」

あいつの姿は透き通る紫色をした魔物。ダークスライムになっていた。
あいつもかなり狼狽したようだが、すぐに持ち直した。

「くそ!ならば、この身を殺してしまえばいい!魔物としていきるぐらいなら!地獄に落ちた方が兆倍ましだ!」
「あぁ、それだとダメだ。それじゃあ、後味が悪い。せっかく殺さなかったんだ。お前には生きてもらう。お前の潜在意識に、自殺をできないという暗示を植え付けておいた」
「……なっ……は……?」

事実、ナイフを持ってコアを傷つけようとするたびにナイフがポロリと手から落ちている。

あいつは耐えきれなかったのか、絶望の絶叫を始めた。だが、オレは構わずに言ってやる。

「それで帰れるのなら帰ってみろ。それで魔物を呪い続けるなら呪い続けてろ。全部お前に帰ってくるぞ。そのゴーレムのもとになった魔物にやったことだ。手前で償えクソ野郎」

やがてあいつの心は耐えきれなかったのか、白目をむいて倒れた。あとはもう知らん。この町の人たち、この国の裁判にでもかけて、裁かれればいい。俺のやりたいことは終わった。

…………一息つくと、なぜか涙があふれて止まらなくなった。多分、これは俺の両親が死んだことに対して泣いてるんだと、何となくわかった。

それは、ようやく両親が死んだことを理解したんじゃなく、俺の心が、それを悲しいことだと認識して泣いてしまってもつぶれないぐらいに成長したって証拠のような気がした。

だから俺はその場で泣いた。全力で……人目もはばからずに。

泣いた。
14/02/26 15:51更新 / しんぷとむ
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■作者メッセージ
難しい……シリアスを書くとどこか日本語がおかしくなる……難しい…
次回最終回です。

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