連載小説
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12.300人/年
「おっ、これ美味いな」
「片手だけで食べられるのも魅力ですね。食べ歩きに向いてます」

時刻は午後4時過ぎ、中央市場で食べ歩きをする事にした二人。
軽食中心に店を回る事3店目、ラップサンドに舌鼓を打つ。

「結構種類ありましたね。定番から変わり種まで」
「どれも気になるけど、流石に全部頼む訳にもいかないしな。・・・だから」

と言うと、エトナはシロの手を取り、持っていたラップサンドにかぶりついた。

「んぐんぐ・・・うん、野菜多めもイケる」
「ちょっ、エトナさん!?」
「ほらシロも。お互いの食えば、2倍楽しめるだろ?」

代わりに自分のラップサンドをシロの口元に持っていき、食べる事を促す。
少し戸惑っていたシロだったが、エトナに食べられた分の半分程度を口に入れた。

「ん・・・美味しいですね」
「なんだ、もっとがぶっといってもいいんだぞ?」
「十分ですよ。・・・色々と」
「え、どういう事だ?」
「何でもないです。エトナさん、お腹も膨れてきましたし、今度は別の店に行きましょうか」
「了解。シロの行きたいとこについてくから、どこにするかは任せる」

これが所謂間接キスであるという事を気にしていたのは、シロだけであった。



中央市場から伸びる道を歩くと、商店街に入る。
雑貨や洋服などの小売店は勿論、クリーニング店や鍛冶屋等、ありとあらゆる店が並ぶ。
また、両替・為替店もあり、買い物客を万全の態勢で迎えている。

そしてほぼ全ての店に、商会に所属している証となるバナーがある。
店の入り口に貼り付けたり、垂れ幕を下げたりと、方法に違いはあれど、皆一様に
自分の所属する商会を示している。

「流石商業都市。凄い数のお店ですね」
「人も多いしな。んじゃ、早速どっか行こうぜ。時間あんまり無いし」
「それじゃ・・・僕、洋服を買いたいんですけど、いいですか?」
「シロが行きたいとこに行くって言ったろ。それに、アタシも着替え欲しいし」
「分かりました。それじゃ洋服店に・・・あっ、あそこにありますね。行きましょう」



「どうだ、シロ?」
「うわぁ・・・! すごくカッコいいです、エトナさん!」

洋服店にて。
まずはそれぞれが気に入った服を選ぶ事にし、先に選び終えたエトナが試着した。

カジュアルなTシャツにホットパンツというシンプルな構成。
髪はシロが買った髪留めでポニーテールにしており、右手首にはお揃いで買ったミサンガ。
逞しいながらもすらりと伸びた手足も相まって、爽やかで健康的な美しさを演出している。

「動きやすそうなヤツから適当に選んだだけだぞ? そんないいか?」
「とても似合ってます! 素敵です!」
「・・・そっかー♪」

その場でくるりと一回転し、嬉しそうに笑う。
ふわりと髪が宙に舞い、心地よい風が肩を撫でる。
しかし、その後シロの表情が何故か固くなった。

「あれ、どうした?」
「エトナさん、その・・・」

その理由は。

「下着も・・・買って下さいね?」

エトナの普段の服装は、そもそも服と言うよりは下着に近い、革の腰巻きと胸当てのみ。
当然、試着の為にそれらは外されており、今身に着けているのは本当に服だけ。
そしてエトナの胸は、間違いなく大きいと言えるもの。

動けば勿論、Tシャツ前面の膨らみが大きく揺れる。
ある意味、全裸よりも扇情的。
その影響は、若干前屈みになったシロの様子を見れば明らかだった。

「色々と、その、保ちそうにないんで」
「別にシロにならいくら見られてもいいけど、んじゃ買っとくか」
「お願いしますね、本当・・・」



「こんな感じですが」
「おーっ! カッコいいじゃねーか!」

シロの選んだ服は、やや派手な柄のシャツと革ジャンに、深緑のズボン。
ミサンガを左手首につけ、ジェフから貰った指輪を人差し指に。
そして頭には小洒落た帽子という、普段とは全く違うスタイル。
しかし、どこか不良っぽい雰囲気がシロの整った顔立ちと思いの外マッチし、
その姿はまさに『都会派少年』となっていた。

「ちょっと冒険しすぎたかな、と思うんですが」
「いやいや全然アリ。うはー、可愛いかと思ったらカッコよくなるとはなー♪」
「ありがとうございます。それじゃ、この一式とエトナさんの服、買いましょうか」

シロの意外な魅力を新たに発見し、上機嫌なエトナと共に、シロは会計へと向かった。



会計を済ませ、店を出た後。

「シロ、この店で分かったことがあるから耳貸せ」
「はい、何ですか?」
「よく聞けよ。・・・アタシの胸は、トップ100センチのHカップだ」
「ひゃくっ・・・!?」

またしても、シロは前屈みになった。



一通り街を歩いた後。
二人は宿屋に戻り、買った物を整理し、ギルドから持ち帰ったパンフレットを広げた。

「全部とまではいかなくても、ある程度は知っておいた方が何かと便利でしょうし」
「それにしてもやっぱ商業都市なだけあるな。あんなに多いとは思ってなかった」

どんな商会があるかを知る為、街の商業全てを司るノノンのギルドから
パンフレットを貰いに行ったが、そこにあった冊数は実に50冊超。
流石に全部持っていくのも読むのも無理があるので、大きな商会のパンフレット数冊と、
ここ数年の出来事がまとめられた経済新聞のみ持っていくことにした。

「それじゃ、早速読みましょうか」
「おう。・・・といっても、アタシ、これ覚えてられる自信ねぇ」
「サービスの情報とか、役立つ所だけ覚えればいいんですよ。
 さて、どれにしようかな・・・よし、これにしよう」



黙々とパンフレットを読む事1時間。
シロが難しい顔をして、何かを考え出した。
(ちなみに、エトナは開始5分で頭がパンクしかけたので、
 シロに渡された経済新聞の芸能ニュース欄を眺めていた)

「・・・うーん・・・そういう事だよなぁ・・・」
「どうした?」
「これですけど、気になりまして」

シロがエトナに見せたのは、商会の所属店の一覧表。
いくつか、シロがアンダーラインを引いている。

「これがどうかしたのか?」
「これ、ベング商会のパンフレットです。ジェフさん、ここには関わるなって
 言ってましたけど、どうしても気になったんで持ってきたんですよ。
 まず、僕が線を引いた所を見て下さい」

意図する事がよく分からなかったが、エトナはとりあえず、シロがアンダーラインを引いた
部分の店名を読んでみた。

「ジュート薬局、キャスター運輸、ホーキッド・サービス、ガロンファイナンス。
 ・・・ファイナンス?」
「平たく言えば金貸しです。エトナさん、この4店には共通点があるんですよ」
「ほー、何だ?」
「これを見て下さい」

そう言ってシロが鞄から取り出したのは、ベング商会の年間収支表のコピー。
これにも、アンダーラインが引かれていた。

「線を引いたところがさっき言った4店の収益です。
 一先ず、ジュート薬局の収益を4年前の所から見て下さい。単位は金貨です」
「どれどれ・・・420、400、370、520k・・・k?」
「kは1000倍の意味です。あと、一年前以外は数字の前に三角がありますよね?」
「あぁ。これ何だ?」
「それはマイナスを表しています。つまり、一昨年までは赤字続きだったのが、
 去年になってとんでもなく収益を上げているんです」
「えっと、520の1000倍だから・・・52万枚!?」
「店の収益どころか、商会全体の収益でもこれを上回る所はありません。
 そして、残りの3つもほぼ同じレベル。その他の店舗の収益を加算すると、
 ベング商会の年間収益は金貨にして300万枚を越えます」

金貨300万枚。
シロが教団に売られた金額が金貨1万枚、それが一人の人間が一生遊んで暮らせる程の
ものだと考えると、単純計算で三百人もの人間が働かずとも生きていける額である。

シロは勿論、エトナもその異常な収益を怪しんだ。

「・・・何かあるよな。で、シロ」
「はい」

シロの目を見つめ、少しの間を置いた後、人差し指を向けて。

「当たり、ついてんだろ?」

白い歯を見せながら、軽い調子で問いかける。
そして、それに対する回答は。

「気になる点は、ありますね」

普段の柔らかな表情を消し、思考をスタートさせたシロの重い声で返された。



「まずは先程言った異常な収益の変化。原因を探ってみたのですが、
 一応それらしいのがありました」
「多分、新しい薬が出来たとかだろ? というか、それ以外に浮かばねぇ」
「正解です。新聞によれば、ジュート薬局は新薬開発、キャスター運輸は輸送方法の改善、
 ホーキッド・サービスは人員の増加、ガロンファイナンスはそれらに伴う顧客の拡大と、
 経営が上向く出来事は沢山あったみたいです。・・・ですが」
「それだけじゃ、あんなアホみてぇに儲けは出ねぇ、だろ?」
「・・・その通りです。流石に赤字から金貨50万超は不自然すぎます」

自分の考えが先にエトナに言われた事にやや驚きながら、シロは続ける。

「となれば、別の要因がある訳ですが、非常に分かりやすい変化がありました。
 丁度、エトナさんが今読んでる新聞の裏面ですね」
「これか。『ベング商会会長、引退』・・・まー、コレだろ」
「少なくとも無関係では無いでしょう。新しい会長がどんな人物かは後々調べるとして、
 収益の変化理由についてですが、僅か一年でこれだけの利益を出す手段は限られます。
 あくまで、僕の推測の域を出ませんが・・・」

右手の指を四本立て、左手を添えて一つずつ折り曲げながら、シロは推理を語り始めた。

「不法行為でしょうね。例えば、ジュート薬局が麻薬を栽培し、キャスター運輸が運び屋を務める。
 薬漬けにした人間なり魔物娘なりを奴隷にしてホーキッド・サービスで密売し、
 稼いだお金をガロンファイナンスが暴利で貸す・・・それぞれが別々に何かしてる可能性も
 勿論ありますけど、こう考えると『偶然にも』、繋がるんですよね」

薄ら暗い関係で、と付け足し、シロは話を終える。
それを見て、エトナはすぐに口を開けた。

「なぁシロ」
「はい」
「洒落た言い回し浮かばねぇから、スパッと言うな」

そこで一度区切り、左の手の平に握り拳を打ち付けながら、エトナは言った。



「戦いなら、任せろ」



それは、シロがベング商会の謎を解き明かしにかかろうとしている事を前提にした言葉。
自分が関係ない事でもどうにかしようとする、シロの性格を理解しての言葉だった。

「・・・ありがとうございます」

事を頼む前に承諾され、少し申し訳なさを感じたシロだったが、
その気持ちを無駄にしない為にも、絶対に全てを明らかにする決意を固めた。

・・・が。

「・・・あっ」
「・・・?」

しまった、というような表情。
そして、頭を抱え。

「エトナさん、もしかしたら、既にまずいかもしれません」
「・・・どういう事だ?」
「最悪の場合、ですけど・・・」



「僕、今までで最大の窮地にいるのかもしれません」
13/11/21 01:33更新 / 星空木陰
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■作者メッセージ
お金が絡めば、人は変わる。
人が変われば、何かが起こる。

商業都市ノノン最大の商会、ベング商会とは。
次回『シロ、行商人になります!』目指せ、一攫千金!(たぶん嘘)

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