連載小説
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Report.04 俺と竜と肉団子 前編
〜交易都市・セレファイス〜
「「ばっかも――――――――――――ん(であ――――る)っ!!」」
俺、エヴァン・シャルズヴェニィはゲイリーの医療所にて、ゲイリーと魔法の講師であるバフォメットのフランシス様に正座でお叱りを受けた。
んな、二人揃って馬鹿と呼ばんでも。
「馬鹿と呼ぶなというのは無理も無理無理、超無理なのであぁ――――――るっ! 貴様、本当に学習能力が致命的に欠けてるのであぁ―――るっ!」
「馬鹿って呼ばないのは、無理があるってもんだっ! アンタ、何で、あの禁断の魔法を知ってる上に使ってるんだいっ!」
まぁ、二人の剣幕も尤もで、『星間駆ける皇帝の葬送曲』を使ったのはコレで三度目。
既に知ってたゲイリーは兎も角、件の魔法を俺が使える事を知らなかったフランシス様が怒らないのは無理だよなぁ。

「それで? アンタ、何で禁断の魔法を知ってるんだい?」
小便漏らしそうな程に怖いジト目で睨むフランシス様の問いに、俺は件の禁断魔法を行使出来るようになった経緯を、嘘偽り無しに話す。
「ふ〜ん? 成程ねぇ」
全部話した後、フランシス様は一応納得してくれたみてぇだ。
みてぇだが……だから、そのジト目は本気で勘弁してください、怖いから。

「ま、そういう事なら許してやるさ……けど、絶対に人目のある場所で使うんじゃないよ。お偉いさんに見つかったら、先ず間違い無く免許証(ライセンス)を剥奪される」
だよなぁ……『星間駆ける皇帝の葬送曲』は禁断の魔法、今までは遺跡とか、密林とか、地底湖とか、人目につかない場所で使ってたから問題は無かった。
だが、人目のある場所で使えばフランシス様の言う通り、魔法使いの免許証を剥奪される。

魔法を使うには領主―セレファイスなら、ローラさんだ―に魔法体得を申請して免許証を発行する必要がある。
免許証無しに魔法を体得しようとすれば不法体得で警察に捕まるし、免許証があるからと無闇に体得出来る訳でも無い。
先ずは一番下の等級である学徒級から始まり、魔法の講師の元で修業を積みつつ、名人級、達人級、導師級、大導師級と等級を上げてく。
等級を上げるには昇級試験を受ける必要があり、昇級試験を受けずに自分の等級よりも上の等級の魔法を学ぶ事は許されない。
自分の等級より上位の魔法を行使しようとすれば扱いきれずに暴走して、下手しなくても行使した自分だけじゃなく、周りにも迷惑が掛かるからな。

俺の魔法で言うなら『風刃』と風を纏って飛行する『風翼(ビンド)』は学徒級、『旋風刃』と『風鎌』は名人級、『嵐鎚』と『大嵐刃』は達人級で体得が許される魔法だ。
あ、俺? 俺はまぁ、何というか……勝手に自分の等級より上位の魔法を体得した、所謂モグリだったりする。
と、兎に角、自分の等級よりも上位の魔法の体得も不法体得で捕まり、その際に免許証を剥奪される。
『星間駆ける皇帝の葬送曲』は調べる事も許されない禁断の魔法、ソレを体得してる上に行使してるとなれば、免許証剥奪だけじゃ済まない可能性がある。
下手すりゃ、何十年も牢屋で臭い飯を食わされる羽目になる。

「分かってるならいいさ……でも、本当に人目のある場所で使うんじゃないよ。アンタの嫁さんを守る為でも、な」
すいません、ソレは守れる自信はありません。
自覚してるが、俺は後先考えずに行動するという探検家としては致命的な欠点を抱えてる。
誰かが困ってる時や、山賊なり盗賊なりに襲われてる時、頭よりも先に身体が動いちまう。
まぁ、コレが俺だって開き直ってるけどな! ……胸張って威張る事じゃねぇな、本当に。

×××

〜三時間前・セレファイス近郊〜
「はぁ、はぁ、はぁ……」
エヴァンが説教を受けていた頃、セレファイス近郊の平原を走る影があった。
緑色の鱗に覆われた美しい身体、頭頂部に生える雄々しい二本角、逞しい尻尾と翼。
雄々しさと優美さを兼ね備え、『地上の王者』とも称される魔物・ドラゴンが只管に平原を走っていた。

「しつこい……それ程までに拙者を殺したいのか!」
平原を走るドラゴンは、時折背後を振り返りながら走り続ける。
ドラゴンであるなら空を飛べばいいではないかと思うが、今の彼女にはソレは無理だ。
彼女の翼は翼膜が破れており、翼膜が破れている状態では満足に飛ぶ事は出来ない。
そもそも、地上の王者と称されるドラゴンは何から逃げているのか?
ソレは彼女の背後にピッタリと追い掛ける、一〇体の奇妙な生物達からだ。

「あの肉団子め……友を殺すだけでは飽き足らず、拙者の命まで狙うか!」
ドラゴンに追う奇妙な生物達は、本当に生物と言えるのかという疑問が残る姿をしていた。
目算でも一〇センチ程の赤茶色の身体はブヨブヨしており、とても自重を支えられそうにない蹄のある五本の細長い脚が、その身体を支えている。
その体色と相俟って、傷んだ肉団子を思わせる身体には楕円状のゼリーを思わせる小さな目が五つ、前方を走るドラゴンをジッと見つめている。
奇妙な肉団子の群れは細長い脚をフル稼働させてドラゴンを追い、魔物の中でも最上位に並ぶドラゴンから付かず離れずの距離を保っていた。

「何とか逃げ切らねば……そして、拙者の友を襲った惨劇を伝えねば!」
ソレだけを糧にドラゴンは激しく抗議する心臓を宥め、走り通しで震える足を叱咤する。
ドラゴンの友が何者なのか? そしてドラゴンの友を襲った惨劇とは何か?
ソレを知るのはドラゴンのみ、ドラゴンは友を襲った惨劇を伝えるべく、走り続けた。
風を纏って空を飛ぶエヴァンが、走るドラゴンを見つけるまでは。

×××

「ったく、ゲイリーも人使いが荒いぜ……俺は探検家なんだぞ」
そう愚痴を零しながら、俺はセレファイス近郊の平原を『風翼』で飛んでいた。
俺が向かってるのは、セレファイスから馬車で半日の距離にある完全中立領・セラエノ。
古今東西、旧世代の書物も完全に近い状態で保存されてる大図書館が有名な学術都市で、学問を学ぶなら教団も魔物も受け入れる珍しい街だ。
セラエノでは武力争いは御法度で、魔物とは犬猿の仲を通り越して不倶戴天の仇敵である間柄の教団も此処では大人しい。

「にしても……何でまた、大図書館に俺が行かなきゃなんねぇんだよ」
発端はゲイリーへの相談……俺達が以前遭遇した怪物共が何なのかを調べてもらおうと、ゲイリーに持ちかけたのが切欠だ。
ゲイリー曰く、俺達が遭遇した怪物共は何かの本で見た事のある特徴を備えてたらしく、その本が大図書館に保管されてたそうだ。
俺は分かってるなら自分で行けと言ったんだが……ゲイリーは動かせない患者が居るか、日用品や興味のある物を買う以外、全く外に出たがらない出不精だったのを忘れてた。
お陰で、俺がこうしてセラエノまで行く羽目になったんだ。

「んぁ? 何だぁ?」
愚痴を零しながら空を飛んでた俺は、眼下に俺が来た方向へ走る人影を見つけた。
まぁ、ただ走ってるだけなら気にしないんだが、様子がおかしい。
時折振り返りながら走る様は追われる者の仕種で、走る人影がおかしさを際立たせる。
ドラゴン……『地上の王者』と称される最上位に並ぶ魔物で、一時的だが代替わり以前の姿に変身出来る程の強大な力を持っている。
そんな王者が、何かに追われてる?

「お〜いっ! 其処のドラゴン!」
気になった俺は高度を下げ、並走するように走るドラゴンと並ぶ。
「む……飛翔魔法を使える人間か。突然で済まないが、拙者を抱えて飛べるか?」
「はぁ?」
オイオイ、自前の翼で飛べるのに何を言ってるんだ、このドラゴン?
なんて思ったが、よく見たら翼膜がボロボロで、これじゃ飛べないわな。
「見ての通り、拙者は追われている……拙者には果たさねばならぬ使命がある故に、必ず生き延びなければならぬのだ」
いきなり剣呑だな、オイ……そもそも、このドラゴンは何に追われてるんだ?
そう思った俺は背後を振り返り、盛大に顰めっ面になった。

「オイオイオイ……またかよ」
「また? お主、『また』とはどういう意味だ?」
俺の言葉に走りながら首を傾げるドラゴンだが、正直答える余裕は無い。
ドラゴンの背後を走るのは、腐った肉団子とでも言える奇妙でオモロイ何か。
コラムの脚みたいな細長い脚を、シャカシャカ動かして走る様は見てるだけでオモロイが、こんなオモロイ物体が自然界に存在する訳がねぇ。
ソレ以前に、だ……この奇妙奇天烈、摩訶不思議なオモロイ物体の天辺に付いてる目玉(?)には、明らかな害意があり、その害意に俺は覚えがある。
地底湖で出会った、あの糞ガキが呼んだ怪物蛙。
あの怪物蛙と同じ、魔物を害する為に生きてるとでも言うべき本能的悪意があった。

「おい、ドラゴン。あの肉団子、どうやったら倒せる?」
「お主、あの肉団子を倒すつもりか?」
当然だ、あんな悪意満載物体を放り出して、このドラゴンに何かあったら後味が悪過ぎる。
ソレを伝えると、ドラゴンは真面目な顔で背後の肉団子共の事を話す。
「あの肉団子……外観こそ滑稽だが、その滑稽さに不相応な脅威を秘めておる」
「あんなオモロイくせにか?」
ドラゴンの顔には紛れもない恐怖が、あの『地上の王者』がハッキリと恐怖を浮かべてた。
恐怖を浮かべたままドラゴンが黙っちまったが、一体あの肉団子の何処が怖いんだ?

「取り敢えず……真っ二つになりやがれ、肉団子共!」
「えっ、なっ!? お主、人の話を最後まで聞け!」
何故か止めようとしたドラゴンを無視して、俺は『風刃』を肉団子共に向けて放つ。
放たれた『風刃』は狙い違わず、一〇匹の肉団子共を真っ二つにしたら

―ドッゴォォ―――――ンッ!!

「ぬぉわぁぁぁぁぁっ!?」
「だから、待てと言ったであろぉぉぉぉぉっ!」
これでもかと言わんばかりに、大・爆・発。
爆風に晒された俺とドラゴンは、見事に吹っ飛んだ。

×××

「ふぅむ……道中、そのような事があったのであるな」
「あぁ、ありゃ参ったぜ」
肉団子共の大爆発で吹っ飛んだ俺は、一緒に吹っ飛んだドラゴンと共にゲイリーの医療所へと戻り、何が起こったのかを話した。
「コラム、あのドラゴンは?」
「エヴァンさんが連れてきた方ですね? あの方なら、今はベッドで眠っていますよ」
コラムの視線の先には余程疲れてたのか、スゥスゥと安らかな寝息を立てるドラゴン。
フェランとキーンの二人はドラゴンが珍しいのか、起こさないように気を付けつつ彼女の傍にある椅子に座りながら寝顔を見ていた。

「ん、んんっ……此処、は?」
暫くして、ベッドで眠ってたドラゴンが目を覚まし、俺はベッドの近くに待合室の椅子を持ってきて座る。
「よっ、起きたか……早速で悪いが、あの肉団子共の事を教えてくれ」
「委細承知。お主には、ソレを知る権利がある」
ベッドから上半身を起こしたドラゴンは、俺と出会う前までの事を話し始めた。

「拙者の名はボイド、ブリチェスターに住まうドラゴンだ」
「ん? ブリチェスター?」
ボイドと名乗ったドラゴンが自分の住処を言ったが、その地の名前に俺は聞き覚えがある。
ブリチェスターって、まさか……『あの』ブリチェスター?
「ほぅ、お主は知っておるようだな。如何にも、拙者は彼の『彷徨える古代都市』を住処にしておる……いや、しておったの方が正しいな」
「ほ、本当か? い、いいい、イィィィィヤッホォォ――――――ッ!」
ボイドの言葉に俺は舞い上がり、フェラン達は一人舞い上がる俺に驚いた。
「え、えぇっ!? エヴァン、何で浮かれてるの?」
フェランが何故舞い上がってんのかを聞いてくるが、コレで舞い上がらないのは無理!
興奮しながら、俺は首を傾げるフェラン達にブリチェスターが何なのかを教える。

ブリチェスターは今から二二〇年前に人間同士の争いで滅んだ古代都市であり、普通なら歴史の中に埋もれ、忘れられる筈だった。
ところがどっこい、滅んだ筈のブリチェスターは時折歴史の表舞台に現れるようになった。
何でかって? 滅んだ筈のブリチェスターに住んでる、と言う者が度々現れたんだ。
現れたのはいいが……暫くすると唐突に消えて、消えたと思ったら別の場所に現れたりを繰り返してる。
オマケに、ブリチェスターに住んでると言ってた者から得た情報を基に探しても、建物が見つからないときたもんだ。
大陸を彷徨うように消失と出現を繰り返し、影も形も見当たらない神出鬼没の古代都市、ソレが『ブリチェスター』。
探検家や考古学者なら、一度は足を踏み入れてみたい憧れの場所だ。

「探検家の間じゃ、『異界』って呼ばれる別次元にあるんじゃないかって噂もあるんだ!」
「エヴァン……目があったら、絶対キラキラしてるよね」
興奮混じりでブリチェスターの事を話す俺に、ボイドを除いた全員が呆れてる。
何だよ、その顔は? 憧れの場所に到達出来るかもしれねぇんだぞ?
コレで興奮しなかったら、探検家じゃねぇぜ!
期待に舞い上がる俺だが、何故かボイドは気まずそうな表情を浮かべてる。

「あぁ、その、何だ……エヴァン殿、ブリチェスターはジャイアントアントの巣穴だ」
「…………………はい?」
ボイドの気まずそうな言葉に、俺は耳を疑った。
ジャイアントアントって、アレだよな……蟻の特徴を備えた昆虫型の魔物で、女王を中心とした独自の社会を作る魔物だよな?
「あぁ……ブリチェスターは、拙者の友であるジャイアントアント達の巣穴なのだ」
「えぇぇえぇええええぇぇええぇぇええぇっ!?」
何ですとぉっ!? ブリチェスターは単なる巣穴ってどういう事だ!?
驚愕の事実に呆然とする俺に、ボイドは気まずそうな表情のままで話し出す。

「拙者の友であるジャイアントアント達には、一風変わった伝統があってな……」
ボイド曰く、ボイドの友人であるジャイアントアント達は、他のジャイアントアントには見られない変わった伝統を受け継いでるそうだ。
何でも、そのジャイアントアント達の初代女王は滅びる前のブリチェスター近郊に巣穴を掘り、一族を増やしてった。
んで、二代目女王は自分達を産んでくれた初代女王に感謝と敬意を表して、新しく掘った巣穴に、一族発祥の地である『ブリチェスター』と名付けたそうな。
ソレを切欠に、そのジャイアントアント達の歴代女王は、引っ越し先として新しく掘った巣穴にブリチェスターと名付けるようになったそうだ。

「つまり……引っ越し先の巣穴にブリチェスターと名付けた事で、滅んだ筈の古代都市が大陸の彼方此方を彷徨っているように見えた、という事であるな」
納得したように頷くゲイリーだが、俺は床に手足を付けて落ち込んでる。
ジャイアントアントは種族柄、土木・建築技能に優れてて、親魔物派領じゃ作業員として雇われる事もある。
雇った者の住所を聞くのは雇う側としては当然だし、住所を聞かれたらブリチェスターと答えるのも当然だ。
ソレに尾鰭が付いて独り歩きして、『彷徨える古代都市』になったという事ですか。
ナンテコッタ……探検家達の憧れの地は、単なる巣穴でしたってオチかよ!

「拙者がブリチェスター一族と出会ったのは、彼此四年前か……」
落ち込む俺を無視して、ボイドは過去話を再開させる。
ボイドはングラネク山脈にある洞窟を住処にしてたが、教団に住処を追い出されて大陸を彷徨い、空腹で倒れていた所を件のジャイアントアント達に助けられたそうだ。
女王に「新しい住処が見つかるまで居てもいい」と言われたボイドは恩を返す為、巣穴の拡張や餌探しを手伝い始めたそうだ。
「ジャイアントアントに紛れ、ドラゴンが餌探し……中々に珍妙な光景であるなぁ」
ゲイリー、お前さぁ……止めろよ、んな事をハッキリ言うのは。
確かに俺も思ったけどさぁ、思っても言わないのが礼儀だろが。

「ブリチェスター一族との共同生活は充実していた。あの肉団子を拾うまでは、な……」
発端は六時間前……餌探しの途中で、あのオモロイ肉団子共をデカくしたような肉団子を拾ったのが切欠だそうだ。
最初に見つけた時は単なるデカい肉団子で、当分は食料に困らないと考えたボイドは巣穴に持ち帰ったんだが、ソレが不味かった。
巣穴の食料保存室に置いた瞬間、その肉団子からボイドを追い掛けてた小さい肉団子共がボロボロ現われ、ジャイアントアント達を襲った。

「あのような惨劇、拙者は初めてだ……」
あの小さな肉団子共は、ジャイアントアント達の口の中へ自ら飛び込んだ。
その後に起きた事は、あの大爆発を目の当たりにした以上、容易に想像出来る。
あぁ、そうだ……あの小さい肉団子共、ジャイアントアント達の身体の中で自爆したんだ。
あんな小さい身体の何処に、盛大に大爆発する程の火薬を詰めこんでんのかは知らんが、小さな肉団子共はジャイアントアント達に特攻を仕掛けてきた。
次々と爆散するジャイアントアント達、自分達の巣という地の利を活かして逃げても執拗に追い掛ける小さな肉団子共。
ボイドはジャイアントアント達の助けもあって、惨劇の巣穴からの脱出に成功し、この事を伝える為に必死で逃げてきた。

「コレが、拙者と友であるジャイアントアント達に起きた出来事だ……」
俺と出会うまでに起きた事を話し終えたボイドの表情は暗く、話を聞いた俺達の顔も自然と険しくなる。
そんな惨劇がほんの少し前に起きた事もそうだが、またしても魔物を害する怪物が現れた事が俺達の顔を険しくさせた。
フェランと出会ってから半年で、魔物を害する怪物が合わせて四体……謎の遺跡の包帯、獣の吼える森の蚯蚓、ングラネク山脈の蛙、ブリチェスターの肉団子。
ここまでくると、俺には怪物と出会う縁があるのかと思えてくる。
「ボイド、ブリチェスターに案内してくれ」
「……何故、と聞くのは愚問か」
当たり前だ、出会った時に言ったろ?
あの肉団子を、俺がブッ飛ばしてやるってさ!

×××

〜一時間後・ブリチェスター近郊〜
「あと一時間程で、ブリチェスターに到着する」
「結構、近い場所にあるんだな……」
翼に治癒を施し、飛べるようになった後、ボイドの案内で俺達―俺、フェラン、コラム、キーンの四人―はブリチェスターに向かってる。
空を飛べないフェラン、コラム、キーンは俺の黒球の中、俺はフェラン達が入ってる黒球の上に座り、ボイドは黒球に並走するように飛んでいる。

「なぁ、ボイド。ブリチェスターの構造はどうなってんだ?」
「ブリチェスターの構造か……簡潔に表わすなら『浅く、広い』といった所だ」
ブリチェスターは地表に近い浅い場所に造られてて、まるで迷宮(ダンジョン)のように広大かつ複雑な網目状の通路で繋がっているそうだ。
迷宮じみた構造になってるのは侵入者の撃退を兼ねてるからであり、侵入者を撃退する罠にはジャイアントアントの放つフェロモンが使われてる。
ジャイアントアントは蓄積された疲労に比例して催淫作用のあるフェロモンを放ち、巣穴にはフェロモンが充満してる。
複雑な通路で迷ってる間に、フェロモンに中てられた侵入者は発情して腑抜けになり、男だったら捕まえて、女だったら巣穴の外に放り出すらしい。

「フェロモン、かぁ……『障壁』で、何とかなるか?」
ジャイアントアント達を助ける為に入って、俺達がフェロモンに中てられたら意味が無い。
フェロモンに慣れてるボイドは兎も角、フェロモンに慣れてない俺達は発情で腑抜けてる状態で自爆肉団子共と戦える訳がない。
「そもそも、フェロモン以前に肉団子共をどうするか、だな……」
フェロモンもそうだが、何より危険なのは肉団子共。
ボイドの話と俺の実体験から推測するに、あの肉団子共は体内に侵入するか、絶命した時に爆発する性質を持ってる。
巣穴で爆発されたら生き埋めは確実だし、体内に侵入されても終わりだ。
何とか自爆させずに、あの肉団子共を始末する方法を考えねぇと……

×××

〜一時間後・ブリチェスター内部〜
「うしっ、それじゃ事前に決めた通りに始めるぞ!」
ブリチェスターへと到着した俺は、ボイドが記したブリチェスターの地図を読み込ませた通信球を全員に渡し、予め決めておいた通りに動くように伝える。
「了解っ!」
「分かりました」
「…………(敬礼)」
フェラン、コラム、キーンの三人は女王及び生き残りの探索と保護で、もし見つけたら、直ぐに通信球で俺に連絡するようにも言ってある。
「ボイドさん……エヴァンさんを、よろしくお願いします」
「承知した……拙者の命を賭してでも、エヴァン殿を守り抜こう」
俺とボイドは、元凶である肉団子の親玉の捜索と撃退。
ボイドの話じゃ、件の肉団子は我が物顔で此処を徘徊してるそうだ。
コラムはボイドに頭を下げ、頭を下げられたボイドは任せろと言うように胸を叩き、俺達は其々の目的を果たす為に散開した。

「んで? あの肉団子の親玉は、どんな姿なんだ?」
フェラン達と別れ、肉団子の親玉を探す俺とボイド。
俺とボイドが横に並ぶとギリギリの狭い通路をボイドが先行して飛行、その後ろを『風翼』で飛ぶ俺は肉団子の親玉の事を聞いた。
壁や天井にぶつかりそうで怖いが、急いで肉団子の親玉をブッ飛ばさないと、此処に住むジャイアントアント達が危険だから我慢しよう。
「親玉は小さい肉団子と大きさ以外変わらんが、腹らしき部分に妙な刻印があったな」
「刻印?」
「あぁ……確か、『GE‐04』と焼き鏝で付けられたような刻印だった」
うっわぁ……予想はしてたんだが、やっぱり肉団子の親玉も糞ガキ絡みですか。
地底湖の蛙は『GE‐05』と呼ばれてたし、『GE』ってのは眉唾の噂―教団が作ってる、対魔物用の『何か』―に絡んだモノなのか?

「ん? おい、ボイド……何か、音がしねぇか?」
「あぁ……音がするな、それも此処から近い位置だ」
肉団子の親玉を探して通路を飛んでいた俺とボイドは、ズルズルと重たい何かを引き摺るような音を耳にした。
ジャイアントアント、という可能性は無い……ジャイアントアントは襲われる側、自分達を襲う存在が居る状況で重い物を引き摺りながら移動する余裕は無い。
フェラン達という可能性も無い、そもそも引き摺るような重い物を持たせてないし。
と、なれば、残る可能性は一つ。

「「見つけた(ぞ)っ!」」
通路のほんの少し先を曲がった所で、俺とボイドは肉団子の親玉を見つけた。
肉団子の親玉は頭の天辺を天井に擦りつつ、呑気に通路を歩いてる……って、いうか、さっきの音は、コイツの頭の天辺が天井と擦れる音だったのか。
俺達の声に反応した肉団子の親玉は、楕円形の紅いゼリーみたいな目をコッチに向けると
「なっ!?」
「オイオイオイッ!?」
スタコラサッサと逃げやがったぞ、オイ!?
御丁寧にも、尻(?)から小さい肉団子をボロボロ落っことしながら逃げる肉団子の親玉。
「逃がすかぁっ!」
小さい肉団子を落っことしながら逃げる肉団子の親玉を、俺とボイドは追い掛ける。
此処のジャイアントアント達の為にも、テメェはブッ飛ばす!

×××

「待、ち、や、が、れぇぇぇぇぇっ!」
「くっ……なんて逃げ足の速さだ、差が縮まらん!」
肉団子の親玉を見つけた俺とボイドは懸命に狭い通路を飛ぶが、あんの肉団子ぉっ!
デビルバグも吃驚な程に逃げるのが速いから、差が縮まらねぇ!
御世辞にも自重を支えられそうにねぇ細い脚で、よくもまぁ、あんな速度で走れるもんだ。
コッチは天井とか壁にぶつかりそうで、怖いってのによぉっ!

「エヴァン殿!」
「ぬぁったたたっ!?」
ボイドの焦った声を聞いた俺は天井ギリギリまで高度を上げると、俺目掛けて跳びはねた小さい肉団子の何匹かが、俺に届かず地面にボテッと落ちる。
そうだった、差が縮まらないのはコイツも居るからだった。
距離を縮めようにも、コイツ等の特攻の所為で縮められない。
『風刃』で切ろうにもボイドと出会った時の二の舞になるし、こんな洞窟で爆発されたら二人揃って生き埋めだ。

「くっそぉ、水系魔法が使えればなぁ……」
水系魔法なら水で包んで爆風を無効化しつつ水圧で圧殺か、そのまま溺死させるって手があるが、生憎と俺は他の魔法は『障壁』以外サッパリだ。
「拙者も歯痒い思いをしておるのだ、ぼやいても仕方ないぞ」
ボイドの苦虫を噛み潰したような表情に、俺も釣られて顰めっ面になる。
ボイドはドラゴンだから吐息(ブレス)が使えるんだが、こんな狭い所で使ったら酸欠になるか、俺が燃える。
そもそも、爆発する肉団子に当たったら、誘爆で二人諸共吹っ飛んじまう。

「自爆肉団子を、ボロボロとぉ……ん? あっ、良い事思いついたぜ!」
逃げながら小さい肉団子を落っことす肉団子の親玉を、俺とボイドは自爆に巻き込もうと跳びはねる小さい肉団子を避けつつ追い掛ける。
距離の縮まらない追いかけっこの最中、俺はある方法を思いついた。
俺は剣指を組んだ右腕を前に突き出し、肉団子の親玉の『ある一瞬』を狙う。
前方の肉団子の親玉の尻(?)がポコリと膨れあがり、膨れた部分から例の小さい肉団子が生まれ落ちようとしている。
「其処、だぁぁぁぁっ!」
その一瞬を狙い、俺は『風刃』を放つ!
放たれた『風刃』は真っ直ぐに飛び、生まれかけの小さな肉団子を両断、両断された衝撃で小さな肉団子は自爆する。
そう、肉団子の親玉の身体を巻き込みながら、だ!
自爆する肉団子の所為で近付けないなら、ソレを利用する……完全に分離する前に衝撃を加えて爆発させ、その爆発で抉り取る!

「そうか、その方法があったか!」
俺の考えが理解出来たボイドは短く息を吸い込み、閉じられた唇の隙間からチロチロと炎を漏らしながら、小さな肉団子が生まれる瞬間を狙う。
爆発で焦げて、少し抉れた身体が再生しながら、肉団子の親玉は新たな自爆肉団子を生成しようとする。
「はぁぁっ!」
その瞬間を狙い、短くも気合充分な咆吼と共にボイドは球状に固めた吐息を撃ち出す。
放たれた吐息は寸分違わず自爆肉団子に直撃し、肉団子の爆発と吐息の業火が相乗効果で肉団子の親玉の身体を大きく抉り、焦がしていく。

「対策がとれた所で、後顧の憂いを断つとしよう」
そう言いながら、ボイドは速度を維持したままクルリと反転、せっせと俺達の背後を走る小さな肉団子の群に向かって……って、ちょっと待てぇぇぇぇっ!?
「かはぁっ!」
俺が止める暇も与えずにボイドは吐息を放ち、放たれた吐息は群の真ん中辺りに着弾。

―ドドドドゴゴォォ―――――――ンッ!

「ぬおぁぁっ!?」
「今度はお前かぁぁぁいっ!」
連鎖爆発に因る爆風が通路内を埋め尽くし、俺とボイドは慌てて速度を急上昇させて爆風と崩落から逃げる羽目になった。

〜同時刻・ブリチェスター内部〜
―……ゴォォ――ンッ
「…………?」
「何、今の音?」
ボイドが大爆発を引き起こした頃、エヴァン達と別行動をとっていたフェラン、コラム、キーンの三人は、微かな音と僅かな揺れに首を傾げていた。
目的は生存者の捜索と保護……女王の部屋がブリチェスター内で一番頑丈であり、生存者が集まるなら此処だろうというエヴァンの推測の基、女王の部屋を目指していた。
「爆発音、であるなら……私達の近くで、エヴァンさんとボイドさんが例の怪物と戦っているのかもしれませんね」
コラムの推測に、フェランとキーンは揃って頷いた。

コラムの推測が正しければ、エヴァン達と件の肉団子との戦闘に巻き込まれたら、二人の足を引っ張る可能性が非常に高い。
フェランとコラムは『偉大なる八人』の厳しい指導を受けたとはいえ、自衛なら兎も角、本格的な戦闘は実戦経験の少なさから不向きと言える。
コラムに至っては、未だに初歩的な攻撃魔法を体得すらしていないのだ。
キーンは本能で戦い方を熟知しているが、あくまでキーンのソレは水辺付近及び水中での戦闘技術であり、地上での戦いは不向き以前の問題だ。
実戦経験豊富かつ鋭敏な魔法的感覚を持つエヴァン、『地上の王者』と称されるドラゴンのボイドと比較すれば、彼女達はまだまだ未熟者なのである。

「女王様のお部屋は、一体何処なんだろ?」
「ボイドさんが言うには、巣穴の一番奥にあるそうですが……」
微かに聞こえた音から離れるようにフェラン達は移動を再開し、ブリチェスターの地図を読み込ませた通信球を片手にフェラン、コラム、キーンの順に行軍する。
未熟者かつ、自爆する小さな肉団子に有効打を持たないフェラン達は遭遇しないように、慎重に歩みを進める。

「んぅ? ねぇ……アレ、何だろ?」
どのくらいの時間を行軍していただろうか……先頭を歩くフェランが、何かを発見する。
フェランの視線の先には、質素ながらも荘厳さを漂わせる頑丈そうな鉄扉と、その近くで頻りに跳ねながら屯っている赤茶色の小さい何かの群。
赤茶色の小さい何かの群は扉を破ろうとしているのか、その小さな身体で扉へ体当たりをしているが、如何せん大きさが違い過ぎて一向に破れる気配は無い。
「ちょっと待ってください……どうやら、あの扉の向こうが私達の目的地のようですね」
コラムは首飾りのように提げていた通信球を確認し、扉の先が目的の……ブリチェスターを統べる、ジャイアントアントの女王の部屋である事を告げる。

「うえぇ……」
「コレは……」
「…………(顰めっ面)」
慎重に近付くフェラン達は扉の前で屯っていた赤茶色の群が何なのかを知り、足音―特に、蹄を持つコラムは尚更に―を立てないように、通路の角へと身を隠す。
群で屯っていたのは件の自爆する肉団子達であり、鉄扉を破る事に集中している所為か、背後に居るフェラン達に気付いた様子は見せない。

「体当たり程度だと、自爆出来ないみたいだね……」
「流石にソレだけで爆発したら、本体が無事では済みませんでしょうね……」
通路の角から頭を覗かせながら、フェランとコラムは悟られないように呟く。
コラムの言う通り、体当たり程度の衝撃で自爆したら、親玉から産み落とされて着地した際の衝撃で自爆し、親玉に損傷を与える事になる。
然し、三人にとって肉団子の群が扉の前で屯っている、この状況はかなり困る。
扉の向こうがフェラン達の目的地である以上、肉団子の群を突破しなければならないが、突破しようにも肉団子への有効打を三人は持ってない。

「でも、突破しないと駄目だよね……」
「「…………」」
フェランの言葉に、コラムとキーンは静かに頷く。
扉の向こうが目的地である以上、自身の持つ全てを投入して突破するしかない。
「それじゃ、頑張って女王様達を助けて、皆で帰ろう!」
「はいっ!」
「…………(グッ)」
フェランの覚悟を決めた声にコラムは短くもハッキリとした答えを返し、キーンは親指を立てて微かに口端を上げる。
そして、フェラン達は鉄扉の前で屯っている肉団子の群に挑む。
フェラン、コラム、キーン……魔物を害する怪物との、初めての実戦が始まった。
12/10/13 05:34更新 / 斬魔大聖
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■作者メッセージ
お待たせしました、魔物娘捕食者更新です。
一気に書き進めていたら、最後の更新から一週間近く経ってしまいました。
もうそろそろ、タグにその他が付いている理由を明かしますので、楽しみにしていてください。
後編はフェラン達の初陣、肉団子との決着、そしてボイドとのHシーンと盛り沢山です。

それでは、人物紹介と参りましょう。
―フランシス―
フェラン、コラムの魔法の講師を務めるバフォメット。
僅か八人しか存在しない世界最高の魔法使い・『偉大なる八人』の一人で、ローラがセレファイス発展で大陸を駆け巡っている時に彼女と知り合った。
他のバフォメットと異なり、男勝りな言葉使いなのは、本人曰く『昔の喋り方の方が性に合うから』らしい。

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