連載小説
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(98)サラマンダー
町外れの空き地で、サラマンダーと若い男が、剣を手に向かい合っていた。
二人とも手にしているのは、使い古された練習用の剣で、刃はつぶしてあった。
だが、二人の間に走る緊張感は、真剣を手にしているかのように重く、鋭かった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人とも無言のままで向かい合い、ただ静かににらみ合っていた。
間合いを測り、タイミングを計り、機を図る。
しかし、サラマンダーが静かに男を見ているのに対し、男の方はかすかに震えていた。
不安と緊張のあまり、剣の切っ先が小さく揺れている。
「どうした?こないのか?」
サラマンダーが、尻尾の炎を揺らしながら、口を開いた。
「お見合いじゃないんだ。にらみ合いを続けるようなら、試合放棄と見なすぞ」
「い、いえ・・・今行きます・・・!」
サラマンダーの言葉に男は剣を握り直し、すうはあと呼吸を重ねた。
そしてその直後、彼は剣を上段に構え、口を開いた。
「つぇぇぇぁぁぁあああああっ!」
やたら気合いのこもった、裂帛のかけ声とともに、男の体が動く。
踏み込みは鋭く、一足飛びにサラマンダーとの距離が詰まる。
剣が振り上げられ、男の腕に力がこもり、一瞬シャツの袖からのぞく腕が膨れ上がる。
力と速度と重量を備えた、不可避に等しい一撃だ。
相対するのが初めてならば、という条件付きだが。
「ふ・・・」
サラマンダーは、小さく吐息を漏らすと、剣の切っ先を残したまま一歩だけ退いた。
サラマンダーの剣と、男の剣が触れ合い、上から下へと続いていた太刀筋が歪められた。
加えて、サラマンダー自身が身を引いていたため、男の一撃はむなしく空を切った。
「はっ・・・」
手応えがなかったことに、男の口から裂帛の雄叫びの名残とも、驚きの声ともつかぬ物が漏れ出た。
そして彼は反射的に、件を構え直すより先にサラマンダーの方を見た。
「はい、おしまい」
男の額を、サラマンダーの握った剣の腹が、軽くこづく。
「あ痛・・・!」
「あいた、じゃない。全く、何だ今のは・・・」
手合わせを終え、剣を腰の鞘に戻したサラマンダーが、男にぼやいた。
「間合いも太刀筋も丸見えで、かわされた時のことをまるで考えていない。『カウンターしろ』と言っているようなものだ」
「でも・・・速度はあったでしょう、先生・・・」
剣でこづかれた額を擦りながら、男がそう口答えをした。
「速かったな。だが、それだけだ。いくら速くても、どこに突っ込んでくるか見えてるのは、止まってるのと同じなんだよ」
「そんなあ・・・」
全身全霊での、全力の一撃をそう評価され、男はがっくりと肩を落とした。
「ただ、速かったのはほめてやる。その速さをもう少しだけ、太刀筋に活かしてやれば、もっとよくなるはずだ。さ、今日は終わりだ。飯にしよう」
彼女は男のそばに歩み寄り、軽く肩をたたいた。
「もっと、強くなれよ」
そう言う彼女の尻尾の炎は、メラメラと大きく燃えていた。



練習用の剣を腰に下げたまま、二人は食堂も兼ねた酒場に来ていた。
日が沈み、一日が終われば酔客が溢れるが、今のこの時間はまだ食堂として使われていた。
「全く・・・筋はいいのに、どうしてそう力の掛けどころがズレてるんだろうなあ?」
パンとスープに揚げ物のセット料理を平らげながら、サラマンダーが傍らに座る男に問いかけた。
「僕としては、常に全力でやってるつもりなんですけど・・・」
揚げ物を肉と野菜の炒め物に変えたほかは、サラマンダーと全く同じメニューを口に運びつつ、男が答える。
「その全力の掛けどころがおかしいんだよ。アタシが『もっと速く』って言ったら、お前は速さに100掛けるんだ。速さに80、フェイントに10、残りの10は防御ぐらいに割り振らないと」
「そんなこと言われても・・・先生を前にしてるだけで、一杯一杯なんですから」
男の泣き言に、サラマンダーはため息をついた。
「あのなあ・・・アタシとの手合わせは、あくまで練習だ。本当に剣と剣をぶつけ合うときどうするんだよ。敵さんは、アタシみたいに剣の腹で軽くぶつぐらいじゃ許してくれないぞ?」
「そう言われても・・・」
「それに・・・アタシに勝てなかったら、いつお前はアタシをもらってくれるんだよ」
最後の言葉は、男には届かなかったようだった。だが。
「へへへへ・・・」
二人の後ろから、低い笑い声が響いた。
「ん?」
会話に割り込んだ笑い声に、サラマンダーは怪訝な声を漏らしながら振り返った。
男とサラマンダーの後ろ、テーブル席には男が一人腰を下ろしていた。テーブルに軽く沿った鞘に収まる剣を立てかけているところを見ると、剣士のようだった。
「『いつもらってくれるんだ』・・・か、お熱いねえ・・・」
ニヤニヤと、男はサラマンダーを見ながら言った。
「なんだお前。人の話を盗み聞きしやがって」
「おお、怖ぇ怖ぇ・・・そんなに怖かったら、ますます嫁の貰い手がいなくなるぜ?」
口先だけで怖がりながら、男はサラマンダーに向けて言った。
「なにが言いたい・・・」
「なーに。そっちのクソ弱っちい青瓢箪より、俺の嫁にならないか、って言いたいんだ」
「はぁ?」
男の突然の申し出に、サラマンダーは理解が及ばず素っ頓狂な声を上げた。
「俺も剣にはそこそこ自信があって、あちこち巡ってきたが、そろそろ身を固める頃だと思ってな。そしたらちょうどいい具合に、独身のサラマンダー剣士さんがいやがる。こりゃあ渡りに船だと思わねえか?」
「そいつは見当違いだね。残念だけどアタシは、とっくに売約済みさ」
サラマンダーはそう言いながら、傍らに座る弟子の肩を抱き寄せた。
「せ、先生・・・!?」
「おいおい、売約ってのは支払いができる奴が結ぶもんだぜ。そっちの兄ちゃんは、分割払いにしても払い切れそうにないが?」
「だから、アタシが鍛えてやってるんだよ」
恥ずかしげもなくサラマンダーが言い、抱き寄せられた弟子の顔が赤くなる。
「へへへ、ンなことしてたら、支払い金が貯まる前に腐っちまいそうだな。だが、俺なら今のお前を楽々貰ってやれるぜ?」
「お前・・・自分が何言ってるのか分かってるのか?」
サラマンダーを嫁に貰う。
それは、サラマンダーを圧倒し、自分の方が強いと主張することに他ならなかった。
「ん?分からなかったのか?だったらはっきり言ってやる。『お前を打ち負かして、嫁に貰ってやる』って言ってるんだよ、メストカゲちゃん」
「・・・・・・」
男のふざけた表現に、サラマンダーは静かに怒りが沸き起こるのを感じた。
「分かった・・・勝負してやる」
だが、彼女は怒りを押しとどめながら、静かにそう呟いた。
「いいねえ。いつ勝負にする?来週か?明日か?」
「今、この店の表でだ」
「いいのか?飯の途中だろ?『腹が減って力が出ないわぁ』なんて言い訳しても、許さねえぞ」
「お前を叩きのめしてから、残りは食べる」
そうだ。弟子である自分の思い人を馬鹿にされ、自分を楽に倒せると吹聴したのだ。
この男は、この場で叩きのめさなければ、気が済まなかった。
サラマンダーはイスから立ち上がり、店の外に向けて歩いていった。
「本気だ!本気でやるつもりだよ、このメストカゲちゃん!」
ともすれば、げらげらと笑い出しそうな口調で言いながら、剣士はサラマンダーの後に続いた。
食堂の外、入り口を挟んで十歩ほどの距離をとり、二人は向かい合った。
「で、勝負はどうする?三本?五本?」
「一本で十分だ」
刃を潰した練習用の剣とはいえ、鋼の塊に変わりはない。腕を切り落とすことはできずとも、骨を叩き折ることぐらいは可能だ。
「次に風が吹いて、あの看板が音を立てたら、始めだ」
食堂の軒下にぶら下がる看板を横目で示し、サラマンダーは剣を抜いた。日の光を浴び、鈍器と化した刃が鈍く輝く。
一方剣士も、剣を抜きはなった。緩く反った、片刃の細い刀身が、濡れたような光沢を帯びていた。
「・・・・・・」
サラマンダーが、剣を中段に構え、少しだけ腰を落とす。
「・・・・・・」
剣士が剣を片手で握り、サラマンダーに肘を突き出すようにして、刀身を自身の体に軽く当てる。
そのまま、二者の間に沈黙が流れた。
そして、二人の頬を、髪を微風が撫で、食堂の看板をキィと鳴らした。
瞬間、サラマンダーが飛び出した。
「!」
迫りくる剣撃を払い、防御から攻撃へ転ずる為の構えのまま、尻尾の炎を燃え上がらせながら向かってくる彼女の姿に、剣士の目が見開かれる。
無理もない、守りの構えをとるサラマンダーに攻め入る戦法が、突然突き崩されたのだから。
だが、剣士はサラマンダーがさらに一歩足を踏み出す間に、動揺を打ち消した。
サラマンダーと剣士の距離は、サラマンダーの跳ぶような踏み込みで数えれば、残り三歩。
間合いに入ったところで、攻撃でもって迎え撃てばよいだけの話だ。
剣士の腕に力がこもり、剣を振りかぶったに等しい力が込められていく。
サラマンダーがもう一歩踏み出す。
これで彼我の距離は残り二歩。もう一歩踏み出せば、完全に間合いに入る。
だが、サラマンダーは次の一歩で剣を振るつもりはなかった。次の一歩は歩幅の小さい、勢いを殺した一歩。
その一歩で剣士の距離感覚を狂わせ、サラマンダーが間合いの外にいるままで、剣を振るわせるのだ。
サラマンダーが見たところ、剣士の構えは速度と力を重視した、一撃で決めるための構えだ。
渾身の一撃さえやり過ごせば、剣士は完全に無防備になる。
だから次の一歩、いや、半歩にも満たない踏み込みで、勝負が決まる。
サラマンダーは、ともすれば変わらぬ速度と勢いで踏み込みそうになるのを、強引に押しとどめた。
そして、彼女の足が地面を叩く寸前、手を伸ばせば届くほどの場所にいる剣士の口から、短く言葉が紡がれた。
「虎伏撃壌」
その直後、止まるための半歩が地面を打ち、サラマンダーの手の中から、衝撃を残して剣の重みが消えた。
彼女の鼻先を風が掠め、遅れて目の前から剣士の姿が掻き消えていることに気がつく。
「あ・・・?」
剣は?剣士は?頭の中をぐるぐると疑問が渦巻き、数歩先の地面に剣が落ちてきた。
地面の上で鈍い刃が踊り、完全に動きが止まる。
弟子の男が剣を投げたのだろうか。後で叱っておかないと・・・。
「勝負、ありだな」
サラマンダーの背後から響いた声が、彼女を現実に引き戻した。
「・・・」
彼女がゆっくりと振り返ると、いつの間にか彼女の背後に回り込んでいた剣士が、彼女の首に触れるか触れないかのところで刃を止めているのが見えた。
それもただの寸止めではなく、片刃の刀身を反転させた上での、峰打ちの寸止めだった。
「な、何を・・・」
サラマンダーは、自身の敗北を認めるより先に、そう尋ねてしまった。
「へ、剣をはじきとばして、後ろに回って、その細っこい首ねらいで寸止めだ。分かるだろ?」
剣士の言葉と、転がる剣、そして体に残るかすかな感覚から、彼女は何が起こったかを遅れながら理解した。
今の一瞬で、サラマンダーは二度死んでいた。剣を弾き飛ばされる際に一度、背後からの首筋への一撃でもう一度だ。
だが、この剣士は怪我どころか、サラマンダーを負傷させぬよう気を使いながら、勝利を収めていた。
「さーて、約束通り、俺が貰ってやる」
「あ、あ・・・」
剣士の言葉に、サラマンダーは先ほど交わした約束を思い出した。
「ん?何なら、今から三本勝負にしてやってもいいぜ?」
彼はそう言うが、サラマンダーには三本勝負どころか、十本勝負に持ち込んでも勝てる見込みがなかった。
「い、いやだ・・・」
声を震わせながら拒絶の言葉を紡ぐが、彼女の体からは力が抜け、へなへなとその場に腰を下ろしてしまった。
「腰が抜けたか?なら俺が運んでやる」
剣士がサラマンダーの二の腕をつかんだ。その瞬間、彼女の体を軽い電流が走った。
へその下、下腹の奥がきゅんと疼き、全身が少しだけ熱くなる。
彼女の肉体が、サラマンダーという種族が、剣士という強い男を欲しているのだ。
「イヤ・・・やめろ・・・!」
しかし、肉体の反応とは裏腹に、彼女自身は弱々しいながらも拒絶の意志を露わにしていた。
そして彼女の尻尾で踊る炎も、弱く小さくなっていた。
「何だ?まさか自分が負けると思っていなかったか?ンなこと言えば許されるとでも思ってるのか?」
サラマンダーの二の腕をつかんだまま、男は続けた。
「安心しろ。一生大切にかわいがってやるからな」
「いや・・・いや・・・!」
口ではそう言うが、負けてしまったという事実にもはや彼女の肉体は抵抗する力を失っていた。
剣士がもう少し力を込めれば立ち上がらされるだろう。そして、そのまま。
「待てっ!」
サラマンダーの脳裏に浮かんでいた光景を打ち消すように、少しだけ震えた声が響いた。
「ん?ああ、お前は・・・」
剣士が食堂の出入り口を見ると、サラマンダーの弟子の男が立っているのに気がついた。
「先生を、放せ・・・!」
「お前・・・店の中で俺たちが何て話したか覚えてるか?」
男の言葉に、剣士は呆れたように尋ねた。
「このメストカゲちゃんは俺に礼儀とやらを教えるため、俺はメストカゲちゃんを嫁にするために決闘した。んで、俺の勝ち。何か文句が?」
「あ、ある!」
剣士の説明に、男は応えた。
「先生には、僕がプロポーズするつもりだった!だから、先生と結婚するというのなら、僕を倒してからにしろ!」
「へぇ・・・面白ぇ・・・」
男の宣言に、剣士がニヤリと口の端をつり上げた。
「決闘なら喜んで相手してやる」
「だ、ダメだ!」
剣士のどこか嬉しげな言葉に、サラマンダーが声を上げた。
「お前のかなう相手じゃない!おまえの気持ちは嬉しいけど、決闘はやめてくれ!」
「先生、ごめんなさい・・・」
サラマンダーの言葉に、男はすまなさそうに続ける。
「僕・・・ここであきらめたら、一生後悔しそうで・・・」
「そんな・・・っ!おい、お前!」
サラマンダーはとっさに剣士に顔を向けると、剣士の衣服をつかんだ。
「頼む!あいつと戦うのだけはやめてくれ!お願いだ!」
「んー、んなこと言われてもなあ・・・向こうから勝負持ちかけてるし・・・」
「お願いだ・・・!」
剣士の服をつかみ、すがりつくようにしながら、彼女は言葉を続けた。
「嫁からの、頼みなら聞いてくれるだろう・・・?」
弟子の体と自分の想いを胸中の天秤にかけた上で、彼女は剣士に向けてそう懇願した。
「嫁、ねえ・・・俺もそうしてやりたいのは山々だけど、お前の弟子が俺たちの結婚を認めないそうだからなあ」
剣士はニヤニヤしながら、サラマンダーの頼みを突っぱねた。
「あ、あ・・・!」
「安心しろ、なるべく怪我はさせねえよ・・・とっとと諦めてくれたらの話だがな」
サラマンダーの手をそっと衣服からはずすと、剣士は男を見た。
「さーて、何本勝負にする?」
「一本だ!」
「じゃ、失神するか、負けを認めたら負けでいいな?」
「望むところだ!」
緊張した面もちで、男は食堂の出入り口を離れ、剣士の正面に立った。
そして、腰の練習用の剣を抜き、正眼に構える。
一方剣士もまた、サラマンダーと相対したときのように、剣を片手に握り、折り曲げた肘を男に向け、刀身を体に軽く当てた。
「合図は?」
「風が吹いて、看板が鳴った・・・」
男の問いに剣士が答えようとしたところで、不意に二人の頬を風が撫でた。
瞬間、キィと看板が軋み、同時に二人が動いた。
剣士の姿勢が一瞬低くなり、男に向けて飛び出す。
迫る剣士の影に、練習用の剣の切っ先が下がり、防御の構えに入る。
そして、男の刃がほんの少しだけ傾き、金属音が通りに響いた。
「止めたか・・・まずは、合格だな・・・!」
刃を反転させ、峰を男の剣に押し当てながら、息がかかるほどの距離に迫った剣士がそう評価した。
「この・・・!」
目の前の敵の姿に、男が剣を握る手に力を込める。
すると、なまくらの刃がぎりぎりと剣士の剣を押し返した。
「お、お、お・・・!?」
徐々に押し返される刃に、剣士は地面を蹴り、後退しながら鍔迫り合いから逃れる。剣にかかっていた負荷が消え去り、男の剣が大きく空を切った。
大振りの、胴ががら空きになる空振りの一撃。
しかし剣士は、その隙に踏み込むことができなかった。男が、振り抜いた剣の速度をそのままに、刃の軌道を変えて切りかかってきたからだ。
「おうっ!?」
下段から迫る切り上げに、剣士は刃を残して退く。
細身の剣の切っ先が、男の剣の軌道を逸らすために彼の斬撃に触れるが、鋭い金属音を残して弾かれた。
そして、剣士の鼻先を刃が掠める。
「・・・!」
もう声も出ない。ただ、背筋を走る冷たさと、次の斬撃への予測が剣士を支配していた。
迫る一撃一撃を、剣士は身をよじり、退きながら、かわしていった。
男の動きには無駄が多く、ねらおうと思えば隙がいくつもあった。
だが、男の剣は速く、重く、隙に一撃をたたき込めば腕を切り落とされかねないほどだった。
「おぉぉぉおおおっ!」
男の口から気合いのこもった声が溢れ、彼の刃が加速していく。
剣士に向けられた彼の目には怒りの炎が宿っていた。
このままでは運が良くても相打ちだ。
「く、くそ・・・!」
剣士は一声漏らすと、勢いよく地面を蹴って、大きく退いた。
そして、男の刃を反らすのにばかり使っていた刃を、再び腕を折り曲げ自らの半身に押し当てた。
「虎伏・・・!」
剣士を追って迫る男に、彼は腰を落として身構えた。
「撃じょ・・・」
だが、剣士が迎撃する寸前、男は剣を振った。
上段から振りおろすわけでも、中段から横なぎに振り抜くわけでもなく、下段からすくい上げるようにだ。
ただ、その切っ先は地面に深々と食い込んだ。
興奮のあまり、自分の操る刃の長短も忘れたか。
剣士が内心で安堵しかけるが、男の刃は止まらなかった。
鈍ら刃が地面を切り裂き、土を掘り返しながら、振り抜かれる。
剣撃の勢いにより掘り起こされた土が勢いよく跳び、剣士の顔に当たった。
一時的に視界を奪う程度の意味しかない目つぶしにすぎない。だが、剣士にとっては致命的な一時だった。
「っ!?」
顔を打つ土の塊に、剣士は自分の周りが停止するのを感じた。
考えろ。この隙に考えろ。どうすれば生き残れるか考えろ。
男を迎撃するよりも、土を拭うよりも、もっと先にやるべきこと。
剣士は恥も外聞も捨て、脳裏に浮かんだ一つの可能性に身を任せた。
両足の力を抜き、その場に尻餅をつく。
ゆっくりと腰が落ちていく中、剣士の前髪を刃が掠めていった。
そして、尻から脳天に衝撃が伝わり、剣士の動きが止まったところで、彼の眼前に刃が突きつけられた。
「・・・降参、しますか・・・?」
異常に静かな声音で、男が地面に座り込む剣士に問いかけた。
「ああ、負けだ、俺の負けだ。ちくしょう」
剣士は顔につく土を払い落としながら、続けた。
「何が弟子だ、兄ちゃんの方がクソ強いじゃないか。何が『あいつとは戦わないでくれ』だ。こっちが怪我するかと思ったぞ。全く、新式の美人局かなにかかこれ?」
地面に座り込んだままぶつぶつと呟く剣士の眼前から、男は剣をおろした。
そして、弟子と夫になる予定だった剣士の決闘の行く末に、サラマンダーは呆然としていた。
「じゃあ、約束通り・・・」
「ああ、そうだ。サラマンダーは諦めてやる。ちっくしょう、ぬか喜びさせやがって・・・」
一言どころか何言も多かったが、剣士はサラマンダーを諦めたようだった。
「へ・・・え・・・あれ・・・?」
「先生・・・勝てました」
剣士をその場に残し、男がサラマンダーに向かってほほえんだ。
どこかほっとしたような、いつもと変わらぬ彼の笑みに、サラマンダーは自分が剣士のものでなくなったことを、遅ればせながら理解した。
「・・・・・・!」
彼女は弟子に向かって駆け寄ると、勢いよく抱きついていった。
「せ、先生・・・!?」
「うぁぁぁああああ・・・こ、こわかったぁ・・・」
突然の抱擁に男は目を白黒させるが、サラマンダーは彼の胸に顔を押しつけながら声を上げた。
「おまえの・・・おまえのものになるつもりだったのに・・・とられてしまって・・・こわかった・・・!」
「だ、大丈夫です、先生・・・僕が、取り戻しましたから・・・」
動揺しながらも、胸の中で泣くサラマンダーの背中に手を回し、男は落ち着かせるように撫でた。
すると、サラマンダーは泣き声を弱め、嗚咽し始めた。
「ええと・・・」
「おい、兄ちゃん」
どうしたものかと男が途方に暮れていると、ようやく立ち上がった剣士が声をかけた。
「いい加減家に戻るかどうにかしろ。天下の往来であんまりイチャイチャすんじゃねえ」
「す、すみません・・・」
先ほどの決闘の勝敗のことなど頭から消え去ったかのように、男は謝った。
「先生、とりあえず帰りましょう」
「うぐ・・・えぐ、えぐ・・・」
ぐすぐすと嗚咽するサラマンダーを抱きながら、男は食堂の前の通りを進んでいった。



そして、街の一角。サラマンダーと男が寝食を友にしている家に、二人は帰ってきた。
玄関をくぐる頃には、サラマンダーはだいぶ落ち着いており、自分の足で歩けるほどになっていた。
「ただいま・・・と・・・」
ぐったりと疲れを言葉ににじませながら、サラマンダーが家に入る。
「お帰りなさい、お疲れさまでした」
遅れて入ってきた男が、いつものように彼女に応えた。
披露しているのがサラマンダーでなければ、いつもと同じ帰宅の様子だった。
「先生、お風呂は?」
「今日は、もう横になりたい・・・」
廊下を進みながら、サラマンダーが応えた。
「じゃあ、僕は・・・」
「おまえも寝室に来い・・・話したいことがある」
いつもと変わらぬ日々に今日を埋没させるつもりはない。
そういう意志を師匠の言葉から感じ取り、男は表情に緊張を宿した。
サラマンダーは廊下を進んで寝室にはいると、ベッドに飛び込むように横になった。
「はぁ・・・今日は疲れた・・・」
枕に顔を埋め、尻尾の炎を揺らしながら、彼女が呟く。
「今日は、その・・・お疲れさまでした」
「お疲れだったのはお前だろう」
言われるがまま寝室に入っていた男に、彼女はそう返す。
「ところで・・・聞きたいことがある」
「はい・・・」
男は、サラマンダーの言葉に、覚悟を決めたような面もちでうなづいた。
「お前・・・今日は普段よりずっと強かったが・・・いつもは手を抜いているのか?」
「・・・違います」
表面上は静かだが、微かな怒気を含んだ師匠の問いに、男は顔を左右に振った。
「先生と向かい合うと、いつも妙に緊張してしまうんです。力を抜けと言われても全身ががちがちになって、もっと速くと言われたらそれだけしか考えられなくなる・・・それで、いつも組み手では先生に負けるんです」
男は、一度言葉を切った。
「僕はそれが実力だと思っていました。試合に臨んで緊張し、思うように動けなくなるところまで含めて、僕の実力だと。でも、今日の一件で、僕は組み手に緊張していたのではなく、先生と向き合うことに緊張していたのだとわかりました。だから、思う存分全力で動くことができ、先生を助け出せたんです」
男は、サラマンダーに向けて頭を下げながら続けた。
「先生、ありがとうございました」
「そうか・・・お前は、強くなっていたんだな」
そう。いつまでも物覚えが悪く不器用な弟子だとばかり思っていたら、いつの間にか自身を追い越していたのだ。
自分が枷となっているせいで、思うように実力を発揮できなかっただけなのだ。
サラマンダーは、自分自身が彼の枷となっていたことに対し、悔しさと嬉しさの混ざった、複雑な心地になるのを感じた。
「お前の実力を見抜けなかったアタシも、もう師匠業は廃業だな」
苦笑しながら、彼女はそう漏らした。
「そんな、先生・・・先生が辞めたら僕はどうすれば・・・」
「まだ学ぶべきところはいくつもあるが、お前がアタシよりずっと強いのは明らかだ。アタシには、もうお前にものを教えられる資格はないよ。それに・・・もう先生じゃなくて、お前の嫁さんになりたくてしょうがないんだ」
「・・・・・・は、え?」
サラマンダーの言葉に男は目を白黒させ、彼女はにっこりと微笑んで続けた。
「直接アタシに勝ったわけじゃないが、それでもお前がアタシより強い。もうお前は、アタシの旦那になれるんだよ」
ベッドに転がったまま、彼女は視線に期待を込めた。
「さ・・・アタシに勝ったら、言いたいことがあったんだろ・・・?」
「・・・はい・・・」
サラマンダーの促す言葉に、男は口を開いた。
「どうか・・・僕と結婚してください・・・!」
「もちろんだ・・・」
ずっと待ち望んでいた言葉に、サラマンダーは頷いた。
「来てくれ・・・お前を感じたい・・・」
「先生・・・!」
サラマンダーの両腕を広げながらの言葉に、男は彼女の名を呼びながら、ベッドの傍らから覆い被さるように彼女の腕の中に入った。
そして彼女は男の背中に両腕を回すと、軽く抱きしめた。
「ふふ・・・温かいな・・・」
腕の中、思ったよりも大きく温かな男の体に、サラマンダーがどこか嬉しげに呟く。
しかしその一方で、男の体には妙に力がこもっていた。
「おいおい・・・妙に緊張して・・・まあ、仕方ないな」
腕の中の男に向けて話しかけると、彼女は苦笑した。おそらく、男はこういったことについて経験はないはずだ。
ならば、緊張してしまうのも無理はない。
「なあ、こっちを見てくれ・・・」
「な、何ですかせん・・・んっ!?」
サラマンダーの言葉に顔を向けると、男の口を彼女の唇が不意に塞いだ。
柔らかな唇の感触が伝わり、全身へと温もりが広がっていくように感じる。
心地よい一方で、男は目の前にある師匠の顔に、呼吸の仕方を忘れてしまったように息を詰まらせた。
呼吸が止まり、徐々に意識がぼやけ、頭の芯がしびれていく。
そして、たっぷりと唇を重ね合わせて、サラマンダーが顔を話す頃には、彼の全身から妙な力みが消えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」
「これでいくらか落ち着いたようだな」
呼吸も荒く、いつしかサラマンダーの体を強く抱きしめる男の両腕に、彼女は微笑んだ。
「先生・・・もう一回・・・!」
「何だ?一丁前におねだりか・・・いいぞ」
荒い吐息に混ざる言葉に彼女が応じると、男は勢いよく彼女の唇に食いついた。
顔を右に左に傾け、サラマンダーの唇を味わう。
「ん・・・!」
二度目のキスだというのに、妙に積極的な男の唇を感じながら、彼女は男の背中を撫でた。
すると、彼の体が小さく震え、太腿のあたりに押し当てられていた彼の腰に固いものが現れた。
サラマンダーは彼の分身の存在を感じながら、そっと彼の衣服のボタンに手をかけた。
ひとつ、また一つとボタンをはずしていくと、男も彼女の衣服を脱がし始めた。
時折体が離れることはあったが、基本的には唇を重ねたまま、二人は互いを脱がせていく。
そして、数分後、二人は生まれたままの姿でベッドの上に横になっていた。
「ん・・・ちゅ・・・んむ・・・」
唇を吸い、声を漏らしながら、サラマンダーは尻尾の炎を燃え上がらせた。
そして男も、彼女と舌を絡めあわせながら、むき出しになった肉棒を彼女の太腿に押しつけていた。
屹立は彼の脈拍にあわせて脈動し、サラマンダーの両足の付け根は静かに濡れていた。
「ん・・・ぅ・・・!」
サラマンダーが小さな声と友に両足を開き、男を迎え入れる姿勢になる。
彼女の意図を読みとり、男はそっと腰を突き出した。
猛りきった男の肉棒が、サラマンダーの亀裂を押し開いていった。
「ん・・・!」
胎内に入ってきた男に、サラマンダーは鼻にかかった声を漏らした。
痛い。初めてなのだから当たり前だ。
だが、その痛みは今までに受けてきた傷のいずれよりも胸の奥に届く痛みでありながら、嬉しい痛みだった。
腕の中に男がいる。自分の中に男がいる。男が、自分を抱いてくれている。
今までの出来事はすべて夢だったのではないか、という疑いをすべてぬぐい去ってくれるような、喜びをもたらす痛みだった。
「んっ・・・!む、ぅ・・・!」
一方男の方も、初めて味わう女の体に、唇を重ねたまま鼻息を震わせた。
あれほど強く、大きかったサラマンダーの体が彼の下にある。しかも、腕の中にすっぽりと収まるほど小さく、柔らかだった。
今日まで過ごしてきた師匠の姿と、今まさに自分自身を突き入れているサラマンダーの姿が、男の意識の中で一つになっていく。
鼻をくすぐる、サラマンダーの香り。唇の間から漏れる、サラマンダーのあえぎ声。
その一つ一つが男の記憶の中にある、剣をぶつけ合わせた後に不和利と漂う師匠の香りであり、彼を叱咤激励してくれる師匠の声と結びついていく。
そして、男の胸の内にようやく、『自分は師匠を抱いている』という実感が芽生えてきた。
「ちゅ・・・んむ、ん・・・ぅん・・・!」
男がぎこちなく体全体を揺すって、肉棒を動かし始めた。
押し広げられた膣道がこすられ、サラマンダーは痛みと会館を同時に感じた。
だが、両足の付け根、へその下から生じる刺激は、彼女の胸の内で男に抱かれているという実感と一体となり、快感として意識に届けられていった。
「んぅ・・・!」
サラマンダーが眉根を寄せ、切なげな声を上げつつ、男の背中に手を回した。
むき出しの、驚くほど広くたくましい背中を彼女は抱き寄せた。
男の胸板が、サラマンダーの乳房を押しつぶすように圧迫し、男に抱かれているという実感を強める。
まだ足りない。もっと彼を感じたい。もっと全身で感じたい。
サラマンダーは胸の奥から生じる衝動のまま、男の体を抱きしめ、その腰に両足を回した。
膣に肉棒を出入りさせていた男の腰が、サラマンダーの両足に抱き止められる。
膨れた亀頭が、柔らかな膣肉を押し広げていく感覚が消えた。だが、肉棒が膣内で脈打ち、胎内を押し広げる感覚は、脈拍一通ツタ日に彼女を高めていった。
「んぐ・・・ぅ・・・ん・・・!」
一方男も、サラマンダーの全身での抱擁に、彼女の体の柔らかさと、肉棒に絡みつく膣肉を味わっていた。
動きを止められたせいで刺激が弱まったように思われたが、サラマンダーの膣道は屹立を断続的に締め付けていた。
心臓の鼓動にあわせて肉棒が膨張し、それを押さえ込むように膣壁が締め付ける。
乳房と胸板を押し当て、心臓の鼓動さえも共有しながら、二人の興奮は高まっていった。
そして、どちらからともなく、互いのもたらす快感と興奮に二人は達した。
「ん・・・!」
小さく声を漏らし、サラマンダーが両足で男の腰を締め上げ、その背中に爪を立てる。
全身を硬直させつつ、男が背筋を軽くそらして腰を突き出し、彼女の膣奥で肉棒を震わせた。
白濁が男の体内から、サラマンダーの胎内へとそそぎ込まれ、興奮の熱が移っていく。
腹の奥で弾ける絶頂の証に、サラマンダーは肉体が悦ぶのを感じた。
そして、たっぷりと男が精液を放ち、全身を脱力させたところで、二人は体から力を抜いた。
男が覆い被さるような姿勢から、性器をつなげたまま横臥する姿勢に変わり、絶頂の余韻に二人は浸った。
「はぁはぁはあ・・・」
重ねたままだった唇を離し、二人は荒く呼吸を重ねた。
すぐ目の前にいる快感に蕩けた表情の相手に、二人は脳裏のどこかで、つい今し方結ばれたことを静かに実感していた。
「こんな・・・ものか・・・」
下腹に残る精液の熱と、未だ胎内に収まる肉棒の感触に、サラマンダーが口を開いた。
「すみません・・・あまり、気持ちよくできなくて・・・」
男は、サラマンダーの言葉から不満めいたものを感じ取り、そう謝った。
「いや、そうじゃない・・・破瓜の痛みが、こんなものだったのかという意味だったんだ・・・その、すごく気持ちよかった・・・」
どこか恥じらいめいたものを語調に滲ませながら、彼女は男に向けて言った。
「こんなに気持ちいいのなら、毎晩でも・・・お・・・!?」
サラマンダーの言葉が、不意に途切れた。彼女の膣内で、肉棒が膨張したからだ。
恥じらいを滲ませながらの、気持ちよかったという言葉に、男が琴線をくすぐられたからだ。
「せ・・・先生・・・!」
男はそう彼女を呼ぶと、自身の疲労を押さえ込みながらサラマンダーに抱きついていった。
「ちょ、ちょっと待て、もう少し休んで・・・んぁっ・・・!」
寝室にサラマンダーの甘い声が響いた。
12/12/19 18:48更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
ラジカセ犬理論をご存じだろうか。
子犬の首輪と大きなラジカセの取っ手をひもで結ぶのだ。
子犬はしばらくの間は自由になろうと、ラジカセを引っ張るだろう。
しかし子犬の力ではラジカセは動かせず、いつしか子犬は挑むことをやめてしまう。
そして子犬が成犬となり、ラジカセなど軽々と動かせるほどの運動能力を得ても、ラジカセを動かそうとすることはない。
なぜなら犬にとってラジカセは、『絶対に動かせないもの』なのだから。
人についても同様のことがいえる。『絶対に勝てない』『絶対にできない』そう思いこんでしまえば、勝てないし、できないのだ。
本作のサラマンダーの弟子も、『先生には勝てない』と思っていたから、今まで勝てなかったのだ。
読者諸君よ、君たちの首からつながるひもの先にあるラジカセは、本当に動かせないものなのか?
今一度、挑んでみる勝ちはあるのではなかろうか。
もちろん私もラジカセに挑む。
『ゲートは開かず、図鑑世界に行くことはできない』などというラジカセなど、動かしてみせるさ。

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