連載小説
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堕落ルート ―偽り人の言葉―
       

ディユシエロ王国の王宮内。そのとある廊下には一人のメイドがいた。何も載っていない皿がいくつも重なった台車を転がしているのはこれから食器を片付けに戻ろうとしている最中だったのだろう。
そんなメイドの前に俺様は立っていた。

「…いけません、勇者様。私にはやるべき仕事がありますので」
「そんなこと言わずにさぁ、メイドのお仕事だったら俺様が口添えしてやっから一緒に遊びに行こうぜ?」
「…メイドの仕事はメイドしかできません。いくら口添えをしてくださっても仕事を遅らせることになるのは事実です。貴方様の気まぐれで迷惑をする人がいるのです」
「そんなこと言わずにさぁ」

短い髪の毛を揺らしさっぱりとした言葉で俺様を拒絶する。それでも俺様はめげずに普段やっているように優しく言葉を囁いてやり、メイドの肩に手を置いた。それでも彼女は仕事が一番と言わんばかりに冷たい視線を俺様へと向けてくる。

「…結構です。私には遊びに行く余裕はありません。やらなければならない仕事が山積みなのです」
「そう言わずにさぁ。俺様、君みたいな可愛い子猫ちゃん放っておけない性分なんだよねぇ」
「…私は仕事を放っておけない性分なもので」

このメイド、随分とお堅い性格をしているらしい。騎士の様な生真面目さというか、修道女の様な堅実さを持ち合わせているというか。
だからこそより燃え上るというのがナンパ者の心。冷たいからこそ、素っ気ないからこそこちらを向かせたときの達成感は半端なものじゃない。

「仕事仕事ってそんな仕事ばっかしてると心荒んじまうぜ?」
「…荒んだところで私の心はご主人様だけのものです。いくら口説かれようとも私は頷きませんから時間の無駄ですよ」
「…ご主人様?あぁ、姫様達の事か」
「…いえ、ご主人様です」
「んん…?」
「少しよろしいかな、勇者アイル殿」

メイドの言葉に怪訝に片眉を吊り上げていると後ろから声を掛けられた。低くも通った、気品のある声はこの国の人間ならば誰もが敬い崇め称える存在であり、言葉が持つのは神の意志と言われているもの。

「ん?教皇様」
「…失礼いたします」

声のする方へ振り返った次の瞬間メイドは俺様から逃げるように頭を下げて行ってしまう。その肩を掴もうと手を出すも彼女は台車を押したまま器用に体を逸らし廊下の奥へと消えてしまった。

「待ってくれよ!!………だぁーったく、何してくれんだよ教皇様よぉ」
「由緒正しきディユシエロ王国の女中の一人を口説かないでいただきたい。貴方はこの王国の四人の勇者なのですから。神も申しております。勇者としての品格振る舞いをすべきだと」
「仕方ねぇだろ、『この世界』の女性は皆美女ばかりなんだ、口説かねぇと勿体ねぇぜ」
「ならその前に勇者としての務めを果たしていただきたい」

教皇様は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこに描かれているのは綺麗な羽ペンの跡。上品かつ丁寧な美しい文字の羅列だった。
それを見て俺様は目を細める。

「…ふうん?」

羊皮紙の最後に書かれているのはこの国に住む者なら誰でも見たことのある紋章。
そして、一人の名前。目の前にいる教皇様よりも高く、この国の頂点にいる者の一人を示すものだ。

「…王女様直々に俺様にご命令かよ」
「ええ、そうです」

内容は至極単純なもの。だが単純であっても実際にやるとすればかなりの労力と力を必要とする。人間一人には到底こなせず、軍一つを用いてようやくできるかできないか。そんな仕事を俺様一人でやれということらしい。

「…ふぅん。こりゃまた面倒な仕事だな」
「これぞ勇者の使命でしょう。その分報酬もあるのですから文句は言わないでください」

そう言って教皇様はどこからか大きく膨らんだ袋を取り出した。わずかに揺れただけでも小さな金属の擦れる音が聞こえてくる。それを見せつけ教皇は何も言わず笑みを浮かべた。
聖職者には似合わないとても凄惨な笑みを。

「やっていただけますね」
「ああ、いいぜ。こんな街一つ、消してやるよ」

受け取った袋は片手で持つにはあまりにも重すぎた。ちらりと中身を伺えばそこにあるのは目もくらむような大量の金貨。これだけあれば普通の人間なら一生遊んで暮らしていけることだろう。
その袋を肩に背負うと俺様は不敵な笑みを浮かべるのだった。
裏切りの口説き文句14/04/20 22:20

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