連載小説
[TOP][目次]
その10 新たなる敵 
病院の窓から漏れる日の光に『魔物屋』店主フランクは煩わしい気分になり窓のカーテンを閉め日の光を遮った。
 部屋の中はきわめて風通しがよく、空気が淀まないよう一定時間窓を開け空気の入れ替えをしている。そのためか部屋は澄み切ったように清澄な空気が辺りを包み非常に快適だった。
 今フランクのいる病室には、今もまだベッドの上に長く眠り付く黒髪の若い男が静かに寝息を立てながら横になっている。黒髪の若い男は顔の所々に白いガーゼだらけで、まるでミイラの様な状態になっていた。
 まだ眠りから覚めることは無く、口から微かに呼吸をする様な音が聞こえておりそれ以外に変化は全くない。時折寝言の様に何かを怯えて言うことも何もかもフランクには全く分からなかった、うなされ長い性質の悪い悪夢でも見ているのだろうとフランクは思考する。
 (一体何の夢を見ているんだ…?)
 フランクがアレンを覗く瞳には、はるか遠くを見渡しフランクの知る限りのアレンの過去を頭の中で垣間見ていた。しかしそれに該当するような出来事は分からなかった。
 一週間前にフランクの旧友であるこの街の長ヨシュアから、約束の日に中々屋敷から戻ってこないアレンを出迎えに、自警団を引き連れ例のロッドケースト邸に赴き屋敷中を探索したと聞かされる。
ヨシュア率いる自警団達は屋敷内や外を探索していくうちに、屋敷の中庭の方からその前日行方不明になったセイレーン親子の無残な姿を発見し、屋敷の地下にて屋敷の主ロイ=ロッドケースト氏の地下研究室にて意識を失って眠る手負いのリザードマンの少女、その先に続く隠し階段から裏庭へと探索の範囲が広がりそこからアレンが大の字に倒れている姿が発見され急いで保護をした。
裏庭に広がっていたのは、何もなく土色が広がり続ける荒れ果てた終末を迎えた様な荒野の爪痕、そこには緑あふれる自然が広がり野生の動物だけでなく魔物達も生活していた、そこで一体何があったのかは定かではない。ただ確実に何か強大な力同士がぶつかり合い起こったように想像される。
彼らが驚かされたのはそれだけではなかった。屋敷の地下研究室には化け物に拉致された大量の行方不明者の遺体が発見され、どうやら何かの実験材料として扱われていたようだった。部屋に残された資料から『生と死に』ついて研究をしていたことを知り、ロッドケースト氏の研究レポートからあの例の化け物について書かれた生態資料まで発見される。  しかも研究室には量産化され水の入ったケースの中に眠る化け物が幾つも発見され直ちに処分し残った一体を研究班に引き渡した。
しかし屋敷の主であるロイ=ロッドケースト氏の姿は見つからず、地下の大きな広間にて彼だと思われる焼け焦げた真っ黒の灰になった遺体だけが見つかっている。
他にもすでに白骨化した二人の少女の死骸が発見され、一人は朽ち果てた使用人の服フリルのついた長いロングスカートを身に纏っており、もう一人はロッドケースト氏の娘であるエミリア嬢だと断定された。
「ふぅ…」
フランクはいつもと違う沈んだ面持ちでベッドに眠るアレンを見つめる。
アレンを見ているといつも思いだしてくる。
フランクは瞼を閉じて頭に次々に浮かんでは消えていく過去の記憶を思い出す。元々フランクは反魔物派一派が統括する地域に生まれ、そこで教会に仕える聖騎士として世の平穏を目指しながら日々を生きていた。
聖騎士としての生活は決して楽なものではなかった。毎日が死と隣り合わせの日々で、今日苦楽を共にすることとなる友となった仲間達は、その翌日に教会の敵『魔物』達との激しい交戦の中で殉死し、戦の中で荒廃した大地に溢れるほどの残された者達の涙が流しつくされていったことを思い出す。自身を生んでくれた親よりも先に死に、愛する者を残してそのまま帰らぬ人となってしまうことなど、フランクが過ごしていた環境ではそれがいとも当然の様に起こっていた、またそれが世の常であった。
それは教会や教会に属していた聖騎士のフランク達だけではなく、敵の『魔物』達も同様であった。彼らにも親や親しい友やまたは恋人もいたであろう、その中で彼らは自身の属する指導者と国のために自分を待ってくれる者達の戦ったのだ。
交戦中の真っただ中、当時フランクは教会が編成する聖騎士含む歩兵本隊の切り込み隊長として敵の部隊達と交戦、次々と敵の屈強な騎士デュラハン達や妖しげな魔術を使う魔女や魅了の能力を使い敵を攪乱させるサキュバスを退け、教会の各分隊達を先導し一気に勝利へと導くなど、フランクは実に優秀であった。
敵はフランクの名を戦場で聞けば大いに恐れ戦き戦意を喪失させていった。
それは当時のフランクには最高の栄誉だったように感じたことがあった。今にして思えば自分は一体何を考えていたのだろうか?何人もの関係のない人間達を巻き込んでいったあの戦いに最高の栄誉がある?と疑問視している
魔物討伐と銘打って実はただの虐殺行為を繰り返していた自分、その中で自分の周囲だけが消えていき残され独りぼっちになっていく、いつも生まれてくるのは言いの様のない悲しさとぽっかりと黒く周囲を覆っていく虚無感だけ。
馬鹿馬鹿しい…。
昔のことを思い出しフランクは自嘲するように口元を吊り上げる。何故か視界がぼやけてはっきりとしない、頬を何か熱いものが伝って顔が熱湯をかけられたように熱く感じる。
アレンとはとある戦争(任務と言った方がいい)の戦場で出会った。その時アレンはまだ幼い子供で親魔物派の町が燃え盛る中、町の広場にアレンは大の字で服をボロボロにさせ倒れていた。アレンと出会ったきっかけでフランクは教会を裏切り教会の勢力から逃げるように町を転々としアレンと一緒に放浪生活をした。そうしていくうちにいつしか『魔物屋』と呼ばれる店の主人と遭遇し長く続いた苦しい放浪生活に終わりを告げ、そこで住み込みとして働くことになり月日を重ねメキメキと頭角を現すようになった。
現在はその主人はすでに亡くなり店はフランクが継ぐようにと主人の遺言から今に至る。アレンが『魔物狩り』を生業にするようになったのはフランクの影響、フランクは教会の聖騎士としての経験を生かし、ずっとアレンに師範として鍛錬をさせていた。
元々アレンには素質があり何事も吸収することにも長けていた。フランクは協会に所属していた頃魔術よりも剣術のほうが優れていたため、アレンが魔術の才能を見出した時フランクは専門外のことに正直戸惑いが多く、あまり教えることができなかった。
(コンコン…)
病室の外から扉をノックする音が耳に入りフランクは元の現実に戻る。
「…どうぞ」
「アレン元気か〜!?…ってフランク?」
外から飛び出すように入ってきたのはアレンと同じ同業者、エリスというリザードマンの少女だった。
彼女の片腕には白い包帯が幾重にも巻かれまだアレンと同様に傷は癒えていない、腕を固定されているためにあらゆる行動に制限がかかっている。
「おぉ…エリスか暫く見なかったが怪我の方はどうだ?」
フランクは慌ててエリスから背を向けた。過去の古傷の感傷に浸り涙でくしゃくしゃになった顔をエリスに見られ余計な心配をかけたくなかった。
当然の如くフランクの妙な様子にエリスはいささか首を傾げ訝しげな表情を浮かべる。
「うん…まだ時間がかかるそうだが、結構これでも大分腕を動かせるようになったからな」
エリスは包帯が巻かれ固定された腕を得意げに大きく動かし、上機嫌な様子で凛々しい顔つきが途端に柔らかくなって少し口元をキュッと笑って見せる。
「あ、そんなに動かしたら傷口が広がって…」
「あっ!?イタッ…」
フランクの注意が遅れて、エリスは急に激痛に襲われ手で包帯に巻かれた腕を優しくさすり蹲る。
「あぁ…やっぱり…」
フランクはまだ顔に残る涙をエリスに見られないように拭いながら近づく。
「ほらっ…立てるか?病み上がりのくせしてそんなことしていたら病人に逆戻りだぞ」
いつもこんなことは絶対にしない人間なのにと、フランクは胸中で疑問を抱く。
「すまない、やっぱり体が鉛みたいに重くて動かない。体を動かないと何故か落ち着きが無くなるんだ…」
リザードマンの性質なのかどうかは知らないが、彼女達は性質として運動能力に優れているため日々体を鍛えることが多いらしい。そのため本来生息している暗く長く陰湿しか感じない洞窟から飛び出して、世界中を旅してまわり日々鍛錬を重ね自分よりも優れた人間を探し経験を積み重ねているのだろう。
そうなると彼女達は一日中体を動かさなければ、一日が終わったなんて思えないのだろうと感じる。
フランクの脳内に、リザードマン達が必死に自身を鍛えるために激しい運動をする様子が鮮明に映し出され、とても納得できるワンシーンに感嘆としてしまう。
(水の様に滴る汗に服が透けて、そこからあられのない鍛え抜かれた健康的かつ柔らかな肢体が薄らと垣間見えてくる…。出る所は出てスラリとした程良い肉付きでスレンダーなのにすっきりせずその中には奥深い赴きがあり…)
ある種のマニアにとっては激しくある欲を持て余すことになるだろう。どこかからは知らないがこの如何わしく思わせる妄想に共感する人間がいるのだろうか?(居て欲しいなーこの稚拙な文では分からないが…この高鳴る胸の鼓動は抑えられないのだよ!これは!)
「まぁ、ここに掛けて待っていてくれ…」
寝床代わりに縦一列に並べていた椅子の上から、敷いていた長いこと使用され皺だらけになった毛布を取り、椅子の上を手で払いエリスの前に椅子を置く。部屋の隅にどけていた机を引っ張り出し椅子の前に置いた。
「すまないフランク」
「いやいやそんな…」
フランクは笑いながら受け答えると部屋の流し台の方へと姿を消す、暫くするとそこから包丁とまな板の上にリンゴを乗せて現れる。
「リンゴ?」
「あぁ、昨日街の中はどこも活気づいていてどこにも店があってねぇ〜、過去に何度か訪れたことあるんだが、相変わらず色んな物を売っているから正直言うと新鮮なんだよなぁ〜…」
フランクは遠い目をして昔何度か足を運んだ時のことを思い出しているようだった。
「住んでいる街と違ってここは昔から魔物達が多いから賑やかで楽しかったのを思い出すよ。路上でゴブリンの夫妻が果物を販売していてな、夫妻にちょっと声を掛けられて立ち寄ったら話が面白いと言ったらなんのその、いや〜人とこうして面と向かって話したのは久しぶりだなと思ったよ、奥さんのゴブリンさんの魅惑の商売文句に折れてつい買ってしまったよ!」
語るフランクの表情は何とも楽しそうであった。
その様子にさきほどまで少しおかしな感じだったフランクに、訝しげだったエリスは自然とほおを緩め口から笑みがこぼれてくる。
(なんだ…いつものフランクじゃないか…)
少し息をついて一安心するエリス。
「さぁとっとと食べようか、リンゴ!アレンの分は残しておこうかな…」

人が闇を恐れるのは、原始の時代から続く本能であると、昔学校に通い図書倉庫で見つけ興味をそそられ読んだ本に書かれていた内容だ。
本当に本の書かれているとおりならば、今の自分はその本能がすでに壊れてしまっているに違いない。
空は赤い夕焼けに染まり、鬱蒼と生い茂る森の小道に妖しげな空気を漂い辺りから野生の獣や魔物達の声が聞こえ始める。獲物である人間を躍起になって狙い、ギラギラとした笑みを浮かべながら獲物を待ち続けているのだ。
しかしその禍々しさを辺り一面に漂わせる森の小道の真ん中に居る私には、それがこんなにも居心地の良いものであると思えるのだから…。
それでもかつてこの街の森の小道を訪れた時と、今この地を訪れた時の私の奥深くに秘めた胸中の思いは違い、昔と異なり今はかつてないのほどの昂りで私の胸中は一杯に溢れそうだった。
顔から下の首元以外のほとんどは黒一色で統一され、ある種の威厳と高貴を兼ね備えた軍服に体は温かく包まれているにもかかわらず、寒さを防ぐ軍服に隠れた肌は依然として鳥肌を立て、抑えられずに外へと溢れる昂りによりそれは収まることは無かった。
噂にだけは耳にしていた、すでに街は変わり次々と人や魔物達が行き交うようになり街は今全体が賑わいを見せている。ほんの一昔前まで、金があってもありとあらゆる物は買えず不便であった。
しかし不思議なことに街の住民たちの間には、そのような環境でありながらも何か余裕があり、困っている人が居れば皆で助け合ったり、悩みがあればたとえそれが些細なことであってもそれに皆は一緒に答えを導き出そうと悩んだ。そこには清澄とした水が湧く泉の如く温かい人情味が溢れ住民は皆誰しもに興味や関心を持っていた。
しかし今は違う、『魔物』と言う第二の人種がその輪の中に加わり共存しようとしている。いつの間にか変わりゆく環境に街の人々は、『魔物』達をその興味や関心で受け入れたが、そのすぐ後に皆何を焦る必要があるのと思うほど急ぎ、ただひたすら街を大きく賑やかにするべく疾走し始めた。その焦りから周囲が見えなくなり、やがてそこから彼らの長い時間をかけゆっくりと紡いだ環境の中で生まれた『余裕』は薄れつつあった。
『魔物』達は人には無い物を持ち、それが街の環境をジワジワと侵食し変えていった。中々手に入れられない物でもそれを『魔物』達が持ち、今ではいとも容易く見つけそれを手に入れることができるようになってしまった、そして男達は人間の女性には無い『魔物』達の美しい魅力にとりつかれ、一緒に暮らし始めてとうとう人であることをやめ始めてしまう愚かな愚者が現れる始末。
それだけではない、今まで平穏かつのどかであるがそこに優雅かつゆったりと流れるとても長い至福の時を過ごす人々はいなくなり、そこには余裕がなくなり荒んでしまった心を外へと曝け出し、人は人を殺すというとんでもない罪を犯し始め、街は一途に治安が悪くなり街の中に負の活気が満ち始めたのだ。
それを象徴するかのごとく『魔物』達には秩序と呼ばれる物が存在しない、そのため怠惰となり姦淫に耽り人を惑わす極めて凶兆の存在である。
やがて森の小道を抜けると、毒々しい光を放つ妖しげなランプが幾つもある街の通りの中に入った。ここは、街のもう一つの顔を垣間見せるあの負の活気に満ちた通りなのである。
あちこちがひび割れ、舗装もろくにされず打ち捨てられた道を進むと、嫌になるほど感じる魔物達の妖気。肌を大胆に露出させ扇情的な格好をした娼婦の魔物が妖しく微笑み魅惑の眼差しで人間の男達を虜にしようとする。
そこを出歩く人間は皆男ばかり、一人の男は嗜虐的な笑みを浮かべるアラクネの女に手を誘われそのまま建物の間の中へと消えて行く。ある男は、サキュバスの娼婦に魅了の魔法をかけられ、マリオネットの様に操られ彼女の元へ近づいていく、そのまま彼女の瞳に吸い込まれ目はだらしなく蕩け彼女の姿しか映っていないように見える、男の顎をしなやかなに彼女は手で撫でる仕草をし、そのまま男の顔に近づき濃厚な口付を交わす。
独り寂しくつく街灯の下には、数多くの男女が激しく交わり奇妙な熱気を帯びた雰囲気に包まれていた、しかし彼らの目に私の姿は映っていないだろう。それはきっと彼らが私を見ていないからだ。
「んひゃあぁうううぅっ! きゃうっ…う、ううっ…あうううぅ…んうああぁ…! こんなぁ…! あ、熱いいぃっ…熱いのがでてるううぅっ!」
「はぁ…あぁっしゅ、しゅごいの…しゅごいの貴方のがぁ〜!」
けがわらしい喘ぎ声と耳障りな肉同士がぶつかり合う音に、私の耳は腐っていく。そして体の奥底から抑えきれずにこみあげてくる衝動を何とか手に握り拳をつくることでこらえる。
(とっととここから去らねば、もはや目的は達成した…あの屋敷にはもう用は無い)
私はあの屋敷からそろそろ頃合いと判断して、急いで押収したレポートファイルを握る手に力を込める。(案の定街の自警団達があの屋敷へと赴く姿を確認し、少し狼狽はしたがあれは私の計画の脅威にならないと判断し無視した)
やはりあの屋敷の主人はいなかった。それもそのはずあの男は私の長い月日をかけた策略にはまり、甘い言葉に騙され必死になり私の手駒として働いたのだから、すでに誰かの手によって、あるいは自ら身を焦がし滅ぼしたのであろう。
私に騙されているとは知らず、愛する人間を生き返らそうとする愚かで世の理に反する非常に罪深い選択をしたのだから、普通はこんな夢物語に騙されるわけがない。
しかし私の場合は違う、ちゃんとした事実に基づきそれを真っ赤な嘘の中に交えて遺伝子学の権威であるあの男に話をしたのだ。
嘘というのはその中に真実の部分をある程度含ませることにより完璧に成立する。
私はその時のことを思い出し思わず黒い笑みをこぼした、私の向こう側でせっせと姦淫に耽る男女にはその笑みの姿は見えていないだろう。だから外へとそれが自然に漏れたのだ。
しかし、あの男女たちの中に居ることは不快であることには変わりない。
あの頃からか…全身が泡立つようにそのまま溶けて消えてしまいたくなるほどの憎しみに身を苦痛に焦がしたあの時から、密かにこの世から消えて居なくなることを望み存在することが苦になった自分…。
あの恐ろしい出来事により言いようのない憎悪に駆られた瞬間は、一生忘れることができない。
それまで幾度か人を憎んだことはあった。
殺してやりたいと思ったこともだ。
しかしあの時の激情と比べれば、これらの感情は非常に児戯に等しい。
必ず復讐を果たす。
そう誓いを立てそのために長い長い年月をかけ、準備を密かにしてきてそれが今ようやく現実の物となる時がきた。
私の一世一代の復讐劇はあの時からすでにもう静かに幕が開いている。ゆっくりゆっくりと水が小さな雫となって地面へと落ちるほど静かに幕は上がり、そこから身を奮い立たせるような轟きと興奮が待ちかまえている。
あの時の私は腑抜けになった抜け殻その物、何一つの物事が虚無化され目に映るものすべてが暗く陰鬱としたものとなっていた。
不思議なほど冷静だった。これからなしえていくための幾つものの難題が、まるで子供の宿題の様に容易く思えてしまうほど。
あれから、もう一つの顔を象った仮面をつけることで少しずつ腐り始めていく自身が、頼もしくて仕方がない。
計画はすべて順調に滞りなく密かに進んでいる。
次の難題に向けて今着々と準備をし始めている頃だ。
今日はその計画の核となるレポートファイルを回収してきた、あの日のためにこれは絶対に必須になるのだ。
復讐は完璧に遂行される、そして確実に成功する。例え誰かがこの私の企みに気付いたとしても、それを止めることは限りなく不可能に近い。
もう、何年も前からすでに動き始めているのだ。運命の歯車は回り始めている、それに私が油を注いでしまったがために止まることは無い。
無論、私自身もそれを止めることはできない。
さぁ…戻らねば、戻り早く計画の礎として彼らに動いてもらわなければならない。
私はある程度人を動かす地位に今いる、それはこの日のための計画を遂行するために必要だったことだからだ。私の嘘で塗り固めた虚構の思想に共感した愚かな人間達の集まりでできた派閥を造った。
時間はまだ息苦しくなるほどあった、だから早く実行したいのだ。
どうすることもできない憎しみで熱く煮えたぎる自分の不安定で弱い心が冷めないうちに。
いつの間にか私は街の外へと出ていた、その際何があったかは分からないが意識をしない内に勝手に足が進み、広い街中を進んでいったのだ。
何時しか私の目は、暗い街灯に照らされ妖しく光を放っていたことを誰も気づくことは無かった。


「アルトホルム港攻略にて、我が軍から増援を要請したいとの伝令です。今現在状況は、敵大将バフォメット率いる邪宗教団体サバト、新魔物派により構成されたバフォメットに味方する自警団の連合軍による防衛戦を展開し、我が軍は苦戦を強いられています。
アントホルム広場にて敵は陣取り、サバトのデュラハンによる歩兵分隊が我が軍の聖騎士の分隊と衝突し、圧倒的な戦力の差を見せつけられ我が軍の兵はデュラハンの分隊に敗北。捕虜とされデュラハンの連中に生捕りにされ皆インキュバス化され、そして我が軍から離反し敵軍の勢力と化して寝返りを始めています。魔女たち中心に構成された魔術部隊の遠距離攻撃による攻撃により我が軍の被害は甚大になっており…」
教団第4分隊歩兵部隊隊長バルドレン=ターナーの凛とした張りのある声が、教団本部司令室に重く響く。
彼の目の前には教団最高司令のダモンが玉座に座り、何やら彼の側ではとり巻きと思われる、高価な服に身を包んだ第一身分の貴族出身者達の目は、出世欲に駆られ薄汚くギラつかせ取り入ろうと必死な様子であった。
「なんだと…いずれ我が軍は壊滅、そして奴らは報復としてこのユエルに攻め入ることになる…。そうなれば長き戦いで疲弊しているこのユエルは崩壊し、我々の身が危険です!ダモン司令早く我々だけでも…」
取り巻きの一人である第一身分の貴族出身の幹部は、頭を抱え顔面を蒼白とさせながら体を震わせ覇気のない戯言を口にする。その姿は神に一生の忠義を誓った聖騎士の取る言動とは思えないものであった。
それはただ自分の保身だけを第一として考える、国民達を置き去りに逃げるばかりの愚かな政治家のなれの果てであった。
(第一身分の下衆共が!ふざけた戯言を…しかし魔物どもめ、やはり連中は我々人間にとって恐ろしい以外の何者でもない…)
バルドレンは早速保身に走る愚かな幹部達を前に、あきれ果て連戦で凝り固まった肩を竦め目を伏せる。
アントホルム港にてユエル軍の進軍について自身なり考察をしたバルドレン。自尊心ばかり高い、この第一身分の聖職者や貴族出身ばかりで固められたこの参謀陣は、物量にも勝るアントホルムに駐在するバフォメットの連合軍と真正面から衝突し勝てると本気で思っている。何というあからさまに軍所属経験のない浅はかな無能連中であろう、絶対に人が殺される瞬間や血を流し祖国を憂いながら死にゆく者を見たことが無いのであろう。
戦うことを忌嫌い、自分だけ助かりたいがために直接戦場の現場に赴くことも一度たりともない。
バルドレンにとって全くもって国民達の存在を蔑ろにする非常に許しがたき存在であった。
そしてこのユエル国を統括する教会直属の十字軍総司令のダモンもまた、取り巻きと同じく第一身分の国の皇室と繋がりのある絵に描いたような貴族出身の貴族至上主義の人間である。
(ちなみにこのユエル国には身分制があり、ピラミッド状になって一番上のピラミッドに入らない頂点の君臨する存在であるこのユエルを納める王族、その下でピラミッドの先っぽに値する王族に近い身分の第一身分、この身分に属する者達は皆貴族出身や家柄の良い聖職者たちばかりで構成され、特別条項として皆にかかる税金は免除され非常に優遇されている。
ピラミッドの真ん中に位置する第二身分は、富裕層で固められ中流階級の貴族や中級市民など中途半端でどっちつかずの人間で固められている。第一身分同様税金が免除されておりそれなりに優遇され第二身分から第一身分へと昇格した貴族や中級市民、聖職者たちも少なくはない。
そして一番下の第三身分は所得の低い農耕民や平民、商人などを中心として固められ、割合の比率はその半数を超え一番数の多い身分である。低所得であるにもかかわらず重い税金を課せられ、さらに日々の生活は苦しいものである。上の身分者からは蔑む対象として見下され、非常に肩身の狭い境遇の中にいる。ひどい生活環境の人間にはほとんどの収入が税金として徴収され、城下町の裏通りの浮浪者として日々生きる者は少なくない)
バルドレンはこの身分制の中で、一番下の第三身分に属する地方貴族出身者にあたる。なおかつ直系の血筋ではなく分家の血筋にあたる。
元々ターナー家の分家出身で次男坊にあたるバルドレンは、長男ではないため元々家に継ぐことがなく日々を自堕落に自由奔放に生きてきた。それを見かねた兄に誘われ、分家が納める領地の自警団員として職務を全うすることになった。
そこからバルドレンは趣味として武術の心得を習っており、兄の勧めには意外にも好意的であった。好戦的でその類まれる長い時間をかけ静かに研ぎ澄まされた才覚をふんだんに発揮し、親魔物派との交戦で団の切り込み隊長として活動、様々な戦いを経験しその豊富な経験から圧倒的な自身の力で敵一個小隊を壊滅させるほどの実力を持っていた。
親魔物派の兵からは『果敢なるターナーの獅子』と呼ばれ恐れられるほどに。
月日がたちバルドレンの父が親魔物派との交戦で戦死すると、すぐさま自警団の隊長であった兄は家を継ぐため隊長を辞任、その後任としてバルドレンが隊長に就任することになった。
その直後、本家のターナー家にてある不幸な出来事が起きる。当主であったバルドレンの叔父が戦死し、後継ぎの問題に発展する。後継ぎである子息がまだ幼いために、分家同士で壮絶な骨肉を争うような事態に陥ることになる、その混沌とした渦の中にバルドレンは当主としていつの間にか名乗り上げられてしまう。
その結果、戦い経験のあり人望も厚いバルドレンが相応しいと判断され、バルドレンは親族たちの勝手な取り決めにより第8代目当主として継ぐことが決定されることになった。
覆ることのない運命に翻弄されたバルドレンに、容赦なく悪意の火の粉が降りかかることになる。交戦により戦死した前当主が不本意に残すことになってしまった負の遺産。親魔物派の交戦に敗北してしまった原因を、当時対立していた貴族達になすりつけられその責任をバルドレンが負うこととなった。
今の現状、第三身分にまで降格させられ領地を大幅に没収されるなど、極めて厳しい処分だった。
たとえ貴族出身であってバルドレンの生活は非常に苦しく、上の身分の貴族出身の人間達から見下され、疎外される現状は決して変わることはない。
「いえ、この状況を突破する打開策はあります…」
非常に落ち着いた抑揚のある理知的に思わせるような声が、指令室に突如重く響く。
「!?」
「なんだと?はっ…お前は!」
バルドレン達の目に映ったのは黒い軍服姿の男。それはダモンの幹部きっての切れ者、ベルホルト=ホークの姿であった。



11/01/30 20:12更新 / 墓守の末裔
戻る 次へ

■作者メッセージ
バルドレン=ターナー
性別 男 年齢25歳
所属 教会直属の十字軍歩兵分隊隊長。ベルホルト派。
ターナー家の若き当主、不幸に不幸の連鎖が続き望みもしなかった当主の座に座ることとなってしまった悲しい人物。ベルホルトの思想に非常に共感しており、彼の国家思想に多大な影響を与えている。
武器 『爆剣』という大型の剣を使用し敵を玉砕する。彼の身長ほどある大型の盾で身を守りつつ、偵察兵並みの大きな機動力を持ち進撃する。迎撃時はサブマシンガンを改造して造られた特別な専用の銃を使用する、威力は強力で射程範囲はスナイパーライフルの如く広い。装填数は40発の機関銃仕様。ベルホルトから銃を賜れた。

ベルホルト=ホーク
性別 男 年齢不詳
所属 教会直属の十字軍参謀兼特殊部隊隊長。ベルホルト派の中心人物。
長くから教会に属する古株の人物の一人で、非常に明晰な頭脳と指揮能力が長けており今のユエル国が存在しているのは彼の力によるものが大多数。第三身分から第一身分にまでのし上がった唯一の人物である。ユエル国の絶対王政に反対しており、人民による人民のための政治を説く民主主義論を展開し、第三身分者を中心に支持を集めている。
そのため第一身分の人間から忌み嫌われているものの、彼の力は認めているためあまり強く進言することはできず、非常に屈折した思いを抱いている。
人と一定の距離を置いて話しており、何を考えているのかは計り知れない。


主要キャラをほったらかして悪役をメインにしています。
魔物娘でてるからいいですよね?多分。




TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33