連載小説
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10.エリン
はあー、よかったー。
ブレイブは森で倒れているところを見つけられ、ケルンの家に運び込まれました。しかし、なんだか衰弱しているようでもあり、全然目を覚ましてくれないので、本当に気が気ではありませんでした。
このままブレイブが、ブレイブが、死、うぅぅぅぅっ。
本当に目を覚ましてくれて良かったです。

ブレイブを見つけて運んできてくれたのはボロボロのマントをまとった女性でした。
いくら体を隠していたって私にはわかります。この人は女性です。しかも、まだ魔物になっていないエルフです。
少ししか話してくれないし、話しても低く掠れた声なので、魔力の質で判断しました。
そんなエルフがこんな森をうろついているだなんて珍しいですね。格好といい怪しいところだらけです。
でも、ブレイブを見つけてくれたのは彼女なので、いくら怪しかろうが彼女には感謝しても仕切れません。

「エリンっていうのですよね。改めてお礼を言わせてもらいます。ブレイブを見つけてくれてありがとう」
私は深く頭を下げます。
酔っ払いトカゲも頭を下げています。いくら私が悪いとはいえ、ブレイブのピンチに酔っ払っていたことには違いがありません。彼女にしては珍しい、バツの悪そうな顔をしています。

「エリンさん。助けてくれてありがとうございます」
ブレイブもお礼を言います。ちゃんと言えて、感心です。
「道案内もしてくれて、石像も倒してくれて。あの時のエリンさんはすごくカッコ良くて憧れます。僕はこれからエリンさんを目指して頑張ります!」
「ブレイブ!?」
今の言葉はききのがせません。一体何があったのでしょう。
ブレイブが今までにもなくキラキラした目でエリンを見つめています。
「エリン、何があったのか教えていただけないでしょうか。事と次第によっては、許しませんよ」
「そんな目で私を見るな。私はその日暮らしの放浪者だ。君の憧れるようなものじゃない」
私なんて歯牙にもかけず、ブレイブの目から逃れようとします。
「いいえ、そんなことはありません。僕はあんなに格好いいものを見たことがありません」
なおも食い下がり続けるブレイブに、エリンは諦めたようにため息をつきます。
「好きにするといい」
そう言いながらエリンは家を出て行ってしまいます。
「待ってください、エリンさん」
ブレイブが追いかけていきます。
「ちょっと、ブレイブー!?」
本当に何があったのでしょうか、ブレイブがあんなにも懐くなんてただ事ではありません。

「貴女らしくもない」
ヴェルメリオが私に近づいてきます。
「何が?」
「最近の貴女の流れならば、ブレイブハーレムに加えると言い出しそうなものなのに」
「そうね。確かに普通のエルフならそう言います。でも、あのエルフは違うでしょう。ヴェルちゃんだって分かっているくせに」
「ええ、確かにあのエルフは違う。何がとは分かりませんが、本能の部分で警戒してしまいます。いえ、警戒でもなく、これはむしろ畏れのような」
「私の魅了も効かないし、人里に降りて魔物娘と接しているというのに、サキュバスの魔力が影響を及ぼしている様子も全くない。耐えているわけではなく、関係性がないと言った方が正しいでしょう」
それに、貴女は彼女に勝てる?、と私はヴェルメリオに半ば挑発的に尋ねます。
「勝てます。と言いたいところですが、正直わかりません。動きだけを見れば、街であった神父の方が強いと言えます。しかし、それだけでは無い何かが彼女にあります。彼女に勝つ道筋は見えますが、勝てる気がしない」
「ホント、何なんでしょう。彼女は。ブレイブが懐いているのもその部分が理由なのかしら」
私はエリンとブレイブが出て行ったドアを見つめます。

私が見ていると、ドアが開いてエリンとブレイブが戻ってきました。エリンは心なしうんざりしているようです。
エリンはブレイブの首根っこを掴むと私に、投げました。ブレイブに何てことをするのですか!
私は飛んできたブレイブを自慢のおっぱいミットでキャッチします。
「むぐぅぅぅ」
「やっとブレイブを直に抱っこできました。もう放しませんよー」
私はブレイブを強く抱きしめます。ああ、柔らかい。アンちゃんに阻まれて感じられなかったブレイブの体温、匂いを直に感じることが出来ます。
このまま、ベッドにダイブしてしまいそうです。
固いアンちゃんはどうしたか、ですか?。あの後、しばらくして復活したのですが、エリンがブレイブを連れてきてから自己嫌悪で部屋の隅に引きこもっています。部屋の隅には鎧のオブジェが膝を抱えて後ろ向きに座っています。

「そいつを捕まえておけ。私に子守りをさせるんじゃない」
「子守りって、ブレイブは立派な男性です。ベッドの上ならドラゴンにだって勝てますよ」
「おい、私がいつブレイブに負けたのですか。そもそも同衾すらしていません!」
だから、時間の問題でしょうに。ヴェルちゃんはまだまだ認めるつもりは無いようです。
「?、お前の子供じゃなかったのか。夫、なのか。それは済まないことを言った。見たところ、子供がいても十分おかしくない年に見えた」
エリンはそう言って、私とヴェルメリオを見ました。

ふっ、ふふふ。
「ぶっ殺す!」
御年1300を越えるヴェルメリオはともかく、まだ200もいっていない私に向かっていい年ですよね、みたいなことを言ったこいつは許すわけには行きません。
私は思わず右手に魔力を込めて、魔法陣を描きます。


現時刻の天球図を反映させて描く魔法陣は世界に刻み込まれ、既存法則を捻じ曲げる。闇の無い空間から闇が生まれ光を喰らう。
迸る魔力の渦。ヴィヴィアンの体に宿る魔力を起爆剤として、世界の魔力を汲み上げる。供給される二つの魔力は螺旋状に絡み合いながら魔法陣を走る。
「ヴィヴィアン!、それはやり過ぎです。カッとなったで済むレベルの魔法ではありませんよ」
「こいつは許せないことを言いました。私の年に関しては何も言ってはいけません。喰らいなさい!」

”カースデッドストリーム”
魔法名の宣告によって、幻想が現実を食らう。その宣言は死の宣告と同義。
魔法陣から闇の濁流が溢れ出る。濁流は無数の手が束ねられたものであり、生者を引きずり込もうとする亡者の群れ。
濁流に混じるのは、怨嗟に染まった彼らの瞳の赤。
怨嗟を撒き散らしながら、エリンに呪いの奔流が迫る。


「魔物娘になってしまいなさいぃぃ!」
無数の怨念に私の呪詛が乗って彼女に向かいます。

それを彼女は、
「これは高かったのだが、私が引き起こしたのだから仕方がないか」
懐から鏡を取り出してかざしました。
亡者の群れは鏡に吸い込まれていきます。
「何それ!?」
見たことないアイテムに私は驚きを隠せません。
「護法鏡。任意の攻撃を鏡の世界に飛ばすことが出来る。生物は飛ばせないんだが、亡者は生物としてカウントされずに飛ばすことができてよかった」
私の魔法を全て吸い込んで、鏡は割れました。
「信じられない。魔力が空にならないように調整したとはいえ、さっきのは街一つ押しつぶせる威力だったのに」
「かなり本気じゃないですか」
ヴェルメリオが疲れ切った様子で言いました。
私の魔法を防ぐことができるアイテムがあるなんて。
「やはりそんな威力だったか。虎の子のアイテムだったが、惜しまなくて正解だった」
それでも、エリンは残念そうな様子です。私はそれで怒りを収めることにしました。

でも、怒りが収まらないのが一名、残っていたのでした。
ぁンっ❤︎
私の胸がぷるぷると揺れました。
「ブレイブ、私の胸に顔を埋めて我慢できなくなってしまったの?」
私は手を緩めてブレイブが顔をあげられるようにしてあげました。
そこにあったのは、今まで見たことのなかったブレイブの怒った顔でした。
「どうしたのですか、ブレイブ。そんな怖い顔をして」
私は平静を装いつつ尋ねます。
「エリンさんにそんな危ない魔法を打つなんて」
え、それで怒ってるの。
「ヴィヴィアン、放して」
「は、はい…」
何でしょうか、この圧力は。本当に何があったのでしょうか。私のブレイブが私の手から離れていってしまうような。
「僕はヴィヴィアンのことが好きだから、ヴィヴィアンが何をしても嫌いになんてなれないです。でも、悪いことをしたヴィヴィアンをそのままにしておくと、もやもやします」
「はい」
「だから、今からヴィヴィアンにお仕置きをします」
「え、それは」
暴力的にですか、性的にですか、それとも言葉責め?。お仕置きという言葉が私の中で勝手にご褒美に変換されています。
あ、でも本当にエッチ禁止とかのお仕置きだったら、耐えられません。私の中で不安と期待がごちゃまぜです。

「ケルンさん、奥の部屋を借りてもいいでしょうか」
「い、いいけど。汚さないでくれよ」
「ごめんなさい、掃除はちゃんとやります」
ブレイブは私の手を引いて、奥の部屋に引きずり込みます。
きゃー。

ぅふぁっぁぁぁぁっぁっぁぁぁぁ❤︎
防音の魔法をかけたので、声は外に漏れていないはずですが、喉がつぶれそうになるくらい私は喘ぐことになるのでした。
ブレイブが、ブレイブがあんな。
確かにご褒美ではあったのですが、あれはいつもはいいです。いつもだと私が壊れてしまいます。
リリムの私にここまで言わせてしまうなんて。ブレイブ、恐ろしい子。
お仕置きでもあり、ご褒美でもあり、筆舌に尽くしがたいプレイだったとだけ言っておきましょう。





「いつもこんな風なのか」
「はい」
「そうか。苦労しているんだなお前も。私の近くにもバカップルという類の奴らはいて、見ていると鬱陶しいことこの上ない」
ヴィヴィアンがブレイブに”お仕置き”されている最中に、ヴェルメリオとエリンは共通の話題を見つけて愚痴を言いあっていた。
もちろんサテュロスウィスキーを飲み交わしつつ。
2人で樽を一つ開けたということだ。




ブレイブに”お仕置き”された私は、足腰が立たなくなり、ケルンの家にみんなで泊めてもらいました。

真夜中、私は家を抜け出します。なんとか立てるようにはなりました。
夜に飲み込まれた森は、昼間とは全く違う顔を見せます。
木々から漏れる月明かりだけが頼りの暗がりの中では、木々のそこかしこに魔物娘ではない、魔物にすらなりきれないような何かの気配が感じられます。

私はエリンに呼び出されていました。
エリンはブレイブが名残惜しそうにしていましたが、日が沈む前に家を出ていました。

「それで、何か用かしら」
「お前の名前はヴィヴィアンというのだったな」
「ええ、今更何を確認しているのでしょうか」
「闇の叡智(ダック・ミーミル)。間違いないな」
彼女の言葉に私は身構えます。私をそう呼ぶのはあいつらだけ。
「ルチアというヴァルキリーからお前に伝言だ。森の王冠は手に入れた。だそうだ」
「そんな、どうして。アレは厳重に封印されていたはず。それに、あなたはあいつらとどういった関係なの」
返答次第では、昼間のものとは違う、本気の魔法を叩き込むことになる。
「私は別にあいつらの仲間じゃない。あいつが王冠を奪うところに出くわして、お前に伝言を届けて欲しいという依頼を受けただけだ」
「王冠を奪うところって。王冠を封印していた場所にはエルフの里があったはずよ。エルフたちも抵抗したでしょうし、あいつがタダで済ますはずがない。エルフたちはどうなったの?」
「お前の想像している通り、女子供も含め皆殺しだ」
彼女の淡々とした言葉には憐れみも怒りもなく、ただ事実だけがありました。
「そんな酷い。あなたはその光景を見て、それを行ったルチアに会ったのでしょう。同胞のエルフが殺されたのにどうしてルチアの依頼なんて受けているの!」
冷酷に過ぎる彼女の様子に私は思わず詰め寄ってしまいます。
「どうして、と聞かれれば、それは金をもらったからだろう。私は義賊じゃない。金のために戦場を駆け巡る傭兵だ。そこに義憤も誇りもない。あるのはただ契約書で交わされるビジネスだけ。同胞といっても他人でしかない。私に民族意識なんてものを期待されても困る」
エリンはむしろ呆れるような様子を見せています。
「それに私がルチアを殺せば、死んだエルフは戻ってくるのか?。私は出来ることはするが、出来ないことはしない。夢見がちなお姫様、目標があっても出来ないことは出来ないんだ。どうしても目標を果たしたければ、その前段階で出来ることに変えてやらなくてはいけない」
「あなたにとって出来ないことだっから、ルチアへの報復を切り捨てた。いえ、その口ぶりではあなたにとってする必要性がなかったから出来るようにしなかったということかしら」
「その通り」
「とんでもない実利主義のリアリストね」
「私は不器用でね。出来ることをやることしか、出来ないんだ。お前はそれ以上を望むから苦しむのだろう、ドリーマー」
彼女の言葉には自嘲的な響きが混ざっていて、私だけに向けた言葉ではないようでした。おそらく彼女が今の彼女になるまでには、私にも計り知れないような経験をしてきたのでしょう。救えるのは自分の手が届く範囲だけで、その他は意識的に切り捨てなければやっていけないと思うような。
ブレイブは彼女の手の届く範囲にいたということでしょうか。
「どうしてブレイブを助けたの。それも依頼?」
「気まぐれだ。面白そうな子供がいたから拾ってみた。それだけだ。あいつが助かったのは、私が哀れに思ったからではない、単に興味を引いたからだ」
「今の話は絶対にブレイブにしないでちょうだい」
ブレイブには理解できない話でしょう。彼女のいうドリーマーであるブレイブには。
「ああ、これは無料で請け負おう。何せ、もう会うことすらないだろう。ほら、来たぞ」
「まさか」
私は頭をよぎった悪い予感に慌てます。大丈夫、あっちにはヴェルメリオがいる。たとえ酔っていたとしても、ブレイブを守るためだったら、負けるはずはないし、戦闘の音すら聞こえてはいない。
でも、遮音の魔法は私もよく使っているものです。


私が必死で自分を落ち付けようとしていると、周囲の気配がはっきりとした形を持ちました。
”マザー、作戦終了デス”
「ご苦労、こちらに被害はあるか?」
”ロットキャップヒェンが軽微の負傷デス”
「事前予測の範疇か?」
”イエス、想定範囲内デス”
「そうか、ケチらずに、ヴォーパルも呼んでおけばよかったな」
”ノー、問題ありまセン”
「了解、お前も先に戻っておけ」
”イエス、サー。マイマザー”
気配が消える。先ほどまで森に満ちていた妙な気配も消えています。
エリンは懐から葉巻を取り出して火をつけ、口元をあらわにして葉巻を咥えました。
綺麗な顔をしているが線は鋭く、野生の獣のような雰囲気を持っています。


「何を、したの?」
「何、簡単なお手伝いだ。彼らが品物を運び出すまで、リリムとドラゴンを足止めしろと言われていた」
彼女の言葉に私は歯噛みをしてしまう。
「もし彼がさらわれていた場合、あなたたちの手を借りるという依頼はできるのかしら」
「悪いが、大口の雇い主から戻って来いと言われている。ルチアの依頼を受けたのはバカンス中の小遣い稼ぎに過ぎない」
煙を吐きながら彼女はこともなげにいう。これから最悪を想定して動かなくてはいけない。
ルチアが本当にブレイブをさらったのならば、痛めつけるのも殺すのもきっと私の前で行う。
あいつはそういう女です。
「あなたは自分が助けた男の子がどうなっても構わないというの?」
「やれやれ、私に情が通じると思うのか?。もちろん構わないとも。私には関係がない」
私は魔法を撃ち放ちたい衝動を必死で堪える。
「しかし、あの子供は大丈夫だろう。何せ、勇気の火を手に入れることができた」
「勇気の火?」
「言葉通りのものだ。ああいった手合いは辛くても苦しくても最後まで生き残る。もっともその後で笑えるかどうかはそいつ次第だ」
エリンはもう言うことはないとばかりに、葉巻を吸いきって灰を宙に蒔きました。まるで何かに手向けるように。
「さて、私はもう行こう。これで会うことはないと思うが、縁があって都合がつけば、君たちの依頼も喜んで請け負おう。正直なところ、君たちのことは嫌いではない。御用の際はこのラクリマで連絡してくれ。マザーグース傭兵団団長エリンに直接依頼ができる」
エリンは私にラクリマを投げ渡すと、夜に溶けるように去っていきました。





私が戻ったケルンの家は破壊されていました。
家も作業場も、跡形もないくらいに。
残っていたのはヴェルメリオとアンだけ。二人とも結界に閉じ込められていたようで、傷自体はほとんど負っていませんでした。
話からすると、マザーグース傭兵団というものが持っていたアイテムにやられたようです。

ヴェルメリオもアンも己の不甲斐なさに憤っています。

ルチア。私の宿敵。
何よりも光り輝く金の髪と、血に濡れた紅い瞳を持つヴァルキリー。彼女は何かしらの力によって魔物化を免れて、地上でも純粋なヴァルキリーとして活動を続けています。
ブレイブは必ず取り戻します。
覚悟しておいてください。
16/05/28 12:10更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
エリンと傭兵団の出番はここまでです。ずっと構想だけを練っていたお話の登場人物で、ブレイブたちよりも歴史は深いです。今回は友情出演です。
内容的に別のサイトであげることになると思いますが、その話も形にしてご紹介できればと思います。

明日から旅に出ます、探さないでください。
感想の返信は遅くなってしまうとは思いますが、返信は必ずいたしますので悪しからず。

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