連載小説
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特別を貴方に


やけに大きく見える満月が、静かな世界を青白く照らしている。


ここに来るのも久しぶりだ。
以前は、毎日ここで鍛錬をしていたのだが、それも妙に懐かしい。
竹林の間を縫うように設けられた林道を抜けた先にある小さな広場。
私と、彼が、初めて拳を交わした場所。

少し肌寒い風が吹き抜けると、世界が波打つように竹林が揺れた。

静謐な空間とは裏腹に、私の身体は下腹の辺りを中心に、狂おしい熱が渦巻く。
もう、何度も経験してきた劣情の嵐。
この時期が来るたびに、理想の自分と現実の私の差異に苦しんできた。
美しい満月も、今は恨めしく感じる。


彼は、来てくれるだろうか。


熱で火照る頭に浮かぶのは、二か月前に此処で出会った彼の事ばかり。
正直に言ってしまえば、必ず彼は来てくれるという根拠のない自信はあった。
卑怯な女だ。
あんな風に言質を取って、突然消えてしまえば、彼が追いかけてくれることは分かっていた。
彼は、眩しい程に真っ直ぐだから。
彼は、自分の発言に、武人としての心意気に、背くことはしない。
だからこそ、甘えてしまった。

尊敬する彼を、彼の美しく強い精神を、逆に利用するような真似をした自分への嫌悪感。
自分から、自身の獣性を見せる事への羞恥が拭えなかった。
だから、あくまで彼に引き留めて欲しかった。
せめて、彼に追いかけてきて欲しかった。
尊大にも程がある。
私は、卑怯だ。


彼の道場から飛び出して、もう二日。
一人でずっと旅をしてきて、孤独を感じたことなどなかった。
だというのに、今は独りの世界に押しつぶされそうになっている。

「袁参殿…」

誰にいう訳でもなく、彼の名を呼ぶ。
私の理想の武人。
卓越した技量。洗練された精神。

彼の道場に招かれて、長居は出来ないと分かっていたのに、ここまで過ごしてきた。
いずれ、私に発情期が来て、一番に迷惑がかかるのは袁参殿だ。
下手をすれば、道場の門下生にも迷惑をかけるかもしれない。
早く出ていかなければと思えば思うほど、あの道場の居心地の良さが惜しくなってしまった。

例えば、私が魔物娘ではなかったなら。
普通の人間の女性として、「バケモノ」扱いされない、普通の武人として生きていたなら。
私と彼の関係は、どうなっていただろう。
少なくとも、こんな風に孤独に苛まれることはなかったのではないだろうか。

詮無い思考が、とめどなく溢れる。
彼を思う度に高まる熱が忌々しい。

「袁参殿…っ!」

もう一度、振り絞るように彼の名を呼ぶ。
助けて。
苦しい。
彼に、聞こえる訳もない。
本気で返事を、求めていた訳でもない。
だというのに。


「李星。待たせたな。」


「あ……」

予想外の返事。
思わず、背筋が伸びて、耳が跳ねる。
何度も聞いてきた、低く落ち着いた声。
胸に、暖かな感情と、狂おしい程の熱が沸き立つ。
やはり、来てくれた。
彼が、来てくれた。

「全く、こんな所で何をしているのだ。
 もう、夜は冷える。早く戻るぞ。」

その声音は、普段通りの彼のもので。
声を聞くだけで、下腹がキュッと締め付けられるような感覚がした。

「…袁参殿。来て、しまったのか。」

「当然だ。」

あっけらかんと彼が言い放つ。
その優しさが、胸に痛い。
背中越しに彼の気配を感じるが、振り向くことが出来ない。

「私は、もう、貴方の道場には戻れない。
 今にも、貴方に襲い掛かってしまいそうなんだ。
 だから、もう、お別れだ。
 最後に、貴方の声が聞けて、嬉しかった。」

声が震えそうになるのを、必死で抑える。

「頼む。何も言わず、帰ってくれ。
 貴方に、獣に堕ちた私を見せたくない…!」

「断る。」

「ぐっ…、頼む、袁参殿、お願いだ…。」

「断る、と言っているだろう。」

唇を噛む。
何故、分かってくれないのだ。
油断すれば、すぐにでも彼を押し倒してしまいそうだというのに。
自分で場所を指定しておいて、あんまりな言い草ではある。
しかし、実際に今、彼が来てみると、想像以上に私には余裕が無かった。
いよいよ、膨れ上がった感情を抑えられず、振り返って怒鳴りあげようとすると、目の前に紙の束を差し出された。

「…門下生全員分の嘆願書だ。
 言葉は色々だが、込められた思いは一つ。李星に、帰ってこいと言っている。」

「え…?」

「言っておくが、私から彼らに書かせたものではない。
 私が此処に向かう前に、彼らから手渡された。
 道場を預かる身として、門下の者たちの期待を裏切る訳にはいかんだろう。」

差し出されるままに、紙束を受け取るとその重みに驚く。
相当な量だ。
この重みの意味を受け止めかねていると、袁参殿がまた口を開く。

「…それに、言ったはずだ。
 『武人に、二言はない。』
 李星が、本心から道場を去りたいというのなら、私には止める術も、権利もありはしない。
 だが、約束したからな。
 君が望まぬ形で、去って行くのは御免だ。
 どんな君も拒絶しないと言ったのに、それを証明もさせてくれないのは、少々酷いのではないか?」

「違う…。違うんだ。
 門下の者たちが見てきたのも、袁参殿が知っているのも、私の本性ではないんだ…!
 本当の私を見たら、貴方たちは幻滅してしまう!」

吐き出す。
熱で茹った思考では、勝手に開く口を止められない。
駄目だ。こんな情けない姿を、彼に見せたくない。

「貴方の前では、武人でありたいんだ…!
 私は、どこにでも居る魔物娘だけど、貴方にとってだけは、特別な個人でありたいのに!
 このままでは、私は…!」

「…すまないな。
 本当なら、ここで李星が心変わりをしてくれるように言葉を探すのだろうが、生憎私は口下手でな。
 だから、これで話をつけよう。」

私の言葉を遮って、袁参殿は拳を前に構える。

「李星、君は獣ではない。
 私の、尊敬する武人だ。
 分からないというなら、私が教えてやる。」

鋭い視線が、私に突き刺さる。
自然体で佇んでいた彼の雰囲気が一変し、燃えるような闘志を感じる。
じりじりと、獣毛が逆立つ。

「さぁ、構えろ李星。」

不思議と、闘志を燃やす彼の前に立つと、体を苛む欲情が少し楽になる気がした。
やはり、袁参殿は徹頭徹尾、武人なのだ。
私が、これ以上何を言ったところで、拳を交わす以上の意味を与えられないだろう。
一度、大きく息を吸う。
火照った体に、冷たい空気を取り込んで、ゆっくりと、拳を上げた。

これが、最後だ。
どこまで、私が武人として、彼の闘志に応えられるか分からないけれど。

一陣の風が吹き抜ける。

先程までは、冷たく感じた風も、今は心地いい。

彼は、拳を構えた私を見て薄く微笑むと、出会った時と同じように、大きく踏み込んできた。
顔を狙った鋭い突き。
彼の身体が近づいて、鼻孔をついた彼の匂いが、狂おしく私の頭を揺さぶる。
駄目だ。集中しろ!

放たれた突きを腕を使っていなして、こちらも真っ直ぐに拳を伸ばす。
やはりと言うべきか、私の拳は綺麗に空を切る。

何度も何度も、拳を躱して、何度も拳が躱される。
彼の一挙一動に、全ての感覚を集中させる。
私の五感全てで、彼を感じる。

彼が近づくたびに、彼が動くたびに、
彼の匂いが、
温度が、
吐息が、
存在そのものが、
ぐらぐらと私の頭を揺らして、鈍らせて。

必死で取り繕っている武人としての仮面が剥がれていく。

何をしているのだ。さっさと押し倒してしまえ。
この男のせいで高まった欲望だ。
この男で発散するのが自然だろう。
さぁ、押し倒せ。貪れ。

抑えきれない乱暴で粗野な思考に支配されそうになる。
隠しきれない獣性が牙をむき出しに唸る。

飛んでくる拳を躱して、こちらも蹴りを放つが、普段の切れ味がないのが自分でも分かる。
今の私が遠慮なしに攻撃をすれば、それは武道の技ではなく、本能的な狩りの技になってしまう気がするからだ。

私の逡巡を見透かしたように、袁参殿の拳は私の隙を容赦なく突いてくる。
攻撃前の僅かな躊躇いが、全て見抜かれて、容易く防御されてしまう。

「どうした李星!
 こんなものじゃないだろう?
 自分が獣だと言うなら、少しはそれらしい所を見せてみろ!」

「グゥっ…!」

少し距離が離れると、彼が挑発的に言い放った。
普段の私ならば意にも介さないだろうし、彼も言わないであろう程度の安い挑発。
だが、今の私は、その言葉を聞いただけで、犬歯のすき間から獣のような声を漏らしてしまう。

もう、駄目だ。
限界だ。
仮面で取り繕える段階はとうに過ぎた。

一度だけ、この仮面を完全に脱ぎ捨てて、本気で彼を倒してしまおう。
ここまで、良く耐えた。
最後の手合わせとしては、上出来だった。楽しかった。
獣の私が彼を倒して、その後何も言わずに去ろう。
本能をむき出しにした私を見れば、袁参殿だって私を引き留めようとはしないはずだ。
それは、彼が尊敬してくれている私ではないのだから。

遠くで、獣の吠える声が聞こえた。

それが、私の発した咆哮だと気づく。

あぁ、酷い有様だ。
自嘲する理性もすぐに掻き消えて、歯を剥き出しにして彼に近づく。
彼も応戦しようと拳を振るうが、遅い。
乱暴に片手で振り払って、一瞬で肉迫する。

片手は、彼の襟元に。
もう一方の片手は、彼の腕を掴む。
一度、解き放った獣性はもう抑えきれない。
一切の遠慮も、逡巡もなく、体を沈めて彼の身体を浮かす。
眼の端で、驚愕する彼の顔を捉えた。

ごめんな、袁参殿。
貴方に見せる最後の私が、私の技が、こんなものになってしまう事を、許してほしい。

彼の身体が、地面に叩きつけられるまでの一瞬が、やけに長く感じた。
投げの慣性に従うまま、私の身体が動いて、横たわる彼に馬乗りになる。

「フーっ、フーッ!」

発する荒い息は、完全に盛った獣そのもの。
はやく、彼の上から退かなくてはいけないのに、体は頑として動かない。
あぁ、駄目だ。動け、動け。
早くここから消えないといけないのに!
このままでは、彼からもバケモノを見る目で見られてしまう。
それだけは、絶対に、嫌なのに。

内心の焦燥にも関わらず、私の身体は荒い息を吐きながら肩を上下させるだけ。
衝撃で目を固く閉じていた彼が、ゆっくりと目を開ける。
きっと、開いた彼の目に浮かぶのは、目の前の獣に対する恐れで…

「…あぁ、その投げだよ。李星。」

「え…?」

突然、放たれた言葉の意味を理解できない。
なにより、彼の目に浮かぶのが畏怖や嫌悪感でない事が理解できない。

「今の投げに、何度も何度もやられてきた。
 来るのが分かっていても、防げない。
 速く、なにより美しい。
 きっと、相当の鍛錬を積んだのだろう。」

私に押さえつけられたまま、滔々と彼は語る。

「沢山、練習したんだろう?
 たった一人で、文句も漏らさず。
 鎬を削った相手から、心無い愚弄をされても。
 それでも、真摯に、鍛錬を積んだのだろう?
 あれを、武人の技と呼ばずになんと呼ぶのだ。
 何が獣だ。あんな真似をできる獣が居たら喜んで師事するぞ私は。」

彼の顔から、眼が離せない。

「私を投げる時、その立派な爪をしっかりと折り畳んでいたな?
 受け身を取れるよう、確実に投げ終わりまで手を離さなかったな?
 膂力で勝る事を知っているから、常に相手への配慮を欠かさない。
 君は武人だ。
 向かい合った相手を気遣える人だ。
 君のような人こそが、本当に強い武人なのだ。
 君は、武人としての自分は仮面だと言ったな。
 今の手合わせで確信した。
 武人としての李星は断じて仮面などではない。
 どれだけ君が情欲に呑まれようと、君の努力も、技術も、矜持も、君から離れたりしない。
 間違いなく、どんな時も、君は、私の尊敬する武人だ。
 断じて、私の敬愛する李星は、獣などではない!」

彼は、両手を私の肩に置いて、力強く言い切る。
抑え込んでいるのは、馬乗りになっている私のはずなのに。
まるで、彼に縛られてしまったかのように身体が動かない。

「言っただろう。どんな君も、私は拒絶したりしない!
 どんな李星も、私の知る、高潔で美しい武人の李星だからだ!
 帰ってこい、李星!
 散々私を負かしておいて、勝ち逃げなど絶対に許さん!
 そんな顔をして、去って行くなど、絶対に、許さんぞ!」

真っ直ぐに、私を見る目が突き刺さる。
いつもの、彼の目。

「け、けれど、貴方の傍に居たら私は…」

その気になれば、彼の手を振り払う事は簡単だ。
だけど、少し痛みを感じるほどに固く掴まれた肩が、どうしても動かせない。
動かす気になれない。
彼なら、どうしようもなくなっている私を、救い上げてくれるのではないかという期待が拭えない。

「ええい、まどろっこしい!
 要するに、こういう事だろう!?」

しびれを切らしたように、彼が叫ぶと、両肩をぐっと引かれる。
引かれるまま、体を寄せると、目の前に彼の顔があった。

「んっ!?」

唇に感じる、柔らかな感触。
彼の唇が、私の唇に押し当てられたのだと少しして気付いた。
更に強まった彼の匂いと、感触に、一瞬気が遠くなるほどの熱を感じる。
しかし、それよりも、突然の行動への驚きが勝り、目を見開いてしまう。

「んぁ…、え、袁参殿っ!?」

「…私も大概だという自覚はあるが、君は本当に鈍感だな。
 とっくに、李星は私にとって特別なのだ。
 その、なんだ、君から求められることに、喜びこそあれ、嫌悪感を抱く訳がなかろう。」

少しだけ、彼の顔が赤い。
ずっと私を見つめていた視線が、照れくさそうに逸れた。

「…李星。私では、駄目か?
 武人として、男として、君の力になりたい。
 私には、ありのままを見せられないだろうか。
 君の、特別にはなれないだろうか。」

自信なさげに、彼が言う。
ゾクゾクとした震えが、体を上から下へ走り抜ける。
性欲を満たすだけの乱暴な獣欲ではない。
彼を、愛して、愛されたいという純粋で愛おしい欲。
喜びが、涙になって込み上げそうになるけれど、必死で我慢する。

嬉しい。
私が、特別。
他の魔物娘も、武人も、何も関係ない。
女として私を、私だけを、彼が見ていてくれている。
浅ましい発想。
だけど、こんなに幸せな事があるだろうか。

もう、言葉を発する余裕もなくて、遮二無二彼の唇に貪りついた。

「ん゛っ!?」

彼の身体が短く跳ねて、今度は彼が驚きで目を見開いた。
先程は突然で分からなかった彼の唇の感触が伝わってくる。
少し乾いた触感も、漏れ出た吐息も、強張る身体も、全て愛おしい。
堪らない。

ぐつぐつと煮えるように熱く火照る身体を彼に押し付けて、頭を抱え込む。
出来る限り体の全てで、袁参殿を感じたい。
思うままにすり寄って、彼の胸板で私の乳房が形を変えるのが分かる。

「んぅ…!ふっ、あむ、えんさんどのぉ、じゅぅ…♥」

はしたなく水音をたてながら、袁参殿の唇を吸う。
私の唾液で、少しずつ彼の唇が潤ってくるのが分かる。
最初は強張っていた彼も、徐々に力が抜けてきたようだ。

脱力したのを見逃さず、舌を彼の口腔に滑りこませる。
舌で彼の口内の熱を感じて、ゾクゾクとした恍惚が駆け巡る。
もっと深く。
もっと隅々まで。
彼の熱を感じて、
私の熱を彼に届けて。

「れるぅ、じゅる…っ、もっと、もっほぉ…♥」

舌の先端が、彼の歯列をなぞり、彼の舌を探る。
熱い舌を探り当てて、すかさず私の下を絡めていく。
粘膜同士が絡んで混ざる。
快感と酸欠で、思考はますます胡乱になっていく。
私と彼の境界がなくなって、混ざっていくかのよう。

視界が白んでいくような興奮。
彼の頭を抱えていた腕を、彼の背中に回して抱きしめる。
よく鍛えられた体の感触が伝わってくる。
トクトクとリズムよく刻まれる彼の鼓動すら愛おしい。

「はぁん…ちゅぅ、じゅるる、ぷはぁ…♥」

空気が漏れるような音を立てながら二人の唇が離れる。
それでも、二人の距離は離れない。
お互いの額がくっつきそうな距離で見つめあう。
彼の目に、今の私はどんな風に映っているのだろう。

「李星…。流石に、驚いたぞ…」

息も絶え絶えといった様相で、袁参殿が恨みがましく言う。
どこか愛らしい表情に、思わず頬が緩む。

「驚いたのは、こっちだって同じだ。
 ふふ、あんな事を言われて、我慢が出来る訳がないじゃないか。」

だらしなく、にへらと笑ってしまう。
きっと、少し前の私だったら見せられなかった表情。
こんな力の抜けた顔を見せてしまう事に、未だに羞恥はある。
だけど、きっと彼なら受け止めてくれる。
彼は、どんな私も、笑わないし、嫌わないから。

「いや、その、なんだ。つい、必死になってしまってだな。
 すまない。少し、急ぎ過ぎた。」

少しだけ申し訳なさそうに、袁参殿が目を逸らす。
あぁ、可愛いな。
愛おしい。
素敵だ。

「…謝る必要なんてない。
 とても、嬉しかったんだ。
 嬉しすぎて、泣いてしまいそうだった。
 あぁ、本当に、本当に、嬉しかった。
 袁参殿。私も、貴方のことが、特別だ。」

一瞬、彼の身体がビクンと揺れる。
彼の顔が赤い。

「ふふ、顔が赤いぞ?」

「…うるさい。李星だって、人の事を言えた顔色ではないではないか。」

「あぁ、顔が熱くてたまらないよ。
 だけど、赤くなった顔も、力の抜けた顔も、貴方に見てもらうんだ。
 だって、私がどんな顔をしていたって、貴方は受け入れてくれるだろう?
 私だけが色んな顔を見せるのは不公平じゃないか。
 私だって、袁参殿の色んな顔を見てみたい。
 ほら、しっかり、顔を見せてくれ…♥」
 
両手の肉球を、彼の頬に優しく添えて、真っ直ぐに向き合う。
未だに袁参殿はとても恥ずかしそうだけど、私からは目を逸らさないでいてくれた。
彼の吐息すら感じられる距離。
身体を苛む熱情はとどまる事を知らず、今も強烈な欲望が身を焦がしている。
だけど、そんな欲よりも、こうして彼と見つめあっていられる事がとても嬉しい。

見つめあったまま、彼の額に私の額をくっつける。
私の熱を、貴方を思う熱を、少しでも感じて欲しい。

「…袁参殿。
 好き。大好き。」
 
あぁ、顔が熱い。火が出そうだ。

「あぁ、私も、好きだぞ。李星。」

幸せ。
嬉しい。
暖かな感覚が、胸一杯に広がる。
少し前は、あれだけ空虚に感じた世界が、色に満ちていくかのよう。
やはり、袁参殿は凄いな。
敵わない。
大好きだ。

ひたすら高まる思慕を、伝える術が見つからない。
もう一度だけ、彼の唇に口づけを落とす。

「ちゅぅ…♥
 袁参殿ぉ、ふふっ、もう、我慢しなくていいんだな?」
 
馬乗りになっている腰を、弧を描くようにゆっくりと動かす。
彼のズボンの下の陰茎を意識して、緩やかに刺激を与えていく。

「…お手柔らかに、頼む。」

「だーめ♥
 手加減なんて、してやるものか。」

ゆっくりと、胸当てを脱ぎ捨てる。
彼の目線が、私の胸に突き刺さっているのが分かる。
ピンとたった先端が、彼の視線を感じると震えるように疼いた。

お尻の下にある陰茎が、徐々に硬くなっているのが分かる。
思わず、頬が緩む。

「ふふ、硬くなってきたな。
 どうだ?私の胸は。興奮する?」

「…意地が悪いぞ李星。」

「あぁ、すまないな。
 こんなに可愛らしい貴方は初めて見たんだ。
 少しくらいは、許してくれ…♥」

言うなり、彼のズボンを少しだけ下にずらす。
僅かな抵抗の後、跳ね上がるように彼の陰茎が姿を現した。

大きくて、熱い。
彼の香りを、ぎゅっと濃くしたような臭い。
少し気が遠くなるような高揚を感じる。

辛抱堪らず、私も腰の衣服をずらし、入り口を彼の陰茎にあてがう。
濡れそぼった秘所から愛液が垂れる。
落ちた滴が、陰茎に纏わりつく。

「袁参殿、しっかり、見ていてくれ。
 多分、おかしな顔もするし、変な声も出すけれど…
 貴方に、見ていて欲しい。」
 
「無論だ。もう、目を離すものか。」

彼の胸板に置いていた両手に、ゴツゴツとした手が添えられる。
優しげな感触。
それに後押しされるように、腰を深く下ろす。

「んぅっ!あはぁ…っ♥」

ゆっくりと、甲高い声を吐き出す。
下腹に感じる強烈な異物感。
僅かな痛みと、天にも昇るような恍惚。

無意識で膣が収縮して、彼の形を感じる。
彼の口から、苦悶の声にも似たうめきが漏れた。
可愛い。素敵だ。好きだ。大好き。

私の奥深くに彼が到達したのを感じると、痛みは掻き消え、真っ当な思考が快感に塗りつぶされていく。
熱情に浮かされるまま、腰を上げて、再び下ろす。

「あぁっ♥ひぃっ♥んっ!はぁん♥」

奥に突き刺さる度、引き抜かれる度、私の口から甲高い嬌声が漏れる。
身体に力が入らない。
口がだらしなく開いて、目じりが下がるのが自分でも分かる。
私の敏感な部分に彼の陰茎が当たると、腰を中心に甘い痙攣が身体に広がる。

身体が飛んでいきそうな程の快感に襲われてなお、私の腰の上下運動は止まらない。
両足でしっかりと地面を踏みしめ、膝の屈伸運動をするかのように激しく動く。
はしたない水音。
彼の汗。
荒い吐息。
彼の匂い。
全部が鋭敏に感じられる。そして、それら全部が私の興奮を煽るのだ。

興奮と、快楽で塗りつぶされた思考に残るのは、目の前の彼への思慕のみ。


もっと、袁参殿に私の思いを伝えないといけない。
もっと、彼に気持ちよくなって貰わなければいけない。
そうすれば、きっと、彼はもっと私の事を好きになってくれる。
強い武人としての私だけではなくて、大好きな男を想う女としての私を。

袁参殿が、私の事を、片時も忘れられないようにしてしまいたい。
常に、彼にとっての特別でありたい。

だから、もっと、見てもらわないといけない。
はしたない私も、
快楽で蕩けた私も、
貴方の事で頭が一杯になった私も、
全部、見せるから。

私の全部を、貴方の特別にしてほしい。
貴方の全部を、私の特別にさせてほしい。


「んぅっ!袁参殿ぉ…っ!
 私、あっ♥あなたを、気持ちよくできているか?
 私の事、もっとぉ、好きに、あんっ♥なってぇ…♥」

「ぐぅ…、あぁ、大丈夫だ…、だから、無理は、するなよ…?
 それに、これ以上、君に惚れ込ませてどうするつもりだ。うぁ…っ。」

自身も、強烈な刺激に苛まれているというのに、彼が口にするのは私への気遣いの言葉。
膨らみ続ける袁参殿への思慕。

「うぁあっ♥ふふっ、優しいなぁ、袁参殿…
 好き。好きだ♥大好き♥んぁっ、ひぃ♥だいすきぃ…♥」

徐々に、呂律も怪しくなってきた。
既に、自分が何を口走っているのかも分からなくなりつつある。
汗が珠となって飛び、月明かりに反射してきらきらと煌めく。
一心不乱に、腰を浮かし、沈める。

「もっと、もっと見てぇ!
 こんな私、あなたの前だけだからぁ…っ!
 あなたにしか、こんな顔みせないからぁっ!
 だから、こんな私も、もっと好きになってぇっ!」

「うぐ…ちゃんと、見ているぞ、李星。あぁ、とても、綺麗だ…。」

嬉しい。
彼が、私を見つめていて。
私で気持ちよくなってくれて。
私を綺麗だと言ってくれた。
それだけで、頭が真っ白になる程の多幸感。

「んっ♥うぁあっ!ふふっ、嬉しい…♥」

奥深くまで挿し込んで、腰を前後に揺らす。
硬い肉の棒が、私の膣肉をかき分けて抉る。
時折、瞼の裏で、白い火花が散って、全身の筋肉が収縮するように震える。

私が痙攣する度に、彼も快感に耐えるように体を強張らせる。
我慢なんて、しなくていいのに。
いつでも、何度でも、私の奥に精を吐き出してしまえばいいのに。
そう思いつつも、必死で耐える彼の姿に少しだけゾクゾクする。
むくりと、鎌首をもたげるように嗜虐心が湧き上がる。

「あぁ…♥袁参殿、我慢なんて、しなくていいんだぞ?
 ほらぁ♥いつでも、出していいんだ…。」
 
「むぅ…私にも、男の見栄というものがあるのだ。
 李星が気をやるまでは、耐えてみせるぞ…!」

まるで、普段手合わせをする時のように強がる袁参殿に、口角が上がるのを隠しきれない。
魔物娘に、性技で張りあうとは、実に彼らしい強がりだ。
湧き上がる嗜虐心が抑えきれなくなってきた。
陰茎を咥えこんだ膣の入り口に意識を集中して、不意打ち気味に収縮させる。

「うおぉっ!ま、待て、李星、なんだそれは…!」

余裕を失って慌てる袁参殿が可愛らしい。

「ふふ♥んぅ…!待ったなしだぞ、袁参殿…?
 やっと、コツを掴んできた…♥
 あんっ♥我慢なんて、させるものか…♥」

膣に、更に意識を集中させて、根元から先端を絞り上げるように締め付ける。
これが、魔物娘の本能と言うやつなのか、驚くほどスムーズに彼に刺激を与える事が出来た。
もっと、彼が気持ちよくなるにはどうすればいいのか、すらすらと思いつく。
腰を捻り、深く咥え、絞るように力を加える。

私が動きを加える度に、袁参殿は分かりやすく反応を返してくれる。
しかし同時に、この動きは私の快感も確実に高めていった。

「ひぁっ、うぁあっ♥ほらっ、降参しても、いいんだぞ?
 我慢は、んうっ♥体に毒だっ…。」

「ぐおぉっ…、こ、の…っ、やられっぱなしでいてたまるか…!」

不意に、されるがままだった袁参殿が、腰を勢いよく押し上げた。
更に深い所まで激しく刺激されて、雷に撃たれたような快感が私の身体を貫く。
一瞬、頭が真っ白になって、無意識でおとがいが上がる。

「う゛あ゛ぁっ♥いっ、ひぃっ♥お゛っ♥」

「うぅ…っ、どうした李星…?随分、余裕がなさそうじゃないか…?」

意地の悪い顔をしながら、袁参殿が挑発的に言う。
不意の衝撃は一度に止まらず、リズムよく腰が跳ねあげられて、私の身体が上下に揺らされていく。
今までとは違う、予測の出来ない快楽に、身体の痙攣が止まらない。

「んぁっ!あぅっ♥急に、ああぁっ♥そんな動いたらぁっ!」

「はぁっ、はぁっ、どうだ?降参しても、いいんだぞ?」

息を荒くしながらも、ニヤリと笑ってこちらを見つめる袁参殿。
子供の見栄の張り合いのようなやり取りだが、私の闘争心に火をつけるのには十分だった。

身体を揺らされつつも、リズムに合わせて更に奥に陰茎を誘い込む。
奥に挿入される度に、膣を締め付け、更に強い刺激を与える。

「んぅっ♥あんっ♥あうっ♥早く、出してぇっ♥
 ほら、早くっ、早く、はやくぅっ!」

「うあぁっ、ぐおぉ…!」

まるで獣のような二人の声が混ざる。
強烈な快感の嵐に、身体の境界も曖昧になって、二人で一つの生物になってしまったかのような錯覚。

「ああ゛ぁぁあっ!もう、だめ♥私、イクからぁっ♥
 袁参どのぉっ!早く、出してぇ♥イッて♥ぜんぶ、ナカにぃ…っ♥」

確実に、精を全て受け入れられるように、入り口をキツく締め上げる。
一滴たりとも外に出してたまるものか。
彼も、既に余裕は幾ばくもないようだ。
もうひと押しで、待ちに待った射精が来る。
勝負も私の勝ちだ。
彼の陰茎が、少し膨らむのを膣の中で感じる。

あぁ、早く、早く、早くっ!

絶頂の予感に塗りつぶされかけた時、突然彼が耳元に顔を寄せた。


「…李星、愛している。」

「え…?」


真っ白になった思考に、彼の発した言葉が認識されるのには、少し時間が掛かった。

愛している。
いつも通りの、低い声で。
私の大好きな、その声で。

卑怯だ。
そんな事、今、言われたら。

「ひっ!あ、だめ…♥
 あぁ…いぃっ♥うぁっ、イっ♥っくうううぅうぅぅぅうっ♥♥♥」
 
真っ白に染まる。
身体も、思考も、感覚も、全てが曖昧になる。
感じるのは彼の体温と、私の奥の方に迸って放たれた精の感覚。

多分、私はまだ何か叫んでいるのだけど、それを認識できない。
感覚が、戻ってきたと思うと、更に訪れる快楽の瀑布。
何度も、何度も、絶頂を行き来する。
信じがたいほどの浮遊感。

真っ白な世界に、私と彼の二人きり。



「うぁ…♥んぅ……♥」

どれほどの時間、絶頂に晒されていたのか。
徐々に、感覚がはっきりとして、うわ言のような私の声を聞き取る。
私は、彼の身体に倒れ込むようにして、肩で息をしていた。
絶頂の余韻が抜けず、時折身体に痙攣が走る。
彼も、荒い呼吸をしながら、厚い胸板を上下させている。

「ぜぇ、ぜぇ…これで、1勝39敗だな、李星…?」

息を整えつつ、彼が冗談っぽく言う。

「…ズルいぞ。禁じ手だ、あんなのは。
 あんな、突然…。卑怯だ。無効試合だ。」

少しだけ恨みを込めて、上目遣いで彼をにらむ。
胸板に置いた手で、少しだけ爪をたててやる。
最後に言われた一言を思い出して、顔が赤くなってしまったので、あまり効果はないかもしれない。

「いっ!?いたたたっ!爪を立てるな爪を。
 大体、卑怯とは何だ、卑怯とは。」

「だ、だって!それまでに袁参殿から好きだとは言われたが、愛してるとは言ってくれてなかったじゃないか!
 あんな、余裕のない時に、突然そんなこと言われたらだな…」

ますます、顔に血が集まっていく。
平気な顔をしている袁参殿が恨めしい。

「…そうだ。袁参殿。もう一回、言ってくれ。」

「は?」

「もう一回だ。忘れたわけではないだろう。
 最後の最後に私に言ったアレだ。」

「い、いやいや、待て李星。あれは、ああいう場面だったからこその言葉でだな…。」

今度は、袁参殿の顔も赤く染まっていく。
これでおあいこだ。

「…だって、袁参殿に、返事、言えなかったから。」

「なに?」

「…私だって、同じ気持ちなのに、貴方に伝えられなかった。
 卑怯だ。一人だけ先に言うなんて、ズルい。」

相当、恥ずかしい事を言っている自覚はある。
とはいえ、お互いこれだけ顔を赤くしているのだ。
これ以上恥をかいたところで何も変わらないと開き直る。

「ねぇ、袁参殿。もう一回、言って…?」

「むぅ…、ぐ…、分かった…、分かったからそんな目で見るな…。」

ついに根負けしたのか、袁参殿が折れた。
彼は顔を赤らめたまま目を閉じ、軽く咳払いをすると、まっすぐに私を見つめる。

「…李星、愛している。」

「…あぁ!袁参殿、愛しているぞ…♥」

暖かな感覚が、胸に溢れて止まらない。
それを発散するように、彼の胸板に額をつけてぐりぐりと押し当てる。

「袁参殿。好き。大好き。愛してる。あぁ、私、幸せだ。」

頭の上に、大きな手がポンと置かれて、優しく髪を梳く。
言葉はないけれど、彼の優しさが伝わってきて、頬が緩みっぱなしになってしまう。

「…私、魔物娘でよかった。
 魔物娘でなかったら、こんな風に、貴方と愛し合えなかったと思うから。」
 
「…そうか。」

「以前、言っただろう?魔物娘は、人との愛に生きると。
 あらゆる劣情も、肉欲も肯定して、堕落も、耽溺も辞さない。
 それこそが、魔物娘の幸福だと。」

「?あぁ、言っていたな。」

「分かったんだ。私は間違っていた。
 魔物娘の幸福とは何か、見誤っていた。
 『愛する人のためなら』あらゆる劣情も、肉欲も肯定して、堕落も耽溺も辞さない。
 これが、私達の幸福なんだ。
 私達は、愛する人のためなら、どれだけでも強く在れる。」

「…あぁ。」

「ふふっ、だから、後悔するなよ。袁参殿。
 もう、私は貴方の傍を離れないからな。」

「望むところだ。武人に二言は無い。」

きっぱりと、彼は言い切る。
それでこそ、私の愛する袁参殿だ。

「…さぁ、袁参殿?そろそろ、続きと行こうか。」

「…なに?」

髪を梳いていた手がピタリと止まり、怪訝な眼が私を捉える。
大体、予想通りの反応に、内心で微笑む。

「さっきから、下腹の疼きが止まらないんだ…♥
 まさか、魔物娘との情交が、一度だけで終わるとは思っていないだろう?」

身体を起こし、再度馬乗りの体勢になる。
見下ろす彼の顔には、少しだけ焦りが見えた。
月明かりに照らされて、二つの影が地面に浮かぶ。

「負けっぱなしは私も癪だ。
 今度は、しっかりと先に果ててもらうから、覚悟しておけ…♥」

腰をゆっくりと揺する。
彼の喉仏が、僅かに動く。
もっと、私で興奮してほしい。
もっと、私の身体の味を覚えて欲しい。

「さあ、今晩は帰れると思うなよ…。
 終わるころには、戦歴がどうなっているか、楽しみだな?」

彼は、諦めたように一度息を吐くと、

「…お手柔らかに頼む。」

「だーめっ♥」


二つの影が、一つに合わさった。


____________________________________



世界が回る。


数刻経って、目の前の彼に投げられたのだと理解する。

「…おぉ!ようやく、届いたか!」

投げた本人が、一番驚いているのは何ともおかしな話であるが。

「182勝2敗か。…もう少し、勝ちを伸ばせると思っていたなぁ。」

「180勝2敗だ。…李星。わざと間違えていないか?」

差し伸べられた手を借りて立ち上がる。
袁参殿と結ばれてから、早半年。
あれから、ゆっくりとインキュバスに近づいている袁参殿は、見る見るうちに腕を上げた。
やはり、魔物の身体と言うのは、それほどに劇的な変化を与えるものという事か。
最近では、全くの互角と言っていい勝負をしてきたが、ついに今回、彼に土を付けられる結果となった。

本当に、久しぶりの敗北。
だというのに、どこか清々しい感情を覚えるのは、相手が彼だからこそだろう。

「参った。袁参殿。私の完敗だ。」

土を払いながら言うと、怪訝な顔をしながらこちらを見る彼と眼が合う。

「何を言うか。次にやったらどちらが勝つかは分からぬ。
 ようやく、李星の半歩後ろに並ぶことが出来たというだけだ。
 まあ、しかし、君の鍛錬の相手として、私では不足かと悩んでいたが、その心配もなくなった訳だ。」

こんな時でも私の事を優先して考えてくれていた辺り、なんとも袁参殿らしい。
彼以上の相手など、世界のどこにもいるはずがないというのに。

「形の上でとはいえ、師範代の李星に、師範の私が歯が立たないというのも情けない話であるしな。
 これで、師範の面子も保つことが出来る。
 最近は門下の連中も李星の事ばかりで、私としても少し釈然としない節が…」

冷静は装っても、勝利の興奮はあるのか、袁参殿はやけに饒舌だ。
内心は喜びではしゃいでいるのだろうなと思うと、何とも微笑ましい。

「ふふっ、ところで、袁参殿?」

「む?」

「勝利祝いは何が良い?
 貴方の言うものならなんでも用意しよう。」

「い、いやいや、そんな事に李星の手を煩わせるわけには…」

遠慮しようとする彼を遮るように、彼に近寄って腕を取る。
身体に押し当てるように、腕を組んで、彼の顔を見上げた。

「わ、私のオススメは、『敗者を一晩好きに出来る権利』なのだが…
 その、どうだ…?」

言い放ってから、少し後悔を覚える。
数少ない門下の女性達に協力してもらい、作戦を練った末の殺し文句なのだが、少しあからさま過ぎただろうか。
一瞬、不安がよぎったものの、顔を赤くして顔を逸らした彼を見て、少し安心する。

「…せ、せっかくの祝いを、断るのも、不義理というものだな!
 ありがたく、あー、なんだ。権利を頂戴する事にしよう!」
 
くすぐったそうに、袁参殿が言うのを聞いて、思わず組んだ腕に力が入る。
こっそりと、物陰からこちらを窺っていた門下の者たちに向けて、小さくガッツポーズを送ると、音量を抑えた黄色い歓声が物陰から上がった。
どうやら、袁参殿は気付いていないらしい。私の発言で頭が一杯になっているという事だろうか。
だったら嬉しいな。


彼の高鳴る鼓動を感じて、私の鼓動が同調するように高鳴る。
大好きな彼と、可愛い弟子達に囲まれて、私は、とても幸せだ。
私の特別な人たちに、特別な愛情を乗せて。
仮面を脱ぎ捨てた今の私の笑顔を、貴方たちに沢山見てもらおう。



15/10/08 13:49更新 / 小屋
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■作者メッセージ
お読みいただき、ありがとうございました。

今まで甘口のSSしか書いてこなかったので、ちょっとビターな感じのSSを…と思ったのですが、蓋を開ければ糖度増し増しなSSになっていました。
ぜ、前編だけならちょっぴりビターだから…!
パロディに関しては、分かろうが分かるまいが楽しみ方は一切変わらない程度の濃さです。大抵の方はご存知の超名作ですので、私が偉そうに語っていい作品ではありませんね。
中島敦先生に、申し訳が立たないというものです。

色々と、今までに書いてこなかった描写もあり、お見苦しい点があったかもしれません。
一切合財が、私の技量不足によるものですので、どうかご容赦下さいませ。

書くのが大変なSSではありましたが、個人的に、今回のカップルはお気に入りです。
なかなか良い距離感のお二人ではないでしょうか。これでもかって位に幸せになって欲しい。

いつも通り、皆様の感想、助言、お叱りの言葉をお待ちしております。
是非、ご遠慮なく言いたいこと言って頂ければと思います。


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