読切小説
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貴女と私の教会生活




勤めている教会の礼拝堂の清掃を終え、私はようやく役目が終わったことに安堵する。


ステンドグラスからは柔らかな光が溢れ、その前に設置された十字架を神々しく照らしている。


私が聖職者を志した時点では、予想だにしなかった事態がいくつか起こったものの、何とかこうして職務をこなせている。


「高槻(たかつき)、掃除終わった?」


礼拝堂の入り口から声がして、私が振り向くと、そこには黒い装束の美しいシスターがいた。


「はい、柄谷さん、この通りばっちりです」


予想だにしなかった事態とは、このことである。


柄谷シスターは私がこの教会に勤め始めてから、いつも助けてくれた女性だ。


私よりも年上で、経験豊富であるが故に、ついついこのシスターに甘えてしまう。


ただし、出会った時こそ彼女はなんの変哲もない人間だったが、現在このシスターの耳は尖り、背中からは黒い翼が伸びている。


ダークプリースト、堕落した神に仕える信徒であり、厳粛な神への典礼を執り行う私とは一応崇める神が違う。


もっとも彼女はそんなことは気にしないようで、無理矢理私に改宗を迫ることはない。



「うんうん、頑張ってるじゃない、でも、あんまり気負い過ぎないでよ?」


じっ、とダークプリーストの先輩は、私のほうをまじまじと見つめてくる、そう見られると照れてしまうのだが。


「高槻、そろそろいい時間だし、休憩にしてご飯にしない?、私もお腹空いたし」


実は掃除が終わり次第デスクワークを片付けようとしていたのだが、とりあえず今は何もいわずに、従うことにした。



「そうそう、高槻、最近ちゃんと野菜食べてる?」



教会の廊下を歩きながら、そんなことを柄谷さんは私に聞いてくる。


「え?、もちろん食べてますよ?、はい、しっかりと、今日の朝も、はい・・・」



「ふうん、少しだけ漬物を食べたくらいじゃ、野菜をしっかり食べたには入らないよ?」



うっ、見られていたのか、どうもこの人には敵わない、何かと私の世話を焼いてくれるので、嫌ってはいないが・・・。


「ふふふ、そんなどうしようもない高槻のために、ポテトサラダを作ってきてあげたよ?」



事務所に帰ると、席の下から柄谷さんはタッパーを取り出した。


しかもよく見ると、ご丁寧にタッパーの蓋のところにマジックで『高槻用』などと書かれている。


「・・・あ、あははは、いつも申し訳ありません」



「ふふん、高槻ってば本当に私がいないとダメよね、もっとしっかりしないと身体壊しちゃうよ?」


これも何度目の会話だろうか?、なんだかんだで世話を焼いてくれるこの先輩、いくら感謝をしても仕切れないだろう。



「ほら高槻、座って、ご飯にするわよ?」



「わっ、わかってますから、腕を引っ張らないでください」



ぐいぐいと引っ張り、私を席に座らせようとする柄谷さん、くすくす笑いながら困った様子の私を見ている。


「ほらほら、午後からも仕事があるんだから休んで休んで、それに定められた時間に休憩をするのはとっても大切なことよ?」


そう言われては仕方がない、私は席に座ると、食前感謝をしてから、柄谷さん作のポテトサラダに手をつけた。



「どうかな?、あまり味は濃くないとおもうけど・・・」


「いえ、私はこれくらいのほうがちょうど良いですよ」


柄谷さんは修道院暮らしが長かったためか、料理が上手だ。


こうして魔物娘になってしまっても、そればかりは変わらず、むしろ上達しているのではないかと思うくらいだ。



「そう?、喜んで貰えて嬉しいわ、高槻はなんでも美味しそうに食べてくれるから、私も作り甲斐があるわ」


にこにこと嬉しそうに微笑む柄谷さん、相変わらずの美しい笑顔だ、なんだか眩しく感じてしまう。


「それにしても柄谷さん料理上手ですよね、シスターになる前はかなりモテたのでは?」


私の言葉に、柄谷さんは困ったように笑いながら両手を振った。


「ううん、私はモテたことないよ?、というか高槻のほうはどうなの?」



「え、私ですか?、いやいや、私もですよ」



「えー、高槻真面目だし、見た目も悪くはないし、モテそうなんだけどな」



一瞬真剣に聞いてしまったが、柄谷さんはよく見れば悪戯っぽく笑っている。



「からかいましたね?」


「バレた?」


人懐っこい笑顔の柄谷さん、これは本格的にからかわれてしまったな。



「でも高槻は不細工じゃないと思うよ?、その装束もよく似合うし」


「そうですか?、なら少しは気が楽ですね」


自分の姿を気にすることはあまりないが、似合わないなら何とも言えない気分になる。


似合っているならば、幸いだ。


「でも高槻は良かったの?、若い身空でこんな世界に入って、大変じゃない?」



まあ、確かに大変なことはあるし、どうにもならないようなこともあったが、古来からの神の教えを学び、後世に伝えていくのは、大切なことだ。


そんな仕事に就けて、やり甲斐を感じている、そう正直に私は柄谷さんに告げた。



「あはは、知ってたけどほんとに高槻は聖職者になるべくしてなった気がするわ」



「え?、そうですか?」



「うん、高槻が営業のサラリーマンとか、どこかの作業所の職員とか、似合わないもん、やっぱり高槻は聖職者じゃないと」



バンバンと柄谷さんは背中を叩いたが、どことなく嬉しそうに見えた。



「そうですか、もっとも、私は柄谷さんがいかに上手く迫ってきても、堕落神教に改宗するつもりはありませんよ?」


「ひっどいな、人を舌先三寸の人みたいに」


あらかた間違いではない、本当にこの人は人の信頼を得るのが上手いというかなんというか。


これももしかしたら、人徳がなせる技かもしれない、私も見習わないといけないな。






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午後の仕事も終わり、今日は勉強会もないので、帰り支度をしていると、柄谷さんは事務所の隅で、何やらアルバムを見つめていた。



「高槻、今ヒマ?」


「はあ、まあ後は帰るだけですし、それはどうしたのですか・・・?」


「ふふ、昔の写真、こんなとこにあったのね」



なんとなく気になった私は、柄谷さんの後ろに立ち、その古ぼけた写真を見つめた。


アルバムの隅には1967年と書かれており、かなりの年代物であることが窺い知れた。


「この時代高槻はまだ産まれてすらいないね、ほらほら見て見て?、私、若いでしょ?」


写真の中には今とほとんど変わらない姿の柄谷さんが写っている。

ただし、今の柄谷さんとは違い、眼鏡をかけ、短髪の髪型をしており、当たり前ではあるが、耳も普通の形をしている。


しかし、今もその身にまとう清楚可憐な印象は変わっておらず、一目でこの人とわかるほどであった。


「なるほど、確かに理知的かもしれませんね」


「でしょ?、私だって今の高槻くらいの頃にはたくさん勉強したんだからね」


アルバムをめくると、衣服をタライで洗う柄谷さんの写真が見えた。



「あはは、懐かしいな、昔はさ、みんな帰る前に装束を洗ってから帰ったのよ、次の日来てからとりこんで使うの」


そしたらただでさえ狭い部屋を圧迫しなくて済むでしょ?、と呟くと、また柄谷さんはページをめくる。


今度は礼拝堂での読書の写真だ、普段は撮らないはずだが、何故写真が残っているのか?


「真面目に取り組んでる写真残しておきたくてね、担当の司教さまに頼み込んで撮影したのよ」


頑固親父で、なかなか許可してくれなかったわ、と懐かしそうに柄谷さんは目を細めた。


「ほら、高槻に見て欲しいのはこれ」


次のページの一枚の写真、そこにはたくさんの信者に囲まれ、微笑む柄谷さんが写っていた。


「高槻、君最近、自分はひとりぼっちって悩んでたでしょ?」


的確な指摘に、私はびくりと身を震わせた。


「自分は友達がいないし、誰にも信頼されてない、とか思ってる?」


図星だった、否定することも出来ず、私はただただ頷く。


「私もそうだったよ?、根暗で本ばっかり読んでて、聖書が友達だった、けどね?」


アルバムから写真を取り出し、柄谷さんはくるりと指で円を描いた。


「一人なんかじゃないよ?、君の内には、どれだけお金を積んでも得られないものがある、今はわからなくても、その心きっと貴方を守るから」



「柄谷さん・・・」



「それでも疲れたならいつでもおねーさんを頼っていいよ?、伊達に君の何倍も生きてないから、アドバイスくらいなら出来るからさ」


ふふっ、と笑うと、柄谷さんは満面の笑みで私を抱きしめた。


「あんまり無茶はしないこと、いいね?」


「き、肝に銘じます」


「よろしい、じゃ、また明日ね?」


私は一礼してから事務所を後にした。


「ほんとに、あの人は・・・」


多分一生敵わないんだろうな、なんとなくそう思いながら、私は廊下を歩いていった。


敵わない、そう思いながらも、それが嫌ではない自分自身もいる、私は苦笑しながら暮れ行く空を見つめていた。
17/03/02 17:12更新 / 水無月花鏡

■作者メッセージ
実は柄谷さんにはモデルがいたりします。

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