連載小説
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前編
『メリー 学校ノ 三ツ子ジゾウノ 後ロニウメタ

 ワタシト トヨチャント ケンチャント タダシクント ヨシコ先生デウメタ』



 ……家の蔵で見つけた、黄ばんだ紙切れにはそう書かれていた。子供が書いたような字で、紙も相当に劣化している。我が家は明治時代から続く煎餅屋、いつの時代のものか分からない代物が蔵からゴロゴロ出てくる。そんな中でこんな紙切れが出てきたからといって、普通なら気にもしないだろう。

 だが俺は通っている高校の裏に、三つ並んだお地蔵様があることを知っていた。そして以前から、魔物の生徒がそこを通ると軽い頭痛や耳鳴りを感じる、という噂も聞いていた。その噂と、埋められているという『メリー』なる存在を関連づけるのは不自然ではないと思う。

 そして好奇心に勝てなかった俺は翌日の放課後、スコップを持って現場に向かった。


「うー、硬ぇ」

 農業学科の連中と違い、土木工事なんて大して経験したこともない。草が生えまくった地面は根っこが絡んでスコップが入りにくい。足で体重を加えて突き刺し、てこの原理で掘り起こしていく。
 すぐ側には三つ並んだ地蔵の背中がある。苔生し、長い年月ですり減って顔の凹凸が曖昧になり始めている。この地蔵が学校の寂しい裏庭で、いつから立ち続けていたのかはしらない。ただこの学校が元々小学校で、『あの戦争』の空襲で焼けたという話は聞いた。その光景も、三つ子地蔵は見続けてきたのだろうか。今や規模の大きな高等学校、それも人魔共学という、昔とはかけ離れた姿になったというのに、まだ地蔵は俺たちを見守っている。

 自分の知らない過去に思いを馳せていたとき。五十センチ以上掘ったスコップの先が、何かに当たった。宝探しが報われたのかという淡い期待を胸に、土を掘り起こして遠心力で遠くへ投げる。

「……見つけた」

 一部だけ露出したそれは木製の箱のようだった。相当劣化していたようで、今スコップの当たったところがボロリと崩れている。
 中が見えるのではないかとそこを覗き……ぎょっとした。

 目があったのだ。青い、小さな瞳が二つ、木箱の穴から俺を見ていた。
 作り物のような、生き物のような。正体の分からない不思議な目だった。そしてそいつは確かに、こちらに視線を向けていた。

 意を決して、スコップでさらに土をどける。腐った木箱がどんどんと姿を現し、触れるとボロボロと崩れ落ちた。どれほど昔からここに埋まっていたのだろうか。スコップを放り出して手で木屑を取り除き、『それ』を箱から取り出す。青い目の彼女は、俺に向けて微笑んでいた。

「おめぇがメリーかい?」

 人形は応えない。土や木屑がついてはいるが、顔は奇麗だった。ブロンドの髪にはくすんだ色のリボンがついている。着ているのは桃色のドレスだが、何があったのやら、焼け焦げて見るも無惨な状態だった。スカートも半分ほど焼失し、膝の球体関節が露出している。
 動かないし言葉も発さないが、その人形が普通ではないことがすぐに分かった。柔らかいのだ。人の肌とほとんど変わらない、柔らかな素材でできている。手足こそ球体関節だが、無機物とは思えない質感だ。

 思い至った結論は一つ。魔物学の授業で習ったリビングドールだ。要は生ける人形である。強い思い入れを込められた人形や、粗末な扱いを受け恨みを抱いた人形が変ずるという。

「後者っぽいな、こいつは」

 こんなに焼け焦げた服を着ているのに、大切に扱われてきたとは思えない。笑みを浮かべているが、どのような怨念を持っているのか分かったものではない。と言っても、魔物は基本的に人間の害になることはしないはずだ。
 ちらりと、人形の入っていた木箱に目をやる。他には何も入っていないようだ。

「安心しな。また埋めたりはしねぇさ」

 もの言わぬ彼女に、俺はそう声をかけた。何となくそうするのがいいと思ったからだ。

 次に思ったのは、彼女の服についてだ。こんな服を着ていたのでは可哀想だし、それに怨念を持った人形なら奇麗な服を着せてやれば少しは機嫌が治るかもしれない。携帯を取り出して時間を見ると、まだ部活が終わるまで間がある。

 掘り返した穴を埋めた後、俺は人形を抱きかかえて被服室へ向かった。手芸部の連中に頼めば何か仕立ててくれるだろう。

「ちょっと待ってろよ。いい服作ってもらえるから」

 彼女に声をかけつつも、本当は手芸部なんていう所へ行きたくはなかった。別に恨みがあるわけではない。アラクネが多いから必然的にS気質が強い部だが、みんな根はいい奴らだ。


 ただ、部長がマッドハッターだったりする。




「よく来たな! 我が手芸部へ!」

 キノコまみれの制服を着た美人が、教卓の上でバレエのようなポーズをとる。被服室に入った瞬間にコレだ。頭には種族特有の大きな帽子をかぶり、右手にハサミ、左手に定規を持っている。中国にはそういう武術があると聞いた気がするが、この人の場合多分関係ない。

「私が部長の英里奈だ! フルネームは英里奈・マッドハット・シルクハット・テンガロンハット・チロリアンハット・ジャバザハット・ワイルドアップルパイVII世である!」
「知ってます。覚える気はねぇですが」

 使い捨てマスクで胞子を防ぎつつ、俺は簡潔に答えた。本当は農薬散布用の防毒マスクでも欲しいところだったけど。

 教室はマッドハッターの狂気の胞子で満たされ、部員のアラクネたちは糸で天井から吊るさり、スカートの中が丸見えなのも気にせず裁縫をしている。またあるサキュバスは彼氏と下半身で結合しながら相手の体にメジャーを当て、寸法を取っている。その横ではガスマスクをつけたマンティスが念力で意味もなく椅子を浮遊させていた。
 魔物のいる学校では物陰でセックスしているカップルがいるのは珍しくないが、この時間の被服室ほどカオスな空間はない。

 とりあえず、相手のノリに巻き込まれないようにするのが重要だ。英里奈先輩の長ったらしい名前についても突っ込まない。帽子の名前じゃないのが混ざっていることにも突っ込まない。本当にそういう名前なのだから仕方ないと割り切ろう。

「君は煎餅屋の息子、久坂部恒樹君だね。君の家の濡れ煎は絶品だ!」
「毎度ごひいきに。で、ちょいとお願いしたいことが……」

 シンプルに用件だけ述べるのがポイントだ。それでも分けの分からないことを言われて交渉が長引くかもしれないが。

「分かった。その人形の服を作ってあげよう。部活が終わる頃にまた来なさい」

 長引かなかった。
















 ………











 ……








 …









 下校時間のチャイムが鳴るまで図書室で暇をつぶし、俺こと久坂部恒樹は再び被服室へ向かう。自分の判断が正しかったのかあれこれ考えた。あのイカれた先輩にリビングドールと思われる人形を預けてよかったのかと。まあこうして夕暮れ時の廊下を歩いていれば、夕日の差し込む教室から喘ぎ声が聞こえてくるような学校だ。イカれてるのはマッドハッターだけではないと言ってしまえばそうだが。

 何か変な服を着せられて機嫌を悪くしていたらどうしたものか。マイクロビキニとか、ドイツ製の水に溶ける水着の人形用とか。とりあえず菓子でもお供えしてみるしかない。煎餅食うだろうか。

 そうこう考えている間に、被服室へついてしまった。意を決してドアを開ける。

「失礼しま……」
「コーーーキーーーィ!」

 入った瞬間、何かが俺の胸に突っ込んで来た。というか、抱きついてきた。衝撃は大したことはない。だがそれは制服の襟にしっかりとしがみつき、離れなかった。
 唖然とする俺を、彼女は顔を上げ、青い目でじーっと見て……ニコリと笑う。

「待っていましたヨー。ワタシの名前は、メリーと言うデスヨ!」

 片言の日本語で、彼女は溌剌として名乗った。人形が喋っている。とても活き活きとした笑顔で。

「コーキ、抱っこしてクダサイ! 抱っこ!」

 無邪気にはしゃぐメリーに言われるまま、小さな体を抱き上げる。くすぐったそうに身をよじらせる人形の体は温かく、そして柔らかかった。着ている服は目に馴染みのあるものだった。紺のブレザーに緑の蝶ネクタイ、同じく緑のスカート。この学校の女子用制服のミニチュアだ。
 俺の手の中から、メリーはぐっと身を乗り出してくる。動作はやはり球体関節らしい動きもあるが、『生きて』いるのがしっかりと分かった。

「お、おめぇは……?」
「フフッ、コーキ。Kissしてあげマスネ!」

 戸惑っているうちに、頬に柔らかいものが触れた。人形の唇……だとは感じなかった。これは女の子の唇だ。
 体が熱くなった。心臓の鼓動が早くなる。そんな俺を見て、メリーは楽しそうに笑った。

「コーキはワタシを出してくれましたネ。大好きデスヨ」
「お、おう……」

 俺の肩に腰掛け、小さな頬を寄せてくるリビングドール。やたらと懐いた小動物のようだ。怨念を持った人形ではなかったのか。

「彼女は君が気に入ったようだな!」

 忍者のごとく天井に貼り付いていた英里奈先輩が華麗に着地を決める。無駄に洗練された無駄のない無駄な動きだ。

「私が部長の英里奈だ! フルネームは英里奈・マッドハット・シルクハット・テンガロンハット・チロリアンハット・ジャバザハット・ワイルドアップルパイVII世である!」
「いちいち名乗らんでください」
「とりあえず君が制服フェチであるような気がしたので、制服のミニチュアを仕立てたぞ!」
「ありがとございます。フェチじゃねぇけど」

 まともに突っ込んでいては追いつかない。これが不思議の国の魔物というものだ。

「Cuteな制服着せてもらって、ワタシはhappyデスヨ」

 メリーは球体関節の脚をパタパタさせる。気に入ったようで何よりだ。しかし何とも……可愛い。
 これだけ懐かれたのだから、家へ連れて行ってしまって構わないだろう。リビングドールは家に持ち帰られる魔物だと聞いた。人形だから拉致には含まれない。よし、問題ない問題ない。

「君、彼女を連れて帰ったら、丁寧に扱えたまえ」

 挨拶だけして帰ろうとした瞬間、英里奈先輩に空いている方の肩を掴まれた。

「彼女の体はデリケートだから、本物の女の肌だと思って優しく洗うのだよ。元はビスクドールだったようだけどね。うん。歌のせいでセルロイドと思われがちだがビスクドールがほとんどだったんだ、実は」
「はぁ……?」

 前半は忠告だろうが、後半は何を言いたいのか分からない。セルロイドだのビスクドールだのというのは素材のことだろうが、『思われがち』というのは何のことやら。まあマッドハッターの言葉はまともに聞いてはいけないのだ。
 だがふいに英里奈先輩の表情が真剣になり、俺は反射的に耳を傾けてしまう。

「久坂部君、この青い目のメリーを大切に、可愛がってあげなさい。彼女は人間の美しさと醜さ、両方を知る人形なのだから。Peace Forever」

 意味深な言葉を残し、先輩は背を向けてカオス空間へ戻って行く。俺はその背に深々と頭を下げてから、メリーを連れて教室から出た。


「どこへ行くデスカ?」
「俺の家。まあ煎餅くらいしかねぇが、大事にしてやるからよ」
「コーキの人形になれるならhappyデスヨ!」

 ……人形といちゃつきながら帰宅する、強面の高校二年男子。どう考えても危ない光景でしかないが、どっこいこの学校ではそこまで変な目では見られない。何せ被服室のみならず、物陰があれば大抵誰かがヤることをヤっているような環境なのだから。
 それにリビングドールを持っている奴は俺以外にもいるのだ。校内は魔物の生徒や教師が大勢いるので魔力濃度が高い。学園祭のバザーに出品するつもりだった人形が『売らないで』と泣き出したとかいう話には事欠かない。学校の外でさえそういうことはある。ピザ屋で深夜バイトをしている奴なんて、狐耳で眼帯、右手がフックのリビングドールが凄まじい速さで走ってきて逆レイプされたそうだ。

「そうだメリー。俺、このメモを見ておめぇを探したんだけどよ」

 ポケットに詰め込んでいた、あの古い紙を見せる。メリーは小さな目でゆっくりとその字を読み、口を開いた。

「……コレ書いたの、多分ミツコちゃんデスネ」
「ミツコ?」
「そういう名前デシタヨ。でも……よく覚えてない、デスネ」

 ふいに声のトーンが落ちた。俯き加減で、表情も曇る。
 俺は心臓が止まりそうになった。触れてはいけない話題だったらしい。考えてみれば当然のことだ。メリーは焼け焦げた服を着て木箱に入れられ、地中に埋められていたのだ。例え無邪気に明るく振る舞っていても、辛いことがあったに違いない。過去をほじくり返されたくないに決まっている。

「……コーキ」

 何と声をかけようか迷っていると、メリーが微笑みを浮かべ、俺を見上げてきた。

「コーキは私を、可愛がってくれるデスカ?」
「あたりめぇだ」
「なら、私はhappyな人形になれるデスネ!」

 また頬にキスをしてくるメリー。柔らかな小さな唇の感触に、俺は決心を固めた。
 メリーを世界一幸せな人形にしてやることが、俺の人生の使命であると。





 そうやって人形とイチャつきながら帰宅した俺。ささっと自分の部屋へ向かい、ちゃぶ台の上にメリーを置く。明治時代創業とはいえ何度か建て替えられているため、我が煎餅屋は意外と新しい建物だ。だが部屋が和室なのは一つの拘りかもしれない。俺も畳の上が一番落ち着く性分だ。
 メリーは楽しそうに俺の部屋を眺め回している。こういう仕草も可愛い。

「そうだ。おめぇ、人間の食い物は食えるのかい?」
「ハイ! エリナさんからもらったチョコレートも食べられたデスネ!」
「じゃあ濡れ煎でも持ってきてやるよ。ちょっと待ってな」


 メリーをちゃぶ台で待たせ、台所へ向かった。親父たちには晩飯のときにでも話せばいいだろう。

 我が家の台所には自家用の煎餅がちゃんとあるのだ。大抵は割れてしまって売れないものなどだが、味は変わらない。普通の煎餅は硬いだろうから、濡れ煎をいくつか皿に乗せる。マッドハッターも絶賛する一品だ。そして湯飲みに緑茶を淹れた。メリーには多すぎるかもしれないが、人形用の小さな湯飲みなんてあるわけない。飲みきれなかったら俺がもらえばいいことだ。

 朱塗りの盆に乗せて部屋に持って行く。左手の掌だけで盆を支えて右手でドアを開けた。このくらいのことは容易い。

「待たせたな。濡れ煎とお茶を……」

 声をかけ、俺は息を飲んだ。ちゃぶ台の上で、メリーは本を読んでいた。置きっぱなしにしていた日本史の教科書を広げ、その上に乗るようにして読んでいる。それは別に構わない。
 彼女はゆっくりと、こちらへ顔を向けた。そして俺は生まれて初めて見た。

 人形の涙を。
15/04/15 21:28更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ
お読み頂きありがとうございます。
ちょっと風邪で寝込んでいる間に溜め込んでいたネタも吐き出させていただきます(そうしないと妄想ばかりが活発になって筆が進まないので)。
このSSはその一つで、連載中のものと交互に書いていけたらと。。
休みの多い時期になってきたので、この次はそうお待たせすることなく『野鍛冶の鎚と鉄の翼』を更新させていただきます。
こんな私ですがクロビネガに来て早四年。
今後も見捨てないでいただければ幸いです。

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