連載小説
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後編
 聡はただ真子に手を引かれるがままに付いて行った。
頭の片隅で実はこのまま警察に突き出されるのではないかという考えもよぎったが、それならそれで構わなかった。
未遂とは言え、自分はもう犯罪者なのだから。
が、予想に反して真子は本当に自分の家に連れて来たようだった。
(ここだったんだ……)
街のどこからでも見えるほど高い高級マンション。
どんな金持ちが住んでるんだと日頃から思っていたが、まさか真子が住んでいるとは。
真子は聡の手を掴んだまま慣れた手つきで暗証番号を入れてオートロックを開錠する。
エントランスの広さに驚いてきょろきょろしている聡を引っ張ってすたすたとエレベーターに乗った。

チーン

「……」
「……」
「……すごいとこ住んでるね」
「はい」
「……」
「……」

チーン

 エレベーターの中での会話はそれだけで、手はずっと繋いだままだった。
その手が離されたのは部屋に着いて鍵を開け、「どうぞ」と招き入れられた時だった。
玄関から廊下まで、流石に庶民の住む場所とは違うと感じたが、少し違和感も感じた。
生活感が薄い。
絵や写真の一つも飾られておらず、小物という小物も無い。
モデルハウスだってもう少し生活感を演出するだろう。
その感覚は真子のがらんとした自室に案内されてより顕著になった。
普通は女の子の部屋にお呼ばれなんてドキドキものの体験であろうに、聡の脳裏には先程の真子の話が蘇っていた。
「……では、これからシャワーを」
「ちょちょちょちょちょ、待って!待ってくれ!」
「何ですか急に慌てて」
「何だこれ?どうするんだ?どうする気だ?」
「どうするもこうするも無いでしょう、今から一発キメる以外あるんですか」
ひどい言い方である。
「そ、そんな流れだった?」
「そんな流れでしたよ」
「だって俺……その……男だよ!?」
そうだ、真子は生粋のレズビアンであり、女性以外と付き合った事はないはずだ。
「お兄さんなら何となくいけそうな気がします」
「ええっ」
それは正直に言って嬉しい、嬉しいがおかしい。
「お兄さんは男ですよね?」
「そ、そうだよ」
「だったら男らしく腹を括って下さい、そもそも私みたいな美少女とヤレるんですから有難く思って下さい」
「言い方ぁ……」
「部屋を出て右手にシャワーがありますから使って下さい、私はもう一つの方を利用しますので」
「えっ、シャワー二つもあるの!?」
「あります」
「セレブだなあ」
「セレブですとも」
変なやり取りの後、真子はさっさと部屋を出て行ってしまった。
少しの間唖然としていた聡も仕方なく言われた通りに部屋を出てシャワーに向かった。
ホテルのようなガラス張りの構造に驚愕しつつ、ごそごそと脱いでシャワーを浴びる。
熱いシャワーで体を流すと気持ち良かったが、さっぱりすると同時に今の状況にようやく頭が追い付き始める。
「どうしよ……」
予想外の展開すぎる。
そもそも彼女の考えがわからなすぎる。
何を思って自分と事に及ぼうなどと考えたのか。
自分ならいけそうってどういう心境の変化なのか……。
わからない。
分からな過ぎて、もう考えても無駄な気がして来た。
開き直って役得だと思って楽しんでしまえばいいのかもしれない。
だが、自分は由緒正しき童貞だ。
楽しもうにも緊張が先立つ。
「くそっ」
どうとでもなれ、誘ったのはあっちだ。
彼女は何しろ経験豊富なのだから、きっとリードしてくれるに違いない。
あんな目ん玉飛び出るような美少女に筆おろしをお願いできるなんて幸運じゃないか……。
そう考えようとするが、心臓のバクバクは止まらない。
それはそれとして下半身の方は元気なので、男と言うのは現金な物だと思うのだった。







 自分はお兄さんの事が好きなのだろうか?
シャワーを浴びながら真子は自問自答する。
……それほどでもない、と、思う。
少なくとも、奈津美と比べたら明らかに奈津美の方が好きだ。
性的な魅力も圧倒的に奈津美の方に感じる。
なら自分はどうしてこんな真似を?
代用か?
もうどうあっても結ばれない事がわかってしまった奈津美との繋がりが欲しくて、彼女の兄に繋がろうとしている?
それが一番「自分らしい」と感じる。
本質的には卑しい自分が考えたせめてもの妥協案。
男に体を許す事を我慢するだけで、彼女の傍にいられるなら……。
それだけ?
わざわざその手段でなくとも、彼女との交友関係を続ける事は出来るだろう。
もっと効率的な方法がいくらでもある。
そもそも最近の自分の行動はおかしい。
他人の事情に踏み込むのは本来嫌いなはずなのだ。
そんな自分が気にくわないというだけで、聡の母にあのような「私刑」を決行した。
しかも手切れ金まで用意して。
裕福とは言ったって無限にお金があるわけではないのだ。
相当に痛い出費だった。
その金額に対する対価が得られる訳でもない、丸損だ。
それどころか、あの行為をしたお陰で命の危険にまで晒された。
聡が思いとどまったからいいものの、下手したら刺されていたのだ。
その事態を避けようともしていない。
呼び出しを受けた時点でその予感はしていたはずなのに、のこのこと待ち合わせに向かった。
思いとどまるだろう、と予測していた訳でもない。
あの時は何と言うか……。
刺されてもいいかな、という気持ちだったのだ。
今になって考えるといいわけ無いのに。
でも、その時は何だか……いいかな、と。
(……これの影響……?)
ちら、と真子は自分の背後に視線をやる。
お湯を受けてぱたぱた揺れる羽と尻尾。
そして側頭部に生えている角。
あの曲を聞き始めてから疼き始め、とうとうこんな物が生えて来た。
動揺しなかったと言えば嘘になる。
病院行こうかな、とも思ったが、こんなものが世間に知れたら今までの日常を奪われる事は間違いない。
隠そうと思えば隠せるし、とりあえずこれに関しては問題を先送りにしている。
「あ」
思わず声が出た。
これから裸で事に及ぶというのに、これをどう説明しよう……。
まあいいか、その時はその時だ。
奇妙に楽観的な自分を感じながら真子はシャワーを止めて体を拭く。
髪もよく乾かし、鏡で自分の身体を隅々までチェックし、薄っすらと寝化粧を施す。
(随分、気が乗ってる)
自分で感じた。
年齢にしては、かなり経験豊富だろう。ただし、女性しか相手をした事はない。
今日初めて男の相手をする。
多分、一生そんな機会は訪れないだろう、男相手にそんな気分になる事は無いだろう、そう思っていたのに。
自分は、お兄さんの事が好きなのだろうか?
結局思考はそこに戻って来る。
それほどでもない。
それほどでもないのだが……してあげたい、とも思う。
同情?
同情かもしれない。
共感、とも言う。
互いに形は違えど親に恵まれなかった……今風に言うと「親ガチャ」に外れた者同士という共感。
それが同情に繋がり、慰めてあげたい、という感情に繋がった。
そうだ、性行為というのは愛情によってのみ行われる訳ではない。
見栄だったり、意地だったり、惰性だったり、責任感だったり、打算だったり。
色んな理由で人はセックスする。
これは、同情によるセックスなのだ。
お兄さんに同情した私が、慰めてあげるために抱いてあげる。
今回はそういう事なのだ。
「うん、よし」
僅かに引っ掛かりを覚えながら、自分の中で理論武装を終える。
では、せいぜい慰めてあげるとしよう。
何しろセックスは自分の数少ない長所だ。
お兄さんには天国を味わってもらわなければ、自分の沽券に関わる。







 聡は部屋のベッドの上に座って待っている。
どういう服装でいればいいかわからなかったので、結局元の服を着ている。
行った事無いけど風俗で嬢を待つのってこんな感じなんだろうか、とちょっと失礼な想像をしたりする。
もはやなるようになれ、の精神状態なのでドキドキしながらも先程よりは落ち着いている。
が、やはり廊下から足音が聞こえて来た瞬間はドキドキが倍ぐらいに跳ね上がった。
かちゃり、とノブの回る音に視線が吸い寄せられる。
現れた姿にぽかん、と反射的に口が開く。
すごい。
薄っすら施された化粧に多分……見せるための下着姿。
魔性のように美しい少女が、自分の魅力を完璧に理解した上でその魅力を最大限に引き出すとこうなる。
そんな姿。
聡は今からそれに自分が触れるのだという事が信じられなくなった。
それこそ、絵画の中にしか存在し得ないような美貌に、今から自分が触れる事が許されるなんて……。
「……」
その魔性の少女は長い睫毛に彩られた瞳でじっ……と聡を見ると一歩、部屋に踏み入った。
ちょこん、と。
随分歩幅が小さい。
(うん?)
その容姿に見合わない動きに聡が違和感を覚える間に、もう一歩。
ちょこん、と。
「……どうしたの?」
「……何が、ですか」
「いや、その……何でも……」
「そうですか」
意を決したように、しかしおぼつかない足取りで傍に寄り、隣に腰を下ろした。
「……」
「……」
互いに視線を合わせない。
どうにも予想と違う展開に聡も困惑を隠せなかったが、ふと、思い至った。
「白木さん、やっぱりやめよう」
がばっ、と真子は顔を上げる。
「何でですか」
「男の相手はやっぱり……抵抗あるんだよね?」
どれだけ経験豊富でもそれは女性限定だ。
異性相手は初めてとなると、抵抗感があるのは当然の事だ。
「俺、まだ白木さんがどうしてこういう事する気になったか全然理解してないし、その……それでもちょっとラッキーとか思ったけど……」
聡は言葉を探す。
「でも、白木さんが無理して「童貞が舐めないでいただけますか」」
言葉に被せて辛辣な声が飛んだ。
顔を向けると、真子はじっとりと自分を睨んでいる。
「私は確かにふしだらですが、義務感で嫌々体を許すほど落ちぶれてもいないつもりです」
じり、と距離を詰める。
「もちろん、慰めてあげたい、という同情心から来た行為ではありますが……」
「や、やっぱり同情なんだ……」
「それだけでこんな事に踏み切りません、いいですか、私が、したいと思ったんです、聡さんとです」
初めて名前で呼んだ。
「本来男に指一本触れさせてやるものか、と思ってるこの私が、聡さんにならそれ以上を許したいと思ったんです、それがどれだけの僥倖か認識して下さい」
「し、白木さ」
「あといい加減名前で呼んで下さい、こっちだけ名前で呼んでるのは不公平です」
「ま、真子さん」
「年下に敬語は会社の上司だけで十分でしょう、呼び捨てが普通です」
「真子」
「何ですか聡さん」
「俺、言われた通り童貞でどうしていいかわかんねえから経験豊富な真子にリードして欲しい」
「なっさけない」
真子は笑った。
冷笑ではなく、年相応の悪戯気な笑顔だった。
聡の頬を固定すると唇を奪う。
少し、乾燥して堅く感じる唇。
男の唇。
やっぱり女の唇と違う。
びく、と聡の肩が跳ねる。
びく、と同じように真子の肩も跳ねる。
リードして欲しい、と言われたからにはリードしてやりたいのだが、やはり勝手の違いは否めない。
こっちだってある意味初めてなのに。
そう思うと若干恨みがましい気持ちも沸いて来たが、プライドがある。
真子は、男嫌いが高じて同性に走ったというタイプではない。
女が好きだから好きなのだ。
だから、男性に対して特別嫌悪感がある訳ではない。
強いて言うならば可愛い女の子を巡って争う競争相手だ。
その性的対象として見なかった相手を、今相手にしている。
それに対する違和感がまだ抜け切らない。
ぎこちなく触れる肩、首、腕は肌質が荒くてごつ、と固い。
手も、大きくて節くれ立っている。
(この手であのおにぎり握ったんだ)
ふい、と脳裏にあのピクニックが思い浮かんだ。
傷付いている自分に気を遣うでもなく、ただ自分が行きたいから、というような態度で。
でも、明らかに優しい雰囲気で……。
それに連動して、あの嫌な思い出も蘇る。
親に理不尽な要求をされても文句一つ言わずに従っていた聡。
奪われる事に慣れてしまって、諦めてしまっているような姿。
この肩が、この手が、この体が。
ずっと小さい頃から耐えて来たんだろう。
ずっと、ずっと……。

 じゅわ

 (あっ……?)
体の中心に、熱が生じた。
これまで、自分の心の状態がわからなかった。
それに体が指針を示した。
(あ、これ、いけるかも)
いける、というのは自分も楽しめるかもしれない、という予感。
相手を気持ちよくしてあげる自信はあっても、自分が気持ち良くなれるかは未知数だった。
本来享楽的な真子にとって重要な要素だ。
手に震えが伝わる。
聡が震えている。
怯えではなく、興奮による震えだ。
息が荒い。
しかし、視線が定まらずにあちこちに飛んでいる。
本当は真子の身体を凝視したいのに、遠慮が先立って視線を逸らしてしまう。
かといって、その美しい顔を見つめるのも視線に耐えられない。
とは言え、視線を逸らして虚空を眺めているのも失礼かもしれない。
気遣いと興奮と戸惑いがごっちゃになってきょときょとと目線が泳ぐ。
(……可愛いなあ)
男に対してそう感じたのは初めてだった。
普通、情けないとかダサいとか感じるはずの挙動に、そう感じる。
「さっ……!」
聡が、意を決したように言ってから口ごもる。
「何ですか?」
「触っていい……?」
「どうぞ」
恐る恐る手が伸びて来る。
ふわり、と乳房に手が触れた。
「あぁ……」
子供のように目を輝かせて、感嘆の声が漏れる。
可愛い。
触り方が優しすぎてちょっとくすぐったい。
優しいけど、手の小刻みな震えから緊張と抑え込まれる獣欲が感じ取れる。
(本当にいい人だなあ)
自分の中に芽生え始めた可愛い、という感情と、いい人、という感情が混ざり合って。
いい思いさせてあげたい、という奉仕心に繋がる。
「触ってていいですよ」
子供のように自分の胸で遊ぶ聡の肩を押し、ベッドに横たわらせた。







 真子はシャワーを浴びていた。
今夜二度目だ。
聡はベッドで寝ている。
男と、セックスをした。
気持ち良かったかというと、よくわからない。
どちらかというと破瓜の痛みの方が強かったような気がする。
でも、痛いだけだったかというと、明らかにそうではない。
もっと回数を重ねていけばもっと馴染めそうな……そんな予感がする。
(あ……避妊、忘れてた……)
何故か行為の最中は完全に頭から抜けていた事を今更思い出す。
掻き出した方がいいんだろうか。
そう思って自分の下腹部を見下ろし、膜を失ったばかりの自分の割れ目に指を挿入する。
ぬらり、と白濁が指に纏わりついた。
それを目の前に持って来てまじまじと観察した。
(……精液……)
ちろりと舌で触れると、独特のえぐみを感じる。
「……ちゅ」
思い切って、口に含んで飲み下してみる。
(……これなら、いける……かも……)
ぼんやりと頭に思い浮かべるのはAVでも創作物でもよく見る男性器への口での奉仕。
自分は絶対したくないし、する機会もないだろうと思っていたフェラチオという行為。
舌による技巧には自信がある。
この人より長い舌で何人もの女性を泣かせてきた。
次はそれを試してみようか。
きっと聡は数秒も持たないだろう。
この白濁を情けなく迸らせて腰砕けになるに違いない。
「ちゅぷ」
指を咥えてそんな事を考える。
精液を掻き出そうとしていたはずのもう片方の手は、いつの間にか手の平を割れ目にぴったり当てていた。
中の物が零れ落ちないように。







 「場違い」という言葉をそのまま絵にしたような光景を聡は目にしていた。
もうもうと上がる煙を吸い上げる排煙ダクト。
吸い切れなかった煙に燻されて変色した壁は店の歴史を感じさせる。
ここは「ホルモンだんきち」知る人ぞしる名店、らしい……。
聡はそんな店の存在は知らなかった。
肉は好きだし内臓系もいけるが、そもそも酒を飲めない学生の身分ではホルモン屋になんて行く機会もない。
では何故こうして昼間っからこんな所にいるのかと言うと……。
「レバーにシロ、それと……マル腸、ハツ、センマイ……あとごはんとウーロン茶」
流れるように注文している真子のリクエストである、まさかである。
それなりの恰好はしている。
いつもより控え目なお洒落着は店に来て早々にきちんと畳まれ、煙避けのビニール袋に収まっている。
身軽なインナー姿に、髪も後ろに纏められて臨戦態勢といったところだ。
それでもなお、浮いていると言わざるを得ない。
元々真子はビスクドールじみた西洋系の顔立ちと体型だ。
高級レストランやカフェが似合う出で立ちが、この大衆の隠れた名店という風情とミスマッチを起こしている。
「あ、あいよ」
店員のおっちゃんも「何でこんな娘がこんな所に……?」という当惑を隠しきれていない。
「まあ、意外ですよね」
胸元に紙エプロンを丁寧にセットしながら真子が言う。
「そ、そうだな……意外というか……驚きというか……」
「ずーっと来たかったんです、「ホルモンだんきち」」
真子はうっとりと店内を見回す。
「一人で来るにはハードルが高いですし、まさか女の子とのデートで来れる訳もありませんからね」
「ホルモン好きなの……?」
「大好きです」
野菜しか食べません、と言われて違和感のない透明な美貌で曇りない返答をする。
「へい、お待たせ」
その眼差しは皿が来た瞬間、肉に釘付けになる。
機械じみた精密な動きで網に肉を並べ、狩人の眼光で焼き加減を見据える。
ここぞ、というタイミングで網から上げ、それでも動作は上品に手を添えて脂したたるマル腸を口に運ぶ。
「おいしい」
端的に感想を述べると共にもう、意識は網の上に向いている。
さながら肉食獣。
「お兄さんもどんどんいって下さい、ここは奢りますから」
そう言われて聡は女の子に負ける訳にはいかない、と謎の対抗心を出して肉に手を伸ばしていくのだった。







 「私は容姿が売りなので、極力イメージを壊さないよう気を遣っているんですね」
消臭スプレーでも消しきれない煙の匂いをほのかにさせながら真子が言う。
「ですから、イメージに合わない物は好きな物でも極力排除しないといけないんですが……」
匂いはともかく、その姿はとてもさっきまでホルモンをもりもり食べていたとは思えないほどいつも通りに綺麗だ。
「お兄さんには私のドロドロとした所も見られているので、遠慮いらないですからね」
「それでも結構びっくりなんだけど……」
「幻滅しましたか?」
「いや、全然」
「そうでしょう?」
真子が笑って言う。
出会った当初の人形のような完璧なスマイルとは違う表情だ。
店を出た二人は特にアテもなくぶらぶらと二人で街を歩いている。
身を重ねたあの日から、こうして付き合っているとも付き合ってないとも言えない半端な関係が続いている。
それでも、変わった事もある。
「大体、近頃の女の子は食が細すぎです、美しさを保つ為にはエネルギーが必要なんです」
「それって真子が肉付きのいい女の子が好みだからじゃ……」
「そうです、もっと皆ムチムチになって欲しいんです」
「欲望丸出しすぎる」
言いながら、つい視線が真子の身体に吸い寄せられる。
出会ってた当初から比べて、真子の体型には明らかな変化が見て取れる。
無論まだ成長期という事もあるだろう。
しかし、それにしても性急な変化と思わざるを得ない。
以前はそれこそマネキンのように整ったプロポーションをしていた。
それが、整ったバランスをそのままに要所要所に肉が付き始めている。
太っているのとは明らかに違う。
現に首元や足首、腰回りの華奢な少女らしい部分は細いままだ。
細い所はそのままに、胸や臀部。
男性の目を引くような部分にことのほか雌らしさを強調する肉が乗り始めているのだ。
そんな豊満さと華奢さを兼ね備えた身体に、人形のような整った美貌が乗っている。
視線を集めるのは元からだったが、視線の質が変わってきている。
こんな美少女が存在するのか、という視線から。
こんなに顔が良くてこんなプロポーションをした女の子が実在するのか、という物に変化していた。
その視線を聡は責める事はできない、現に自分もこうして……。
「またですか?」
びくっとして視線を上げると、真子の呆れたような目とかち合った。
こういう時はいつもそうだ、どんなに些細な視線でも必ず気付かれる。
女性がそういう視線に敏感だとしても、少し異常ではないかという精度だ。
「まったくしょうがないですね」
そして、気付かれるとこうして、意地悪な笑みを浮かべて身を寄せて来る。
すぐに自分の欲望を察知される。
「男の人っていつもそうですよね」
「どっかで聞いた台詞を……」
「じゃ、やめときますか?」
「……いや、その、」
「やめませんね?」
「はい、お願いします……」
「そこまで言うなら仕方ないですね」
割と散々な言われようだが、聡に抗う術はない。
先程の食欲を見ていても思うのだが、そもそも彼女は生物としてのスペックが抜きんでて高い。
容姿に目がいきがちだが身体能力が普通に高く、頭の回転が速い。
女の子を不貞の輩から守るためにと格闘技を習っているらしく、やたらに腕力も強かったりする。
そんな彼女であるからだろうか、雌としてのスペックも見た目に劣らない。
初めてのあの時に十二分に思い知らされた。
どう考えても普通ではない体験だった。
男である限り、絶対に勝てないと悟らされた。
だから、本当はこんな風にずるずると関係を続けるのはいけないと思いながらも、蟻地獄のように抜け出せない。
と、二人の間の空気が妖しくなり始めた所で微かな振動音が響いた。
真子がスマホを取り出して画面を確認する。
聡はそれでも振動音が止まっていない事に気付く。
懐に手をやると振動を感じる。
偶然、二人同時に着信があったらしい。
二人は互いに背を向け合って電話に出る。

「久しぶり、どうしたの?」

「もしもし……何?……うん……うん……」

「……電話でする話じゃないね、会おうか、これから」

「うん……うん……わかった……これから行く……」

ほぼ同時に会話が終わり、互いに振り向く。
「……」
「……」
互いの顔を見つめ合って少しの沈黙があった。
「少し、用事ができた」
「私もです」
「そうか、それじゃ」
「はい、それでは」
そう言って二人は逆方向へ歩き出した。

 聡は一度だけ振り返って真子の後ろ姿を見た。
少しだけ悲しそうな表情になって、また前に向き直った。

 その数秒後、真子は一度だけ振り返って聡の後ろ姿を見た。
少しだけ泣きそうな表情になって、また前に向き直った。







 曇りだった。
日が暮れ初めているが、厚い雲に夕日は遮られてセピア色に近い空色だ。
聡はそんな色に染まった坂道を歩いている。
昔はもっと急に感じたし、もっと長かったように感じていた。
母と自転車でそこを走り降りた時はジェットコースターのように感じたが、今ではこんな風だっけと感じる。
シャッターの閉まった一軒家を通り過ぎる。
今はもう潰れてしまった駄菓子屋。
たまに、本当に希にお菓子を買って貰った事がある。
グミを買うかチョコを買うか、すごく悩んだけど、母の機嫌が変わらないうちにと必死に早く決断した。
公園を通り過ぎる。
家に一人でいてもつまらないし、空腹が誤魔化せない。
だからこの公園で一人ずっと石けりをしていた。
道端の植木鉢から、電柱から、空にかかる電線から、全て記憶に結びついている。
空腹で、血の味がして、ほんの少しだけ幸せだった記憶。
その記憶が最も濃くこびりついている建物の前に聡は立っていた。
二階建てのボロボロのアパート。
まだ取り壊されていなかったのか、と思う。
「聡」
記憶のままの声に振り返る。
母が立っていた。







 ほんのり薄暗く、セピアに近い色に森林公園は包まれていた。
広々とした敷地の中にある湖のほとりにある手すりに真子はよりかかっている。
スマホでフレンドリストを見ていた。
女性ばかり沢山いる。殆どが肉体関係を持った相手だ。
寂しかったのだろうか、と自分を振り返る。
ただ性欲が強かったからというのはある、だけど、それだけだったろうか。
自分に価値が無いと思い続けた幼少期。
気付けば自分に価値を認める人が大勢いて、自分はその立場を大いに利用してきた。
後腐れの無い関係は性欲と同時に認証欲求も満たした。
自分は求められている、こんなに価値を見出されている。
相手も自分も気持ちいいのだから、こんなに素敵な事は無い。
そう、思い込もうとしていた。
いっそ、それだけで満たされる軽薄な人間であれば楽だったろう。
でも、真子は人を好きになった。
死ぬまで傍にいたいと思う相手もいた。
でもそんな価値が自分にあるだろうか、と考える。
結局、そこに戻ってきてしまう。
自分の価値を証明し続けて来たはずなのに、皆が自分を欲しがるのに。
心の芯に迫る出来事があると、そこが空洞である事をまた自覚してしまう。
「先輩」
声の方を見ると、一人の女の子が立っている。
スマホのリストの中にいた一人。
「まどか」
そう、そういえば始まりは彼女との行為を聡に見られた事だったか。
真子が手を振ると、まどかは手を振り返して駆け寄って来た。
「久しぶり」
「はい、お久しぶりです、連絡、ずっと待ってたんですけど、ね」
まどかが真子の前に立った。
セピア色の曇り空が背景になり、まどかの姿がすこし暗くなる。
真子ほどではないが、クラスの男子に人気のある愛らしい容姿をしている。
少し季節外れのコートとマフラーを着た彼女は目を潤ませて真子との距離を詰める。
そっと、さりげなく真子が距離を外す。
まどかはぴたりと動きを止める。
「ずっと連絡しなくてごめんね、最近」
「あのね、先輩」
言葉を言い終わる前にまどかが割り込む。
「回りくどい事言い方はいいの、だから、正直に答えて?」
小首を傾げて言う。
一見すると可愛らしい仕草だが、笑顔にも関わらず目は笑っていない。
「先輩が沢山の人とそういうことしてるのは知ってるし、先輩もはっきりそう言ってるから納得してるんです」
「……」
「でも、先輩、最近すごく変わりましたよね」
すっ、とまどかが左手を伸ばしてくる。
真子は動かない。
頬に手が添えられた。
「元々綺麗だったけど、最近ますます綺麗になりましたね」
手が首元を伝い降りて胸元に到達する。
「胸、すっごく大きくなりましたね」
一度ぎゅ、と手に余る量感を握り締めると、腹部を撫でながら下半身に手が降りて来る。
「おしりもこんなに……」
スカートの上から豊かな尻肉もぐに、と握られる。
真子は表情を変えず、抵抗もせず、ただまどかをじっと見ている。
まどかはずっと笑顔のままだ。
「お人形さんみたいに綺麗な先輩……ううん、綺麗だった先輩……」
ゆるゆると下腹部をまさぐりながらまどかは夢見るような表情をする。
「でもこの身体……」
ぎゅぅ、と肉付きのよくなった太腿に指が食い込む。
「オトコと、したんですよね?」
笑顔が消えた。
「おっぱいも、おしりも、ふとももも……ぶくぶく太って、オトコに赤ちゃん生めるアピールしてる」
太腿から手が乳房に戻る。
「オトコを求めてる身体、もう、汚された身体、もう、綺麗な先輩には、戻らない」
ぎりぎりと乳房を握り込む。
痛みを感じる程だが、真子の表情は変わらない。
「ねえ、何とか言って下さいよ、ねえ、先輩、先輩、本当は私の勘違いだって言って下さいよ、ねえ先輩」
「勘違いじゃないよ」
すう、とまどかの目が細くなる。
「好きな人が、出来た」
真子は小さく笑った。
まどかの右手はずっと背後に隠れていた。
その右手が背後から飛び出す。
手に握られているのは大振りの裁断バサミ。
真子は自分に降りかかるその銀色の光を見ていた。







 「聡、あたしね、心入れ替えたんだよ」
セピア色は古い写真の色、だからだろうか。
曇り空の色に染まったアパートを背景に立つ母の姿が、古い記憶の中の姿のように思える。
「色々と考えてさあ……やっぱり聡の事ほおっておけないんだよ」
母は寂しそうに笑って言う。
以前よりも少し頬がこけてやつれたように見える。
「いいかい、前も言ったけど、あの女はね、人間じゃないんだよ」
真子の事だろう。
「わかってるよ、情が沸いてるから殺せなかったんだろう?あんた優しいからさ」
手が懐に向かって何かを探し、諦めたように宙ぶらりんになる。
多分、タバコを探したんだろう。
「でもね、騙されてるんだよあんた、このままあいつに付きまとわれてたらあんたとんでもない事になるよ」
母は落ち着きなくうろうろし始める。
「悪魔なんだよ、あの女は……母ちゃん見たんだ、間違いない」
「……悪魔」
「そう!悪魔だよ!羽が生えて尻尾もあったんだ!見たんだよ……!そりゃあ信じられないだろうけど」
「信じるよ」
「ああ!そうだろう?わかってたんだろう?あんたも本当は!」
母は掴みかからんばかりだ。
「母ちゃんも本当は怖いよ、もう関わりたくないって思ったけど……あんたの事が心配なんだよぅ」
哀れっぽい声で言う。
「でも大丈夫だよ、母ちゃん腹決めたかんね、一緒に協力してあの悪魔を殺すんだよ……!」
母は聡の両手を掴んだ。
「そうして、全部丸く収まったら……またかあちゃんと一緒に暮らそう、な?」
「……」
聡の脳裏にセピア色の記憶が蘇る。
痛くて、苦しくて、ささやかで、温かくて……。
「……母さん」
聡は母の手を掴み返した。
母は笑った。







 鈍い銀色の光沢を放つハサミが地面に落ちている。
凶器を失ったまどかは打ち据えられた手首を押さえて呆然と立っていた。
「ごめんね」
真子は優しく言った。
「刺されてもいいって思えなかった」
「……先輩……ぜんばぁい!!!」
素手で飛び掛かって来たまどかを真子は優しく受け止めるように地面に組み伏せた。
抑え込まれたまどかはしばらくじたばたと足掻いていたが、やがて動きを止めて涙を流し始めた。
「どうしてぇ……何で私だけ見てくれないの……どうしてオトコなんかにぃ……」
「ごめんね、まどか」
真子はあくまで穏やかに言う。
「全部私のせい、まどかがこんなになったのは私のせい」
「……違うぅ……違います……私が悪いんですぅ……本気になっちゃいけないって思ってたのにぃ……」
「そうだね、心は思い通りにならないね」
「ごめんなさい……ごめんなさぁい……」
真子は拘束を解いて立ち上がらせ、土埃を払って近くのベンチに座らせた。
そして落ちていたハサミを拾って来る。
「いらないぃ……」
「まだ刺したいなら刺そうとしてもいいよ、抵抗するけど」
「もうしない……」
「なら持って帰って、そしてお父さんの、お母さんの、家族の顔をよく思い出して」
「うぅ、う……」
ハサミを手に握らせ、離れようとする真子の裾が掴まれる。
「さよならなんですか……」
「さよならだね」
「さよなら嫌ぁ……」
裾を掴む手をそっと解いて、まどかの頭を抱きかかえて背中を軽く叩く。
「さよなら」
まどかは真子の胸に顔を埋めながらハサミを握り締める。
刺そうとはしなかった。
「今までありがとう、ごめんね」
離れて行く真子を、涙で腫らした目で見る。
「馬鹿ぁ……嫌いぃ……嘘ぉ、好きぃ……やっぱり好きぃ……さよならぁ……さよならぁ……」
ぐずぐずに泣きながら手を振った。
真子は振り返らないまま、背後に手を振り返した。







 「もう、俺の前に姿を現さないで下さい」
手を握られた母は、最初何を言われているのか理解できない様子だった。
「あ……?何……?何て……?」
「お金無くなったからだよね、こうして声かけたの」
「……」
母の顔がみるみる真っ赤になる。
「もう、母さんにあげるお金は無いよ」
「親に向かってなんだその口の利き方ぁ!」
手を振りほどこうと暴れる。
だが、聡は両手を掴んだまま離さない。
「お前が悪魔に誑かされてっから助けてやろうとしてんだろうがぁ!」
滅茶苦茶に暴れるが、聡は離さない。
暴力と空腹で弱り切っていたあの頃とは違う、強い力で母の手を押さえる。
やがて体力が尽きたのか、母は肩で息をしながら動きを止めた。
聡は手を離した。
息を荒げながら、母はせわしなく懐をさぐる。
タバコを探している。
聡はポケットからタバコを取り出して差し出した。
母がいつも吸っている銘柄のタバコだ。
「これで、最後」
「……」
母は一瞬それを叩き落とそうとしたが、手を下ろしてひったくった。
カチ、とライターで火をつけながら聡に背を向けた。
「じゃあ、あの悪魔に殺されるなりなんなり勝手にしたら」
「……」
セピア色のアパートを背景に煙をくゆらせる母の背中に、聡の胸に切ないような感情が溢れ出る。
こんな時に、僅かにあった楽しい思いでばかりが脳内に溢れてくる。
母の笑顔、駄菓子の味、風を切る自転車、繋いだ手の温度。
聡は、それら全部をここに置いて行くために背を向けて歩き始めた。
「母さん今までありがとう」と本当は言いたかった。
でも歯を食いしばって言わなかった。
そうしたら置いていけないから、我慢して言わなかった。
背後のアパートが坂道の向こうに消えても、聡は振り返らなかった。







 「あ!いた!」
公園の出口で遭遇した人物に真子は目を丸くした。
奈津美だった。
「怪我してない!?」
挨拶もそこそこに奈津美は慌てて真子に駆け寄ると真子の全身にぱたぱたと触れる。
その言葉と行動で、真子は奈津美が今しがた自分の身に起きた事を知っているのだとわかった。
「大丈夫です、刺されかけたけど」
「大丈夫じゃなくない?」
奈津美は呆れ顔になった。
「誰から聞いたんですか?」
「まどかの友達、あの子だいぶ思い詰めてたって聞いてて、今日怪しいメッセージ届いたって」
「……」
友人にわざわざそんなメッセージを残すとは、本当はまどか自身も止めて欲しかったのかもしれない。
制御できない自分の感情が怖かったのかもしれない。
何にせよ、あれ以上暴走する事はないだろう。
「わざわざ来てくれたんですね」
「そりゃそうだよ、これでマコに何かあったら悔やみきれないよ」
真子の胸に温かいものがこみ上げる。
でも、ちょっぴり苦い。
その苦味に後押しされるように真子は奈津美に近付く。
「ありがとう、なっちゃん」
そう言って、腰に手を添えて、キスをした。
頬でもなく、おでこでもなく、唇に。
柔らかな感触が触れ合った。
温かい。
奈津美は全く抵抗せず、ただ受け入れた。
数瞬の後、離れた。
平手打ちも覚悟していたが、奈津美はただ微笑んでいる。
「ずっと、なっちゃんの事好きでした」
「うん」
「友達としてじゃなく」
「うん」
「性的な目で見てました」
「知ってた」
「気持ち悪くなかったですか?」
「全然」
でもね、と奈津美は視線を落とす。
「私、かわっちの事がずっと好きだったから」
今は恋人同士になった少年の事を言う。
「応えれなくてごめんね?」
「いいんです……」
真子は胸に手を当てた。
「急にキスしてごめんなさい」
「全然気にしてないよ」
「これからも友達でいてくれますか?」
「当たり前じゃん」
「よかった」
「よかったね」
「ふふ」
「はは」
奈津美は時計を見た。
「ついでだからどっか遊びに行く?私暇だけど」
「いえ……」
真子はスマホを取り出した。
「少し、用事があります」
「そっかあ……本当に、怪我とかしてないよね?」
「大丈夫です」
「うん……じゃあ、ね」
「はい、また……」
二人は別れた。
去り際に同時に振り返って目が合った。
奈津美は笑って手を振って来た。
真子も笑顔で振り返した。
去って行く奈津美の背中を見つめる真子の胸は、何とも言えない切なさで溢れていた。
振られたからではない。
心が、平穏だったからだ。
ずっと、ずっと、夢見ていた奈津美とのキス。
嬉しかった。
温かい気持ちになった。
でも、それだけだった。
以前なら、天にも昇る心地になったかもしれない。
川内への想いを聞かされた時。
以前なら、心がねじ切れるような心地になったかもしれない。
遊びに誘われた時。
以前なら何を置いても優先しただろう。
好きじゃなくなった訳ではない。
むしろ以前よりも大切に思えるくらいだ。
でも、それは、その気持ちは……。
「……」
指が、取り出したスマホの上を彷徨っている。
聡に連絡したいのだがどう要件を伝えたらいいものか、文章が頭に浮かばない。
考えがまとまらない。
ふ、と真子は自嘲の笑みを浮かべた。
何を気取ろうとしているのか。
所詮外見がいいだけの、中身は俗物もいい所の卑しい女だ。
彼にそれを隠す必要はない、遠慮もいらない。
ストレートに卑しい自分を伝えるだけだ。







 ヴヴッ
ポケットのスマホがメッセージの着信を伝えた。
あてどもなく街を歩いていた聡はスマホを取り出して確認する。
確認した直後ぎょっとした顔になり、思わず手をかざして周囲から画面を隠した。

 こちらの用事は終わりました、お兄さんはどうですか?
 まだ時間いただけるならもう一度会えませんか?

 メッセージは普通だが、それに添付されてきた画像が問題だ。
襟元を引っ張って服をずらし、乳首が見えるか見えないかぐらいまで露出された白い胸元が映っている。
完全にエロ自撮りだ。
これに合わせてのこのメッセージだ。
どうかしたのか、と思った。
成り行きで身体を重ねる関係になってしまったが、ここまであからさまな誘いは初めてだ。
だが、指は勝手に動いて返信する。

 会おう

 我ながら笑ってしまう。
先程までひどくセンチメンタルな気分だったというのに、もう元気になってしまった。







 誘い文句がストレートなら、待ち合わせ場所もストレートだった。
近くのラブホテルだというのだから風情も何もない。
のこのこやってきた聡を、入口付近でスマホを弄りながら待っていた真子が手を上げて迎える。
「どうも、それでは」
「ちょっ、と、」
早速手を引っ張ろうとする真子を思わず制止する。
真子はむう、と頬を膨らませる。
「何ですか、嫌なんですか?」
「い、嫌じゃないけど、急じゃない?」
「別れる直前そんな空気だったじゃないですか、それの続きです」
「ふ、風情ってもんが」
言い終わる前に唇を塞がれた。
温かい。
真子は体温が低めで、唇もひんやりしている事が多い、が、この時は温かかった。
「……やっぱり……」
真子は小さく呟いた。
何が、と聞き返そうとしたが、舌がうまく回らない。
いや、身体から芯が抜かれたようにふにゃふにゃになってしまった。
それをいいことに真子は腰に手を添えて聡をホテルに連れ込む。
人通りはまばらだがいない訳ではない。
その周囲から密かに視線が集まる。
そもそもこれだけの見た目とスタイルの若い娘がホテル前で待っていたのだ。
目を引かない訳がない。
しかもやってきた平凡そうな少年に堂々とキスをし、まるで飢えた狼のようにぐいぐいとホテルに連れ込むのだ。
普通は逆だろう。
何よりあんな娘とこれからキメるのか、と聡に羨むような気配が集中する。
真子はそんな周囲を気にするでもなくてきぱきと部屋を決めていく。
「ま、真子」
「はい」
それほど高級ではない、どちらかというと安価な狭めの部屋。
そこに立つ真子は背景と不釣り合いだ。
ラグジュアリーな高級ホテルでなければバランスの取れないような空気を纏っている。
だが、今の真子はそんな事は気にならないらしい。
「俺達はその……」
「お兄さん、責任取って下さい」
「へっ」
責任、という言葉に一瞬であらゆる考えが聡の脳内を駆け巡る。
確かに避妊、しなかった時があった……つまり……。
みるみる顔色が青くなる聡を見て「あっ」と真子が自分の言葉を振り返る。
「すいません、妊娠した訳ではないんです、まあ、別にしてもいいんですけど」
「その、あの、その」
どんな経験を積んでいようと、まだ高校生だ。
何と反応していいかしどろもどろになる。
「それに……してなくても、今からするかもしれませんし」
「真子、どうした、おかしいぞさっきから」
「おかしいですよ」
とん、と真子が聡の肩を押してベッドに座らせる。
「お兄さんがおかしくしたんです」
目の前で服を脱ぎ始める。
甘い匂いが濃くなっていく。
聡はぞくぞくと腰が震えた。
ここが安ホテルだろうとどこであろうと、場所は関係ない。
真子がその肌を晒したなら、そこはもう男にとっての極楽浄土となるのだ。
「お兄さん、私、肉付きのいい体が好きなんです、胸も、お尻も」
ぱさり、ぱさりと衣服が足元に落ちていく。
言葉に連動するように、たわわな肉付きがふるる、と揺れる。
「でもそれは私の好みであって、私がそうなりたかった訳ではないんです」
緻密なドールのような顔立ちに華奢なフレーム、そこに男好きのする肉がたっぷりと乗った身体。
腰や首元はほっそりしているのに、臀部や胸にばかり肉付きが集中した、男を狂わせるためのような造形。
「だから、これはお兄さんのせい」
その細腰の後ろからひらりと一対の黒い羽が現れ、その下に黒い尻尾が垂れ下がった。
(そう!悪魔だよ!羽が生えて尻尾もあったんだ!見たんだよ……!)
母の言葉が蘇る。
信じていなかったが、本当だようだ。
むしろ聡は自然に感じていた。
「あ……やっぱり……」
「やっぱり、とは」
羽と尻尾を目にした感想としては想定外の言葉だったので、真子が首を傾げる。
「人間にしては美人過ぎると思ってたんだ」
「……そう来ましたか」
真子は額に手を当てて天を仰ぐ。
些細な動きでも胸がふるるん、と揺れて聡の視線を奪う。
「まあ、褒め言葉って事にしておきましょうか」
「ああ、うん……」
聡はどうも頭がぼんやりしている。
真子が色っぽい黒の下着を残して服を脱ぎ去った所から……。
いや、ホテル前でキスをされた時からふわふわした心地だ。
何度かの逢引で、真子のその人間離れした肢体を味わう僥倖に恵まれてきたが……。
今日の真子は更に格別だった。
視界は真子の身体しか目に入らない。
出会った頃より明らかに育ったその体がいつにも増して美しくも卑猥に見えて仕方ない。
その異形のはずの羽と尻尾もたまらなく魅力的に見える。
何度見てもその美貌には慣れない。
それに匂い。
甘いような爽やかなような濃厚なような。
嗅いでいるだけで脳が幸福に満たされ、生殖本能が掻き立てられるような匂いが嗅覚を犯してくる。
もはや、胸とは別に股の間にも心臓がもう一つあって、それがどくどくと脈打っているかのようだ。
真子が意識してやった訳ではないが、完全に魅了状態にあった。
理屈で理解しておらずとも、芽生えた本能が獲物が食べ頃である事を察知する。
「……俺を食うのかい」
「食べます」
例えばこの言葉が文字通りの意味での捕食だったとしても、今の聡は逃げる事を思いつかない。
まさに虜。
真子は気付かれないようにこくり、と喉を鳴らした。
今、自分は圧倒的優位に立っている。
だから、相手にそれを気付かれようと支障にはならない。
それでも羞恥の感情はある。
まだ直接的行為にも至っていないに関わらず、物凄く、濡れてしまっている。
くるぶしにまで熱いものがぬらぬらと垂れて来ている。
どれだけ好みの女性と身を重ねた時にも、これ程にはならなかった。
生まれて一番、トロトロになってしまっている。
それがなんだか悔しかったから、まずは自分が一方的に相手を責める展開にしたかった。
だから真子は、座っている聡の前に膝を着いて足を開かせた。
奉仕する形だが、これならば自分の濡れている所が相手からは見えないし、一方的に相手を責められる。
「ほら、腰浮かせて下さい」
「ん……あ……」
真子はイライラする。
(何ですかされるがままにぼけっとして……何でそんなにエロいんですか)
下腹部がイライラする。
怖い、可哀想、可愛い、守りたい、何かしてあげたい。
今まで聡に対してそれらの感情はあっても、直接的な欲情とまではいかなかった。
だが、今はどうにも聡の全てにそそられる。
一挙手一投足にぐつぐつする。
由々しき事態だった。
今まで散々に食べて来た美しい女性達よりも、容姿で言えば平凡なこの少年に、この自分がこれ程に……。
苛立ちをぶつけるように下着を下ろす。
雄の象徴が跳ね上がって、真子の目の前に晒される。
「……ふっ……」
真子は危険を察知した。
まずい。
これはまずい。
まずは一方的に口で愛撫して、一方的に鳴かせてやるつもりだった。
それで完全にこちらの立場が上だとわからせた上で貪ってやる、そういう算段だった。
しかし、これを口でしゃぶったりしたら……。
(……私の方が先に……?)
理屈で言うと有り得ない。
最大の性感帯である男性器を、本来性感帯でもない口で愛撫してあげる行為。
それは純粋に男性側が快楽を感じる為だけの行為であり、女性側に快感を得る要素は皆無だ。
頭では分かっている。
だが、本能的に察知した。
これを咥えたら気持ち良くなってしまう。
だからといってビビる訳にはいかない、でも口に入れたらやばい。
「ん……」
妥協案、という訳ではないが、真子はその成長著しい膨らみを抱えた。
口に侵入させるより、胸を使った愛撫ならこちらの快感を減じつつ、効率的に快感を与えられるだろうと考えたのだ。
「……っ!」
聡の目が見開かれる。
そう、精神的要因も大きい。
男性にとっては夢のプレイだ。
それは聡も例外ではないらしい。
その表情に優越感を感じながら、真子は胸の谷間に深々と男性器を咥え込んだ。

 むっ……にゅぅぅん……

「う゛う゛う゛ぅ……」
効果てきめんといった所か。
その漏れ出た情けない声を聞けばわかる。
この作戦は成功だと思いたかったが、そうもいかなかった。
「ふっ……?うんっ……!はぁっん……!?」
(おっ……おっぱ……!?)
おっぱいが、気持ちいい。
予想に反して挟んだ箇所から容赦なく快楽が伝わり、ぎん、ぎん、と乳首が乳輪ごと恥ずかしく尖るのを感じた。
更に、手が勝手に自分の知らない動きをした。
自分の房を男性器ごと抱えるように包み込み、上半身を巧みに上下させ始めたのだ。
大きな乳房の表面積がぴったりと密着し、一往復ごとに摩擦を全体に与える巧みなパイズリ。
無論、真子は経験豊富だ。
しかし、女性同士の行為ではパイズリなんて器具でも使わない限り発生せず、真子は器具は使わない方だった。
完全に淫魔の本能に動きを乗っ取られた真子は、巧みにその乳房で陰茎に快楽を与えていく。

 ずり、ずりゅっ、ぱちん、ずり、ずり、ずりゅんっ ぱんっ

 肌と肌が激しく擦れ合う淫猥な音に、時折聡の太腿を乳房で叩く卑猥な破裂音が部屋に響く。
聡は堪らなかったが、真子も堪ったものではなかった。
急に性感帯の塊のようになってしまった膨らみで、その快楽の発生源をもみくちゃにしているのだ。
乳房が気持ち良くて仕方がない。
これでは予定と違う。
それでも、限界は聡の方が早かった。
胸の谷間で陰茎がびく、びく、と脈動し、膨れ上がるのを感じた。
(あ、出る)
そう思った瞬間、真子の身体がまた勝手に動いた。
「ふぁ?」
真子は口を開け、谷間から僅かに覗いている陰茎の鈴口に……。
(あ、それは駄目)
そう思っても、もう遅かった。
「ぢゅるっ」
口が、迎えに行った。
まさに限界を迎える、その最高のタイミングで。
白濁を思い切り引き抜くような吸引力で。
真子の唇が吸い付く。
「ぢゅづづぼ、ん、も゛、ぢゅぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞずずず」
下品極まりない音が響いた。
「かっ……かっ……」
聡は凄まじい勢いで射精した。
尿道を固形物のように重い塊が、物凄い速さで駆け抜ける。
その特濃の射精を、真子は一滴も零さず口で受け止める。
「ん゛っ……ん゛っ……」
乳房を脈動に合わせてぎゅぅぅぅ……ぎゅぅぅぅ……と締め上げ。
あまつさえ舌で亀頭周りをくるくると擽り、射精の快楽を増長させ続ける。
聡の視界にぱちぱちと火花が散る。
その眩しさ以外は射精の快楽しか感じなかった。
それは真子にとって幸いだった。
「ごっきゅっ……」
(だ、め……)
あまりに熱く、重い塊が喉を通った時、真子は屈辱の瞬間を予知する。
膝を着いていたはずが、いつの間にか蹲踞のようにぱっくりと足を開いた体勢になっていた。
その腰がひく、ひく、へこっ、と情けない上下運動を始める。
「ごっきゅっ……」
へこっ、へこっ、と腰が振られる、その振動で豊かな尻肉がぷる、ぷる、と揺れる。
「ごきゅっ……ごきゅっ……ごきゅっ……」
手で押さえて止めようにも、手は乳房を圧迫して陰茎に快楽を与えるのに忙しい。
離れようにも、舌は亀頭に絡み付く。
どぷん、どぷん、とどろどろに重い物が食道に流れる。
真子の脳内にイメージが溢れる。
今しがた飲んだ精液が自分の中で分解され、栄養になり、また自分の胸や尻に栄養として行きわたる。
みちっ、みちぃっ、と乳房が張り詰め。
むちっ、むちぃっ、と尻が肉を蓄える。
それは果たしてただの淫らな妄想なのか。
真子は今まで聡との行為で絶頂に達した事は無かった。
だから、これが初めて聡でイッた瞬間だった。
真子は聡との初の絶頂をパイズリフェラによる飲精で迎えたのだった。







 「やって……くれましたね……」
快感の余韻で全身の震えが止まらないうちに、何故か怒り顔の真子がゆらりと立ち上がった。
「なっ……何を……?」
「私はプライドが傷付きました」
訳が分からない。
「かくうえはお兄さんを滅茶苦茶にします」
もう既に滅茶苦茶なのだが何を言っているのだろう。
思わず後ずさろうとしたが、先程の射精で腰が抜けている上、真子の腕力に敵うはずもない。
ふわりとベッドに押し倒され、その上に跨られる
「熱っ」
思わず声に出た。
真子の局部から滴る粘液が、凄く熱い。
というより、こんなに濡れている所を初めて見た。
明らかにいつもの真子の身体と違う。
本性を現したからだろうか?
「黙ってて下さい……」
その聡の声を聞いた真子は何故だかやたらに恥ずかしそうだ。
可愛い、と思えてしまう。
そう思った拍子にちょっとは反撃してやりたいと思ってしまった。
「あっ、こら」
聡は手を伸ばして、頭上で重たそうに揺れる膨らみに触れる。

 むにゅん  ぬちゅんっ

 手に素晴らしい弾力を感じるのと、陰茎がいきなり溶けて無くなったかのような感覚に襲われたのは同時だった。
不意打ちで性感帯の塊と化していた乳房を揉まれた真子が、堪らず腰を突き出し、挿入してしまったのだ。
大変だった。
陰茎がだ。
元々相当な名器だったのだが、今の真子のそこはもうそんな言葉で表せるようなモノではなかった。
快楽を与えるためだけに生まれた小さな妖精達が寄ってたかって陰茎に奉仕してくる。
そんなにしたら壊れてしまう、と陰茎が泣こうが喚こうがお構いなしに、ひたすらに。
手もおかしかった。
乳房を握り込んだ手が離れない。
これは劇薬だ、麻薬だ、と脳が危険信号を発しているのに手はその感触を味わうのをやめられない。
「うお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ぅ」
どっちの声か、両方の声か。
多分、このホテルが作られて数多の男女がこの部屋を使っただろう。
しかし、これ程の深いイキ声が響いた事は恐らくないであろう。
「へぁ、ぉあ、ゆる、ゆるじゃない、ゆるしません、からぁ」
アヘり崩れてなお妖艶な顔で、また真子が怒る。
ごめん、ごめんって、と許しを請いたかったが聡も壮絶な射精で歯をカチカチいわせるしかできない。
そんな事をしたら自爆だろうに、怒りに任せて真子が腰を振るものだから余計絶頂から降りれなくなる。
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」」
二人の声にならない絶叫がまた、部屋に響いた。
そこからはもう、まぐわいというより真子が徹底的に性欲で聡を殴り続けていた。

 ぱん! ぱん! ぱん! ぱん! ぱん! ぱん!

 足を抱えてひっくり返し、聡を恥ずかしい体勢にした後、杭打ちのように腰を振り下ろす。

 ぐちゅ、にゅちゃ、ぬちゅ、むちゅ、ねちょ

 室内に備え付けてあったローションを垂らし、滑りを良くした状態でのさらなるパイズリ

 じゅぼぼぼぼ ちゅば! ちゅば! じゅぱ!

 がっちりとシックスナインの体勢で覆い被さってからの口による凌辱。

 ちゅずずずず たぱん たぱん たぱん

 「あーーーーー!あーーーーーー!あーーーーーー!」

 四つん這いで逃げようとした所を捕らえられ、背後からアナルに舌を差し込んでのパイズリをされた時など。
聡は本気で泣き叫んだ。
本当に快楽で死んでしまうと思った。
真子は全く容赦しなかった。
徹底的して魂に快楽のトラウマを彫り込み続けた。
聡は泣かされ続けた。
男の欲望が形を成したような姿の少女に、どれだけ大金を積んでもさせられないような性技を尽くされた。
そのフルコースを何周も、何周も、手を変え品を変えお替りさせられた。
極楽に監禁された聡は、快楽物質で溺死させられるしかなかった。
ずっと、ずっと、終わることなく……。







 「生きてる」
ラブホテルで女性と一夜を明かした朝の一言がそれだった。
ある意味失礼だが、正直な感想であった。
「あ、お兄さん」
なので、コーヒーを片手に薄着のままの真子が現れた時にビクッとしたのも仕方のない事だった。
「すいません……調子に乗り過ぎました」
また怒られるかと思ったが、真子はしおらしい。
よっぽど昨晩の聡の様子が凄惨だったのかもしれない。
「あ、これ、モーニングです、無料ですよ」
そう言ってコーヒーと皿に乗ったクロワッサンを渡してくる真子の姿はさっぱりして綺麗なものだ。
あれだけドロドロになったのが嘘のようだ。
自分がダウンしている間にシーツも取り換え、シャワーなども済ませたようだ。
凄い体力だ。
「あ、ありがとう……」
いや、それを言うならば自分もだ。
命の危機を感じる程の体験だったにも関わらず、身体の方は意外と平気だ。
そもそも冷静に考えると自分は昨晩何回射精しただろうか?
それこそ死んでもおかしくない回数だったような……。
それは、やはり……。
ぎし、とソファに腰掛ける真子の腰から生える黒い羽と尻尾を聡は見た。
「……生まれつき、じゃないですよ、両親は人間ですからね」
視線に気付いた真子はそれをひらひら動かしながら言う。
それはそれで後天的にそうなった原因が何なのか気になる。
「深く聞かないで下さい、自分でもよくわかってないんです」
「大変じゃない?」
「いえ、隠せるので」
言うなりするる、と羽も尻尾も縮んで見えなくなった。
「別に不便はないですよ」
「そっかぁ……それでその……」
「はい?」
「今回、こんな事になったのって、その……それが原因だったり……?」
あれほど真子が激しく聡を求めたのはその体が原因なのか、と聞いているのだ。
そうだとすると、色々と複雑だ。
「いえ、これは関係ありません……多分」
「多分って」
「私がしたいからしただけですよ、それは間違いないです」
「……」
「お陰で色々すっきりしました」
んん〜っと伸びをする。
先程縮んで隠れていた羽と尻尾もまた現れてぐぐっと伸びる。
伸びをしている猫のようで可愛く見える。
突き出された胸とお尻のボリュームは可愛いでは済まないが。
「お兄さんは、お母さんと会ったんですか」
どきっとした。
「……何でわかったの?」
「勘です」
「鋭いなあ」
「会ってどうしたんです」
聡はコーヒーを一口飲んだ。
「それで会うのはもう、最後にしたよ」
「よかった」
真子が振り返る。
「まだ引きずるようだったら、今度はお兄さんにお仕置きしてやろうと思ってました」
「怖いって」
ふふ、と笑って真子はてきぱきと身支度を整える。
「真子ちゃん」
「はい」
「俺は真子ちゃんの事が好きだ」
真子の動きが止まる。
「……」
「本当に好きなのは奈津美だって知ってるけどね」
「……」
「付き合って欲しいって訳じゃないよ、ただ言いたかっただけ」
「……さっぱりした顔しちゃって」
真子は振り返らずに呟いて、そのまま出口に向かう。
聡は穏やかな、でも少し寂しそうな視線をその背中に送る。
「一か月後」
「うん?」
真子がやはり振り返らずに言う。
「一ヶ月にピクニック行きましょう」
「俺でよければ」
「お弁当、作りますよ」
「えっ、無理じゃない?」
「失礼ですね、練習すれば私もできますよ」
「じゃあ、楽しみにしてる」
「はい」
「それじゃ」
「それじゃ」
真子は顔を見せないまま部屋を出た。
と、思ったらもう一度ドアを開けて顔を出した。
真剣な顔だった。
「あと、それまでオナ禁してて下さい」
「へ?」
「それじゃ」
ぽかん、とする聡を置いてドアは閉まった。
ホテルから出た真子はスマホのフレンドリストを開く。
ずらりと並ぶ女達の写真。
一ヶ月。
ダラダラしてても終わらない。
一ヶ月で全員と決着を付けて、このフレンドリスト……というか、セフレリストを綺麗にする。
「あと何回刺されそうになるかな……」
呟くように言って、歩き出す。
「あと、お料理の練習……こっちのが難関かも……」
ぶつぶつ言いながら、真子は朝日の差す街を歩いて行った。

23/05/26 19:03更新 / 雑兵
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ディムの続きもいずれ・・・

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