連載小説
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前編
 曇り空の下、林の中の小道。馬車を曵く馬に、必死で鞭を当てる。

 馬が疲れているのは走り方を見れば分かるが、後ろから追いすがってくる騎兵を見ては休ませてやるわけにもいかない。しかし徐々に限界が近づき、脚が遅くなってくる。
 そして背後から迫る馬蹄の音が、次第に大きくなる。

「もう少しだ、頑張ってくれ!」

 励ましの声に応えて、馬は雨の中を懸命に走る。馬車はガタガタと揺れ、車輪の軸の軋む音が聞こえる。追ってくるのはつい最近まで同胞だった連中だ。だが俺を捕らえようとするのは当然のことだろう、少なくともあいつらの立場からすれば。
 何せ俺は教団の騎士でありながら、魔物の領土に亡命しようとしているのだから。

 教団への裏切りは主神への裏切り。それは死に値する罪。誰もが分かっていることだ。先に裏切られたのはこちらの方だという訴えなど、誰の耳にも届きはしない。

 例え背信者の汚名を着せられることになろうと。煉獄へ堕ちて未来永劫苦しむことになろうと。
 俺はこうするしかない。妹を救うために。

「マナ……!」

 名を呼びつつ振り返っても、幌馬車の中に横たわる妹から返事は返ってこない。虚ろな瞳でぼんやりと虚空を見つめ、ただ息をしているだけだ。
 死んでなどいない。スプーンで麦粥をすくって口元に持っていけば食べるし、排泄もする。夜が来れば眠る。ただそれだけだ。俺の声も、他のどんな音も景色も妹に届かないし、彼女が立つことも歩くこともない。生きているというよりも、死んでいないだけ。

 妹がそうなってしまった理由を知り、俺は背信者となった。そして彼女を助けるため、今こうして逃げている。

 だが追っ手の足音はすでに、すぐ近くまで迫ってきていた。

 馬は懸命に走る。だが十字路に差し掛かったとき、横道からも蹄の音が聞こえた。次の瞬間には目の前に騎兵が躍り出る。それも複数。反射的に手綱を引き、馬の脚を止める。

「うっ……!」

 刹那、右の肩、左の腕に鋭い痛みが突き刺さった。しくじった。弓騎兵に先回りされていたとは。
 停止した馬車を取り囲み、騎士たちは俺に槍と弓を向ける。

「降伏しろ、ヴィンデン! 武器を捨てて降りてこい!」

 奴らがそう呼びかけてきたのは、仮にもかつての同胞であった俺への慈悲だろう。知っている顔も何人かいる。

「一時の気の迷いなのだろう!? 我々も司祭様に口添えする! 戻ってこい!」

 気の迷い? 司祭への口添え?
 馬鹿げている。あの司祭が俺とマナを裏切った。教団が……神までもが俺を……

 選べる道など一つしかなかった。体に矢が刺さったままサーベルを抜いたその瞬間、再び矢が飛来する。
 だが二度も喰らいはしない。立ち上がりつつ片端から払い落とし、駆け出す。腕の矢傷がじわりと痛んだ。もしかしたら毒も塗ってあるかもしれない。

 敵の殺気を読み、二本、三本と飛来する矢をかわし、剣で払う。地を蹴って跳んだ。馬の頭を飛び越え、宙へ躍り上がる。
 『神燕の剣』……そう称された技で、弓騎兵の一人を急襲する。軽装だったそいつは咄嗟に弓で身を庇い、俺はその腕に上空から剣を振り下ろした。

「ぐぁぁっ!」

 悲鳴が響き、切断された弓、そして血しぶきが宙を舞う。着地したとき、そいつは落馬して地面に転がっていた。
 今度は槍の穂先が近づいてくる。研ぎすまされた、祝福を受けた聖槍だ。それが背信者である俺の胸を突く前に、再度跳躍する。槍が空を切った瞬間、俺はその槍を上から踏みつけ、蹴り落とした。

 相手がひるんだのは一瞬。その隙を突く。
 脚を狙って繰り出した一撃に確かな手応えを感じた。追撃戦のため相手は皆軽装騎兵、防具は最低限のものだけだ。サーベル一本でも十分に倒せる。

 だが、俺ももはやこれまでだろう。剣を振るう度に傷の痛みが増すし、それに続々と増援が近づいてきたのだ。同時に矢傷の痛みが痺れに変わり、全身に広がっていく。

 矢が飛び来る。炎も舞う。魔道騎兵まで投入してきたようだ。

 それでも動かなくなりつつある体を、無理矢理動かすだけの力が俺にはあった。サーベル一本を頼りに矢を叩き落とし、槍をかわし、宙を舞って敵の血を降らせる。

「麻痺毒が効いてないのか!?」
「もっと矢を射かけろ! 早……ッ!」

 叫んでいた奴の顔面に飛び蹴りを入れ、落馬させる。馬の鞍を踏み台にしてさらに跳躍。次の獲物を剣にかける。
 死角から矢で狙ってくるものがあっても、射る瞬間の殺気を読んで避ける。魔法も同じだ。

「マナァァーッ!」

 妹の名を叫び、毒のまわっていく体に力を入れる。矢を叩き落し、その矢を射た敵兵を馬から叩き落とす。

 しかし次第に、高く跳べなくなってくる。翼がもぎ取られ始めた。サーベルを握る手にも力が入らない。
 迫ってきた槍の穂先を切り落とし、その持ち主の腕を切り上げた。全身をバネにし、跳躍しながらの一撃。騎士の腕が丸ごと宙に飛んだ。
 同時に俺の剣も、手から滑り落ちてしまう。

 体に毒矢が突き刺さり、刃に切り裂かれる。
 死に物狂いで敵の馬の手綱を掴み、馬と乗り手をまとめて引き倒す。敵どもの驚愕の声が聞こえた。俺でさえ自分のどこにこんな力があるのか分からない。視界も明滅し、痛みすら感じなくなってきたのに、俺はまだ戦い続けていた。

 全てはマナのため。マナの呪いを解くために、俺は教団を、延いては神を裏切った。いや、見限ったのだ。

 追ってくるのはかつての仲間、同じ人間。神は傍観するのみ。

 俺たちは地上に這いつくばって生きる塵芥の、ほんの一粒にすぎない。
 だが世界と我々を作りし者に忠誠を近い、その導きに従い戦ってきた。

 それなのに。あなたは敬虔な信徒だった妹へ降り掛かった理不尽を意に介さず、あまつさえこんな運命に俺たち兄妹を追い込み、何を面白がっているのか。

 我ら人類を作っておきながら、生きようとする我らの意思を踏みにじるのか。


 どうなんだ。答えろ。



 ――――神よ――――








「うっ!?」
「何だ、魔物か!?」

 ぼんやりと、叫び声が耳に入る。

「デロイ、そいつを頼む」
「おう!」

 何かが目の前に躍り出た。グレイブの巨大な刃が煌めき、騎士たちが薙ぎ倒される。
 俺の体が誰かに支えられた途端、ふっと力が抜けた。瞼の裏に妹の顔が浮かぶ。

 だがそれも一瞬のこと。俺の頭の中は、白一色に染まっていった……















 ………











 ……









 …













 ――ヴィンデンさん、以上が妹さんにかけられた呪いの……真実です――


 ――しかし相手は司祭様です。訴えたとて勝ち目はありません――


 ――妹さんは魔物と勇敢に戦い、奴らの卑劣な呪いを受けてしまった。そういうことにしておくのが最善かと――




 ――お前は騎士だろ? 何が正しいかなんて、傭兵のオレに訊くことか? 自分で決めろ――


 ――ただな。お前ら教団は神様の代理人だと驕っているから、世界が狭く見えるんだよ――


 ――遠くに目を向けてみれば、呪いを解く術だって見つかるさ――


 ――例えば……魔物の住む町だ――












「……マナ」

 妹の名を口にするのと同時に、俺の目は開いた。視界に映るのは見たことのない天井だが、明るく清潔な部屋だった。

 徐々に視界はクリアになり、意識がはっきりしてきた。自分がベッドに寝かされていること、裸になっていることが分かる。そしてアルコールの匂いもする。病院だろうか。

「あ、気がつきましたか」

 傍らから女の声がした。目を向けると、俺の寝かされているベッドのすぐ脇に『女の形をしたもの』がいた。可愛らしい声、豊かな胸、長い髪、優しげな眼差し。全て女のものだった。だがそれらを形作っているのは人間の体ではなく、紫色の液体なのだ。
 つまり魔物。スライムの一種。

「ああっ! まだ起きちゃダメですよぅ!」

 反射的に飛び起きそうになった俺を、スライムはぐっとベッドに押さえつけた。粘液でできた細い腕が、俺の動きを封じる。並の人間では抗えないほどの強い力だ。俺でさえ万全の状態でなくては振りほどけそうにない。
 スライムは俺に微笑みかけた。彼女の胸には核らしきものが浮かんでおり、顔らしきものが見える。だが人間で言えば頭部に当たる部分にも、目や鼻、口の形の凹凸があり、表情を作っていた。

「まだあと一カ所、処置しますからね。大人しくしていてください」

 彼女はゆっくりと、左腕の矢傷に手を触れた。ひんやりとした粘液の掌は意外と心地よい。

「マナは……妹は……」
「大丈夫です。妹さんは隣の病室にいます。怪我一つしていませんよ」

 安心しろと言うかのように、スライムはもう片方の手で俺の頭を撫でる。

「大丈夫、痛くないですよー。体の力を抜いて、楽にしていてくださいねー」

 優しく語りかけてくる声を聞きながら、俺は自分の傷口に何が起きているのかを見た。半透明なスライムの手からは、触れられている矢傷がゆっくりと押し広げられていくのが透けて見える。そしてその中へ、スライムの体の一部が流れ込んでくるのも感じた。だが彼女の言う通り、痛みは感じない。
 ゆっくりと、傷の中から何から出てくる。銀色の尖った物……鏃だ。それは傷口を抜け出し、スライムの掌の中に収まった。

 彼女が手を離すと少量の粘液が残り、ぴったりと傷口を覆う。近くの机の皿には血の付いた鏃が数個入っており、スライムは今摘出した鏃もそこへ放り込んだ。
 自分の体をよく見ると、脚、脇腹、腕に至るまで、全部で十カ所ほど何らかの傷を負っていた。そして矢を受けた箇所、切られた箇所全てに、紫色のスライム物質が貼り付けられている。

「それは取っちゃダメですよ。自己治癒力を高めて、痛みを和らげながら、治るまで傷口を保護してくれますからねー」

 スライムはそう説明した。俺が眠っている間、彼女がこうして手当をしてくれていたのか。

「鏃七個の摘出完了、スライムパッチで止血処置。患者さんの意識回復を確認……と」

 机に置かれていた用紙に、スライムは羽ペンで書き込んだ。

「それにしてもこの鏃、矢にちゃんと固定されていませんでしたね」

 摘出した鏃をつまみ上げ、ふいにスライムは悲しげな表情になる。

「矢を抜いても、鏃だけ体の中に残って苦しめるようになっていたんです。……酷すぎます……」

 粘液の顔に形作られたのは、悲しみと怒りが混じり合った、実に人間的な表情だった。戦場で殺気を読みながら戦う術を持つ俺には、その悲しみが本物であることが分かる。同時に俺に向けた、優しさも。教団の間で常識となっている、『魔物の美しさは人を騙し、狂気に陥れ、喰らうためのもの』という噂とはかけ離れた、純粋な慈愛の心だ。

 これが魔物の本当の姿なのか。やはり俺はあの男が言ったように、世界が狭く見えていたようだ。

「……助けてくれて、ありがとう」

 素直に礼を言えた。すでに背信者になってしまったという、一種の気楽さもあっただろう。

「当然のことをしただけです。私、これでもお医者さんですからっ」

 彼女は屈託なく笑った。魔物の虜になる男も多くいると聞くが、これだけ可愛らしい笑顔と美声を見れば納得がいく。例えどろどろの粘体でできた笑顔でも、だ。

「俺はヴィンデン・ロイ・リーセンロッツ。君は?」
「私はダークスライムで、名前はメリッサです。よろしくお願いしますね」

 溌剌とした声と笑顔が、どことなくマナに似ていた。呪いを受ける前はあいつも、こんな風に笑っていたのだ。
 本当に魔物相手に話が通じるか不安もあったが、少なくとも彼女とは大丈夫そうである。だから俺は質問した。

「メリッサ、ここはルージュ・シティかい?」
「はい。ルージュ・シティ中央区の、市立病院です」

 どうやら目的地には着けたようだ。必死で馬車を走らせて辿り着いた、人と魔物が共存するという町に。そして先ほどのメリッサの言葉が正しければ、マナも。

「マナもここにいるんだね?」
「ええ、妹さんは無傷です。ヅギさんから事情を聞いて、魔法使いの人たちが看ていますよ」
「ヅギ……やっぱり、あいつが助けてくれたのか」

 俺が亡命を決意するきっかけをくれた男だ。以前匪賊征伐のときに雇ったことのあるフリーの傭兵だったが、今ではこの町に腰を落ち着けているらしい。思えばあいつと会ったときから教団のあり方に疑問が湧いてきた気がする。うすうす感じていた、魔物がそこまで邪悪な存在ではないという真実も彼に聞いた。何せその頃、あいつは金次第で教団にも魔物にも味方するという男だった。
 そして数ヶ月前、俺は再びヅギと再開した。そして、この町のことを聞いたのだ。ルージュ・シティの技術なら、妹の呪いも解けるかもしれないと。

「妹は……治りそうか?」
「まだ分かりませんけど、ここには魔道医療の権威が何人もいますから。今はヴィンデンさんご自身の治療も大切です」

 メリッサは俺をなだめるように言った。マナにかけられた呪いは命を奪うものではない。ただ人形のように、何もできない状態にしてしまうものだ。だから彼女が言うように、焦らず自分の体力の回復を考えるべきかもしれない。だが亡命に成功したのだから、兄としては一日も早くマナを治してやりたい。

 そんなことを考えていたのも束の間だった。メリッサがずるずるとベッドの上に這い上がり、俺に覆い被さってきたのだ。

「な、何をする!?」

 補食、という単語が頭に浮かんだ。スライム族の魔物は人間を飲み込んで消化してしまう……教団ではそう言われている。だが逃れようとしても、体は思うように動かなかった。

「大丈夫ですよー。体に残ってる麻痺毒を抜くだけですからねー」

 にこやかにそう言いながら、メリッサはうつぶせになって俺に密着してきた。粘液が裸の俺にまとわりつき、包み込むように広がる。
 不快に思ったのも一瞬だった。体を覆った粘液が、彼女の体がゆっくりと動き出したのだ。俺の体をほぐし、マッサージするように優しく、じっくりと刺激してくる。その柔らかな動きがとても気持ちよく、彼女の明るい声と相まって不快感が快楽に変わってきた。

「痛くありませんか?」
「だ、大丈夫、だよ」
「そのまま楽にしててくださいねー。私の体で毒を抜いて、分解しちゃいますから」

 言われるままに、俺はメリッサに身を任せて脱力した。すると何とも不思議な、気持ちいい感覚が広がってくる。まるでメリッサが、俺の体に染み込んでくるような。俺の体を縛っていた悪い物が、皮膚から抜き取られていくのがわかった。

「ああ……気持ちいい……」
「ふふっ。イイコ、イイコ……」

 恍惚に浸る俺をあやしながら、メリッサは『治療』を続けた。気持ち良さを味わいながら目を閉ざし、心を落ち着ける。スライムの粘液で拘束されていても、少しずつ麻痺がなくなってくるのを感じた。

「ちょっと栄養補給もしましょうか。あーんしてください」

 優しい呼びかけに従い、口を開けた。するとそこへ、何かぷるぷるしたものを咥えさせられる。何か甘い味がした。

「はい、食べてください。よく噛んでから、ごっくんしましょうねー」

 歯を立てて、柔らかなそれを食いちぎる。その瞬間、濃厚な甘味が口一杯に広がった。食べたことのない味だ。甘い物は苦手なのに、無性に美味しい。メリッサに言われたようによく噛んで、味わってから飲み下す。

「そうそう、もっと食べていいんですよー」

 俺は夢中で、甘いゼリーを頬張った。濃厚な味わいの後、ちゅるんと音を立てて喉を流れていく。食べているうちに、体が熱くなるのが分かった。力が湧いてくる。

 しばらく貪った後、ゆっくり目を開ける。するとそのゼリーが何だったのか分かった。

「美味しかったですか? 私のおっぱい」

 半分くらいの大きさになった乳房を小さく揺らし、メリッサは微笑んだ。
 甘味の余韻で恍惚状態が続く俺から、メリッサはゆっくりと離れていく。体中に甘い快楽が残っていた。

「解毒に成功、スライムゼリーを投与し効果覿面、っと」

 羽ペンを手に、彼女はまた記録用紙に書き込んだ。その動作を眺めながら、体の調子を確かめる。手を握ったり開いたりすると指は問題なく動き、腕も持ち上がる。麻痺している感覚はなかった。

「はい、おしまいです。毒は全部抜けましたよー」
「うん、ありがとう。凄いな」

 彼女の献身的な治療のおかげで、麻痺は完全に解けたようだ。あれだけ毒矢を受けたのに、その毒を全て抜き取ってくれるとは。魔物というのは人間の常識では測れない存在のようだ。
 だが体を起こし、自分の体を確認して、俺はあることに気づいた。

「あはっ。ボッキしちゃいましたね」

 メリッサがわざわざ、その問題を指摘してきた。それも朗らかに。

「そ、その……ごめん」

 恥ずかしすぎる。決まりが悪くなって恐縮する俺だが、メリッサはにこやかに俺の肩を叩いた。

「男の方だから仕方ないですよー。じゃあおちんちんの健康診断もしましょうね」
「……え?」

 脈を診ますね、とでも言うような自然な口調。一瞬何を言われたのか分からなかった。
 しかも俺が反応する前に、彼女は俺の股間に……怒張したペニスに手を触れてきた。

「ちょ、ちょっと!?」
「はーい、力抜いてー。精液出て気持ち良くなるだけですからねー」

 ぬるぬる、ぷるぷるとしたスライムの手が、ペニスを優しく撫でていく。形を確かめるように、じっくりと。メリッサの視線もそこを凝視し、『診察』するかのように愛撫してくる。
 形は人の手と同じでも、透き通った紫色の、粘液の塊。その感触は人間の肌とは明らかに違い、しかしペニスにぞわぞわと快感を与えてくる。

「ふむふむ……元気なおちんちんですけど、大分溜まってますね。よっぽど妹さんのことが心配だったんですね」
「ううっ!」

 指先で亀頭をつつかれ、思わず声が出てしまう。麻痺が解けたのに再び痺れるような、性的な刺激が走った。
 ペニスの診察を続けながら、メリッサの髪……正確には髪の形をしたスライム体が、にゅっと机に向かって伸びた。その先端が手のような形状に変化し、羽ペンを掴む。そしてさらさらと、カルテに記帳を始めた。

「治療後に患者さんがボッキ。亀頭が非常に敏感。ペニスの長さはおよそ……」
「そ、そんなこと記録しないでくれ!」
「ダメです! 診察記録をしっかり残すのが私のポリシーですから!」

 胸を張って言いながら、彼女はふいにペニスから手を離した。刺激を中途半端な所で中断され、切ない疼きを感じる。
 メリッサは両手を合わせたかと思うと、彼女の掌がどろりと形を崩し、不定形な粘液の塊となる。右手と左手がくっついた状態でだ。

「はーい、搾りますよー♥」

 彼女はゆっくりと、その部分をペニスに被せてくる。半透明の紫色のスライムに、ペニスがぬるりと飲み込まれた。ひんやりした、しかしどこか温かみのある不思議な感触である。
 そして次の瞬間、そのスライムがうねり始めた。

「うあああっ!」

 たまらない快感だった。スライムの動きは巧みに、ペニスの感じる所を突いてきたのだ。今まで溜まりに溜まったものが、ぐっとこみ上げてくる。

「あははっ♥ 気持ちイイですか? 精液をぴゅぴゅってできますか?」
「ううぅ、だ、駄目! 駄目、だ、メリッサ……」

 射精寸前の俺は必死で訴えた。普通、紫色の粘液にペニスを包まれても、ぞっとするような不快感しか感じないだろう。だが今の俺は違った。
 食べさせてくれた体の一部が。毒を抜かれたときの染み込むような気持ち良さが。明るく献身的なメリッサの態度が。強制的に、その粘液が『女の子の体』であると俺に理解させていたのだ。

 このまま女の子の中に射精してしまうなんて、駄目だ。人の道に反している、背徳だ。

「えっ、まだダメですか? 任せてください、もっと気持ちイイことしてあげますから♥」

 だが、俺の訴えを彼女は間違えて捉えたようだ。
 その途端、粘液の動きが変わり始めた。奇妙な感触がペニスを這い回る。まるで舌で舐められているかのような。

「ほぅら、ペロペロペロ〜♥」

 メリッサの口調に合わせて、粘液の中で、粘液の舌が俺のペニスを舐め回す。スライム体の中で舌の感触を再現したのだ。それも、何枚も。

「あ、あぁ、あっ!」

 亀頭を、カリ首を、竿を、さらには玉袋までスライム舌の暴虐に晒される。とても耐えられるものではなかった。

「メリッ、サ、で、出……」
「はーい♥ そのまま蕩けた気分になって……いっぱいオモラシしてくださいね♥」

 優しい、そして淫らな笑顔がこちらに向けられ、それが決定打となった。

 ペニスが彼女の手の中で激しく脈打った。突き抜けるような気持ち良さを伴って、堰を切ったかのように精液迸る。

「わぁ、一杯出てる♥ キレイ……♥」

 メリッサが感嘆の声を上げた。今まで溜まりに溜まった白濁液が一気に放出され、紫色のスライムの中に白い花を咲かせていくのが透けて見える。それらはメリッサの腕を通り、体の方へ流れていった。胸にある核の周囲に、俺の出したものが花弁のように漂う。

 射精は長かった。少なくとも俺にはそう感じられた。びくびくとペニスが脈打っては、メリッサの中に白濁をぶちまけていく。核の周囲に漂う精液が、少しずつ溶けるようにして消えていくのが見えた。それに比例して、俺が食べたことでボリュームの減った乳房が徐々に膨らみ、成長していく。どうやら俺の精を消化し、栄養にしているらしい。人を食うというのはある意味正しかったのだ。

「うん、元気一杯な精液さんたちですね♥ 健康な、良いおちんちんです♥」

 彼女の声を聞きながら、俺は自然と口元が緩んできた。スライムのように蕩けそうなほど、多幸感に酔いしれてしまう。
 俺を見つめてくる眼差しを見て、俺の胸にある感情が生まれた。

「メリッサ先生……」
「やぁん♥ 先生だなんて……ちょっと照れちゃいます」

 気恥ずかしそうな彼女に、俺は自分でも驚くほど素直に、自然にその気持ちを告げた。

「好き、です」


 ……こうして俺は完全に、神に背いた。








14/10/21 22:50更新 / 空き缶号
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■作者メッセージ


お読み頂きありがとうございます。
書いていたものがふと詰まったとき、心に浮かんできたのは何故か「お医者さんプレイ」。
いつの間にか、それを書いてしまっていた……。

こんなしょうもない私ですが、よろしければご意見ご感想宜しくお願い致します。
もちろんサイクロプスSSも書いていますよ!

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