連載小説
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好い人の寵愛
「とりあえずは傷を塞ぎました。これなら命に別状はありませんよ」
「そうか、助かった」
「ありがとうねエリヴィラ」

ディユシエロ王国を後にした私達はある魔界の宿屋の一室にいた。なんでもフィオナが言うには治癒魔法を使え直ぐに呼べる相手が近くにいるということでここへ飛んできたらしい。
そして今この場に呼んだ、先ほどユウタの傷を治療してくれた相手。フィオナの知り合いということで当然魔物だったのだがこれがまたただの魔物ではなかった。

エキドナ

ドラゴンやリリムと並んでも遜色ない魔物の母とも呼べる存在だった。リリムの知り合いというのだからまぁそれくらいあっても当然だろう。それに私も今は魔物の姿だ、今更そんなこと問題ではない。
問題なのはそのエキドナの目が先程からずっとユウタに向いたままだということ。熱を持った視線と時折吐き出すため息がやたらと気になってしまう。
視線を向けられているユウタはというと戦いを終え気が抜けたのか意識を失っている。あれだけの出血があったのだから仕方ないことだ。寧ろ魔法も使えない人間がよくやったというべきところだろう。
そのユウタはベッドに寝かされていた。治療魔法の効果を確かめるため血に染まっていた服は取り払われている。シーツはかけられているものの裸も同然の姿だ。
肌を見るのは初めてじゃない。傷のなくなった体はあの時見たのと同じように鍛え上げられたものだ。逞しい胸板は見ているだけでぞくりとする。うっすらと浮き出た肋骨にしなやかでありながら筋肉のついた手足に思わずため息が漏れる。もしかすると男の色気というのはきっとこういうのを言うのかもしれない。その姿に情欲をたぎらせてしまうのは同じ魔物として非常によくわかる。わかるのだが相手がユウタというのは気に食わない。
そして、ぽつりとこぼした一言も。

「それにしても…まさかユウタ君とこのような場所で再会出来るとは……これが運命というものでしょうかっ♪」
「…え?」
「何?」

私とフィオナは思わずエキドナへと視線を移す。彼女は治療など既に終わったはずなのだが指先で優しくユウタの頬を撫でていた。

「以前のことですが、ある魔界の街で彼と出会ったのですよ。ヘレナと一緒の時に」
「ヘレナと?」
「ちょっとしたお散歩程度のことだったんですが…その時にユウタ君と出会って……はぁ♪」

何かを思い出したのかうっとりとした表情でため息をつくエキドナ。青白い肌に赤みが差し潤んだ瞳がユウタを捕える。その表情はただの男性に向けるにはあまりにも優しくて、それでいて恍惚としすぎていた。同性から見ればどのような感情を抱いているのか嫌でもわかる。きっとフィオナもそれには感づいていることだろう。

「…素敵な男性でした♪」
「…」
「…」

確かユウタは私の護衛につく前魔界に行ったことがあるはずだ。ディユシエロ王国は別世界から来た者をその実力を試す形で一度魔界へ赴かせる。簡単にいえば適材かどうかふるいにかけるといったところだろう。
無事に戻ってきたからこうしているわけだが…どうやらこの男、やはりというか魔界でなにやらやらかしてきたらしい。ディユシエロ王国だろうとジパングだろうとやることが変わらないその性格に頭が痛くなる。

「しかし、まさかこんなところまで連れてきてくださるとは…もしかして私にユウタ君をくれるということですかっ!?」
「やるか馬鹿者!!」
「そうよエリヴィラ!私がもらってるわよ!!」
「お前もだ馬鹿者っ!!」

魔物というのは私が考えていた以上に色恋に目がないのか。いや、今は私も魔物なのだから同じなのだろう。この二人と同じとは思いたくないが。

「ユウタ君…あの時は帰られてしまいましたが今度こそは、私と一緒に素敵な家庭を築きましょうね♪」
「眠ってる相手に何言ってるのよ」
「フィオナは黙っていてください。貴方よりも私のほうが先に知り合ったんですからね」
「別に知り合う順番なんか関係ないでしょ!それに、ユウタはもう私の魅了でメロメロよ」
「…その割にはユウタ君からも貴方からも何も香ってきませんが?」
「むっ!」
「ユウタ君に貴方如きの魅了が効くのなら既に私だって魅惑魔法ぐらい使ってますよ」
「如きって何よ!お母様の血を継いでるんだから如きなんて言わせないわ!」
「なら勝負してみますか?魅了が効かないなら別の手段なんていくらでもあるのですから」
「リリムが男を魅了することで負けると思ってるの!?」
「料理も家事もできない女性らしさのない貴方に男性の心は落とせませんよ。きっとユウタ君もそういう女性が好みに決まってます!!」
「お前たち………っ!!」

目の前で繰り広げられる女の戦い。それが知らぬ男なら私も止めたりしないだろう。
だが今行われている戦いの真っ只中にいるのは私のものであるユウタだ。ようやく手に入れ国も捨ててここまで来れたというのに邪魔などさせてなるものか。
私は二人の首根っこを引っ掴んだ。

「ちょっと何するのよ!!連れてきてあげた恩人への態度じゃないでしょ!?」
「何ですか!ユウタ君に手を出すのならドラゴンであろうと相手になってあげますよ!!」
「出て行け馬鹿者共が!!」

そのままドラゴンの力で窓の外へと放り投げた。悲鳴が聞こえて落ちていくのだが高位の魔物がただ落ちただけで怪我するわけないので放っておくことにする。
窓を塞ぎドアの鍵をかけユウタの横たわったベッドに私は座り込んだ。

「…ユウタ」

名を呼ぶも反応はなし。瞼は閉じたままで規則的に呼吸をするだけだ。
頬に手を添える。人間よりもずっと大きくなってしまった手で傷つけないように撫でた。一見硬質な手なのに伝わってくる感触は人間であった時と大差ない。これなら傷つけないようにそこまで気を使う必要もないだろう。
頬をそっと撫でていると僅かにユウタが身を捩り、唸り声を上げた。

「ん……」
「!」
「んん?ぁ……レジーナ」

薄らと瞼を開くと闇色の瞳が私を捕えた。自身がベッドに寝ていることに気づくと体を起こそうとするので慌てて押さえつける。

「無理に起きようとするな。傷は塞がっても抜けた血までは戻ってないんだぞ?」
「ん…でもこれくらい平気だよ」

私の手を押しのけてユウタはベッドから抜け出そうとする。だが手を付いた瞬間がくりと体勢を崩した。

「危ないっ」
「うぁ…ごめん」

かろうじて抱きとめてベッドへと押し戻す。
押し戻す、はずだった。

「…レジーナ?」
「…」

私はユウタの体を抱きしめていた。
傷だらけになっても治癒魔法によって戻された肉体を確かめるようにきつく体を触れ合わせる。重なった胸からは落ち着いた心音が響き、固い筋肉の感触と暖かな体温が伝わってきた。
今私の腕の中にユウタがいる。
その事実を確かめたくてさらに力を込めてしまう。怪我人相手にこんなことしてはいけないというのにだ。
だがユウタは何も言わず、逆に何かを悟ったように私を抱き返した。血を失って力も存分に入らない腕は震えながらも私の体を包み込むように抱き返してくれる。
そしてああ、と思う。
やっと…やっと私は、たどり着けたと。
私の抱いた理想へと。
私の描いた願望へと。

私が夢見た、ユウタの隣へと。

「…レジーナ?もしかして…泣いてる?」
「んん?私がか?ふふん、馬鹿なことを言うな」

今更私を誰だと思っているんだ、この男は。
私はレジーナだぞ。魔物において高位の種であるドラゴンだぞ。
王女という身分も人間であった人生も全て捨ててしまっても私の根本が変わるわけじゃない。私の勇ましき性格は、凛々しき心は変わらない。



―変わらない、はずなのに。



ユウタの言葉に私は自分の頬を流れる涙に気づいた。すぐさま指先で拭うのだが次から次へと溢れて止まらない。
ああ、だめだ。これでは止められそうにもない。
どうしてだか分からずに溢れ出してくる涙。それは零れてユウタの肌へと滴り落ちた。

「私は…変わってしまったな」
「そう?そりゃ外見は変わったけど」
「馬鹿者。外見ではない……私は…本当に弱くなってしまったんだ」

あの時ユウタの覚悟を守るためなどといったがそのせいでユウタに頼りきってしまった。運良くユウタは生き残ったが死ぬことだって有り得たんだ、それを考えると今になって震えが止まらない。まるで初陣を終えた新兵のようにだ。
この程度、既になれたと思っていたのに。
恐怖など、とうに捨ててきたというのに。
ドラゴンになったのだ、人間の時以上に力は強くなり。実力にも影響しているだろう。全力のユウタと単純な力比べをすれば余裕で勝てるぐらいだ。
だというのに、どうして私は弱くなってしまったのだろう。
どうして、人間の頃よりもずっと私は弱くなってしまったのだろう。

「何言ってんのさ」

それでもユウタはいつものようにからから笑う。体中が傷だらけでも、体を動かすこと自体辛いはずでも、いつものように明るく子供っぽく笑う。

「レジーナが弱くなったって?そんなの別に気にすることじゃないって。女性なんだから、守られるぐらいでいないとさ、男がカッコつかないんだよ」

闇色の瞳で私を捉え、優しい体温が手に染み込んでくる。
そうしてユウタは言った。



「レジーナが弱くなったっていうんなら、オレが強くなればいいだけなんだからさ」



それは単純極まりない言葉だった。単純で、明快で、簡潔で…それでいて真っ直ぐな言葉だった。
だからこそ私の胸に深く突き刺さる。
それゆえに私の心を一色に染め上げる。

「この…馬鹿者、がぁ…っ」

思わず溢れる涙を拭おうとせずにそのままユウタを抱きしめた。傷だらけとは思えない、年下とは思えないほど固く逞しい体に顔を押し付ける。
この優しさだ。
この暖かさだ。
この声色が、この体温が、この感触こそが。



―私が全てを捨ててまで求めていたものだ。



馬鹿で、それなのに気遣いができて、無自覚で、でも鋭くて、笑ってばかりのこの男こそ、私がたった一人好いた存在。
涙を拭って体を離す。ユウタは変わらず優しい笑みを向け、私はその顔を真っ直ぐに見据えた。闇色の瞳に顔を映し出して私はさらに体を寄せた。
互いの吐息が頬を撫でる距離。手を伸ばさずとも肌は重なり、ほんの少し動けば口づけのできる位置。

「…レジーナ?」
「…」

私は魔物になって一週間は我慢した。その間欲望の身を焦がされることは筆舌し難いほどであり私自身よく耐えていられたと感心するほどだ。
だが、もう邪魔はない。
私と婚姻を結ぼうとした聖職者も。
私を堕落させようとした魔物も。
ここに居るのは私とユウタの二人だけ。



―なら、もういいだろう…?



下腹部で疼く熱も、胸の奥で渦巻く気持ちも、心の底から湧き上がる感情も、もう我慢する必要はない。
私を縛り付けていた鎖は既に千切れた。
私を絡め取っていた地位は捨て去った。
今の私はただの女であり、魔物の一人であり、ドラゴンである。
魔物だというのなら魔物らしく。
女だというのなら女らしく。



―愛する男を求めるとしようではないか。



「ユウタ…」
「ん…」

愛しい者の名を呼び私は顔を近づけた。
相手は小さく頷いて自分からも身を寄せる。

―三度目の口づけはお互いに。

初めて奪った時と違う、無理やり重ねた二度目と違う。どちらともなく顔を近づけ私達は唇を重ねた。
伝わってくるのは柔らかな感触に暖かな体温。それから魔物になったからかより一層感じてしまう蕩ける様な味。今までのと比べ物にならないほど熱くて、甘くて、心地よい。
ゆっくり離して再び口付ける。今度はさらに深くへ貪るように。
僅かに開いた唇の隙間を舌でこじ開け侵入する。突然のことで一瞬ユウタの体がビクついたが応えるように口を開いた。
唇の間から吐息が漏れ出し、舌で口内を蹂躙しては奪うように啜り上げる。舌と舌が絡み合ってはいやらしい音を立て、溢れる唾液を流し込む。
一方的なようでしかと受け止められて。
身勝手なようできちんと迎え入れる。
それはお互いを知り尽くした故の口づけだった。

「んちゅぅ…んむっ♪」

口づけにより高ぶった私達は徐々に激しさを増していく。
爪が食い込むほど強く抱き寄せて、呼吸する暇すらないほど重ね合う。啄むように何度も触れ合わせては唾液がこぼれ落ち、それすら逃さず愛おしげに舐め取っていく。
体重をかけて押し倒すと柔らかなベッドが二人分の体重で沈み込んだ。それでも構うことなく、寧ろもっと激しく唇を貪っていく。
より深く舐めて。
より強く啜って。
より熱く、より甘く、互いを確かめるように激しく口付ける。

「んむ…ふ、ぁはぁ…っ♪」

唇を離すが顔は寄せたまま、額を互いに重ね合った。指先で先程まで重ねていた唇を擽るように撫でるとユウタは僅かに身をよじり、震える手が私の頬に添えられる。
初めてした時のように驚きもしなければ、二度した時のようにただされるがままではない。私だけではなく、ユウタからも求めているという事実。それがたまらなく嬉しい。
そして、もっと欲しくなる。
もっと私を求めて欲しくなる。
その感情のまま、私は唇を動かして告げた。

「ユウタ…」
「ん?」
「私はユウタが欲しい」
「っ」

その単純で真っ直ぐな一言にユウタはびくりと反応した。目を見開いてあたふたと慌てだし、だが体が動かず口を魚のようにパクパクさせるだけ。どうやらこういった言葉はいわれ慣れていないらしい。
それをいいことに私は次々と心の赴くままに言葉を紡いだ。

「ユウタの全てが欲しかった。気づけばお前という存在そのものが欲していた」
「…っ」
「ふふん。弱くなったり勝手になったり、本当に私は変わった。だが弱くなったとしても私はユウタを手に入れるぞ。それこそ力づくになろうともな」

照れたように背く顔を両手で挟み込んでこちらを向かす。闇色の瞳を覗き込みながら私は女として愛を乞う。

「ユウタ、私だけを見ていろ。生涯ずっと愛してやる。ユウタはずっと私のものだ。私だけの、男だ」
「レジーナ…」
「私にここまで言わせたんだ、それ相応の責任は…とってもらうぞ♪」

もう一度深く口付けてから体を離しユウタの姿を見据えた。先程から見続けているのだが何度見てもこの姿にぞくりとする。
部屋の明かりを吸い込むような色をしているのに艶やかな黒髪に、全てを捉えて離さない闇色の瞳。私たちとは違う顔立ちに笑みを浮かべた優しい表情。
そして鍛え上げられた肉体。無駄な肉を削いだ四肢は素直に綺麗と思えどこか艶めかしさすら感じさせる。魔物である今の私には欲望を刺激するものとなる。先ほど傷を治してくれたエキドナが興奮するのも納得してしまうくらいに。

「何度見ても…惚れ惚れする肉体だ♪」
「どうも」

私を抱きとめ、守り抜いた愛おしい男の体はただ眺めているだけでも幸せな気分になれる。ボロボロになり、血まみれになりながらも立ち塞がった背中も、揺るぎない覚悟を決めた声色も、意志を宿した闇色の瞳も全てが私を女として喜ばせてくれる。
だが、傷が塞がろうとも無理をさせるわけにはいかない。そっと壊れ物を扱うように私は手を伸ばして胸板に添えた。伝わってくるのは激しく脈打つ命の鼓動。

「随分と鼓動が早いな。それだけ昂ぶったということか」
「…別にそういうこと言わなくてもいいじゃん」
「ふふん♪そう拗ねるな。私だって同じくらい昂ぶっているのだぞ」

私はユウタの手を掴むと胸へと押し付ける。柔らかに沈み込む感触に一瞬ユウタの体がびくりと震えた。

「お互い様というわけだ」

どちらも負けじと強く鼓動を刻み込む。掌で互いに感じ合いながら私達はどちらともなく笑いあった。

「まぁこうなってしまうのも仕方ないだろう。なにせ一国を代表していた美貌を兼ね備える私の口づけだからな♪」
「じゃ、なんでレジーナもこんなドキドキしてんのさ」
「決まっているだろう?ユウタ、お前が好きだからだ」
「…」

その一言に顔を真っ赤にして俯くユウタ。やはりこう言う言葉には免疫がないらしい。
くすりと笑って私は身にまとっているウロコに手をかけた。ぴっちりと肌を包み隠す鎧のようなそれは鋼鉄以上の硬度を持ちながら私の体にフィットする。ドラゴンとなった私にとっては服ともいえるそれを指先で摘まみ上げるとたやすく外れ、ベッドの端へと投げ捨てた。
顕になった私の胸。隠すものがなくなった私の女。一糸まとわぬ裸体にユウタの視線が突き刺さる。温泉のときは背を向け合っていたがこうして正面から見るとユウタも男ということだろう。

「そんなに見つめて…照れるだろうが」
「あ、あぁ…ごめん。その、綺麗だからさ…見蕩れてた」
「ふふん♪いや、この私裸体だ、そうなってしまうことも仕方ないな♪」

大人として余裕を見せつけているつもりなのだがその発言に年甲斐もなく舞い上がってしまう。この男の前では私も女ということだろう。
男と女。王女と護衛ではない関係はたまらなく心地いい。

―そして、もっと感じたい。

男と女であることを、肌と肌で、心と心で感じたい。
手を触れて、肌をくっつけて、唇を重ねて、鼓動を合わせて。
先程から本能が疼き出すその場所で、私が一番女であることを知らしめるそのところで、ユウタを感じたい。
口づけと愛撫によるものか、魔物の本能的なものか、触れずともわかるほど私の女は湿っていた。物欲しそうな犬のようにだらしなく粘液を滴らせ、その度切なく私の体に訴えてくる。
早く…早くと、純粋な子供のように。
もっと、もっとと、欲望をあらわにした魔物のように。

「……わかるか、ユウタ…お前のせいで私はこうなるまで必死に我慢したのだぞ?この一週間ずっと…体の奥からユウタを欲して止まない体だったんだぞ?」

ユウタの手をとってそこへと導いた。指先が僅かに触れただけでも体が跳ねて甲高い声が漏れる。自分が触れたわけではない、触れているのはユウタだというだけで甘い感覚が這い上がり、下腹部の疼きをさらに刺激する。

「どうしてくれるんだ、ユウタ…♪」

にちゃりといやらしい音を響かせる手を掴みながら舐めるように顔を寄せ額を合わせて、あと少しでキスできる寸前の位置で囁いた。
興奮によって顔を赤く染めたユウタは私の女へと視線を向け、次いで私の瞳へと移す。

「頑張らせていただきます」
「ふふんっ♪男らしくていいセリフだぞ、ユウタ♪」

今度はユウタから唇を触れ合わせてくる。軽く二、三度啄むと震える手が私の手を握りこんだ。
私より大きかった手は私よりも小さくなってしまった。それでも固く逞しい、私を守ってくれた手だ。拳を握り込んで血まみれになりながらも私を守り抜いた二つの手。それが今私を優しく包むように重なり、指を絡めるように握り合う。力は入らなくともそうされるだけでまた胸が高鳴った。
高鳴って止まない。
体が欲しいと疼いてる。
心が求めて叫んでる。
もっと奥まで刺激して、ある一箇所で受け止めて、全てをユウタという存在で埋め尽くして、染め上げて。
そして、感じたい。
体でも、心でも、全てでユウタを感じたい。

「…ふぅ…っ♪はぁ、あ……っ♪」

まるで発情した獣のような呼吸を繰り返す私。それでも、欲望と本能に塗れながらも一方的に襲いかかるようなことはしないように気をつける。出血で血を失いすぎたユウタに無理はさせられない。
だというのに襲いかかりたい私がいる。男は皆獣な一面があると思っていたのにこれでは私も同じではないか。
体を覆っていたシーツを取り払い隠れていたユウタの下半身が顕になる。割れた腹筋に腕同様に引き絞られた足。傷はなくも逞しく鍛え上げられたものであったが私の視線が行ったのは別のところ。口づけを交わしてからずっと気にしないようにしていた部分。魔物になってしまったからか感じ取れるようになった濃厚なオスの香りを漂わせるそれを見て体の内側がざわついた。先程から続く下腹部の疼きがさらに酷くなり女からは粘液が滴り落ちる。
これ以上ないほど腫れ上がった男の証。それはまるで蛇の頭のような奇妙な形をしていた。奇妙で、不思議で、それでいて愛おしい。
それがユウタの男を表すものであり、私と交わるものである。そう思うと情欲とはまた違う感情が湧き上がる。

「ふふん♪私がわざわざ奉仕してやろう。この世界でたった一人しか享受できない悦びをとくと味わえよ、ユウタ」
「え、別にそこまでしてくれなくても―」

ユウタが言い切る前に早速先端に唇を押し付けた。

「―っ!!」

ただそれだけでも刺激としては強かったのかユウタの動きが止まる。
舌先で先端をつつくようにすると呼吸を荒くし体を仰け反らせた。その様子を時折見上げながら今度は口を広げて飲み込むようにくわえ込む。

「んむぅ…♪」
「うぁ……っ」

途端に広がる独特の匂い。私の女に響く男の匂いを胸いっぱいに吸い込むだけで頭の中はユウタで染まり、恍惚とした気分となる。
舌を浸かってねっとりと舐め上げるたびに口内には甘味にも似たものが広がってくる。先端には僅かに漏れ出す粘液を感じるのだがきっとこれは精液ではないはずだ。知識しかない私にとってそんなことわからないのだが魔物としての本能がそう告げている。
だから、もっと激しくしたいと私に命令する。
ユウタの精を欲して止まずに私を支配する。
浮き出した血管を確かめるように舌を押し付け、啜り上げるように口をすぼめる。唇で張った部分を擦っては裏筋を擽るように舐め上げる。

「んん…じゅる……ちゅっ……はむ、じゅるるっ♪

その度体を震わせながら与えられる刺激にユウタは歯を食いしばり、シーツに爪を立てながら堪えていた。

「…っ…っ!!……」

力の入らぬ体を震わす姿を見ているともっともっとしてやりたくなる。笑みとは違う真っ赤な顔で声を殺す表情は普段と全く違うものであり、それ故にもっと見たいと思ってしまう。
全てを私のものとしたい。
誰にも渡さぬ、私だけのものに。
快楽で歪めた顔も、必死にこらえるその姿も、優しく紡ぐ言葉も、柔らかな眼差しも、全てを私が手に入れたい。
だが―ここまでだ。
私はゆっくりと唾液を垂らしながらユウタのものから口を離した。降りかかった髪の毛を戻し、改めてユウタを見据える。

「…レジー、ナ?」
「このままもっと喜ばせてもいいのだが……ふふん♪」

あの甘い味を口で、舌で味わうのも良いだろう。だが女としてもっと別のところで味わいたい。
より私を女と自覚させてくれるところで。
よりユウタを男と感じさせてくれるところで。

「一番最初に出すのは…こっちでだ」

私の女を象徴する部分を示すように下腹部を摩って私はユウタに囁いた。
今度はこれを私の体内へと迎え入れる。
経験はなくとも一国の王女だった身だ、それくらいの知識は備えて当然。だが経験なんてあるわけもなくこれが初めてであり、このような昂ぶりを覚えるのもまた初めてである。
これが魔物の性というやつか。
これがドラゴンのせいなのか。
それとも私が女だからか、ユウタが愛しい男性だからか。
繋がりあえることへの期待と欲して止まない本能が私の体を支配する。純潔を失う時の恐怖など既に消え失せていた。

「ユウタは動かなくていいぞ。その状態では満足に動けないどころか倒れるかもしれないからな」
「え、いや…これくらい平気だって」
「いいから、私に任せろ」

ドラゴンの手で押さえつけて私は耳元で囁いた。

「男でも年上には甘えるものだぞ…?」
「…わかったよ」

渋々ながら頷いたユウタを見て私は額に口づけた。そのまま膝立ちで見せつけるように跨る。すると私の女から今か今かと待ち焦がれてかねっとりした液体がユウタの男へと降りかかった。

「…っ」
「ぁあっ♪」

ただこれだけでもゾクゾクする。欲しいものを手に入れる瞬間、求めたものを我が物にする実感。それはなににも例えられない悦楽へと変わる。
ぬらぬらと部屋の光でいやらしく光る男の証に手を添えて先端を合わせる。

「行くぞ…♪」

そんなことを言ったがお互い意識は別のところにある。聞こえてすらいないかもしれないほどユウタはただ一点を見つめている。私も返答を待てるほど余裕はない。
私は一気に体重をかけてユウタを迎えれた。

「んんっ!!」
「くぅぅぅぅ♪」

刹那、下腹部から今まで聞いたことのない音が耳に届いた。先ほど手が触れた時とはまた違う粘り気のある水音とともに体を駆け巡ったのは純潔を失った痛みではなく女しか得ることのできない喜びと快楽だった。
体の中に私以外の存在がいる。
熱く脈打つものがいる。
私の愛する男がいる。

「はぁ、ぁあああああ…っ♪」
「うぁ…っキツ……っ!!」

思わず気の抜けた艶やかな声が漏れるのだが抑えられない。ただ繋がりあっただけでも筆舌し難い幸福を得てしまうのは私が女であるからだろう。
繋がれていることだけでも幸せで。
触れ合えることだけでも悦楽で。
二人でいられることだけが喜びだ。
熱した鉄のように膣内を焦がす熱い固まり。私を押し広げては肉壁を擦り上げもっと奥へと入ってくる。
肉と肉のぶつかる音が部屋に響いたとき、私はユウタの全てを包み込んだと理解した。

「はぁぁ…♪ふ、ぁ……どうだ、ん♪ユウタぁ…♪」

喋るだけでも体に快楽が走り目の前で火花が散る。呼吸をする度頭が白くなり、指先一本動かすだけでも果ててしまいそうになる。
これでは魔物が年がら年中発情して男を襲うのも納得だろう。最も魔物となった私には後にも先にもユウタただ一人だけだが。
私の下で堪えるように表情を歪めるユウタを見た。歯を食いしばって眉をひそめる顔はユウタも快楽を得ているということだろう。普段の笑みか呆れ顔は悪くないがこの表情はまた格段にいいものだ。
そんな風に考えていると掠れた声が耳に届く。

「レジーナ…ごめ、ん…っ」
「ん?何を、ぉあああああああああっ♪」

次の瞬間私の中のユウタが弾けた。体温以上にずっと熱い何かが膣内へと吐き出される。膣壁に、子宮口に撒き散らされ、注がれたその感覚は私の意識を一気に絶頂へと押し上げた。

「あっぁああはぁああああ♪」

止まらない。膣内に吐き出され肉壁にぶつかり奥へと流れ込むたび目の前が真っ白に染まる。
びくびくと体を痙攣させる私とそれに合わせて精を吐き出すユウタ。お互いに体の震えを抑えるように抱きしめるのだが、固く逞しい胸板に私の胸が擦れるたび、私の肌がユウタと触れ合うたびにまた絶頂へと押し戻される。逃げることなんてできない膨大な快楽に私達は悲鳴のような声を漏らし収まるのを待つことしかできなかった。

「ふぅっ♪…ぁ……ぁ、あ……♪」

ようやく気だるさのある余韻を残して絶頂が引いていく。放たれた熱い精液は一滴も溢れず膣内に溜まっている。体温よりもずっと高いその感覚は絶頂と比べると些細なものだがとても心地いい。
呼吸すらまともにできなくなるほどの快楽だったがそこには私を満たしてくれる充足感があった。言葉にできない喜びと、形にできない幸福は確かに私の女へ刻み込まれた。
これは…いいものだ…っ♪
だがこれだけで満足できるわけがない。初めて感じる愛おしい男をもっと欲しいと本能が叫んでる。この程度では満足できないと駄々をこねている。どうやら魔物の体というのは私が予想した以上に貪欲らしい。
だが、私自身もまだ欲しがっていることも事実。この充足感を早々に手放せるわけがない。たったこれっぽっちの交わりで満足するわけがない。私の心も魔物と同じくらいに貪欲らしい。

「ご、めん…」

ぽつりと漏らすその一言に何かと思ってユウタを見ると申し訳なさそうな表情を浮かべていた。対して私はふふんっといつものように鼻を鳴らす。

「何を謝る必要がある?私しか与えられないこの快楽をどうしてこらえる必要がある?そんなことはするな…んっ♪」
「っ!」

僅かに腰を動かしただけでも膣内と擦れ合い、生じた快楽に互いの体が震え合う。私の体は未だ硬さを保つユウタをもっとに奥へと誘い込むように律動し、止まることなく行為の先を促した。

「甘んじて、ぇ…♪享受、しろっ……それが、私が女としてユウタを、んん…っ♪喜ばせられるものなんだ、からな…ぁあっ♪」
「レジーナっ」
「無論……ふぅ、あ♪わ、私は、我慢しないぞ?」

この感覚をどうして我慢しようと思えるか。
抱いた好意をどうして堪えられようか。
湧き出た感情をどうして抑え込めようか。
私はただ本能のまま、女としての心のままにユウタと重なりあう。

「私はユウタともっとこうしていたい。これからも、ずっとずっと…な♪」
「んっ」

返事を聞く前に唇を重ねてしまう。答えが聞きたくないわけではなく、したかったからしたというだけだ。欲しただけ、そんな単純な感情の赴くままに行動する。
指を絡めて手を握り。
離れないように足を絡め。
互いを感じて腰を動かし。
さらに繋がるため口づけをする。
どれも甘美な感覚だった。魔物として、女として一人の私を満たしていく。魔物になってからずっと乾いていたものが潤っていくかのようだった。
たった一人の好いた男性。たった一人の私だけの男。
その証がもっと欲しいと叫んでる。
子宮が待ち望み愛液を吐き出してはユウタへと滴りシーツへシミを作っていく。先端へと吸い付き子種をねだってはその感覚に声が漏れる。いやらしい音が部屋の中に響くのを聞きながら膣内は強請るように蠢く。

「んあっ♪ああっ♪はぁっ♪あ、あああっ♪」

腰を上下させ、肉と肉を打ち付け合う。そんな単純極まりない行為がどうしてこうも気持ちいいのか。
膣内をこすられ、精液を注がれる。そんな密で甘い行為はどうしてこうも私を幸せにしてくれるのか。
嬉しくて、気持ちよくて、愛したくて、愛されたくて、そんな感情が全て入り混じって何が何だかわからなくなる。
そんな中体の奥から押し寄せてくる何かがあった。先程一度味わっていたがそれとは比にならないほど大きなもの。理性を容易く消し去るほどの膨大な快楽の予感だった。
その大きさに恐怖すら覚える。だが繋いだ手が私の中から負の感情を取り去っていく。

「ユウタっ♪ユウタぁ、あぁああ♪」

その手を強く握りしめ愛しい男の名を呼ぶ。ただそれだけでもこの体は敏感に反応し、本能はより貪欲になっていく。
男の上で腰を振る。そんなほぼ一方的な行為だったと言えるだろう。だがそれでも合わせるように腰を弾ませ精一杯応えてくれるユウタが愛おしくて、欲しくなる。
迎え入れるように膣壁は動き、強引に奥へ奥へと飲み込んでいく。信じられないほど硬くなったユウタが内側で痙攣しているのがわかった。真っ赤に染まった顔を見れば先ほど同様に歯を食いしばって必死に堪えているのがわかる。

「我慢っ♪するなぁあ♪また、私の中に…出せ、出せっ♪」
「レジーナ…っ!!」

一気に腰を打ち付けた。子宮口に先端がめり込むほど深く繋がるとユウタのものが大きく膨らみ、信じられないくらいに硬くなる。次の瞬間私の中でユウタが爆発した。

「う、ぁっ!!」
「あぁあああああああああああっ♪」

次の瞬間先ほど感じた熱い精が子宮内へと放たれる。二度目の射精だというのに勢いも量も変わらずに注がれる。
頭の中を何も考えられないくらいに快楽が染め上げていく。口から悲鳴のような声が漏れるのを止められない。放たれる精液の感覚は体中に快感となって駆け巡り私を女として満たしてく。
それでも魔物の欲望というのは厄介なものでこれでも満足しないのか勝手に体を動かしてくる。既に二度も吐き出されたことで膣内も子宮も精液まみれなのだが、これでも足らないとねだるように腰が動き、膣内は締め付けもっと欲しがるように啜り上げる。

「うあっ!!」
「んんんんんっ♪」

お互いに制御できない快楽に翻弄されて体を震わせた。
それでも感じられる子宮を埋めていく感覚に言葉にできない幸福が募っていく。貪欲な欲望と違って胸の奥はこれ以上ないほどに満ちていた。
愛おしい男性を我が身に感じ、子種を体内へ注ぎ込まれるという女でしか味わえない最高の幸せ。今まで経験できなかったそれはあまりにも甘美なものであり、私の心に安心感を、充足感を与えてくれる。

「う、ふぁ………んん♪」

子宮の奥までユウタのもので染め上げられた。二度の射精で得たそれはドロドロしていて体を蕩けさせるほど熱く、思わずうっとりとしてしまう。
私の大切な男であると証明するものであり、私がこの男の女であると証明する大切なもの。それでいて私たちの血を受け継ぐ二人の結晶となるもの。私を女だと意識させるものであり、ユウタが私を孕ませる大切な種。

「ぁああ…はぁ♪」

熱い息を吐き出して私はユウタを見据えた。どこか疲れたように、それでも成し遂げたようにため息をつく姿。それでも覗き込んだ闇色の瞳の奥にはしっかりぎらつく情欲が宿っている。満足していないのはお互いに同じらしい。
そんな男の頬を撫でると自然と笑みがこぼれた。

「なぁ、ユウタ…」
「うん?何?」
「初めて私は、女に生まれてきて良かったと思えたぞ」

私が愛する唯一の男性。
年下だというのに誰よりも男らしい青少年。
一国の王女だった私を女へと変貌させた人間。
その相手と寄り添える存在になれることがこれほどまでに幸せなことだとは思わなかった。

「そっか…そう思えたんなら、よかったよ」
「こうなってしまったのはお前のせいだぞ?ちゃんと責任とらせるからな」
「そりゃ、頑張るよ」
「ふふん♪なら、褒美だ♪」

この男にとって誠意ある言葉に私は口づけを返す。啄むように、それでいて互いを味わうように熱いものを。
口づけの感覚に身を委ねていても良かったのだがこの程度ではまだまだ足りないと、もう一度先程の感覚を味わいたいと身の内側で叫んでいる。
膣内ではまだまだ硬いままのユウタがいる。きっと私と同じようには満足できないのだろう。そもそも誰もが羨む美貌を備えた私を一度や二度抱いたくらいで満足できるはずがないんだ、ユウタもきっとそうだ。

「ふふん♪まだまだ止まらないからな、ユウタ♪」
「…お手柔らかに」

苦笑のような表情を浮かべながらも手は離れることなく強く握りしめている。求めるように脈打つ男に私は笑みを浮かべると口づけを交わし、そして再び行為へ耽っていくのだった。















「…っと」

雲一つない快晴の空の下、もう何度も数え切れないくらいに見てきたこの景色を前にオレは一つの米俵を抱えて歩いていた。ずしりとくるその重さによろめきかけながらもなんとか持ちこたえる。そうして一歩一歩進んでいくのだがオレの隣では片手で軽々と扱う一人の少女が並ぶように歩いていた。
背丈はオレの肩ぐらい。外見ならば十代半ばに差し掛かる整った顔立ちはオレの見慣れぬ日本人離れしたもの。煌く瞳にすっと通った鼻筋や真っ白な肌は美がつくには十分な少女だった。
ただ、普通の美少女と異なる部分が多くある。米俵を扱うその手は真っ白な鱗で包まれ、背中には大きな翼が広がっている。頭には雄々しい角があり、臀部からは左右に揺れる尻尾まで生えている。
それはドラゴンの証。地上の王者であり、魔物の中でも高位に位置する存在。
ドラゴンというのは高位であり珍しいものらしく、街中をただ闊歩するだけでも注目の的となる。それに加え目立つ雪のような鱗に包まれた体は年相応に成長してきたせいか誰もが見蕩れるものである。
そんな美少女と共に歩いていると時折「素敵なカップルね」だとか「お似合いだな」だとか聞こえてくる。美少女と歩いてそんなことを言われると照れたり嬉しかったりするのが普通なのだろうがそう思えない理由がある。
だが彼女はオレを見上げて嬉しそうに笑みを浮かべた。

「父上、私たちカップルに見られてますよ!」

父上。そう、オレはこの子の親である。その証拠に揺れる長い長髪やこちらを見上げる瞳はしっかり血を継いでくれたのかオレと同じ黒色だ。

「カップルって…親子だって」

男子高校生の姿から成長を止めてしまったオレにとって年頃の少女と歩けばそう見えるのは仕方ないのかもしれない。だが、娘である少女とそんな風に思われるというのは複雑なものもある。娘だけ成長するからこのままではすぐにオレを色々抜かしていきそうだ。

「でも私たち、もう誰の目から見てもお似合いのカップルに見えるということですよ?私も父上と並んで恥ずかしくない大人の女性ですっ!」
「大人って自分で言ってる時点でまだ子供なんだよ」

その言葉に怒ったように頬を膨らませる娘を見て苦笑する。だが、ぽんぽんと頭を撫でてやると嬉しそうな笑みに戻る。なんだかんだでまだまだ親離れできない子供なのだろう。

「ふふっ♪これなら母上にも負けませんよ!」
「…そういうこと言ったら投げ飛ばされるぞ?」
「投げ飛ばされても飛んで戻ってこれますよ」

元々あの女性は戦場を駆けていた。だから喧嘩にでもなったら大変なこととなる。その上ドラゴンとドラゴンの親子喧嘩となったら止める側は命懸け。いい加減そういうところに気づいて欲しいのだがしっかり血を継いだのかどちらも白熱したら止められない戦闘狂な性格であり、オレを悩ませる一因である。

「とにかく帰るぞ。さっさと帰って飯作らないと」
「今日はフィオナ姉さま達は来られるのですか?」
「いや、昨日来たんだからもうしばらくは来ないんじゃ?っていうかそんなにフィオナたちが来るのが楽しみなのか?」
「はいっ!だってフィオナ姉さま達は『男の落とし方』を教えてくれますから」
「……人んちの娘に何教えてやがる。結婚もしてないくせに」
「そう思うなら父上がもらってあげればいいじゃないですか」
「日本人は男も貞淑なんだよ」

父と娘の交わす会話ではないがそんなことを話しながらオレ達は帰るべき家へと戻っていくのだった。










真っ白な家のドアを開けて中に入る。その際二人で玄関付近に米俵を積んでおく。すると家の奥から一人出迎えるように歩いてきた。

「おかえり」

優しい言葉であるが凛々しさがあり、暖かであるがどこか威厳のある色をもつ。そんな声をかけてくれたのは娘によく似た女性だった。
真っ白な鱗、翼、尻尾や角は同じ。だが透き通った青い瞳と輝く金色の長髪が特徴的なオレよりも年上の女性、レジーナ。オレのかつての護衛対象であり、今現在の妻である。
オレと彼女が護衛と王女出会った頃から変わらない若々しいままの姿。いや、子供を産んでから親として、母として少しばかり変わった彼女。それでも時折体を動かすため剣を握って鍛錬をする戦闘狂いなのは変わってないが。

「ただいま」

そんなレジーナに言葉を返すオレと彼女の前に立って最近膨らんできた胸を張るオレたちの娘。

「母上っ!なんと今日街を歩いていたら私と父上がカップルに見間違えられましたよ」
「ふむ?」

一瞬レジーナの目が細められた。わずかだが剣呑な雰囲気が漂うのだが娘はそんなことお構いなし。

「それがなんだ?」
「ふふっ!これはもう私と父上が立派な男と女であるという証ですよ!父上は母上よりも私との方がお似合いということです」
「ふふん」

娘の言葉にレジーナは鼻を鳴らして腕を組む。そこにあるのは年上としての余裕というよりも女としての包容力ある、親として品位あるもの。既に王女という地位は捨て去ってもなお錆びぬ王たる者の持つべき厳粛なる姿勢だった。

「自惚れるなよ、小娘が」

だが、その声はあまりにも冷たかった。親として出していい声ではない、敵対するものへ向けたものと同じだった。

「お前とユウタがただ並んでいるだけでお似合いのカップルだと?随分とチンケなものだな」

そう言ってレジーナは視線をオレの方へと向けた。鱗を生やし人間ではなくなった、それでも絹のような肌触りのする心地良い手に腕を引っ張られる。

「本当にお似合いのカップルというのは」
「え?ちょっと何する気?」

オレの言葉など聞くことなくレジーナは言葉を紡ぎ―

「こういうものを言うのだ」
「ちょっとそれは娘の前じゃ―んっ!!」

娘の前で堂々と口づけた。
それもただ重ねるだけじゃない。啄むように吸っては無理やり唇を割開いて舌を差込み、蹂躙するように唾液を啜る。口の端からは唾液が滴るがそんなことお構いなしに舌をこすり合わせて熱い吐息を漏らす。真昼間から人前で、それも娘の前でやるようなものではない熱烈で甘美なキスだった。

「んむ…♪ちゅ、ん♪んん♪」
「んんーんんんー!!んん!!」

必死に体を離そうとしてもドラゴンと人間の力の差など歴然だ。両手で突き飛ばそうと突き出すが尻尾にたやすく押さえ込まれ、それどころか体を抱かれながら一方的に唇を奪われる。男と女の立場が逆だった。
ちらりと横目で確認すると傍には顔を真っ赤にしてオレとレジーナのキスを見つめる娘の姿。見たくなかった。見せたくもなかった。

「ん、ぁ♪」

ようやく唇を離したレジーナは勿体無いと言わんばかりに滴り落ちた唾液を舌で舐め取っていく。娘の前だというのにねっとり拭われる感触に背筋が震えた。

「ふぁ♪…わかったか?お似合いのカップルというのはこういうことぐらい平然としてみせるものだ。何も知らない子供が喚くな」
「う、うわぁあああああああああん!!」

真っ赤な顔をして逃げていくオレとレジーナの子供。どうやらまだまだレジーナのように胸を張って凛としていられるほど成長していないらしい。というか、そろそろ難しい年頃なんじゃないだろうか。

「ん?どうかした、ユウタ。腰でも砕けたか?」
「………や、やめてよ…」
「何を言うか。この程度毎晩しているだろう」
「む、娘の前でやるようなことじゃないんだよ……普通だったらトラウマもんだっての」
「この程度でトラウマになるほど私たちの子供は軟弱ではないだろう」
「いや、年頃にこれはキツイって」

仮にオレの両親が目の前で見せつけるようにこんなことをしたら発狂しかねない。絶対しないだろうけど。
小さくため息を吐き出すとレジーナが意味深に目を覗き込んで囁いた。

「私とキスするのはそれほどまで嫌か?」

その瞳は初めて出会った時と違って儚げに潤んでいた。凛としていながらもどこか心配させる、砕けてしまいそうな脆さが滲み出ていた。
その声はあの時と違って小さなものだった。通った声色でありながらもどこか不安を混ぜた、割れてしまいそうな弱さが感じ取れた。
昔は絶対に出来なかっただろう表情。王女としての地位を捨て、国という鎖を千切ったレジーナが出来る声。ドラゴンの姿を見せつけたあの時から、結婚したあの時から、娘ができたあの時からもずっと見せてくれる魅力的な女の姿。

「…あぁ、もう、まったく…嫌なわけないって」

そんな顔をされて嫌と言えるわけがない。
そんな声で言われ頷くことなどできやしない。
そもそもレジーナにされることが嫌なわけがない。

「ふふん♪」

オレの言葉に嬉しそうに笑みを浮かべたレジーナは抱き寄せるように腕を伸ばしてくる。肩に手が置かれ、一体何をするのかと思ったら次の瞬間足が浮いた。

「わっ!?」

すぐさま受身を取ろうと体勢を立て直そうとするも膝の裏と背中を支える腕が回される。オレよりも大きくて、だけど触り心地のいい柔らかなドラゴンの手。それは男子高校生で成長を止めた体でも軽々しく抱き上げてくる。

「え?ちょっと何?」
「キスだけでは物足りん。さっさとベッドに行くぞ」
「こんな時間からっ!?子供だってまだ起きてるのに!?」
「だから何だ?そんなもの見せつけてやればいいだろう」
「それ本当にトラウマになるって!」
「嫌、か?」
「…」

ああ、もう…その声は、その顔は、本当に卑怯だ。
あの頃のレジーナを知ってるからこそ今見せてくるその仕草は男として堪らない。魔物というのは皆こうなのか、それともドラゴンがこうなのか、レジーナだからなのかは未だにわからないが分かる必要もないだろう。

「…まったく、仕方ないな」
「ふふん♪」

そもそもオレがレジーナに敵うわけがない。単純な力でもドラゴンと人間では差があるし、年齢的には十歳くらいは上だし、いつも主導権を握っているのはレジーナなんだし。
これではまるであの親愛なる双子の姉である暴君に扱われているのと変わらないではないか。いや、優しくしてくれる分ずっとましなのだけど、なんて考えて苦笑する。

「わかったけど別に抱き上げてくことないじゃん」
「こっちの方が早いだろう?それに初めて私に抱き上げられたときもこうされていたではないか」
「あれはオレが魔法が使えなかったからで…」
「魔物になって初めて抱いたのは国を出る時だったか。思い返すと私に抱かれてることのほうが多いな」
「失敬な!結婚式の時はオレが抱き上げてたしっ!それに…」
「それに?」
「…これだと男らしくないじゃん」

口癖のように男らしくと言っていたレジーナ。自分よりもずっと雄々しく強く、そして守ってくれる存在を求めていた戦闘狂なお姫様は今では大分落ち着いた。それに、あの頃みたいに男らしくなんて言わなくなった。
レジーナはぐいっとオレの体を抱き寄せる。鼻先が触れ合う位置にある日本人とは違う顔立ち。王女として国を代表するのに十分な美貌はテレビで見る芸能人や雑誌のモデルなんて遥かに凌ぐもの。それは長い間共に過ごしてきても慣れることなどできなくて、きっとこれからもどきりとさせられる。

「ああ、そうだな。確かに男らしいユウタは好きだ。だがな―」

先ほどよりもさらに寄り、こつんと額を重ねて彼女は唇を開いた。爽やかな甘い香りが備考を擽り熱い吐息が頬を撫でる、そんな位置で言葉を紡ぐ。



「―ユウタらしいユウタのほうが私はずっと好きだぞ♪」



「っ…」

その言葉は反則だ。
何も言えずにオレは顔を真っ赤にして俯く。毎晩紡ぐ言葉もそうだがどうもこういう言葉を直接言われるのはなれない。既に結婚して数え切れないくらいに体を重ねて、子供もできて家庭を作って平凡な日常を共に過ごしていてもだ。
ああ、まったく、本当に彼女には勝てそうにない。

「ふふん♪相変わらず初な男だな♪」
「うるさい」

気恥ずかしく、だけどくすぐったい言葉を交え一つの部屋の前に立った。雪を押し固めたような真っ白なドアを開き、その中へと入っていく。レジーナの腕に抱かれながらもドアノブを掴んで引っ張った。
乾いた音を立てて閉じるドア。暫く開かないその向こうで行われるのは大人の男と女の情事。王女も護衛も、ドラゴンも人間も何も関係ない、愛おしい相手との密な時。

「ああ、そうだ」

そんな行為の直前にレジーナはふと思い出したようにこちらを見た。

「まだ今日の分を言ってなかったな」
「え?」
「ふふん♪」

こつんと額を打ち付けて嬉しそうに桜色の唇を動かしてレジーナは言った。

「愛しているぞ、ユウタ♪」

その一言はもう何度も聞いている。情事の最中、日常の中でも挨拶のように口にしている。
だけどなれない。その言葉を聞くたびに胸は高鳴り鼓動は早まる。口づけよりも情事よりもずっと多く紡いでいるのにだ。
気恥ずかしくて、嬉しくて、照れてしまって、でも幸せになって。聞くたびにレジーナと一緒になれて良かったと思えるのはなんだかんだでレジーナに惚れ込んでいるからだろう。
何よりも真っ直ぐな性格。
自分が一番だという美貌。
誰にも負けない心意気。
時折見せる脆さのある女心。
その全てがオレを虜にする。
王女様と高校生。ありえもしなかった出会いを経て到達したのは平和な日常。向こうの世界で抱いていた平々凡々なただの日々。多少刺激はあるものの気づけば出来ていた家庭の中でオレも彼女も幸せにいられる。

「オレも愛してるよ、レジーナ」

気持ちを言葉にして照れくさそうに笑い合う。そして何度味わっても飽きることのない、寧ろもっと欲しくなる交わりにオレとレジーナは今日も溺れていくのだった。


        


               ―HAPPY END―
13/12/08 21:01更新 / ノワール・B・シュヴァルツ
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■作者メッセージ
これにて堕落ルート戦闘狂姫・レジーナ編完結です
平々凡々な世界で生まれ育った高校生
戦場を駆け巡って王として育ったお姫様
そんな奇妙な二人は全てを捨てて新たな日常へと踏み出すこととなりました
この後二人は騒がしくも幸せな毎日を過ごすこととなるでしょう


ちゃっかり最後に登場したエリヴィラですが、彼女はまた別の堕落ルートで深く関わってくることとなります


そして次回、実は迷っていたりします
堕落ルートのある勇者のお話か
ふと思いついてしまった堕落ルート幼女枠の女の子か
はたまた堕落ルートメイド枠のお姉さんか
現代・黒崎家実家編の狐様、玉藻姉か
と誰にしようかと迷いに迷っております
なので少々時間がかかってしまうかもしれません

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございます!!
次回もよろしくお願いします!!

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