連載小説
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ヤバイ……おん…な…?
空は快晴、太陽はサンサンと茂り、森からは様々な動物が生み出す音が聞こえてくる。
罠へ向かっているかもしれない行軍でありながらも誰もが陽気な表情をしていた。

…………二つの影を除いて。

「ね、ねえ、怒ってる?」
「……怒ってねえよ」
かなりぐったりしながらエルドが答える。
対してミーナは、本来は男をただ立っているだけでも誘惑するようなサキュバスの顔を崩して泣きそうな顔をしている。
「怒ってるじゃない」
「怒ってねえって」
「うそ、怒ってる」
「怒ってねえって!」
「ほら〜やっぱり怒った〜〜!」
「ヌグアアアアアアア!!」
突然エルドがミーナを押し倒す。
「そんなに怒ってほしいんなら怒ってやらあああああ!!」
そしてミーナをうつ伏せにし、

パン!

「キャン!」
「何がキャンだてめえええ!俺は!おまっ俺は水攻めだったんだぞ水攻め!!お尻ペンペンぐらいで騒いでんじゃねえええええ!」
そのまま何度も臀部に掌を打ち付ける。
「あ〜〜ん、ごめんなさ〜い!」
「やかましいっ、後44回ぐらい我慢しろ!」
「あああああん!嘘だ〜!『ぐらい』つけるなんて〜。絶対もっと叩く〜!」
「おお叩いてやらあ、お望みどおりに叩いてやらあああああ!!」
さんさんと照り輝く太陽の下、小気味よいと言えるほど音が続く。

「……長いわね」
「ま、いつも通りっすよ」
デルエラの周囲では昨日のメンバーが談話を楽しんでいる。
「ほんとにあの後何もなかったんでしょうか」
「ないない、ないですよ」
「そうか〜?あの分だとヤッてんじゃねえのか?」
「今だけみれば、ですって。なあ?」
「ん、まあそうだな。ありえないな」
「そこまで否定するのかよ…」
「しかし……そうだろ?」
「…お前俺に話し戻すの速くねえか?」
「なら俺に振らなければいい」
「この野郎……」
エルド側とは打って変わってのほほんとした雰囲気を楽しんでいる。
「あ、やっと叩き終わったみたいね」
「そうすね。まあ前より短かったんじゃないか?」
「ああ。短い」
「にしてももうそろそろ昼前ね〜。まだ町は見えないのかしら」
「もうすぐだと思いますが…」
ウィルマリナが言い終わらないうちに微かに城壁が見えてきた。

「開もーーーん!!」
大きな音を立てて水堀に跳ね橋がかけられる。
その動きは滑らかで普段からよく点検されているのが分かる。
城壁に立つ兵も屈強な者達ばかりだ。やはり最前線だからだろうか。
(ま、魔者達にとってはいい『エモノ』だけどね♥)
町の人達の視線が集まる。
最前線ということは魔物領に最も近いということだが幸か不幸かここは多様な人が集まる町。
魔物を忌避する者、親しみを感じる者、ただ静観する者、視線によりいろいろな事が分かる。
少なくとも全員が自分たちを毛嫌いしているのではないのでひとまず肩の力を抜く。
「さて、問題は宿ね」
会談は明日。そのためにはもちろん就寝を乗り越えなければいけないので必然的に宿屋が必要になる。
念のため、散り散りにならず、なるべく固まって宿を取りたい。
一つ丸々借りれればそれが一番なのだが……。
「それじゃあ俺らの知り合いん所に行きませんか?」
「知り合い?」
「ええ、100%信頼できますよ」
「……ほんとかしら?」
「嘘じゃないですって、な、親父?」
「………お前本気で言ってんのか?」
「え?」
いぶかしむラクルの隣でセトがため息をつく。
「あの人のところは刺激が強すぎるだろ」
「ん?あ、ああ………そうだった…」
「どういうこと?」
「いや、まあその……非常に…濃い人というか…」
「ま、つまり。こいつみてえにヤバイキャラってこと」
エルドがミーナの首根っこをつかんでぶら下げる。
「ひどい!」
「ひどくねえ!」
「……つまり、あなたの恋人候補ってことね」
途端にエルドの顔が青ざめる。
「じょ、冗談じゃねえ!あんなやつと!いや、いい奴なんだけど…。とにかくあいつと恋人なんて無理だ!俺的に不可能だ!」
「……贅沢な男ね」
「そうなんですよ〜、デルエラさん。もっと言ってあげてください。こんなにかわいい新妻が横にいながら…」
「……いつ俺の妻になったんだよ」
「でも、信頼できるんでしょ?」
「ん、まあな。信頼できる人間のうち確実に世界で五本指に入るね。元々喧嘩とか嫌いなやつだし」
「そう、じゃあそこに決めたわ」
「ただし……覚悟しろよ。ミーナとはまた違うインパクトを与えてくるからな」
「分かったわ。ちなみにそこはこんな大勢が入れるのかしら?」
「ああいけるぜ。なんせそこは……」
しばらく町のはずれから歓楽街に向かった先。
色とりどりな景観の中に溶け込んでいるその場所は傭兵の溜まり場だった。



カラン
思っていたより綺麗な音が響いた。どうやら場所に似合わずしっかり清掃されているらしい。
しかし中にはしっくりと場に馴染んでいる傭兵達がいた。
一斉にこちらを見る。
意に介さずデルエラ一行は歩みを進める。
予想通り視線が集まる。
中の内数人が席を立ち向かってくる。
「……魔族がこんな場所へなんの御用で?」
「宿泊よ」
「おおう」
男達は一瞬視線を交わす。
「そりゃあわりいな、今この場所は貸切なんだ。もちろんここら一帯の部屋もな」
「あら、こんなにかわいい女性達を夜の街に放り出すつもり?」
「確かに別嬪ぞろいだが…」
男は値踏みするかのように視線をめぐらせる。
「駄目なもんは駄目だ。お帰り願おうか」
「……痛い目に、いえ、そんなに『良い目』にあいたいのかしら?」
「こりゃああんたらのためであるんだぜ。特にそこの乳くせえガキ共にはここは刺激が強すぎる」
「あら?私達がそう見えて?これでも勇者を親に持つ子ぞろいよ。それに……」
ノーラが自信ありげにかつ魅惑的に胸を張り、強調する。
「乳臭いのは当たり前じゃない?ねえ?」
その光景に周囲の男達が目を見張る。
「おおう、クラッとくるねえ。だが実力の事を言ってんじゃねえんだよお嬢ちゃん。経験の問題だ」
「あら『経験』ならあるわよ」
「男心をくすぐるねえ。だが嬢ちゃん」
男がノーラに近づきその目を真っ直ぐ見る。
「世の中じぶんが見たことのねえものは腐るほどあるんだ」
しばしの膠着が生まれる。
「……とにかくだ。お引取り願おうか。うちはかなり複雑なんでね。言っとくが魔物だからとかそんなチャチな理由で言ってるんじゃねえぜ。一見さんには皆こう言ってるんだ」
男がまだ言葉を続けようとしたとき、
「バリー!もうそろそろ時間だ!」
「チッ、ほら!さっさと出ていきな!」
「そういうわけには行かないわ。私達はここを推奨されたのよ」
「なに〜!?」
チラ、とバリーと呼ばれた男が視線をデルエラのさらに後ろに流すと、
「エ、エルドさん!?」
「よう、連れてきちまった」
「な!あんたここがどんな場所か知ってて!」
「まあまあ、こいつらも覚悟はしてるし!」
「してねえ!してるわけねえ!」
「おいお前らガキだけでも外に出すぞ!『アレ』を見せるわけにはいかねえ!」
「「「「おう!!」」」」
途端に男達が次々と立ち上がりノーラはもちろんパルメ達を抱えようとする。
「な、ちょっと触らないでよ!不潔!」
「ま、待て、私にはもう恋人が!」
「てめえらウチの娘に何しやがる!」
「ぐあっ!ちげえ!そういうことじゃねえんだ!」
「理由も分からずに出て行くわけには行かないわ!総員戦闘準備!」
どんどん事態が大事になっていく。
「ちくしょお!おいこれますますまずくなってねえか!?」
「エルドさん!笑ってないで……ってあんたこれ見るためにワザと教えなかったろおおおおお!!」
「え〜なに〜俺そんなんしらな〜い。まずどう説明したらいいか分からねえし〜〜」
「「「「た、確かに……」」」」
「納得してんじゃねえ!この人は確信犯だ!」
押し出そうとする男たちの後ろでまた新たに騒動が起こる。
「た、頼みます。今出てこないでください!」
「いやまじでまじで、そんな大げさなことじゃないですから。え?物が倒れる音?き、気のせいでしょ〜!」
「とにかく!今は入ってこないでください!」
「あ、だめだめ!だめだって!!」
後ろもどんどん騒がしくなっていく。
「……何が来るの?」
「覚悟しとけよ〜デルエラ〜。たぶん時が止まんぞ〜」
確信犯のような笑みを浮かべるエルドを横目に酒場の後ろの方に目を凝らす。
すると……

「「「グワアアアアアッ!」」」

酒場の裏口であろう場所から一気にデルエラ達のいる入り口まで数人が吹き飛ばされた。
「わ、わりい。無理だった…」
ガクリ、とかろうじて意識を保っていた男も消え、……『ソレ』が現れた。
「あら〜〜ん、なにこれは?酒場?たまり場?というか修羅場?」
見事な筋肉だった。
「も〜うあなた達いつも言ってるじゃない。お酒は楽しく!苦しまず!」
見事な肢体(筋肉美)だった。
「そんな悪い子たちには……お・し・お・き♥」
ウインクをし、極め付けに投げキッスを与える。

……………。
……………………。
…………………………………。

「ウプッ」
「新入りが吐いたああああ!」
「しっかりしろおお、傷は浅いぞおおお!」
それまで群がっていた男達が救済措置に入る。
「あら、どうしたのかしら?いけないわね〜、それじゃ人工呼吸を…」
「いや、『ママン』!それ逆効果でへぶううっ!」
一声鳴いた男が壁まで吹き飛ぶ。
「だ〜〜れが筋肉まみれの化け物ですってえええ!?」
「ママン!そんな事いってません!」
「と、とりあえずママン、お客がいるんでそっちに…」
「あら、アタシとした事がと〜んだ粗相を…ってあ〜らエ〜ルドちゃんじゃな〜い」
「よう、ママン」
エルドが片手を挙げ応える。
「久しぶりねん。何?後ろにいるのは全部コレ?」
ママンと呼ばれた男?は小指を突き立てる。
「んなわけあるかい。知り合いだよ。魔物だけどいいよな」
「んまあ、大歓迎大歓迎、だ〜い歓迎よ〜〜」
ママンはデルエラに近づきジッと見つめた。
(この男……只者では無いわね)
初めこそ驚いたデルエラは(今も少し驚いているが)ママンの目つきから常人ではないナニカを感じ取った。
「………90点よおおお!ん〜〜〜ヴェリ〜グゥッドゥ!」
「…は?」
「いいわねいいわね!この玉のような肌、いえ、これはもうシルク!それにこの髪!あ〜んきれ〜い!病人のような白さではなく魅惑的な危ない白ってのがまたいい〜〜〜」
「はあ…」
「でも、パーフェクトじゃないわね」
「え?」
「あら〜んよく見たら後ろの子もか〜わ〜い〜い〜」
パーフェクトじゃない、つまり完璧ではないと言われた事に少し疑問を持ったデルエラだったがすでにママンの興味はウィルマリナに移っている。
「ママン、十八番の鑑定もいいがとりあえずこいつ等全員の宿と飯手配してくれねえか?」
「あら、そうね。健全な美は健全な体から!オ〜ウケ〜イまかせなさ〜い」
「ちょ、ママン!じゃあ俺らはどこで寝りゃあいいんすか!?」
「ごめんなさいね。今日はこの酒場空けてあげるからここで寝なさいな」
え〜、まじでか、明日俺仕事だよ、と所々で不満が漏れるが、
「まあいいだろ。どうせ入り浸ってるだけなんだからな。それにこちらさんはガキ共までいるとくらあ。他にツテがある奴は出直しが一番だろうよ」
ちぇ〜、しゃ〜ね〜か〜、等と口々に言い合い残るものとおそらく家か他の宿に移るだろう人とに分かれる。
「そんじゃ、迷惑かけたわ」
「わりいね、初対面なのに」
「お先〜」
最初の言動とは打って変わってサバサバしている。
「悪かったな。あいつらも、まあ俺も悪気が言ったわけじゃなかったんだ。その、ほら、あの……ママンが、な」
バリーが気絶した新入りとやらを介抱して戻ってきた。
「ええ、今合点がいったわ」
「ありがたいね」
とたんにバリーの頭がガシッと『握り締められる』。
「バ〜〜リ〜〜〜ちゃ〜〜〜ん、今アタシの事よ・ん・だ?」
「め、滅相もない……ママン…」
「そ、ならいいのよ」
あっさりと解放する。
改めて見ればある意味異形だった。
全身は筋肉で引き締まっているるどころか筋肉にしか見えない。しかし過剰に盛り上がっているわけでもなくどこか均整がとれている事からそうとう上手に鍛えているようだ。
ショッキングなのは言動だけではなくその服装及び身だしなみ。男にとって大事な部分はふんどしで巻かれ、何故か女にとって大事な二つ目の部分も隠している。ただし、かなり紐に近いいわゆる勝負下着のような感じで…。
髪は先のほうをこれも何故か三つ編にしている。
ナヨッとしているようでどこか芯が通っている。
そんな点で異形だった。
「ちょっと慣れねえだろ」
横でエルドがしゃべる。
「あら?どういう意味ソレは?」
「自覚してんだろママン?」
「フン、この美しさを理解できない子は皆お子ちゃまよ」
「俺はお子ちゃまで構わないんだけどね。ま、慣れたら世界中で一番頼りになる人だよ」
「そのようね。まだあったばかりだから感情論でしか言えないけど」
「とりあえずカウンターに座ろうや」
「そうねもう部屋は使っていいのかしら?」
「ええいいわよ。二階三階と後ろ、それと両隣もわたしのものだから自由にしてちょうだい」
「そんなに多いの?」
「ま、それも含めて話そうってことで」
さっそくエルドが正面のカウンター席に座る。
「そうね、それじゃあ皆、ここからは自由解散。今言ったところならどこでも良いようだから満喫して頂戴」
ママンが気になるようだがやはり魔物、愛一筋と相方とダッシュする。
相方がいない方はもう近くの男を口説きにかかっている。
「いいわね!逆ナン!」
「ママーン、俺ブインのハッシュちょうだ〜い」
「いいわよ。セト君達にはジュースでいい?」
「あ、構いません」
「ん?」
ママンがラクルの隣に自然に座ったパルメを見つめる。
「…え、えっと?」
「……ん〜〜〜パァァァルフェッックト!!」
耳が痛くなるほどの大音量で叫んだ。
「いいわね〜〜!初々しいわ〜〜!」
「え?え?」
「新婚?新婚!?」
「え?いや……その…」
パルメは照れて俯いている、が、その顔は満更でもなさそうに口元が広がっていた。
「またしても……ん〜〜」
「パーフェクトなんだろ。いいからさっさと注文取れよ」
「何よ?あなたの息子でしょ?気にならないの?」
「俺がそんなん気にするかい」
「冷たい父親ね。でもいいわよ〜あなた達。お似合いよ〜」
「あ、ありがとうございます」
「どうも……」
「んふふ」
途中チラとセトとカサナの方を見たが流石に待たせては悪いと思ったのか注文をとり始めた。
しばらくして全員分に飲み物が行き渡ると、
「そいじゃあ、人生初!怪奇現象に関わった事を祝して乾杯!」
「キーーーー!あんたにはやらないわ!」
「ぶは〜〜!残念でした〜〜!もう消えちゃいました〜」
「ムムムムム」
「何やってるのよ…」
「そいじゃあ景気づけに自己紹介いけよ自己紹介」
「何が景気づけなのか……まああなたの招待は私達も気になっているわ。教えてちょうだい」
「そうね〜それじゃあ軽く。名前はゴードン・ヴェッケント。多少大きな宿屋プラス酒場を運営してるわ。見ての通り、『漢』よ」
「まあそりゃあ男ね」
「違うわ!『漢』よ!こう書くの!」
「……何が違うの?」
「フウ、これだから小娘は…」
ヤレヤレと首を振っている。
「あら、私の方が年を取っているかもしれないのに?」
「それよ!」
ビシッとデルエラを指差す。
「まず年で経験を語るのがおこがましいわ!そう経験とはあくまで経験なのよ!」
正論に思えるがこの人が経験を語れるのか、と一部を除いて疑問を浮かべる。
だがそれを口にするのはちょっと……という空気が生まれて…
「ママン付き合った事ねえんじゃねえの?」
エルドが何も無いかのように訊く。
「あっさり訊いた!?」
「そうよ」
「こっちもあっさり!?」
「アタシも理解してるわよ。でもね、そういうことじゃないのよ」
コト、と洗い終わったグラスを立てる。
「アタシはね、仕事柄いろんな人間を見てきて、今も見てるわ。すると、ある日気付くのよ。この人が今どんな状況に陥っているか。いつのまにか分かるようになっている。まあ表情の微細な動きなどからカンで分かるようになるのね。するとその人の考えてる事も軽く分かるようになっちゃう。それこそアタシを許容しているかどうかね」
後半少し重たい意味が込められているようで誰も口を挟まない。
「つまりアタシはそれぐらい経験してるのよ。その日その日を規則正しく暮らして、子供の頃に大人からいろんなことを聞かされて育った経験豊富な老人にも負ける気がしないわ。それこそ今を駆ける恋の話は誰にも負けないわよ」
そうして軽くウィンクを付け足した。
それは一番最初に見たどぎつく感じられたウィンクよりも鮮やかで、自然で、生きているという実感がするウィンクだった。
「驚いたわね。……言って良いのかしら?男なのにまるで女のように『魅せる』ことができるなんて」
「うふふ。ありがと。だからなんでも聞いて頂戴。アタシは『漢』だけど、なぜか男からはママン、女からは姉さんと呼ばれるのよね。ちょっと不本意だけど、まあ悪い気はしないわ。だからいろんな話を聞けるのよ」
「要はあれだ」
エルドが口を開く。
「ママンが最初にやった行動はつまりふざけだったと。自分を理解してああいう行動を取るって事は、皆から信頼されてるからだ。さっきも新入りが吐いてたが慣れりゃあなんともねえ、ただの気の良い店長だ」
一気にグラスを傾け空にし、ママンに向ける。
「だから、次の一杯はタダにしてちょ〜だいママン」
「もう、甘え上手ね」
「駄目よ、ちゃんと払わなきゃ。大人でしょ」
「俺はお子ちゃまなんでちゅ〜」
「………」
周りから白い目で見られる。
「……すまん」
「分かればよろしい」
「そういえばどうしてあなたは魔物にならないんですか?インプになれば男の人も…」
「馬鹿ね、いい?アタシは!『漢』!なの!」
「そ、それってやっぱり違いますか?」
「大違いよ!!」
そうしてまた話は盛りあがっていき、その日は幕を閉じた。



町並みを見えない風が走る。
いつもなら暗いはずのオカマ店主で有名な酒場にはカウンターの周辺だけ明かりがついていた。
「よく飲むわね〜」
「ま、王族の嗜みとしてね」
デルエラとママンがカウンター越しに話を続けていた。
「ねえママン」
「な〜にお姫様?」
いつの間にか場の流れで皆がママンと呼ぶようになっていた。
「やめてよ、そんなガラじゃないし」
「そうかしら?」
「そうよ……どうして私ってパーフェクトじゃないのかしら?」
「ん?ああ、成るほど、気にしていたの?」
「ええ、まあちょっと」
「パルメちゃんに負けたのが悔しい?」
「う〜んどうかしら?」
「若いわね〜」
「ママンも三十路手前じゃない」
「バレちゃったわね〜」
「自分からいってたじゃない」
フフ、と二人して笑う。
「で、どうして?」
「そうね。私が今までパーフェトと思った人間は別に身だしなみがいいとかそんな外見的な理由じゃないのよ。それこそまあ男から見ればパルメちゃんもデルエラちゃんも綺麗よ。でも外見的にはあなたの方が上」
「じゃあ他に理由があるのかしら?」
「ええ、恋よ。それと、愛」
「……恋は違うわね。でも愛はあるわよ」
「不特定多数に向かう愛は確かに美しいし温かいけど、たった一人に向ける愛とじゃ比較にもならないわ。別にどっちがいいということじゃないけどね。あなたの場合……前者のほうでしょ?」
「……そうね、私は魔物を愛してるわ。それと、姉様も母様も父様も、妹達も」
「でも、恋をしたことはない」
「ないわね〜」
「したい?」
「……分からないわ。そりゃあ本能として男が欲しいとは思うけど……ずっと女相手だったから」
「そう。でもいつか見つかるわよ」
「見つかるかしら〜」
「見つかるわよ〜だってこんなに綺麗だもの。それと、魅力的」
「クスッ。それは他の魔物娘たちにも言えることよ」
「私は、『あなた』に言ってるのよ」
「……」
「案外身近にいるかもしれないわよ」
「身近に〜〜?誰かいたかしら?いつも見てる顔は…マリナ達の夫だし。ラクル君もセト君ももう相手いるし、…あ、セト君はまだか。あと殺し屋の三人もビビッとこなかったわねぇ」
「エルドは?」
「っ……ありえないわね」
「あら、どうして?」

『俺は……世界の味方だ』

「……ありえないわよ」
「…何があったかはしらないけどあの子は悪い子じゃないわよ。いろいろ誤解されている感じがあるけど、誓っていえるわ。あの子より優しい子は見たこと無いわ」
「優しいね。でもあいつ平気で人殺してるわよ。ま、殺されるような奴だったんだけど…」
「ええ、知ってるわよ。アタシも殺してるし」
「えっ?」
「アタシは元々傭兵だったのよ。その元手でここを建てたわけ」
「そうだったの……」
「そこで私が知った事のうち一つ。人を殺す人が優しくないとは限らないってこと。むしろ優しくない人は人を殺す殺さないの前に誰かが目の前で死のうが死ぬまいが知らんぷりするんじゃないかしら?」
「……」
「魔物とか人間とかは抜きにしてアタシが言ってる事は分からないでしょうね。だって普通の魔物も普通の人間も血の中で戦う事はないんだもの。あなたも分かるわ。血溜まりの中で這いずり回って戦う光景を見たらいつか分かる。まあアタシとしては見せたくないし、お勧めしないわね」
「……そう」
「ま、結局、知りもしない事であれこれ考えるのはだいたい無駄な事だけど……それが難しいのよね〜」
「そうね」
(でも……)

『……仮に意味が違うとしたら、どう違うのかしら?神の味方なんでしょ、まさか嘘だなんて言わないわよね』
『……ああ』

「……ありえないわよ」
「お年頃ね〜」
デルエラが寝るのを待ち、抱きかかえ、ママンは自分の寝室のベッドに横たえた。
そして店から出て、跳躍した。


「お勤めご苦労様ね」
屋根の上にはエルドがいた。
「ああ、向こうにも言ってやってくれよ」
エルドが指し示す方角に目を凝らす。
「3人、他も囲んでいるのかしら?」
「ああ」
「やだやだ戦争なんて、も〜うお肌もかぶれるし、髪質も悪くなるし……それに、目の毒だわ」
「同感だ」
「他の魔者達は?」
「俺が薬入れて眠らせた。正味、大事なのは今日じゃなくて明日だからな」
「そうね」
「……ママンも寝たら?」
「うふふ、なめてもらっちゃ困るわよ。一週間ぐらい寝なくても平気だわ。お肌の事を諦めると二週間は大丈夫よ」
「流石」
「ね、エルド」
「ん〜?」
「あんまり女の子泣かせちゃだめよ」
「あん?ミーナの事?」
「あの子もそうだけど……まあいいわ」
「……ま、何があったかしらねえけど質の悪いジョークだな」
「…あなたも複雑な事情があるのは分かるわ。それが何かは分からないけど。でもね…」
「分からないんなら…」
エルドはママンを見上げる。
「話はやめようや」
「……」
そしてまた前を向く。
「ったく……めんどくせえこった」
ポソリと呟いた。
12/04/07 12:19更新 / nekko
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■作者メッセージ
はい、なんだか魔物娘の世界に無意味な性別の方を入れた感がありますが、ただ自分としては男も女も分かるような人ってなんだろう?と考えて出した次第です。
人によっては気に入らない、侮辱とも取れるかもしれませんが、自分はそんな事思ったこともないし、やはりそう思われたということは作者がうまく表現できなかった技術に問題がある、と言い訳しておきます。
不快に思われた方々、申し訳ありませんでした。

それにしてもデルエラ様がデレるのはいつ頃か…。
え?もうデレてる?マジで?

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