野戦
私は三発の火砲を見た。
それはキサラギやメリーアも見ていた事だろう。
私はその火砲に答えるように2発、火砲を空へ放ち、応答を待つ。
……応答はない。彼は交戦状態なのだろう。
私は火砲の上がった北方へと進路を変えた。
この演習を攻略するうえで、合流は最優先事項なのだ。
私はもう一度火砲を上げ、キサラギとメリーアの反応を待つ。
「……返った!」
最初に上ったのはキサラギの火砲だった。西方から上がり、途中ではじけた。ジパング方式の火砲だ。フォイエ等の炎魔弾方式の魔術は総じて火砲と呼ばれるが、あの形式は初めて見る。
術者の帯びる魔力によって、火砲などは個性が出やすいが、キサラギのは少し特質だった。
――まぁ、ああいう風に、個性によって変質するからこそ、誰が上げたのか分かりやすくなるのだけど。
キサラギの火砲が上がった数秒後には、メリーアのものが上がった。
これで分かるのは、二人が交戦中でない事だ。
つまり、相手の戦力は我が主のいる北方に集中している可能性が高い。
また、否定できない可能性として、航空部隊と陸上部隊で独立した動きをしている可能性もある。しかし、いつどこで敵に襲われるか分からない状況で、二人だけのバディを組んで行動するとは思えない。
やはり前者の可能性が高い。すると、我が主は危機的状況に陥っている可能性が高い。
私の主が弱いと言うわけではないが、ドラゴンやサラマンダーを目の前にして一人で戦うには、彼はまだ経験が浅すぎた。また、戦場ではどれだけの猛者が居たとしても、少数対多数では多数が圧倒的に有利だ。士気の高まりを除けば、数の有利に勝るアドバンテージは存在しない。
だから、私は駆け出したのだ。
まだ彼が倒されていないことを願いながら。
「テツヤ様……耐え抜いてください……っ!」
重い槍を鞘に納め、一心不乱に駆ける。横から魔弾を打たれたらひとたまりもない。しかしそんなことはどうでもよくなっていた。
そして、魔弾の上がった地点に着くと、そこでは何かの燃えた焦げ臭いにおいの中で、メリーアとキサラギがサラマンダーの女と対峙していた。
あの女の名前はレクシアと言っただろうか。
レクシアはキサラギの長巻を剣で受け止め、メリーアの軟器械の攻撃には、自身の炎で応戦していた。
防戦一方、という様子だったが、それでもまだレクシアには余裕があるように見える。そして逆に、キサラギ達には疲労の色が窺えた。
しかし、2対1の混戦で剣戟が互いに絡み合う接近戦になっていては、助太刀のしようがない。
そんな中で、レクシアは疲労した彼女たちの一瞬の隙を見逃さなかった。
「オラオラッ! バテてんじゃねぇぞっ!」
「くっ……! ああっ!」
レクシアは力強くキサラギの長巻を振り払い、柄の中央を叩き切った。
そして、その一瞬の隙にキサラギの胴にレクシアは剣戟を決め、勝敗は決した。
「う……あ……っ」
一瞬の衝撃に、キサラギはその場に崩れ落ちた。
彼女の着けていたジパングの軽鎧は、切断されたと言うよりも大きな圧力によって叩き潰されたかのようになっている。
その切断面を見ただけでもレクシアには、卓越した戦闘のセンスがあると言えた。
「さて、次は誰なんだィ?」
彼女はそう言って、舌なめずりをした。
彼女の尾に燃え盛る炎は、彼女の頭の先をゆうに超えている。
今のレクシアは、相手部隊の誰よりも強い。
私はそう感じた。
そして、そう感じたからこそ、返事をした。
「……私がお相手致します」
「そうかい……ロロイコ家のお嬢様からかよッ……!」
踏み込むレクシア。一歩が早く、そして大きい。
それに合わせて盾を構え、その盾で剣を持つ腕を殴る。
「くっ!」
一瞬の隙。しかし、槍で突くにはあまりにも短い隙。
その間に、メリーアが戦線から離脱する。
「私はテツヤ様の援護に参ります!……のちに、必ず合流しましょう!」
そう言うと彼女は触手の森の中へと入っていった。
「さぁ、これで二人っきりになりましたね」
私は槍先をレクシアに向けて構える。その先には燃える様に真っ赤な眼があり、私を見つめている。私はその眼から注がれる敵愾心に塗れた視線をひしひしと感じ、微笑んだ。
「何を笑っている……オマエは不利になったんだぞ?」
「いいえ、違います。私は1対1の戦いが最も得意なんです」
ニコニコと笑い、相手を挑発する。しかし、これはウソではない。
「……へぇ」
レクシアは足元に力を込め、私を見つめている。
「じゃあアタシの剣を受けてもまだ立っていられるっていうのか?」
「もちろんです」
「じゃあうけてみなッ!!!!!」
間合いを詰めるレクシア。一足一投の間合いを超え、槍の攻撃範囲を過ぎ、私の胸へと迫る。そして彼女が勝利を確信した時、私は呪文を詠唱する。
「レディ=メイド。ソードブレイカー!」
「なにっ……!」
レクシアは驚き、攻撃を中止しようとした。
しかしもう遅い。剣のような重量のあるものを一瞬で退こうとしても、剣の持つ重量と遠心力には逆らえない。
彼女の剣は私の『本来槍であったモノ』に受け止められ、ぽきりと折れた。
私のランスはソードブレイカーへと変貌し、彼女の攻撃手段を奪ったのだ。
「……あっ!」
驚き、茫然自失としているレクシア。その手には剣の柄が握りしめられているが、根元から折れた剣はもう脅威ではない。
「これからが本番ですよ? ……レクシアさん♥♥♥」
私は自信を失いつつあった彼女の前に立ち、言った。
そう言うと、彼女は青ざめた表情で私を見上げていた。
先ほどまでの尾に宿る火柱はもうほとんど見えないほどの火種になり、座っていた目も、恐怖や悔しさで涙を湛えている。
しかし、それでも虚勢を張って私を睨み続けている。
そんな彼女に私は一種の愛らしさを覚えた。
嗚呼……かわいい♥♥♥
きっとこのレクシアという女は、感情の浮き沈みが激しい女だ。
彼女は荒々しさを前面に出していても、結局根本は普通の女と変わらない。
怖ければ泣くし、喚くし、青ざめる。
強さを求めるあまりに増長したプライドを折られ、青ざめる姿は見ていてとてもかわいい。
テツヤ様にもこのかわいいメストカゲを見せて差し上げたいが、どうすればいいのだろう。今ここにテツヤ様が居ないのが惜しい。しかし、まだこのメストカゲをテツヤ様に見せて差し上げる機会はあるはずだ。
もしもレクシアにテツヤ様が勝てば、私が折った彼女のプライドは修復不可能なまでになり、きっとコイツはプライドもなにもかもをかなぐり捨てて、魔物としての本性を現し、テツヤ様に襲い掛かるはずだ。
そうしたほうが、テツヤ様もお喜びになるかもしれない。
私はそう考えて、レクシアの前を立ち去ろうとした。
「まっ待てっ!」
メストカゲが後ろから叫ぶ。しかし、私は振り返らずに答えた。
「私は先ほど、これからが本番だと申し上げましたが……貴方の状況ではもう戦えそうにありませんよね?」
「なんだとっ、私はまだ――」
また後ろでメスがギャーギャーわめく。しかし、ここで私が彼女をぼろぼろになるまでなぶり、倒してしまっては意味がない。今の状況であればレクシアの胸ぐらを掴んで、泣くまで殴ってイジメることもできるけれど、コイツをイジメるのはテツヤ様に譲ったほうが、この女はもっとかわいくなる。
「騎士は手負いのトカゲを仕留めても嬉しくないんですよ」
だから、私は槍をレクシアに向け、全身の魔力を溢れさせて威圧する。
しかし、レクシアはへにゃへにゃとその場に座り込んでしまった。
気の弱い女だ。このままではテツヤ様と戦えなくなってしまう。このままではいけない。だから私は、聞こえよがしに言った。
「ロロイコ家の戦法にも弱点はありますよ……それが知りたいなら、テツヤ様と対決するといいと思います。それから、また私と対決してみればいいと思いますよ」
「……本当か!」
「ええ。もちろん」
垂れていたこうべをパッとあげ、太陽のように微笑むレクシア。
やっぱり感情の浮き沈みが激しい。
「騎士家訓のひとつとして、手負いのものを仕留めることは禁じられていますので、今からテツヤ様のところに向かっても大丈夫ですよ。私は手出しできませんので」
「そっか、ありがとう、おまえいいやつだな」
彼女はそう言うと、触手の森の中に入っていこうとした。
そして私は彼女が入っていくタイミングを見計らって、一種のまじないを彼女にかけた。
そのまじないは、一切の魔術が発動できなくなるという、封印術式だ。
それはキサラギやメリーアも見ていた事だろう。
私はその火砲に答えるように2発、火砲を空へ放ち、応答を待つ。
……応答はない。彼は交戦状態なのだろう。
私は火砲の上がった北方へと進路を変えた。
この演習を攻略するうえで、合流は最優先事項なのだ。
私はもう一度火砲を上げ、キサラギとメリーアの反応を待つ。
「……返った!」
最初に上ったのはキサラギの火砲だった。西方から上がり、途中ではじけた。ジパング方式の火砲だ。フォイエ等の炎魔弾方式の魔術は総じて火砲と呼ばれるが、あの形式は初めて見る。
術者の帯びる魔力によって、火砲などは個性が出やすいが、キサラギのは少し特質だった。
――まぁ、ああいう風に、個性によって変質するからこそ、誰が上げたのか分かりやすくなるのだけど。
キサラギの火砲が上がった数秒後には、メリーアのものが上がった。
これで分かるのは、二人が交戦中でない事だ。
つまり、相手の戦力は我が主のいる北方に集中している可能性が高い。
また、否定できない可能性として、航空部隊と陸上部隊で独立した動きをしている可能性もある。しかし、いつどこで敵に襲われるか分からない状況で、二人だけのバディを組んで行動するとは思えない。
やはり前者の可能性が高い。すると、我が主は危機的状況に陥っている可能性が高い。
私の主が弱いと言うわけではないが、ドラゴンやサラマンダーを目の前にして一人で戦うには、彼はまだ経験が浅すぎた。また、戦場ではどれだけの猛者が居たとしても、少数対多数では多数が圧倒的に有利だ。士気の高まりを除けば、数の有利に勝るアドバンテージは存在しない。
だから、私は駆け出したのだ。
まだ彼が倒されていないことを願いながら。
「テツヤ様……耐え抜いてください……っ!」
重い槍を鞘に納め、一心不乱に駆ける。横から魔弾を打たれたらひとたまりもない。しかしそんなことはどうでもよくなっていた。
そして、魔弾の上がった地点に着くと、そこでは何かの燃えた焦げ臭いにおいの中で、メリーアとキサラギがサラマンダーの女と対峙していた。
あの女の名前はレクシアと言っただろうか。
レクシアはキサラギの長巻を剣で受け止め、メリーアの軟器械の攻撃には、自身の炎で応戦していた。
防戦一方、という様子だったが、それでもまだレクシアには余裕があるように見える。そして逆に、キサラギ達には疲労の色が窺えた。
しかし、2対1の混戦で剣戟が互いに絡み合う接近戦になっていては、助太刀のしようがない。
そんな中で、レクシアは疲労した彼女たちの一瞬の隙を見逃さなかった。
「オラオラッ! バテてんじゃねぇぞっ!」
「くっ……! ああっ!」
レクシアは力強くキサラギの長巻を振り払い、柄の中央を叩き切った。
そして、その一瞬の隙にキサラギの胴にレクシアは剣戟を決め、勝敗は決した。
「う……あ……っ」
一瞬の衝撃に、キサラギはその場に崩れ落ちた。
彼女の着けていたジパングの軽鎧は、切断されたと言うよりも大きな圧力によって叩き潰されたかのようになっている。
その切断面を見ただけでもレクシアには、卓越した戦闘のセンスがあると言えた。
「さて、次は誰なんだィ?」
彼女はそう言って、舌なめずりをした。
彼女の尾に燃え盛る炎は、彼女の頭の先をゆうに超えている。
今のレクシアは、相手部隊の誰よりも強い。
私はそう感じた。
そして、そう感じたからこそ、返事をした。
「……私がお相手致します」
「そうかい……ロロイコ家のお嬢様からかよッ……!」
踏み込むレクシア。一歩が早く、そして大きい。
それに合わせて盾を構え、その盾で剣を持つ腕を殴る。
「くっ!」
一瞬の隙。しかし、槍で突くにはあまりにも短い隙。
その間に、メリーアが戦線から離脱する。
「私はテツヤ様の援護に参ります!……のちに、必ず合流しましょう!」
そう言うと彼女は触手の森の中へと入っていった。
「さぁ、これで二人っきりになりましたね」
私は槍先をレクシアに向けて構える。その先には燃える様に真っ赤な眼があり、私を見つめている。私はその眼から注がれる敵愾心に塗れた視線をひしひしと感じ、微笑んだ。
「何を笑っている……オマエは不利になったんだぞ?」
「いいえ、違います。私は1対1の戦いが最も得意なんです」
ニコニコと笑い、相手を挑発する。しかし、これはウソではない。
「……へぇ」
レクシアは足元に力を込め、私を見つめている。
「じゃあアタシの剣を受けてもまだ立っていられるっていうのか?」
「もちろんです」
「じゃあうけてみなッ!!!!!」
間合いを詰めるレクシア。一足一投の間合いを超え、槍の攻撃範囲を過ぎ、私の胸へと迫る。そして彼女が勝利を確信した時、私は呪文を詠唱する。
「レディ=メイド。ソードブレイカー!」
「なにっ……!」
レクシアは驚き、攻撃を中止しようとした。
しかしもう遅い。剣のような重量のあるものを一瞬で退こうとしても、剣の持つ重量と遠心力には逆らえない。
彼女の剣は私の『本来槍であったモノ』に受け止められ、ぽきりと折れた。
私のランスはソードブレイカーへと変貌し、彼女の攻撃手段を奪ったのだ。
「……あっ!」
驚き、茫然自失としているレクシア。その手には剣の柄が握りしめられているが、根元から折れた剣はもう脅威ではない。
「これからが本番ですよ? ……レクシアさん♥♥♥」
私は自信を失いつつあった彼女の前に立ち、言った。
そう言うと、彼女は青ざめた表情で私を見上げていた。
先ほどまでの尾に宿る火柱はもうほとんど見えないほどの火種になり、座っていた目も、恐怖や悔しさで涙を湛えている。
しかし、それでも虚勢を張って私を睨み続けている。
そんな彼女に私は一種の愛らしさを覚えた。
嗚呼……かわいい♥♥♥
きっとこのレクシアという女は、感情の浮き沈みが激しい女だ。
彼女は荒々しさを前面に出していても、結局根本は普通の女と変わらない。
怖ければ泣くし、喚くし、青ざめる。
強さを求めるあまりに増長したプライドを折られ、青ざめる姿は見ていてとてもかわいい。
テツヤ様にもこのかわいいメストカゲを見せて差し上げたいが、どうすればいいのだろう。今ここにテツヤ様が居ないのが惜しい。しかし、まだこのメストカゲをテツヤ様に見せて差し上げる機会はあるはずだ。
もしもレクシアにテツヤ様が勝てば、私が折った彼女のプライドは修復不可能なまでになり、きっとコイツはプライドもなにもかもをかなぐり捨てて、魔物としての本性を現し、テツヤ様に襲い掛かるはずだ。
そうしたほうが、テツヤ様もお喜びになるかもしれない。
私はそう考えて、レクシアの前を立ち去ろうとした。
「まっ待てっ!」
メストカゲが後ろから叫ぶ。しかし、私は振り返らずに答えた。
「私は先ほど、これからが本番だと申し上げましたが……貴方の状況ではもう戦えそうにありませんよね?」
「なんだとっ、私はまだ――」
また後ろでメスがギャーギャーわめく。しかし、ここで私が彼女をぼろぼろになるまでなぶり、倒してしまっては意味がない。今の状況であればレクシアの胸ぐらを掴んで、泣くまで殴ってイジメることもできるけれど、コイツをイジメるのはテツヤ様に譲ったほうが、この女はもっとかわいくなる。
「騎士は手負いのトカゲを仕留めても嬉しくないんですよ」
だから、私は槍をレクシアに向け、全身の魔力を溢れさせて威圧する。
しかし、レクシアはへにゃへにゃとその場に座り込んでしまった。
気の弱い女だ。このままではテツヤ様と戦えなくなってしまう。このままではいけない。だから私は、聞こえよがしに言った。
「ロロイコ家の戦法にも弱点はありますよ……それが知りたいなら、テツヤ様と対決するといいと思います。それから、また私と対決してみればいいと思いますよ」
「……本当か!」
「ええ。もちろん」
垂れていたこうべをパッとあげ、太陽のように微笑むレクシア。
やっぱり感情の浮き沈みが激しい。
「騎士家訓のひとつとして、手負いのものを仕留めることは禁じられていますので、今からテツヤ様のところに向かっても大丈夫ですよ。私は手出しできませんので」
「そっか、ありがとう、おまえいいやつだな」
彼女はそう言うと、触手の森の中に入っていこうとした。
そして私は彼女が入っていくタイミングを見計らって、一種のまじないを彼女にかけた。
そのまじないは、一切の魔術が発動できなくなるという、封印術式だ。
17/07/18 23:54更新 / (処女廚)
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