連載小説
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友人関係、始めました
 「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」
 古い中国の思想家の、有名な言葉である。

 どの時代、どんな場所であっても、友人の大切さというものは変わらない。
 時によき理解者となり、時に頼もしい仲間となり、時には互いを高めあうライバルにもなる。
 友の存在というものは、心の大きなよりどころとなるだろう。

 そして、友情というものは、どこであろうと芽生えるものでもある―――


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 ああ、暇だ。
 暇で暇でしょうがない。
 もし、暇が売れるなら、今頃大金持ちなくらい暇だ。

 僕は、さっきからずっとこんな調子だった。

「家事はもう全部済ませちゃったしなー……」

 思わず再確認のために独り言ちる。

 洗い物もないし、洗濯もすでに済ました。
 荷物の整理もないし、資料も大体まとめてしまっている。
 掃除も、する必要がないくらいにピッカピカにしてある。

「本も、もう全部読んじゃったしなぁ……」

 いつもなら、ここで本を取り出して、勉強のために読んでいるのだろうが、あいにくともう課題の本は全部読み終えてしまっていた。
 なら、新しい本を取りに行けばいいのだが、この家の本はウルさんが集めた魔導書やらなんやらが大半を占めており、中には封印されている本なんてものもあるらしく、気軽に触れない方がいいのは重々承知していた。
 そして、自分がもともと持っていた本に関しては、もう内容を諳んじて言えるし、最近は、前の世界のモノにはあんまり触れないように意識して避けている。
 携帯ゲーム機や携帯電話にしても同様だし、そもそも、もう充電も切れているから起動することすらできない。

 残されているのは、同居人の手伝いとか、会話をすることだけなのだが。

「ウルさん……早くサバトから帰ってこないかなぁ……」

 その同居人は、彼女が所属している宗教組織”サバト”の、月に一度のイベントである”黒ミサ”のために、数日前から泊まり込みで出かけており、留守にしているのだった。

 本当なら僕も手伝いとして行った方がよかったのでしょうが

「それはだめじゃ! まだまだこちらの世界に慣れておらんおぬしが来れるような場所ではないのじゃ。 それに、おぬしを連れていくときは、正式にワシのおにいちゃんとして盛大に発表したいのじゃ……とにかく! 数日で帰ってくるから待っておるんじゃぞ! う……浮気なんてするんじゃないぞ……行ってくるのじゃ!」

 と言いわれてしまっては、ついていくわけにはいきませんでした。
 彼女に心配してもらえてありがたいかぎりです。
 あと、途中ぼそぼそ言っていたことはバッチリ聞こえてましたが、脳が理解を拒否したため、刹那で忘れることにしました。

 まぁ、そんなこんなで、僕は留守番のために、この家に残っているというわけだ。

「ごはんでも作ろうかな……」

 ちょうど、時刻は昼時に少し足りないくらいだったので、少々早いが昼ご飯にすることに決めた。

 有り余る時間を最大限に消費するため、もそもそと気だるげな動きでキッチンのほうへ向かう。
 キッチンに着くと、さっきとはうって変わって、体に染みついた動きでもって、テキパキ効率よく包丁やまな板を用意していく。
 すっかり主夫業が板についてしまっていた。

「今日は何作ろうかなー」

 昨日の昼は、確か肉と野菜を炒めておとといのクリームシチューをソースに改造したものをかけて、パスタと一緒にしてクリーム野菜パスタにしたんだっけ。
 夜は、昼の時に使った肉を、あらかじめ下ごしらえしてローストビーフにしていたものと、これまた余った野菜炒めを添えて食べた。
 そんで、今日の朝は、残ったローストビーフをパンに挟んでサンドイッチにして食べたっけ。

 そこまで思い出してから、気が付いた。

「あ、もう食材残ってないんだった……」

 この家の大体の食材事情は把握している。
 今、この家にある食料は保存食がメインで、新鮮な野菜や肉といった日持ちしない食糧はあまり残っていなかったはずだ。
 実際に、ウルさん謹製の魔法式食糧保存庫のほうに行って、状況を見てきたけれど、干し肉だとか漬物だとか、そういうものがメインで、あとは調理する時に余った食材のきれっぱしくらいしか残っていなかった。

「うーん……さすがにパンと干し肉だけじゃわびしすぎるからなぁ……」

 娯楽が少ないここでは、3食のごはんは数少ない楽しみの一つでもある。
 なるべく手を抜かないで、最大限に楽しめるようなものにしたい。
 ここで工夫して、残りの野菜や肉を消費しきってもいいのだけど、夜のことも考えたら、食材が足りないように思えた。

「うん。食材、調達してこよう」

 どうせやることもないので、今日の午後は、近場で何か食糧になるものを探すことに決めたのだった。


……………………………………………………………………


「うっひょー! 気持ちいいー!」

 食糧調達のために出かけることにした僕は、3か月ぶりにMTBを乗り回していた。
 ここ最近、家にこもっていた時間が長かったため、ピーカンの青空の下、野外を駆けるのは、たまらなく気持ちよかった。
 季節としては丁度夏真っ盛りの時期であるため、吹き抜ける風も実にさわやかです。

「えっと、地図によるとここら辺のはずなんだけど……」

 ウルさんが前に見せてくれた、家の周辺の地図の記憶を頼りに、目的のものを探す。
 すると、まさにどんぴしゃりのタイミングで見つけることができました。

「よーし! ドマ湖についた!」

 そう、目的地とは、近くにある湖のことだったのです。
 食材探しの基本はやっぱり釣りですよ、釣り。

 ということで自転車のスタンドを立てて置いておき、湖の周りを歩いて良さげなポイントを探す。
 すると、腰かけるのにちょうどよさそうな岩をさっそく見つける。

 ポイントを見つけたら、次は設営。
 と言っても、腰かけるところにシートを敷いて、持ってきたエサ箱を取り出すだけだ。
 あとは、倉庫から持ってきた釣竿に糸と針を付けて、準備は完了。

「さて、準備もできたし、昼ご飯にするか」

 そう、せっかく出かけると決めたのだから、お昼は外で食べようと思って、弁当を作ってきたのだ。
 内容は、朝ごはんとかぶるけれど、残った野菜と肉を挟んだサンドイッチと、あとはおやつとして果物を少々。
 釣りをするのはいいけれど、腹が減ってはなんとやらである。

「いただきまーす♪」

 バスケットを開けて、中からサンドイッチをひとつつかんで、食べる。
 うーん、うまいっ
 我ながら、会心の出来である。
 次々と口の中に放り込んで、その味を楽しむ。

 そして、最後の一個を食べようとした時のことだった。

 ざばぁっ

「……ん?」

 水音?
 不思議に思って音のする方に目を向けてみると

「…………」

 湖から頭だけだして、こっちのことを見つめている人がいる。

 じー…………

「……あ、どうも……」

 とりあえず挨拶をしておく。
 なんだろう、すごい見られている。
 あんまり人が来ないから珍しいのかなぁ。

 じー…………

 こう、熱烈な視線を向けられていては、なんだか食べづらい。

 あ、そうだ。

「あのー……これ、たべますか?」
「…………」

 声をかけてみるが、反応がない。
 あれ、外しちゃったかな?それとも伝わらなかったのかな?

 ざばぁっ

 あ、出てきた出てきた。

 水の中から出てきたのは、水着のようなものを着た、両手足に水かきが付いた魔物でした。

 ウルさんに教えてもらっていた、僕の脳内魔物ライブラリを参照にする。
 なんだっけ? 確か、サハギンだっけかな?
 あの水着みたいなのはサハギン独特の鱗なんだっけ?
 嘘だろ。
 スク水か競泳水着にしか見えねーよ。

 で、そのサハギンが恐る恐る近づいてきて、僕のほうに手を伸ばしている。
 腕がぷるぷるしててかわいい。

 とりあえず、バスケットごと手渡す。

 がしっ
 すたたたた
 ざっぽん


 受け取るやいなや、小走りで水中に戻って行った。
 かわいい。

「あっ、おやつのリンゴ……!」

 しまった、忘れてた。
 あのバスケットの中には、おやつのリンゴが入ってたんだった。
 せっかくウサギさんにカットしていたというのに。

 まぁ、持っていかれたもんはしょうがない。
 気持ちの切り替えも大事なことです。
 釣りは静かな気持ちでやるものですからね、ウサギさんリンゴに関しては寛大な心で許しましょう。
 決して、めちゃくちゃ楽しみにしていた、なんてことはありません。
 ないんです。
 ええ。

 ガッデム。

 さて、腹ごしらえも済んだし、さっさと釣りを始めよう。
 釣り針にエサとなるクズ肉をくっつけて、準備完了。

 シンジ選手、大きく振りかぶってー……投げたっ!

 ぽちゃん

 なかなか遠くまで投擲できた。
 あとは魚がかかるまで待つだけです。
 さぁ! めくるめく釣りの時間が、いざ開幕です!

「…………」

 ぴーひょろろろろろろろ……
 ほーほ、ほっほほー、ほーほ、ほっほほー……


 うん、やっぱり地味だ。

 どうにも、僕が気合を入れる場面は、心中とは裏腹に、非常に地味ーな絵面になるようですね。
 焦ってもしょうがないし、太公望のごとく、じっと針を垂らして待つしかないんですがね。

 しかし、キジバトってこっちにもいるんだな……なぁんて、益体もないことを考え始めた、その時。

 ぴくっ、ぴくっ

「……ん? えっ!? もうかかった!?」

 まさかの最速HIT!?
 どうしよう、釣り名人にでもなったかのような気分だ。
 さすがに、テンション上がる。

 すかさず足腰を安定させて踏ん張って、腕に血管が浮き出るくらいの気持ちで力をこめる。
 ずっしりと腕にかかる負荷が、竿にかかった獲物がいかに大きいか物語っている。
 おのずと期待が膨らむというものだ。

「オーエス! オーエス!」

 こりゃあ今夜はこれ一匹だけで、夕飯全部まかなえるんじゃあないかな。
 そういえば、魚料理ってあんまり食べてなかったからなぁ、何作ろうかなぁ。
 お造り、なんてやってみるのもいいんじゃあないかなぁ!
 と、取らぬ狸のなんとやらを開始した時、ふっと手にかかる荷重がなくなった。

 そして

 ざっぽーん!

 水面から超高速で何かが跳ね上がり

 ドゴォ!!

「おっふぅ!!」

 見事なフライングヘッドバットをかましてくれました。



〜ややあって〜

 ようやくボディブローのダメージが抜けて、まともな呼吸ができるようになってきました。
 そして、横たわっている僕の隣には、先ほどのサハギンが心配そうに手を泳せながら、僕のことを見守ってくれていました。

 思わずそのやさしさに惚れてしまいそうになりますが、そもそもの原因として、僕のお腹に某路地裏ファイターの相撲取りのような頭突きを繰り出したのは、他でもない彼女です。
 彼女が原因の怪我を看病されて彼女に惚れるとか、マッチポンプみたいなもんです。

 まぁ、反省の意を見せた、ということでさっきの頭突きについては許しましょう。
 重ねて言いますが、人間、寛容の心が大事なのです。ええ。
 ウサちゃんリンゴの恨みとか、全然ないです。はい。

「……ぁ……ぁ」

 ん?

「食べ物……ありがと……」

 …………

 しゃべれるんかーい。
 あと、そっちかーい。

 何ともツッコミしがいのあるボケをどうもありがとう。
 しかも謝罪ではなく感謝。
 いや、食べ物あげたのは僕のほうですからね、うれしくないわけじゃないですが。
 まず謝罪が先ではないのかね、この場合。

 あとリンゴ返せ。

「あの……この針」

 針?……針がどうしたって?

 すると、そのサハギンさんが、くるっと回って彼女の背中を見せてくれました。

 で、よく見てみると、僕の釣竿から伸びた糸が、彼女の背中のほうに辿っていきまして、その先にあるのは見事なまでに彼女の鱗に引っかかった釣り針なわけでして、それによって突っ張った鱗が彼女の股を締め上げるような形になっているわけで。

「……あの、さっきみずのなかからとびだしてきたのは……」
「急に……引っ張られて……驚いた」


 つまるところ、あの頭突きは、鱗に引っかかった釣り針を外そうとして暴れた結果というわけだ。

 うん、真に謝罪すべきはこの僕のほうでした。

「…………(スッ、スッ)」

 流れるような動作で正座姿勢に移行、地面に膝をつき、両手の親指と人差し指で地面に三角形を作り上げる。
 そして、そのまま頭を地面に思いっきり振り下ろす。
 これが、正しい土下座の作法です。
 みなさん、是非覚えて帰ってくださいね。

 そして最後に謝罪の言葉を添えましょう。

「どうもすいませんでしたぁー!!」


〜ややあって〜

「針……とってくれてありがとう」
「どういたしまして、ゴメンナサイ」

「バスケット……返す……」
「どうも、ありがとうございます、ゴメンナサイ」

「中のリンゴ……ウサギさん……とても上手……」
「それはこうえいです、ゴメンナサイ」


 さっぱり、罪悪感が消えません、ゴメンナサイ。
 乙女の柔肌に傷をつけかけた罪は重いのです!

 ええい、もういい。
 この子のことは、もう考えないようにする。
 気まぐれそうな子だし、そのうち僕のことをほっておいて、友達のとことか行くだろ!
 僕は気分転換のために釣りをする!
 一心不乱だ!
 竿をぎゅっと握りしめて、心を無にするのデス!

 ……………20分後

 じー………………

 ぱしゃっ

「おっ、釣れた……けど小さいなぁ。戻そう」

 ……………40分後

 じー………………

 ぱしゃっ

「しまった……エサだけ持ってかれた……次から注意しよ……」

 ……………60分後

 じー………………

「………………うぅ……!」

 なんだろう、この子思ったより根気強い。
 こんなにガン見されると、僕の心のほうが先に折れてしまいそうだ。

 心が弱音を上げ始めたその時、サハギンの子がすっくと立ち上がって、こっちに聞いてきた。

「君は……ここで何してるの?」

 え? 質問?
 あんだけ見といて、いまさらその質問?
 まぁ答えるけど。

「ぼくは、さかなをつっているんですよ」
「釣ったら……どうする?」
「いえにもちかえって、おゆうはんのためのしょくざいにしようとおもってます」
「ふーん……」


 あ、待てよ。
 この子、ここに住んでいるんだよな。
 もしかして、魚と友達だったりとかするのかな。
 だとしたら、勝手に釣るのはイカンかったのか?

「あの、ここでつりをしたらだめでしたか?」
「ううん……そんなことない……所詮この世は”じゃくにくきょーしょく”だから……」


 この言いぐさである。
 野生育ちの魔物娘はワイルドだろぉ?

「……手伝う?」
「え、いいのですか?」
「うん……暇だから……」


 そらそうだろうよ。
 一時間も粘るくらいだもんよ。
 それに、手伝ってくれるなら、こっちとしては願ったり叶ったりだけど。

「えっと、どうやっててつだうの?」
「……みてて」


 すたんっ
 ちゃぽん


 直立の姿勢からの跳躍で、身長を軽く超すくらいの高さまで上昇して、水面へダイブした。
 見事な飛び込みです。
 水しぶきをまったく立てないのも得点高いです。

 そして、1分もしないうちに

 ざっぱーん!

 両手、両脇、口に魚を携えたサハギンが、空中に水滴の軌跡を残しながら、飛び上がった。
 日の光を浴びた水滴がキラキラと光り輝き、まるで光の粉を振りまいているかのような、そんな光景だった。

 いやー、絵になりますなぁ。

 しゅたっ!

 これまた見事な着地、満場一致で[10.0]点ですね。

「……ふぉれれ……ふぉう?」訳:これで、どう?
「おー、すごいですね」


 そう、確かにすごい。
 わずか1分で5匹もの魚を捕まえてきたのだ。
 僕なんか、一時間で4匹しか釣れてないって言うのに。
 彼女の手伝いを時給換算すれば、実に300匹もの魚が捕まえられることになる。

 圧倒的じゃないかわが軍は(劣勢で)

 だけどなぁ、なんか違うんだよなぁ。
 なんだろ、風情がないよね。
 こういうのは、作業効率考えてやるよりも、娯楽を交えてやるもんだよなぁ。

 ということで

「たしかにすごいです。でも、ぼくはつりをゆっくりとたのしもうとおもっているのです。ですので、おことわりします。ごめんなさい」

 丁重にお断り。
 時間はまだあるし、ゆっくりやりたいのです。

「……むー」

 ん……機嫌を損ねてしまったか?

 ぽいっ
 ぼちゃん


 と思ったら、捕ってきた魚を湖に放り投げて、僕の横に歩いてきた。

 そして、釣竿を垂らす僕の横で、ちょこんと体育座りをした。

「じゃあ……ここで私も……ゆっくり楽しむ」
「? なにをたのしむんですか?」
「……君がやってるのを……見てる」


 え? 僕の釣り姿を観察するの? また?
 止めてよね、案外ガン見されると恥ずかしいんだから。
 わてくし、結構シャイなのよ?

「あの、みててもたのしくないと、おもいます」
「ん……じゃあ……わたしも釣る」


 そう言って、サハギンは僕が持ってきた予備の釣竿を手に持った。
 どことなく竿を持つ手がふらふらしてて危なっかしい。
 大丈夫か? 今度は、自分で自分のこと吊り上げたりしないよな?

 そしたら案の定だった。

 ギリギリギリギリ!

「痛い! 痛い! 痛い! とって! お願い、とってぇ!」

 あーもう言わんこっちゃない!

 また針が鱗に引っかかって、彼女の体を締め上げているので、素早く丁寧に針をとる。

「うぅ……」

 涙目になるくらいなら最初からやらない!
 そもそも、なんでそこまで僕と一緒に居たがるんですかこの子は。
 もしかして懐いちゃった?
 あんまり、魔物慣れしてない身としては、懐かれてべったりなのはあんまり居心地いいもんじゃないんだけどなぁ……
 仕方ない、適当になんとか言いくるめて、仲間のところにでも帰ってもらおう。

「ぼくといるより、ともだちとか、なかまとあそんだほうが、たのしいとおもいますよ?」
「……仲間いない……この湖には……私しか魔物がいない」
「えっ」
「私……ひとりぼっちなの」


 うっそぉ。
 これはまさかのウルトラミスか!?
 結構デリケートなこと聞いちゃったのか!?

 重いよぉ、じわじわと内臓に響く重さだよぉ。
 ちくしょう、また謝る羽目になったじゃねえか!!

「ご、ごめんなさい!」
「ううん……謝らなくてもいいよ……」


 いや、そんなこと言わんといてぇ!
 胸がきゅうきゅう苦しいんですぅ!

「……さっき」
「え?」
「バスケットの中のリンゴ……ウサギさん……すごいなって……器用だなって……君みたいな、器用な人……仲良しが……いっぱいなんだろうなって……」
「…………」
「私、不器用だから……さっきも頭突きしちゃった……ここに来たほかの人にも……怖がられちゃう……君は……怖がらない……うれしかった……サンドイッチ……おいしかった……うれしかった……だから……一緒にいたい……君から……器用を……勉強したい……君が……やさしいから……」


 おおう、衝撃の告白ぅ。

 なるほど、無口で不器用だから、友達ができないと。
 で、ひとりぼっちで寂しいところに、久々にやって来た人間が餌付けしてくれたら、そら懐きますよ。
 俺だって懐く自信あるもん。

 しかも、こんな広い湖でひとりぼっちとか……
 そんな状態の不安とか、寂しさとか、すごい共感しちゃうよ。
 だって俺もそうだったもん。
 あの冷たい石造りの牢屋で、嫌と言うほど味わったもん。

 だから、そんなこと聞かされたら……ほっとける訳ないじゃないですか。

「ねぇ、ぼくとともだちになってくれませんか?」
「……え?」
「じつはぼくも、ここらへんでともだちがいなくてさびしいのです。なので、あなたがともだちになってくれると、たいへんうれしいです。どうでしょうか?」
「え……えっと……」


 しばらくもじもじして、僕から顔をそらしたかと思うと、消え入りそうな声で聞き返してきた。

「私なんかと……友達に……なって……くれる……の……?」

 ワーオ、なんだこれ。
 超かわいいじゃねえかチクショウ。
 やっぱりこの子、いい子だぁ。
 返答? そんなの”Yes”か”はい”の二択に決まってんだろ。

「ええ、もちろん! いいですとも!」
「あの……ありがとう………


 もはや、何言ってるのか聞き取れないくらいに小さくなった声だったが、意地でも聞き逃すわけないです。
 バッチリ聞こえましたよ、あなたの魂の声が……!

 うん、テンションあげすぎて何言ってるか自分でもようわからん。

 まあそんなこと、どうでもいいや。
 大事なのはこの子が、この世界での僕の初めての友達だっていうことなんだから。

「すいません。てをさしだしてもらってもいいですか?」
「? ……こう?」


 おずおずと差し出した彼女の右手を、僕の右手でがっしりと掴む。

「ゆうじょうのあくしゅです! これで、ぼくとあなたはともだちです!」
「……うん……ありがと……」


 サハギンさんが、ぎゅっと僕の手を握り返してくれる。
 餌付けから始まった、この短い時間の奇妙なやり取りだったけど、友情が芽生えるのには十分な時間だったと思う。
 それに、この子は、僕にとってもこの世界で初めての友達だ。

「ぼくは、はんだしんじ。シンジとよんでください」
「私は……カアラ……よろしく……」


 この良縁、大事にしたいと思う。

「ねぇ……せっかくだから……勝負……する?」
「しょうぶ?」
「いっぱい釣ったほうが……なんでもいうこと聞く」
「ええ、いいですよ。それではしょうぶです!」


 ははは、なんでもいうこと聞くとは、かわいいじゃないか。
 よっぽど初めての友人がうれしいと見える。

 よーしパパ張り切っちゃうぞー。

「もし勝ったら……キスしてもらおうかな……」

 よーし、パパ負けられなくなっちゃったぞー。

 こんな浮かれきって地に足ついてない子のファーストキスを奪うなんて、そんなの切腹ものだぞー。

 気合を入れろよー、絶対に負けるなよー。

「それとも……お嫁さんにしてもらおうかな……」

 うーん、だいぶん飛躍したぞぉ。

 ぼっちの発想恐ろしいよぉ。

 冷や汗が止まんねぇよぉ。

 ぱしゃっ

「あ……釣れたよ、シンジ」

 UWAAAAAAAAAAAAAAAA!!?


……………………………………………………………………


 トントントンと、まな板が小気味よい音を立てる。
 横にはぐつぐつとよく煮えている鍋が二つ。
 その片方はふたが開いており、中にはブロック状にカットされた魚の切り身が詰まっていた。
 料理人は、その鍋の中身の汁をひょいと掬い上げて、口元に運ぶ。

「んー……ん? やっぱり、こっちの世界の魚介は違うなぁ。面白い味になった」

 僕は、釣ってきた魚が詰まった鍋の中に、倉庫に残っていた野菜を次々とぶち込む。

 今夜の料理は魚介鍋だ。
 これなら、食材を余らせることなく消費できる。
 何? 夏場に鍋は無いだろって?
 知るかい。洗い物が楽なんだよ。ほっとけ。

 ついでに、もう一つの方の鍋は落し蓋がなされている。
 中には丸々一匹の魚が、煮汁によく漬け込まれているのだ。
 そう、何を隠そう、煮魚を作っているのだ。

 この料理には特別な意味があります。
 煮魚は、日持ちが効く。
 煮汁が染みれば染みるほど美味しさが増す。
 日をおいて会う友人への手土産として、うってつけの料理だと考えたのです。
 つまるところ、カアラへのお詫びの土産なのです。

 なぜお詫びしなければならないかというと、それは例の釣り勝負の結果のせいでした。

 釣り勝負は、本来はカアラが勝っていたはずだった。
 『はず』『だった』と二つの怪しげな表現がくっつくのは、僕がずるっこをしたのが原因である。

 釣り勝負がもうすぐ終わるというその時に、僕はカアラと僕の桶を、事故を装って思い切りひっくり返したのだ。

 そして、しれっと「ああー、さかながまじってしまったー。これじゃあしょうぶはひきわけだねー」なんて言って、無垢なサハギンを言いくるめて、勝負自体をうやむやにしたのです。

 いや、だって、仲良くなってすぐにキスとか結婚とかできるわけないやん……
 ピュアボーイやで、僕。

 まあとにかく、そのお詫びということで、また明日会いに行くことと、その時に今日釣った魚の料理を振舞うことにしたのだった。
 そう告げた時の、カアラの「ほんとう!?」という声と笑顔は満点級でした。
 超かわいかった。
 ハグしたい。

 イカン、また暴走しかけた。

 とにかく、明日、あの子のためにとびっきりおいしい煮魚を振舞ってあげよう。

 だが、その前に

「まずは、自分の腹ごしらえってね。いただきまーす! はぐっ……うん! うまい!」

 シンジ特製、ドマ湖鍋は実においしく出来上がったようです。

 食べながら、今日一日を思い返します。

 朝は、ただただ暇だっただけ。
 昼に、妙な思いつきで湖へ行った。
 外で食べる弁当は実においしかった。
 楽しみにしていたリンゴは食べられなかった。
 だけど、ひょんなことから友達ができた。

 僕は、彼女の孤独を癒せただろうか?
 それは僕にはわからない。

 でも、僕の孤独は少し晴れた。
 それだけは確実に言える。

 魚介のスープが体に染みわたる。
 乾いた心に潤いが戻る。 

 今夜は、ぐっすり眠れそうだ。


 あれ、そういえば誰か忘れているような気がする。

 なんて思ってたら、ドアがバァン!って思いっきり開いた。

「うわぁぁぁぁぁん!シンジぃーーー!!」
「ぶほっ! ウルさん!? とりあえずおかえりなさいですけど、どうしたんですか!?」
「マリィがぁ! マリィのやつがぁ! ワシより先にぃ! お兄ちゃんがぁ! びええええええ!!」
「は? おにいちゃん? あれ、ウルさんってきょうだいいるんですか?」
「そうじゃなくてぇぇぇ! うわぁぁぁぁぁん!」
「と、とりあえずおちついて! おいしいぎょかいのなべをたべて、おちついてください!」
「うわあああああん! ワシはおさかなきらいなんじゃーー! シンジのバカーー!」
「ええ!? そんな! すききらいはよくないですよ!?」


 ぎゃーすかぎゃーすか
 どたんばたん

 ああ、もうまったく。

 本当に、今夜はよく眠れそうだ。
13/12/16 00:39更新 / ねこなべ
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■作者メッセージ
今度こそ、本当にほのぼのが書けた、はず。

ようやく看板に偽りを無くせました。

ちなみに、今まで明確に描写してきませんでしたが
シンジさんは19歳の大学生です。
こういう設定はここで言わないと、なかなか出す機会がないと思ったので。

そういえば、食糧事情とかどうなってんですかね。
この中だと、わりと食事が豪華になりましたが。
気になります。

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