連載小説
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しろとつち
晴れ渡り、澄み切った空
雅之進とアメリアは相変わらずに山中を歩いていた
木々の向こうには、海が見える

「アメリア。見ろ、あの海の向こうに微かに見えるのが大陸だ」
霞がかった所を指差して言った
「あと少しなのですね?」
「ああ。この山を越え、もう一つの島に渡れば大陸方面へ貿易をしている港が在る」
「この旅の行方はどうなることかと思いましたがやっとここまで来れたのですね。思えばいろいろなことがありました」
「ああ。だがまだ旅の半ばぞ?振り返るのは後だ。百里の道のりも九十九里を以って半ばとせよと、彼の権現様も仰っておる。ますます気を引き締めなくてはならぬ」
「はい。・・・あら?」
彼らの目の前をひらひらと落ちる花びらがあった
どこから来たのか目を彷徨わせて見ると向こうに見事に花を咲かせる木が見えた
「・・・きれい。なんの花でしょう?」
「八重さくら・・・だな」
「ヤエサクラ・・・多くの花びらを持ちふっくらとしている、なんて華やかな」
しばし目を奪われる
「・・・(幼き頃、近くの神社で母上や父上、姉上とよく花見をした・・・。その時のことを今でも思い出す・・・。もはや・・・もはや再びあの地へ行くこともあるまい・・・)」
強烈に故郷のことを思い出してしまったが、すぐに振り払った
「如何なさいました?」
「いやなんでもない。このさくらより俺は山桜の方が好きだがな」
「ヤマザクラ・・・」
「このサクラは華やかだが、山桜は5枚の花びらを持ちなんとも可憐な花をつける。そして、いつまでも咲き誇っている。美しさの中に強さがあるのだ。丁度、そなたの様にな」
「・・・」
はじめは気が付かなかったようだが、見る見るうちに白磁のような顔が赤くなっていく。耳の先が桃色に染まっていくのを見て、やはりかわいいなと思った
「もう・・・!お戯れを!!」
彼女は怒ったように後ろを向いてしまった
「・・・アメリア。そのように恥ずかしがっているお前も好きだぞ?もっと見せてくれぬか?」
後から抱きしめ、その長く桃色に染まった長い耳の耳たぶを口に含む
「ま、雅之進!こんなところで!!」
ますます狼狽しているようだ。めずらしい。それを聞いて調子に乗った
甲冑の間に手をもぐりこませて、その豊満な胸を責めようとした・・・

ガサガサガサ!!

近くの茂みに何かの気配があった
「雅之進!離れて!」
「ちっ!」

茂みの中からはヘビがこちらを窺っている
「珍しい。白ヘビぞ」
抜刀しかけた刀を鞘に収めながら、雅之進は近づいた
「雅之進!危険です」
近くまで行って観察するように見つめると、茂みからはもう二三のヘビが出て来た
「ほう。こんなにも白ヘビを拝めるとは、縁起がよい。一つ拝んで行こう」
アメリアは何かを感じ取って未だに背の剣に手を掛けている
「・・・二人無事に大陸に渡れますように、願うしだい・・・」

シャーーー

「雅之進!危険です!」
「アメリア。大事ない。それに何かあっても俺にはこのヘビは切れんな」
「何故!」
「この地には古より蛇信仰というものがある。古来より畏怖と敬意を人々は持っていた。蛇に神性を感じたのだろう
故、おそらくこの白蛇はここら辺りのご本尊やもしれぬ。そのようなものを切るなどという事は、今の俺にはできぬな」
「・・・そこまで言うのでしたら・・・」
納得しかねるのかやはり、どこか警戒しているようだ
「同心だった頃の俺だったら、異教ということで切っていたやも知れぬが、あの雪山で村長殿に諭された俺にはもはや些細なこと・・・。さあ、旅を続けようぞ?」
蛇に一礼をし、その場を立ち去る

「雅之進。貴方はどうも軽薄だ。ご自分のことをどう思っているのですか!何かが起こってしまったらどうするのです!」
「すまぬ」
「貴方に何かあったら・・・あったら、私が困ります」
悲しそうにうつむく
「そなたの言うとおり軽薄であった。すまぬ」
真剣に目を見つめて謝った。が、ぷいとそっぽを向かれた
そんなアメリアの頬に口づけをする

「それにしても、先ほどの顔を赤く染めたそなたは、実に愛らしかったぞ?」
「そのようなこと・・・!知りませぬ!!」
思い出したのか頬を染め、歩を早める彼女
「恥ずかしがることはないだろう?」

早足で歩く彼女を微笑ましく追う。まったく我妻ながらかわいらしいものだ



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睦まじく去っていく男女を眺める気配が一つあった
それは先ほど白蛇がいた付近・・・

今の男女は違う
あれは探している者ではない
あの憎き盗賊ども
貧しき中でも少しずつ蓄えを出し合い私にと供物や宝物を供えてくれた愛しき人々、彼らからの大切な贈り物
それを空き巣同然で奪っていった者ども
私を神と崇め慕ってくれた者たち
その大切な思い出を汚した者達を私は許さない
奴らはまだそれほど遠くへは行っていないはず
ならば、追いつけ!そして私たちの想いを踏みにじった奴らに神罰を!

白き体躯が林の中を駆け抜ける
それは白波が洋上を滑るように駆けてく様のよう
宝物には自身の妖気が染み付いている
それを辿れば容易に見つけられるはず

先ほどは、人のそれとは違う力を感じ、あの二人を見つけた
片方の女は西洋のあやかしだったようだ。そして、それを心から慕う男
正直、羨ましいと思った
大陸に向うと言っていた
おそらく、今のこの国では幸せな生活など望めないと踏んだのだろう
自身の故郷をも捨てる決心をし、女についていこうとする男
そんな男に私もめぐり合えるであろうか・・・

・・・今はそれどころではない
とにかく、奪われたものを取り戻さなければ!

「・・・っ?!」

一瞬、気が散ったが再び気が付いた途端に、近くに気配を消した何者かが潜んでいることに感づいた
今いるここは丁度林と藪との境目のようになっている
その者は藪を背にしている
こちらは薄暗く向こうは明るいものだから、その者の容姿がよく見えない

「何者!!」

「これは驚いた。そなたは蛇女か。ここいら一帯には蛇信仰があるとは聞いていたが・・・そなたがなぁ」
相手は男のようだ。もとは黒だったのだろうが掠れた様な色合いの着物を身に付けて編み笠を被っている
私を見てもたいして驚いてもいないようだ
「その白い容姿、白い蛇の胴、そして髪の先にいる蛇たち・・・紛れもなく蛇信仰のご本尊とみた」
「だとしたら、如何なさいます?」
「・・・気が付きませぬか?」
「?!」

はっとした。奴の懐からは、紛れもなく私の妖気の気配!ならば、この男が?
「貴様ーーー!!」
憎しみを込めて私は自身の力を揮った
私の目から放たれた力は相手の動きを封じ、なおかつ石化させる力がある
石化したところを尾で払い、山肌に叩きつけてやろうと思ったが・・・

瞬間に男の体が消えた。後には紙で出来た人型が残るのみ
「しまった!術師なのか?!」
私の尾はむなしく空を切っただけに終わった
それだけならまだよい。途端に今度はこちらが動けなくなってしまった
あらかじめ、何らかの術を施しておいたのだろう
悔しさがこみ上げてくる

「いきなり、襲い掛かるとは・・・。相当、気が立っておいでのようだな」
背後からゆっくりと近づいてくる

乾いた金属音と共に刀を抜く気配
ヒュッと首筋に冷たい感触がした
「神と祭られているあやかしの生き血・・・。さて、世の好事家ならばいくらの値を付けるのであろうな」
私の目の前に姿を表した男は、編み笠の下からその薄く怜悧な視線を向けている
「殺すのならば殺せ!さらし者になるくらいならば私は死を選ぶ!!」
「ならば、遠慮なくこちらのしたいようにする」

私の前で一旦刀を鞘に収めると、腰を落とし居合いのような構えを取った
「・・・(ああ。こんなところで・・・慕ってくれた者達よありがとう。あなた方のことは忘れない。例え、黄泉の国に行っても忘れないわ)」

「せいっ!!」

声と共に目を瞑ってしまった。しかし、痛みも何もなく恐る恐る目を開けると、刀は私の足元の地面に突き刺さっていた
途端に拘束されていた体が動くようになった
「何故?」
「早合点なさいましたな」
刀には木片が突き刺さっていた
呪法を書いた木簡のようである

男をよくよく観察してみる
齢30半ば位なのか?色は浅黒い。たくましく精悍な顔つきをしている。無精ひげを生やし、なにかどっしりとした大海の様に澄んだ眼は印象的だ

「わしは、これをお返しいたしたくて参ったもの」
男は懐から包みを出した。そこから紛れもない自分の妖気が漂ってくる
「麓の街の近くでな。不審な者どもが、この強い妖気漂う物を売り払おうと画策していたものでな。見過ごせなかっただけなのだ」
「その者どもは如何なさいました?」
「役人どもに任せた。奴らはここいら一帯を荒らしまわる盗賊の一味だったようだ。殺しもしているようだし極刑は免れまい」
「そうでしたか・・・ありがとう存じます。なにも知らずに襲い掛かってしまって申し訳ありませぬ」
「こちらこそ。誤解を招くようなことを言ってしまったわしが悪い」
「もしよければ、立ち話もなんなので私の家にでも」
「あ、いやしかし」
「私、しろと申します」
「しろ殿。わしは土御門茂義と申すもの」
「つちみかど・・・?!」

しろは、土御門と聞いて驚いたようだった
土御門といえば、古より続いた陰陽師3家が今の世に変わり、一つの家として名乗るようになった姓だ
こんな都より遠く離れた田舎でもその実力は響いていた
特に、世界で魔王と魔界の力が強くなってきて、ジパングは極東に位置し今までその力の影響が届かなかった場所だけにその対策にお上は躍起になっていた
「安心されよ。わしは土御門を名乗ってはいるが、末席の半端者。お上の意向には合点がいかぬ事も多い故にすでに離反しているしだい。さあ、しろ殿受け取られよ」
「ありがとう存じます。これらの品は私を慕ってくれた者達が貧しき中から少しずつ蓄えを出し合い私にくれたものなのです。本当にありがとう」
私は、土御門を名乗る男に本当に感謝した。大事な宝物を返してくれたばかりか、私のことを見逃そうとしているのだ
「では、わしはこれにて。しろ殿、達者で」
「茂義殿、本当にありがとう存じます」
茂義殿は晴れやかな笑顔をし立ち去ろうと・・・したその時!


「土御門茂義!貴様!!」
藪の中から気配を絶った何者かが進み出てきた
一瞬、藪そのものが立ち上がったかと思うような装束だった
編み笠をかぶり、土色の粗末なボロを着て背には蓑を羽織っている
笠の下からは異様な・・・憎悪のような視線が鋭く茂義殿と私を睨め付けている
「・・・(怖い・・・)」
こんな憎悪の篭った視線は初めてだった
そんな視線を遮るかのようにすっと動いて遮ってくれた茂義殿
「村上慎之介か・・・。こんな所で何をしている?」
「貴様、お上の意向に背くつもりか?」
「背く?」
「退魔方では、お上の意向にそぐわぬ、あやかし・異教などの類は切り捨てよとしていたはず。ならば、何故そ奴を切り捨てぬ!!」
「必要なきことだな。彼女とその信者達がお上に謀反を起こそうとしているならば対処しなくてはならぬだろうが、彼らはなにもしてはおらぬ。この地には古の昔より脈々とこの信仰が続いてきた。その信仰を断ち切るのは容易い。されど、断ち切られた者達はどうなる?残された者どもは恨みをかかえ、その無念を一矢でも晴らそうとするに違いあるまい。なにゆえ、悪戯に不信の念を生み出そうとするのか?天下太平を目指すお上にとってすべての万人が平和に暮らせる世を作ることこそが信条ではなかったのか?」
「ぬるい!!」
村上慎之介は吐き捨てた
「貴様。お上に仕える身でありながら何をぬるいことを!!土御門家は何の為にお上より禄を賜っておるのだ!お上の決めた仏神以外は異教。それ以外は悪。それが我らに課せられた使命ではなかったのか。異教を絶ちそれが謀反の芽になると言うのならばその者共ごと断ち切ってしまえばよいのだ。茂義、我ら土御門が一つになる前、陰陽3家は帝に使えし頃から戦国の世に変わった後、仕える主もなく吐泥の苦しみを味わった。そして今の政の頂点に仕えることで陰陽3家の悲願を叶えた。それを忘れたわけではあるまい?」
「陰陽3家か・・・。くだらぬな。村上、貴様もっともな口上を並び立ててはいるが、それが本音ではあるまい」
「・・・」
「確か貴様は城に上がり政を取り仕切る者の補佐として口を出せる立場になっていたはず。しかし、その姿・・・一転して草(忍)にでもなったというのか?」
「貴様に俺の何が分かるというのだ!」
「・・・ならば宮仕えを断ってまでの激しい憤怒、その憎悪。この茂義にぶつけてみよ村上!!」
村上慎之介の表情は笠に阻まれて見えない。しかし、その手は握られブルブルと震えている

「幼少より俺は土御門を背負って立つ者として3家が一つ村上の家に生まれた。皆の期待を一身に受けた俺は、武・知そして陰陽の術それらを極めようと尽くしていた。ある時、もう一つの家、安倍の嫡子という者が現れた。それが貴様だ!いつも笑顔で同世代の者達から歳の違うものたちまで、人望が厚くたちまち人気者となった。かく言う俺も貴様に心を許していた。同じ位の歳でありながら武に知に陰陽に秀でなおかつ人望に厚い。貴様ならば土御門の次期当主に選ばれるのもやむを得ないと思っていた。だからこそ、己が決心をつけるためにも15の元服の折、どちらが優れているかの真剣勝負を申し込んだのだ!」
「・・・」
茂義は黙ってかつてのライバルの言葉を聞いていた
「そして、俺は黙って次期当主を決める選考から身を引いた・・・」
うつ向き気味に話していた村上慎之介は突然、顔を上げた
「それなのに!!貴様は当主になろうかという時に突然、出奔した!!その時俺はお家の為を想い、お上へ出向していた。貴様の出奔を聞いた時の衝撃は今でもわが身を蝕んでいる。土御門の当主を渇望されながら身を引かざるおえなかった俺の無念、貴様に込めた期待・・・あれらはなんだったのかと!!」
その双眸には爛々と憎悪が漲っている
「ある時、諸侯で密偵として働いている草どもから、怪異あればたちどころに治め去っていく者のことを伝え聞いた。どうやら土御門の名を名乗ることもあるらしいと聞いた。俺はすぐに貴様だと思った。土御門の名を名乗れる者は少ない。そして、たちどころに怪異を治めることのできる実力者など数えるほどしかおらぬ。俺は、気が付けば政の任など放り出して貴様の動向を探った。そして、今すべてを捨て俺はここにいる!茂義っ殺してやる!貴様を殺してすべてに決着をつけてやる!!」
「憎悪の上に憎悪を塗り重ねるか・・・。よかろう、貴様のその想い今ここで決着をつけてやろうぞ!」
途端に二人は距離をとり始めた

「しろ殿。下がっておられよ。憎悪を狂ったものは何をしでかすか分かったものではないですからな」
「・・・茂義殿。御武運を」
ここに自分は不要。しろはそう思った。男と男の生き様がぶつかるのだ。それもかつて友であり共に技を競いあう好敵手だった者と・・・。どちらが勝つかはわからない、けれどどちらにしろ恐ろしいことになるのは変わりはない。去り際もう一度茂義の背を見る。その背はどこか悲しげに映った



「茂義。覚えておるか?あの真剣勝負の時、我らは木刀で決着をつけた。今度は真剣ぞ?あの時は未熟であったが、今の俺は強くなった。出奔を聞いた折、貴様を切るためだけに武を磨いてきた。すべての憎悪を持って貴様を殺す!!」
そう言うと、抜刀した村上慎之介は上段に構えた
「・・・」
茂義は腰を落とし、静かに下段に構えた
ピリリとした緊張が張り詰める
そんな中、村上慎之介は少しずつ肉薄した
間合いを決めさらに高く振りかぶり、一気に振り下ろした
咄嗟に受けの構えを見せた茂義
このまま、裂ぱくの気合で茂義の刀ごと叩き切ってやろうとした
その時・・・
どこからか大岩が飛んできた
「茂義殿!!」
「しろ殿?!」
「?!ええい!真剣勝負に釘を刺すとはあやかし風情が!!」
村上慎之介は懐から手裏剣を取り出すとしろに向ってそれを放った
「しろ殿、避けろ!!」
しろは避けることが出来たようだったが、二撃、三撃と放たれた手裏剣は、茂義の咄嗟に出した腕に一本食い込んでしまった
「くっ!!」
腕を抑えた茂義
「ははは!どうやら利き腕を失ったようだな!その手裏剣には痺れ毒が塗り込んである。それが全身に回れば貴様に勝利などないわ!!積年の恨みと共に死ね茂義!!安心しろ、そこの蛇も貴様を叩ききったらすぐに冥土に送ってくれるわ」
勝利を確信して満面の笑みを浮かべる村上慎之介。その顔はどこか歪んでいる
「・・・くそっ!!・・・っ?!これは・・・」
「死ねーっ!」

キィィィィィィィン

辺りには刀と何か固いものがぶつかり合った音が響き渡った
村上慎之介は信じられないといった顔を浮かべている
その刀は茂義の腕に遮られて居た
咄嗟にしろは茂義の腕を石化していた
「石化の術・・・。しろ殿はそれを成す事ができるのだ」
悲しそうにそう言うと茂義はがら空きになった村上慎之介の胴を薙いだ。倒れこむその体からは、鮮血がほとばしる



こちらに背を向けて村上慎之介を見やる茂義殿・・・
顔を窺うことは出来ないが、その胸中たるや計り知れない
「・・・家が・・・権力が・・・そしてそれらが嫌になり出奔したわしがこの男を変えてしまった・・・・・・。南無・・・」
事切れたその男に手を合わせる茂義
「茂義殿・・・」
「この男は、わしと同じように将来を渇望され、歳が近いこともあって友と呼び合った仲だったのだ。15の折の勝負・・・本当のことを言えば、武の才能はわしよりもこの男の方が勝っていた。ただ、一瞬何故か気を抜いたのか抜けたのか、今ではもはや分からぬがわしはその一瞬を逃さなかったまで。土御門の名を継ぎ次期当主となるまでの間、ひたすら政・退魔術などを磨いて居た。その時、わしは疑問を持ってしまったのだ。お上の意向にそぐわない影に隠れたものたちを闇から闇に屠る。抵抗するものも居れば抵抗もできぬまま屠られるもの達。ある日、彼らの言葉に耳を傾けた・・・何故?何故かは今でも分からぬ。“何故、何もしておらぬ我らを屠るのか・・・”と。それからは、その疑問が頭から離れなくなってしまった。それでわしは出奔した。土御門の名を捨てることも出来ずに・・・。それから今の今まで各地を彷徨い歩いておる」
「・・・。・・・茂義殿。傷の手当てを・・・。石化しているとはいえ、いつまでもそのままにしておくということは出来ません」
何か声をかけなければと思ったが、かろうじてそう言葉が出た
「・・・そうですな」
振り返った茂義殿。その瞳は儚げだった

解毒薬を飲んだ茂義だったが、石化を解くとやはり、熱を出しその場に崩れ落ちた
介抱のため、自分の住処へとしろは連れ帰った
痺れ毒の他にも何かの毒が付与されていたようで時とともに熱は酷くなる一方であった

「この方は、心根のお優しい方なのね。だからこそ、自分の家とその行為に疑問を持ってしまったときに出奔の道を選んでしまった。そしてあの時、咄嗟のこととはいえ手裏剣を止めようとしてしまった。私は、石化の力を使い、もし手裏剣に中ってもその打撃や毒から身を守るすべを持っていた。それなのに・・・」
心に深い傷を負っていることに気が付いたしろは、熱に犯されガタガタと震える茂義の体を丁寧にその身に包み込んだ
「今この瞬間にもこの方は心身ともに傷ついておられる。少しでも癒して差し上げられれば・・・」
熱にうなされ、震える茂義だったが人肌に触れ安心したかのように眠りに付いた

まるで母の胸元に抱かれ安心した子のように眠る茂義
その安心しきった寝顔をじっと見守るしろ
水や食べ物を与え、下の世話を不眠不休で行う
いつしか、このままずっと彼の目覚めが来なければどんなに良いかと想うようになっていた

「・・・。・・・!・・・?」
数日後、もぞもぞと体を動かした茂義
「・・・気が付かれましたか?茂義様」
声に気が付いたようで薄目を開けた
「・・・しろ殿?」
「まだ動いてはなりませぬ」
「わしは・・・?」
「貴方様は毒を受け倒れたのです。回復にはまだ今しばらく時が必要でしょう」
「あれからどのくらいの時が流れたのです?村上はどうなったのですか?・・・しろ殿がずっと介抱してくださったのですか?」
混乱しているらしく矢次早に質問をする茂義
「落ち着いて・・・落ち着いてくださりませ。混乱しているのは分かります。されど、そんなに急いてはお体に触りましょう。順を追ってお話いたします」
焦りを感じて身を硬くした茂義だったが、しろの諭すような目を見て少しずつ力を抜いていった
「では、まず。貴方様はあの男との決闘により毒を受けました。手裏剣に塗られていたのは痺れ毒だけではなかった様子。解毒薬を飲んだにもかかわらず毒に犯されたのはその所為ですわ。そして、少しずつ衰弱してひどい熱がでるようになった。今はあの時より数日ほど時が経っております。私は、傷ついた貴方様を放っておくことは出来なかった。咄嗟に私を庇おうとしてくださって毒を受けた貴方様を・・・。あの男の亡骸は、信者に頼んで近くの村はずれにある寺に墓を作り弔いました」
「・・・かたじけない。・・・村上・・・」
深く悲しげな容貌がその胸の内を伝える
「さぁ今はまだ眠り、体を癒すのです。その心の悲しみもそのうち時とともに癒えましょう」
子供をあやすように促すと静かに眠りに落ちていった


それから、しろの献身により茂義は少しずつ回復していった
体は毒から回復し動き回れる様にまでになっていた
しかし、しろは油断できないからといって眠る時、茂義を包み込むように寝ていた
「しろ殿、しろ殿の献身によりこの様に回復し申した。誠、ありがとう存じます。故、そう包まれずとももう大丈夫です」
「そうですか・・・。(このまま、抱きついていたい。でも、彼は・・・)」
いつまでも包み込んだまま離れようとしないしろ・・・
「・・・しろ殿?」
怪訝にしろを見つめる茂義
「・・・もう少しだけ。・・・もう少しだけこのままで・・・」


「・・・(離れたくない。ずっとこのまま、このままでいたい。・・・でも、彼は土御門の当主に・・・)」
所詮、あやかしと退魔師。心に深い傷を負った者を介抱しているうちに情が移ったとは言え許されることではないのかもしれない・・・
そんな不安が、しろの心をかき乱す


しばらく、そうしていたしろ
やがてゆっくりと茂義を離した
頭のしろ蛇たちが名残惜しそうに茂義を見ている


茂義はしろがうっすらと泣いているのに気が付いた
「・・・(泣いているのか?しろ殿)」
今までを振り返る。思えばその献身ぶりは身に余るほどだ
単に、衰弱した者を介抱するだけならばあそこまでせずとも良いはず・・・
行き当たった考えに、まさかと思った
しろ殿はこんなわしを好いているのではないか?!と・・・
すぐに、何を自惚れているのかと心根が囁く
わしは、今まで数え切れないほどのあやかしを屠ってきた者。そんなあやかしにとって恐ろしい男にしろのような心が清くやさしい女子が好くはずもない
そうにべも無く考えた
「・・・しろ殿。明日、旅立とうと思いまする。今までの献身、この茂義、身に余るほどの感謝をしております」

「・・・!」
頭を木槌で叩かれたような衝撃が走った
旅立つ・・・もっとも愛しく想う者が居なくなってしまう
ポッカリと心に穴が開くようなそんな恐怖が己を包む
されど・・・
「それは、ようございました。本当に、私の大事な物を取り戻してくれたばかりか、この身を守ろうとしてくれた貴方様に私も言い表せないくらい感謝をしておりまする。ありがとう存じます」
なんてことだ、引き止めたい!そう強く想ったに関わらずに、心とは裏腹の言葉が出てしまった

「しろ殿、旅立つ前に村上を弔ってやりたく思います。墓まで案内してはいただけませぬか?」
「はい・・・」
返事だけはしたが次に何を言っていいのかわからぬまま会話が途切れた


翌朝・・・

二人とも言葉少なげだった
見繕いの為、しろが用意してくれた手桶の水で顔を洗おうとしている時
茂義は、昨日のしろの顔を思い出していた
ふっと水面にうっすらと泣いていた彼女の顔をみた
 !
振り払うように顔を洗う
もうそこには己の顔のみが揺らめいている・・・


しろの後を歩く
住処を出て、村へと下りそこから小高い丘にある寺・・・いやお堂の傍らに村上慎之介の墓はあった
新しく盛られた土の上に石が添えられそこが墓なのだということを示している
茂義は静かに手を合わせた
幾ばかりか時が経った頃、立ち上がると丘の上から下にある村と空を見始めた

しろはそんな彼を少し離れた所から見守っていた
さまざまな想いが心によぎる
行かないでそう言葉に出したい
でも・・・
拒絶されるのではないか・・・と、それを思うと心が軋む


さらに一刻ほど経ち
静かに茂義はしろの元へ歩んだ
「しろ殿」
「・・・」
「わしは・・・。土御門の名を捨てようと思う。退魔の家に生まれずっとあやかしを屠ってきた。その行為に疑問を抱いた時にこの名は捨てなくてはならなかったのかもしれぬ。結果として一人の友を憤死させてしまった。このことは例え宿命だったにせよ許させることではない」
「・・・」
「・・・そして・・・わしは、いつからかしろ殿のことを想うようになっていた・・・」
「・・・えっ?」
「毒に喘いでいたわしを、その身で片時も離れず献身してくれた。それを想うと心が疼くのに気が付いた。離れてくれと言った時、いつまでも離れようとせずにいたしろ殿、そして離れる時のしろ殿の泣き顔、わしはどうしようもなく心が痛かった。が、数知れないあやかしを屠ったこんな男のことをしろ殿が好いてくれるはずもないと心根が囁いた。そんな思いに逃げるかのように旅立ちを打ち明けた時、心の臓が大きく跳ねた・・・」
「茂義様。私も・・・」
「しろ殿。いや、しろ!こんなわしと夫婦になってくださらぬか?」
「・・・くっ・・・ひっく・・・うぅぅぅぅ・・・うわぁぁぁぁぁ・・・!!」
突然、泣き出してしまったしろ
そんなしろを抱く
「私っ、貴方様を見守るうちにどんどんあなたに惹かれていった。このまま目覚めが来なければどんなに良いかともっ!別れを言った時、心とは裏腹のことを口走ってしまったことに後悔っ・・・して・・・行かないでそう口に出してしまいたかった。・・・でも・・・でも!拒絶されるのではないか?って怖くなって・・・うわぁぁぁぁぁ」
胸の内で泣きじゃくるしろをゆっくりと撫でながら
「しろ。わしは今まで屠ってきたあやかしどもや村上の菩提を弔いながら、そなたと一緒に暮らして生きたいと思う」
泣きながらも喜びに満ちていくしろに茂義はやさしく口付けした・・・


その日の夜、二人で花見をした。時期は過ぎ花が散り始めてかなりたつ
たくさんの散った花びらが夜の大地を浮き立たせている
はらはらと音もなく散る櫻
酒を用意し、酌み交わす
二人言葉少なげであったが、その顔はお互い満ちていた

酒により互いの顔が朱に染まると
どちらからとなく口付けをした
貪るように口を吸う
そして、互いを愛し合っていった・・・
     ・
     ・
     ・
いつしか、しろは寝てしまったようだ
ひざを枕に安らかに寝息をたてている
本当に安らかで笑顔を浮かべる寝顔が心を癒す
その艶やかな髪とその先のへびたちを撫でながら
いつまでも共に、そしてあんな悲しそうな顔にさせぬようにと誓った
10/09/04 22:10更新 / 茶の頃
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■作者メッセージ
最近、久しぶりにssやってみるかと思いたったのでネタ探ししてたら
蛇信仰なるものにぶち当たった

脳内設定を少し
これの舞台は江戸期を参考にしております。
土御門は安倍家がなっていたようですが、ここでは魔物の活動がいつまでも活発だったゆえ、他の家も廃れることなくお上に重宝されたということにしています

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