連載小説
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嘘か真か三賢人(前編)
俺は黙々と山道を歩んでいた。
エルンデルストを囲む山々のうちで、あまり登ったことのない山だ。
渡されたメモによると、目的地まではまだ遠いようだ。
そもそも俺がこうして山を登ることになったきっかけは、俺の内側に芽生えた小さな疑問だった。

『なあ・・・あんたら本当に賢者なのか・・・?』

あの一言が、始まりだったのだ。
強い日差しによって額に浮かんだ汗を、俺は軽く拭う。
「止まれ!」
「っ・・・!」
木々の向こうから聞こえた、鋭い女の声に俺は動きを止めた。
「何の用・・・?」
「エルンデルストの三賢人の紹介で、三賢人が森の精霊と対話した時の話を聞きに来た!」
姿を隠したままの何者かに向けて、俺は声を上げた。
しばしの沈黙を挟み、木々の陰から一つの人影が姿を現した。
整った顔立ちをした、長身の女だった。
木の葉や木の皮を用いた衣服に身を包み、背中に届くほどの長い金髪を生やした頭部の左右からは長い耳が出ている。
二人から話に聞いていた通り、確かにエルフだ。
「ふぅん・・・アルベルト・ラストス、ね」
彼女は俺の姿を上から下まで眺めると、俺の名を言い当てた。
「え・・・なんで俺の・・・」
「何度か村やセーナのところに居るのを見かけたわ。名前はツバサから聞いてたしね」
動揺する俺に、彼女はそう説明した。
「自己紹介が遅れたわね、私はティリア・ラムロッサ。立ち話もアレだから、家まで案内するわ」
そう言うと彼女は、くるりと俺に背を向けた。
















数日に一度、セーナさんは俺に休養を与える。
何でも訓練の成果をより引き出すための休養だそうだ。
きつい訓練もなく、俺に取り付いている幽霊少女のマティも昨日からアヤさんのところへとまりで遊びに行っている。
だが、村の住人が忙しく働く中一人寝て過ごせるほど、俺は神経が太くはなかった。
そこで俺は毎回、村の外れにある三賢人の小屋を訪れる。
小屋にはおおむね三賢人が揃っており、水車小屋の点検の助手といった簡単な仕事をくれるのだ。
だが、今日はどういうことか三人のリーダー格であるヨーガンの姿がなく、ソクセンとズイチューの二人しか居なかった。
「あれ?ヨーガンさんは?」
「あぁ、あいつなら男・・・子爵のところだ」
小屋に入り、簡単な挨拶の後そう問うと、ソクセンがテーブルの上の図面を見ながら答えた。
「この辺の領主の、アーハット子爵のところです」
「領主?なんでまたそんなところに・・・」
「子爵主導の都市計画があって、その打ち合わせで出てるんです」
そうズイチューが、テーブルの上の紙片にペンを走らせながら捕捉した。
そういえば、以前にもマティが『三賢人が時々どこかに行っている』とか言っていた。
恐らく二人の言う、アーハット子爵の都市計画がそれなのだろう。
「それで・・・今日は何か仕事は?」
一通りの疑問が氷解したところで、俺は本題に入った。
「今日は・・・無いな」
「えぇ、水車小屋も窯も調子いいですし、家屋の破損もありませんし・・・」
手を止め、書類から視線を上げながら、二人は互いに確認するように言葉を交わす。
どうやら、今日は仕事は無いらしい。
だがここで、ハイそうですかと帰るわけには行かない。
帰ったところで待っているのは、暇な時間と漠然とした不安感だけだからだ。
「何でもやりますよ、俺。何ならその書類仕事も、出来る範囲で手伝いますし」
「いや、これは畜舎の建設計画の見積もりだから、俺たちだけでも昼には終わる」
俺の申し出を、ソクセンはすげなく却下した。
どうやら本格的に、何にもやることが無いらしい。
「まあ、久々の休みなんですし帰ってゴロゴロしたらいいじゃないですか」
「そうだぞ。俺達もこの仕事片付けたら、ヨーガンが帰ってくるまでゴロゴロする予定だからな」
俺の表情を読んだのか、二人はそう勧めてきた。
人が勤労精神に満ち溢れている時に休みを勧めるとは。
賢者とか賢人とかいう種類の人間は、勤勉を尊ぶものではないのかだろうか。
(・・・ん・・・?)
ふと俺の胸中を、小さな違和感が去来した。
賢人とか賢者という人間は、勤勉を尊ぶ。
俺の目の前に居る二人は俺に休息を勧め、自身も後でゴロゴロするつもりである。
よって、少なくともこの二人は・・・
(いやいやいや!)
脳裏に浮かんできた三段論を、俺は必死に打ち消した。
三賢人はその名の通りその叡智で持って、エルンデルストを一とするこの辺りの発展に寄与している。
それにその名に恥じない奇跡の数々も・・・
(アレ・・・?)
ふと思い返してみれば、三人が起こした奇跡というのが数えるほどしかないことに、俺は気が付いた。
エルンデルストに来るまでに、三賢人の話は噂程度で聞いている。
だが、その噂というのがどれもこれも微妙にインチキ臭く、俺はその事実関係について改めて聞いたことは無かった。
「なあ・・・」
膨れ上がる心中の疑問が、不意に俺の口から零れ出す。
「あんたら本当に賢者なのか・・・?」
何の気はなしに、俺が心中に浮かんだ疑問をそのまま漏らした一言に、小屋の中の空気が凍りついた。
俺の眼前でテーブルを挟む二人の男は目を見開き、俺を見つめている。
「なな・・・何を言ってるのかなアルベルト君」
「お、おお・・・俺にはお前が何言ってんのか分かんねえやハハハ」
沈黙を打ち破ったのは、凍り付いていた二人の男だった。
「君の口振りだと、まるで僕達が賢人じゃないって言いたいように聞こえたなあ!」
「そ、そうだそうだ!まるで俺たちが賢人を名乗る詐欺師みたいじゃねえか、アルベルト!」
いささか慌てたような様子で、ソクセンとズイチューの二人は、取り繕うように早口でそう言った。
その姿は、まるで何かを誤魔化そうとしているようだった。
「いや、だって・・・エルンデルストに来るまでにいくつか噂話で月の三賢人の事は聞いたけど・・・どれも胡散臭いし・・・」
「どこが胡散臭いか言って見ろ。解説してやる」
微妙に動揺した様子のソクセンが、そう促した。
「ええと・・・例えば『一度で井戸を掘り当てた』とか、『森の精霊と対話して契約を結び、その翌朝村の側を流れる川が七色に輝いた』とか・・・」
俺は以前から気になっていた、特に胡散臭さが顕著な三賢人の功績を上げてみた。
森の精霊は無論のこと、村の井戸などは改めて一度で掘り当てたのかと問い質されると答えにくいはずだ。
だが、二人は俺の問いに更に取り乱すどころか、きょとんとした表情を浮かべた。
「その二つが胡散臭い、と?」
「両方とも事実じゃねえか」
「いや、ちょっと待て!」
身構えて損した、といわんばかりの態度の二人に俺は突っ込みを入れる。
「一度で井戸を掘り当てた、とか川が七色に輝いた、とか明らかにおかしいだろうが!?」
「おかしい、つってもなぁ?」
「実際に起こったことですし」
俺の言葉に二人は顔を見合わせ、軽く肩をすくめた。
「まぁ、どうしてもっていうのなら、井戸掘りぐらいして見せますし」
「え、出来るの?」
今から食事を用意する、とでも言う様な気安さのズイチューの言葉に、俺は尋ね返す。
「当たり前だ。俺たちを何だと思っている」
「ヨーガンが居なくても、僕達で井戸ぐらい掘れますよ」
胸を張ってソクセンが応え、ズイチューがそれに続く。
あまりに自信に満ちた二人の様子は、俺の胸中から井戸掘りに対する疑念を掻き消していくようだった。
(いやいやまてまて)
そのまま納得しそうになるのを、俺はとっさに頭を振って堪えた。
確かに二人の言動は自信に満ち溢れたものだが、まだ井戸を掘り当てた訳ではない。
それに、疑問はもう一つある。
「じゃあ、森の精霊との対話は・・・」
一瞬とはいえ納得しかけたことを誤魔化すように、俺は早口でそう問いかける。
「ありゃ三人いないとダメだ」
ソクセンの返答はごく短いものだった。
『対話ぐらい簡単だ。何なら今、ここで』とでも言い出すと思っていたから、正直拍子抜けだった。
「それに時間も掛かりますしね・・・」
ズイチューが苦笑いを浮かべながら、ソクセンに続く。
「まぁ、僕達がセカンド井戸を掘ってる間暇でしょうから、証人に話を聞くといいでしょう」
「証人?」
ズイチューの言葉に混ざった単語を、俺は繰り返していた。
















その後、二人は俺に道順を記したメモを渡すと、テーブルの上の図面と書類もそのままに小屋を出た。
『とりあえず、そこに行けば当時の話が聞けると思います』
『用は何だ、って言われたら俺たちの紹介で話を聞きに来た、って言っとけ』
そう言うと、どこから拾ってきたのかくの字に曲がった棒二本とY字型の棒を手に、二人は村の広場を練り歩き始めた。
そして俺は、真剣な表情で一歩進んでは足を止める二人を後に、こんな山奥まで来たわけだ。
そんなことを思い返すうちに、不意に辺りが開け、ティリアの声が聞こえた。
「着いたわ」
そこは、森の中に出来た広場のような場所だった。
広場の中心には巨木がそびえており、その幹に年代物のドアが取り付けてある。
どうやら、アヤさんのように大きな木のウロが住処らしい。
広場を横切りドアを開くと、円形の部屋と木製の家具が俺たちを迎えた。
「お茶とかは用意できないけど・・・まあ、座って」
「あぁ・・・」
彼女の勧めるまま、俺はテーブルの前の、木をそのまま切り出して作った椅子に腰を下ろした。
「さて、と・・・確か三賢人と森の精霊の話、だったかしら」
テーブルを挟んで、俺の向かいに腰を下ろしながら、彼女は話を切り出した。
「あぁ・・・三賢人の逸話がどれもこれも胡散臭いって言ったら、証人が居るから話を聞いて来い、って」
「だからソクセンとズイチューが探査をしているのね」
俺の話に、ティリアは納得がいったように頷いた。
まるで、村の広場をうろつく二人を見てきたかのような口振りだ。
「私、エルフだからここからでもエルンデルストの様子が見えるのよ」
俺の表情から察したのか、彼女はそう説明する。
「それに、ここはこの辺りで一番見晴らしがいいから、村の様子どころか山の住人の住処も見えるのよ・・・ほら、この間ローニのところ行ったでしょう?アヤが来て大変だったわね」
「あぁ・・・そういえば」
俺は先日訪れた、サイクロプスの少女の下での一悶着を思い返していた。
確かあの時、アヤさんの回収に来たセーナさんが、ティリアの名を言っていたはずだ。
「あの時はありがとうございました、ティリアさん」
暴走したアヤさんを気絶させた矢の一撃を思い出し、俺は改めて彼女に礼を言った。
「いいのよ、いいのよ。山の住人の暴走を止めるのも、最古参の私の仕事だし」
彼女はなんでもないことのように俺の礼を受け流す。
エルフの目を持ってすれば、この辺り一体のことはお見通し、といったところか。
「あと、ティリアさんっていうのもこそばゆいから、ティリアでいいわよ」
俺の緊張をほぐすように、いくらか砕けた様子で彼女は言った。
「あぁ、分かった」
「ふふ、そっちの方がやりやすくていいわ・・・それじゃ、本題に入りましょうか」
話がひと段落ついたと踏んだのか、彼女は言葉を続けた。
「あなた・・・アルベルト君は三賢人と森の精霊の話、どう思う?」
「あー、俺は・・・その、少々疑わしいかと」
「どうして?」
「三人には悪いですけど、精霊を呼び出して契約を結ぶほど高等な魔術師には見えなくて・・・」
普段の三人の姿を思い浮かべながら、俺は率直な感想を述べた。
「それに、エルフみたいに木々や動物の言葉が分かるってならまだ分かるけど、あの三人はどう見てもただの人間だし」
「なるほどね・・・それは疑いを持つのも無理はないわね」
俺の言葉に同意するように、彼女は頷いて見せた。
「でも、一つ訂正させてもらうと、私たちエルフも森と対話できるわけじゃないのよ」
「エルフなのにか?」
「残念だけどね」
俺の疑問を解きほぐすように、ティリアは丁寧に説明を始めた。
「エルフが言葉を交わせるのはあくまで個々の動植物だけで、森全体と話が出来るわけじゃないの。
森の構成要素たる、木々や動物といくら話をしても、森全体と会話できてるということにはならないの
ほら、あなたもエルンデルストの村人一人一人と会話は出来るけど、エルンデルストの村自体と会話は出来ないでしょう?」
「なるほど・・・」
村と村人の例えに、俺は一つ納得した。
「それで、どうしても森や土地と対話したい時は、儀式で精霊を呼び出すのよ。
一帯の生物と無生物の集合意識を擬人化してどうのこうの、って詳しい理屈は忘れたけど、とにかく言葉が通じる形で森や土地の意志を練り上げるわけ。
その儀式が複雑で、道具や設備も日数も必要だし、並みの魔術師じゃまず無理なんだけど・・・」
彼女は不意に言葉を切り、一瞬の間をおいてから続けた。
「三賢人は・・・精霊の召喚も行わずに森と対話して、契約を結んだのよ・・・私の目の前で」
彼女の整った唇の奥から紡がれた言葉は、いささか震えているように感じられた。





続く
10/03/25 16:42更新 / 十二屋月蝕
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■作者メッセージ
別作品の執筆に没頭していたせいで、中途半端なところまでしか進められませんでした。
別に、「一本普通に書いて前後編にすれば二倍時間が稼げる!」って思ったワケジャナイヨ。
まあ、とにかく来週にはちゃんと後編を書き上げ、アルベルト君の疑念も、噂の謎も氷解する予定です。
もちろんネチョネチョの絡みもあるよ!
どうかご期待下さい。

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