連載小説
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終幕 マジック オブ シンデレラ
(あ、あわわわ……!)
「ふん、子供相手に物騒な男だわ」

剣を振り上げたまま石化した男を一瞥し、蛇の巨体を彼女は引きずる。
肉食系の獰猛な金色の瞳に、ミネアは慌てることしかできない。
別段、見られて困ることではないが、あまりにもタイミングが悪い。

「ミネアちゃん、知り合い?」

獰猛とも思えるメドゥーサに怯えることなく、アルベールはきょとんとした表情でミネアの肩を突く。
先ほどの冷静な対応といい、彼はなかなかの大物なのかもしれない。
ブリキのようにギギギ……、と首を後ろに向けた彼女の顔は青褪めていた。

「え、えぇ……、知り合い、と言っても、過言ではないわね……?」
「そっかー」

無邪気な笑顔が眩しい、ミネアは貼り付けた笑顔の裏に罪悪感を覚えた。

「……〜〜〜!」

のほほんとした雰囲気を醸し出す彼の背後から、恐る恐るといった風にブリジットが顔を覗かせる。
間が悪くも、彼女はコレットと目が合ってしまい、ウサギの耳をびくびくと震わせて慌ててアルの背後に隠れなおした。

「あら? 随分と肝が据わってるのね、貴方」

対照的に、先ほどまで命の危機にあり、更にメドゥーサの巨体を前にして怯えることもないアルに、コレットは目線を彼に合わせるように屈んだ。
ジロジロと品定めするような目に、アルは居心地悪そうに身を縮める。
それを遮るように、ミネアは彼女の正面に立ちふさがった。

「わざわざ脅かす必要もないでしょう……」

呆れたような口調で言いながらも、内心は焦りが出ていないか必死のミネアである。
しかし、部下と知られていないとはいえ身内の不躾を見られるのは少し恥ずかしい。

「それもそうね。ごめんね坊や」

穏やかに苦笑して謝る彼女に、ミネアの背中からそっと顔を出したアルはふるふると首を振る。

「あ、謝らないで? おねえさん、べつにわるくないよ?」
「おっ……お姉さん……!」

アルの言葉に、コレットは大げさにのけ反る。
片手で隠した口元からは、一筋の涎が垂れていたのをミネアは見逃さなかった。
いやお前ネスはどうした、とはあえて突っ込まなかった。

「ふ、ふふふふふ……、リュカみたいな小生意気なのも悪くないけど、素直な子もなかなか悪くないものね……!」
(否定できない私がいるわ……)

ミネアは思わず目が泳いでしまった。
最も、コレットのような偏愛ではないのがせめてもの救いだろう。

「あれ? おねえさん、リュカくん知ってるの?」
「ん? えぇ、知ってるわ。お姉さんの恋人の弟なのよ、あの子」

お姉さん、の部分をわざわざ強調するコレット。
呆れて溜め息を吐くミネアとは対照的に、アルの表情は輝く。

「わぁ……! なんか、素敵だねぇ……!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。いい子ね」

そう言って、彼女はアルの頭を優しく撫でる。
外見上、子供には怯えられるコレットだが初見でこうも穏やかな反応を示したのは魔物と人間を含めて彼一人だった。
それがどうしようもなく嬉しくて、彼女の口端は自然と微笑んでいた。

「それにしても……、よく私が分かったわね」

変なフラグが立つ前に、さっとミネアが二人の間に割って入る。
そして素直な疑問をぶつけた。
面影はあるとはいえ、今の彼女は魔力も大したものではない幼体である。

「あぁ、一応エヴァに聞いてはいたから……、お疲れ様ね」
「労われることでもないわ、それよりもありがとね。おかげで助かったわ」

そう言って、彼女はちらりと後ろを振り返る。
下手をすれば、自分だけでなく未来ある子供たちにまで危害が及んでいた可能性もあった。
それを阻止したのは紛れもなくコレットだ。
自分の無力さに歯噛みするより、部下の有能さに感謝の言葉しかない。

「本当に、ありがと」
「そんな畏まってお礼言わないでよ……、調子狂うわね」

普段はからかってくる上司が子供の姿で真摯に感謝する姿は、なかなかむず痒いものがあるらしい。
少し照れたのかうっすらと染まった頬を掻いて、彼女は子供たちを見回した。

「それよりも、私はこの子たちを家に送ってくるわ。もしかしたらまだ野蛮なのがいるかもしれないしね」
「えぇ、よろしく」

コレットが付き添うならまず安全だろう、そう判断してミネアが頷く。
が、その反応にコレットは怪訝な表情になった。

「あら、構わないの?」

小さな声で言われたのは間違いなくアルのことだろう。
目敏い、いやバレバレか。
心の中で舌打ちして、彼女はもう一度頷いた。

「シンデレラでも読みなさいな。魔法は解けて然るべきよ」
「……まぁ、ミネアがそう言うなら構わないわ」

不承不承、といった体で彼女はミネアの隣を通り過ぎた。
惜しくない、そう言ったらもちろん嘘になる。
が、嘘から始まった恋愛なんかリリムのプライドが許さないのだ。
顔だけ振り向いて、彼女はアルに手を振った。

「じゃあね。元気にしてるのよ」
「うん? うん、またね、ミネアちゃん」

またね、という言葉が彼女の胸を深く抉る。

(ごめんね、アル。貴方の会った『ミネア』は、多分もう会えないのよ)

言葉にはできず、彼女は曖昧に笑った。
ぎこちない笑顔だったが、アルの笑顔は対照的に無垢で、無邪気で、眩しかった。
その笑顔が、彼女の胸に塩を塗り込んだのは言うまでもない。

「……じゃ、また後でね、ミネア」

やはり不満げに、そう言ったコレットに彼女は内心感謝した。
いい部下を持ったというよりも、持つべきものは友なのだろう。

「えぇ、明日お茶でも飲みましょ」
「そこはお酒にしましょ。キッツイの、お願い」

何とも言えず、ミネアは曖昧に笑った。
そんな彼女にひらひらと脱力したように手を振り、コレットはアルとビーニャを連れて行った。

「さて、と」

子供勢と、コレットを見送った彼女は小さく呟いた。

「エヴァもヤケ酒に付き合ってもらわないとね」

◆ ◆ ◆

「ふむ、それは悪いことをしたのぅ」

ラム酒を呷って、エヴァは呵々と笑いながら言った。
後付けになるが、彼女はお咎めなしである。
一応、彼女の体調を慮っての好意であるため、懐の深い上司として寛大に許した。
が、コレットは微妙な目で彼女を見た。

「本当にそう思ってます? 同じ魔物としては、なかなかエグい真似だと思いますが……」
「思っとるわい、ワシも愛する者を持つ身じゃ。あやつを逃したらと思うと、死んでも死に切れぬ」

渋面でそう言う彼女は、本当に申し訳なさそうだった。

「まぁ、そう責めないでコレット。彼女も私のためにしたことだし……」
「ミネア、甘い! 一期一会という言葉の重みを知らないと!」
「何でエヴァには敬語で私にはタメなのかしら……構わないけど」

滲み出る女子力という名の無礼講が中々アレである。
個人的にはつついて欲しくない話題だが、これも厚意である。

「エヴァ、まぁ、頑張ってちょうだい……」
「はっはっは、すまんのぅ」

相も変わらず彼女は呵々と笑う。
第三者からすればどっちが悪いのか分からなくなる。

「して、個人的興味で聞くがそのアルベールとやらはどんな奴じゃ?」
「え゛……?」

散々自分がからかってきた話題が自分に向いた。
その瞬間に、ミネアの曖昧な笑みが固まった。
因果応報にしても、タイミングが中々にえげつない。

「あぁ、それは私も聞きたいけど……いいの?」

乙女の機微が分かるのか、コレットはちらりと彼女を一瞥した。

(あー……うー……)

何とも断りづらい。
微妙な表情になりつつ、しかしミネアは頷いた。

「何というか、変わった子だったわよ。子供にしては肝が据わってるというか、その割に子供っぽくもあるというか……」

魔法が使える、ということはエヴァの手前黙っておくことにした。
変に興味を持たれて迷惑をかけたくない。

「ほうほう。で?」
「……で、って何かしら?」

誤魔化すでない、と彼女はニヤリと笑う。

「どこに惚れとったんじゃ、と言わねば分からぬか?」


ミネアは噴いた。
威厳もへったくれもない、不意打ちに対するマジ焦りである。
噴き出した霧状のリキュールをナプキンで防いで、コレットも重ねる。

「それは私も気になってたのよね。ミネアってショタコンだったの?」
「ブルータス……」

げんなりした顔でコレットの方を向くと、心申し訳なさそうだった。
好奇心に負けた、彼女の顔がそう語っていた。

「別に、ショタコンのつもりはないけど……」
「然れども、年齢差どのくらいじゃ?」
「20はあるわね」
「そこ、具体的な数字をあげないでちょうだい」

本作品の女性陣は18歳以上のみとなっております。
それ以上の追及は金輪際受け付けておりませんゆえご了承ください。

「というか、コレットは分かるでしょ」
「え、何が?」

なぜ振られたか分からない、という素っ頓狂な色を帯びた声音だった。

「ほら、弱ってる時にこそ男にグッとくるみたいな……」
「あぁー、なるほど、ね」

納得がいった、という風に彼女は頷いた。
ミネアとしてはそれだけではないが、それ以上は言葉にするのが難しい。

「ほぅ、ミネアも存外乙女チックじゃの」
「三十路捕まえて乙女チックって表現もアレね……」

一番若いコレットは、その言葉が古いと突っ込んだ。
そしてワインを一口飲んで、彼女は天井を仰いだ。

「あーあ、惜しいことしたわねぇ」
「言わないでよ、私自身も折り合いつけるの難しいんだから」

少し傷ついたように言う彼女に、コレットもバツが悪そうに押し黙る。
その時だった。
空気が少し重くなったこの場で、エヴァが事もなげに人差し指を立てて言った。



「そうまで言うなら呼ぶかの?」



重くなった、どころか空気が凍り付いた。
呼ぶ、というのは言うまでもなくアルのことだろう。
そんな、郵便みたいに軽々しく呼び寄せれるのだろうか。
驚愕に瞳孔が全開になった二人の顔が、エヴァをまじまじと見つめる。

「ミネアについとる魔力の残滓を辿れば、余裕じゃが?」

事もなげに言うが、魔法を齧っている二人にはその難しさは分かる。
残り香のような残滓から大本を辿るのは、藁の山から針を探すことと大差はない。
というか、あえて黙ってたことは堂々とバレていた。

「して、呼ぶか?」

本人のノリはあくまで軽い。
本当に、すぐに呼べるのだろう。

「止めてくれると助かるわ」

しかし、あまりにも滑らかに、ミネアはそう言っていた。
反射的に出たその返答に、コレットがぎょっと彼女の顔を振り返る。

「会わす顔がないもの。騙して、危険な目に合わせて、どの面下げて会えるのよ」

渋い面持ちでそう言う彼女だが、コレットとしては納得がいかないようだ。
が、彼女の意思を尊重する以上、発言は渋々控えた。
当のエヴァは頬杖をついて、彼女を正面に見据える。

「……ま、主がそう言うなら止めとくかの」

エヴァもそれ以上の詮索はせずに、退屈そうにそう言った。
そして、彼女は席を立った。

「さて、そろそろ部屋に戻るかの。コレット、ちと付き合え」
「……はい?」

名指しで、唐突に呼ばれてコレットの声が素っ頓狂な色を帯びる。
が、エヴァは取り合わずに廊下に繋がるドアへ歩いていく。

「ほれ、ついて参れ。主の捕えた男を戻してもらわねば困るのじゃ」
「……わ、分かったわ」

あまりにも脈絡のないその言葉に戸惑いながら、しかし上司の命令ゆえに大した反論もなく彼女は頷く。
席を立つコレットはちらりとミネアを一瞥して、それに反応するように彼女はにこりと微笑んだ。

「気を遣ってもらって悪いわね」
「……いいのよ。ミネアは普段から頑張ってるんだから」

じゃあね、と小さく手を振って、コレットは慌ててエヴァの後ろをついていった。
残されたミネアは、グラスに残ったリキュールを一気に呷る。

「はぁ……」

少しだけ、迷ってしまった彼女は自己嫌悪に溜め息を吐く。
会わす顔などないと、断言しておきながら結局は女々しくも願ってしまった。
一目だけでもまみえれば、と。

「……飲みすぎたかしら」

柄にもない後悔を押しとどめて、彼女は備え付けのベッドに身を投げた。
羽毛の柔らかさと日向のにおいに包まれて、彼女はごろりと仰向けになる。
そのまま、彼女は睡魔に呑まれるように眠り落ちていった。

◆ ◆ ◆

「ごめんくださーい」

早朝、アルは砦の正門で少し大きな声でそう言った。
春になりかけとはいえ、やや澄んだ空気に彼の吐いた息はうっすらと白い。

「さむっ……」

ぶるっと身を震わせて、彼は両手にはーっと息を吹きかける。
そのまま待つこと数秒、程なくして正門の隣のドアが開く。
そこから出てきたのは、皮鎧に身を包んだ青年だった。

「おぉー少年、寒いよなぁ。上がってきな」
「あ、ありがと、お兄さん」

人懐っこい笑みを浮かべる青年にお礼を言って、アルは砦の受付室に入る。

「しかし珍しいな。君みたいな子供がウチに来るのは」
「えへへ、その、ちょっと忘れ物を届けに」

そう言って、アルはポケットからハンカチを取り出した。
レースのこじゃれたそのハンカチは、明らかにアルのような少年のものでなく品のいいお嬢様が愛用しそうな高級品だった。

「んん? 落し物じゃなくて、忘れ物か?」
「は、はい。その、ミネアちゃんって娘が貸してくれたんですけど……」
ちゃん!?

青年が笑いを堪えきれずに噴き出した。

(天下のリリム様も子供にかかればお嬢ちゃんか)

その事実がおかしくて目尻に涙を浮かべるほどに爆笑して、青年はようやく落ち着いた。
そして青年に向き直り、にこりと微笑みかける。

「オーケー、そうゆうことなら案内するよ。どうせなら手渡しのがいいだろ?」
「はい、ありがとうございます」

そう言った青年が先導すること十分、少し豪奢な扉の前に二人は立っていた。
立派、荘厳という言葉が相応しいその木製の扉に、アルは感嘆の吐息を漏らす。

「うわぁ……でっかいなぁ」

ドアノブに手を伸ばすが、届かない。
そんな微笑ましいアルの様子に苦笑して、青年は慣れた手つきでノックする。

「ミネア様ー、お客さんですよー」

軽い口調で言い、返事を聞く前に青年は扉を開ける。
おどおどとアルが青年を見上げると、彼は苦笑した。

「あの人、たぶん寝てるからさ。静かにしてるんなら、中で待っても問題ないと思うぜ」

そこのソファにでも座って待ってな、そう付け加える。
アルはやや抵抗を覚えたが、勧められたことを断れる性質でもない。
恐る恐るといった体で、彼は足が沈むほど柔らかい絨毯に踏み出しかけては足を引っ込める。

「どっ、どそくで入っても大丈夫かなっ!?」
「はっはっは、靴を脱がないと怒られるぜ」

冗談でそう言う青年に、アルは律儀に靴を脱いだ。
きちんと揃えて靴を置き、おっかなびっくり部屋に入る彼に青年は笑いをかみ殺す。

「ま、失礼のねぇようにな」

そう言って、彼は扉を閉じた。
吸い付くほど柔らかい絨毯の感触に慄きながら、アルは青年の指したソファへ歩み寄っていく。

「うわぁ……、ミネアちゃん、ほんとにお嬢様なんだなぁ」

一村人の子供から見て、見たこともない豪華な部屋の様子に彼は思わず呟いた。
ソファも、触ったことのない質感でアルはかなりびびった。

「なんかきめ細かい……」

肌をくすぐる微細な毛の感触に気持ち悪さすら感じるアルであった。
座ることに抵抗を覚え、彼はなんとなく部屋に視線を巡らせる。
ソファのすぐ傍のテーブルには、見たこともない高そうな酒瓶。
壁には鹿の頭がにょっきり生えている。
そして、部屋の奥のベッドでは誰かがタオルケットに包まって眠っていた。

「……もしかして」

独り言ちて、彼は忍び足でベッドに歩み寄る。
そっと、音もなく、彼は爪先立ちになってベッドを覗き込む。

「……おねえさんかな?」

彼の見た、ミネアの面影を残した女性が眠っていた。
穏やかに上下する胸は比べるまでもなく大きいが。
色白の人形のような彼女に、アルは首を傾げる。

「……泣い、てた?」

髪をそっと掬うと、少し赤く泣き腫らされていた。

(こんなお姉さんでも、泣くんだ……)

顔色もあまり優れない彼女に、アルはベッドに腰掛ける。
まじまじと顔を覗き込めば、やはりその顔は彼の知るところのミネアにそっくりだった。
なんとなく、彼は放っておけず、彼女の額に手を置いた。

「…………〜♪」

読みすぎて擦り切れてしまった最初の魔導書の一節。
花の香りによる、リラックスの魔法だった。
治癒にも及ばぬ、初級も初級の魔法だった。
それでも、どんなに簡単な魔法でも、誰かの役に立つのならきっと素晴らしいのだろうと、彼は信じている。

「……〜♪ …………〜♪」
「ん……、んぅ……?」

眠っていた彼女の瞼が、ぴくぴくと震える。
その目がうっすらと開かれ、やはりその瞳も紅かった。
寝ぼけたようにぼんやりと自身を見つめる彼女に、アルもぼんやりと見下ろす。
そして、静かにしろ、と言われたことを思い出して慌てた。

「あ、え、えっと、ご、ごめんなさい?」

パッパッ、と顔の前で手を振るアルの姿をぼーっと見ている彼女。
が、唐突にくわっと見開かれる。

ん!?

そして、小さな口が裂けんばかりの開口一番素っ頓狂。
まんまると見開かれたその瞳孔は驚愕に見開かれている。
あまりにも唐突な大きなリアクションに、さすがのアルもびっくりする。

「うわぁ!?」
「え、ちょ、ちょっと待って……! なんで、何でアルが……!?」

名前が呼ばれて、アルは更にびっくりする。
名乗った覚えはなく、またイントネイションがやたらとミネアに似ている。

「え、いえっ、ミネアちゃんにハンカチ返しに……!」

テンパって言い訳口調になりながら、アルはポケットから丁寧に折りたたんだハンカチを取り出す。
寝ぼけ眼を乱暴に擦り、彼女はそのハンカチとアルの顔とを見比べる。

「あ、あの……」
「な、何かしら?」

おずおずと、アルが切り出す。

「……ミネアちゃんの、お姉さんですか?」

へらっ、と子供らしい無邪気な笑顔を浮かべるアル。
その笑顔にどきりとする彼女、ミネア。
愛らしい彼の笑顔と、胸を抉られるその問いに。

「…………」

ごくりと生唾を飲み、ミネアは押し黙る。
紅い瞳は逸らさずに彼の顔をとらえ、彼女は慎重に言葉を選ぶ。

「……えっと」

うん? と、アルは小首を傾げる。
彼女が来ているドレスに、草の切れっ端がひっついていた。
よくよく見直すと、そのドレスは見覚えのあるものだった。
だぼだぼだった、煌びやかなドレス。
乱暴に結び付けていたせいか、幾つも皺が走っている。

「……あ、もしかしてお姉さんがミネアちゃん?」
「え……っ?」

思い付きの発言に、ミネアが固まった。
間の抜けた表情のミネアに、アルは瞼を瞬かせる。

「あ……、ち、違ったかな……?」

恥ずかしそうに頭を掻いて、はにかむように苦笑する。
が、ミネアは動揺しつつも両手を振って否定する。

「い、いや……、私がミネアであってるけど……」
「あぁ、間違ったのかと思ったー」

ホッと、邪気のない顔で彼は胸を撫で下ろす。
が、相対するミネアはそれどころではない。
煙に巻くつもりはなかったが、こうもあっさりと看破された上に薄いリアクションである。
ニコニコ笑顔の彼に毒気を抜かれて、ミネアは何も言えない。

「これ、ハンカチありがとう」

そう言って差し出されたハンカチをどぎまぎしながら受け取り、彼女はようやく一言返す。

「お、怒ったりしないの……?」
「え、何で?」

あっさりと返され、ミネアは更に戸惑う。
そんな彼女に、彼は畳みかけた。

「すごい魔法だよね! 全然きづかなかったよー!」

純粋に、彼はそう言った。
騙されていたとも思わず、危険な目に晒されたことを咎めることもなく。
それに呆気にとられて、彼女はポカンとした顔つきになる。

「でも驚いたなぁ、ミネアちゃ――じゃなくて、ミネアお姉さんだった」
「う……っ」

コレットの言う通り、純粋無垢な『お姉さん』扱いは効くものがあるらしい。
赤面する彼女に、アルは少し口ごもる。

「えっと……なんか、失礼なことばっか言ってたね、ぼく」
「……し、失礼なこと?」

申し訳なさそうに苦笑する彼に、ミネアははて?と首を傾げる。
彼女自身が失礼な態度をとった覚えはあるが、彼に無礼を振舞われた覚えはない。
が、彼はつづけた。

「いや、だってこんな偉いお姉さんにちゃんで呼ぶってさ、あ、あはは……」
「あ……あぁ、別に気にしないわよ、そんなこと。そりゃ、ちょっと驚きはしたけど……」

もにょもにょと歯切れ悪く答えるミネア。
しかし、色よい返事に彼はパァッと明るくなる。

「良かったぁ〜! ミネアちゃん、怒ってないんだね!」
「お、怒ってなんかないわよ!」
「いやー、だって昨日なんかミネアちゃん怖かったから……」

それを言われて、ミネアはぐっと詰まる。
実際、少しも不機嫌ではなかったと言えば嘘になる。
アルにもう会わないと決意した直後に、『またね』なんて言われれば。

「それよりも、さ」

そう言って、アルはベッドから飛び降りた。
くるりと振り返った彼の満面の笑みに、ミネアの胸がどきりと跳ねる。

「また遊びにきてもいい、かな?」
「……へ?」

予想だにしなかったアルのその言葉に、彼女は素で返してしまった。
怒られる、嫌われる、そう思っていた相手の言葉に。
色白の頬を照れたように薄く染めて、彼ははにかんだ。

「その、ぼくミネアちゃ、ミネアお姉さんともっと仲良くなりたいからさ。また遊びたいなーって」

もっと仲良くなりたい。
その言葉が、純粋な好意であることに気付かされる。
口元が緩んで、ミネアも子供のようにへらりと笑ってしまった。

「えぇ、いつでも来なさい。私もアルとはもっと仲良くなりたいわ」

それと、と彼女は付け加えた。

「別に『ミネアちゃん』でもいいわよ、貴方なら」

朱に染まった頬を掻いて、アルは苦笑いした。
そんな彼と同じように、ミネアもくすくすと微笑む。

「じゃ、じゃあまたねっ、ミネアちゃん!」

恥ずかしいのか、少し大きな声でアルはそう言って背を向けた。
そんな幼い背中に、愛おしさをこめて、彼女は手を振った。

「えぇ、またね。アル」

抵抗なく、そう言えて、アルもまたねと手を振り返す。

たぶん、これが本当の始まりだ。
13/04/27 21:57更新 / みかん右大臣
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■作者メッセージ
すいまっせんでしたぁぁぁああああ!!
いや、もう土下座でも済まないかもしれません。
特にaccelさま。マジですいません。
一身上の都合により、更新が遅れた上に曖昧な終了でござる。
しかもその都合とは別で身勝手極まりなく積みゲー処理してしまった。
エ○ストラCCCが発売されると聞いて急いで無印やってたらこんなに遅れました……。

心苦しく投稿させていただいた次第ではありますが、これにて『例えばこんな休日とか』は完結です。
後日談とかあった方がいいのかなー、とも悩みましたが、なにぶん勝手が分からないものでそこもリクエスト形式にしようと思います。
では、批判・感想等ありましたらぬるぬるとお願いします!
よろしければこれからもお付き合いお願いします。

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