連載小説
[TOP][目次]
助手のいない放浪学者
異世界から男が落ちてきた、その翌日。
まだ空気は少しだけ肌寒かった。

だがフォーリーはいつになく早起きし、二人分の食事を作り始める。
探り探り作った昨日の夕食、グライフの反応は悪くなかった、と思う。
食べさせてあげるとか口移ししてあげるとか、そういう事もやってみたいがそれはまだ先の話か。
できれば、今のうちに食の好みを調べておきたい。そうだ、街に出て食事すれば分かるだろうか。

そう考えていると、グライフに貸した部屋の扉がガチャリと開く。
あ、とフォーリーは朝起こしに行く計画の頓挫を感じて顔を曇らせるが、起きてしまったものはしょうがない。

「「おはよう」」

声が重なった。
フォーリーにとってはこんな偶然も嬉しいものだが、グライフの方はどうだろうか。その表情は変わらず読めない。

「これを」
「あら、何これ?」

するといきなり、グライフは金色に光る小さな何かをフォーリーに渡す。

「食事その他の対価だ。転移までを見せることが宿泊の対価だから、これは別途に渡しておく」
「えぇ……。これ金塊? 受け取れないわよ」

おもわず突っ返そうとしたが、グライフは受け取ろうともしない。なんとも理屈っぽい人間である。
フォーリーはこっそりため息をついた。今後、食事を豪勢にして対応しよう。

「それで、今日は行きたい場所があるんだが。場所を教えてくれないか」
「あら、それなら私も行くわ。あなたのやる事に同行させてくれるって約束でしょう?」

流れるように二人は席に着き、同時にベーコンエッグサンドに齧りつく。
グライフは齧った断面を確認し、凝ってるな、と感想を一言挟む。

「そっちの予定は大丈夫なのか? 俺に同行してもそこまで面白くはないと思うが」
「面白いかは私が決めるからいーの。元々大した予定も無いし」
「……なら、別にいいんだが」

本当は噂に聞いたジパング酒の酒場とやらに行こうと思っていたのだが、グライフとの事は何にも勝る。
どんな予定が入っていても、フォーリーはこっちを優先しただろう。

「それで、行きたい場所って言うのはどこなの? 多分案内はできるから、一緒に……」

と、ここまで口にしてフォーリーは気づく。
二人で街を回るというなら、これは実質デートである。
むしろなぜ今まで気づかなかったのか。これはもっと気合い入れるべき案件だ。

「どこに行きたいのか聞かせてくれるかしら!? どこにでも案内できるから!」
「……、……ど、どうしたんだ急に……?」

立ち上がって勢いづく姿に、グライフはパンを頬張ったまま困惑。
そして一通りの要求と出発予定時刻を伝えると、フォーリーはすぐに自室に引っ込んだ。
人生で初めてのデートである。昨日から慎重に選んだつもりの衣服だが、さらに念入りに確認する。

結局その作業は、出発の時間のギリギリまでかかってしまった。



まず向かったのは、中心部の貴金属商。
グライフは転移先での活動資金として、概ねどんな世界でも価値を持つ金のインゴットを持ち歩いているのだそうだ。
それをいくつか使って、こっちの世界の貨幣に変換。だが、結局元の世界と同じ貨幣だったらしい。
グライフは金のインゴットを服の中から取り出し、貨幣を同じく服の中へと収納する。
服の中がどうなっているのか聞いてみたが、話すと長くなるとの事で流された。

次に同じく街の中心部の学術施設。
既にこの世界に並行世界への転移の技術が確立されているのではないか、という確認が必要だとの事。
結論から言うと、その期待は外れだった。だがそれもそうだ。そんな技術が確立していれば、みんな並行世界旅行してるだろう。
だがそれならそれで構わない、というのがグライフの理屈。どうやら、後々自分の理論を発表して資金後援を求めるつもりらしい。
なるほど抜け目なく考えている。だが、自分以外に頼る当てができてしまうのは望ましくない。
その希望はさすがに言えなかった。

その後、ドワーフの金属加工店。
転移施設の製作を後にするとして、今の世界が元の世界からどれだけ離れた世界なのかを計測するために、できるだけ磁性の強い金属の粉末が必要らしい。原理は分からないが、グライフがそう言うのであればそうなのだろう。
店主のドワーフにカップルかと聞かれて、グライフはすぐにそれを否定。悔しい。
だが、カップルに見えたという事は事実のはずだ。それをグライフに指摘してみると、言葉を詰まらせて顔を伏せてしまった。照れたのかな?

それから、幅広い分野を扱う料理店で昼食。
グライフがメニューを見ながら熟考の末に注文したのは、奇遇にも大盛海鮮丼。
別の店とはいえ、昨日の昼食と丸被りしてしまった。だがフォーリーも合わせて注文。
それが来るまでの時間、メニューを見せながら好みを探る。そしてそれを頭に刻む。
よし、今夜は鍋にしよう。グライフも好みみたいだし、二人で鍋をつつくのは是非やってみたかった。





そして今。商業ギルドへと向かう途中。

「あー、ねぇ、フォーリー……とそこのおにーさんは誰かニャ……?」

ああ、この目立つ上に躊躇せず話しかけてくるこの相手は。
フォーリーは面倒そうに返事をする。

「あー、ちょっと今私取り込み中だから。用なら明日にしてくれるかしら?」
「ふニャー! もう勝者の余裕出してるニャ! 前までワタシと同じで飢えてたくせに!」

住んでいる異界から事あるごとにこっちに出てきて、物事に首を突っ込んでくるチェシャ猫だ。
腐れ縁と言えば腐れ縁ではあるのだが、テンションが高すぎて疲れるし今はご遠慮願いたい。
さらに今はフォーリーにとって大事な時。変な茶々は入れられたくない。

「でもお楽しみならワタシだって混ざりたいニャ! 隙あり!」

と、フォーリーの不意を突くようにしてチェシャ猫が素早く動く。
だがグライフは気を張っていたらしく、素早く躱して衣服の下の何かを手にかけた。

「待って待ってグライフ! 私がなんとかするから! それ取り出すのはちょっと待って!」
「…………」

多分取り出そうとしたのはあれだ、直撃すると吐くっていう音波のアレだ。
フォーリーはそう直感すると、慌ててなだめにかかる。非殺傷と言っていたから大事にはならないかもしれないが、街中でアレを乱射する癖があるならそれはちょっと待ってもらいたい。それに頼りになるところも見せておきたい。
無言で警戒心を滲ませているグライフを待たせ、チェシャ猫を連れて少し離れる。

「あのね、見ての通り私今すごい重要なところなの。邪魔したらタタじゃ済まないわよ」
「ありゃりゃ、もしかして出会ったばっかりのタイミングかニャ? じゃあワタシにも付け入る隙あるかニャ?」

指の関節でこめかみをグリグリすると、チェシャ猫はに゛ゃあ゛あ゛あ゛と濁点だらけの悲鳴をあげた。



「わ、分かったニャ、冗談ニャ! ワタシは何もしないニャ!」
「そうしなさい。そんですぐに自分の世界に帰りなさい」
「で、どこまで進んだのかニャ?」
「…………」

するとさっきの顔から一転、ニヤニヤ笑いが始まった。

「あー、もしかして全然進んでないニャ? 出会い頭に押し倒したりとかはしてないのニャ?」
「それは最後の手段なの! 私は徐々に仲良くなって結ばれる過程を踏みたいのよ!」

最初にそれをやろうとして失敗したとは口が裂けても言いたくない。

「ま、頑張るといいニャ。でももたもたしてたら余裕で横取りされるニャよ?」

もう一度グリグリしてやろうかと思ったが、確かにもたもたしてる余裕が無いのは正論だ。
フォーリーはチェシャ猫の肩を掴んでいる手を離し、さっさと帰るようにと指し示す。

「んーじゃ、まったニャ〜♪」

するとチェシャ猫は素直に手を振り、どこかへと姿を消した。
このままちょっかい出さずにいてくれれば良いのだが。フォーリーはそう思い、その後姿を見送った。

「……知り合いか?」
「うん、まあ。気にしないで」

グライフの手をとり、フォーリーは向かう方向へと引っ張ってゆく。
しかし、あまり大した時間も経たぬうちにその手は軽く解かれてしまう。

残念、ではあると思ったが、それでもこれはいい方向かもしれない。
他者からの接触を嫌うグライフが、手を繋ぐこと自体に拒否はせず、数秒とはいえ維持してくれた。

出会ったときに比べれば、着実に変わってきたはずだ。




結局、帰ってきた頃には夕方になっていた。
楽しい時間の速いものだ、という言葉はよく聞くものだが、その実感が改まる。
夕食後、お風呂イベントの一つでも発生するかと思ったがグライフは早々に自室に籠城。
こっそり様子を観察してみようとすると、覗くぐらいなら入れと怒られた。

「何やってるの?」
「言っただろう、この世界が元の世界からどれだけ離れたものなのか調べる。それだけなら手持ちの物で足りる」

グライフは机に向かい、目盛りの入った透明な板やら天秤のような器具を組み合わせ、その上に今日買ったばかりの金属粉末を慎重に塗す。
それがどういう理屈に基づく作業なのかはわからない。でも、その真剣な姿を眺めているのは楽しかった。
目的の為にじっと労力を費やす様子というのは、誰のどんな目的であろうと格好良いものだ。

「あまり動くなよ」
「うん」

フォーリーはグライフの様子をじっと見つめる。
そして想像する。彼がどんな風に生きてきて、どこに向かおうとしているのか。

「ねぇ」

作業に区切りがついたらしいことを感じて、背を向けたグライフに声をかける。

「どうしてあなたは並行世界を旅しようと思ったの?」

すると、グライフが一息つくように椅子の背もたれに体重を預けた。

「……ただの好奇心だ」

一言だけの返事。だが、グライフがまだ喋りたそうな雰囲気を感じ、フォーリーは次の言葉を待つ。
とても興味がある話だ。話して貰えるだけの事は全て聞いていたい。

「並行世界は無数にある。それは前に話したな?」
「ええ。あまり詳しくは知らないけど」
「で、それぞれの世界の状態は、位置的に遠くになるほど様変わりする。それも以前に話したな?」
「覚えてるわ。貴方が本当は、その遠くの世界に行きたかったって事も」

グライフが、天を仰ぐように空を見る。
そこに何かを描いている。フォーリーにはそう感じられた。

「世界の多様性をこの目で見たい」

その言葉は静かだが、強い感情が籠っていた。

「別の動力で回る文明もあるだろう。遙かに高い技術力を持つ種族もあるだろう。暴力が支配している領域もあるだろう。既に荒廃してしまった街もあるだろう。もしくは、俺の想像も及ばない景色がどこかに存在するかもしれない。それがどんな内容であっても、別の場所で発生したあらゆる可能性を俺は知っていたい。もしかすると、その先で俺は悲惨な末路を迎えるかもしれない。だが、世界の他の姿を知らずに生涯を終えるなんてことは我慢ができない」

初めて触れたグライフの内側。
それは、あまりにもシンプルな感情に基づくものだった。

まだ知らない世界を知りたい、という子供が持つような単純な夢。
それをグライフは、本人の資質を由来にした高い技術と能力によって強引に実行した。
冷めた人柄の内側に、ずっと純粋な目的を持ち続けたまま生きてきた。
力を尽くして、全ての邪魔を排して彼はここまでやってきたのだ。

「ふぅん……」

なるほどなるほど、とフォーリーは納得。
通常なら大人になるまで持ち続け得ない、世界の枠を跨ぐ好奇心。なるほど次元のはみ出し者というわけだ。

「何見てるんだ」
「貴方背中に目があるの?」
「視線ぐらいは感じる。見るな」
「はいはい」

そう言いつつも、フォーリーはグライフの観察をやめない。
ただ見ているだけでも楽しかったからだ。

「少し喋り過ぎた」

照れたように顔を背け、グライフは作業に戻る。
何かの位置を微調整しているのか、ハンドルを回しているらしいキリキリという音だけが部屋に響く。
それが止んでしばらくの後、意外にもグライフの方から話題を提供した。

「お前の目的は何だ」
「え?」

不意の質問に思わず聞き返す。

「生きてる目的だ。夢、と言い換えても構わない」
「私の? そうね……」

少し考え込む振りをしてみたが、それなら答えは決まっている。
フォーリーは身を乗り出し、はっきり伝わるように強く答えた。

「素敵なお嫁さん♪」
「……そうか」

ふふ、と笑って見せる。しかし。

「なれるといいな」

思いは伝わらず、撃沈。
良い雰囲気かとは思ったが、やはりなかなか手ごわい相手だ。
多分発言の意図は伝わっていると思うのだが、あえてスルーされたのだろう。
そろそろ強引な手に出てもいいのでは、と思いグライフの首筋を舐めたくなる衝動に駆られるが、今はじっとそれを我慢。

もう少し、もう少しだ。着実に距離は縮まっている。
グライフ自身がその気になるまで、私はじっと構えていよう。

フォーリーは今日の成果にとりあえず満足し、おやすみなさい、という言葉と共に部屋を去る。
ああ、という小さく聞こえた返事を耳の奥に刻み、今日はそれを抱いて眠る。
願わくば、同じ夢を見れますように。
おそらくより親密になれるであろう明日の事を考えて、胸躍る思いと共に眠りについた。






数時間後。

「おかしいぞ……」

グライフは部屋で一人、計算の結果を見て唸る。
どこかで間違っていたのだろうか、と思い隅から隅まで確認する。
しかし、妙な部分は見つからない。だとすれば、観測の過程にミスがあったか。

やり直しが必要だ。そう考えて机上の紙片を片付けたが、嫌な予感は拭えなかった。
17/02/23 23:00更新 / akitaka
戻る 次へ

■作者メッセージ
ぬわつか

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33