連載小説
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STAGE01:旅人の雫
 お客さん、そろそろ町に着きますよ。それにしても変わってますね、子供連れでこんな田舎町に行こうだなんて。妹さんですかい?え、私は子供じゃないって?はは…失礼しました。
 ところで、この町の名産品を知ってますか?血のように紅い林檎です。紅ければ紅いほどに甘い。今が旬ですからきっといい林檎が食べられますよ。


 でもこの町の噂を知っていますか?林檎が紅くなる季節、丁度今頃ですかね、町の外から来た人が消息を絶っている。一人や二人じゃない、生きて帰ってきたヤツはいないって話です。この町が林檎で有名になり始めてからですよ。だからっていうんですかね、一部の商人の中ではあの林檎はこうも呼ばれているんですよ。


           旅人の雫(ブラッドキャンディ)


 じゃ、俺はここんとこで失礼しますね。俺は消息を絶ちたくはないんで、迎えには来ませんよ。多分無駄ですから。



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 彼らがこの町に着いたのはもう日が西に傾いた頃だった。私の持っていた林檎が夕日に焼かれいつもより紅かったことが強く記憶に残っている。

 一人は青年だった、見た目では年齢は十七、八位に見える。金の髪に空の色に似た青い瞳、整った顔立ちは彼を幼く見せるがその落ち着いた雰囲気が彼が少年ではなく青年であるということを語っている。純白のコートには汚れ一つ見えず、コート自体もこんな田舎町ではなかなかお目にかかれないような上質な材質で作られているのか夕日を浴びると星屑を散りばめたかのように輝く。十字架のような物を背負っており、それは全体が金属で作られているようで見ているだけでもその重量感が伝わってくる。


 彼の頭から目線を下げると丁度胸の辺りにもう一人、金髪の少女の姿が見える。宵闇の中の月のように輝く金の糸は血のように紅いリボンで二つに束ねられている。夜と朝の狭間のような淡い紫の瞳は見ていると女の私でも吸い込まれるような危うい魅力を感じる。隣に立つ青年の衣装とは対照的なフリルの付いた黒いドレスは星が浮かぶ夜空のようだ。


「すいません、宿を探しているんですけど。」


 気がつくと困った顔の青年が私の顔を見ていた。彼らの顔を見て立ち止まっていたのだから当然かもしれない。

「申し遅れました、僕の名前は"セイン・クロスファング"この子と一緒に旅をしています。」
「さっきからじろじろ見てたけどコイツは私のものよ。」

 可愛らしい人形のような外見に相応しい鈴のような声が聞こえてくる。

「私の名前は"イリーナ・アルメリカ"、コイツの飼い主よ。」



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 目の前の少女は僕達の自己紹介の後も僕達を見つめたまま動かなかった。やはり今のイリーナの自己紹介から怪しまれたのだろうか。それにしても初対面の人に僕の事を飼い犬呼ばわりで紹介するのだけは勘弁してほしい。怪しまれる怪しまれない云々よりともかく僕の人間性を勘違いされてしまう。

「宿屋まで案内します。」

そんなことを考えていると目の前の少女はそう言って村の奥まで歩いていく。少女についていくと彼女の行く先には他の建物より大き目な建物が見える。その建物の前には宿屋と酒場の看板が立っている。

「へぇ、結構良さそうな宿じゃない。」
 ここは彼女の言うことに同意する。目の前にある宿は確かに大都市にあるような一流の宿ではないが、この田舎町にしては中々上等な建物である。周りを見渡しても同じような建物が数多く立っている、一見全てが古い木と石で造られた建物だが、よく見るとその中に都会でも良く使われる最新式の建築法を使って建てられた建物も見える。山中に作られた町にしては洗練されている街並みには若干の違和感を感じる。


「……気を付けて。」
「おい、早くしろ置いていくぞ。」


 少女の蚊の鳴くような囁きはイリーナの僕を呼ぶ声によってかき消された。



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 宿の中に入った私達を迎えたのは宿にも酒場にもあり得ない静けさだった。宿屋のカウンターに立つ主人は険しい顔で私達を見つめていた。酒場には人一人としていない。当然だろうか、私達をここまで連れてきた行商人は言っていたのだ。この時期にこの町に来る旅人はいないと、酒場に人がいないのも当然かもしれない。

「……何泊で。」

 宿の主人は無愛想な男だった。業務を一言だけで済ませ林檎を齧る男はただひたすらに無礼であった。

「2泊でお願いします。」

 私の隣にいるこの男、コイツは本当に男なんだろうか。あれだけ無礼な態度を取られても何も言わずにへらへらと笑っている。怒りから宿の主人に飛びかかろうとする私の頭を手で押さえつけ部屋の鍵を受け取ると、私の
手を引っ張り階段を上がっていく。
「おい、離せ。」
「さぁ早く部屋へ行きますよ、今日は疲れたでしょう。」
(こんなところで騒ぎを起こさないでください。)
彼に耳元で囁かれ気が付く。そう、私達はこの町に観光に来たわけではないのだ。少し頭を冷やすことにしよう。
「……夕食は出来次第部屋に届ける。」
やはり腹が立つものは腹が立つ。こっそり悪戯を仕掛けてみる。使い魔を使って奴の足元にバナナの皮を仕掛けてやった。


「……ぬぉぉ!!」


 私達が階段を上りきったあたりであの男の悲痛な声が聞こえた。どうやら成功したようだ。私がにやりと笑みを浮かべると頭の上に拳骨が降ってきた。



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 宿屋の主人に案内された部屋は質素ではあったものの手入れの行き届いた上等な部屋だった。

「……フンッ……」
「まだ拗ねているんですか?」
「拗ねてないわよ。」

 言葉でそうは言うが、彼女はこちらを見向きもしない。やはり厳しくし過ぎたのだろうか、いや、そんな筈はない僕達はこの町に遊びに来ているわけではない。彼女もそれを理解している筈なのだが。

「そろそろ機嫌を直したらどうです?」
「……」

 段々腹が立ってきた。窓から外を見つめる彼女を無視して簡単な魔力制御の修練を始めることにする。暇があったら鍛錬をするのは随分昔からの習慣というものだ。強くあることで困ることは無いが強くなければ困ることもある。短い人生に暇な時間など無い、これは僕の身近にいたある勤勉な人の受け売りだが僕に根深く刻まれた教えの一つだろう。



 どれ程時間が経過したか私には分からない。だが、静寂を破るノックが鳴るまで僕と彼女の間に一切の会話が無かった事だけは確かだ。

「……」

「……食事を持ってきた。」
 ノックの数秒後に聞こえたのは店主の低い声だった。ドアを開けて部屋のテーブルの上に二膳の夕食を置くとすぐに部屋から出て行った。
「いただきます。」
「……」
イリーナは無言で夕食を食べている。少し重い空気の中この日の夕食は進んだ。



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 この仕事も随分と久しぶりだ。私はこの時期に町を訪れる旅人にある料理を振る舞う簡単な、そう簡単な仕事をしている。今日は久しぶりにこの仕事をすることになる。もちろん久しぶりといってもその作業を忘れる筈はない。旅人に振る舞う料理に強力な睡眠薬を仕込むこと、これが私のもう一つの仕事だ。この後旅人はある場所に連れて行かれる。何処に連れて行かれるか、それからどうなるか私は知らない。考えたくもない。
「旅人を回収しに来た。」
 黒服の体格の良い男達が旅人を回収しに来た。この男達に会うのも久しぶりだ。
「二号室。」
手際の良い黒服達により旅人達が運ばれていく。私は全てを忘れる為に血のように紅い林檎酒を飲み干した。



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 黒い服の男達に運ばれてはじめてしばらく、僕は出された食事を食べずに寝たふりをしていたが、イリーナは僕の分まで食べてぐっすりと眠っていた。おかげで出された食事をどう処分するか悩む手間は省けたがこれから荒事を起こそうというのに足手まといがいるのは面倒だ。もう少しマトモな相棒が欲しいと思うのは贅沢なんだろうか。

 黒服の男が僕達を放り投げた。どうやら相当強力な薬を使っているらしく隣に投げられたイリーナは眠りから覚めない。少し離れた場所から何かが聞こえてくる。これは、女性が術を詠唱しているようだ。


『……』


(なんだ、よく聞こえない。)
 耳を澄ませると幽かに聞こえる女性の声、目を開けると僕達は魔法陣の中心に転がっていた。


『……を……が…き……』


(まだ詠唱が続いている、相当に高位な術だろうな。術が完成する前に…)
 僕は手足を縛る縄を気づかれないように切った。生命力を破壊力に換える僕の特技の一つは魔術と違って詠唱を必要とせず、集中だけで効果を発揮できるのが利点の一つだ。もちろん縄を切ったからといってすぐに行動するわけには
いかない。僕はやはり気づかれないように周囲を見回し武器である十字架を模して造られた鎚を探した。幸いそれはすぐに見つかる、魔法陣の外にいる黒服が持っていた。
(まぁとりあえずは……)
 体中に生命力を巡らせる。身体能力が飛躍的に増加し、人知を超えた速度を手に入れる。隣に転がっていたイリーナを魔法陣の外、僕の武器を持っている黒服の上空に投げて僕はその黒服の腹に蹴りを入れて吹き飛ばす、落ちてきた
イリーナを受け止める、一寸遅れて黒服が壁に叩きつけられて潰れる音が聞こえる。ここにきて初めて他の黒服と詠唱を続けていた女性が僕達に気付いた。無理もないだろう、連発できるものじゃない分速度と威力は人間は勿論、凡庸な魔物も追いつけないようなものだから。

「あら、こんばんわ、旅人の坊や。」
 くすくと笑いながら歩いてくる女性に何か異常な物を感じ取った僕は距離を取り、片手で十字鎚を構えた。
「そんなに怖がる必要なんて無いのに、まぁいいわ。」

 女性が指を鳴らすと地面が盛り上がり黒服が生まれる。

「坊やが眠たくなるまで遊んであげる。」
黒服が僕に迫る。ひたすら攻撃を避けて十字鎚で殴る。古式ゆかしい肉弾戦に飽きてきたところで僕は彼女を起こすことにした。

『夜明けを知らせよ【目覚めの鐘(スタンドアラーム)】』

 神に仕える人間の編み出した魔術、一般的に魔術とは違うものとされているが基本的には同じものだ。ただ人間の作り出すそれは専門性と効率に特化している。魔力が少ない人間がより多く効果的に魔術を使うために発展してきた人間の知恵である。それでも魔力が足りない分は神の加護により補うこともあるが運良くこれらの術を使うのに困らない程度に魔力を持っていた僕は今もこれらの術を愛用している。



 イリーナの顔の周囲で光が飛び交うと彼女の眼が開く、術の効果が発揮された。

「放しなさいよバカ。」

 開口一番に文句が出た。一度眠った程度では彼女の機嫌は直らないようだ。
「仕事です、”お願いします”。」
「お願い……?」
僕の言葉を聞いて彼女が反応した。お調子者の彼女を動かすのは実に簡単なことだ。
「”お願いしますイリーナ、あなたにしか頼めないんです”。」
 僕の言葉を聞いて彼女の口元が嬉しそうに歪む。こうなったらもう待っているだけでいい。


「ふふ……ふふふ……いいわ、役立たずの奴隷にこの私が力を貸してあげるわ。」


 彼女の気が変わらない内に頼みごとを済ませる。僕が気になっていたもの、それは、
「相手の魔術、この黒服を生み出している魔術を調べてください。」
僕がそう言い終わると既に彼女は行動していた。彼女の淡い紫の瞳は血のような紅い色に染まり一点を見つめていた。
「その下にそいつらを作る魔法陣があるわ。」
彼女が指差す先には先程まで僕達が転がっていた魔法陣があった。
「ありがとう、それさえ分かれば十分です。」

 担いでいたイリーナを床に降ろし力を溜めて飛び上がる。十字の鎚からは眩い光が噴き出している。


「その身に刻め!【命牙十字衝】!!」


 十字鎚を魔法陣に叩きつけると噴き出した光、僕の生命力が破壊力を持って周囲にいるものに襲いかかる。黒服は跡形もなく消え去り、魔法陣があったはずの場所には底が見えない程の深さまで十字形のクレバスが出来ていた。


「これだけやれば下の魔法陣も壊せたでしょう。」
 隣の少女はため息をついた。
「55点、もう少しスマートに決めなさい。」
 生命力を大量に使った僕は十字鎚を杖にふらつきを抑える、この大技は使用後に体力の消費から隙が生じるのだが、戦意を失った目の前の女性はこの僅かな勝機を見つけることは出来なかった。

「なんなの……あなた達は何者なの……」
 気丈に振る舞おうとする女性だが、足の震えを止めることができない。彼女の顔からは余裕が一切消えていた。


「申し遅れました僕の名前はセイン・クロスファング。魔王軍特別監査組織”紅の猟犬”所属、監査官兼執行官代理です。」
 僕の名乗りに続きイリーナも名乗りを挙げる。
「私はイリーナ・アルメリカ。赤の猟犬の所長で執行官兼監査官代理、セイン・クロスファングの飼い主よ。」

『異界の風よ、我を約束されし地へと導け【約束されし跳躍(ジャンプポータル)】』
 名乗りの途中から逃げる為に魔術を唱えていたようだ、しかし無駄なことである。神に仕える神官が最も初めに習得する術の一つであり、おそらく神官として学ぶ中で最も重要な術を使ってやればよい。
『【解呪(ディスペル)】』
練磨された解呪の術は即座に効果を発揮し魔術を完全にかき消した。最近の神官は情けないものでこの最初にして最強の術の習得を疎かにする。本来神官というものは回復術だけを使っていれば良いわけではなく、ましてや光の攻撃術で敵を殲滅するものでもない。味方の危機を未然に防ぐこと、全てのことはその後だと教えてくれたのも僕の身近にいた勤勉な人だ。


「監査官、首を貸しなさい。」
尊大な態度で僕に近づくイリーナ、こんな小物にアレをやるというのか。まぁ仕事してくれれば文句は無いのだが。
 彼女の前で体を前に傾け首を差し出すと彼女は僕の首に軽く口づけをしてから唇から覗く牙を突き立てた。

 悔しいが彼女に血を吸われるのには素晴らしい快感と疲労が伴う。快感に火照った体を彼女に預けると彼女は少女とは思えない力で僕を支え床に横たえた。

「見てあげるわ、あなたの過去を。」
イリーナの眼が紅く輝き目の前の怯える女性を照らし出した。照らされた女性は心ここにあらずといった様子でイリーナの眼を見つめることしかできなかった。
「旅人と一部の町の住人を生贄に若返りの秘術と大地の禁断の秘術を使ってこの町を支配していたのね、町長さん
さてあなたの罪状は……
旅人を相手に誘拐、禁術の生贄に捧げ殺人。
一部の村人を相手に恐喝、殺人。
禁術の使用
大したものね、教団と魔王軍両方の調査隊すら生贄にするなんて。」

 イリーナの手の上で魔法陣が回転する。魔法陣の中から金属のようなものが出てきた。
 あの妙な形の金属の塊こそが彼女の魔術の媒体である。かつてニホンという名の異世界から来たという戦士に回転式拳銃のようだと言われたが、僕にはなんのことかよく分からなかった。

「我は紅き夜の法に従い裁きを下すもの、ここに顕れよ紅の牙。」
彼女の言葉に共鳴して銃口は震え弾倉は音を立てて回転する。死神の笑い声のようなその音は何も知らぬ者にも絶望と死の気配を感じさせる。
 この力は紅き夜の王の力、かつてこの世界を統べた魔王の力の片鱗だ。

「我打ち出されし牙に理を与えん。」

 音を立てて回転する弾倉が静止した。

『牙は門、煉獄の門、罪抱く者に永久の苦しみを与えん。』
 銃口から幽かに光が漏れ出し、執行準備の完了を告げる。

「あなたを連れて行ってあげるわ。魂の牢獄にね。」
柔らかな微笑を浮かべ引き金に指を掛ける。
「いやだ…やめて…助けて……」
涙を流し命乞いする女性に対してイリーナは再び優しく語りかける。
「安心なさいこの世界では一秒よ。あちらでは五千年だけどね。」

 罪人への刑罰は彼女の気分で決まる。今回は五千年、まぁ軽い方だろう。煉獄と呼ばれる炎の大地と刃の風の異世界で罰の剣に貫かれ続ける五千年、反省と後悔に包まれた有意義な時間を過ごしてほしいものだ。

「罰を受けなさい。」

 引き金が引かれ銃声と共に銃口から紅い光が打ち出される。打ち出された光は女性を貫き、瞬きする間に女性への処刑は執行された。

「任務完了、いつまでへばってるのよ。」
 イリーナがまだ立てないでいる僕の腕を引っ張りこの場を立ち去る、残されたのは大地に刻まれた十字型の傷跡とその場に倒れこんで動かないままに目の前の空虚を見つめる女性だけだった。
12/01/15 20:52更新 / クンシュウ
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■作者メッセージ
セイン・クロスファング
種族 人間
魔王軍特別監査組織"紅の猟犬"の監査官兼執行官代理、主神の象徴たる十字を振るい魔の法を犯すものに裁きを与える。生命力を破壊力に変える力を持ち、生命力の回復速度が速い。

生命力    S
魔力     D
筋力     A
耐久力    S
瞬間最大魔力 D
魔力抵抗力  B
敏捷性    C
魅力     A

 というわけで紅夜の少女STAGE01:旅人の雫でした。
 まずはお礼を、こんな駄長文をよんでくださった心の優しい皆様に感謝の気持ちを、ほんとうにありがとうございます。いつ更新できるかまったくわかりませんが頑張って続けていきたいと思います。
 文章慣れした皆様の辛口で為になるコメント、作者である僕への応援コメント、こんな作品魔物娘図鑑に合わねえよというコメント、お待ちしております。

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