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最終章 七人の勇者
 さてさて、長々と語って聞かせた教国の鉄砲玉のお話も遂におしまい。七人に起こった事の顛末はもう話した通りだ、もう何も出ねえぜ。

 思えば色んな奴がいたなぁ……。えぇ、覚えているかい?

 ある者は富のため。

 ある者は信仰のため。

 ある者は真実のため。

 ある者は愛のため。

 ある者は義心のため。

 ある者は他者のため。

 ある者は安らぎのため。

 生まれも出自も目的も何もかも違う七人が、何の因果か同じ時代に同じ場所に集い、この王都にやって来た。そしてそれぞれの運命に出会い、またそれぞれ別の道を行くんだ。

 この街で本当にあったお話、「七人の勇者」のおとぎ話はこれで本当に終わりだぜ! これにてお開き、さらばまた会う日まで!!

 俺は語り部、また皆を魅了するお話を集めてくるさ。そん時はまたこの街角に来る。楽しみにしてな。

 もし俺の話が待てねえってんなら……自分で探してみるのもアリだぜ。世界は広い、どこにでも面白い話は転がってるぜ。

 まずは、そうだなぁ……俺が話した七人が今何をしてるのか、それを自分の目で確かめるってのはどうだい?





 その日、教会は未曾有の事態に慌てふためいていた。

 教国を二分する勢力の片割れ、反魔物筆頭である教会派は揺れていた。自分たちが計画していたアルカーヌム連合王国への工作活動、それが憎きデルエラに遂にバレてしまったことで国内各地の教会派が次々と襲撃を受けているとの報告を受けた。

 もちろん一方的な虐殺ではなく、皇女の力で魔物娘に変えられたシスターらが男を襲っているのだが、淫楽に耽ることを何よりも恥じるべき悪徳と捉える彼らにとっては殺されるより不名誉なことだった。そしてとうとうこの教会総本山にも淫魔の手が伸びようとしていた。

 そこで教会は押し寄せる魔物の大群を打ち払える戦力を連れてきた。教会が抱える聖騎士率いる一個中隊、金で雇ったならず者の傭兵団、そして……。

 「我々を呼び戻した真の理由がこれか……」

 今や本陣となり兵の詰所と化した聖堂の中で六人の男が長椅子にたむろする。つい半年前まで王国解体の任を受け密かに暗躍していた七人、その内の六人が今の教会が持てる戦力に組み込まれていた。

 「まさか皇女との全面抗争に俺たちを駆り出そうなんてな。一度は始末してしまおうって連中が、破門を取り下げ頭下げてまで戻ってこいとはな」

 「この抗争が無ければ異端者って扱いだったかもね。命拾いしたよ」

 「にしたって、よくもまあこんな都合のいいタイミングで皇女さまが宣戦布告を仕掛けてくれただな」

 もしデルエラとの戦いが表面化してない状況で戻れば、クリスの言うように全員が魔物に傾倒し堕落した異端者として首を切られていただろう。裏を返せば、明確な裏切りを働いた彼らも使わねばならないほど今の教会は切羽詰っているのだ。

 「リーダーが大丈夫だっていうからついて来たけど……どの辺で離脱するよ?」

 「一応の義理があったから顔を出しただけ、貴様そう言っていたであるな。我輩、娘のオモチャを作りに実家帰りたいのである」

 「まだだ。まだ動くべきじゃない」

 元から貴族のミゲルを除き、ここにいるのはどいつもこいつも過去に一物抱えた厄介者、社会の鼻つまみ者ばかりだ。それが偶然とは言え勇者として選ばれた事で表に通用する力を得られた。その事について義理もあるし感謝もしている。

 だがそれだけだ。既に足場が崩れているのに一蓮托生するほどの恩は無い。

 外が騒がしくなってきた。最初は男達の勇ましい鬨の声が上がりドドドドと大挙して足音が響く。

 「さて、何分保つかな」

 ミゲルのあざ笑うような物言いは現実になり、程なくして表からは勇ましい男の声は聞こえなくなった。代わりに耳に届くのは股座をムズムズと刺激する女の艶やかな喘ぎ声。どうやら十分ももたなかったらしい。

 周りの神父や司祭は両耳を抑えて嘆いている。だが長椅子で待機している六人は扉越しに聞こえてくる嬌声を、目を閉じ耳を澄ましまるでオーケストラでも鑑賞するように聞き入っていた。肉体の半分は既にインキュバスになり、精神は完全に置き換わりつつある彼らにとって、外で行われている行為はとても魅力的なものに思えた。

 わざわざ窓から覗くまでもない、趨勢は既に決したようだ。

 「ええい、まだだ!! まだ終わってなどいない! 汚らわしい魔物どもめ、目にもの見せてくれるわっ! おい、奴を呼べ!!」

 司教の号令で奥の部屋から何者かが出てくる。ドアを窮屈そうに身を屈めて姿を現すのは、見上げるようなという表現がぴったりな、というかそれしか見当たらない大男だった。手には木こりが使う大斧を持っているが、全体のサイズと比較するとまるで子供の玩具、それだけそいつは巨大だった。

 どうやら教会が隠し持っていた秘密兵器らしい。ここで「じゃあ俺たち来た意味あるの」とか聞かないあたり、ミーシャも空気を読める人間であることが証明された。

 「行け!! 魔物どもを蹴散らすのだ!!」

 大男は地を這う唸り声を上げるとズンズン足音を鳴らして外に進出し……。

 その五秒後にドアを突き破って戻ってきた。

 「おー、遅かったな。今までどこほっつき歩いてた」

 吹っ飛ばされた大男と、その下敷きになった司教が無事である事を確認し六人は教会に乗り込んできた人物を見る。

 「ぉお、くれ……た」

 大量のパンを詰め込んだ紙袋を抱えて入ってくるのは、七人目の勇者・イーラ。かつては同じ任務を受けた六人からも忌避されていた彼だが今はある程度受け入れられている。両耳には音消しの兜を鋳潰して作ったイヤリングが輝いており、必要以上の音を遮断する効果が付与されている。

 「それにしても、まさかお前がデルエラと繋がっていたとはな。一体いつからだ?」

 イーラから受け取ったパンを齧りながらトーマスがミゲルに問う。

 「王都入りしてしばらくしてからになる。私としてもこんな馬鹿馬鹿しい仕事からは足を洗いたかったからな」

 「上からの指示を受けつつ、教会派の情報を流してたってことか」

 「なかなかに策士だな。よくバレなかったであるな」

 「そんだけここの連中がズボラだったんだろ」

 「だけんど、これで終わりってわけでもねえだよな。教会の手はそこかしこに伸びまくってるから、また新しい派閥が出来るに決まってるだ」

 「その時はその時だ。もう我々には関わりのないことだ」

 表で繰り広げられる狂乱の宴を肴に勇者たちは最初で最後の、七人揃っての歓談をしばし楽しんだ。不思議なものだ、特に親しいわけでもなく友情とは程遠い関係にあったのに、こうして言葉を交わしながら過去を振り返るとそんなに悪い関係でもなかったと思えてくる。

 やがて手元のパンを食べ終えると、一人また一人と聖堂から立ち去る。

 「ではな。この先どうなるかは分からんが……まあ、生きていればいずれ会う事もあるだろう」

 先陣を切って行くのはリーダーのミゲル。

 「ほんじゃ俺、今までのギャラもらってから帰るわ。お達者で〜」

 後に続くのは副団長のミーシャ。

 「利息の回収に行くとするか」

 貸し付けた金を回収する為にトーマスも動く。

 「俺っち、明日からの仕事どうしよう……」

 小市民的な悩みをこぼすゴードン。

 「まずは大使館をたたんで、使用人達に適当な職を口利きして、それから……」

 これからの予定を忙しそうに呟くクリス。

 「娘のオモチャは何が良いか。……そうだ、魔宝石を採りに行くのである」

 実家に帰るとか言っていたのも既に忘れたイルム。

 皆がそれぞれの道を行き、それぞれ交わることなく進んでいく。

 「…………」

 最後に残ったイーラは黙々とパンを食べながら六人を見送る。そしてそれを食べ終わり紙袋に残っていた最後の二つを、自分が蹴飛ばした大男と司教の手に握らせてから、彼もまたどこへともなく姿を消した。

 こうして、レスカティエ教国とアルカーヌム連合王国の間で起きた外交問題、通称「七人事件」は幕を下ろした。

 彼らを使って親魔物領に天罰を与えようとしていた教会派の思惑は明るみになり、レスカティエ国内の教会派は一掃され、他国への内政干渉を追及され教皇庁の政治発言力は低下、デルエラの支配をより磐石なものとする結果に終わった。

 この事件がきっかけとなり教皇庁と親魔物領との間に更なる確執が生まれるのだが、それはまた別の話である。

 「人を討つ勇者」の話はこれでお終い。

 この「七人の勇者」の物語は終わりを迎えることが出来た。

 物語の締めくくりはいつも、めでたしめでたし、それで終わりだ。










 その後の七人がどうなったのか……それを少しだけ語るとしよう。










 「借りた金を返せない? 家財道具一式、家も土地も売ってたったこれだけか。なるほどなるほど。ところで、話は変わるんだが……お前、人間にはどうして腎臓が二つあるか知ってるか?」

 トーマスとアヤ────、王国にて金貸し業を営む。

 表向きしがない露天商として様々な商売に手を伸ばし、その利益を元手に貿易商を旗揚げする。寂れた宿を事務所に改装し、従業員を雇わず二人で経営を始め、水産や材木を始めとする様々な流通に貪欲に食い込み成功を収める。

 当然というべきか、その利益を元手に裏では高利貸しとして金銭を融通し、トイチ、トゴ、カラス金など非合法な金利で暴利を得る。更にその金を各方面にバラまき商業組合や工業ギルドを買収、主要な街に支店を幾つも設け、僅か数年で王国内外の金の流れを牛耳る事に成功した。

 その利益を独占し、敵対者を容赦なく破滅させるやり方を多くの商人が批判したが、意外にも元孤児を対象とした人材発掘や能力育成に力を入れていた事が知られている。そうして育てた人材を各方面に送りつけ勢力拡大を目論んでいたと言われるが、庇護を受けた者からは例外なく感謝されていたという。

 人材育成の発案が社長のトーマスによるものか、それとも相方のアヤによるものなのか、それは謎のままだった。各方面に労働力を紹介する形態が後世で言うところの派遣労働の始まりとされるが、諸説分かれている。

 「ご利用と返済は計画的にぃ〜、って言っても、そもそも計画的な人やったら金借りやんか。まいどおおきにぃ、またのご利用をお待ちしとります」

 狸の皮算用……王国ではそれは「ボロ儲け」を意味する言葉である。互いに競うように稼ぎまくった夫婦は王国のみならず、大陸全土の裏社会に名を馳せたと言う。





 「見るだよ、シャム! これなんかお前ぇの指に似合うと思うだ。あぁ〜、で、でも俺っちの懐事情じゃちょいと手が出せねえだ。おやっさん、もうちょい安く……はならねぇよなぁ」

 ゴードンとシャムエル────、市井の民として共に生きる。

 才能も素質も学も無く、体に障害を抱えたゴードンの職探しは難航した。かつての家業だった大工はもちろん、視野に入れていた傭兵も彼が義足と知ると門前払いを受けてしまい、しばらくは勇者時代の報酬を少しずつ切り崩し爪に火を灯す生活が続いた。

 そんな時声を掛けてくれたのは、何の因果かケンタウロスのアマナが経営する運送業者だった。かつて自分に声を掛けてくれた気さくな社長、彼に代わり新たな社長となった彼女に誘われる形で職にありつき、シャムエルと二人分の食い扶持を稼げるようになった。

 慣れない仕事に失敗もそこそこあったが、今ではすっかり板につき荷馬車に乗って街から街へ荷物を運ぶ仕事をしている。得られる賃金は決して多くはないが、かつてと同じように清く正しく、そして慎ましく生きることを心掛け夫婦共に健やかに生活している。

 とは言えゴードンも男。仕事で家を空ける事の多い生活、寂しい思いをしているだろう妻に指輪の一つでも買ってあげようと意気揚々と市場に繰り出した。だが、ぺたんこの財布には悲しみしか詰まっていなかった。

 「焦らなくてよいのですよ、ゴードン。アナタの愛がワタシにとっては何よりの贈り物です。さあ、行きましょう!」

 王都には羽根を失った天使が住んでいる。結婚指輪は無いけれど、夫婦二人はいつも手を繋いで歩いている。





 「まずは南の海洋国との領海問題、その次は北の国の革命思想を持ってこさせない為に色々と根回しをして……。え、予算? 教皇庁から分捕った賠償金があるよね? それより今度のデートの件だけど、運良く桟敷を押さえられそうなんだ。一緒にどうかな」

 クリスとエステル────、外務大臣とその秘書を務める。

 王国の民主政治にちゃっかり乗っかる形で大臣に就任。以後その手腕を振るって友好国との関係を更に向上させ、王国に対し敵対的であった北の国とも政治的・軍事的な不可侵条約を締結しつつ貿易関係を結び、貧国の難民問題には資金を惜しまず投資するなど人徳溢れる大臣として活動した。

 急進派や軍部のタカ派などから突き上げを喰らったり、一部の左巻き富裕層からあらぬ謂れを受けたり、交渉中だった国との関係が悪化したりなどのトラブルに見舞われたが、不思議な事に彼と言葉を交わすことでそれらは下火になり消えた。根回しも裏取引もせず口先だけで全ての厄介事を片付けるその姿を、彼を知る者は皆「言葉の魔術師」と呼んだという。

 そんな大層な二つ名を持つ彼は職場では必要以上の事を喋らず、王や大臣ともほとんど会話が無い寡黙な人物だったという。だが秘書であり妻のエステルを相手にした時、屋敷で彼女と一緒に過ごしている時の彼はとても饒舌で、話し声が絶えることはなかったと使用人が語る。

 仮にも元大使、それも自国を陥れようとした工作員を選挙とは言え大臣に登用した真相は定かではないが、そこには彼を大臣に据えることで得られる利益を見通した王の慧眼があったのではと囁かれている。他の六人の罪を帳消しにするところまで持っていったのも、クリスの交渉によるものらしい。

 「どうして公務でもない休日まで二人で動かなければならない。タチの悪い冗談も大概にしてほしい。そんな事より、またあのネーロが食べたくなった。連れて行って」

 ちなみに外交の場に立って交渉を進める夫より、その傍らに控える妻の方がよっぽど恐れられていた事はあまり知られていない。





 「よいか娘よ。このハンマーはな、貴様の父が設計し母が鍛えた究極の逸品である。このハンマーに掛かればどんな合金だろうと思うがまま、熱した金属を飴細工のように変えられるのである。それにこの柄を見よ、ここに埋め込んだ魔宝石は貴様の腕力に応じて……」

 イルムとキュー────、鍛冶を営みながら研究を続ける。

 元々社交的な性格ではなかったイルムは住む場所に頓着せず、本格的に生活の場をキューの自宅に移す。少しクセが強いが慣れればそこそこ話しやすい性格が村人達にも徐々に受け入れられ、村に私塾を開くなどして教師の真似事をしていた時期もある。だが怠惰の名にそぐわない行動力は田舎には収まらず、数日から数週間、長い時は半年も旅に出て研究に明け暮れていた。

 しかし妻が娘を産んで少ししてからは放浪癖もなりを潜め、作成した道具を街に卸しに行く以外に家を離れることは無くなった。替わりに以前と同じく自分で設計した道具を妻に依頼する事が増え、そうして暇潰しに作った道具の数々が後に「イルムの魔道具」として闇市場で高値で取引される事になった。

 私生活では何も異常はなく、二人の姿は山奥に住む変わり者夫婦という程度の認識しかなかった。後年イルムは魔道について一人の弟子を持つのだが、その弟子が波紋を投げかける事になるのはまた別の話である。

 「まだこの子には難しい話は分からないと思うから……ね? それより、この前イルムさんが言っていた揺り籠、そろそろ出来そうだよ。この子も気に入いってくれるかなぁ」

 もしその鍛治屋を訪れる事があれば庭先を見るといい。鉄を打つ激しい音も気にせず眠る赤子と、その赤子を抱いて何か語りかける父親の姿が見られるはずだ。





 「国王陛下のお墨付きだ。これでようやく、貴女の治める国家が誕生する。そうなると、いよいよ私もお役御免といったところか」

 ミゲルとアイリス────、新たな国家を樹立しそれを運営する。

 連合王国の有力貴族たちに働きかけ、アイリスを国主とした新たな国を創ることを認めさせるため東奔西走。五年の歳月を掛けて周辺貴族との折り合いをつけ王国領内の土地を買い取り、その領地を治める君主として国王から改めて爵位を賜るという経緯の後にアイリスを公国の主に擁立した。

 土地を買い取る際に多額の資金をトーマスに融通してもらい、彼の発案で工業と金融に力を入れ、それを基盤とした経済を確立させる。結果、公国には質の高い為替業や銀行業が盛んに興り、百数十年後には「大陸の金庫番」と呼ばれるほど多くの国家や富豪たちの資産を預かり莫大かつ潤沢な国益を生み出す事になる。

 建国に当たりミゲルは自分の家からも惜しみない助力をし、公国の歴史を語る上では外せない存在となった。しかしミゲルは建国が確実になると同時に家督を譲り、その姿をくらませた。世捨て人になったか夭折したか、色んな噂があったが一番確実だったのは公国の貴族になったという説。だが国内に彼の名は無く、その行方を知る者はいなかった。

 「何を言う。そなたにはまだまだ妾の傍で働いてもらうぞ。求められれば応えるのが貴族の筋だろう? どこにも行かせはしない、共にこの国を導いて行こう」

 国の名はサンミゲル公国。一説には名を公国に捧げ、元々持っていた自分の名を取り戻し吸血姫を支えた宰相こそがミゲルなのではと囁かれているが、それらは風説の域を出ずアイリスも多くを語らなかった為に真相は分からない。





 「こいつが、なかなか難しいんだよなぁ……っとと! あーあ、こんなことならもうちょい指先鍛えておくんだったなぁ。こんなんじゃいつまで経っても、舞台で活躍するのは夢のまた夢……こりゃこのまま一生、うだつの上がらない飼育員のままかな」

 ミーシャとシュエリー────、サーカス団員として各地を行脚する。

 当初は土方の真似事をして日雇いで生計を立てていたが、年に二回やって来るサーカスの楽屋裏に顔なじみとして出入りする間にいつの間にか団員に仕立て上げられた。旅芸人になって生きるのも悪くないと楽天的に考えていたが、仮にも団員なので芸を覚えなければならなくなり四苦八苦することになる。

 普段は裏で猛獣に芸を仕込む飼育員をしており、言葉の通じない相手にこれまた手を焼いている。だが生来の真面目さが戻ってきたのか、昼夜を問わず芸を練習する姿が目撃され、普段の軽佻浮薄な物言いとのギャップに驚かれながらも何とか団内で立ち回っているようだ。

 ちなみに全身を覆い隠す装束は未だに続けており、舞台に立つ時もこの格好だ。「地獄からの使者」だとか、「現世に召喚された死神」だとか、数世紀後の悪役闘士でも名乗らない二つ名を与えられ、早くも固定のファンを獲得しつつあるという。

 「ほらほら〜、頑張ってねぇ。ミーシャならきっと出来る、応援してるから〜」

 現在はジャグリング十個の大台に挑戦中。いつもは絶対に外さない手袋は、相方と手を繋ぐ時だけは外していたと言う。





 「……………………」

 イーラとセレナ────、静かに暮らせる場所を探して旅に出る。

 より正確には単身行方をくらませたイーラを追ってセレナも王国を飛び出し、およそ二年掛けて足取りを掴み追いつくことに成功し、その後は何事もなかったように二人で旅を続けた。特に目的地もあても無く、足の向くまま気の向くまま、自由気ままに様々な場所を渡り歩いたと言う。

 西の新大陸で新種の魔物娘に出会い、北の海で太古の姿を残す魔獣を目撃、南の山では復活した邪神を素手で殴り殺したなど、最強の男の道中は様々な尾ひれを付けた噂が飛び交った。何故か「第四皇女を殴った男」として魔界で有名人になり、不死者の国や不思議の国、ファラオが眠る地下帝国、強力な魔物が支配する異界、遂には魔王膝下の王魔界にまで足を運びその強さを見せつけたとされる。

 半年間ずっと交わり続けた影響で七人の中では一番早くインキュバスになり、度重なる魔界逗留により以前から輪をかけて強くなったという。その後は東に渡り、最後に彼らしき姿が確認されたのは霧の大陸でのこと。騒乱が続き平穏とは無縁の地に赴いた理由は定かではないが、噂ではそこを通り過ぎ人魔の楽園であるジパングに渡ったと囁かれている。

 「次はどこへ行くの、イーラ。どこまでも一緒に行ってあげる」

 後世、この二人をモデルにしたらしき冒険小説が執筆され、どんな敵も障害も蹴散らす最強夫婦の活劇道中が人気を博した。その冒険の内容がフィクションか真実かは二人だけが知っている。










 七人の男は野に下る。

 ──Fin.
15/10/11 22:10更新 / 毒素N
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