第二十一話「暗躍の一手」
「・・・おのれイドっ!」
ノースクリム邸宅、屋敷の主は自分の書斎で新聞を読んでいたのだが、そこに見たことのある名前を見つけ、悪態をついた。
レスカティエの新聞、そこには大見出しがあり、『新しい勇者現る?!』の文字が躍っていた。
内容は入団式に現れた鉄鋼参謀を、ウィルマリナが撃退した旨を示す記事だが、そこにはイドの活躍も書かれていた。
曰く、期待の大型新人、早速最強の勇者とともに一仕事。
曰く、ただの兵士らしくない並外れた実力、新たな勇者ではないか。
曰く、ウィルマリナとも息があった動き、卓越した剣術の使い手。
あまりに世論がイドに注目してしまっている、これではノースクリム公の過去の所業が明らかになるのも時間の問題だ。
暗殺が失敗した上、ここまで注目され、もしウィルマリナの幼馴染であることが知られればどうなるか。
「おのれ、平民ごときが、よくも・・・」
新聞を握りつぶし、ノースクリム公は椅子から立ち上がった。
「・・・(どうする?、ウィルマリナが勇者らしく出来るよう身辺整理をしたというに・・・)」
レスカティエ暗殺部隊すら仕事に失敗するような相手だ、身辺整理は容易ではあるまい。
「・・・(そうだ、取り除けないならば、近くに寄せれば良い)」
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入団式にウィルマリナとともに鉄鋼参謀を撃退したという話しは、すでに市中に広がっていた。
「目立ち過ぎだな」
レスカティエスラム街を歩きながら、イドは自分に向けられた視線に落ちつかない気分になっていた。
『うむ、イド、お主はこの世界ではスラム街に住んでいたらしいからのう・・・』
『堕落の乙女達』の主人公、すなわちこの世界のイドはノースクリム家を追い出されて以降はレスカティエのスラム街にいたらしい。
今彼が向かっている場所は、そんな幼い頃から世話になった教会である。
『身近な人物が活躍、嬉しいものがあるのかもしれぬな?』
スラム街をしばらく歩くと、一つの教会が見えてきた。
運動場に、小さな宿舎、こここそがイドが世話になっていた教会である。
「・・・失礼します」
教会の扉をノックすると、すぐさま扉が開かれた。
「イド兄さんっ!」
扉を開いてくれたのは青い服に勝気そうな少女、後ろには同じような服装だが、やや儚い印象の少女がいる。
「久しぶりだな、サーシャ姉はいるかな?」
「ここにいますよ?」
少女の後ろから現れた美しい聖職者は、清楚な印象に、清らかな気運を纏う美少女だ。
「久しぶりです、サーシャ姉」
頭を下げるイド、彼女こそこの教会の責任者であるサーシャ・フォルムーンである。
「久しぶり、ですねイド君」
教会の玄関先にある椅子に腰掛け、サーシャはにこりと笑った。
「最近、随分活躍しているみたいですね」
「・・・生き延びようと、しただけです」
どうやらサーシャの耳にも入団式でのことは届いているようだ、彼女が何を考えているかわからないため、当たり障りのない言葉を選ぶ。
「兵士としては立派かもしれませんが、あまり危険なことはしないでくださいね?」
「・・・わかっています、サーシャ姉を悲しませることはしません」
しばらく二人は無言になる、気まずい空気を最初に破ったのはサーシャだった。
「・・・近頃、何やら魔物たちが騒がしいことがあります」
サーシャはひっそりとした声音でそう告げた、生粋の聖職者である彼女が、実はこっそり幼い魔物たちを保護しているという記憶がイドの中にはあった。
イド自身妹喜を始め、アスタロットやスピリカなど、魔物たちとともにこれまで戦っていたため、魔物が完全な悪とは考えていなかった。
それ故に、本来異邦人であるイドからは、レスカティエの、ある種矛盾した純化は異端に映っていた。
「イドくん、あそこまで目立てば魔物たちも貴方を狙うかもしれません、気を付けて下さいね?」
さりげなくサーシャはイドの手を取ろうとしたが、それに気づかず、彼は手を引っ込め、一礼した。
「肝に銘じます」
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教会から出て中央街に向かう最中、立派な装束の聖職者とすれ違った。
イドは反射的に頭を下げたが、その聖職者は微かに顎を引いただけで、そのまま素通りした。
『・・・なんじゃあいつ、無愛想じゃな・・・』
「一人の姿がその国の全てを表すこともある、か・・・」
聖職者が消えた先にはサーシャの教会がある、何か用だろうか?
『ともあれイド、不幸中の幸いというべきか、早くに敵の姿がわかったのだ、今から対策をじゃな・・・』
「いたっ!、イドっ!」
どこから無邪気な少女の声がして、イドは振り向いた。
「どこだ?」
「ここだよ、ここっ!」
上空から何やら小さな影が飛来し、しゅたっ、とイドのすぐ前に立った。
現れたのは幼い姿をした少女だった。
可愛らしい容姿に、女の子らしい衣服を身につけた無邪気な外見の少女だ。
だがイドはその瞳の中に、ポローヴェのストリートチルドレン同様、他人を信用し切れない疑惑に満ちた光が潜んでいることに気づいた。
「お兄ちゃんが、イド?」
じろじろと現れた少女は無遠慮にイドを眺めているが、しばらくしてふふん、と鼻を鳴らした。
「期待の新人らしいけど、なんだか頼りなさそう、兵士なんかやめないとそのうち死んじゃうかもよ?」
「・・・いきなり挨拶だな、君くらいの女の子はそんなこと気にせず私に守られていれば良い」
実際少女に心配されるほど、やわな修羅場を渡り歩いてきたわけではない。
だが、イドの言葉が意外だったのか、少女はしばし唖然としている。
「なっ、なっ、なっ・・・」
「やれやれ、君の親はどこかな?」
キョロキョロと周りを見渡すがそれらしき人影はいない。
もしかしたら迷子かもしれない、イドはここから一番近い駐在所はどこか思い出していた。
「こっちだな、さあ、ついてきなさい」
「ちょっ、ち、違うって、ミミルは迷子じゃないってっ!」
なにやらジタバタと暴れる少女を無理やり引っ張り、イドは近くの駐在所に連れて行った。
駐在所の前には兵士がいたが、一目イドの連れている少女を見て顔つきが変わった。
「あ、あなたはっ!?」
「ん?、知っているのですか?」
イドの問いかけに、すぐさま兵士は頷いた。
「レスカティエ一の魔法少女、勇者ミミル・ミルティエさんですよっ!」
かちりと敬礼する兵士、しかしイドはミミルを駐在所の椅子に座らせると、軽く手を上げた。
「では、良い子にしていろよ?」
呆然とする兵士に一礼すると、すぐさまイドはその場を後にした。
最初から最後まで子供扱い、ミミルは珍しく、狼狽していた。
「イド、お兄ちゃん?」
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「よう、早かったな」
聖騎士団の詰所に戻ると、すでに担当教官であるメルセ・ダスカロスはグラウンドで準備体操をしていた。
「サーシャの教会に帰るっつーからも少しかかると思ったぜ?」
「兵士として勤めることが決まったことを報告しただけです、時間がかかるようなことではありません」
ふうん、と短く呟くと、メルセは手にしていた巨大なハルバードをイドに向けた。
「さてと、そんじゃ、今日も訓練に付き合ってやるから、ぶっ倒れないようにしろよ?」
瞬間、メルセから放たれるすさまじい闘気、イドは背中が震えるのを感じた。
「行くぜ?」
ハルバードによる鋭い一撃、あたかもメルセの手足の延長かのように、それは自然な動作で放たれる。
「・・・はあっ!」
イドは気合とともに両刀を引き抜くと、彼女の一撃を押し止め、続けざまに刀身をハルバードに添わすようにしてメルセの手を狙う。
だが、さすがはメルセ、即座にイドの動きを見切ると、ハルバードを返す形で両刀を柄で弾き、そのまま当身を食らわせた。
「ぬぐう・・・」
メルセの一撃はまともにイドの胸部を突き、その衝撃は口から息の形をとって漏れた。
「へへっ!、やっぱやるなあ、けどまだまだ強くなれるはずだぜ?」
にやりとメルセは笑うと、大きく振り回す形でハルバードを振るい、攻撃する。
「っ!」
すぐさまイドは、二つの刀を防御に回すとともに、メルセのハルバードを弾く。
「・・・ほう」
続いて地を蹴り、頭上からメルセの後方に着地すると、当身を狙う。
「悪くない手だが、今の動きじゃあ見え見えさ」
当身を狙うその寸前、メルセは素早く振り向くと、イドの腰に強烈な蹴りを見舞った。
「っ!」
あまりの鋭さに吹き飛ばされ、イドは地面を転がる。
「攻撃も防御も一つのもの、強い攻撃は防御に、的確な防御に攻撃になるもんさ」
ゆらりと起き上がるイドを見ながら、メルセは軽く頷く。
「さ、次だ、まだまだやれるよな?」
「無論です」
二人の激しい訓練は、その日夕暮れになるまで続けられた。
「さすがだな」
そんな二人の訓練を人知れず眺める男がいた。
銀髪に厳しい装束、その装束に染め抜かれた紋章は彼が高位の司祭であることを示している。
「ノースクリム公、彼が例の?」
すぐ近くにいた護衛の騎士は、洗練された動きのイドを見て舌を巻いた。
「この動き、なるほど、やはり『ノースクリム公の』、ということでしょうか?」
ノースクリム公と呼ばれた人物は鷹揚に頷くと、メルセと打ち合うイドを見つめた。
「・・・(こうなる原因は貴様にある、否、むしろ感謝して欲しいくらいだぞ?)」
レスカティエ貴族たるノースクリム公の瞳が、微かに怪しい輝きをたたえていたことに気づくものは一人もいなかった。
17/01/10 21:37更新 / 水無月花鏡
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